Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
今回は、あんな人やこんな人が登場します。
それではどうぞ。
#020 来訪者は微笑みと共に
鈍色の空と、無数の剣が広がる荒涼とした大地。
独唱の様な呪文を唱える男の声。
そこに、新たに一つの要素が加わっていた。
そこは戦場。しかも一つ所ではない。
ニュースなどで見たことがある場所だったり、そうでない場所だったり、それどころか、そこは現代のようであり、過去のようでもあり、未来のようでもある奇妙な感覚。
誰かの視覚からの情報を見せられているのだろうか、そこに広がる光景は、ただ一方的に殺している場面だった。
斬り殺し、射殺し、捻り殺し、視界に入る人々を
果てしなく続くと思われた殺戮は、突如場面が転換する。
階段をゆっくりと歩む。
その先には何もない。
いや、何もないと言う事は無い。
そこには輪に結われた縄が一筋吊るされていた。
視線が輪の中心に向かう。
縄が視界の周囲に広がり…………
足元の感覚が消えて、よくある夢の中で落ちてゆく感覚を認識し、そこで目が覚めた。
いつもの朝、いつもの風景。
聖杯戦争という非日常の中の日常の風景。
俺と桜で共同して朝食を作り、セイバーも加えた三人で朝食を摂る。
「シロウ、サクラ、今日の朝食も大変美味しかったです」
きりっとした目つきではあるが、口元が緩んでいるセイバーが感想を述べる。
その頬にはご飯粒が一粒。それを無言で自分の頬を指さして指摘すると、慌てて顔を赤らめながら頬に着いたご飯粒を口にする。
サーヴァントと言う非日常の象徴そのものである彼女ではあるが、どこからどう見てもただの一人の女の子にしか見えない。
聖杯戦争を抜きにして考えれば、彼女も「もう一人の家族」というピースになっていると言う事は、喜ばしい事だと思う。
だが残念なことに、昨日学校で起きた事件に巻き込まれてしまった藤ねえは入院中なので、いつものピースが今は一つ欠けてしまっている。
守りたいと願う日常、守らなければと決意する日常。
俺、桜、藤ねえ、そしてセイバーと、またいつもの、ごくありふれた日常を謳歌できればいいと思っていた。
それが、俺がなりたいと願う「正義の味方」というものの、何らかの手掛かりなのだろうか?
そう漠然と思考していると、不意に玄関のチャイムが鳴り、丁度食後のお茶を出し終えていた桜が応対すると言って玄関に向かっていった。
こんな朝早くから誰だろう?
藤ねえなら昨日の今日で退院してきたと言う事も考えられるが、今の今まで藤ねえがチャイムを鳴らして入ってきた例はない。
新聞の勧誘だったら桜に任せれば大丈夫なんだろうけど、こんな朝早くから来るのもおかしい。
「桜、誰か来てるのか?」
ほんの僅か、毛羽立ちの様な胸騒ぎを感じて玄関に出てみると、そこには目を見開いて振り返る桜と……
「あ、おはようございます。衛宮君」
春の陽光にも似た微笑みを湛え、髪を後ろにまとめて、実用そのものと言ったバイクジャケットを羽織った栞さんがそこにいた。
「先輩……兄さんが………」
「慎二が………どうしたんだ…………?」
鼓動が一拍跳ね上がり、胸中がざわつく。
昨日、あのような事件を起こした張本人である慎二の身に何かあったのか。もしや魔術協会の手が早々に慎二に及んだのか。
口内に溢れ出た唾液を飲み込んで、栞さんの次の句を待った。
「昨夜、新都の繁華街で間桐君が倒れているのが発見されました。でも、怪我と言ってもかすり傷といった程度で、命に別状はありませんが、念のために新都の
最悪の事態を想定していると察したのか、栞さんはいつもの柔らかさで事を告げる。
名門の魔術師である兄を持つこの人は、自分の家が魔術師の血統であるのを知っているのか否かは分からない。しかし、前者であれば「神秘の隠匿」の為に、真実からつかず離れずの距離を保ってある程度偽るのだろうが、どちらにしても彼女の配慮は今はありがたい。
「そうか、慎二は無事だったか」
ホッと胸をなでおろす。
桜も一応は安堵の表情を見せている。
「でも、なんで栞さんがここに?」
最高潮に達した緊張が弛緩して、思わず倒れそうになったが、ふと湧いた疑問を投げかける。
「間桐さんのお家に電話しても誰も出ないって、警察から学校に連絡があったので、兄さんから
微笑みながら、桜の眼前で親指を立ててサムズアップする栞さんの意図を介してか、顔を真っ赤にして俯く桜の頭からは、湯気が上がっているように見える。
いやいやいやいやいやいやいや!
