Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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お待たせしました。

今回は長いですが、よろしくお願いします。

(9/27 若干加筆修正しました)


#016 Birth is much,but breeding is more.

 その佇まいは、まるで幽鬼のようでもあった。

 人間の姿をしているのに、酷く人間味が無い。

 妖艶なようでいて、醜悪にも見える。

 

「お前が、遠坂達の言ってたサーヴァントか……」

 

 手に持っていた武器を構える。

 結界に力を奪われはしたが、強化の効果はまだ残っていた。

 

「ふふ……自己紹介が必要なのですか?魔術師なら、私が人間であるかどうか判るというものでしょう?」

 

 セイバーやランサーと同じ英霊であるはずなのに、このサーヴァントは何故か無機質で光というものを感じさせない。まるで、血の色そのものが違うかのように。

 

「待てよライダー」

 

 ライダーと呼ばれたサーヴァントの背後から、聞き覚えのある声がした。

 

「誰かと思えば、衛宮じゃないか」

 

「慎二!なんでお前が…」

 

 そこには、中学からの友人で、桜の兄である間桐慎二が、一冊の本を片手に立っていた

 

「なんでって、見ての通りさ衛宮。僕もお前と同じマスターなんだよ」

 

 慎二が…マスター……。じゃあ、

 

「この結界は、お前がサーヴァントにやらせたのか!慎二!」

 

「ああ、これはサーヴァントが勝手にね。でも、僕は魔術師じゃないからね、サーヴァントには魔力が必要だろう?だから、好きなようにやらせたってわけさ」

 

 悪びれる素振りもなく言い切る慎二に、無性に頭にきた。

 それだけの為に、あんな結界を張るなんて!

 

「ふざけるな!今すぐ結界を止めさせろ!闘いたいっていうんなら俺が相手になってやる!無関係な生徒達を巻き込むのを止めろ!」

 

「はあ?何僕に向かって命令してるの衛宮。なんで僕がお前なんかの命令なんて聞かなきゃいけないの?お前、自分の立場分かってる?」

 

「慎二!」

 

 俺は怒りのままに慎二に飛び掛かった。

 その表情は、意外な俺の行動に怯えの色を浮かべる。

 しかし、それは慎二に届くこともなく、ライダーに腕を掴まれそのまま地面に組み敷かれた。

 

「ははは!無様だね衛宮!所詮、人間がサーヴァントに敵うわけないじゃないか!」

 

 慎二の言う通りだ。未熟とは言え魔術師であったとしても、俺がサーヴァントに敵う訳もない。俺は、あの白狐(ホワイトフォックス)とは違うんだ。

 それでも俺は、慎二を睨み据えた。

 

「そんなに僕に言う事を聞かせたかったら、お前もサーヴァントを呼べばいいじゃないか。丁度いい、僕もサーヴァント同士の闘いってのを見てみたかったんだよね」

 

「慎二…結界を、止めさせろ…」

 

「…………痛い目に遭わないと判らないようだね……。ライダー、存分に痛めつけてから殺せ!」

 

 尚も折れない俺に苛立った慎二が激昂して命じる。

 

 ライダーは腕を掴んだまま無理やり俺を立たせ、その手を放しつつ突き飛ばし、長い髪を振り回して回し蹴りを放ってきた。

 またサーヴァントに蹴り飛ばされたと思いつつも、ランサーのそれよりも軽いとさえ感じた。

 

 体勢を立て直して武器を構える。

 そこへライダーの杭のような武器が飛んできて、それを左へ打ち払うも、瞬く間に間合いを詰めてきたライダーのもう一方の手にした武器で右腕を刺し貫かれた。

 

「ぐあぁっ!」

 

 右腕からは大量の血が噴き出す。それだけで、気を失いそうなほどたまらなく痛い。

 ライダーは、俺の右腕を刺した武器から手を放し、(さなが)らチェーンデスマッチのようにその武器に繋がれた鎖を、見た目以上の力強さで引いて俺の体勢を崩し、堪らずつんのめった俺の顎を蹴り上げる。

 脳が揺れて倒れそうになるも、気力を振り絞って踏みとどまる。

 

「……驚いた。令呪を使わないのですね……」

 

 ライダーは静かに言うが、生憎数が限られているので易々と使う訳にはいかない。

 

「勇敢なのですね…。ならば、私もやり方を変えましょう…」

 

