Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回の投稿以降、たくさんのお気に入り登録、感想ありがとうございました!

さて、今回は前回の最後にサーヴァントであることが分かった栞さんのクラスだったり、真名だったり、スキルだったり宝具(?)だったりが明らかになります。

それではどうぞ。


#021 秘密のTea Time

 強風、烈風、疾風、飄風(ひょうふう)雄風(ゆうふう)、暴風。

巻き起こった風をどう形容すべきか、突如もたらされた事態を前に、俺はただ言葉を失うだけだった。

 

 玄関から居間に至る廊下の角から、セイバーが魔力で編んだ鎧を纏い、魔獣を(ほふ)る銀の弾丸のように、一息に飛び出す。

 

 セイバーが発した警戒の声に振り向いた俺は、前線へと疾駆する騎兵に道を譲る歩兵のように、彼女と標的との間に隔たりを無くした位置に立っていた。

 エメラルドグリーンの瞳が見据える先は、凡そ魔獣と呼ぶには程遠い、静かな森に住まう獣たちを慈しむ聖女のような女性。

 セイバーは彼女をサーヴァントであると言った。

 

 聖杯戦争の渦中に身を置く以上、敵対するマスターとそのサーヴァントが、拠点であるこの家を襲撃すると言う事態は()()()()()()だ。

 ただ、まだ日も高いうちのそれは()()()()()()だった。

 

 サーヴァントと言われた女性、朝比奈栞(あさひな しおり)さんは、眼前に迫る弾丸(セイバー)に驚くことも怯えることもなく、ただいつものように微笑んでいた。

 

 一瞬、その目が妖艶な光を発し、徐に左手に持った紙袋を上方に投げ上げ、舞うように回転しながら、セイバーが突き出す見えない剣を、右手に持っていたフルフェイスヘルメットの首の部分から目を出す部分に通すように絶妙な角度で差し込んで、剣を持つセイバーの両手をそのヘルメットの中に捕える。

 

 そのままヘルメットを押し下げてセイバーの腕を無理矢理下ろさせ、後ろから抱きしめるように密着することでセイバーの動きを封じ、するとその左手は、立てた二本の細い指を(やいば)に見立ててセイバーの首元に宛がっていた。

 

 流れる様な身のこなしに俺は目を奪われ、セイバーは完全に面食らって歯噛みしていた。

 学園の誰もが知る朝比奈栞という女性の人となりとは凡そかけ離れた、冷たく鋭い殺気は、しかしセイバーの首元から手を放して、落下してきた紙袋の勢いを殺すように受け止めた瞬間に霧散した。

 

「ミル・グレースのケーキを買って来たんです。()()の後に、みんなで食べませんか?」

 

 まるで年来の友人の家に「近くに寄ったから来た」と言わんばかりの気軽さで、セイバーの耳元で囁くように柔らかく彼女は言った。

 

 

 当惑。

 今の俺たちの心境を語るには、それが最適な言葉である。

 

 目の前に端座する女性、朝比奈栞さんは、穂群原学園一年B組の担任で、名門魔術師の一つ朝比奈家の当主であり、朝比奈一門の宗主でもある朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)先生の妹であり、学園の生徒達からの人気も高い購買のお姉さんだ。

 その人が、実はサーヴァントであったと言う事実を容易に受け入れるには、話が飛躍し過ぎていると言う言葉だけでは不足していた。

 

 栞さんに正対するように、俺と遠坂がテーブルを挟んで並び座り、鎧姿のセイバーが、抜身の見えない剣を手にしたまま、栞さんの身をその剣の間合いに捕えたまま、彼女の一挙手一投足に警戒しながら立っていた。

 

「改めまして、私は朝比奈瑛賢のサーヴァントで、クラスは暗殺者(アサシン)。朝比奈栞という名と宗主の妹という立場は、現世で実体化して行動する為の偽名であり、真名は「百地三太夫丹波(ももち さんだゆう たんば)」と言う、千五百年代後半、天正年間における伊賀流忍者の頭領です」 

 

 栞さんの告白に、遠坂とセイバーが驚愕で目を見開く。

 サーヴァントと言うのは真名を隠すのが鉄則。

 それは、主にその英霊の逸話から弱点を露見させないための措置なのだが、彼女は何の躊躇いもなく自らの真名を明かした。

 それは何らかの情報や協力を得るための見返りとしてなのだろうか、その意図は杳として知れないが、自身の最大の秘密を明かした以上、いずれその意図は(つまび)らかになるだろう。

 

「私の朝比奈(マスター)は、先日より申し上げている通り、今回の聖杯戦争に参加した魔術師ではありません。私自身も今回の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントではなく、正しくは第二次聖杯戦争において、当時のマスターが斃され、依り代無き身で消滅を待つだけだった私を、奇縁あって当代の朝比奈家当主に拾っていただき、以後、朝比奈家代々の当主にお仕えしています」

 

 淡々とあらましを述べる栞さんに、誰も口を挟もうとしない。

 聞きたい事は色々あるのだが、俺も遠坂やセイバーに倣って、固唾を呑んで耳を傾ける。

 

「私がおよそ百三十年に渡って現界し続け得たのは、(ひとえ)に朝比奈家伝来の召喚術や降霊術等を基盤とした使役の秘儀に依るところと、朝比奈家の管理地にある霊脈に繋ぎ止められていたからです」

 

「ちょっと待って!サーヴァントが、マスターの家の魔術の事までベラベラ喋ってもいいの?」

 

