Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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リアルで忙しくて間が空いてしまいましたが、切りのいいところまで書こうとしたら二万文字は超えそうな勢いだったので、前後編構成でお届けします。

それではどうぞ。


#023 深更如法闇夜(しんこうにょほうあんや)~前編~

 まあ、予想通りと言えば予想通りの反応だった。

 

 入院している慎二の見舞いから帰ってきた桜に、今日から遠坂がうちに泊まると言う事を知らせたら、案の定桜は呆然として、その目はなぜだか怯えを含んでいた。

 

「なんで…遠坂先輩なんですか?」

 

 正直俺も、一方から見れば、なんで遠坂なのかと思わなくもない。

 ただ他方から見れば、遠坂とは共闘関係にある以上、拠点を同じくするのは理にかなっている。

 

 しかし、聖杯戦争に関係ない桜にとって、そんな事情は知る由もなく、ただ目の前にいる学園一のマドンナが、あろうことかしばらく同じ屋根の下で暮らすと言う事実を前に、納得いかないと言うのも無理からぬ話だ。

 

「今うちは全面的な改装工事をやっててね、それが終わるまではホテルで暮らそうか、と朝比奈先生に相談してたんだけど、偶然通りかかった衛宮君が、それはお金が勿体ないないからうちを使えばいいって言ってくれたの」

 

「確かに、先輩ならそう言いそうですけど……」

 

「ええ、あまり面識のない衛宮君からの提案には驚いたし躊躇いもあったんだけど、丁度間桐さん、貴女もしばらく衛宮君の家に泊まるって聞いたし、朝比奈先生からも入院中の藤村先生に代わってお目付け役をしてくれって頼まれたの」

 

「でも、お目付け役だったら、遠坂先輩じゃなくても妹の栞さんでも良かったんじゃないですか!?」

 

「私も先生にそう言ったんだけどね「あいつは年下好きだから、逆に衛宮が危ない。ついでに()()()()()()()食われかねん」って仰っててね…」

 

 そりゃ、百年以上もサーヴァントをやってる栞さんにしたら、生きてる人間はみんな年下だよな……。

 ていうか、栞さんは()()()()()口なのか……。

 いや、そうじゃなくて、さっき先生と遠坂がひそひそ話をしているうちに、そんな事も打合せしてたのか?

 

「衛宮君が用意してくれた部屋は離れの方だし、衛宮君の部屋とは結構離れてるから、大丈夫でしょう?それに、衛宮君が何か間違いでも起こすような性格かどうか、私よりも間桐さんの方がよく知ってるんじゃないかしら?」

 

「確かに先輩はそんな甲斐性、じゃなくて、そんな事しません!」

 

 うわ、今さらっと酷いこと言おうとしなかったか?

 

「でしょう?私も衛宮君を信用しているから、ここなら安心して下宿できると思ったから、朝比奈先生の依頼にも応えたのよ」

 

「………」

 

 色々ツッコミどころはあるけど、遠坂に次々と論破されて、桜は言葉を無くす。

 俺としても桜に嘘をついてしまって、何とも心苦しい。

 

「……先輩がよろしければ、私もそれで構いません………」

 

 桜も不承不承ではあるものの、遠坂の下宿を認めてくれたようだ。

 かくして、遠坂も我が家での市民権を獲得したわけだ。

 

「それじゃ、今日の夕飯は挨拶代わりに私が作るわね。明日の夕飯からは当番制にしましょ」

 

 そう言って、遠坂がエプロンをつけてキッチンに立つ。

 自分のエプロンを持ってきていた辺り用意が良いのだが、猫柄のエプロンとは、遠坂も意外と可愛い趣味があるものだ。

 

「あの、遠坂先輩、お手伝いしましょうか?」

 

「あら?そうしてくれると助かるわ」

 

 桜も休んでいればいいのに、遠坂の手伝いを申し出る。

 

「あの……遠坂先輩……」

 

「心配しないで。私、衛宮君は全然()()()()()()()から、貴女から衛宮君を取ったりなんかしないわよ」

 

 ひそひそと話しているようだけど、聞こえてますよお二人さん。

 そんな気は全然ないのに、こうはっきりと「タイプじゃない」なんて言われると、男としての矜持に傷がつくと言うものだ。

 

「それよりも、衛宮君が浮気なんてしたら、私に言ってちょうだい。こう、ガツーンと衛宮君とその泥棒猫をやっつけてあげる!」

 

 肉たたき(ミートハンマー)片手に物騒な事を言ってるけど、聞こえてますよ遠坂さん。

 しかも遠坂なら、本気で家を破壊する程にやりかねないからおっかない。何しろ教室一つ破壊した前科持ちだしな……。

 

「はい!遠坂先輩頼もしいです!」

 