 地面を踏み込んでライダーが勢いよく飛び掛かってくる。右手に持ったままだった武器を左手に持ち替えて、ライダーの攻撃を捌くも、勢いを殺しきれず左手が弾かれる。

 

 攻撃を捌かれた勢いでライダーが再び回し蹴りを放ってくるも、運良く構え直せた武器で弾く。

 だが、また勢いを殺しきれずに体勢を崩している俺に、バックステップで間合いを詰めてきたライダーが蹴り上げて来るも、それを無理矢理上体を反らせて回避。勢いそのままもう一方の足で回し蹴りを放ってくるも、俺の前髪を掠めるに留まった。

 

 回転の勢いを利用して、俺の右腕に刺さった武器に繋がる鎖を引いて体勢を崩し、もう一方の武器に繋がる鎖を俺に叩きつけようとするも、咄嗟に前に出した俺の武器で受け止め、火花を散らしながら弾き返す。これには流石のライダーも驚きを隠せないようだ。

 

「大したことないな。他のサーヴァントに比べたら迫力不足だ」

 

 精一杯の虚勢を張る。だが、ランサーやバーサーカー、それにセイバーに比べたら、ライダーは間違いなく劣る。

 

「何やってんだライダー!さっさと殺してしまえ!」

 

 ライダーの背後から慎二が叫ぶも、ライダーは反応を示さない。しかし、

 

「いいえ、そこまでです。貴方は既に、私に捕らわれているのですから」

 

 ライダーは静かに宣告し、鎖を蠢かせる。その鎖は、俺の右腕に突き刺さった武器に繋がっていた。

 その鎖は太い木の枝を支点にして、俺を一気に吊り上げる。

 吊り上げられた俺は、自身の全体重を刺し貫かれた腕で支える事になり、骨がきしむほどの激痛に苛まれた。

 

「はははははは!どうした衛宮!さっきまでの勢いは何処へ行ったんだ!?所詮お前じゃ、僕に敵う訳ないんだよ!さあライダー!さっさと衛宮をやっちまえ!」

 

 慎二が加虐的に叫ぶも、懸命にもがく俺の耳には聞いている余裕はない。

 

「さて、先程は何か興味深いことを言ってらしたようですね。確か、私は他のサーヴァントに劣る。でしたっけ……。それは困りものですね」

 

 ライダーは吊り下げられた俺の顔を覆うように掴み、囁くように言う。

 

「まず、その誤った目から戴きます。残った手足はそのあとに………」

 

 細い指に力がこもり、俺の頭蓋が締め付けられる。

 

 その刹那、誰かが地面に落ちた枝を踏む音が、俺の背後から聞こえた。

 

「な…なんだってお前が動けるんだよ…なんでお前がいるんだよ朝比奈ぁっ!」

 

 驚きの声を上げる慎二の声から、背後からやってきたのは朝比奈先生であることが窺い知れる。

 

 辛うじて視線だけを動かして、その視界に朝比奈先生の姿を捉えることが出来た。

 朝比奈先生は胸ポケットから取り出した煙草を咥えて火を着けていた。そして、ライターをスラックスのポケットに収めたまま、紫煙を吐いている。

 

「ライダー!衛宮の前に、そいつをやってしまえ!」

 

慎二が叫ぶや、ライダーが俺から手を放して朝比奈先生に襲い掛かろうとするも…

 

「やれ」

 

 先生が呟くように命令した直後、俺とライダーの間に突如全身柿渋色の人物が現れ、その左拳をライダーの右脇腹に叩きこんだ。

 拳一つ分、丸々ライダーの脇腹に沈み込み、ライダーは苦悶の表情を浮かべ吐血する。

 

 その人物は、そのまま左拳を引き抜くと、手近にあったライダーの髪を掴み、つんのめったライダーの左顔面に見事なまでの右ハイキックを食らわせた。

 振りぬかれたその蹴りは、掴んだライダーの髪を引きちぎり、その身を一直線に吹き飛ばし、背後にいる慎二の脇を掠め、その背後の木の幹に激突した。

 

「へ………?」

 

 何が起きたのか、慎二は全く状況がつかめずに目を白黒させていた。

 蹴り飛ばした人物が左手に掴んでいたライダーの髪の毛は、光の粒子になって掻き消える。

 当のライダーは、逆蜻蛉(さかとんぼ)の状態で木の幹に()()()()()()かのような状態になり、口をだらしなく開けて痙攣している。

 

