Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
ランサー兄貴VSアサシンです。
それではどうぞ。
職業はトレーラー運転手。
この道、二十年以上のベテランドライバーだ。
その彼は、今苛立っていた。
荷主の手違いで無為に待たされた為に出発時間が大幅に遅れ、先方への納品時間の期限に余裕が無かった。
予定通りであれば、今頃下道を通って納品先に向かっているのだが、そんな悠長な事をしていては納品時間に間に合わなくなる。
止む無く彼は高速道路を使うことにしたのだが、ここで更なるトラブルに見舞われてしまう。
基本的に有料道路の通行料金は、荷主か運送会社が持つものだが、折からの不況で経費削減を声高に叫ぶ社長は頑として首を縦に振らず、あまつさえ荷主も同じ対応をとってきた。
物理的に不可能な状況であることを
こうなってしまっては、期限を超過するか、通行料金を自腹で支払って間に合わせるかの二つに一つしかない。
期限を超過してしまっては、先代の社長の息子と言うだけで、その椅子に収まったあのいけ好かない若造に、ネチネチと言われることは必定だ。
だとしたら取れる手は一つ。
幸い、納品先へ向かう高速道路は、元々車通りが少ない路線なので、警察の取り締まりにさえ気をつけた上で、車を飛ばせば納品時間に十分間に合う。
四十フィートコンテナを積載した彼のトレーラートラックは、高速道路の制限速度を超過しながらも、冬木市に差し掛かろうとしていた。
近年、近代的発展を遂げてきた冬木市新都地区。
冬木駅を中心とした区画には、商業施設やオフィスビルが林立し、市内で最も高い建築物であるセンタービルがその中心に屹立している。
屋上に至れば、市内全域と冬木港から先の水平線を見渡せる展望を約束してくれるこの場所に、一個の黒い影が足元に広がる人々の営みを睥睨していた。
ここ数日、新都においてガス漏れ事故が頻発しており、今も救急車やパトカーのサイレンがけたたましく鳴り響き、人々はこの雑音に辟易していた。
新都におけるガス漏れ事故の真相は、
だが、昨日
高所故に、地上のそれよりも強い風に背後から晒されている黒い影は、その実、襤褸切れの様な黒い外套を纏った姿であり、黒い肌に白い髑髏の仮面がその風貌の異様さを一層引き立たせている。
それは、柳洞寺を根拠地にしていた
「よう、てめえが
まるで気の置けない友人にでも挨拶するかのような気軽さで、しかし吹き抜ける風よりも強い殺気をその背に浴びせていた。
赤い槍を携えてゆっくりと歩くその姿は、
「ったく…なんだってこんなしけた野郎の偵察なんざしなきゃならないのかねえ……」
サーヴァントである以上、マスターからの命令には従わなければならないのだが、その命令が彼の性質には合わなかった。
即ち斥候、或いは間諜である。
三大騎士クラスの一角と評されるランサーは、本来高い敏捷性と白兵戦能力によって敵を殲滅するサーヴァントである。そのランサーを間者の如く扱うマスターの心中は、従者たる身を余儀なくされたランサー自身にも推し量る事は出来ない。
「ところで、アレはてめえの仕業か?」
ランサーが言うアレとは、目下で起きている、表向きガス漏れ事故と称されている事である。
それを行っているのは、このサーヴァントであるのかと問い質すも、風体異様な小汚い砂虫風情には出来る芸当ではないと、自身の発した問いを自ら否定した。
「
先日の
あれ程の闘いはそうそう望むべくもないと諦めてはいるのだが、あの
肩越しにランサーの歩みを見ていたアサシンは、その歩みから一足飛びに踏み込めないタイミングを見計らって振り返り正対する。
「まずは及第点ってとこかねえ……」
アサシンの身のこなしに心中で呟く。あと一歩アサシンが振り返るのが遅かったら、その一歩で踏み込んで串刺しにしてやるつもりだったからだが、必殺の間合いを外されたランサーは尚も歩みを止めない。
僅かにランサーが歩みを早めようとした刹那、折から吹く強風に身を任せるように後ろ向きに跳んだアサシンは、そのまま重力に誘われるように降下していった。
「逃がさねえよ」
暗闇に消えたアサシンを追走すべく、ランサーは一足飛びにビルから飛び降りた。
