Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
あのエピソードを、拙作風にリメイクしました。
それではどうぞ。
<11/27 一部修正しました>
新都の駅前を歩く外国人が一人。
肩まで伸びた、赤茶色のトーンが入ったサンディ・ブロンドをたなびかせ、着衣の上からでもわかる、よく鍛え上げられた体躯、典型的なアングロサクソン系の顔つきをした男性である。
彼はこの街に居を構えている市民の一人ではない。
かと言って、彼を観光客と言うには、聊か語弊がある。
彼の名はジェフリー・ムーアクロフト。
かつては魔術協会にも属していたフリーランスの魔術師で、現在は賞金首の魔術師を狩る
本来であれば、別件で冬木において
フリーランスである以上、自らの足で生計の道を立てる必要があり、空いた時間をパブでエールを呷っていれば良いわけでもなく、SOHOのモデルハウスで淫蕩に耽っていて良いわけではない。
そういう訳で、彼は
今回の彼の獲物は、数多の魔術師を殺害してきた凶悪無比の魔術師「
その狐が冬木の街に現れたという情報を得て、急遽ブリティッシュエアウェイズの窮屈なエコノミーシートにその身を沈めて来日した。
幸いにも、依頼のキャンセルが入る前に調べておいた、冬木の情報は無駄にならなかった。
何しろ、彼が受けていた依頼は、今回の聖杯戦争に参加する事だったからだ。
当初、魔術協会から派遣される魔術師は、彼とバゼット・フラガ・マクレミッツの二名の予定だった。
しかし、彼の座ろうとした席を、アトラム・ガリアスタとかいう若造に掠め取られてしまったのだ。
”封印指定の執行者“であるバゼットは、実績、実力共に聖杯戦争と言う闘争に参加する魔術師として申し分ない。それは彼も認めているところだが、アトラムはそうではないと彼を始め、多くの魔術師は評価している。
魔術師としての歴史も浅く、魔術師の血統自体、先祖が金の力に飽かせたものだと言われていて、財力以外の
そんな金持ちのお坊ちゃんが、何だって聖杯戦争なんかに参加するのかと言えば、伝え聞くところによると「箔をつけるため」だと言う。
全く以てふざけた話だ。金持ちの道楽の為に、こっちはメシの種を奪われたのだ。
憤懣やる方ない彼は、魔術協会から雀の涙ほどのキャンセル料をふんだくる事に成功したのだが、大きく空いたスケジュールを補填する程ではなかった。
そこで彼は、本業の賞金稼ぎと並行して、令呪を宿したマスターから令呪を奪い取ろうと画策していた。
できればアトラムから奪い返したかったのだが、“情報屋”から買った情報によれば、彼は消息不明となっていて、死亡説さえ囁かれている。
七騎のサーヴァント全てが召喚され、聖杯戦争が本格的に開始されてから数日が経ち、状況は刻一刻と変化しているだろう。
焦っていないと言えば嘘になる。
水中に溺没して空気を求める者のように、彼は情報を求め、足繁く情報屋のアジトへと通い詰めた。
今もまた情報屋のアジトで情報を買っていたのだが、成果は芳しくなく、アジトのボディガードと顔馴染みになったのと、時間があったら雰囲気の良いバーで酒杯を酌み交わそう、と約束した事が数少ない成果だった。
ふと、西の空を見上げると、夕日の様な赤い光が瞬いた。
時刻は午前一時前。冬の日本では数時間前に日は没している時刻ではあるし、街の明かりでもない。
また赤い光が瞬いた。
空気を震わせる振動は感じない、魔力が行使された気配も感じられない。
ただ、僅かばかり魔力を行使したであろう雰囲気を風が運んでくる。それは赤い光を発するものではなく、魔力が外部に漏れ出ないようにと張られた結界のようだ。