桜とは
「で、間桐さんを病院に連れていくために、私が迎えに来たってわけです」
そう来訪の目的を告げて、後ろ手に持っていたヘルメットを桜に渡して促す。
「それと、昨日のガス漏れ事故の影響で、しばらく学校は休校だそうなので、荷物は持たなくていいですよ。でも、話があるから衛宮君は学校に来るように、と兄さんからの伝言です」
休校自体は今朝になって急に決まった事なのだろう。そうであればクラスの連絡網を通じて電話があるはずだ。
しかし、朝比奈先生は用があるって言っているが一体何だろう……。教師と生徒としてならともかく、魔術師同士としてなら、セイバーを連れて行ったほうが良いかもしれないが、セイバーは目立ちすぎるし、なにより先生にいらぬ警戒をさせてしまうかもしれない。
栞さんのバイクの後ろに乗った桜を見送り、居間で一人お茶を飲んでいたセイバーに事のあらましを説明する。
案の定、セイバーは俺が一人で学校に行くことを渋ってはいるが、相手が素人ならともかく、名門の魔術師で表向きは教師である以上、昼の内に何かをしてくる事は無いだろうと言って説き伏せた。
学校に行った後、慎二と同じく旭奈会病院に入院している一成や美綴を見舞いに行って、マウント深山で買い物をして昼少し過ぎには戻ると伝えて、俺は学校に向かった。
「これはこれは、おはようでござる。衛宮殿」
学校の正門へと至る坂道で、出鱈目な時代劇口調で声をかけてきたのは、同級生の後藤君だ。
この変な口調は、今朝見た時代劇にでも影響されているだろう。彼は見たドラマなんかの影響を受けやすく、口調や行動がその時によってコロコロ変わる。良く言えば柔軟性に富んでいる、悪く言えば自分が無いというのが周りの評価だが、元々の彼の人柄は善良そのもので、それ以上彼を悪く言う人間がいない。
「やや?見たところ手ぶらのようではあるが、一体どうしたでござるか?」
「ああ、まだ連絡が行ってなかったみたいだろうけど、今日からしばらく休校だってさ」
「なんと!?休校とな!?」
まるで歌舞伎の見栄を切るような動作をしているが、一体どんな時代劇を観てたんだ……?
「して、衛宮殿は
「ああ、朝比奈先生から呼び出されてて……」
「むむ、一年の担任である朝比奈先生が、衛宮殿を呼び出すとな?さては、間桐
はっはっは、そこへ直れ後藤君。手討ちにしてくれるわ。
来た道を引き返す後藤君を見送って学校に向かうと、校門の前には朝比奈先生をはじめ、数名の教師が立っていた。
休校を知らないで学校に来た生徒に、口頭でその旨を告げ、休校であるからと言って、街を遊び歩いたりしないようにと釘を刺して帰らせている。
俺に気づいた朝比奈先生が、他の先生たちに一言断ってから場を離れて俺を手招きし、お互いにあいさつを交わし、道路の反対側に立って、校門に背を向ける格好で共に並ぶ。
「衛宮…………ちゃんと
開口一番なんでさ!
