Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
リアルで忙しかった事と、前回投稿する少し前にFGOを今頃やり始めたので時間が開きましたが、年内に投降出来て少し安心しました。
まだ第六特異点までしかクリアしてないので、クリスマスイベントに参加できなかったのが残念でした……。
さて、今回はオリジナルキャラが登場します。
それではどうぞ。
#027 A faint light
俺たちは呆気に取られて二の句が継げないでいた。
昨夜、朝比奈先生が「迎えを手配する」と言っていた。
確かに迎えは来た。
俺はてっきり、昨日のように栞さんがバイクで迎えに訪れるのかと思っていたけど、迎えに現れたのは、身なりの整った見知らぬ初老の男性で、家の前には黒塗りの高級車が停まっていた。
「先輩……これって、乗っていいんです……よね……?」
「……多分、先生が言っていた迎えって、これの事なんだろうけど……」
特に由緒ある名家の生まれと言う訳でもない、ただの高校生の俺たちにとって、運転手付きの高級車でのお出迎えなんて、緊張して身構えると言う以外、出てくる言葉がない。
むしろ、迎えに来たのが藤村の爺さんのところのお兄さんたちだったら、何の気兼ねも無かったんだろうけど、とにかく俺たちは、運転手の男性に促されて後部座席に乗り込んだ。
今日のところは、診察と見舞いだけと言う事で、セイバーはお留守番だ。
案の定、セイバーはお留守番に難色を示したけど、遠坂の口添えもあって大人しく身を引いたのだが……
「理解ある家臣に、その、与える褒美とか、そう言ったものは無いのですか?」
と、お茶を啜りながら上目遣いで聞いてくる。
ははぁん、これは暗に「お茶請けをください」とおねだりしているんだな。
となれば、戸棚に置いてあった藤ねえが買ってきたクッキーの出番で、それをセイバーに渡した。
俺たちが連れてこられたのは、新都にある
十年ほど前、前回の聖杯戦争の少し後に出来た病院だ。
国内でも五指に入る医療法人「旭奈会」が設立した病院で、公立の「冬木市民総合病院」と、宗教法人が母体の「聖堂病院」に続く大規模医療施設として、
車が停まったのは、総合受付がある正面玄関ではなく、病院の裏手にある「特別病棟受付」と表示された玄関だった。
玄関で待機していた病院スタッフに案内されて、階数表示のないエレベーターに乗り込む。
エレベーターの扉が開いて、目に飛び込んできた光景に俺たちは息を呑んだ。
そこは白一色で無機的な病院の風景と言うよりも、落ち着いた柄の壁紙と濃い木目調の腰壁に、床一面に上等そうな絨毯が敷き詰められた廊下と言う、まるでテレビかなんかで見たことがある、高級ホテルの廊下の様な光景だった。
エレベーターを一歩出ると、俺の奥底にある感覚が、身に覚えのある違和感を感じ取って僅かな警報を鳴らす。
そう、これは以前学校に敷設された結界と同じ違和感。
だけど、学校の時の甘ったるい匂いとは異なり、むしろ清涼な、瑞々しく木漏れ日の射す森林の様な印象だった。
「およ?桜ちゃんじゃない、今日も早いね」
廊下の角から現れた女医が、俺たちの姿を認めて特徴的なハスキーヴォイスを投げかけてくる。
「おはようございます。
顔見知りであろう女医に、桜がペコリと頭を下げて挨拶する。
程よく日に焼けたであろう色黒の肌に、たれ目気味の大きな丸い目、厚ぼったい唇と言う顔のパーツが醸し出す雰囲気だけ見れば、なんとなく栞さんに似ていなくもない。
しかし、そのスレンダーな体つきは、全体的に筋肉質で良く鍛えていると言える。
「んー……………悪いけど……………」
俺と桜の顔を交互に見比べた女医は、少し困った顔をして、やがて口を開く。
「ここのフロアに、
「ち、違います!」
なんでさ……。
耳まで顔を真っ赤にして否定する桜に「なんだ違うのか」とカラカラ笑いながら応じるこの女医、何だろう………この
「てことは、君が衛宮君だね?
