Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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リアルの方で忙しくなっていたので、時間が空いてしましました。

それではどうぞ。


#017 輔車相依り、唇亡びて歯寒し

 なんとなく、何も無いのは分かっているのに、何かがあるかもと詮無い期待に胸を膨らませるのは、年頃の男子としては当然の事だろう。

 それが男子生徒多数の憧れの的で、学園一のマドンナの家となれば尚更だ。

 

 女子の家に誘われるなんて経験は初めてだ。しかも、リビングとかそういう場所じゃなく、いきなり私室にだから、そんな気が無くても、万が一にでもそんな事になったら俺の第一(理性)小隊が全滅してしまう。

 全男子生徒が歯噛みして羨望するこの状況、緊張するのも当たり前と言えば当たり前だ。

 

 俺は学校での騒動の後、遠坂の家で腕の治療をしてもらっている。

 幸い、右腕のケガはゆっくりとは言え治りつつある。

 若干の出血はあるものの、穴は大半が塞がってきているので、治療自体は傷口を洗浄、消毒して、包帯を巻いただけ、と簡単なものですぐに終わった。

 

 バーサーカーに腹を切り裂かれた時もそうだったけど、セイバーを召喚して以降、自分自身ですら理解できない治癒能力が自動的に発動しているようだ。

 

「推測でしかないんだけど、衛宮君のそのヘンテコな治癒能力は、セイバーの影響だと思うの。きっと彼女の英雄としての逸話にまつわる自然治癒能力が、因果線(パス)を通して衛宮君に流れてきたってところかしらね」

 

 とはいえ、どんな怪我をしても大丈夫という訳ではないから、無茶はしないように。と遠坂は付け加える。

 

 

 

「まさか慎二がマスターだったなんてね。まあ、無きにしろ非ずって感じだったけど、まさかって気持ちの方が強いわね」

 

 遠坂が溜息をつきながら言う。俺もまさか慎二がマスターだったなんてという気持ちはあるけど、遠坂のそれとはきっと別物なのだろう。

 

「間桐の家はね、元は「マキリ」って魔術師の家系で、この冬木の地に根を下ろして以来「間桐」と名乗ってたんだけど、この地の土に合わなかったみたいで、それからは衰退の一途を辿っていてね、慎二の代で完全に魔術回路が無くなったって聞いてたから、今回間桐からマスターは出ないって思ってたの」

 

 そう思ってたら、実は慎二がマスターになっていたという事だ。

 遠坂自身がそれを知ったのは先週の金曜日、しかも慎二自身から言ってきたそうで、

 

「でね、慎二ったら「遠坂、僕もマスターになったんだ。だから手を組まないか?」なんて言ってきたから、「間桐君、あなたには興味ないから、あなたはいらないわぁ」って、言っちゃった。うふふふふ」

 

 満面の笑みで話す遠坂だけど、金曜日と言えば、ヤケに慎二がカリカリしてた時じゃないか。言い寄る男子を悉く斬り捨ててこの笑顔。恐るべし学園一のマドンナ。

 

「慎二の家も古い魔術師の家ってのは分かったけど、朝比奈先生はどうなんだ?あの爺さんの話し方だと、間桐の家よりも古いのか?」

 

 遠坂の家は、遠坂自身が六代目でおよそ二百年の歴史があるって言っていたけど、先生は自身を「第四十八代宗主」と名乗っていた。単純計算で千年以上、奈良時代か平安時代、もしかしたら、それ以前からある家って事じゃないか。

 

「世界中のどの魔術師の家系の中でも、十本の指に入るぐらいの歴史を持ってるとは言われているわね。元は六世紀か七世紀ごろに大陸から渡来した異邦人の末裔って話だけど、詳しくは分からないわ。まあ、あの爺さんが(へりくだ)った言い方をするのは当然と言えば当然ね。魔術師にとって、家の歴史は重要な要素だものね」

 

