Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回に続いての後編です。

やはり、前後編構成にして正解だったようで、あのまま一本で書いてたら、二万文字超えの大ボリュームになるところでした。

それではどうぞ。


#024 深更如法闇夜(しんこうにょほうあんや)~後編~

 肌を刺すような冷気。

 耳が痛くなるほどの静寂。

 そんなもの、目の前にいる黒い影が漂わせる死の気配の前には、無いに等しいものだった。

 この場にいる誰もが、その気配に支配されていて動けずにいた。

 

 しかし()()()だけは違った。

 

 サーヴァントを相手に果敢に立ち向かい、互角に渡り合った。

 群がる蟲の群れを、術式一つで祓い飛ばした。

 

 そして今、絶対的な死の気配を漂わせる黒い影に対し、俺たちを庇う様に、前に一歩進み出る。

 それは、捕食者から我が子を護ろうとする獣のように。

 それは、同じ道を歩む者としての生き様を、その背中で語る一人の先達のように。

 

青龍(せいりゅう)白虎(びゃっこ)朱雀(すざく)玄武(げんぶ)勾陳(こうちん)帝台(ていだい)文王(ぶんおう)三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)!」

 

 不吉な黒い影に覆われた静寂の殻を食い破るように、白狐(しろぎつね)が呪文を唱えながら印を結び、唱える毎に、俺にでもわかるぐらいに大きな魔力が目前で膨れ上がる。

 

「オン・クロダナウ・ウン・ジャク!」

 

 白狐が新たな印を結び、流れるように射法八節の一節から六節までのような動作をしながら呪文を唱える。

 弓の形を成した燃え盛る炎を左手で握り、右手で引く矢もまた炎で形作られているのだが、その大きさが普通の矢とは異なる。

 それは“矢”と言うよりも“杭”。

 “杭”と言うよりも“柱”と言わんばかりの太さと大きさで、その熱が数歩離れた俺たちの頬も焦がさんばかりの熱を帯びていた。

 

烏朱穢迹火矢(うすえしゃくかし)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」

 

 教本にも載せられそうな程の綺麗な“離れ”は、しかし爆音の様な弦音(つるね)を轟かせ、柱の様な矢は、目前に在る黒い影の正鵠を射んと飛ぶ。

 軌道の地面すら焦がすその飛翔は、黒い影を一射で焼き払わんばかりだった。

 

 しかし黒い影が揚幕を揚げるように蠢き、その炎の矢をいとも簡単に飲み込んだ。

 

「……虚数空間………」

 

 遠坂が呆然と呟く。

 単純に言えば、実数空間の裏側、通常では干渉できない空間と言う事らしいが、詳しいことは分からない。

 

「なんとまあ悪食(あくじき)な事よ。これでは、飛び道具は全て呑みこまれると見てよいな……ならば……」

 

 その手に持っているのは鳥の形をした紙が数枚。

 その紙に、白狐が魔力を籠めると、一言「行け」と命じる。

 魔力を籠められた紙の鳥は、群れとなって本物の鳥のように羽ばたき、黒い影の周囲を飛び回る。

 

 黒い影は紙の鳥に不穏な気配を感じたのか、触手の様な帯を伸ばしていくつかの鳥を落としていくが、それでも全てを落とす事は出来なかった。

 

「やはり直に叩こうと近寄れば、あの物の怪に捕って喰われるわけか」

 

 事実、黒い影の帯に捕えられた紙の鳥は、叩き落とされているのではなく、帯に吸収されていた。

 

「なればこそ、あの不浄の影を離れた位置から祓うが上策」

 

 白狐が懐から霊符を取り出し、指で挟んだまま印を結ぶ。

 

「オン・ケンバヤ・ケンバヤ・ソワカ!三宝竃獄厭離陣(さんぽうそうごくえんりのじん)!急急如律令!」

 

 術を発動させた瞬間、黒い影の周囲を飛び回っていた紙の鳥たちを頂点とした(いびつ)な多面体の結界が張り巡らされ、その結界の中で炎の嵐が吹き荒れる。

 あの嵐の中にあるものは消し炭となり、やがては塵も残さずに焼き尽くす。そう思わせる程の光と熱と音を発していた。

 

 しかし………。

 

 黒い影が結界を貪るように侵食し、炎の嵐を飲み込んでいった。

 

「……やれやれ、悪食な上に健啖ときたか」

 

「なんなのよアイツ……」

 

 遠坂が呆然と呟くのも無理もない話だ。

 立て続けに発動させた白狐の術式は、一つ一つが破格の威力を発揮していた。

 あれ程の術式なら、並の魔術師の結界など容易く打ち破って、灰になるまでその身を焼き尽くすだろう。

 