そう自己紹介をしながら、差し出してくる手を握り返す。
一瞬にも満たない間、握った手から何かが入り込んで、また出ていったような感触を得る。
「ん?んん?」
訝しむような顔をして、美彌先生が俺の目を覗き込みつつじっと見る。
「君……。ちょっとこっち来な!」
そう言うと、無理矢理俺の腕を引っ張ってどこかに連れて行こうとする。
「ああ、ごめんね桜ちゃん。ちょっと
そう言って桜に手を振った美彌先生が、俺を引き摺っていく。
連れ込まれたのは、机と診察台がある小部屋。どうやらここは診察室のようだ。
「じゃあ、ちょっと上着脱いで、そこに掛けて頂戴」
言われるがままに上着を脱いで、椅子に腰を掛ける。
医者に診てもらうなんて何年ぶりだろうか?ふとそんな事を考える。
室内は程よく暖房が利いていて、寒さは感じない。
そうだ、医者に診てもらうなんて、十年前の火事で
「無理矢理引っ張ってきて悪かったね。ご存知の通り、このフロアはアタシの
俺の向かいにある、背もたれ付きの椅子に座りながら説明する。
結界が張られた、美彌先生の工房と言う事は……。
「そ、アタシも
「じゃあ、朝比奈先生の言ってた……」
「そそ、アタシも朝比奈一門の魔術師でね、
そう言われて、さっきの既視感が腑に落ちた。
“あのノリ”は
「それじゃ診察するから、シャツをまくってちょうだい」
聴診器を用意しながら言う美彌先生に言われるがままシャツをまくる。素肌に直接当てられる聴診器は、この時期特有の冷たさを例外なく俺に感じさせた。
胸に聴診器を当てられた後に、背中に当て、目や口の中を目視で診察する。
「……軽い風邪っぽい雰囲気はあるけど、まあ栄養のあるものを食べて、良く休むことだね。一般的だけど、どんな薬よりもそれが一番さ」
カルテを書きつつ、人差し指を立てて、笑顔で片目を瞑りながら言う。
「で、お兄からは詳しく聞いてる暇はなかったけど、昨夜何があったんだい?アタシのところに君を寄こすなんて、よっぽどの事があった位しか分からないけど。」
昨夜遅くに、朝比奈先生から診察の依頼があり、迎えの手配などをしていたら、別件で救急からの応援要請が入って、バタバタしているうちに日が昇っていたと言う。
冬木に集まった、美彌先生を始めとする朝比奈一門の魔術師達は、一通りの情報を朝比奈先生や栞さんと共有しているらしく、包み隠さず話しても問題はないそうだ。
そこで俺は、美彌先生に事のあらましを、朝比奈先生に代わって話す事になった。
新都のオフィス街を中心として発生していた一連のガス漏れ事故の真相は、当初
そして昨夜、公園で臓硯と闘ったわけだが、臓硯はともかくとして、あの黒い影は、朝比奈先生の術も容易く飲み込んでいた。
遠坂が言うには、虚数空間がどうとか言っていたけど、俺には詳しく分からない。
そして、俺はその黒い影が伸ばした、帯の様な触手に一瞬触れただけで昏倒した。
そこまで俺が話すと、朝比奈先生に治療されるまでに出ていた自覚症状について質問された。
思い出すのもアレだけど、体中が熱かった事から、高熱は出ていたと思う。それらに加えて、頭痛に吐き気、体中の痛みがあったと話す。
「…………
顎に手をやり思案する美彌先生が呟く。
一体何と
「昨日一昨日で運び込まれた、
ガス漏れ事故の被害者に程度の差異はあったとしても、漏れなく意識障害を引き起こしていると言う一面だけ見れば、
翻って、黒い影が引き起こした事件の被害者たちは、曰くマラリアの初期症状に似ていたと言うが、感染源を媒介する蚊がいない冬である事と、感染原因となるマラリア原虫が、現在でも血液検査では発見されていなく、他の検査でも特異な反応は見受けられないと言う事から、現時点では何らかの感染症によるものではないとの見方が大勢を占めているそうだ。
「それで、タコさんウインナーがお兄の術を二つも食らって、爺さんの方には何か変化はあったかい?」
「うーん………特に変わった様子は…なかった……かな?」
「そか、そのタコさんウインナーが、サーヴァントみたいな独立した意思を持った存在とは違って、一般的な使い魔に分類されるタイプだとしたら、