 ここで遠坂が口を挟んできた。

 魔術とは秘するものであって、他家にすらその成果を一切漏らさないと言うのが魔術師の常識だと言う。

 翻って、栞さんは本来秘するべき事まで俺たちに語って聞かせている。

 

 正当な魔術師である遠坂から見れば、栞さんの発言は、ある意味マスターへの裏切り行為とも受け取られかねない。

 しかし栞さんは、全てを話す事をマスターである朝比奈先生から許可され、何を話さないかは栞さん自身の判断に委ねられていると言う。

 唯一の禁則は「嘘を語らない」と言う事らしいが、その言葉を信じるなら、マスターとサーヴァントの間に、絶対不変の信頼関係が無い限り出来ない事だ。

 

「それで朝比奈の宗主が、なんで冬木(ここ)で学校の先生なんてやってるわけ?まさか、ただの見物だなんて言いませんよね?」

 

 聖杯戦争に参加すると言うのであればともかく、名門の魔術師が目的もなく潜むなんて事はあり得ないのだろう。遠坂の口調は、自然と詰問するかのように鋭くなっていた。

 

「本来であれば、魔術師が居を構えて工房を作成する際には、その土地の管理者に挨拶に伺うのは筋ですが、マスターが工房を作成しないまでも、密かに居を構えていた事については、マスターに代わってお詫び申し上げます。それで、この地にマスターが来た目的なのですが、ある魔術理論の実証実験を計画していまして、それをここ冬木の優秀な霊脈を用いて行おうとしているのです」

 

「それは、聖杯戦争の混乱に乗じて、この冬木を朝比奈が乗っ取ろうと言う事でいいのかしら?」

 

「確かに、御一門の中にはマスターにそう進言する方もいらっしゃいましたが、魔術協会との間に不要な軋轢を生むだけではなく、信義にもとる下策として排されました。星の巡りが最適になるまであと数年はあると言う事で、それまでに、冬木の管理者である遠坂家と交渉若しくは協力を取り付けると言うのが目的です。学園の教師をしているのは、遠坂家現当主が協力を乞うに値する人となりか否かを、自らの目で見定めようとなさっているからです」

 

 視線を合わせる二人の間に僅かな沈黙が流れる。

 

「仮にその魔術実験に協力するとして、その見返りは?」

 

「実験の詳細情報と結果の開示、朝比奈家が所蔵する時価総額数億円に及ぶ高純度の宝石の数々、遠坂家が冬木の管理者として安寧を維持するための朝比奈宗家による後ろ盾。しかし、三番目は一門に入れと言う事ではないと付け加えておきます。これらで足りなければ、一門の当主による会議で諮る必要はありますが、更に交渉に応じる用意はある。とマスターから(ことづか)っています」

 

「………一番目だけでも、足りないどころかおつりが十分来るくらいの大盤振る舞いね……」

 

 ため息をつきながら「逆に裏があって怖いぐらい」と遠坂が言う。

 

 栞さんが提示した条件がどれぐらいの価値があるのか、二人は理解しているからこそ話が通じているが、まともに魔術に携わってこなかった俺には全くチンプンカンプンだ。

 すると遠坂が「仕方がない」と言うような表情で説明してくれた。

 

 朝比奈一門が魔術協会と東方魔術連盟の二足の草鞋を履く()()()()()()()を取っている事によって疎まれつつも、双方の組織から一目も二目も置かれているのは、その一門の規模や、宗家の千年を超える歴史のみならず、自らの魔術の秘匿と、一門に属する家系の庇護の徹底ぶりであると言う。

 

 東方魔術連盟の中では、魔術協会との関係を良好なものにする為に腐心する穏健派の筆頭ではあるものの、その魔術を覗き見ようとした者は、何処の誰であろうとも容赦がないと言われている。

 

 櫓櫂(ろかい)の及ぶ限り、どこに隠れようとも見つけ出して口を封じる。関わった者も、一族も皆殺しにするとも噂されていて、事実、朝比奈家の魔術を覗き見ようと使い魔を放ったある魔術師は、その後家人諸共行方不明になったらしい。

 

 だからこそ、朝比奈家が計画している魔術実験の詳細を知ると言う事は、遠坂の見立てでは、そこそこの霊脈を持つ小さな管理地なら容易に、その実験内容と交渉次第では、冬木並みの優秀な霊脈を持つ土地を、魔術協会からもぎ取って来られるほどの価値があると言う。

 

 その上、一門に属する家系の魔術師に手を出した相手には、連盟随一の穏健派と言う()()()()()、一門総出で潰しにかかるとさえ言われている。

 その一門の家系に匹敵する宗家の後ろ盾を得れば、冬木を乗っ取ろうと画策する者たちに対して強大な抑止力となり、遠坂の家は冬木の管理者として安泰を約束されたようなものだ。

 

 栞さん自身は、交渉材料として提示するには多すぎると進言したのだが、これは宗主個人の独断で出し得る最大限の条件であり、誠意でもあると言う。

 

「そうね、その条件なら協力の件は考えておくわ。でも時期が時期だから、仮に私が()()()()()したらどうするつもりだったのかしら?」

 

 提示された条件は、()()()()()()()()という前提に基づいていて、もしも遠坂自身の身に何かがあればご破算だ。そのことを遠坂は問い質す。

 