 俺が浮気だなんて、いやいやそうじゃなくて、そこで晴れやかな顔になる桜もどうなんだよ……。

 

 

 夕飯は一言で言えば中華三昧。

 四つの大皿には、かに玉、青椒牛肉絲(チンジャオロースー)、中華風肉野菜炒め、そして何を考えているのやら、皿いっぱいのシュウマイ軍団と、色鮮やかな事この上ない。

 各々の小鉢には、キュウリとトマトの中華風サラダまで用意されている。

 何とも藤ねえ好みのゴージャスな夕食ぶりだ。退院してきたらきっと悔しがるだろうな。

 

「さあ、食べて頂戴。中華って、冷めると犯罪的に不味くなっちゃうから」

 

遠坂に促されて一口食べる。

 ……悔しいが……旨い!

中華なんてみんな味が同じだろうだなんて思っていて、今まで中華を作らなかったんだけど、それが偏見だったと反省する程に旨い。

 

「私も、中華を見直しました。辛いのって苦手なんですけど、すごく美味しいです!」

 

 桜は心底おいしそうに喜んでいる。

 

「シロウやサクラの作る料理も美味しいですが、こちらも大変美味しいですリン」

 

 セイバーも目を輝かせて喜んでいる。

 

 俺が中華を作らない理由は、さっき述べた通りの偏見だったんだけど、もう一つの理由がある。

 マウント深山にある中華料理店「紅洲宴歳館・泰山」の麻婆豆腐のあまりの辛さに、中華料理そのものにトラウマを植え付けられたからだ。

 しかし、今日の中華はそのトラウマまで吹き飛ばしそうな程に旨い。

 

 遠坂め……中々にやる………。

 

 そんな俺の心の声を読んだかのように、勝ち誇った顔を向けてくる性根の曲がった“あくま”が一匹。

 

「得意分野で負けちゃったからって、素直じゃないわよ。まあ、それはそれで見てて楽しいけど」

 

 すいません!どなたか悪魔祓い(エクソシスト)呼んでくれませんか!!!

 

「さてはお前、昼間のあのガッツポーズはこの事だったのか!?」

 

「ふふん、今日の教訓は、手の内は常に隠しておく、でしたー」

 

 などと心底楽しそうに言って、箸を進める遠坂だった。

 

 

「それじゃあ、先にお風呂いただきますね先輩」

 

 夕食後、片付けが済んでの食休み。

 一番風呂に入る桜を見送る俺たち三人。

 すると、桜は障子の横の柱に盛大な音を立ててぶつかった。

 

「桜!大丈夫か!?」

 

「ちょっと、すごい音がしたけど大丈夫!?」

 

「大丈夫ですかサクラ!」

 

 突然の事態に、三者三様の反応を示す。

 

「あうぅ……だ、大丈夫です………」

 

 蹲る桜の顔は、昨日同様に痛みと恥ずかしさで真っ赤になっている。

 

「大丈夫なんで、お風呂入ってきます……」

 

 ふらふらと居間を出ていく桜。

 今朝はそうでもなかったけど、やはり桜はまだ心が疲れたままなのだろうか。

 桜はあれでかなり我慢強い、と言うか無理をするきらいがある。

 病は気からとも言うし、慎二が入院している病院なら心療内科もあるだろうから、明日も慎二の見舞いに病院に行くようであれば、ついでに診察してもらった方が良いと言っておいた方が良いだろう。

 

「シロウ、サクラは目が悪いのですか?」

 

 セイバーが桜の視力に障害でもあるのではと危惧しているが、目が悪くては弓が引けない。確か桜は両目とも1.5はあったはずだ。

 セイバーの心配は有難い。最近の桜は疲れていて、少々危なっかしいけど、至って健康そうではある。普段は俺よりもしっかりしているぐらいだ。

 

「ならいいのですが……仮にそうだとしても、入口と柱を見間違えるほど疲労が溜まっているのは問題です。私見ですが、先程の衝突は疲れからではなく、純粋に目測を誤ったものと感じました」

 

 確かにセイバーの言う事は尤もだ。

 疲れているからと言って、柱にぶつかるのは行き過ぎている。

 

「…………ちょっと見て来るわ」

 

 俺たちの会話を聞いていた遠坂が、徐に立ち上がって桜の後を追った。

 それからたいして時を経ずして、事態は急変した。

 

「衛宮君!セイバー!来てちょうだい!」

 

 廊下の奥から叫ぶ遠坂の声は、遠くからでもわかるぐらい、取り乱しているように聞こえた。

俺とセイバーは声がした方に駆けた。

 

 遠坂がいたのは脱衣所だった。

 予想外の事態に混乱しているかのような目を俺たちに向ける遠坂は、シャツ一枚だけを着た桜の上体を起こしているところだった。

 一瞬露わになった桜の肌に目を奪われそうになるが、今はそんな事をしている場合じゃない。

 