「それはつまり……」
「君の話からすると、タコさんウインナーは爺さんの一般的な使い魔と言う訳ではないみたいだね。まあ、あの爺さんは聖杯戦争のシステムに精通しているようだから、サーヴァントの亜種なんて物を引っ張り出すって裏技ぐらいはやってのけるかもしれないけど、爺さんの側に
臓硯の側にもう一人の魔術師が付いている、と言う彼女の推論と根拠は、なるほど納得のいくものだった。
そうすると、その魔術師と言うのは、先日
「まあ、その辺の情報分析と評価は、
そう笑いながら言う美彌先生の表情は、栞さんの情報処理能力に対する信頼だけではなく、栞さん自身に対する敬愛の念を抱いている事が窺える。
悪戯が過ぎるきらいはあるかもしれないけど、見方を変えれば、大人の女性でありながらも、子供の様な可愛げがあるとも言えるだろう。その辺りの波長が合う人が、朝比奈一門には多くいるのだろう。
「……栞さんの事、好きなんですね」
そんな彼女の笑顔に気持ちが柔らかくなったのか、俺は、ふとそんな言葉を口にした。
「そりゃね。アタシら朝比奈の親戚筋って、子供の頃のある時期に宗家に預けるしきたりがあるんだけど、その時からお兄のサーヴァントだった栞ちゃんに、よく遊んでもらったものさ。なんていうかな、母親のようでもあり、姉のようでもあり、友達のようでもあるっていうのか、とにかく、アタシを始めとした従兄弟連中全員、栞ちゃんの事は好きって言えるね」
満面の笑顔を湛えて語る美彌先生を見て、少し意外と言う感想を抱いた。
それは遠坂からの受け売りだけど、基本的に魔術師は、自身の魔術やその成果を、たとえ親戚であろうとも、自分の家の後継者以外の他人には見せないのが“魔術師の常識”と言う。
翻って朝比奈家では、外部に伝聞される術の秘匿の徹底ぶりとは裏腹に、しきたりがあるとは言え、次代の各家の後継者だけではなく、その兄弟姉妹に至るまで、朝比奈家の魔術の結晶ともいうべき
魔術基盤や思想が西洋魔術のそれとは異なるとは言え、真っ当な魔術師たらんとする遠坂がこんな事を聞けば、さぞかし卒倒するかもしれないな……。
「それにしても……まさか切嗣さんの息子まで、聖杯戦争のマスターだなんて、因果な話だねぇ……」
机に片肘をつき、美彌先生が溜息を吐く。
先日セイバーは、
そして
であれば、横の繋がりが強いであろう朝比奈一族の一人である美彌先生も、
「アタシ自身は、切嗣さんと知り合ったのって、そう前の事じゃないんだ。切嗣さんが亡くなる一、二年ほど前だったかな?お兄に首根っこ掴まれて、無理矢理
曰く、夜中に電話がかかって来たかと思えば、先生と
急な命令を訝しみつつも、各所への伝達と手配を医業の合間に行い、先生を冬木に迎えたら、その横には
それ以来は、散歩と称してちょくちょく出かけてはいたけど、それはきっと、美彌先生の元に診察に訪れていたのだろう。
「……でも、その頃にはもう手遅れの状態でね……アタシが出来た事と言えば、切嗣さんに余命宣告をして、少しでも延命するだけだったよ………」
今まで救えた命は数あれど、救えなかった命も同数以上に在った。
医術は万能じゃない。
魔術も万能じゃない。
どれだけ学術書や魔術書を読もうとも、どれだけ医術や魔術の研鑽を重ねようとも、ただ零れ落ちようとする命に差し伸べる手が、ほんの少し伸びるだけ。
しかしそれは諦観じゃない。
一人より二人、二人より三人、自身の手が届き得る範囲の命を、一つでも多く救えたことを善しとし、救えなかった命には哀悼しつつ、次こそは同じ境遇の命を取りこぼさない為に研鑽を積む。
それは、自分にとっては周りに数あるモノのうちの一つと決め込み、救えなかった唯一の命から、目を背けるだけの逃避かもしれない。
それは、医者として、治癒魔術師としての矜持を擁護するだけの自己欺瞞かもしれない。
しかし、取りこぼした命の海に囚われて、救えるはずの命すら無為に零れ落としてしまうのであれば、それこそ本末転倒だ。