「マスターの命により参集した、御一門の方々による情報面のバックアップ。ご要望があれば、各陣営のマスターに()退()()()()()()手配を私が。これらで答えになりますでしょうか?」

 

「至れり尽くせりね……」

 

 朝比奈家にとって、その実験は大きな意義があるのだろう。

 栞さんを暗殺者(アサシン)のサーヴァントとして使ってまで万難を排しようと、総力を挙げてきている事が窺い知れる。

 

 しかし、遠坂にしてみれば、たくさんの贈り物で両手が塞がったところを、後ろから襲われたらひとたまりもないという懸念があるのか、目の前に提示された条件を額面通り受け取る事に躊躇しているようだ。

 

「確かに聖杯を手にすることは遠坂の悲願でもあるけど、私自身そこまで聖杯が欲しいってわけじゃないわ。そこに戦いがあるから遠坂の魔術師として戦う、ただそれだけ。戦うからには勝つけど、()()()()()使()()()()()勝とうだなんて思わないわ。ましてや、誰かが木から落とした果実を嬉々として受け取るつもりもない」

 

 朝比奈の押す乳母車に乗るなど真っ平御免。勝利の果実は自らの手で収穫する。それが飲めないのなら、これ以上話をする事は無い。

 堂々と、それでいて猛々しく遠坂は宣言する。

 

 そんな遠坂の様子を、栞さんは微笑ましいと言った表情で見つめる。

 遠坂のその気概を、先生も栞さんも好ましく思っているからこそ、最大限の()()()()をやってのけているのだと言う。

 

「……そこまで言われたら……いいわ、その申し出、有難く受け取ってあげる」

 

 フイっと顔を背ける遠坂だが、あれは照れ隠しだな。

 でも、それをからかったら後が怖いので、黙っておくことにしよう。

 

「勿論、遠坂さんと共闘関係にある衛宮君にも、こちらからバックアップはさせていただきますよ」

 

 そういつもの笑顔で栞さんが言うが、一つだけ確認しておかなくてはいけない事がある。

 

「なあ栞さん、その実験ってのは、生贄を捧げたり、誰かを犠牲にしたりするものじゃないよな?」

 

「想定される犠牲は、最大でも()()()()()()()()()()だけ、との事です」

 

 即答で言い切る。向こうがこちらの信頼を得ようとしているのであれば、こちらも信用しなくては何も始まらない。

 先生や栞さんが一般人に危害を加えたり、こちらに敵対したりしてこなければ、こちらとしても殊更敵視する必要はない。

 それに、両家の密約の御相伴に与れるなら損はない筈だ。

 しかし……

 

「私からも質問があります暗殺者(アサシン)。貴女もサーヴァントである以上、聖杯を求めて召喚に応じたはず。機会さえあれば、聖杯を手にしようと考えているのではないですか?」

 

 セイバーが警戒していたのは、俺たちの敵対者である可能性があると言う事が最たる理由だが、もう一つの大きな理由、それはセイバー自身が聖杯を求める上で、栞さんがその障害となり得るか否かだ。

 

 暗殺者(アサシン)のサーヴァントは、直接的な戦闘に向かないクラスだ。

 だと言うのに、先程の栞さんの身のこなしは、初見とは言え、()()()()()()セイバーをあの場で斃し得たものだ。

 敵対するのであれば、バーサーカーに次ぐ、もしくは同等の難敵となり得るだろう事をセイバー自身理解しているみたいだ。

 

 聖杯戦争において召喚されたサーヴァントは、セイバーを含めて七騎。

 聖杯を求める競争相手は少ない方が良いに決まっている。

 そこへ、過去の聖杯戦争から生き延びているサーヴァントが聖杯を狙うと言うのであれば、俺や遠坂にとっては敵ではないにしろ、セイバーにとっては敵になりうる。

 そうなれば俺と遠坂との共闘関係も、先生と遠坂の密約にも支障が出る事は必至だ。

 

「心配いりませんよセイバー。今の私に()()()()()です。それどころか、私が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を今はいただいているのです。これ以上望むのは強欲に過ぎると言うものです」

 

 マスターだけではなく、サーヴァントもまた聖杯を求める。

 それ故に英霊がサーヴァントとして召喚に応じると言うが、アーチャーは「望みを叶えて死んだ」から聖杯はいらないと言い、栞さんは「聖杯が起こす奇跡以上のものを手にした」から聖杯はいらないと言う。

 

 セイバー自身は聖杯を求めているとは言うが、かつて叶えられなかった願いを叶えるために聖杯を求めているからである。

 しかし、栞さんのように「願った以上のもの」を手にする事が出来れば、セイバーも聖杯はいらないと言うのだろうか?

 そうなると、敢えて聞かなかったセイバーが聖杯に託す願いと言うものを知りたくなってくる。

 

「それとセイバー、私の事は是非「栞」と呼んでください。これは、マスターから戴いた名前ですので」

 

 セイバーの懸念を払拭するかのようなその笑顔は、今まで以上に柔らかく、そして満ち足りていた。

 慈しむように、愛おしむように、大切な人から貰った贈り物と、大切な人と共に過ごす日々を大事にしたいのだろう。

 なんとなくだけど、栞さんがいつも微笑んでいる理由が分かった気がしてきた。

 

 そんな栞さんの笑顔に、敵意も他意も無いとセイバーは感じ取ったのか、先程までの警戒した目は鳴りを潜め、鎧姿からいつものワンピース姿に変わり着席した。

 