 魔術師は代を重ねて魔術を研鑽していくものだ。だからこそ、自身より歴史の長い家の魔術師に対して、敬意を払うのは当然なのだろう。

 

「それで朝比奈家ってのは、その頃から東洋の魔術師「陰陽師」の大家(たいか)として、この国の歴史の裏に潜んできたの」

 

 陰陽師。それは古代中国において、陰陽説と五行説が習合した思想「陰陽五行説」をルーツに持つ、西洋魔術で言うところの占星術や降霊術等の魔術を扱う、この国古来の魔術師の事を言う。

 

 近年の陰陽師ブームによって、安倍晴明(あべのはるあきら)道摩法師(どうまほうし)芦屋道満(あしや どうまん))等がその名を知られるようになり「古代日本の朝廷に仕える魔法使い」というイメージを定着させたのは記憶に新しい。

 

「衛宮君、魔術協会ってのは知ってる?」

 

「馬鹿にするな、それぐらい知ってる。魔術師の管理団体だろ?」

 

「そう、付け加えれば、魔術協会って主に西洋魔術を扱う魔術師の団体でね、聖堂教会は元より、中東圏や東洋の魔術師達とは、魔術基盤やら思想やらで相容れないところがあってね、表向き不可侵としているんだけど、裏では血みどろの争いをしてるってわけ。で、その魔術協会に対抗すべく、東洋の魔術師達が作った団体ってのが「東方魔術連盟」っていう組織なんだけど、朝比奈家ってのは、連盟に属しながらも魔術協会にも籍を置いていて、魔術協会とは友好的な関係を築こうとしている穏健派の筆頭なのよ」

 

 遠坂はさらに説明する。

 朝比奈家は、その一族、門弟、果ては外来の魔術師から成る一門二十六家を統べる宗家として君臨し、その長は「当主」ではなく「宗主」と呼ばれているとの事だ。

 

 その朝比奈一門の若者の多くは、魔術協会の本部がある時計塔に赴き、魔術の研鑽を積み、多くの魔術師と交流を持っているが、魔術協会の頂点に君臨する貴族のいくらかは、朝比奈一門の人間が時計塔に足を踏み入れることを良しとはしていなく、かと言って、あからさまに危害を加えれば、魔術協会と東方魔術連盟との全面戦争に発展しかねない危険も孕んでいるとの事だ。

 

「そんな名門の当主って言うか、宗主?が、なんだって学校の先生なんてしてんだ?」

 

「それがあいつ、のらりくらりとかわして全く」

 

 やれやれとため息をつきながらお手上げ状態といった風に言う。

 

「でも、サーヴァントを従えていたのは確かだから、今回の聖杯戦争に参加している魔術師(マスター)じゃないっていう話も怪しいわね」

 

 遠坂の言い分は間違ってはいないのだろう。サーヴァントを従えているという時点で、朝比奈先生がマスターである事を否定する要素は全くない。

 だけど、俺たちは何か決定的な間違いをしているのではないかと、俺の脳裏に漠然とした不安がよぎっていた。

 

「何?何か反論でもあるわけ?」

 

 遠坂が咎めるような厳しい目つきで睨むが、反論と言うほど確信めいたものはないけど、気になる事はあるので話しておいた方が良いだろう。

 

「反論って程じゃないけど、先生のサーヴァントの事を、あの爺さんは「前代が掠め取った」って言ってたじゃないか。と言う事は、先生のサーヴァントって、以前の聖杯戦争で召喚されて、そのまま現界し続けてるサーヴァントだったりするんじゃないかな?ほら、陰陽師には式神って使い魔を使役する術もあるんだろ?だとしたら、サーヴァントを何年も維持する術だったり方法だったりあるんじゃないかな?」

 

 俺の推測に遠坂は目を瞠ってきょとんとしているが、それほど突拍子もないことだったのだろうか?