ならば、零れ落としてしまった事を、その命が生きてきた事を無意味なものにしない為にも、その命を背負ってゆく。
自分に出来る事を一歩ずつ着実に積み重ね、出来なかった事を克服するための
医者として、多くの命の終焉を看取ってきた彼女の言葉は、その言葉以上の重みを含んでいた。
その反面、俺自身はどうなんだろう。
正義の味方の憧れ、正義の味方になろうとした。
どうすれば正義の味方になれるのか、何をすれば正義の味方になれるのか。
ただそれだけを考え、闇雲に突き進んできた。
その結果、自分から危険に飛び込んで、命を失いかけて、セイバーや遠坂に叱られていた。
いや、救おうと言う気持ちは間違ってはいないはずだ。
行く先を見失いつつも、その為の日々の鍛錬だって積み重ねてきた。
ただ、自分に出来る事と出来ない事の境界線があると言う事から、目を背けていただけだ。
「誰かを助けると言う事はね、誰かを助けないと言う事なんだ」
それを聞いたときは意味が分からなかった。
今はその言葉が分かる。
いや、分っているつもりになっていた。
認めたくなかったんだ。
助けると言う行為において、その対象を線引きすることを。
頑張っている人が報われないなんておかしい、と
だけど、彼女の抱いている想い、或いは意志は、海図の無い海を漂流するだけだった俺の前に、宛ら仄かに点る灯台の明かりのようにも見えた。
その答えは一朝一夕に見つかるものじゃないだろう。
もしかすると、一生その答えを求め続けるだろう。
それでも、俺が今出来る事を一つずつでもいいからやっていこう。
そうすればきっと、その先に答えを見出すことも出来るだろう。
その為には、今俺が出来る事と出来ない事を考えて、出来ない事をどうすれば出来るようになるかを考えよう。
「ん?なんだか分かんないけど、何か一つ悩みが解決したような顔だね?」
我知らず思案顔になっていたであろう俺を、美彌先生がニヤニヤしながら眺めていた。
「っと、そう見えましたか…?」
「うんうん。精神療法も心療内科の範疇だからね、心療内科医の面目躍如、ってとこだね」
美彌先生が胸を張ってカラカラと笑う。
「さて、他に何か質問あるかい?」
「いや……特にコレとは……」
「うん、じゃあ診察はこれにて終わり。何かあったらまたおいで、って聖杯戦争絡みだったら、アタシのところより監督役のところに駆け込むのが筋だろうけど、一応中立の監督役がマスター本人に便宜を図るのも不味いだろうから、そんな時があったら
悪戯を企むような顔で「診療報酬点数をめいっぱい付けてやる」とか「保険証無しって事にして全額自己負担扱いにしてやる」とか、真っ当な医者にはあるまじき言葉を口走っているけど、そこは聞かなかった事にしよう。
「でも、いつでもなんて、美彌先生だって帰れないんじゃないですか?」
「ん?寝床と工房が別々の場所にあるわけ………ああ、このフロアはね、アタシの工房でもあり、アタシの寝床でもあるのよ。フロアの隅っこに部屋も作ってあってね」
こんな高級ホテルの様なフロアの一角に自分の部屋を用意してあるなんて、いくら朝比奈一門の魔術師とは言え、一介の医者にそこまで出来るわけがない。
改めて、この人は一体何者なんだろうかと疑念を抱く。
「もしかして君、
「ここがって…ここ、病院じゃ……?」
「違う違う、旭奈会って言うのは朝比奈家の表の顔ってヤツでね、現理事長は先代宗主の弟でありお兄の親父さん。アレで一応いいとこのお坊ちゃんなんだよお兄って」
そして理事の一人が、藤堂家の現当主である美彌先生の母親であり、ここ冬木旭奈会病院の院長だと言う。
要するに、朝比奈先生の事を「いいとこのお坊ちゃん」と言っている本人自身、表向きはやんごとなき家の御令嬢というわけで、病院建設当初から私室を備えた工房を作る事が出来る立場だった訳だ。
成程、今朝家に来た迎えが運転手付きの高級車だったのも、合点がいく話だ。
一門二十六家の家系を統べ、手練れの魔術師たちをこの冬木に参集させて動かすその組織力。
魔術実験の為に病院を建設し、冬木の管理者である遠坂家に数億円相当もの見返りを容易に提示出来得るその資金力。