 不意に俺を吊り上げていた鎖が断ち切られ、突然生じた落下を先程の人物に柔らかく抱き受けられる。

 その顔は目だけを出して、頭巾と覆面で覆われて分からないが、俺が無事であることを確認すると、目だけでニコリと笑った。

 

「おう、生きてっか衛宮?」

 

「朝比奈先生……どうしてここに?遠坂は?」

 

「お前がいきなり走り出すもんだから探すのに苦労したっつぅの。遠坂はおっつけやって来るだろうよ」

 

 煙草を咥えたまま先生が答える。

 

「な…何やってんだよお前………」

 

 先程までの威勢はどこへやら、ふらふらと慎二がライダーの傍に立つ。

 

「誰がやられていいなんて言ったんだ!信じられない!僕がマスターになってやったっていうのに!わけのわかんない奴なんかにやられやがって!くそっ!こんなの命令違反じゃないか!さっさと立って戦え死人!どうせ生きていないんだ!傷なんてどうでもいいだろ!…ああ、もう、何ぐずぐずしてんだよ!恥かかせやがって!これじゃあ僕の方が弱いみたいじゃないか!」

 

 背中から木に激突して、木にめり込んで痙攣するライダーの傷は重いだろう。場合によっては致命傷かもしれない。そのライダーに、慎二は尚もヒステリックに罵詈雑言を浴びせ続けていた。

 

「ちっ、うるせえから黙らせろ」

 

 慎二の口から洩れる騒音に、業を煮やした先生が舌打ちして命じる。柿渋色の人物は無言で頷くと、一飛びに慎二に迫った。

「ひぃっ!早く立って僕を守れ!」

 

 慎二の手にした本が光ると、ライダーが苦悶の声を上げ動こうとする。しかし体は動けないでいる。

 

 敢え無く慎二は柿渋色の人物に腹ばいに組み敷かれ、髪を掴まれて顔を無理矢理上げさせられた挙句、その喉元には刀が付きつけられていた。

 

「ひぃぃっ!なんだよお前!教師がこんなことして…!あぎゃっ!」

 

 尚も喚き続けようとする慎二の頭を、柿渋色の人物が押さえつけて黙らせる。

 

「間桐…お前の家もそれなりの名門なら、自分のした事がどういう事か、分からんでもないよな?」

 

「ふ、ふざけんな!これは聖杯戦争なんだぞ!なら、サーヴァントに魔力を供給することだって許されることじゃ…ひぃっ!」

 

 柿渋色の人物から刀を受け取った先生が、慎二の目の前の地面に刀を突き刺す。

 

「確かにお前は聖杯戦争に参加したマスターで、サーヴァントへの魔力供給は必要な事だ。だが、やり方が(まず)過ぎる。お前の戦術は、魔術師の第一義である「神秘の隠匿」に対する配慮が無さすぎる。ここでお前を見逃したところで、魔術協会は黙ってはいないだろうな」

 

 ――魔術協会――

 魔術師たちによって作られた自衛・管理団体の一つで、魔術を管理し、隠匿し、その発展を使命とし、外敵に対する武力と、魔術を発展させる為の研究機関を持ち、魔術による犯罪の防止法律を敷く世界最大の魔術組織。

 

 一般社会において、魔術絡みの罪を犯した者は、協会の手によって粛清されるのが常であるが、それは「正義」や「道徳」に則ったものではなく、全て「神秘の隠匿」こそを目的としている。

 魔術による神秘が一般に知れ渡り、通俗化してしまう事で神秘が薄れてしまい、魔術師の最終目標と言われる根源への到達が出来なくなる事を恐れるが故に、魔術師は神秘を隠匿し、目撃者は消すという不文律が存在している。

 

「俺は聖杯戦争に参加していない魔術師だから、各々のマスターの戦略、戦術に口を出せる筋じゃない。だが…一魔術師として、神秘の隠匿に無頓着なお前を許すわけにはいかん。いずれ監督役から警告があるだろうが…」

 

 地面に突き刺した刀を引き抜き、判決を下す裁判官のように慎二を見下ろし、

 

「ここでお前を始末して、お前のサーヴァントの結界を止めさせる」

 

