Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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今回は短いですが、聖杯戦争と並行して繰り広げられるオリジナル展開に突入するお話です。

そして、ようやくあの人ととかが登場です。

それではどうぞ。


#022 interlude~台頭~

 冬の日没は早く、時刻は午後五時を回った頃。

 この時刻になると、仕事帰りの車で市街の各所では交通渋滞が発生していたが、日没後の色彩にも似た一台の黒いマイバッハが駆ける幹線道路には、その身に内包したSOHC水冷V型12気筒エンジンの疾駆を阻む者は不思議と一台も存在しなかった。

 

 マイバッハの向かう先は、新都郊外の小高い丘に建つ教会。

 典型的なゴシック建築様式の構えは、西欧に建つ多くの教会と同等と評されるほどに本格的かつ壮麗で、普段は一般信者の憩いの場としても用いられているが、それはあくまで()()()()()()でしかないと言う事を知るのは、祭祀を司る神父を始めとした一部の教会関係者と、一部の()()()()だけであった。

 

 この教会の神父の名を取って、専ら「言峰教会」との異称で呼ばれるこの教会は、その実、聖堂教会が聖杯戦争を監督する目的で建立された拠点でもある。

 

 聖堂教会。

 神の愛を説き、貧しき者、病める者を救済せんとする世界最大の宗教の裏面に存在し、教義に反する者を熱狂的に排斥する者たちによって設立された歴史を持つ「異端狩り」に特化した組織。

 

 吸血種を始めとする強大な力を持った異端を殲滅するための武力を保有し、神秘を独占し、知識の全てを管理しようと画策する者たち。

 彼らにとって魔術師と言う存在も()()であり、畢竟、魔術協会とは血で血を洗う抗争を長年に渡って繰り広げてきてはいたが、近代になって協定が結ばれ、表向きは不可侵を保ってはいるものの、陰では今も尚、記録に残らない私闘レベルの殺し合いは続いている。

 

 だが、その聖堂教会に属する者が、主に魔術協会に属する魔術師達が執り行う儀式である聖杯戦争の監督役の任を担っている奇妙な事実には理由がある。

 この聖杯戦争と言う儀式は名目上、聖堂教会と魔術協会の双方が管轄しているのだが、それは先の協定によって友好関係を築こうと言うものではなかった。

 

 魔術協会の本質は、つまるところ同業者による寄り合い所帯であり、その内部では派閥によるしがらみがあり、公正かつ公平な審判が望めない以上、信仰と言う価値観で結束している外部の権威に頼らざるを得なかったからである。

 

 故に、聖杯戦争においては、聖堂教会から監督役が派遣され、世間一般には秘密裏かつ円滑に聖杯戦争を進行させ、戦闘によって引き起こされた事件の隠蔽工作、サーヴァントを失ったマスターの保護などをその役目としている。

 

 ただ、聖堂教会としても「聖杯」と名の付く物の降臨は重大な関心事であり、その聖杯が()()であれば、聖遺物の管理と回収を任務とする特務機関「第八秘跡会」が回収に動くのだが、今回の聖杯戦争における「第七百二十六号聖杯」は、既に()()との判定を下されてはいるものの「聖杯」と名が付く以上、監視しなければならない対象となっている。

 

いわば利害の一致による関係。

 双方とも、あわよくば相手を出し抜いて聖杯を手に入れんと画策するも、表立って動けば先の協定は打ち捨てられ、再び血で血を洗う抗争が勃発する膠着状態。

 故に、双方とも密かに魔術師を冬木に送り込み、聖杯の奪取を目論んでいる。

 

 かつて間桐臓硯の邸宅に闖入してきた、聖杯と言う花の蜜に誘われた数多の虫。彼らもまた、その流れの一端であると言える。

 

 

 教会の門扉の前に停車したマイバッハの後部座席より降りてきたのは、凡そそれが持つ気品や風格に似つかわしくない、ラフな格好をした少年の域を出たか否かの青年だった。

 

「すまないが、当教会は主日以外の夕礼拝は執り行っていないのだがね」

 

 礼拝堂の扉を開けた青年の来訪にそう答えるのは、扉を背にして祭壇に向かう神父である。

 肩越しに振り向く神父の目は、しかし青年の来訪を拒絶するものではなく、その面差しには似つかわしくない軽口である事を青年は知っていた。

 

「ご無沙汰しております。父の葬儀以来ですね、言峰神父(シェンフー)

 

 青年の挨拶を受け、夕方の祈りを中断して振り向くのは、ここ冬木教会で祭祀を司る神父の言峰綺礼(ことみね きれい)である。

 かつて第八秘跡会に属し、教義に反した異端を駆る為の狩人「代行者」でもあったこの男は、過去の経歴から聖堂教会、魔術協会双方に顔が利くと言う事も手伝い、今回の聖杯戦争における監督役に就任している。