千年以上に及ぶ血統と研鑽を積み重ね、魔術協会、東方魔術連盟双方から軽んじられることのない名門魔術師の家系としての影響力。
俺は改めて、朝比奈宗家とその一門の持つ力の強大さを思い知った。
美彌先生に一礼して診察室を辞去すると、丁度廊下を歩いて来た桜に行き会った。
「……あの……先輩、随分時間がかかっていたようでしたけど、大丈夫でしたか?」
俺が美彌先生に診察室に連れ込まれて凡そ三十分。
診察そのものは二、三分ほどで終わったけど、そのあとの問診と言うか雑談で、かなりの時間を費やしていた俺の事を心配してきたのだろう、その表情は暗鬱としていた。
「ああ、心配させて悪かったな。軽い風邪っぽいけど、休んでいれば大丈夫だって御神託だ」
そんな俺の軽口に、桜は「それは良かったです」と胸を撫で下ろす。
「それにしても驚いたよ。
「ええ、先生のご実家が名家だってことは噂に聞いていましたけど、まさか
先程までに暗鬱とした表情から打って変わり、明るく弾むような表情で桜が応じる。
「全くだ………。あ、そうそう、美彌先生が診察室に来てくれって言ってたよ」
「え?私もですか?」
「ほら、桜も昨日熱出してたし、最近ちょっと疲れ気味だったろ?丁度いいから、美彌先生に診てもらった方が良いと思うんだ」
「……そう……ですね………」
躊躇いがちな表情を浮かべる桜だったけど、こう気持ちの上がり下がりが激しいとなると、桜自身も心身共に疲れてしまうだろう。
こういう時こそ、心療内科が専門の美彌先生に診てもらった方が良いと思うし、何より診察代は、全て俺と同じように朝比奈先生にツケておいてくれる筈だ。
前半については言わずに、後半をダメ押しの材料にして促す。
俺はと言うと、桜が診察をしてもらっている間、このフロアに入院している慎二を見舞うことにした。
それは友人としては当然ながらも、聖杯戦争に参加するマスターとして、慎二の祖父である臓硯についての情報を得るためだ。
だけど、慎二自身は正当な魔術師じゃない以上、どれだけの情報を持っているかは分からない。
それでも、間桐の家が魔術の家系である事を知らない桜には聞かれたくない話なので、今このタイミングで聞くしかない。
慎二が入院していると言う千百四号室のドアの前に立つ。
一般的な病室なら、部屋番号の下に入院患者の名前が書いてあったりするわけだけど、このフロアの病室はどれも部屋番号のみで入院患者の名前を書いたネームプレートどころか、そう言ったものを掲示するスペースそのものが見当たらない。
このフロアが直通エレベーターでのみ行き来でき、通用口も一般病棟とは異なり、専用の通用口が設えられていて、なにより専属の担当医が常時待機していて、“特別病棟”と言う名を冠しているところから、要人や訳アリの患者が入院する、
間桐の家は冬木ではそれなりの名士で通っているが、それを以て慎二がこのVIPルームの様な病室にいるわけではない。
先日学校で慎二が
そのやり方に遠坂は激怒し、朝比奈先生に魔術師として粛正されようとしたのだが、臓硯の介入によって
その夜、慎二は新都の繁華街で倒れているところを発見され、ここ旭奈会病院に収容されて今に至るわけだが、そこで恐らく朝比奈先生が手を回して、美彌先生の工房でもあるこの特別病棟に保護される形で入院したのだろう。
朝比奈先生もなんだかんだ言いつつ、結局は慎二を“一人の魔術師”として扱わず、“一人の生徒”として扱ったのだろう。
そんな先生の心遣いと言うか優しさを、遠坂なら甘いと断じるだろうけど、俺には感じ入るものがあった。
軽くノックをしてドアを開けると、廊下と同じように落ち着いた雰囲気の、病室と言うよりもリゾートホテルの様な内装で、調度品も豪奢と言うにはほど遠いが、存在感を主張しすぎる事のない渋みを湛えていた。
「!…………衛宮…………」
ベッドの上で身を起こし、外を眺めていた慎二が俺に気づくと、たちまち警戒感を顕わにする。
いや、警戒と言うよりもその表情にはいくらかの怯えが含まれていて、僅かばかりベッドの上で後退っている。