その高さは百メートル超に及ぶのだが、サーヴァントにとっては命に係わる様な高さではない。
ランサーが着地したのは、オフィス街の中心にある小さな公園である。
周囲が階段状になっていて、昼時にはオフィスワーカーたちが思い思いのランチを摂るこの公園の中央には噴水が設えられており、時間的変化によって様々な水景を演出し、見る者の目を愉しませている。
平時であれば、夜間であっても噴水照明によってロマンチックな雰囲気を醸し出すデートスポットとしても有名な公園ではあるが、昨今新都のオフィス街で頻発するガス漏れ事故の影響か、そこで愛を語らう恋人たちどころか、人ひとりいない。
人を愉しませる為に作られた制御機械ではあるが、しかし電源が確保されている限り、人々に降りかかった惨禍の有無とは無関係に、文字通り機械的に黙々と、与えられた
定時演出から通常へと切り替わり、公園から光源が消失したその瞬間、
通常制御に切り替わった噴水照明に照らし出されたのは、その刀身まで真っ黒に塗られた短剣である。
それは、如何に高い敏捷性を誇るランサーのサーヴァントですら回避不能の距離にまで迫っていた。
闇だまりからその様子を眺めていたアサシンは、次の瞬間にハリネズミのように短剣が突き刺さったランサーの姿を想像したが、その想像は現実によって覆されることとなる。
確実にランサーの身に突き刺さろうとしていた無数の短剣は、直前に物理法則を一切無視するかのように軌道を曲げ、ランサーの身に触れることなく
英雄クー・フーリンが生まれつき持っていたとされる「矢避けの加護」は、英霊として、そしてサーヴァントとなって現界した今では、凡そ「投擲」や「射出」と言った属性を持つ飛び道具での攻撃を無効化する性質を持つ。
「生まれつきでな。飛び道具なんざ通じねえんだ」
植込みの中の暗闇に向けられるその目は、その姿こそ視認できないが、暗闇の中から漏れ出る僅かばかりの気配が、アサシンの居場所を明らかにしている。
「気配遮断」スキルを擁するアサシンとは言え、攻勢に転じるその際は実体化する必要があり、実体化したサーヴァントは例外なくその気配が周囲に漏れ出るものである。
その気配の元にランサーは槍を投げつけるも、ランサー同様に敏捷性の高いアサシンは難なくそれを躱す。
再び逃走を図るアサシンは、本来正面切っての闘いを行わない。
対象を確実に即殺出来得る機会においてのみ、その姿を現し「絶対の死」を相手にもたらす。それが
故に、アサシンは一度の攻撃が失敗に終われば、次の機会を図るために逃走するのが、その基本戦術である。
ビル伝いに逃走するアサシンは、高速道路を疾走する一台のトレーラートラックに目をつけ、トラックが牽引する四十フィートコンテナに飛び乗った。
制限速度を超過して走るトラックであれば、如何なサーヴァントでも追いつけまい。そう思っていたアサシンであったが、猛然と接近する一個の蒼い影を後方に見た。
その蒼い影は、時速百㎞を超える速度で高速道路を疾駆するランサーであった。
しかし、その手に槍を持ってはいないのは、先程の公園に置いたままにし、アサシン追跡を優先したがためである。
だが、アサシンが乗るトレーラーに車数台分にまで迫ったランサーは、リレーのバトントス宜しく後ろに手を出すと、一言「来い!」と命じる。
するとどうだろう。彼の槍が、広大な草原で牛飼いに呼ばれた牛の如く、街の夜空を切り裂くように飛翔し、主人の掌中に収まった頃には、ランサーは既にトレーラーの横にまで迫っていた。
ランサーはコンテナに飛び乗りつつ、着地点でその姿を見据えるアサシンに刺突を繰り出すも躱され、その槍はコンテナに突き刺さった。
だがそれは致命的な失策とはなり得ず、ランサーからの逃走は不可能と判断したアサシンが迎撃に転じて迫るも、コンテナを切り裂きながら槍を振り上げて、その凶刃を防ぐ。
それからの両者の闘いは、ランサーにとって失望の色を隠せないものであった。
アサシンの得物は短剣であるが故に、その間合いはランサーのそれに比べて酷く短い。右に左にと跳んで攪乱するも、狙いはランサー唯一点である為に、結果的に手の届き得る範囲からしか攻撃が飛んでこない。