「それじゃ、これで交渉成立って事でいいかしら?それで早速なんだけど、そちらで掴んでいる他のマスターの情報を教えてちょうだい」

 

 遠坂は早速自分が掴んでいる情報と、栞さんたちが掴んでいる情報を取りまとめようとする。

 

 先程遠坂と俺たちとで共有した情報は、慎二のサーヴァントはライダーで、それは昨日栞さんに倒されて脱落。イリヤのサーヴァントはバーサーカーで、その真名は不明ながら高名な英霊であると思われる。ランサーの真名は「クー・フーリン」で、宝具は因果の逆転を起こすものであるが、マスターは不明。

 

これらに加え、遠坂自身が現場調査と霊脈の流れを辿った結果、新都で発生しているガス漏れ事故は、柳洞寺に拠点を置く魔術師(キャスター)のサーヴァントの仕業で、そのマスターは柳洞寺に住む誰かとまでしかわからない。

 

 情報の重複が無いよう、これらの情報を栞さんに伝えると、少し考えながら口を開いた。

 

「私自身判然としないので、注意するに留めておいて欲しい程度の情報ですが、ライダーのサーヴァントは確かに私が倒しましたが、あの消滅の仕方は、霊核が弱ったり魔力が切れたりしたもののそれとは異なるようです」

 

今まで何騎かのサーヴァントが消滅する様を見てきた栞さんには、ライダーの消滅の仕方が他と違うという事で違和感を覚えたらしく、マスターを変えてライダーが生存している可能性は考慮に入れておくべきとの事だ。

 

「キャスターのサーヴァントは確かに柳洞寺を拠点と()()()()()()。そしてそのマスターは、穂群原学園の教師である葛木宗一郎その人です」

 

 葛木先生がマスターであると言う情報に俺も遠坂も驚く。

 そうなると、葛木先生も朝比奈先生と同様に魔術師である事を何らかの細工を施して、遠坂にも感知できないぐらいに隠していたと言う事なのだろうか。

 

「葛木先生が魔術師ではない事はマスターが確認済みです。経緯は不明ですが、単にキャスターが現界し続けるための依り代としてのみ機能していただけのようで、魔力供給は()()()()行っていたようです」

 

「ちょっと待ってくれ、葛木先生は昨日の朝と言うか、一昨日の夜から行方不明だって話だけど、それと何か関係があるのか?」

 

 表向き葛木先生は病欠とされていて、俺の問いに遠坂は驚くも、瞬時に「なんで黙ってた」等と言わんばかりに睨みつけるが、こればかりは仕方がない。

 葛木先生がマスターだなんて思わなかったから言わなかっただけ。なんて言ったら、遠坂が何を言い出すか分かったものじゃないから、ここは黙っておこう。

 

「拠点を移したにしては、時期的にも戦略的にも不自然すぎます。木を隠すなら森の中という言葉の通り、普段通りの生活を送っているからこそ、マスターは日常生活の中に紛れ込むことが出来るわけです。外来の魔術師ならともかく、今まで冬木で生活を営んでいた人間が殊更行方をくらますなど、自分がマスターだと喧伝しているようなものです。だとすると、キャスターとそのマスターである葛木先生は倒されたと見るべきでしょう」

 

「でもそれって推測の域を出ないんでしょ?」

 

「いいえ、これは確定情報であると評価します。ガス漏れ事故自体は依然発生していますが、霊脈の流れそのものの変化が観測されていません。柳洞寺から離れて途中で回収すると言う方法も無きにしろ非ずでしょうけど、回収の効率は柳洞寺に比べて大幅に落ちるはずですし、キャスターが緊急避難的に場を移さざるを得ない程の動きは、全体を俯瞰しても見当たらないと言うのがその根拠です」

 

「キャスターが一昨日消滅した以上、他のサーヴァントが引き続き()()を引き起こしていると言う訳?」

 

「ええ、昨日のライダーの結界とは明らかに術式が異なる以上、消去法で行けばアサシン陣営によるものと推測します」

 

 生存しているのは、セイバー、アーチャー、バーサーカー、アサシンの四騎。ライダーは生死不明。

 セイバーとアーチャーはともかく、バーサーカーはイリヤがマスターである以上、そのような手を使う必要はないであろうと言う事だ。

 しかし、栞さんの推論から、ランサーが抜けている事を指摘すると意外な答えが返ってきた。

 

「ランサーは、昨夜アサシンによって斃されました。これは私自身が、直接目にしてきた事です」

 

 あの夜、学校でアーチャーと闘い、俺を口封じの為に襲ってきたランサーが倒されたと言う事実を、なんとなく俺は素直に喜べなかった。

 

 昨夜、新都を通る高速道路で発生したトラックの爆発炎上事故。これはランサーとアサシンとの戦闘に巻き込まれたためらしい。

 そのあと、二人のサーヴァントの闘いは未遠川流域にまで及んだのだが、そこでランサーはアサシンによって倒され、触手のような影に取り込まれたと言う。

 

「あの影がアサシンの宝具なのか、それともマスターの魔術や使い魔のような物であるかは、現時点では不明です。柳洞寺に白兵戦を行った痕跡が無かった事から、一昨日の夜にキャスターとそのマスターも、その影に飲み込まれたのではないかと思われます」

 

 余談ではあるが、栞さんの監視の目が、危うくアサシンに見破られそうになり、寸でのところで遁走したとの事だ。

 