 しかしそれは、俺の推測が常識外れも甚だしいと言う事ではなく、今までの遠坂の常識には無かった新奇な見方だったようで、顎に手を当てて何かを考え込みつつ、ぶつぶつと呟いている。

 

「な、なあ遠坂…?」

 

「……ああ、衛宮君の推測は、もしかしたら正解かもしれないわね」

 

 ん?どういう事だ?

 

「サーヴァントを現界させ続けるには、契約したマスターからの魔力供給が必要なんだけど、聖杯戦争の最中は聖杯からのバックアップがあるからこそ、魔術師(マスター)一人の魔力供給程度でもサーヴァントを現界させ続けることが出来るのよ」

 

 サーヴァントの実体は「霊核」と呼ばれる、人間で言うところの心臓に当たる存在の周囲を、エーテルで構成された仮初めの肉体で包むことで成立している。

 その肉体そのものの維持を聖杯からのバックアップで行い、活動するための栄養をマスターからの魔力供給で行っているとの事だ。

 

「つまり、聖杯戦争をやってない間は、聖杯のバックアップを得られないから、サーヴァントを現界させ続ける事が出来ない?」

 

 聖杯のバックアップがない以上、通常の魔力供給に加えて、サーヴァントの肉体の維持にもマスターは魔力を割く必要があるわけだ。

 

「その通りよ。サーヴァントの肉体を維持する魔力まで全て自前で賄うなんて、普通の魔術師なんかじゃ荷が勝ちすぎるわ。でも、朝比奈家は一門に多くの魔術師を従えてるから、魔力を融通し合うとかの方法で、サーヴァントを維持してるのかもしれないわね。で、そのマスターは代々の宗主がなるって事じゃないかしら」

 

 俺の何気ない思い付きは、遠坂の抱いていた疑問の一つを解決するための何らかのブレイクスルーになっていたようで、導き出した結論は正鵠を射ているように思えた。

 

「となると、あいつが今回の聖杯戦争に参加しているマスターじゃないっていう言い分にも一理あるって話にはなるけど、そんな魔術師がなんで冬木(ここ)にいるのかって事なのよね……。まあ、心当たりがないわけじゃないんだけど……」

 

 とは言え、仮説に仮説を重ねた結論である以上、それを行動の基点にするのは危険だ。と言って、遠坂は推論を打ち切った。

 

 

「で、率直に聞くけど衛宮君、あなたこれからどうするつもり?」

 

 これからの事。それは、これから俺がマスターとしてどう行動するかと言う事だ。

 今回は、学校に結界を張ったマスターを探し出すと言う事で行動していたが、その張本人である慎二がサーヴァントを失ったことで、その危険は排除されたと言っていい。

 

 俺には他のマスターたちみたいに、聖杯を手に入れて願いを叶えるとかの確たる目標なんてない。正直な話、聖杯なんて得体のしれないものに興味は無いし、欲しいとも思わないけど、セイバーは聖杯を欲している。だからこそ、サーヴァントは人間である魔術師の召喚に応じているのだ。

 

 サーヴァントには令呪を奪ってマスターを無力化するなんてことはできない。マスターに令呪を使い切らせるか、もしくはマスターを殺すかしか方法は無いのだ。

 

 だからこそ、マスター本人に戦う意思が無かったとしても、戦いそのものは避けられない。襲われたマスターは、自分のサーヴァントでこれを撃退する。それが聖杯戦争であると、先日、監督役である神父に教えられた。

 だけど、魔術師同士の闘いなんてした事が無いし、なにより殺し合いは出来れば避けたい。

 

「俺にはこれからどうしようかなんて、正直考えも及ばない。第一、今までまともに魔術に関わってこなかったもんだから、何をどうすればいいのやらって奴だ。だけど……」

 

 だけど、自分から殺し合いをする気はないけど、身を護る為の闘いなら容赦はしない。そして、一般人を巻き込むようなマスターは捨て置くことはできない。

 これだって立派に「これからどうする」と言う事にはならないだろうか?