 しかしあの黒い影は、事も無げにそれらを飲み込んだ。

 遠坂でなくても、目の前で起きている事に呆然とするのは当然だ。

 

呵々々(かかか)。聞きしに勝る術の冴え。眼福、眼福」

 

「お褒めに与り恐悦至極。と言いたいところだが、こうも容易く飲まれると、はてさて如何なる手を以て講じるべきであるか………な?」

 

 白狐の言葉が終わるか終わらないかの矢先、半身に構え直した白狐のすぐ脇を何かが高速で通り過ぎ、臓硯の左半身を吹き飛ばした。

 

「ぬ………」

 

「さすがアーチャー。いや、お見事」

 

 直上からではなく、ほぼ水平方向から臓硯の身体を吹き飛ばしたのは、白狐や遠坂の魔術ではなく、アーチャーの矢だ。

 先程まで高所に陣取って援護射撃をしていたが、そこから離れてこちらに向かってきているようだ。

 

「……これはしたり……」

 

 体の左半分を失った老人は、内臓と血液、それ以外の何かを零しながら、それでもまだ生きていた。

 しかし、臓硯は倒れる事は無く、その身が無数の蟲に分裂した。

 

「今宵はここまで。また何時か(まみ)えようぞ……」

 

 夜の闇に皺枯れ声を響かせ、無数の蟲は群れとなって木々の向こう側へと飛び去って行った。

 

 

 臓硯と言う一つの脅威が去った今、残る脅威はあの黒い影。

 白狐の魔術を事も無げに虚数空間に飲み込み、結界さえも侵食するそれに対抗する術は、果たしてあるのだろうか……。

 黒い影はゆらゆらと、そしてゆっくりと近づいてくる。

 

 月の光をその背に受け、長く伸びる影。

 黒い影はゆらりと、獲物を見つけた蛇が鎌首をもたげる様に蠢く。

 

 唐突に、黒い影から一条の帯のような影が、一瞬で数十メートルもの地面を這うように伸びて、俺たちに向かってくる。

 

 どこからともなく投げられた鉄の棒が、黒い帯を地面に縫い付けるように刺さる。

 黒い帯は、ほんの一瞬だけその動きを止めたが、鉄の棒を飲み込むと再び動き出す。

 その黒い帯が獲物と見定めたのは………。

 

「遠坂、危ない!」

 

 夢中で獲物となった遠坂を突き飛ばしていた。

 その瞬間、俺の意識は得体の知れないものに飲み込まれた。

 

 大きな波に飲み込まれたように、体を圧し潰される。

 

 熱い。

 海にしては、この海水は熱すぎる。

 煮えたぎったコールタールのように、肌に纏わりつく。

 生命活動を根こそぎ奪われていく。

 

 体が溶けていく。

 心が融けていく。

 魂が解けていく。

 

 肉体と言う物質から、魂が離れていくような感覚。

 

 永遠とも思える一瞬、誰かの泣き叫ぶ声が聞こえたような気がした。

 叫びとも嘆きとも判別のつかない声は、しかしだんだんと輪郭をあらわにしていく。

 

「………輩!先輩!先輩!ごめんなさい……!ごめんなさい………!」

 

 ……なんで……

 ……どうして……

 

 そんなに泣いているんだ?桜…………。

 

 なんで………そんなに謝っているんだ………?

 

「…君!衛宮君!」

 

 その声で目が覚めた。

 体が熱い。

 吐き気は治まらず、頭はグラグラで、一人で立つことさえ出来そうになかった。

 

「目が覚めた!?大丈夫?私が分かる!?」

 

 ぱんぱん、と両頬を叩かれる感覚。

 だんだんと体に感覚が戻ってきて、両頬も痛覚を取り戻しつつある。

 

「分かる…。こんな時に人を平手打ちするのは、間違いなく遠坂だ」

 

「良かった。減らず口が叩けるなら大丈夫ね」

 

 今のは減らず口じゃなくて、素直な感想なんだけどな……。

 

「何笑ってるのよ馬鹿。…言っとくけど、礼は言わないわよ。あんな真似は二度としないで。助けて貰った相手に死なれたら、借りを返すことも出来なくなるじゃない」

 

俺の目を見据えて言う遠坂だが、片手でずっと俺の背中をさすりつつ、もう片手で体温を確かめるように手のひらを握っていた。

 

「……遠坂、あのヘンなのはどうした?」

 

「消えたわ。衛宮君が影の上に立って、倒れたと思ったらもういなかった」

 

 黒い影が去ったであろう方向に視線を向けて、ぎり、と歯を噛む。

 