 依然発生し続けるガス漏れ事故と言う名目の無差別襲撃。それはアサシンのサーヴァントによるものなのか、それともマスターの魔術によるものなのか。その方法は窺い知る事は出来ないが、一般人を巻き込むような奴らを放っておくわけにはいかない。

 しかし、手掛かりがない以上、ここで座して状況を見守っているわけにはいかない。であれば、こちらから状況を動かすしかない。

 

「………そうね、相手の正体が知れない以上、こちらから(つつ)いてみて、そのリアクションをみて対処しましょ」

 

 遠坂は腕を組みながら承諾し、セイバーは無言で頷いた。

 そうと決まれば、今夜アサシンとそのマスターを釣り上げる。

 あわよくば、それで新都のガス漏れ事故に終止符を打つ。

 俺はそう決意した。

 

「分かりました。こちらも引き続き情報収集に努めます。それと、マスターは今日も帰りが遅いと仰っていましたが、明日にはこちらに顔を出せるだろうとの事です」

 

 栞さんが言うには、朝比奈先生は昨日の学校での騒動の後始末がまだ残っているらしく、職員会議やら何やらで、今日一日身動きが出来ないらしい。

 密約を結んだ以上、一度くらいは顔を出しておく必要はあるとの事だ。

 

 

「ところで栞さん。一つ聞きたいんだけど………昨日の……その……アレって…………」

 

 何か言い淀む遠坂の顔はみるみる赤くなってきている。その顔を見て、その言葉を拾って「アレ」が何かと思い出そうとしてみる。

 昨日のアレ……。

 アレ……。

 

 思い出してハッとした。

 そして同時に俺も顔が赤くなるのが分かった。

 

 昨日の「アレ」とは、学校で遠坂に追いつめられていた時、突然現れた朝比奈先生が持っていた物。

 アレを遠坂本人に気づかれずに掠め取るなんて、いくら魔術師でもできる様なものじゃない。

 となると、命令したのは先生で、実行犯は栞さんと言う事になるのだが……。

 

「マスターからの命令を一言一句漏らさず言いますと「二階で騒いでるバカップルを止めてこい!」と言うご命令でしたので、遠坂さんの下着を私が盗み取ってマスターに丸投げしちゃいました。うふふふふ」

 

 悪戯が上手く行ったと言わんばかりに笑みを浮かべる栞さん。

 遠坂の意識を逸らしてしまえば、それで事は収まると予測し、事実、事は収まった。

 アレはアンタの仕業だったのか………。

 

 当の遠坂は、事の真実を知らされて、顔を真っ赤にしながらプルプル震えている。マスターの命令を()()して実行した犯人が、サーヴァントとは言え同じ女性であれば、怒りの矛先を栞さんに向けるわけにもいかないようだ。

 

「これがサーヴァントとしての私のスキルの一つ「偸盗術(ちゅうとうじゅつ)」です。人が身に着けているものは勿論、()()を気づかれずに盗み取る暗殺手段としても応用出来ますし、箱とかの中に入っている物だって盗る事が出来るんです」

 

 曰く、忍者は民衆の不安を煽って、時の為政者の治世に陰りを落とすこともする。それはその次に支配を目論む者の依頼によって行う場合が多いのだが、それを手っ取り早く行う手段が、治安の悪化である。

 栞さんが在世していた時代は、丁度室町幕府が末期を迎えていた頃で、自身も依頼は元より、仲間との腕競べや暇潰し、はたまた金銭目的に武家や公家、公卿の屋敷などに忍び込んで色々お宝を拝借してきたらしい。

 

 そんなサーヴァントのスキルを、何ともしょうもない事に使うとは……。

 

「ちなみに下着を盗ったのは、遠坂さんが三階から二階に豪快に飛び降りた時です。ひょっとしたらスカートが捲れた時に……」

 

「見た!?見たの!?」

 

 遠坂が耳まで顔を真っ赤にして俺に問い質す。

 とんだ濡れ衣だ……。

 

「いや!見てない!俺は断じて見てない!そもそも、遠坂の下着が盗られたなんて、先生が来るまで気付かなかったじゃないか!」

 

「正直におっしゃい士郎!今なら昨日の記憶を消すだけで許してあげるわ!いや、もういっその事消す!むしろ全部消す!!」

 

「いや、だから見てないって!どわあぁっ!」

 

 錯乱した遠坂に、俺は理不尽にも突き飛ばされて、挙句足蹴にされている。

 

「シロウ!リ、リン!何を!?」

 

 一体何が起きたのやら、訳も分からずセイバーがオロオロしていて、栞さんに至っては、腹を抱えながら時々自分の膝をバンバン叩いて爆笑している。

 

 栞さんって、意外と悪戯好きなんだな………。

 

「でも、衛宮君も制服を着てても()()()()()()()()()のって好きでしょ?()()()()()()()()()()し」

 

 ちょっと待て。

 今何と仰いました?

 ()()()()()()()()()()

 

 昨日の遠坂の一件を思い出して顔を赤くしていた俺の顔から、今度は血の気が引いていく。

 待て待て待て待て待て待て!

 セイバーの呼ばわる声を背に、俺は自分の部屋に猛ダッシュで走った。

 

 部屋の隅にある机の上に目をやった瞬間、俺は叫んだ。

 思春期男子が須らく見るであろうあの悪夢。

 勝手に部屋を掃除した母親に、思春期男子の()()()()()()()()、机の上に置かれていると言うあの悪夢。

 以前慎二に押し付けられ、殊の外、俺の琴線に触れた()()が、そこにあった。

 

 しかも、栞さんが()()()()()()()()()()()()()()()()のページを見開いた状態で!