 

「やっぱりね……貴方なら言うと思った……。衛宮君、私から言うのもなんだけど、とりあえず手を組まない?」

 

「手を組むって、俺と遠坂で?」

 

 遠坂が言うには、アーチャーはセイバーとは違い、まだセイバーにつけられた傷が回復しきっていない。そして俺には、セイバーを十全に運用し得るほどの魔術師としての実力も知識もない。

 そこを先日のように、バーサーカーのマスターに各個に襲われでもしたら、身を守る事さえ覚束無い。

 そして、この街にはバーサーカー以外のマスターとサーヴァントがまだいる。

 

「アーチャーをやられた件についてはチャラにするし、マスターとしての知識も教えてあげられる。そうね、暇さえあれば衛宮君の魔術の腕を見てあげてもいい。貴方が私を裏切らない限り、私は衛宮君を助ける。このあたりで、同盟の対価ってことでどうかしら?」

 

 それは願ってもない申し出だった。

 

「なんだ、ならずっと一緒じゃないか。よろしくな遠坂」

 

魔術師としての遠坂は先輩にあたる。その手を借りられるなら申し分ない。

 

「……ふん、短い間だろうけど、精々役に立ってよね」

 

 握手を求めて差し出された俺の手を、呆気にとられながら見たと思ったらプイっとそっぽを向いて言い捨てるが、これはきっと、遠坂なりの照れ隠しなんだろうな。

 

 

 

 空は真っ暗な夜空になっていた。

 遠坂の家を出たのは七時半過ぎ。日が沈む前に帰るというセイバーとの約束を完全にすっぽかしてしまった俺は、遠坂の呆れ顔に見送られつつ急いで家路についた。

 

「ここまででいい」

 

 誰もいないはずの家の前の路地。傍から見ればただの独り言のように見えるが、虚空に誰かがいる事を()()()()()()()()()()

 

「ほう、護衛はいらないと?」

 

 何もない空間にあぶり出されたように現れたそいつは、遠坂のサーヴァント弓兵(アーチャー)だった。

 

 背が高く、色黒で精悍な顔つきをしていて、頭髪は色が抜けたように白い。そして、よく鍛え上げられたであろうその身を包む赤い外套が印象的だ。

 

「そんな殺気立った護衛がいるか」

 

「見直したよ。殺気を感じ取れるぐらいには心得があるらしい」

 

 遠坂曰く、厭味ったらしいというが、本当に厭味な奴という印象が拭えない。だけど、そのよく通る低い声は、なぜかどこかで聞き覚えがある声でもある。

 

 日が沈み暗くなった夜は、マスターたちが活発に活動する時間だ。そんな中を一人で帰ろうものなら、組んだばかりの同盟関係に支障が出るのは火を見るよりも明らかである。

 

 そこで遠坂は、自らのサーヴァントを帰宅する俺の護衛にと付けてはくれたのだが、霊体化して俺の後ろについて歩くこいつは、ずっと俺に対して殺気を放っていた。

 

「見送るお前を襲うな。という凛の指示には従うさ」

 

 などと嘯いてはいるが、背後から殺気を放たれては、その言葉を信用するなんてできない。むしろ、頃合いを見て騙し討てと遠坂に命令されているのではないかとも思ったのだが、俺の知る遠坂は、そこまで姑息な手を使うようには見えなかった。

 

「なあ、アンタも聖杯が欲しいからサーヴァントになったんだよな?」

 

 そう言ってみたが、直後に自分が如何に馬鹿げた質問をしているのかという思いに至ってしまった。

 

「……人間の望みをかなえる悪質な宝箱か。私はそんなものはいらん」

 

 返ってきた答えは意外なものだった。

 サーヴァントは叶えられなかった願いを叶えるためにこの戦いに参加しているというし、セイバー自身も、生前叶えられなかった願いを叶えるために聖杯を求め、この戦いに参加したと言っていた。