 

「父上が召されて、確か今年で八年だったかな?あの時の幼子が実に大きくなったものだ。兄上たちは息災かな?道香龍(タオ シャンロン)君」

 

 その青年、道香龍は礼儀正しく拱手の礼で応える。

 

「ええ、長兄龍明(ロンミン)を始め、神父の御助力には感謝すると申しておりました」

 

「君の父上には私もかつて大変世話になった。今回はその恩返しと思ってもらえれば嬉しい」

 

 神父もまた形式通りの礼を返す。

 

「だが、聖杯戦争とは本来秘すべきもの。ただでさえ、正規のマスターとサーヴァントが引き起こした騒動の後始末に奔走させられる身、表立ってこれ以上の厄介事を引き起こしてくれるようであれば、いくら昵懇の(タオ)家と言えども、監督役としての役目を果たさねばならん」

 

 ここ数日新都で発生している()()()()()()を始め、聖杯戦争に参加しているマスターとそのサーヴァントによる表立った騒動が頻発している昨今、その真実を隠蔽するための工作を行う監督役たる神父の労苦は計り知れないものであった。

 如何に個人的に恩義がある家の者とは言え、これ以上厄介事を増やされては、その許容の器は溢れかえり、真実が露見してしまう恐れがある。

 だからこそ、神父は改めて釘を刺す。

 

「ご心配なく神父。東方魔術連盟の首座を占める我ら道家は、魔術協会の贱货(ジィェンフォ)とは違い、そのような手抜かりを犯す筈もありません」

 

 そう言い切る香龍ではあったが、しくじりはあった。

 事が露見しないよう始末するようにと、この国に来てから雇った外部の組織に命じはしたものの、殺害そのものまで隠蔽する配慮を怠ったが為に「外国人観光客の不審死」と言う事件が報じられてしまった。

 

 それはそもそも組織の不手際であって、彼自身の不手際ではないのだが、その組織を雇って命じた彼の責任と言う事もあり、内心忸怩たる思いもあったが「暗部とは言えとも、所詮はこの平和ボケした国で事を成す連中の手抜かり」としてその責任を転嫁した。

 

「連盟と言えば、道家と共に連盟の双璧を成す朝比奈の宗主が、冬木の管理者である遠坂家に肩入れしているようだ。連盟内部の抗争に発展しては道家にとっても不都合があるだろう。十分に留意することだ」

 

 神父は監督役である以上、ある程度マスターとして参加する魔術師についての知識がある。

 また、マスターではないものの、注意を払うべき人物も一通り情報を収集しており、朝比奈一門の宗主である朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)もまた、彼の注意の目を引くに値する人物である。

 その宗主が聖杯戦争に参加するマスターの一人と結託した節がある。との情報は、優先度はそれほど高くないものの、注意するに如くはないと判断し、その事を香龍に促す。

 

「ご高配痛み入ります神父。ですが朝比奈など、我ら道家の傍流の(すえ)。術の本質において我らの足下に及ぶべくもありません。ましてや、遠坂の売女(ばいた)に誑し込まれた当代など物の数にも入りますまい」

 

 この場に当人が居れば、間違いなく殺し合いに発展しそうなまでの侮蔑は、しかし若さ故の傲慢とも取れなくも無かったが、神父はそれを指摘しなかった。

 

 彼は知らないのだ。

 その()()と当代の真価を。

 前者は縁あって全容を概ね知るところであるが、後者については噂を耳にするだけで、その本質は未知数である。

 その事を、家門の歴史を鼻にかけて高言する目の前の若者に教え諭しても良かったのだが、無知故に至る道に思いを馳せ、敢えて口を噤んだ。

 

「……ならば良い。聖杯は相応しき者の手に委ねられる事を望んでいる。汝の欲するところを成せ道香龍よ。道家二千年の悲願、君の手で成し遂げるがいい。信仰の道は違えども、汝に祝福があらんことを」

 

 礼拝堂に響き渡る程の音声で、宣言するように異教の徒である香龍に祈りの言葉を贈り、香龍は形式通りの礼を述べて教会を辞した。

 

 

 日は沈み、外は暗闇に染まろうとしていた。

 礼拝堂は薄暗く、祭壇に灯された蝋燭の明かりのみ。

 広い礼拝堂には神父がただ一人、先程の来客で中断した祈りを再開していた。

 

「多くの声、多くの欲が貴方を惑わす。語るは易く、偽りは人の常……」

 