アサシンの敏捷性を生かして、上に下にと立体的な動作でもって攻めてくるのであれば、いくらか無聊の慰めにもなり得たであろうが、コンテナ上という環境では、アサシンは平面的な動作を余儀なくされている。
元々、各陣営のサーヴァントを偵察するのがランサーの任務である以上、退屈な
だからと言って、こちらから退くのも癪に障る話だ。
それにランサーにしてみれば、コソコソと這い回り、寝首を掻くしか能のないアサシンというクラスのサーヴァントは、気に食わないことこの上ない存在である。機会さえあれば、その場で倒しておくに如くは無い。
なあに、あのいけ好かないマスターは、勝利せずに適当なところで切り上げろとほざいていたが、手を抜いてはいたけど、相手が弱すぎて倒しちまった。と嘯いておけばいいだけの話だ。サーヴァントよりもマスターを狙うのがアサシンというクラスなら、ここで予定外にアサシンを倒したところで、マスターの立場としては文句があろうはずもない。
そう画策するランサーは、いよいよ
その槍はコンテナを微塵に切り裂き、トレーラーの車枠すら切り裂いて四散させた。
四散したコンテナとその積荷は瞬間的に立体的な足場となり、それを奇貨としてアサシンは一気に勝負を決めるべくランサーに迫る。
危機と好機は表裏一体、その瞬間こそをランサーは狙っていたのである。如何に立体的に機動しようとも、攻撃は唯の一点。アサシンの攻撃を誘い、そこを狙いすまして串刺しにするつもりだったのだが、ここで致命的ではないにしろ、予想外の事態が起きた。
総重量にして何トンもの重量を突如失ったトレーラートラックのトラクターは、コントロールを失って高速道路の防音壁に激突し横転した。
激突によるものか、横転によるものか、それともランサーの斬撃によるものか、その仔細は杳として知れないが、トラクターの燃料タンクから漏れ出た燃料が、横転の際に生じた火花に引火し、トレーラートラックは爆発炎上した。
こうなってはトレーラートラックの運転手は無事では済む筈がない。だが、アサシンにもランサーにも、サーヴァント同士の闘いに巻き込まれた哀れな一般人への哀悼の意は無かった。
彼らにしてみれば、生死をかけた戦いの最中、無辜の一般人を巻き込むことを躊躇する事は無い。それは道徳心や倫理観の欠如と言う事ではなく、彼らの生きた時代において、朝餉を共にした者が、日が傾く前に死んでいたと言う事がごく日常の風景として存在し、今以上に
尚も逃走を図るアサシンは、冬木市の中央を流れる未遠川の河川敷に達したところで、ランサーに追いつかれてしまった。
「おい、まさかとは思うが、お前の芸はもう品切れか?」
ランサーとて分かってはいたものの、何とも面白味のない
「じゃあ、これで終いだ」
川辺に達したアサシンは、辛うじてランサーの振り下ろした槍の穂先を躱して水しぶきをあげさせるも、半回転させた石突で顎を打ち上げられた。
ダメージ自体は左程深く無いのだが、白い髑髏の仮面が弾き飛ばされたことで、アサシンは聊か動揺した様子で仮面を拾い上げる。
「私の……面を………見たな……ランサー………」
拾い上げた仮面で顔を隠しつつ、アサシンはこの時初めて言葉を発した。
その声は低く、その者は壮年であるかのような印象を与える。
「あん?そりゃこれからじっくり見てやるさ。お前がどこの英霊かはっきりさせるためにな」
ランサーが構えるも、間合いは今一歩遠い。
「くくくく………
喉の奥で不気味に嗤うアサシンを訝しみつつも、ランサーの本能が何らかの厭な予感を水面の奥に感じた。
それはまるで蛇のようにランサーの周囲を取り囲み、夜尚暗い水面をさらに黒く染め上げている。
「なんだこいつは!」
心中で動揺の声をあげるランサーではあったが、すかさず上空へ飛んで逃げるも、帯のような触手が彼に向かって伸びてきた。
水面を見下ろすと、水底に見える影のような揺らめきは、まるでギリシャ神話のメドゥーサの蛇の髪のようにも見える。
「こいつはとっておきだったんだがな…」
懐から取り出した数個の石。それには様々なルーン文字が刻まれていた。
古代ゲルマン人が用い、やがてラテン文字に取って代わられた古い文字体系で、今よりも神秘により近い時代の文字であったが故に、呪術や儀式に用いる文字としての印象が現代において蔓延ってはいるが、それはむしろラテン文字が普及し、ルーン文字が古めかしくいかにも神秘的に感じられるようになった時代からの見方である。