 だと言うのに、こいつはその聖杯を()()()()と断言した。

 

「私は望みを叶えて死に、英霊となった。故に叶えるべき願いも望みもない。この戦いに参加したのは、成り行き上仕方なくだ。私たちサーヴァントには自由意志などない。自らの意思で呼び出しに応じる者など、お前のセイバーぐらいだろう」

 

「セイバーだけ?」

 

 セイバーの真名にも関わる事だったので、セイバーがなぜ聖杯を欲しているかは聞いていない。

 魔術的な精神防御も出来ない俺が、考えを読み取られてセイバーの真名が明るみになるようなことがあれば、戦略上支障があると言うセイバーの意見を俺がくみ取ったからだ。

 

 だけど、こいつは生前のセイバーを知っているかような口ぶりだ。

 あの白狐(ホワイトフォックス)と全く同じ剣術を扱うと言われる弓兵。

 生前のセイバーとこいつは、一体どんな関係があったのだろうか。

 

「一つだけ忠告しておいてやる。()()()()()()()()()()()()」は存在しなかった。敵となるなら、お前たちに絶望を与えるだけの存在ではあるが、味方となるなら、お前たちを導く存在となり得るだろう」

 

「それってどういう……」

 

「ふん、自分の理想を誰彼構わず振りかざして、余計な敵を作るな。と言う事だ」

 

 上から目線の癪に障る言い方だが、予言にも似た言葉を残し、アーチャーは消えていった。

 

 

 

 玄関を開けて帰宅を告げると、エプロンを着けた桜が出迎えてくれたが、その顔には、安堵と焦燥の色が混じっていた。

 

「おかえりなさい先輩!ご無事だったんですね……」

 

 今にも泣きそうな桜だったが、学校でガス漏れ事故が起きたらしく、俺との連絡はつかないし、なかなか帰って来ないしで心配していたとの事だ。

 あの結界の発動によって起きた事を、対外的には学校でガス漏れ事故と言う事になったのだろう。

 

 桜が言うには、学校でガス漏れ事故が起きて、部活動の為に残っていた生徒や教師が倒れて救急搬送されたという。

 桜自身は、体調がすぐれないと言う事から、今日は部活を休んで家に来ていたから、ガス漏れ事故に巻き込まれずに済んだと言う事だ。

 

 慎二のサーヴァント、ライダーが発動させた結界は、人間を溶かしてその魂を吸い上げるものだ。短時間とは言え、その影響下にあった一般人が倒れるのも当然で、それをそのまま報じる事は、朝比奈先生の言っていた「神秘の隠匿」には障るのだろう。

 だからこそ、その真実を隠ぺいするために「ガス漏れ事故」と称しているのだろう。

 

「それで桜、藤ねえはどうした!?」

 

 桜は巻き込まれずに済んで無事だった。

 だけど、もう一人の家族である藤ねえの身が心配だった。

 

「はい、先程お家の方に伺ったら、気を失ってはいるものの、命には別状ないとの事ですけど、念のために新都の市民病院に入院しているそうです」

 

「そうか…なら良かったけど…」

 

 藤ねえの無事が確認されて安堵したが、一成や美綴と言った友人たちの安否が心配だった。

 

「主将や柳洞先輩も、病院に収容されたようで、お二人は旭奈会(きょくないかい)病院に入院されているようです」

 

「そっか、じゃあ二人の意識が戻ったら、一緒にお見舞いにでも行くか」

 

 精一杯作り笑顔を作って見せるも、桜の表情は未だに晴れない。

 

「あの……先輩。兄さんがどこに行ったか、御存じないでしょうか?全然連絡が取れなくて……」

 

 この「事故」を引き起こした張本人である慎二の事を、正直に桜に話すわけにはいかなかった。

 