「そうか。けど俺、ずいぶん長く、変なのに絡まってた気がするんだけど」

 

「ホント?貴方が私を突き飛ばしてから、今まで十秒経ってないわよ」

 

「肉体と魂の繋がりが、僅かばかりの間、乖離したからであろう。時間の進みを遅く感じたり、早く感じたりするのと同じようなものよ。良く戻って来たな衛宮よ」

 

 白狐が俺の顔を覗き込む。

 

「……また、アンタに助けられたな……。ありがとう」

 

「構わぬ。どれ、見せてみよ……ふむ、本体に触れたわけでもなし、(おこり)を移された程度であろう、これを握っていよ」

 

 そう言うと、白い人形(ひとがた)の紙を数枚、俺の手に握らせて背後に回る。

 

六根清浄(ろっこんしょうじょう)、急急如律令!」

 

 背中をバン、と強く平手で叩かれると、全身に纏わりついた倦怠感がすうっと抜けていくような感覚を覚える。

 頭がいくらかすっきりして、吐き気と悪寒がかなり治まってきていて、握っていた手を開くと、さっきまで白かった紙の人形が、どす黒い色に変色していた。

 

撫物(なでもの)と言ってな、その身の穢れを人形に移した」

 

 そう説明しつつ、黒くなった人形を俺の手から取り上げると、懐から出したオイルライターで火を着けた。

 そこは、呪文とかは使わないんだ……。

 

「シロウ!」

 

 アサシンの相手をしていたセイバーが駆けつけてくる。

 アサシンを斃せたのか否かは分からないが、どうやら彼女は無事のようだ。

 

「大丈夫ですか?……また貴方は、無茶な真似をしたのですか……」

 

 セイバーは危惧と安堵が混ぜこぜになった複雑な表情を浮かべる。

 いや、ホント申し訳ない。

 こんな(ざま)じゃ、さっきセイバーが言っていた“ペナルティ”とやらを課せられるだろうな……。

 

「ホワイトフォックス、貴方も来ていらしたのですね」

 

「応よ。不快な蟲が湧いておったでな、不愉快極まりないので害虫駆除に参じた次第よ」

 

「……やれやれ、マスターでもない魔術師に、何くれと指図されるとはな」

 

 背後の暗闇から、良く通る低い声の主が近づいてきた。

 遠くから爆撃の様な援護射撃を射かけていたアーチャーが、俺たちの元に駆け付けてきたのだ。

 

「お主がアーチャーか、いや見事な射であった」

 

「そこのお前の使()()()が「マスターが射線を開けたら、あの老人に一射」と、伝えに来てな」

 

 アーチャーが何もない空間を一瞥しながら言う。

 

「凛、茶番に付き合うのも、そろそろ止めにしたらどうだ?」

 

 アーチャーが呆れつつ横目で遠坂を一瞥する。

 しかし、奴が言う”茶番“と言うのは一体………。

 

「………そうね………………で、こんな所で、こんな時間に、そんな恰好で、一体何をなさっていらっしゃるんですか?()()()()()

 

 遠坂が腰に手を当てて、ジトっとした目で白狐を睨む。

 

 え?白狐が朝比奈先生?

 熱病の様な不快さは、既に治りつつあるけど、どうにも頭がよく回っていないようで遠坂の言っている事が理解できない。

 

「はて?このようなはぐれ者が、かの朝比奈の宗主とな?これは可笑しな物言いよ」

 

 白狐の言に、鈍っていた頭の回転が、急速に元に戻りつつある。

 白狐(こいつ)は明らかに遠坂の詰問にとぼけている。

 

 なにより、さっき立て続けに発動させた術式の呪文は祝詞(のりと)や真言、どれも東洋の術式を発動させる呪文だ。

 あれ程強力な術式を立て続けに行使し、代価を求めるでもなく俺たちを助ける人間なんて、そんなの一人しか考えられないじゃないか。

 

 一千年を超える歴史を持つ魔術師の家の当主であり、多くの魔術師の家系の上に君臨する一門の宗主。

 そして、穂群原学園一年B組の担任で、世界史教師であり、東洋の魔術師“陰陽師”である朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)その人しかいない。

 

「もういいんじゃないですか?マスター」

 

 暗闇の中から柔らかな女性の声が聞こえる。

 その姿は、以前ライダーに襲われた際に、俺を助けてくれた全身柿渋色の装束を身に纏った人物だった。

 

「というか、昨日の段階で、遠坂さんにはバレてますよ?」

 