無論、ランサーのそれは魔術的効力を持っているのだが、それはいわば言葉が持つ力、即ち「言霊」を記したようなものであり、東洋の魔術で言うところの呪符や護符のそれに近い物ともいえるかもしれない。
それらの石を水面に向かって投げつけ、結界のようなものを張り巡らせるも、帯のような触手は、何事も無いように、そして貪るようにその結界を侵食してきた。
「どうした?動かねば、呑まれるぞランサー」
宝具さえも凌ぐと言われる結界を侵食する触手に舌打ちするランサーに、高みの見物を決め込むアサシンが侮蔑するように言う。
「だが……お前を仕留めるのは………私だ」
形勢が逆転したと確信し強気に出たアサシンは、ここで勝負を決めに出ていた。
その右腕に巻かれていた黒い布を解いてゆくアサシンを見て、それがアサシンの宝具であるとランサーは直感した。
相手が宝具を出すなら、こちらとしてもやる事は唯一つ。彼の宝具の間合いからすればやや遠いが、当たらない距離ではない。
「
宝具の開帳はアサシンの方が早かったが、それはランサーにとって決定的な差にはなり得なかった。
先日の白狐との闘いにおいて意図せず開帳した宝具とは異なり、この宝具は原因と結果、即ち因果を逆転させる宝具。開帳さえしてしまえば、その時点でランサーの勝利を決定付けるものだ。
ただ目前に伸びて来るだけの宝具は、僅かにランサーの胸を掠め、その背筋に冷ややかな感覚を与えたものの、それ以上の変化は無いかに見えた。
「
ランサーの宝具を開帳する直前、アサシンの手には脈動する心臓が握られており、それを躊躇いなく握り潰す光景をランサーは見た。
ランサーは一手遅かった。結果を総評すればそう言う事になるであろう。彼の宝具は開帳されることなく、ランサー自身もその動きを止め、英雄クー・フーリンの新たな英雄譚は、然して誇るべき逸話を残すことなく、水底から伸びる帯のような触手に全身を絡め捕られ、冬の川底へとその肉体と共に消えていった。
「ああ……こいつは最悪な展開だな…………」
黒い影にエーテルで出来た肉体が、霊核が、隅々まで浸食されていく感覚を覚えながら、消えゆく意識の残滓で自嘲した。
黒い影に飲み込まれるランサーの様子を、アサシンはただじっと眺めていたが、その視線には正体不明の影に対する恐怖は無い。
なぜなら彼は、己がこの影の
それは己がマスターの命令。
混迷を極めるであろうと予測される今次聖杯戦争において、老獪なマスターが打った一手。
そう頭では理解してはいるものの、あのような死に方は御免被りたいと願うばかりであった。
命中の手応えを感じその場に赴くと、そこには投げつけた短剣が流木らしきものに突き刺さっていた。
「気のせいか………」
アサシンというクラスは、漏れなく「気配遮断」というスキルを身に着けている。
それは「気配を消す」と言う事ではあるが、それだけがスキルの全てを語るものではない。
ただ単に気配を消してしまえば、それは黒い紙に一滴の白いインクを垂らすのと同様、見る者が見れば容易に判別できる。
故にアサシンは、場合によっては周りの気配に己の気配を同調させて紛らわせる事が出来る。それは正しく「木を隠すなら森の中」と言う言葉の意味そのもので、気配の機微に敏感なアサシンならではのスキルであると言えよう。
そのアサシンが、川べりの草木の中に
隠れ潜む者は
だから投げた。
目撃者は消す。
何の事は無い、己の行動原理に従っただけだ。
アサシンは念話でマスターに報告すると、再び夜の街へと消えていった。
翌朝のテレビニュースで、新都を通る高速道路において、トレーラートラックの爆発炎上事故が発生し、運転手である木島隆の死亡が細やかに報じられた。
という訳で、残念ながらランサー兄貴はここでリタイアです。
劇場版HFやUBWのOPでは、複数車線の幹線道路が描かれていましたが、「complete material」では、そもそも大きめの幹線道路が描かれていなかったのと、冬木ほどの割と発達した地方都市なら高速道路ぐらいは通っているだろうと思い、今回高速道路をでっちあげてみました。