それは明らかに、何らかの魔術戦が行われていると言う証拠。
本来の目的を遂げるに足り得るか否かは判別出来ないが、無為に時間を費やすよりは、と彼は赤い光を発したであろう場所を目指した。
それが、血肉を食らう獣の
夜遅く、宛らゴーストタウンの如き様相を呈した無人のオフィス街。
街灯の明かりすらも届かない裏路地。
暗い物陰から感じる、大気のそれとは異なる冷気。
「マズイな……」
彼の頬を冷や汗一つ流れる。
周りに何かがいる。それも無数。
懐に忍ばせたシグザウエルの感触を確かめる。
だが、今はその近代兵器も役に立たないかもしれない。
数限りある弾薬では、彼を取り囲む無数の何かに対するには心許ない。
それに、このオフィス街での戦闘は、地の利と言う点では不利だ。
相手にとっては隠れるところが多く、こちらは一方的にその姿を曝け出している。
こういう場合は、開けた場所に敵を誘い込み、相手の姿も曝け出させる。
魔術回路に魔力を流し込み、足への身体強化を施すと、打ち出された弾丸の如く、彼は一気に駆けだした。
事前に調べ上げた情報にあるその場所へ。
彼がたどり着いたのは冬木市中央公園。
かつては住宅街だったこの場所は、十年前に大火に見舞われ、多くの死傷者を出した。
漏れ聞いた話では、この場所は前回の聖杯戦争における戦闘の余波で、周囲一帯を火の海に変えた結果だと言う。
その後、復興計画の一端で自然公園として生まれ変わったのだが、それ以降の振興策はどれも不発に終わり、今では自然公園と言う名の
情報収集ついでに目にしたこの公園の来歴をふと思い出し、目の当たりにして然もあろうと心中で独り言ちる。
この場所で起きた大火災の犠牲者は数百人に及ぶと聞く。
その犠牲者の怨念がこの地に染み付いていて、ある種の固有結界じみた特異空間となっている。
そして、ここが彼、ジェフリー・ムーアクロフトにとって終着の地となる。
「
お世辞にも綺麗ではないスラングを口にして、彼は状況を憂いた。
彼は敵を開けた場所に誘い込み、迎え撃とうとしていた。
だがそれは、敵の罠だった。
敵を誘い込んだのではない。
彼が敵に誘い込まれたのだった。
周囲には異形の蟲が無数。
草影から飛び出してくるものもあれば、木の枝から降ってくるものも、不快な羽音をたてて飛びついてくるものもいる。
それらを手足で振り払いつつ、ポケットに忍ばせたルーン文字を刻んだ石を取り出そうとする。
取り出されたのは、ポケットに入り込んでいた蟲に、指を食いちぎられた彼の手だった。
怯んだ間に、彼の身体に多くの蟲が纏わりつく。
耳孔に、眼孔に、鼻孔に、口腔に、肛門に、尿道に、全身のあらゆる穴に、あらゆる蟲が潜り込む。
体が背中から倒れる。
足首が斧で切断されたような激痛が走る。
辛うじて残っている目で確認すると、
腕が、足が、腹が、胸が、顔が食いちぎられる。
食われた穴から、更に蟲が体内に潜り込む。
食われている……。
全身至る所を食われている。
肉だけではなく、骨も、骨の中すらも食われている。
彼には既に言葉を発することが出来なかった。
喉も食い破られ、空いた穴からはヒューヒューと空気が漏れているだけだった。
時間にすればおよそ五分。
ジェフリー・ムーアクロフトは、無数の蟲に貪られる。
ジェフリー・ムーアクロフトだったモノは、無数の蟲に貪られる。
人だったモノが、無数の蟲に貪られる。
その凄惨な風景を、影の中から眺める者がいた。
白い髑髏の仮面が闇の中に浮かぶ。
それは、間桐臓硯のサーヴァント、アサシンだった。
やがて、人だったモノを貪る蟲の塊は、人の形になって起き上がる。