先生の言いたいことは分かるけど、ていうか、それって教師の発言としてはどうかと……。
「そりゃ、校則じゃ「不純異性交遊は禁止」って書いてあるけどよ、高一の冬に
御高説尤もだけど、前半の情報はいらんですよ先生。
ていうか、桜とはそんな関係じゃないです……。
「という話は置いておくとして、休校の
胸ポケットから取り出した煙草に火をつけながら先生が訊いてくる。
休校の理由は表向きガス漏れ事故によるものだったけど、本当は慎二のサーヴァント
先生が言うには、結界そのものは大掛かりだったけど、十分に発動できなかった事と、発動から停止までの時間が比較的短かった事が功を奏し、意識不明を含む負傷者は教師と生徒を合わせて数十名に上ったが、幸い、全員後遺症が残るような症状ではないらしく、その上、死者はいなかったとの事だ。
「多少無理矢理だが、どこぞのバカップルが痴話喧嘩をやらかした跡もその中にねじ込んでおいた」
学校でこれ以上の隠蔽工作は望めないから、学校で騒ぎは起こすなと釘を刺してくるが、そもそもバカップルって……。
「で、間桐兄の事だが、新都の旭奈会病院に入院してるってのは栞から聞いてるよな?本棟の千百四号室にいるから、受付で部屋番号を言えば案内してくれるが、今日のところは間桐妹に譲ってお前は自重しておけ。それで、間桐妹は兄貴が入院してる間はどうする?担任としては、今朝みたいな所在不明ってのは
俺が聖杯戦争に参加するマスターである以上、俺の家も安全とは言い難い。
だけど、桜をあの家に一人で、いや、あの爺さんの手元に置いておくと言うのも不安だ。ならば、家にはセイバーもいる事だし、結局のところ俺の家にいれば桜を守る事は出来るはずだ。
どちらを取ってもマイナスなら、よりプラスに近い方を取るべきだと決め、桜をしばらくうちで面倒を見ると伝えて、先生も「それでいい」と承諾してくれた。
「で、衛宮、一ついい事を教えておいてやる。………遠坂な………あいつCカップだぞ。タグにそう書いてあったけど、パットも入ってたから、実際はBかもしれん」
真面目な顔してなんでさ!
掏り取った下着をまじまじと見てたのかアンタは!
「お前まさか、BやCだと物足りないって口か?なるほど、だから間桐か」
いやなんでさ!
ていうかアンタ、自分の受け持ちの生徒をそんな目で見てたのかよ!
「あら?朝比奈先生に衛宮君も、おはようございます」
二人で話をしている最中に一人の女子生徒が割って入ってくる。赤いコートを羽織った遠坂だ。
お互いに形通りのあいさつをすると、先生が遠坂にも同じ注意を促している。
「で、遠坂、昨日はああ言ったがな、理由はどうあれ、激情を起点にして人を殺すと言うのは止めておけ。後で思い返して後味の悪い思いをするのはお前自身だからな」
昨日、慎二があの結界を発動させた事に遠坂は激怒していた。冬木の管理者という立場から、慎二を殺すことも辞さないとさえ言い切っていた。先生はその姿勢そのものは誉めてはいたが、実際に行動に移す遠坂を制して、自分が手を汚そうとさえしていた。
遠坂自身も冷静になって振り返れば、忸怩たる思いがあったのだろう。先生の注意を素直に受け入れ詫びてさえいた。
「なに、年若い
たかが二十年程度長く生きてるだけだがな。と付け加えるも、俺たちが今まで生きてきた以上の時間を「たかが」と言い切る辺り、これが名門の当主の度量って奴なのだろうか。
だが裏を返せば、俺たちも「たかが」十数年生きているに過ぎないと言う事になるのだが、今の俺たちには、その真意を汲み取れるほどには大人になり切れていなかったと言う事を、俺たちは後に思い知る事になる。
「へえ、人の下着をこっそり掏り取るのも、年長者の役目ってヤツですか?」
ジトっとした目で遠坂が先生を睨む。やはり昨日の事をかなり根に持っているんだろうな……。
「ほほう、そう来るか…。公衆の面前で制服だけを剥ぎ取る事だって出来るんだぞ?」
「!」
売り言葉に買い言葉。耳まで瞬時に真っ赤になる遠坂を見るに、軍配はやはり年の功で先生に上がったようだが、ふと、制服を剥ぎ取られて羞恥する遠坂の姿が脳裏に浮かぶ。
「衛宮君、一体何を想像してるのかしら?」
遠坂のあのスマイルは笑えない方のヤツだ。
というか、今俺の思考を読み取ったのか?
「ところで遠坂、ちょっと……」
先生が今度は遠坂を手招きして呼び寄せるも、遠坂は警戒している。となると、無理矢理遠坂の手を引いて、何やらひそひそと話をしだした。
時折遠坂が驚いてみたり、怪訝そうな顔をして考えこんでみたり、チラチラとこちらを見ていて、どうやら俺には内緒の話をしているようだった。
「ところで先生、話ってのはこの事だったのかな?」
「ああ、俺から言っておきたかった事はこれだけだ。呼び出して悪かったな。お前らも休校だからって街を出歩くんじゃねえぞ」
先生に見送られて、遠坂と並んで学校前の坂道を下る。
「ところで衛宮君」
ふと、遠坂が呟くように呼ぶ。
「BとかCとか、一体何の話をしてたのかしら?」
聞かれてましたよ先生!