「わ、わかった!け、結界は止めさせる!だから!ライダー!結界を、ブラッドフォートを止めろぉっ!」

 

 慎二がそう叫ぶと、結界が消失した。

 

「は……はは、これで、これでいいんだろ?この結界は特殊らしくて、一度張った場所にはそう簡単に張り直せないらしいんだ……。だから…」

 

「だから、命だけはお助けください。ってか?(ぬる)いんだよ間桐(おまえ)。魔術師は世の常の法とは別の道を歩むものだ。だから、世の常の命乞いなんぞは通用せん」

 

「そんな!」

 

「元来、魔術とは常に死と隣り合わせだ。魔術師にとって一番初めの覚悟とは、死を容認すること。例えそれが、自身のモノであってもな。だからよ…魔術師としての大罪、その命を以て贖え」

 

「ひ、ひぃやぁぁぁっっ!やめて!やめてくれ!」

 

 死の宣告に恐慌をきたして暴れるも、上半身を押さえられている慎二は足をばたつかせるだけで何の効果も生み出していない。

 

「衛宮君!先生!」

 

 背後から遠坂が息を切らせて走り寄ってきた。

 

「ちょ!衛宮君!その傷!大丈夫なの!?」

 

「ああ、すごく痛いけど、大丈夫だ。それよりも…」

 

 精一杯強がって見せるも、腕が引き千切れそうな程痛いことには変わりない。

 

「おう、遠坂やっと来たか。ほれ、あんな結界を張った「もう一人のマスター」をとっ捕まえておいたぜ」

 

 先程まで、慎二には死を宣告する死神のような顔をしていた先生が、一転して普段の表情に戻る。

 

「と、遠坂!お前からも何とか言えよ!この暴力教師が、僕を殺そうとしてるんだぞ!」

 

「慎二!?……そう、アンタの仕業だったのね……」

 

 遠坂の目つきが、さっき以上に険しくなっている。怒り心頭に発する、怒髪、天を衝くなんて()()()()()()()()()()。本当にこのまま慎二を百回は殺しかねないぐらいに。

 

「というか先生、それってサーヴァントじゃ……」

 

 予想外の情報をもたらした先生に、憤懣やるかたない視線を向けるも、当の本人は柳に風と受け流している。

 

「ん?ああ、まあ、色々と訳ありでな。それより、冬木の管理者(セカンドオーナー)としては、この不心得者のマスターはどう扱う?」

 

 そう、突如現れたあの柿渋色をした人物。今まで誰かがいた訳でもなく、地中や木の上に隠れて見ていた訳でもなく、いきなりあの場に現れた。それが示し得るのは、あの人物が霊体化したサーヴァントで、先生の命令によって実体化したと言う事だ。

 

 結界を張ったマスターではない。

 今回の聖杯戦争に参加している魔術師でもない。

 先生は嘘を一切言っていない。

 ただ、()()()()()()()()()()()という事だけだ。

 

「何訳の分かんないこと言ってんだよ!聖杯戦争のマスターとして、僕たちは選ばれたんだぞ!お前みたいにどこの馬の骨ともわからん奴が、しゃしゃり出て来るんじゃないよ!僕たちは聖杯を手にするっていう崇高な目的があるんだ!その為なら、虫けらの魂を奪うぐらい、何でもない筈だ!」

 

「………先生、ちょっと、退いていただけませんか……」

 

 静かに、そして今まで聞いたことのないぐらい低い声で遠坂が言うと、先生とそのサーヴァントは慎二から離れた。

 背中越しで遠坂の表情は見えないけど、アレは間違いなく、遠坂は慎二を赦す為に言ってるんじゃない。あれは、そう……

 

「あはは!やっぱりわかってくれたんだね遠坂!そりゃそうだよ!僕たちは選ばれた人間(魔術師)なんだ!目的の為なら、手段を択ばない!それが魔術師って奴じゃないか!」

 

 やはり慎二は遠坂が同意したと勘違いしている。立ち上がって、まるで下手なミュージカル役者のように大げさな仕草で意気揚々と語っているその顔に、遠坂の鉄拳が叩き込まれた。

 

「貴方と一緒にしないで慎二。……不愉快だわ」

 

 何が起きたのかわからない。という表情で尻餅をつき、殴られた頬を押さえながら遠坂を見上げる慎二。あいつがやった事には酌量の余地は無いけど、女子にグーで殴られる様は、多少同情しないでもない。