それは、蟲の餌食にされたジェフリー・ムーアクロフトの頑強な体躯ではなく、乾涸びた老人のそれになっていた。
その姿は、先程アーチャーの矢によって、半身を吹き飛ばされた間桐臓硯であった。
「さすがはマスターに選ばれようとした魔術師。実に甘露であったわ」
皺枯れ声が響く。
集まっていた蟲の姿は、やがて自らの巣である老人の身体に戻っていった。
つまり、間桐臓硯は、かつてジェフリー・ムーアクロフトだったモノ、自らが食い散らかした肉を代わりにしたのだ。
「器用なものだな。先程の身体も、元より借り物だったと言う事か……」
「……ほう?見ておったのかアサシン。そうよ、儂の身体は当の昔に滅び去っておる。こうして既に出来上がっている体に寄生するだけの老いぼれでな」
「……そうか、単に一人分の肉が必要なだけなのだな。そうして得た肉を、好みの形に作り上げるわけか。中身が蟲であるなら、どのみち人間としての機能は蟲共が果たす。だとすればマスターよ、齢五百年を超えたその身は、既に不死そのものとも言える。ならば、望みはとうに叶っているのではあるまいか?」
確かに臓硯は不死に近い存在であると言える。
今のように、苗床となる肉体がある限り、彼の
だが、臓硯とて好き好んで老人の身体を作っているのではない。
「儂は不死ではないぞアサシン。儂の肉体はいくらでも取り換えが利く。その一点だけなら、儂は確かに不死の存在よ。しかし、肉体を復元するに必要な要素である
「肉体の設計図が無ければ………魂か。成程、自らの魂を生かし、他者の肉体を摂取する。それがマスターの不死の正体か」
肉体がある
故に、間桐臓硯は、間桐臓硯以外の何者をも復元する事は出来ない。
それが、その魔術の限界であった。
「如何にも。魂に刻まれた記録を基に新たな肉体を再構築しておるのじゃが……この新しい肉体も、既に腐敗が始まっておる。かつては一度の取り換えで五十年余り活動できた儂が、今では数か月に一度取り換えねば存命すらままならぬ。如何に聖杯と言う花の蜜に引き寄せられた魔術師の肉を以てしても、一年と持つまいよ」
理論上は永久に動くとしても、肉体と言う部品は経年劣化を起こし、やがて朽ちていく。
如何に臓硯が卓越した魔術師とは言え、肉体の劣化を押しとどめる
そして、
「納得がいった……つまるところ、腐っているのは肉体ではなく」
「……そう、
「故に聖杯を求めるか。真に死なぬ体を求めるために」
「軽蔑するかね?腐り行く体を、他者の命を以て細々と繋ぎ往くこの儂を」
己が求める物を得ようとせんが為に用いた術が、今や己を苦しめる毒となっている。
その老魔術師が抱える
だが、己の肉体が腐り往く苦痛は、何者にも理解できるようなものではない。
どれほど屈強な精神を持ち合わせていようとも、常人ならば幾許も耐えられまい。
それを数百年、この老魔術師は己の肉体を腐らせてきた。
間桐臓硯は狂っている。
余人がその心境を計り知ることが出来ぬ時点で、如何に正気を保っていようとも、それは狂っていると評すべきだ。
己のマスターであるこの老魔術師の妄念は「死にたくない」と言う、誰もが持ち得る生命原初の希求であると言えよう。
ただそれが、常人の領域を逸脱しただけ。
仮面の暗殺者にとって、忠を誓うにはそれで十分だった。
「いえ、その生への執着こそが我が主に相応しい」
アサシンが
黒衣のサーヴァントは、今も尚腐敗する老魔術師に白い髑髏の
次回は、もう一本短編を書くか、それとも本編に戻るかお悩み中です。
<修正後記>
新都にある駅から見れば、海浜公園での戦闘は西側だったのを、すっかり失念していましたので、そのように一部修正しました。