 頭巾と覆面で目だけを出していたその人物は、覆面を下ろしてその顔を露わにする。

 眼鏡を外してはいるが、その人は間違いなく朝比奈先生のサーヴァントで、表向きは先生の妹と名乗っていた朝比奈栞(あさひな しおり)さんだ。

 

「周囲に使い魔の気配も、遠見でこちらを窺っている気配もありませんので、ご心配なく」

 

 その一言が決め手だったのだろう。

 白狐は大きく溜息をつくと、片手で狐の面を支え、もう一方の片手で房の付いた紐を解く。

 

「全くお前らは……最近は物騒だから、夜は出歩くなってホームルームでも言われてるだろ?」

 

 狐の面の下から露わになった切れ長の目に細面の顔、そしてその砕けた物の言い方は、確かに俺たちの知る朝比奈先生に違いなかった。

 

「朝比奈先生……なんで……アンタが白狐なんだ………?」

 

「馬鹿ね、朝比奈の宗主って立場じゃ、そう簡単に身動きできるわけないじゃない」

 

 遠坂が呆れた風に言う。

 

「そういう事だ。朝比奈の宗主と言う魔術師より、出所不明の白狐と言う魔術師の方が、動き回るには不便が無くていい。それに、白狐の術を見た奴の殆どは()()()をしてあるから「朝比奈(オレ)(イコール)白狐」と気づく奴は少ない」

 

 そのおかげで「凶悪無比で賞金首の魔術師」と言う称号まで付いてきた。

 降りかかってきた火の粉を振り払っていただけなんだけどな。と、自嘲気味に先生は言う。

 

「だがまあ、これで状況ははっきりしたな。あの蟲爺(むしじじい)がアサシンのマスターで、あのヘンテコな影を使って、街の人間から魔力を吸い上げてやがるってわけだ」

 

 懐から取り出した煙草に火を着けて、紫煙を吐きながら言う。

 

「で、アサシンはどうした?」

 

「申し訳ありません、仕留め損ねました」

 

 栞さんの報告に、先生は一言「そうか」と応える。

 曰く、あのアサシンの能力は確かに厄介だが、抗し得ない相手ではない。むしろ、先生の術を立て続けに飲み込んだ、あの黒い影の方が厄介だと言う。

 

「シロウ、その黒い影と言うのは一体何者なのですか?」

 

 一人だけあの黒い影を目撃していないセイバーは、皆目見当がついていないようだったので、掻い摘んで説明する。

 

「なんと……そのような怪異が………」

 

 セイバーは信じられないと言う表情を浮かべるが、実際目にした俺だってアレの出鱈目っぷりは信じられないくらいだ。

 

「あの(じじい)は、冬木の聖杯を作り上げた魔術師の一人っていうんだろ?その中でも、サーヴァントのシステムや令呪を考案したっていうんなら、アレも聖杯のシステムかなんかを使って召喚したサーヴァントの一種じゃないか、と考えるんだが……」

 

 先生が短くなった煙草を、呪文を使って灰になるまで焼き尽くす。

 そこは呪文を使うんだ……。

 

「で、ここに英霊たるサーヴァントが、御三方揃っておいでの訳だが……栞、セイバー、アーチャー、お前さんらは、アレについて何か心当たりあるかね?」

 

 問いを投げられたセイバーたちは、アーチャーを除いて思案顔になる。

 そのアーチャーはと言うと、遠坂を一瞥すると、遠坂は黙って頷く。

 

「………すみません。シロウから聞いた話の限りでは、私の知る伝承やおとぎ話に該当するような者はいません……」

 

 セイバーが伏し目がちに応える。

 

「私が見た感じでは、蛇みたいでしたので、メドゥーサかとも思いましたが、石化またはそれに類する能力の行使は確認されませんでしたし、何でも飲み込む辺りから、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)とも考えましたが、アインツベルンの聖杯である以上、東洋の英霊は触媒がない以上召喚できないでしょうから、これも違うでしょうし……」

 

 栞さんは、今まで集めた情報を基に思索しているようだけど、見つかった矛盾点に対する見解が見出せずにいるようだ。

 最後にアーチャーが重い口をようやく開いて語り出す。

 

「アレが何者であるか私も知らん。だが、アレの在り様はかなり厄介だぞ」

 

「森羅万象、万物の陰と陽の均衡を崩し、”抑止力“とやらが動きかねん代物、と見るか」

 

「ああ……だがまあ、まだ事はそこまで悪化してはいまい。後始末に留まるか、その前にカタをつけるのか。今回は摘み取れる可能性が、まだ残されているだろうからな………」

 

 アーチャーが頭上の天を仰ぎ、忌々しげに星を睨む。

 