「慎二は……ああ、そうだ、俺が学校を出る前に校門で見かけたから大丈夫、なんじゃないかな?いつもみたいにどこかで遊んでるんじゃないな?」

 

「だといいんですけど……」

 

 自身の家が魔術師の家と言う事を知らない桜にとっては、ガス漏れ事故による騒動の中、兄と連絡が取れない現状は気が気ではない。

 実の祖父に、魔術師として無能の烙印を押された慎二は、今頃どこを彷徨っているのだろうか。その身とその鬱屈した感情の赴く先に、俺は不安を覚えた。

 

「ところで桜。こんな時に言うのもなんだけど、夜は物騒だから、今晩もうちに泊まってほしい。あ、いや、出来るなら、しばらくうちに泊まり続けられるか?」

 

 俺のあまりの突然の申し出に、桜はきょとんとしている。

 それもそうだろう。兄である慎二と連絡がつかない状況で、外泊しろだなんて常識を疑われても仕方のない事だ。

 だけど、今桜をそのまま家に帰すことが、桜自身の安全に結びつくのだろうか。

 あの爺さんは、桜を聖杯戦争に引っ張り出すつもりは無いと言っていたが、それを額面通り受け取るなんて、俺にはできなかった。

 それに、帰宅した慎二が、激した感情の矛先を桜に向けることも十二分に考えられる。

 そう言った事から桜を守る為にも、桜にはここにいて欲しかった。

 

「……ごめん、困らせたか……?」

 

「いえ……あの、お言葉に甘えます!」

 

 先程とは打って変わって、桜の顔には、いつもの柔らかく弾むような笑顔が戻ってきた。

 そうと決まれば、離れの客間に桜の部屋を用意しなくてはいけないな。

 

「そういえば桜、セイバーはどうしたんだ?姿が見えないけど」

 

「あ、それがですね、セイバーさん、なんだかもの凄く怒ってるようで……」

 

 

 この衛宮邸の敷地はかなり広い。

 そして広い敷地に相応する程に建物が建っている。

 普段食事や俺の部屋がある母屋だけでもいくつか部屋があり、それだけでも一人で暮らすには十分すぎるほどに広い。

 

 だと言うのに、この家には客間を数室備えた、母屋と繋がった離れもあり、ちょっとした旅館や合宿所の様相を呈している。

 そして、母屋と離れの他にも、俺の秘密基地でもあり、セイバーを召喚した土蔵が庭の隅に建っていて、庭にはもう一つ大きな建物がある。

 

 それが道場だ。

 生活するためにではなく、己を鍛えるためだけに作られた、道楽以外何物でもないこの道場が何故あるのか、それを以前切嗣(オヤジ)に尋ねたことがあったのだが「家を改築するついでに、なんとなく作った」といういい加減な理由だった。

 

 ここでの朝の鍛錬は土蔵での魔術の鍛錬同様日課になっているのだが、ここ数日足が遠のいてしまっていた。

 しかし、照明が煌々と輝くその道場に彼女はいた。

 

「シロウ、日が暮れる前に帰って来るとの約束でしたが」

 

 俺が道場に足を踏み入れると、上座に端座していたセイバーが、責める様な目だけをこちらに向け、約束を何一つ果たさなかった俺を見咎める。

 

「面目ない。セイバーが怒るのは尤もだ。でも先に、今後の方針について話をさせてくれないか?」

 

 まだ言いたい事は山ほどあると言う表情だったが、セイバーは無言で頷く。

 そんなセイバーの正面、下座に正座して向き合う。

 というか、セイバーの傍らには竹刀が一振り置かれているのだが、先程まで素振りでもしていたのだろうか?