「桜!桜!しっかりしなさい!桜!」

 

 あの不敵な遠坂にしては珍しくオロオロしながらも、桜の頬を叩いて名前を呼ぶ。

 

「………大変、熱があるわ……どうしよう……」

 

 桜は意識が無いのか、熱にうなされるように苦しげに吐息をあげ、その手は肌に張り付いたものを剥がしたがるように、胸の中心を掴んでいた。

 その苦し気に、胸をかきむしる様な指は、桜の症状がただの貧血なんかじゃないと言う事を物語っている。

 

「あれ……遠坂先輩……?先輩も……どうしているんですか………?」

 

 ゆっくりと、それでいて気怠そうに瞼を開ける桜は、ぼんやりと俺たちの顔を交互に見るも、その眼差しはどこか違う世界を見ているかのようでもあった。

 言葉もなんだか力が無く、ふわふわと浮いていて、どこかへ飛んで行ってしまいそうな感じさえする。

 

「馬鹿!どうしてじゃないだろ!熱があるならあるって言えって!」

 

「えっ……熱って……私ですか……?」

 

 我知らず叫ぶ俺の声に、一応の反応は示すものの、その反応は鈍い。

 熱のせいか、桜はどこか夢現(ゆめうつつ)と言った風でもあった。

 

「とにかく部屋へ運ぼう!」

 

 桜の様子に気が動転しっぱなしの遠坂から、桜を引っ手繰るかのように抱え上げた。

 

「せっ、先輩!私抱っこされてますか!?」

 

 衣服越しでも桜の体の熱を感じる。

 風呂に入ってさえいないと言うのに、ここまで熱いのはおかしい。

 

「部屋まで連れていく。言っとくけど暴れるなよ。俺だってこれ以上は自身が無い」

 

 桜を抱えた俺は部屋まで走った。

 俺の胸に、なんかこう、とんでもなく柔らかいモノが当たってる。

 昼間の栞さんにしろ、今の桜にしろ、今日はなんだか弾力があるものに縁がある一日のようだ。

 って、何を考えてるんだ俺は!

 いかんいかん、こっちの理性がどうにかなってしまう前に、全速力で桜を客間まで運ばないと!

 

 ああ、もう、日課の鍛錬よりキツイぞこれ!

 

 

 桜の熱は思ったほど高くなく、三十七度ちょっとだった。

 体温計をケースに仕舞って、ベッドで横になる桜の顔を見る。

 

「……すみません先輩……」

 

 桜も意識がはっきりしてきたのか、申し訳なさそうに顔を布団で隠す。

 

「この程度の風邪なら、一晩寝てれば治るだろ。今夜は大人しくしてること。飲み物も椅子の上に置いておくから。それと、体を冷やすとよくないから、なるべく離れからは出るなよ」

 

「はい……」

 

念のため、もう一枚毛布を掛けて部屋の電気を消す。

 

「じゃあな、明日の朝起こしに来るから、ゆっくりしてろよ」

 

 立ち上がって、扉を向かおうとする俺の服の袖を引っ張られる感触があった。

 振り返って見ると、桜が俺の服の袖を握っている。

 

「桜?」

 

「あ……すいません先輩!わ、私、熱でぼうっとしちゃって……!それで……」

 

 布団から飛び起きて弁解する桜の顔は、電気を消していてもわかるくらい真っ赤になっていた。

 

「桜……もしかして、怖いのか?」

 

「………はい……一人で寝るのは、なんだか怖くって………」

 

 桜の長い髪が顔を隠して、その表情は分からない。

 ただその横顔は、初めてうちに来た時の、引っ込み思案だった桜のそれに戻っているかのようだった。

 

「……そっか、病気の時って、なんだか心細くなっちゃうよな」

 

 床に腰を下ろして背中をベッドに預ける。

 流石に今の桜と向き合っていると、また理性がどうにかなってしまいそうになるから、これで丁度いい。

 

「あの……先輩?」

 

「もうちょいここにいる。あと三十分は監視してるから大人しくしてろ」

 

 振り向かずに片手をひらひらさせる。

 

「それじゃあ……監視よろしくお願いしますね、先輩」

 

 これで桜が落ち着けるなら、安いもんだ。

 こんなの、いつも桜がしてくれたことに比べたら、利息にもならないし。

 

 …………

 ……………

 ………………

 

 静寂に包まれた客間に、時計の秒針が鼓動のように響く。

 倒れている桜を抱き上げた時にこみ上げた、理性と本能の鬩ぎ合いは、しかし理性が勝利し、跳ね上がっていた俺の心臓の鼓動は、今の時計の秒針のように規則的に、かつ整然と脈動していた。