 

「別にあんたが朝比奈先生にぶっ殺されても、私は一向に構わないんだけど、遠坂と間桐の長い付き合いに免じて、今回は見逃してやってもいいわ。ただし、今すぐ令呪を破棄してこの戦いから降りる事。そして、今後一切この街の人間には手を出さない事。この二つを誓いなさい。……飲めないってんなら、今すぐ私が引導を渡してあげるわ!」

 

 遠坂の威勢のいい啖呵に、俺は唖然とし、慎二は怯え、そして先生は口笛を吹いて感心している。

 

「………ぐっ………。なんだよ……なんなんだよお前ら……」

 

 遠坂の啖呵に怯えていた慎二ではあったが、鬱屈した自尊心がこのまま引き下がることを良しとせず、それを怒りに変えて吐き出そうとしていた。

 

「お前らつるんでるからって調子に乗ってんじゃないよ!誰が令呪を捨てるもんか!」

 

「そう………じゃあ、ここでお終いね慎二」

 

 冷たく言い放ち、左手に魔力を集め、ガンドで撃ち殺そうと狙いをつける。

 

「待ちな遠坂。いい啖呵を聞かせて貰ったんだ、ここは俺が手を汚しておくさ」

 

 僅かな沈黙の後、遠坂が無言で場を譲ると、先生が刀を左脇に構える。

 

「間桐慎二。朝比奈()()の名において、お前を粛清する……。じっとしてないと、斬りそこなって無駄に痛いだけだぞ」

 

 先生の放つ殺気に、慎二は怯えて後退りはしたが、その背後を先生のサーヴァントに阻まれる。

 

 

 

「そこまでだ」

 

 突如、雑木林全体から響くような声が割って入った。

 三人とも慎二から飛び退くように離れ、遠坂と先生は同じ方向に身構え、そのサーヴァントは、先生と背中合わせに身構える。

 

「不出来な孫が手を焼かせたようだな、遠坂の娘よ。それと…」

 

 木の陰から姿を現した声の主は、慎二と桜の祖父である間桐臓硯(まとう ぞうけん)その人だった。

 

 その臓硯爺さんは、視線を先生に向けている。

 

「儂の名は間桐臓硯じゃ。見たところ、かの朝比奈家の魔術師と見受けるが、名を聞いても良いかのう」

 

 名を問われた先生は、短くなった煙草を取り出した携帯灰皿で消して口を開いた。

 

「朝比奈家第四十八代宗主朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)だ。以後、お見知り置きを願おう()()()の御老公。ちなみに、表向きには穂群原学園一年B組の担任で、世界史の教鞭を執っています」

 

「おお、よもや朝比奈の御宗主が、我が孫の担任とは。いつも孫の桜がお世話になっておりますわい。アレはご迷惑をかけてはおりませぬかな?」

 

「いやいや、桜さんは大人しくて実にいい生徒ですよ。ただ……慎二君の方は、御覧の通りで……。私は学校では一介の世界史教師に過ぎませんので、()()()()()はご家庭でキチンと教えていただかないと。これでは名門マキリも(かなえ)の軽重を問われかねませんよ御老公」

 

 まるで三者面談のように話を進める先生と爺さん。当の慎二はというと、苦虫を噛み潰したような顔で二人のやり取りを見ている。

 

「いやはや、孫可愛さに目をかけてやりはしましたがな……。どうやらアレには過ぎた力、宝の持ち腐れだったようじゃ」

 

 爺さんがそう言うと、慎二が持っていた本が突如燃え出した。

 

「え!?あっ!なんで!?クソ!消えろ!消えろってば!なんで燃えてんだよこれ!」

 

 慎二が必死になって火を消そうとするも、火はその意に反して本を燃やし続け、紙から灰に移り行くのと同じくして、倒れたままのライダーが光の粒子となって消えていった。

 

「アレが噂の「偽臣の書」という奴ですか御老公」

 

呵々々(かかか)、よくご存じですな御宗主。恥ずかしながら、慎二(アレ)は生来魔術回路を持っておらなんだでな、慎二(アレ)がどうしてもとせがむ故、サーヴァントを使役させるには必要だったわけじゃが……歴史ある朝比奈の御宗主には、あのような醜態、さぞかしお目汚しでありましたでしょうな」