 そんな場違いな疑問はひと先ず棚上げしておいて、学校で起きたことをセイバーに話した。

 

 学校にいたもう一人のマスターが、友人である慎二であった事。

 その慎二が、自身のサーヴァント「ライダー」に命じて、学校に張った結界を発動させていた事。

 今回の聖杯戦争には参加していないが、朝比奈先生が名門の魔術師であり、サーヴァントを従えていて、その先生のサーヴァントによって、ライダーが倒された事。

 そこまで話していると、セイバーが身を乗り出して言葉を差し挟んできた。

 

「待ってくださいシロウ。その教師のサーヴァントは、本当に今回の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントではないと言う事に、間違いは無いのですか?」

 

「先生自身の言葉と、話の筋からはそういう事になるけど、俺も遠坂もまるっきり信用しているという訳じゃない。とは言え、仮説に仮説を重ねた推論である以上、無闇に警戒するのも得策とは言えないというのは、俺と遠坂の共通した見解だ」

 

「そうですね、その教師とサーヴァントについては、注意するに留めておいた方が良いでしょう。ただし、彼らが我々に敵対すると言うのであれば、その時は……よろしいですね?シロウ」

 

 問われるまでもなく、敵として向かってくるのであれば容赦はしない。

 

「ああ、相手が名門の魔術師だとしても、その時は力を貸してくれセイバー」

 

 セイバーは無言で頷き、お互いの意思を確認し合った。

 話の腰が折れてしまったが、話を再開すると言っても、あとは遠坂と停戦協定を結んだ事ぐらいだ。

 だが、その話を聞いたセイバーは怪訝な顔をしている。

 

「……セイバー、遠坂と協力するのは反対か?」

 

「いいえ、そうした大事を決めるのなら、事前に相談してほしかっただけです」

 

 他の魔術師はともかく、セイバーとは共に戦う仲間だ。その仲間に黙って、他の勢力と手を組むと言うのは、見方によっては裏切りと謗られても仕方がない不誠実な行為だ。

はっきりと不満を表したセイバーに、俺は自身の不実を詫びた。

 

「確認しますが、アーチャーの傷が癒えれば、リンとの休戦協定は白紙に戻る。間違いはありませんね」

 

 遠坂みたいに「口は悪いが、根はいい奴」とは出来れば戦いたくないが、学校での出来事のように、戦うべき時は遠坂とでさえ戦わなければいけないのだろう。

 聖杯戦争においては、その遠坂でさえ、殺し合わなくてはいけない敵になってしまうのだ。

 頭では分かっていても、感情がまだ納得していない。だから、躊躇しつつセイバーの問いに肯定の意を示した。

 

「それを理解しているのなら、私からは何も言う事はありません。リンと協力し、シロウの戦闘経験を増やすとしましょう」

 

 そう言うと、セイバーは傍らに置いた竹刀を手に立ち上がり、中段に構える。

 

「私からも提案があります。シロウには戦闘経験がありませんので、これからは実戦形式で経験を積むべきです」

 

 セイバーと共に戦うと決めた以上、俺自身も戦う必要が出て来ることは明白だ。そして、セイバーに指摘される通り、俺にはその為の戦闘経験というものが全くないと言っていい。

 今まで戦闘の発生しない生活を送ってきた以上、それは致し方のない事なのだが、これからはそう言ってもいられない。

 それに、誰かを助ける正義の味方になる。それが俺の理想でもある以上、セイバーの提案は渡りに船とも言えなくもない。何しろ稽古の相手は「剣の英霊(セイバー)」なのだ。これ以上は望むべくもない。

 壁に掛けられた竹刀を一振り手にし、セイバーと正対し一礼する。

 

 その日は遅くまで、道場から竹刀を打ち合う音が響いた。

 稽古に熱中するあまり、桜が道場に来ていた事に気付かなかったが、夜食にと用意してくれたおにぎりの塩気が、なぜだか俺の胃袋と心に沁みた。




次回は

・ワカメ追い打ちフルボッコ

・ランサー兄貴「待て待て~」真アサシン「うふふ、追いついてごらんなさ~い」

・凛、今度は公衆の面前で剥かれる?

の予定です。
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