 

 お互いが眠ってしまったかと思うぐらいの沈黙が続いた後…

 

「………先輩…起きてます?」

 

 暗闇に点る蝋燭の様な、そんな穏やかな声が聞こえる。

 

「ん?」

 

「今日は……ありがとうございました」

 

「……ああ………」

 

 ゆっくりと、穏やかに、桜の意識は眠りに落ちていったようだった。

 

 

「桜は大丈夫だったの?」

 

 白い息を吐きながら遠坂が問う。

 時刻は夜の十一時を過ぎ、街は完全に眠りに就いていた。

 

「ああ、熱を測ったら大したことなかった。一晩ゆっくり休んでもらって、様子を見るよ」

 

 ふと、遠坂の安堵した吐息が聞こえた。

 

「……そう……ありがと……」

 

「なんで遠坂が礼を?」

 

「な……!何でもないわよ!」

 

 プイっと顔を背ける遠坂。

 ここ数日でよく見る、遠坂の癖の様なもので、これは照れ隠しをしている時だ。

 先程の遠坂は珍しく動転していた。

 その事を下手に掘り下げて聞こうものなら、後でどんな仕返しをされるか分かったものじゃないから黙っている事にしよう。

 

「良かった。ではこれで迷いなく戦いに赴けますね」

 

 セイバーが桜の部屋がある離れに視線を投げる。

 桜に気づかれないよう家を出て、何事も無かったように帰って来ないといけない。

 

「それよりもリン、アーチャーはどうしたのですか?」

 

「まだ本調子じゃないから、何かあったら遠くから援護射撃をしてもらうわ」

 

 先日セイバーにつけられたアーチャーの傷はまだ回復しきっていないようで、本格的な戦闘には不安が残る状態だと言うが、アーチャーが弓兵(アーチャー)らしく戦う分には大丈夫らしい。

 そもそも、ロングレンジからの攻撃に長けたアーチャーが、剣で戦うと言う事自体おかしな事だ。

 

「で、どうする?アサシンとそのマスターを釣り上げるなら新都に行くべきだけど……」

 

遠坂の言う通りだ。もう少し情報を得たいところだけど、奴らが新都で活動しているのなら、新都へ行くべきだ。

 

「早々に決着をつけるなら、正面から力で打ち破るのみです」

 

 セイバーがそう言うのなら、勝算があるのだろう。

 だけど、相手がただの魔術師とサーヴァントであれば問題はないが、栞さんが目撃した黒い影と言うのが引っかかる。

 マスター二人、サーヴァント二騎の戦力で消極的に過ぎると遠坂には言われそうだけど、今回は調査を第一として、マスターとサーヴァントを確認したら一旦退くべきだろう。

 

「ふうん、衛宮君にしては慎重ね。ま、いいわ、それでいきましょ」

 

 なんだか引っかかる言い方だけど、遠坂も納得してくれたようだ。

 情けない話だが、俺は遠坂と違って、セイバーの援護が出来ない。その分慎重を期さなくてはいかないだろう。

 

「分かりました。シロウの方針に従います。戦闘か退却かは貴方が決めてください」

 

それはそれで嬉しいんだけど、戦闘経験の浅い俺が決定権を持つなんて、なんだか怖いな。

 ふとそんな不安を口にしたら「シロウはまだ戦闘経験が浅いですから、仕方のない事です」と彼女なりの気遣いをしてくれる。

 

「臆病風に吹かれて逃げだしたり、自分から地雷原に突っ込んだりしかねない。だからセイバー、そういう時は注意してくれると助かる」

 

「はい、シロウが判断を誤った時は私から忠告します。ですが、それだけではシロウの為になりませんので、何らかのペナルティを負っていただくことにしましょう」

 

「そうね、衛宮君にはそれぐらい負ってもらわないと、また無茶しだすかもしれないからね」

 

「む……具体的にはどんなさ?」

 

「さあ?それを口にしてはつまらない。数少ない楽しみですから、私だけの秘密としましょう」

 

 なんだかセイバーにあるまじき冗談を聞いたようだ……。これは藤ねえの影響か?