「フン、サーヴァントとして召喚されたと言うのに、結局はアレの相手をさせられるとはな。全く、何処に居ようとも、やる事に変わりがないとは……」

 

 

 結局結論は見いだせなかった。

 とは言え、新都での無差別襲撃は、アサシンのマスターである間桐臓硯と、奴が操る黒い影によるものであると言う事が判明しただけでも、今夜の巡回は収穫があったと言えるだろう。

 

「朝に迎えをやる手配はしておくから、衛宮は一応医者に診てもらった方が良い」

 

 別れ際に朝比奈先生が言うには、知り合いと言うか、朝比奈一門に治癒魔術の専門家がいて、その魔術師は表向き新都で病院の先生をしているらしい。

 

「ああ、あの人ね。あの先生なら大丈夫なんじゃない?」

 

 病院に工房を構えていると言うその医師は、()()()()()()()()()()冬木の管理者である遠坂家に挨拶をして、建設中の病院にその工房を構えた、とさっきまで何か考え事をしていた遠坂が言う。

 

「ところで衛宮君、貴方との共闘関係は「アーチャーが回復するまで」って条件だったけど」

 

「ああ、臓硯を斃して、あの騒動を止める。力を貸してくれ、遠坂」

 

「そ。なら、共闘関係は継続と言う事で。それでいいわよね?アーチャー」

 

「……仕方があるまい。私怨を晴らしていられる状況でもない」

 

「私も異議はありません、シロウ」

 

 セイバーも、アーチャーも、俺たちの共闘関係の継続に同意してくれた。

 そうと決まれば、今俺たちがすべき事は、一旦戻って休息をとる事だ。

 

 

 家に帰った頃には、時計は午前二時を回っていた。

 先生の術のおかげで、倦怠感はかなり減っていてはいたけど、まだ少しまとわりついている感じはある。

 早く休みたいところではあるけど、その前に、眠っている桜の様態を見ておきたかった。

 

「そう、じゃあ桜の事は頼むわ」

 

 そう言って、遠坂は離れに用意した部屋へと向かって行った。

 

「セイバーも、先に部屋に戻っていてくれ。襖もちゃんと閉めてないとダメだからな」

 

 セイバーを促しつつ、釘を刺す。

 と言うのも、セイバーはサーヴァントである以上、マスターである俺の護衛と言う名目で同室で寝る事を希望していたんだけど、年頃の女の子と同じ部屋で寝るなんて、俺の精神衛生上問題がある。

 

 お互いがお互いの主張をぶつけ合ってはいたのだが、折衷案としてセイバーは隣の部屋で眠る事となった。

 

「シロウが強情を張るのでは、仕方がありません。言われた通り、隣の部屋で待機しましょう」

 

 なんて拗ねたような目で言っているけど、強情張っているのはお互い様じゃないか……。

 

 

 時刻は午前三時を回ろうかとしていたところ。

 

「一時間……何やってたんだ俺は……」

 

 俺は大きく溜息をつきつつ、自室で自己嫌悪に苛まれていた。

 と言うのも、桜は思いの外寝苦しそうだったので、布団をかけ直したり、水を取り替えたりしていたんだけど……。

 何と言うか、桜の寝乱れた姿が蠱惑的(こわくてき)だったからである。

 

 目隠しでもあれば良かった……。

 いや、さっきまで実際に目を瞑って作業してたから大差はないんだけど、目隠しなら誘惑に負けて、瞼を開ける事も無かった。

 桜は熱があって休んでいると言うのに、俺は何て節操がないんだ……!

 

 寝よう……。

 こんな時は、寝ちまうに限る。

 体だって疲れているんだから、とっとと寝てしまおう。

 

 

 誰かが枕元に座っている気配がした。

 それは夢なのか、それとも微睡(まどろみ)の中で見る現実なのかはわからない。

 

 その人は、眠る俺の耳元で囁いたが、その言葉がなんであったのか、よく聞き取れなかった。

 

 自分の不注意だ、と謝ったのか。

 ごめんなさい、と謝ったのか。

 

 ともかく、そんな言葉を発したような気がした。

 

 どれほどかの静寂。

 

 小刻みに震える手が、俺の頬に添えられる。

 

 甘い香りが鼻腔をくすぐり、唇に柔らかい感触を覚えた。

 

 サラリと頬を撫でる髪の感触は、程なく引かれる様に離れようとしている。

 

 そこで、俺の意識は深い眠りの中に落ちていった。

 

「……私が、先輩を守りますね……」

 

 それが最後に聞いた言葉だった。




次回は、オリジナルの新キャラが出る予定です。

そろそろあの人も出してしまおうかとも考えています。
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