 

 栞さんは暗殺者(アサシン)のサーヴァント。来訪を告げる前に、気配遮断スキルなんかでこっそり忍び込んで仕込んだのだろう。

 悪戯が好きってのは、可愛げがあっていいのかもしれないが、これはホントに心臓に悪いからやめてくれ……。

 

「シロウ!一体どうしたのですか!?」

 

 俺の焦り様を心配したセイバーが後からやってきた。

 こんなのを見られたら、マスターとしての威厳も何もあったもんじゃない。

 俺は咄嗟に()()を服の背中に隠し、ぎこちない作り笑いを浮かべる。

 

「い、いやあ、セイバー。どうした?俺は何ともないぞ?」

 

「しかし……」

 

「そうだ、栞さんがケーキを買ってきてくれてたんだ、みんなで食べよう!」

 

 尚も怪訝な表情を浮かべるセイバーの肩を押して、俺たちは居間に戻った。

 

 先程まで張りつめていた空気が、これでもかと言うくらい弛緩していた。

 居間に戻った俺たちを、遠坂がにやにやしながら出迎える。どうやら栞さんから事情を聞いたようだ。

 ちくしょう、自分の恥部を棚に上げて楽しみやがって、この()()()()()()は……。

 

 

 栞さんが手土産に持ってきたのは、二年前に深山町に開店した「ミル・グレース」と言うパティスリーのプティガトーだ。

 とても美味しいと評判の店で、桜との会話でちょくちょく出てきて、藤ねえが食べたいと駄々をこねていたが、如何せん、深山町にある洋菓子店の中でも単価が高い店なので、特別な時にしか買えないのだが、その特別な時に三人で食べた時は、何とも至福だった事を今でも覚えている。

 

 旬の柑橘類をあしらったフルーツタルトに、フランス産クリームチーズを使ったタルトフロマージュ、イチゴとカスタードクリームをパイ生地で挟んだミルフィーユ、紅茶風味のスポンジに季節のフルーツを挟んでヨーグルトソースをかけて仕上げたショウフロア、ミルクチョコムースとビターチョコムースの中にオレンジのブリュレを閉じ込めたマジックショコラの五種類だ。

 

 これには遠坂もセイバーも目を輝かせている。しかも、さっき袋ごと投げ上げた割には形が全く崩れていない。

 五つあるのは、今いる俺たち四人と桜の分だろう。桜はどれがいいだろうかと思いを馳せて、以前マジックショコラが美味しそうと話していたので、それを桜の分に退かしておいた。

 

 こういう時には紅茶やコーヒーが良いのだが、生憎我が家では両方とも安いインスタントしかない。

 遠坂は紅茶にこだわりがあるのか、安物のティーバッグしかない事に不満を漏らしていた。

栞さんは先生(マスター)がコーヒー派である影響もあってコーヒー好きらしいが、インスタントでも一向に構わないと言う。

 

 うーん、遠坂にもこの謙虚さを見習って欲しいものだ。

 

 

「それにしても、先生や栞さんは、どうやって魔力を感知されないようにしてたんだ?俺なんかはともかく、遠坂やセイバーでさえ気づかないなんて」

 

 柔らかな酸味のタルトフロマージュを頬張りつつ尋ねる。

 先日、セイバーと学校を見回った際に、セイバーですら目の前にいる人が、同じサーヴァントである事に気付かなかったのだ。遠坂に至っては、半年近くも身近に魔術師とサーヴァントがいると言う事に気付かなかった。

 

 俺の質問に、栞さんは脱いだバイクジャケットのポケットから、折りたたんだ一枚の術符を取り出してテーブルの中央に置いた。

 

「これは先代の宗主が考案された術符で、一日一枚丹田(たんでん)の上に貼っておくと、漏れ出た魔力を内側に即座に還元すると言う効果があります。私はチャイムを押すまでこれを貼っていたのですが、衛宮君が玄関に来た時に剥がしたから、セイバーがサーヴァント(わたし)の気配に気づいて飛んできたわけです」

 

 剥がしてしまったらその効果は失われる。と付け加える。

 

「マスターの場合はちょっと違っていて、簡潔に言ってしまえば、漏れ出た魔力が早く霧散するような術式を描いた()()を全身に巻いていらっしゃるのです。それでもマスターの内側から漏れ出る魔力が相殺しきれないものですから、私は常に実体化してマスターの魔力を()()させているんです」

 

「そこまでして、常にサーヴァントを実体化させられるなんて、一体どれだけ出鱈目な魔術回路なのよアイツ」

 

 遠坂が紅茶を啜りながら、呆れたように言う。

 

「……そうですね……」

 

 ここまで淀みなく質問に答えてきた栞さんが、表情を暗くして言い淀んでいる。

 百年以上もサーヴァントとして朝比奈家に仕えていると言う栞さんから見れば、今のマスターである先生は、生まれた時から知っていて、自分の子供のようにさえ思っているのかもしれない。

 だからこそ、朝比奈家の魔術や、自身の真名について躊躇いなく話していても、()()()()()()となると、彼女らしからぬ悲痛な表情を浮かべて言い淀むのは、あまり思い出したくない辛い事があったのだろう。

 遠坂自身もそれを察したのか、これ以上、先生個人の事について、栞さんに問う事は無かった。

 