 ともかく、冗談でないと困る。

 セイバーの言う「ペナルティ」が何物なのかと想像してみたけど、背筋がうすら寒くなるだけだったので止めた。

 

「じゃあ私からも、その時は衛宮君には何らかのペナルティを負ってもらいましょ」

 

 いや、遠坂までなんでさ…。

 

「じゃあ、遠坂からのペナルティって何なんだよ?」

 

「ん~?それはひ・み・つ。うふふふ」

 

 遠坂が()()()()()()()()を浮かべる。アレはセイバー以上に良からぬことを企んでいる顔だ。

 

 そんな他愛ない軽口を叩きながら、俺たちはアサシンのマスターが潜む新都へと歩みを進めた。

 さて、ここからはマスターとしての時間だ。

 

 

 家がある深山町から新都に向かうには、未遠川にかかる冬木大橋を渡る必要がある。

 その冬木大橋まで道なりに歩くのもいいけど、途中で川沿いにある冬木海浜公園を横切った方が近道だ。

 

「………衛宮君、振り向かないで聞いて。私たち、見られてるわ」

 

 両側に葉の落ち切った木々が林立する公園の遊歩道を歩いていると、ふと遠坂が口を開いた。

 

「成程……そういう事ね……」

 

 俺の後ろを歩く遠坂が何かを感知して、そこから何らかの結論に至った表情になっている事が背中越しでも分かる。

 歩きながら目を瞑り、意識を集中させる。

 

 …………いる。

 

 何かは分からないけど、無数の()()が周囲にいる。

 周囲の木々に、周囲の地面に、それは確実にいる。

 俺たちは、既にそれに取り囲まれていた。

 だが、それらは俺たちの周りにいるだけで襲い掛かってこようとはしない。

 どうやら、俺たちをどこかへと誘っているかのようだ。

 

 誘われるように公園の広場に出た。

 開けた木々の合間から、新都の街並みが見える。

 広場の中央に立つと、俺と遠坂が並び立ち、セイバーが背後を警戒する。

 

「アレは貴方の仕業でいいのかしら?間桐の御老公?」

 

 遠坂が何もない空間に問いを投げる。

 すると、周囲にあったものが俺たちの眼前に集合し、人の形を作っていった。

 

「さすがは遠坂の娘。優秀、優秀」

 

 そこに現れた人物。それは慎二と桜の祖父である間桐臓硯(まとう ぞうけん)だった。

 臓硯の周りには、見たこともない蟲が不快な羽音を立てて飛び回っている。

 

魔術師(キャスター)がやってた魔力集め、その仕掛けを貴方がそっくりそのまま乗っ取ったってわけ?」

 

呵々々(かかか)、魔力は多いに越した事は無い。そうであろ?」

 

 魔術師(キャスター)が斃された後も発生し続けた新都のガス漏れ事故と言う名の無差別襲撃。その犯人は自分である。と、臓硯はあっさりと認めた。

 

 だけど、臓硯は言っていた「間桐は敗退した」と。

 だったら、もうこいつは聖杯戦争に関係ないじゃないか。

 なのに何故!

 

「臓硯……!間桐は敗退したんじゃないのか!?」

 

「呵々々々、儂自身が負けたとは一言も言っていない」

 

 詭弁だ。

 慎二のサーヴァントが斃されて、間桐の家は聖杯戦争のマスターとしては敗退したはずだ。

 だと言うのに、こいつは自分自身は負けていないと嘯く。

 まるで、慎二や桜、間桐家の人間なんて自分には関係ないと言わんばかりじゃないか。

 

「此度の聖杯戦争、場としての条件は最悪。僅か十年足らずで開こうとする孔など、完全には程遠い。門は開けようが、中のものまでは手が届くまい。ならば静観すべきところなのだが………困ったことに、持ち駒だけは適しておってな。使える時に使うべきと言うものよ。呵々々々々」

 

「それで、貴方が聖杯を奪おうってわけね……」

 

「如何にも。さて、遠坂の娘に衛宮の小僧よ。お主らがこの先、聖杯戦争を生き抜くに足る魔術師か否か、この老骨が試問してやろうではないか」

 

 カツンと杖を鳴らすと、臓硯の周りにいた蟲たちが羽音をざわめかす。

 

「シロウ!下がって!」

 

 鎧を纏って戦闘態勢に移行したセイバーが臓硯に飛び掛かっていった。

 

「フン……サーヴァント風情が、身の程を弁えよ」

 

 再びカツンと杖を鳴らすと、セイバーの横合いから黒い塊が奇声を発しながら飛び掛かってくる。

 それは、黒い外套を纏い、髑髏の仮面をつけた人影。栞さんの話と一致する風貌のそれは、間違いなく暗殺者(アサシン)のサーヴァントだ。

 

「くっ!暗殺者(アサシン)か!」

 

「セイバー!そいつの相手は任せた!」

 

「っ!シロウ、御武運を!」

 

 セイバーがアサシンの攻撃を捌きつつ離れていく。

 サーヴァントの相手はサーヴァントを以てする。

 魔術師としては未熟な俺が、サーヴァント相手に戦えるはずもなく、鉄則通りにアサシンの相手はセイバーに任せる他ない。

 

 

 何より、今は目の前には明らかに格上の魔術師がいるのだ。

 俺と遠坂で、アーチャーの援護を受けつつ臓硯に対抗するべきだ。

 遠坂も同じ考えに至ったのか、左手を突き出し魔力を籠める。

 