慌てて振り向いた俺に気づいた先生は、遠坂の横顔から全てを読み取ったのか、下手な口笛を吹いて顔を背けた。
無視すんじゃねぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!!!
「じゃあ、
そう言って遠坂とは学校の前の坂道を下った先の交差点で別れた。
丁度新都に向かうバスが来たので、それに乗って新都にある旭奈会病院に行こうと思っていたのだが、昨日の今日で慎二は元より、一成や美綴の病室に押し掛けるのも憚られるので、それは後日にしようと、俺はマウント深山商店街に足を向けた。
時刻は九時を少し過ぎた頃。
昼食の買い物には早いこの時間だと、思った通り開いている店は多くない。
いつもはこんなに早く来る事は無く、顔馴染みの八百屋の親父さんには珍しいものを見たと言われたぐらいだ。
大体の店が開店するのは十時頃。それまで、この娯楽の全く無い商店街でどうやって時間を潰そうか……。
思いあぐねていると、なんと穂群原学園の生徒から絶大な支持を得ている、江戸前屋の屋台が出ているじゃないか。お財布に優しい上に、餡たっぷりのたい焼きをお茶請けにでも買っていけば、セイバーも喜ぶだろう。
果たして江戸前屋の焼きたてたい焼きを手に入れはしたものの、時刻はまだ九時半になろうかと言うところ。
購入者の特権を行使して、焼きたてのたい焼きを一つぐらいはいただこうかと思い立ち、適当な場所を探していたら、後ろから上着の袖をくいくいと引っ張られた。
振り返ると、そこには銀色の髪をした幼い少女の姿があった。
「良かった。生きてたんだねお兄ちゃん」
思わず息をのんだ。
この幼い少女は、先日襲ってきたバーサーカーのマスター、名前は確か……
「イリヤスフィール…………」
俺にとって、バーサーカーと同様に絶対の死をもたらす者の名前。遠坂との共闘関係も、この少女とそのサーヴァントに各個撃破をされないが為に築かれたものだ。それを今、セイバーも連れず、昼間から襲われる事は無いと安心しきっている最中で出会ってしまった。
身構える俺を見て、彼女は目を伏せて寂しげな表情を見せる。まるで化け物でも見るかのような目を向けてしまって、幼い彼女の心を傷つけてしまったのだろうかと、今更ながら罪悪感に苛まれる。
「その、いきなりだったから、ついびっくりしたんだ……。ホント悪気は無かったんだ、その…」
「名前教えて」
「へ?」
弁解の言葉を遮って出てきたのは、場違いなまでの質問だった。
「お兄ちゃんの名前教えて。私だけ知らないの、不公平じゃない」
イリヤスフィールからは、敵意というか殺気が全く感じられない。この子は本当に、ただ純粋な興味から俺の名前を訊ねているのだ。
「……俺は士郎、衛宮士郎だ」
「エミヤシロ?日本人なのに変わった名前ね?発音も変」
それじゃ「笑み社」じゃないか。「衛宮」が苗字というかファミリーネームである事、覚えにくいなら「士郎」と呼んでくれればいいと伝えた。
「シロウ………シロウ…………」
顎に指を当てて、何かを思い出そうとしているかのように、ぶつぶつと俺の名前を上目遣いで反芻しているイリヤスフィールは、ふと手を後ろ手に組んで微笑む。
「うん、単純だけど響きは気に入ったわ」
「それは……どうも………」
生まれてこのかた、名前を褒められたことは一度もないんだけど、年下の少女に褒められると、なんだか背中がむず痒くなる。
「私の事もイリヤでいいよシロウ!これでおあいこだよね!」
まるで父親に飛びつくように、俺に腕にしがみつくイリヤの表情は、心の底から喜んでいるようだ。
というか、商店街のど真ん中で幼い少女にしがみつかれて、道行く周囲の人たちの目がなんとなく痛い。というか、公園の遊具のようにイリヤにぶら下がられているもんだから腕が痛い。
「ちょ、ちょっとタンマ!腕が、腕がちぎれるって!」
「ええー、あんなになっても大丈夫だったんだから、くっついたり生えたりしないの?」
くっつきもしなければ、生えたりもしません。一体何処の怪奇生物だと思ってるんだ…。
どうにかイリヤを引きはがそうと腕を振るも、当の本人はきゃあきゃあと奇声を上げて喜んでいる。
「イリヤっ!何が目的なんだ!こんな真昼間っからやり合おうってのか!?」