 

「そう言えばアインツベルンの聖杯って、東洋の英霊は呼び出されないって聞いたことあるけど、栞さんってどうして召喚されたの?」

 

 聖杯を作ったと言う「始まりの御三家」の末裔である遠坂は、当然聖杯については俺より詳しい。

 だからなのか、今まで聞き及んだ事とは異なる事象について、興味があるのだろう。

 

「そうですね、これはあくまで私の推測ですが、召喚される英霊は、ドイツを拠点にしているアインツベルンが認識している範囲内であったこと言う事から、第二次聖杯戦争が起きた千八百年代後半は、丁度ヨーロッパで日本美術が注目を集めた「ジャポニズム」が流行していましたので、それらと一緒に、日本の文化や、東洋の戦士「サムライ」や「ニンジャ」と言う概念が知れ渡ったのかもしれません」

 

 栞さんは尚も推論を述べる。

 栞さん自身、当時の聖杯戦争で召喚された場所は小さな寺で、その寺というのは「忍者寺」との異称があったらしい。

 その寺に、偶然伊賀忍者の頭領である栞さんこと、百地三太夫を召喚できる触媒があったのではないかと言う事だ。

 ちなみに、その寺は聖杯戦争の折に焼失して、再建される事は無かったと言う。

 

「忍者の中には、その土地に根を下ろして情報収集などを行う「草」と呼ばれる者たちが居ましたので、私が在世した時代以降に、その寺が草の拠点になったのかもしれませんね」

 

 栞さんの記憶では、寺の所々に忍者独特の文字である「忍び文字」というものがあったり、本尊が陽炎を神格化し、武士や忍者の守り本尊とされた摩利支天だったりすることから、まず間違いはないだろうと言う事だ。

 

「伊賀忍者って言えば「服部半蔵」が頭領だって話が有名だけど、あれってホントなのかな?」

 

 以前、クラスメイトの後藤君が影響を受けた時代劇で聞きかじった話を聞いてみることにした。

 何しろ、質問をぶつける相手は、本物の忍者なのだ。

 史実とフィクションの違いというのも、なかなかに興味深い。

 

「……そうなんですよね……この国では「伊賀忍者=服部半蔵」ってイメージが強いんですけど、純粋に忍者と言えるのは初代半蔵保長(やすなが)ぐらいで、二代半蔵正成(まさなり)以降は松平家、後の徳川家に仕えていた武士の様なものなので、(あるじ)を持たない臨時雇いの傭兵と言うのが忍者の在り様でしたので、服部家(かれら)は純粋な忍者とは言えませんね……」

 

 ため息をつきながら、後年幻想(フィクション)によって歪められてしまった忍者像を憂いていた。

 

 ちなみに「服部半蔵」というのは、代々服部家の当主が名乗っていて、同じ伊賀の百地家の当主は「百地三太夫」、所変わって相模国(さがみのくに)を拠点としていた風魔の頭領は「風魔小太郎」を、それぞれ代々名乗っていたと言う。

 

 服部家が三河の松平家に仕官して、一族総出で伊賀の郷を後にしてからは、在郷の伊賀忍者は、服部家と同じ上忍の百地家と、もう一つの上忍である藤林家で統率していたのだが、藤林家は百地家の分家の様なものなので、在郷の伊賀忍者を統率していたのは実質的に百地家だと言う事だ。

 

「なんだかこれって、聖杯戦争に参加したマスターの役得みたいなものね。今まで見聞きしてきた歴史の裏側なんかを、その当事者に聞けるなんて」

 

 遠坂が笑いながら言う。

 後年伝聞された史実と言うものは、時の為政者や当時のエンターテインメントに都合がよくなるように改変されているようなものだ。

 それが時を経た現在では「常識」となっていて、仮に史実と異なっていても、既に逝去した当事者は異論を唱える事が出来ない。

 

 新しい事実を知ると言う事は、なんだか自分の中のちっぽけな世界が、ほんの少しだけ広がったような気がして楽しいものだ。

 

 

「それにしてもシオリ、貴女がシロウたちが通う学校とやらで労働に勤しむのは、サーヴァントとしての務めなのでしょうか?」

 

 今までフルーツタルトに舌鼓を打って会話に参加してこなかったセイバーが口を開く。

 当然、フルーツタルトは既に彼女の胃袋の中だ。

 

「それはですね、私の趣味に関係ありまして」

 

「趣味?」

 

 俺たち三人は、声を揃えて言った。

 

 それを見せる。と、栞さんに誘われて、俺たち三人は外に出た。

 門の前には、栞さんが乗ってきた大型バイクが一台停まっている。

 

「実は私、アサシンですけど騎乗スキルがあって、パラメーターはAなんですよ。忍者って、千里を走るなんてイメージがありますけど、普通に馬にも乗っていたんです」

 

 そう説明する栞さんの趣味とは、バイクに乗る事らしい。

 車体自体は、同じくツーリングが趣味だった先々代のマスター、つまり朝比奈先生の祖父が、長年の奉仕の御褒美として買い与えてくれたと言う事らしく、冬木に来たのであれば、ガソリン代などの維持費を自分で稼ごうと思い、学園で働くことにしたらしい。

 