同調(トレース)開始(オン)!」

 

 背中に担いでいた竹刀袋から木刀を取り出し強化する。

 マスターになってから日々の鍛錬に費やす時間が無かったのだが、強化が成功する確率が飛躍的に上がっている事を実感する。

 

「士郎!離れて!私が引きつけるから、隙を見てヤツに仕掛けて!」

 

「遠坂!下がれ!俺が食い止める。遠坂は距離を取ってくれ!」

 

 互いに相反する言葉を口にし、互いを見る。

 

「ちょっと待った!相手は格上の魔術師よ。ここは飛び道具である私が牽制ってもんでしょ!」

 

 突き出した左手を俺の鼻先に向けてくる。

 そんな脅しをされたって、こっちにだって言い分はある。

 

「だからこそだよ。遠坂は離れて援護してくれればいいんだよ」

 

「そんな器用な魔術なんて知らないわよ!やるならアンタごと吹っ飛ばすに決まってんじゃない!」

 

「自分の壊し屋っぷりを開き直るな!どうしてそう何でもかんでも派手目で行こうってんだよお前は!そんなんだから、教室一個全壊させて朝比奈先生に叱られるんじゃないか!」

 

「な、なんですって、このぉ!」

 

「危ないから下がってて欲しいだけなのに!」

 

 お互いがお互いを押しのけようと言い争っていると、俺たちの様子を見ていた臓硯が鼻で笑った。

 

「最初の一手はくれてやるつもりだったが、じゃれ合って無為に過ごすとは愚かなものよ。そちらから来ぬのであれば、儂が魔術師の闘い方と言うものを指南してやろう」

 

 臓硯が杖を鳴らすと、周囲を飛び交っていた無数の蟲たちが一斉に向かってくる。

 すると豪雨の様な矢が降り注ぎ、爆発しつつ無数の蟲たちを薙ぎ払う。どこかから様子を窺っているアーチャーからの援護射撃だ。

 

 絨毯爆撃の様なアーチャーの矢は、俺たちに襲い掛かってきた蟲たちを一掃すると、やがて術者である臓硯にその標的を向けるが、臓硯の身に届く前の上空で爆散する。

 臓硯は一体どれだけの蟲が潜ませているのか、蟲が分厚い盾となってその矢を防いだからだ。

 

「おお、怖い怖い。さすがにアーチャーのサーヴァントともなれば、こちらからは手も出せぬわ」

 

 そう嘯いてはいるが、不敵な表情は一切変わる事は無い。

 

「ならば、マスターを早々に片づけておくに如くはないと言うものよ」

 

 周囲の林が騒めく。

 まるで周りの木々が全てそうであるかのように、無数の飛び交う蟲が、地を這う蟲が集まり出す。

 

 アーチャーの爆撃にも似た矢が続けざまに射られるも、今度はすべての蟲を薙ぎ払う事が出来ずに、いくらか撃ち漏らしている。

 それらを遠坂のガンドの乱射で撃ち落とし、俺の木刀で叩き落とすが、それでも圧倒的物量で攻められている俺たちは徐々に押され始めた。

 

 セイバーが居れば、多少なりとも形勢を覆すことも出来たかもしれないが、セイバーはアサシンのサーヴァントの相手をしていてそれどころではない。

 このままでは押し切られ、俺たちは蟲の餌食にされてしまう。

 

 その時だった。

 

「……祓給(はらいたまえ)、清め(たも)う事の(よし)を、八百万(やおよろず)神等(かみたち)諸共(もろとも)に、小男鹿(さおしか)()つの御耳(おんみみ)を、振立(ふりたて)(きこ)(めせ)と申す………」

 

 俺たちの後ろから、呪文を唱えながら歩み寄る白い人影。

 白い狩衣をその身に纏い、狐の仮面を被ったその姿は、ランサーに襲われたあの夜、その眼前に立ちはだかった魔術師、白狐(しろぎつね)だった。

 

天地一切清浄祓(てんちいっさいしょうじょうはらい)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」

 

 術を発動させる呪文と共に、印を結んだ指を地面につけた瞬間、その身を中心に魔力の波動が広がり、俺たちの周囲に群がりつつあった蟲たちだけではなく、未だ林の中に潜んでいた蟲たちも一掃していく。

 

「季節外れの蟲など風情のないものよな。穢れに穢れて醜悪この上ない」

 

「ほう……お主が白狐とかいう魔術師か……」

 

「如何にも。先多き若人相手に、年寄りの冷や水が過ぎると諫めに推参致した」

 

「呵々々、言いよるわ。しかし、見事なものよな。儂の蟲たちを術式一つでこうも祓い飛ばすとは、噂に違わぬ実力よ。しかし、そうなると少々分が悪いのう」

 