「口元が歪んでいるぞ?聖職者。とても人に見せられたものではないな」

 

 その背に向けられた言葉に、再び祈りを中断する。

 それは新たな来訪者ではなく、先程からずっとそこにいた人物から発せられた言葉であった。

 

「そう見えたかね?」

 

「見えたとも。鉄面皮に相応しい笑みであった。先日の雑種との出会いと同じ、いやそれ以上にな。何やら新しい座興でも始めるようだな?綺礼よ」

 

 礼拝堂の隅から言葉を発する人物の問いに肯定しながら振り向く。

 その人物は礼拝堂の最後尾の長椅子に座し、幽かに差し込む外明かりを豪奢な黄金色の髪で反射させて、礼拝堂に新たな光源を与えているかのようにも見えた。

 

「聖杯に選ばれるのは七人のみ。しかし、七人全てが聖杯を手にするに相応しい人物に成り得るとは限らない」

 

 神父は僅かに過去に思いを馳せる。

 

 一人の男がいた。

 その男は「魔術師殺し」の異名を以て蛇蝎の如く忌み嫌われていた。

 敢えて苛烈な戦場に身を置くその男の様を、師は「ただの小遣い稼ぎ」と唾棄しながら評してはいたが、若き日の神父は異なる評価を持っていた。

 

 若き日の神父は、己の生まれ持った性に懊悩しており、不完全な己を痛めつける苦行僧の如き青年時代を過ごしてきた。

 己に似た、この男の聖杯にかける願いを知れば、自分の悩みにも答えが見出せるのではないかとさえ思っていた。

 

 しかしそれは誤りだった。

 男の願いは、唯シンプルに平和だった。

 しかし、それは人の手に余る奇跡。

 争いのない世界など地上には存在せず、人は連綿と罪を犯し続けている。

 

 そう、男は叶う筈の無い理想の為に生きてきただけだったのだ。

 故に、結論を突き付けられた男は、その奇跡の成就を聖杯に求めていた。

 

 期待を裏切られた怒りと恨み、その奥底にある本質は、救い主と期待していたのに、結果として罪人として十字架を背負い、刑場に曳かれる()()()に浴びせられる民衆の嘲笑と罵声のソレにも似ていた。

 

 故に神父は、その男と闘った。

 己が欲しても得られなかった幸福を手にしながらも、無意味な願いの為に躊躇することなく切り捨ててきた男への嫉妬から、その男の無意味な願いを砕く為に。

 

 結果として、若き日の神父は男に敗れた。

 

 最後まで聖杯戦争に残った男は、聖杯を手にした。

 

 しかし、男は自身の願いを叶えるための聖杯を破壊した。

 

 多くの物を、多くの人命を、愛する者すら犠牲の祭壇に捧げたにも関わらず。

 

 平和を求めた男が引き起こした厄災の中、再びその男と見えた時、男は既に抜け殻だった。

 己が抱き続けた悩みの答えを、ただ投げ付けられ困惑の極みにあった神父にすら、最早相手にするだけの価値も無かった。

 しかし、生存者を求めて贖罪の行進を続ける男が、神父の姿を認めながらも過ぎ去っていったことに、神父はひどく屈辱感を覚えた。

 

「監督役として此度こそ奇跡の成就、聖杯の実現を願うのであれば、聖杯が選んだマスターである必要すらない。だが、如何に魔術師とは言え、聖杯を知らない者をマスターに選ぶなど稀な事だ。或いは、望む望まざるに関わらず、聖杯はあらゆる魔術師の戸口に立って、その戸を叩こうとしているのかもしれん。だとするなら、私は唯、彼らに道を示すだけの事だ」

 

「この地が地獄になろうともか?」

 

「それは私の与り知るところではないよ。競い合い、殺し合い、踏みにじるのがマスターの役割なのだからな」

 

 神父は我知らず口元を歪める。

 それは聖職者が迷える者に救いを与える為の笑みとは異なり、厄災を企む者のそれだった。

 

「よかろう、王の財を盗もうなどと言う不埒な輩には罰を与えるのが当然ではあるが、有象無象も集えば、(オレ)を興じさせる雑種も現れるやもしれん。その時は、褒美を賜しても良い」

 

 黄金色の男は不敵に笑った。

 

 

 陰謀は常に企まれ、大きな流れの陰に潜む。

 第五次聖杯戦争の裏側で、新たな流れが生み出されようとしていた。

 

 

~ヨハネの黙示録 第三章 二十節より~

 見よ、わたしは戸口に立ってたたいている。

 誰でもわたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその中に入って彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。




今回はいつもの半分ぐらいの長さでしたが、色々調べ物をしながらだったんで、結構時間がかかりました……。
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