どうにかイリヤを引きはがして問い質すと、不満そうに口を尖らせる。
「シロウは私に殺されたいの?シロウがそう言うんなら私は良いよ。ここで死ぬ?」
先程の無邪気に笑っていた表情が一変して、あの夜の様な冷酷なマスターの表情になる。
「……そんなわけあるか!こんなところで戦うのは御免だ!」
「でしょ?マスターはね、お日様が出ているうちは闘っちゃいけないんだよ」
そしてまたすぐに無邪気な表情に戻る。どちらが本当のイリヤなの全然わからない。
「シロウはセイバーを連れていないでしょ?だから、私もバーサーカーを連れていないの」
「じゃあ、何しに来たんだよ。俺にあったのは偶然か?」
「ううん、偶然じゃないよ。セラの目を盗んでシロウとお話に来たの。今までずっと待ってたんだから、それぐらいいいでしょう?」
一体何が「それぐらい」何だろうか……。
「それとも、シロウは私とお話しするのは……嫌?」
セイバーが居たら間違いなく拒絶するだろうけど、イリヤの目は拒絶されることを恐れているかのようだった。
確かにイリヤはバーサーカーのマスターで、俺はそのバーサーカーに殺されかけた。遺恨というよりも恐れというものが先行してはいるけど、闇雲に敵視してしまうのもどうかと思う。
それに、俺は進んでマスターと闘いたいわけじゃない。出来るならこんな無邪気な表情を見せるイリヤとだって闘いたくない。
だから俺は、イリヤと話をすることを選んだ。
イリヤの要望に応えると、全身で喜びを表すように飛び跳ね、次いで近くに手ごろな公園があるからと、俺の腕を引っ張った。
「ほら早く早く!急がないと置いてっちゃうからね!シロウ!」
くるくると踊るように跳ねるイリヤの髪は、日の光に晒されて銀色から白銀のように輝いていて、その表情も負けじと輝いている。
あんなにも心から喜んでいるかのような表情を見せられたら、放ってなんて置けないよな。
さて………
イリヤと話をするとは言うものの、一体何を話せばいいのやら。何か訊きたいことがあるのかとイリヤに水を向けてみるも、別に訊きたい事は無いと答える。
さて、話がしたいと言うのに、訊きたいことが無いと言うこの状況、新手の禅問答か?
だけど、用は無くたって話なんてできるもんだ。むしろ用のない話の方が良い場合だってあるかもしれない。
でも参ったな……。俺はイリヤのことを良く知らないから、何を話せばいいのやら。イリヤだって、いきなり訊かれたくない事を訊かれたら嫌だろうし……。
そう考えていたら、徐にイリヤが何を訊いても怒らないかと訊いてくる。
こっちだって年上なんだ。大人の対応を努力しようじゃないか。
「じゃあシロウ、私のこと好き?」
いきなりの質問に思わず咳き込んでしまった。
というか、いきなり何を言い出すんだ。
人をぶった切っておいて、好きも嫌いもないじゃないか。
「何よ!アレは違うもん!シロウが弱っちいくせに飛び出してくるからじゃない!」
私は悪くないもん!とプイっと顔を背ける。
さっきまで「大人の対応」を努力しようとしたのは何処へやら。それからはお互いに子供の言い争いになってしまった。
だけど………
まあ、仕方ないよな。俺は年上なわけだし、イリヤは女の子なんだし、知り合ったばかりでイリヤの事はよく知らないけど……。
「俺はイリヤの事は嫌いじゃないぞ。少なくとも、今みたいなイリヤなら仲良くなりたい。妹みたいで楽しいし」
偽りのない本心を語ると、その言葉をゆっくりと噛みしめるかのように、俺の顔をまじまじと見つめる。
すると、イリヤが突然俺の首にしがみついてきた。ホント、コロコロ表情が変わるよな……。
でもまあ、今のイリヤならこういうのも悪くは無い。
「ところでシロウ、それ何?」
俺が持っていたたい焼きに興味を示したので、一つあげてみると素朴だけど美味しいと言っていた。
「こういうのってセラが好きそうね」
さっきから名前が出てくるセラと、もう一人リズと言う人はイリヤの家の使用人のような人たちだと言う。
それからイリヤとの話は一時間ほど続いた。
ありきたりな出来事や意味のない話を喜んで聞いていた。
本当にイリヤは、無邪気な女の子だな。
だからこそ哀しくなる。
こんな無邪気な女の子が、聖杯戦争のマスターだなんて。
イリヤは闘いに赴く事に、恐れを感じていないのだろうか?