 見るからに困った風でも、思案している風でもない臓硯が呟くと、周囲から明かりが失われ、辺りが暗闇に染まる。

 

 空気が一瞬で凍り付く。

 何か良くないものが近くにいる。

 ()()から逃げなくてはいけない。

 ()()に関わってはいけない。

 本能が警鐘を鳴らし続けているのに、逃げようと言う命令を体が拒否している。

 

 逃げても無駄だ、と。

 出会ってしまったからには決して逃れられないと。

 本能をすら凌駕する何かが、体に逃走を拒否するように強いている。

 

 公園の入り口に視線を向ける。

 そこに、黒い影は立っていた。

 

「なに……なんなの………?」

 

「遠坂……アレ……なんなんだ………?」

 

「なんとも奇々怪々な物の怪よ……」

 

 一言で“異形”としか言いようのない黒い影は、見た目は赤い縁取りの黒いドレス纏ったようにも、同様の帯を幾重にも重ねたかのようにも見えた。

 

 しかしその見た目以上に、その異形が発する雰囲気は、全てを貪欲に飲み込む闇、バーサーカーと対峙した時以上の死の気配を漂わせている。

 しかし……

 

 その姿を、何故か懐かしい光景とだぶっていると思ってしまった。

 

 世界が凪いだ海のように静まり返る中、その影だけは蜃気楼のように揺らめき、ゆっくりと滑るように俺たちに近づいてきた。

 

 

 

____________interlude

 

 

 髑髏の仮面が木々の間を飛び退(すさ)る。

 二十メートルは離れていた間合いが、今では僅か五メートル程。

 セイバーなら一足で踏み込み、その髑髏の仮面ごと両断し得る距離ではあるが、それは敵とて承知している。

 

 暗殺者(アサシン)の身では、セイバー相手に勝負にならぬと理解しているからこその後退。

 セイバーの全力疾走には及ばないものの、その速度は地を駆ける獣の如く、セイバーから離れ過ぎず、近づきすぎない間合いを維持していた。

 

 葉の枯れ落ちた林の中で火花が咲く。

 アサシンが取り出す仕草さえ見せずに放った三本の短刀は、しかしセイバーの剣で叩き落とされる。

 アサシンの短刀は御しやすい。

 風切り音と己の直感で軌道を読める程度の代物ならば、彼女にとって(つぶて)と何ら変わりはしない。

 

 アサシンが放った短刀は、既に四十を超えた。

 襤褸切れのような黒衣に忍ばせた短刀を全て使い切り、アサシンは林の中で足を止める。

 追撃するセイバーもたたらを踏んで停止する。

 接近させまいとしていた敵が、自ら足を止めたと言う状況。何かがあるのは間違いなく、そう易々と踏み込めるものではない。

 

「観念したのかアサシン」

 

 このまま切り捨てる事が最善と分かっているが、セイバーは僅かに後退する。

 この先に進むな。

 彼女が長い間培い、永く彼女を生かしてきた直感が、最大の警告をその内側で発している。

 

「ああ、観念したともセイバー。こちらは弾切れだ。こうなっては一撃で下されると覚悟したのだが、なぜ近寄らぬのかな?」

 

「………」

 

 明らかな挑発である。

 セイバーはその挑発には乗らず、切っ先を僅かに上げて構える。

 互いの間合いは七メートル弱。

 一足の踏み込みでは足りない距離。一刀するには二の踏み込みを必要とする。

 

「しかし、よくもまあ弾いたものだ。私の短刀、見せないつもりで放っていたのだが、お前には見えていたのか?」

 

「実像は見えてはいないが、軌跡ならば読み取れる。見えないものを恐れるようなら、このような剣は持たん」

 

「成程……私など初めから敵ではないと言う事か。所詮アサシン、真っ当な英霊に太刀打ちできる筈もないと言う事だな」

 

 不可視の剣を持つ者に対し、黒塗りの短刀を投げつけたところで何ほどのものがあろうか。

 英霊としての格の違いを見せつけられて、アサシンは自嘲する。

 

「元より暗殺者(われら)は闇に潜む者。故に我らが役割は暗殺のみ。英霊(サーヴァント)ではなく人間(マスター)を殺すしか能のない英霊もどき(できそこない)がアサシンのサーヴァントなのだよ。となると、私の標的は唯一人だけ」

 

「っ!まさか貴様!」

 

「くくく……。お前の(マスター)は、今頃我が雇い主(マスター)の蟲の餌になっている頃だろうよ……」

 

「では、アサシン(あなた)を斃して、早急にマスターたちの元に駆け付ければ良いわけですね」

 

 突如割って入った声に、アサシンのみならず、セイバーも周囲を見回したその瞬間、二人の間に閃光が爆発するように走る。

 二人共過去の英霊であるが故に、現代兵器に関する知識は皆無であったが、何者かが照明弾らしき物を撃ち込んだのだ。

 