「な……何しに来たんだよ……!」
「何しにって、見舞いに来たに決まってるじゃないか」
「……………………」
うーん………。
お互いに聖杯戦争のマスターとして参加した魔術師である以上、場合によっては命のやり取りをする関係ではあるんだろうけど、それ以前に慎二は俺の友人だ、と思っている。
しかし、慎二の方はと言うと、何処までも俺を敵対するマスターだと思っているらしい。
慎二は癇癪持ちだから、なるべく刺激しないように話を出来るような状況にもっていかなくてはいけない。
ここは一か八か、
「今日はセイバーを連れてきてはいないよ。それに、
「!………それは………」
一か八かだったけど、美彌先生が魔術師で、ここはその工房だと言う事を、慎二も知っていたようだ。
これで、こちらには害意は無いと理解してもらえればいいんだが………。
「慎二……」
「お前まだ
こちらが口を開きかけた瞬間、慎二の問いに機先を制される形となり、その眼は最近の慎二とは別人のように鋭く、矢を放つ直前の弓を俺の喉元に突きつけているかのようだった。
慎二とは中学生の頃からの付き合いだけど、慎二のこの眼は片手で数えるほどしか見たことがない。
「………ああ…………俺には、やらなければいけない事がある」
慎二の眼光に負けじと、その目を見据えて応えた。
「…………フン、僕はもう魔術師なんてコリゴリだ」
ここ数日の慎二に何があったのか、俺にはそれを推し量ることが出来なかったけど、あれ程間桐の魔術師として、聖杯戦争に参加したマスターとして、聖杯を手に入れる事に固執していた慎二の口から「魔術師なんてコリゴリ」なんてセリフが出てきた事が意外だった。
「ま、お前も精々気をつけな。あんな連中と関わってると、いつか自分を見失うぞ」
「…………ああ……そうだな…………」
それは慎二なりの気遣いなのだろう、その気遣いに俺は曖昧な言葉で返すしかなかった。
魔術師である
普段と変わらない日常を過ごし、どうすれば正義の味方になれるのかと迷いながら、これからも普段と変わらない日常を過ごしていく筈だったろう。
だけど俺は知ってしまった。
魔術と言うものを。
日常の裏に
その中で、自分がやらなければならない事があると言う事を。
「………フン、お前にとっては何でも当たり前だもんな」
「慎二?」
「お爺様の事を聞きたいんだろ?だとしたら、僕を突っついても何も出ないぞ。魔術回路を持たない僕は、どう足掻いたって間桐の後継者には成れないんだからな」
ベッドのヘッドボードにもたれかかり、外を眺めながら呟くその姿は、かつて聖杯を手中に収めんと躍起になっていた自分自身との決別にも見えた。
「…………衛宮……………………桜を頼む………」
振り返り頭を下げて懇願する慎二の姿に、俺は目を瞠った。
人一倍プライドの高い
自分の為にではなく、今まで横暴な態度で接してきた桜の為にだ。
「………ああ、分った………」
慎二が何故そこまでしたか、その心の奥底にあるものを窺い知る事は出来なかった。
だけど、そんな事はどうだっていい。
慎二から桜の事を託された。俺にはその唯一点だけが重要だった。
だからこそ、俺はその懇願に真摯に向き合った。
いや、向き合うべきなんだ。
友人から妹の事を託された。
そしてその妹は、俺にとっても大事な後輩だ。
心の奥底で僅かに危惧していた事が、現実のものとなろうとしている予感が浮かび上がってくる。
間桐の家は敗退したと言っていた臓硯が「自分は負けていない」などと言い張って、自ら聖杯を手にするべく動き出した。
であれば、何も知らない桜を聖杯戦争に駆り出す事は無いと言う言葉さえ、最早信用できるわけがない。
臓硯の手から桜を護る。
そう心に決め、俺は今自分に出来る事、そして出来ない事について思考を巡らせることにした。
さて次回は……
・遠坂凛のお宅拝見
・朝比奈さんちの朝ごはん
どれかの予定です。
元日福袋でどの星5鯖を引き当てるか、今から楽しみです。
あと、昨日秋葉原で頼光フィギュアを衝動買いしました。