「探しましたよ、お嬢様!」
そう声をあげたのは、頭の先からスカートの裾まで真っ白な女性だった。
雰囲気や顔つきからして、いかにも「教育係」と言った趣がある。
だと言うのに、手には江戸前屋の、しかも大ぶりな紙袋を持っている。一体どれだけのたい焼きやらどら焼きが入っているのだろうか。
イリヤがその女性の姿を認めると、まるで悪戯が見つかった子供のように俺の後ろに隠れる。
「こんなところにお一人で出かけられるなんて、アインツベルンの当主である自覚をお持ちください!」
「うるさいなあ……」
「うるさいとはなんですか!」
「うるさいものはうるさいの!第一セラだって、何よその大きな紙袋!」
「っ!これは……」
痛いところを突かれて、セラと呼ばれた女性が言葉に窮する。
「これは……そう!リーゼリットといただこうかと…!」
「「でもセラが、ほとんど一人で食べる」ってリズなら言いそうなんだけど?」
傍から見ても苦しい言い訳に、意地の悪い笑みをイリヤがむけると、セラさんが頬を赤らめている。どうやら図星を刺されたようだ。
お互いににらみ合っていると、やがてセラさんの方が折れて大きな溜息をついた。
「で?貴方は何処のどなたですか?」
話題を変えるように俺の名前を問うてくるその言葉は礼儀正しいが、その内にあるものは何とも刺々しく、目には険が込められている。
「っと、俺、じゃなくて僕は衛宮士郎と言います」
セラさんに圧されて、つい自分を「僕」だなんて言ってしまう。
すると、元々釣り目気味なセラさんが、増々目を吊り上げて、まるで親の仇でもあるかのように俺を睨みつける。
「参りますよ、お嬢様!衛宮の家の者と関わってはいけません!」
今度はイリヤが大きなため息をつき、詮方ないと言った表情で聞き入れた。
それにしても、俺自身なのか、それとも俺が「衛宮」だからなのか、どちらにしても、エライ嫌われようだな……。
「ごめんね、シロウ……」
「俺の事は気にするなって」
申し訳なさそうに詫びるイリヤに、精一杯の笑みを作って応じる。
「衛宮様、一言ご忠告申し上げます。我らがアインツベルンにとって、衛宮は
意外な名前が出てきた事に衝撃を覚える。
衛宮が
イリヤは俺に背中を向けたまま、何も言おうとはしない。セラさんの言っている事は本当のようだ。
「イリヤは……親父を………切嗣を知っているのか……?」
「………知ってるよ。私が生まれた理由は、聖杯戦争に勝つためだけど、
ステップを踏むように振り返り、笑顔を湛えながら発する言葉は、その表情とは裏腹に剣呑極まりないものだった。
アインツベルンの敵である切嗣、そしてマスターとしての俺ではなく、衛宮士郎という存在である俺を殺す。
死を宣告するイリヤの心の奥底は、ほんの少しの時間を共有するだけでは、図り知る事が出来なかった。
だけど、年齢相応の無邪気なあの笑顔が脳裏から離れない。
また会えるかな。
ふと死の宣告を脇に退かした俺の心に小さな願望が沸き上がり、白い女性と共に去るその背中に、生のままの願いを心の中で投げかけた。
イリヤと別れた後、商店街で買い物をした俺は家路についた。
時刻は十二時少し過ぎ。昨日のように、セイバーとの約束を破る事にはならなさそうだ。というか、二日連続で約束を破ってしまっては、セイバーからの信頼が無くなってしまう。
だと言うのに……
「遅い!一体どこほっつき歩いていたのよ!」
帰宅早々、俺に怒号を浴びせかけたのは、何故か私服に着替えていた遠坂だった。
「ちょっと待て!なんで遠坂がうちに?」
「なんでって、今日から私もここに住むからよ」
俺の質問に一瞬きょとんとした遠坂が、然も当たり前の事かのようにサラリと言う。
「申し訳ありませんシロウ。本来マスターの許しを得るべき事なのですが、リンの言う事も尤もでしたので…」
横で見ていたセイバーが申し訳なさそうな顔で詫びる。なんだか今日は詫びられてばかりだな…。
遠坂と、あの学園一のマドンナと同じ屋根の下で暮らすなんて、一体何がどうなったらこんな展開になるんだ?