 視界が真っ白に染まったその時、いくつかの風切り音をセイバーはその聴覚に捉えた。

 それは彼女に向けられたものではなく、正対するアサシンに向けられたものであるが、その悉くはアサシンの身に傷をつけることなく、地面に突き刺さった。

 

英霊もどき(できそこない)()()()()の事であって、暗殺者(アサシン)のサーヴァント全てがそうであると言う貴方の認識は、心外の極みですね」

 

 頭上から浴びせられる声に、セイバーは聞き覚えがあった。

 暗殺者(アサシン)のサーヴァントが「英霊もどき(できそこない)」と言うアサシンの言葉を、真っ向から否定出来得る人物。

 初見とは言え、彼女を容易に倒し得たであろう、見事な身のこなしを見せたその人物。

 

「その声は、シオリですか!?」

 

 未だ視界が夜の闇色を取り戻さない中、セイバーは今日知り合ったばかりの人物の姿を求める。

 

「っ!朝比奈のサーヴァントか……!」

 

「ええ、闇に潜むのは()()()()()()()()()()()()()()よ。アサシン」

 

 元より、セイバーを彼女のマスターから引き離すだけをその任としていたアサシンは、形勢が絶望的に悪化した事を悟る。

 相手の言葉とマスターの私見から、自身と同じく暗殺者(アサシン)のサーヴァントである事は窺い知れたが、一対二と言う状況は分が悪いと言う言葉だけでは済まない。

 

 正面切った闘いを避け、相手を即殺出来得る機会を雌伏して待つのが暗殺者(アサシン)の基本戦術である以上、こうなっては逃げの一手である。

 しかし、アサシンは指の一本ですら動かせずにいた。

 決して、セイバーやもう一人の暗殺者(アサシン)の気に中てられたわけではない。

 

 アサシンが徐に視線を地面に落とすと、閃光によって生じた己の影に、数本の金属の棒のようなものが刺さっていた。

 

「っ!影縫い(シャドウ・バインド)……という奴か!」

 

 対象者の影に暗示をかけて、その動きを封じる呪詛にも似た東洋の術。

 それは、光の差さない夜の闇の中で使える術ではない。

 故に、この閃光は視界を奪うだけではなく、影を生じさせて、この術を完成させる為の目的もあった。

 

「アサシン!覚悟!」

 

 動きを封じられたアサシンに、セイバーの剣を回避する術はなく、唯々その剣をその身で受け止めて、両断されるに任せるしかない。

 

 しかしこの期に及んで、果報はセイバーではなくアサシンにもたらされた。

 視界を白く染め上げ、影を生じさせた閃光は、急速にその輝きを失い、セイバーの剣がアサシンの身に届く直前に、周囲は夜の闇色に戻っていった。

 

 光無きところに影は無し。

 影が生じているが故にその効果を発揮していた“影縫い”は、しかし世界が星の影に覆われると、たちまちその効果を喪失し、アサシンは束縛の呪詛から解放された。

 

 しかし、既にセイバーの剣は指呼の間に在り、完全に回避する事も、ましてや反撃に転じる事も出来なかった。

 それでも回避しようと身を捻ったアサシンは、セイバーの剣をその右腕で受ける事となり、肩から僅かばかり先を完全に断たれた。

 

 林の中にアサシンの絶叫が響く。

 それでも尚、アサシンは傷口から迸る血をセイバーに浴びせかけ、彼女が一瞬ひるんだ隙に逃亡を図った。

 

 追撃せんとするセイバーではあったが、アサシンが霊体化したことにより、その気配を“気配遮断スキル”によって見失ってしまった。

 アサシンが逃げたであろう方角を睨み据えて歯噛みするセイバーではあったが、今彼女がすべきは、敵の逃走を許した事に対し、忸怩たる思いに浸る事ではない。

 

「セイバー、早くマスターの元へ!私のマスターも()()()()()()()筈です!」

 

 発した人物の姿を視認する事は出来ないが、暗闇の中から投げられる言葉に頷き、セイバーはマスターの元へ駆けた。

 

 先程から胸中がざわついている。

 何か、()()()()()()がマスターの元に現れようとしている、と言う直感が、彼女を僅かばかり焦らせている。

 

「シロウ……ご無事で……!」

 

 

 

____________interlude out

 

Continue to 2'nd part……

 




「影縫い」を普通に翻訳すると「Shadow sewing」になり、
遊戯王カードだと「Shadow Sealing」
ポケモンだと「Spirit Shackle」
FF11だと「Shadow Bind」
になるので、FF11の方がなんとなく雰囲気が合っている様な気がしたので、こちらにしました。
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