「これが私の愛車「スズキGSX1300Rハヤブサ」です。空気力学(エアロダイナミクス)の申し子ともいえる、この美しい流線型のフォルム。水冷並列四気筒エンジンが生み出す雄々しいまでの力強さは175馬力、最高時速312㎞を発揮し、これは今まで量産市販車最速の座に君臨していた「ホンダCBR1100XXスーパーブラックバード」が持っていた記録を大幅に超える物なんです。レースユースとしては勿論の事、豊富なトルクとクセのない素直なハンドリングで、ストリートユースでは初心者からベテランまで幅広い層に支持されています」

 

 目を爛々と輝かせて熱っぽく語っているが、人並みにメカ好きなごく普通の男子である俺ですら、熱く語る彼女には悪いがちんぷんかんぷんだ。

 遠坂に至っては、まるで未知の高速詠唱でも聞いているかのようで、頭の周りではでっかいはてなマークがマイムマイムを踊っているかのようだった。

 

「素晴らしい趣味ですシオリ!このバイクと言う乗り物、騎馬で戦場を駆け抜けるかのような疾走感が、なんとも胸を熱くさせるんですよね!」

 

 意外や意外、栞さんの趣味に思いっきり食いついたのは、心躍る表情を隠しきれずに目を輝かせるセイバーだ。

 

「でしょぉう?速度が上がってマシンと一体になった時は、自分が風になったかのような錯覚さえ覚えるんですよ!」

 

 今まで見たことが無いぐらいテンションが高くなっている栞さんの言に、セイバーが力強く頷いている。

 

「分かります!私も前回の聖杯戦争で、当時のマスターにバイクを与えられましたが、バイクを操っている時は、えも言われぬ高揚感が体を駆け巡ったものです!」

 

「え!?セイバーも乗っていたんですか!?何に乗ってたんです!?」

 

「確か…V何とか…」

 

「まさかVMAXですか!?いいなぁ………」

 

 一方的ではあるが、さっきまで殺し合わんばかりに殺気立っていたセイバーが、今や同好の士を得たと言わんばかりに栞さんと意気投合し、栞さんのバイクに跨らせてもらって、目を輝かせ、その感触に感嘆している。

 

「シロウ、やはりこのバイクと言うものは、市街戦向けの機動手段として有効であると判断します!」

 

「そうですね!車体選びはお任せください!セイバーに合う逸品を探してあげますよ!ここは、マスターの甲斐性をどーんと見せるべきですよ!どーんと!」

 

 ちょっと待ってくれ、お二人さん。

 一介の高校生にしか過ぎない俺に、ウン十万もするバイクなんてホイホイ買えるわけじゃないか。

 そんな俺に用意できるのは、精々で自転車ぐらいだけど、愛機である一号(ビアンキ)は流石に俺のお気に入りだし、かと言って二号(ママチャリ)を駆るセイバーの鎧姿を想像するとシュールな絵面になる。

 

 まるで親におもちゃをせがむ子供のような二人に圧されていると、俺の足元にバサリと何か紙の束が落ちる音がした。

 

「ん?これは何………ふーん、士郎ってこういうのが好きなんだぁ」

 

 ()()を拾い上げた遠坂がペラペラとページをめくって、ニヤリと企みを満面に湛えた目で俺を見る。

 

 ()()は、さっき咄嗟に背中に隠した()()じゃないか!

 

「リン、その書物がどうしたと言う……!」

 

 遠坂が読んでいた()()を目にした途端、セイバーは目を見開いて、顔を真っ赤にしている。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ったセイバー!」

 

「あら?いいじゃないですか。男の子なんだし、こういう本の一冊や二冊ぐらい持ってたって」

 

 そういう栞さんは、がっしりと俺の左腕を挟んで離そうとしない。

 いや、と言うよりも、上腕に栞さんの()()()()()()が当たっているどころか、()()()()()()()()()()()

 顔を真っ赤にして抗議しながら、その柔らかい感触から逃げようとしている俺に「良いではないか、良いではないか」などと言っている。

 アンタは悪代官かなにかか。

 

 ペラペラとページをめくって「フーン」とか「へーえ」とか冷めた感じの反応を示す遠坂に対し、目を見開いてみているセイバーは「なんと!」とか「これは!」と、視界に飛び込む強烈な刺激に驚いている。

 

「くっ…マスターが殿方である以上、こういう事に興味がある事は分かってはいたのですが………申し訳ありませんシロウ。私には、このようにマスターの要望に応えられるほどの肉がありません……」

 

 顔を赤らめながら詫びるセイバーだけど、俺そんな事求めてませんよセイバーさん!

 

「あら?衛宮君って()()()()()()()なんでしょう?」

 

 尚も俺の腕を挟みつつ首をかしげる栞さんは、徐に俺の右肩から腕を回して顔を動かせないようにすると、

 

「私、Gカップですよ」

 

 俺の耳に唇が触れるか触れないかという程の近さで囁く。

 発音する度に、生暖かい吐息が俺の耳を刺激してきて、背中がぞわぞわする。

 この人は遠坂同様に俺をからかって楽しんでやがる。だけど遠坂とは違って、より直接的に来るもんだから始末が悪い。

 

 かくして、秘蔵のお宝が曝け出されて、衛宮士郎の株が大暴落したのであった。

 

 と言うか栞さん、そろそろその宝具(Gカップ)から放していただけませんか!?




最近の研究では「百地三太夫」と「百地丹波」は別人らしいです。

プロット段階では、栞さんの真名を望月千代女か風魔小太郎にしようと思っていましたけど、どちらもFGOで実装されちゃったので、まだ出ていない百地三太夫にしました。
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