 

「彼の行動はともかく、マキリの魔術特性の結晶でもある偽臣の書そのものは、なかなかに興味深いですよ御老公。朝比奈(ウチ)も似たような特性がありますからね。家門の歴史に胡坐をかいていたら、偽臣の書(アレ)へのアプローチなんて考えもつかなかった事でしょうな」

 

「呵々、これは痛み入る。さて御宗主、この場は愚老にお預け頂けまいか?あのような者でも血縁でしてな。身内の不始末は身内で片付けませんと。まっこと肉親の情とは難儀なものよ」

 

 「偽臣の書」と呼ばれたその本は既に灰になっていて、その様を見て慎二は呆然としていた。

 

「言うなれば私は通りすがりの身。この場をどう納めるかは、マスターであり冬木の管理者(セカンドオーナー)でもある遠坂嬢に譲るのが筋でしょうな」

 

 二人のやり取りを傍観していた最中にいきなり水を向けられた遠坂は、豆鉄砲を食らったような顔をするも、先程の条件を飲むことを再提示してこの場は決着とした。

 

 先程まで何かにつけて反発を示していた慎二ではあるが、祖父の登場により、まるで首根っこを押さえつけられたかのように大人しい。

 

「お、お爺様っ!」

 

「慎二、折角のサーヴァントを無駄死にさせかけおって。お主の父は無能であったが、更に救いようのない出来損ないを生みおったわ。全く親子共々一門の面汚しよな。血筋どころか精神まで腐らせおって、間桐の血はお前で終わりだ」

 

 慎二は成績も運動能力も高い方だ。弓道部の副部長という座も、自分の実力でなった。

特に努力をしたわけでもなく、むしろ努力は嫌いでありながらも高い能力をいつも発揮していた。いわば「天才」と称するに値する男だった。

 但し「一般人」の中ではだ。

 話からすると、間桐の魔術師としての家柄は相当に古いものなのだろう。だからこそ、慎二は「自分が選ばれた人間」と認識していたのだろう。そしてそれは慎二自身の誇りとなっていたのだろう。

 しかし、その誇りは打ち砕かれた。

 

「お主にはもう用は無い。父親同様、無様で無意味な余生を送るがよい」

 

 そして、実の祖父によって完全に止めを刺された。

 魔術師として「無能惰弱」という烙印を押されて。

 

「…………っ!」

 

 実の祖父に見限られた慎二は、歯噛みしながらも走り去っていった。

 

 

「それはさておき御宗主、ソレが前代が()()()()()サーヴァントですかな。不意打ちとは言え、たった二手でライダーを戦闘不能にするとは大したものよ」

 

 爺さんが何もなかったかのように、「慎二」という存在が無かったかのように言う。

 しかし、「掠め取った」って……。

 

「辛辣ですな御老公。まあ、「始まりの御三家」から見れば、折角のサーヴァントを朝比奈(ウチ)の前代が掠め取ったと謗られても仕方がありますまい。だが、これは代々の宗主に良く仕えてくれているのでね、あまり甘く見ないでもらいたい。何なら、御自身で味わってみるかね?」

 

「呵々々、この老体を斬るかね?」

 

 二人の間に只ならぬ、しかし静かな殺気が立ち上る。

 

「待ってくれ先生」

 

 老練な魔術師と名門の魔術師の闘いが始まろうとしていたが、それよりも俺には聞かなくてはいけないことがあった。

 

「ほう、衛宮の倅が、この老いぼれに何用かね?」

 

「桜は……桜は慎二と同じマスターなのか……?」

 

「………これは異な事を。どうやらお主の父親は、まともな教育をしなかったようじゃな」

 

 どういう意味なのか、爺さんは「そんな事も知らんのか」と言外ににおわしている。

 

「まあ良い、魔術師の家系は一子相伝が基本。余程の大家でもなければ跡継ぎは二人もいらぬ。後継者以外に魔術を伝えることは在り得ぬ事よ」

 

「じゃあ桜は……」

 

「慎二がマスターである以上、事は明白であろ。間桐の家が魔道であることすら知らぬわ。とは言え、慎二が使い物にならなければ桜をとも思ってはおったが、今更何も知らぬ孫を争いの渦中(聖杯戦争)に駆り出す事も無かろうよ」

 