「私たちは、あのアインツベルンのマスターとバーサーカーに各個撃破されないために手を組んだんでしょ?なのに、別々の場所に居たら意味ないじゃない」
遠坂の言う通り、俺たちは今抱えている互いの弱点をそれぞれ補い合って、イリヤとバーサーカーの襲撃に備えなければいけない。
拠点とするなら、工房の結界もある遠坂の家が守りには最適なのだろうけど、遠坂は一人暮らしであると言う事と、こちらにも色々込み入った事情があると言う事を考慮して、遠坂なりの配慮、或いは別の目的で、俺の家に拠点を設けると言う事にしたらしい。
「表向きの名目は、間桐さんがしばらく衛宮君の家に世話になるのは良いけど、
間違いって……。
さっき、先生と遠坂がひそひそ話していたのはこういう事だったのか……。
「ていうか、お目付け役って、遠坂はそれで大丈夫なのかよ」
「あらあ?もしかして衛宮君、
ニンマリと、企み以外何物も含んでいない笑みを浮かべて遠坂がにじり寄ってくる。
「そ、そんな事あるか!」
「へぇ、顔真っ赤にしちゃって、衛宮君っていつもすましてるけど、中身は純情ってオチ?」
遠坂は確かに綺麗だし、憧れの的ではあるんだが、こいつ、優等生のくせに人をからかって楽しんでやがる……。
「失礼ね、相手ぐらい選んでるわよ。私、からかって楽しい相手しか手を出さないの」
臆面もなく言う
俺とセイバー、遠坂の三人を交えて、少し遅めの昼食をとった。
俺の作った料理を一口食べた遠坂は「よし!これなら勝った!」と含みのあるガッツポーズを決めるが、今は敢えて追及はすまい。というより、追及しすぎて、この「あくま」がどんな仕返しをしてくるかが不安だったからだ。
それからは現時点で得られている情報の共有をはじめ、今後の方針を話し合った。
そもそも遠坂がうちに転がり込んできたのが、朝比奈先生という敵か味方かわからない魔術師の差し金であると言う事に危機感を覚えたが、誰が敵であろうとも、俺たちが同じ場所に陣取って備えると言うメリットには変わりないと言う遠坂の言で棚上げになった。
丁度おやつにはいい時間になり、お茶を淹れ直そうと立ち上がった途端、玄関のチャイムが鳴った。
病院に慎二を見舞いに行った桜が帰ってきたのだろうか?
いつも勝手に入ってきていいと言っているのに、桜はというと、律義に毎回チャイムを鳴らしてから入ってきている。
しかし二度目のチャイムが鳴る。どうやら桜ではない、別の来訪者のようだ。
さては郵便か、それとも新聞の勧誘か、近所の人が訪ねて来ることは少ないが、回覧板でも持ってきたのだろうか?
玄関に向かうと、玄関越しに女性と思しきシルエットが見える。
「はい、どなたですか?」
玄関を開けたら、そこには今朝桜を病院に連れて行ってくれた栞さんが、紙袋を手に立っていた。
「こんにちは」
ニコリと、いつもの微笑みを湛えて挨拶する栞さんだが、なぜまた家に来たのだろうか。
「シロウ!その女から離れてください!」
背後から走ってきたセイバーが叫ぶ。
それはまるで、今にも完全武装で飛び掛からんばかりに殺気立ち、警戒している声だった。
「お、おい、セイバー、いきなりなんだって…」
「その女は、
次回は、栞さんが色々語ってくれる予定です。