 良かった………。

 慎二がマスターだった事に、魔術師の家系だった事に驚いたけど……

 それよりも……

 何よりも……

 桜がこんな殺し合いに関わらずに済むのなら、本当に良かった……。

 

「その言葉、信じていいんだな?」

 

「埒もない。既に勝負は決した。此度間桐(われら)は早々に敗退となった。ともあれ、慎二が今後どう出るかは儂にも保証できかねるがな」

 

 慎二の事だ、あいつがこのまま引き下がるとは思えない。だけど、慎二がマスターではなくなった今、一体何が出来るのだろうか……。

 

「ここまでだ衛宮。爺さんの言葉が真実ならば、これ以上の争いは無益だ。もし偽りなら………俺も手を貸す。お前がマスターとしての責務を果たせばいいことだ」

 

 その通りだ。慎二がもし何かをしてくるようであれば、今度こそ俺が全力で止める。

 

「委細承知」

 

 爺さんはそう短く了承して立ち去って行った。

 

 

 

 痛みの認識は、感覚神経からもたらされる情報を選別している脳内回路によって形作られる。そう説明した科学者がいた。

 それは別の情報に脳の処理能力が割かれれば、痛みを感じる度合いは少なくなる。ひいては痛みをコントロールする事が出来る。と言う事らしい。

 それは実証された。いや、実証しようとしてやったわけではなく、結果として実証してしまったわけだ。

 

 ライダーによって右腕に穴を開けられて、千切れそうなほどの激痛だったけど、そのあとに起きた事態に脳の処理能力が割かれて痛みを感じなくなっていた。いや、感覚がマヒしてしまっていたのかもしれない。

 臓硯爺さんが立ち去ったことにより、痛覚は遠慮なく俺の脳を刺激してきた。

 なぜだか、最初の頃に比べて血の出る量は少なくなっていた。一体俺の身体はどうなってしまっているんだろうか?そう思わずにはいられなかった。

 

「衛宮君!何か巻く物持ってない!?」

 

 指先まで真っ赤に染まった俺の手を見て、顔を真っ青にした遠坂が駆け寄ってくる。

 ズボンのポケットを探ると、ハンカチがあった。桜がいつも用意してくれていたものだ。

 

「似た者同士か、でもないよりマシよ。私のタオルで何とか格好ぐらいは……あ………」

 

 呟くように言う遠坂がポケットから取り出したのは、タオルではなくブラジャーだった。

 ………………

 

 お互いの時間が固まり、沈黙が流れる。

 

「見ないでよ馬鹿ぁっ!!!」

「おぐぉっ!」

 

 遠坂の右ストレートが顔面にさく裂した。

 慎二に続き俺まで……

 つか、俺ケガ人ですよ遠坂さん……。

 

「何ラブコメみたいな事やってんだよお前ら……」

 

 先生が呆れながら言う。

 いや、ホント仰る通りです……。

 

「そこは衛宮がハンカチだと思って出したら、遠坂のパンツだったって流れだろ!」

 

 なんでさ!

 

「な、何言ってんのよ!この変態教師!てか、なんで朝比奈の宗主がこんなとこで教師やってるわけ!?ていうか、何でサーヴァントまでいるわけ!?」

 

 先程同様、耳まで顔を真っ赤にして先生を糾弾している。

 ホント、遠坂ってこれが地で、普段は猫を被ってたんだな。

 

「説明するのは吝かじゃないが、今は学校の後始末が先だ。今日のところは、お前らこのまま帰っておけ。衛宮も治療が必要だろ?んじゃな~」

 

「あ、ちょっと!」

 

 そう言い残して先生は校舎に向かって歩き出し、先生のサーヴァントはというと、俺達に一礼して霊体化して消え去った。

 

 遠坂との一悶着に始まり、慎二が結界を発動させたり、サーヴァントに襲われたり、そうかと思えば朝比奈先生が名門の魔術師でサーヴァントを従えてたり、時間にすればほんの小一時間程度だったのに、脳の処理が追い付かない程に色々あった。

 

 さっきまで茜色だった空は、上半分が夜色に覆われつつあった。

 結局日没までには帰れなかった事で、きっと形のいい眉を吊り上げて、セイバーは怒っているんだろうな……。




次回は、

・凛が士郎を連れ込んでアレやコレ

・セイバー激おこ

・ワカメ追い打ちフルボッコ

のどれかの予定です。

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