Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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今回は先生視点で、基本的に栞さんとのやり取りが中心ですが、ちょっとだけあの人が登場します。

それではどうぞ。


#029 生々流転の道標

 寝床に潜り込んで目を閉じると、意識は即座に蕩けて世界が暗闇に反転し、精神は深い奈落の奥底に落ちてゆく。

 

 やれやれ……。

 (よわい)四十手前ともなると、肉体的な活力の限界は、精神のそれよりも予想以上に早く訪れる事がしばしばである。

 

 時間の空いた時にそれなりに鍛錬は積んでいるし、数値の上では、体力的に同年代どころか一回り、二回りほど下の若者のそれに劣る点は見当たらないのだが、目に見えない年波が、年々自身の若い頃の活力を失わせているようだ。

 

 沈殿した意識に蝋燭の様な仄かな明かりが灯る。

 それは比喩などではなく、脳裏に投影された映像は、蝋燭の明かりが灯る薄暗い室内を映し出す。

 見覚えのある風景。

 それは紛れもなく実家の一室の風景だ。

 

 正面に座する人物には見覚えがある。

 それもそのはず、その人物の名は朝比奈清澄(あさひな せいちょう)。医療法人旭奈会(きょくないかい)の現理事長にして、この俺、朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)の実父だ。

 しかしその面差しは、先日帰省した際に対面した父のそれよりも若い。

 よく見れば、部屋の壁も床の畳も真新しく見えなくもない。

 

「清澄様、此度の奥方様のご逝去、衷心よりお悔やみ申し上げます」

 

 片膝をつき追悼の口上を述べるその女性の声は聞こえるが、その全身は見えない。

 その声は紛れもなくこの俺のサーヴァントで、クラスは暗殺者(アサシン)、その真名を百地三太夫丹波(ももち さんだゆう たんば)と言い、天正年間における伊賀忍者の頭領で、現在では表向き、俺の妹として朝比奈栞(あさひな しおり)と言う名を名乗っている。

 

 そこで俺はこれが夢であることを知る。

 いや、夢を見ていると言う表現は正しくないだろう。

 これは因果線(パス)を通してみる栞の記憶。

 

 自身が使役するサーヴァントの生前の記憶を見る事があると言う事実とその仕組みは、サーヴァントである栞自身からも聞かされていたし、前回の聖杯戦争で、マスターとして参戦していた旧友衛宮切嗣(えみや きりつぐ)からも同様の証言を得たことで、最初の頃から引き摺っていた戸惑いは霧散していった。

 

 そして、生前の記憶のみならず、栞のように長く現界し続けているサーヴァントの、現界後の記憶まで見る事があると言う話を切嗣にしてやったら、あのスカした切嗣にしては珍しく、目を丸くして驚いていやがったっけ。

 

 それにしても、今日見る記憶はこれか……。

 これは丁度俺が生まれた直後の事だ。

 

 第二次聖杯戦争の頃に召喚され、当時のマスターを喪った際、奇縁あって当代の宗主と契約したそのサーヴァントは、代々の宗主がマスターとなり様々な役目に従事させてきたのだが、先代である朝比奈家第四十七代宗主朝比奈叡逹(あさひな えいたつ)の命令により、生まれて間もない俺がそのマスターとなる事になった。

 

 今でこそ俺の実家は宗家を名乗ってはいるが、先代宗主は父の兄、即ち俺の伯父で、妻子無き先代の死後、その遺言によって父の家系が宗家を相続する事となり、この俺が第四十八代宗主となった。

 

 ちなみに父は魔術的な才覚は皆無に等しかったのだが、研究に専念する先代に代わり、表向きの旭奈会は、先々代の宗主である祖父の下で運営に参画し、魔術以外の才覚を遺憾無く発揮していた。

 

 話を戻そう。

 

 先の通り、これは俺が生まれた直後の記憶。

 そして、俺を生んだ母が落命した直後の事だ。

 

 その死因は過多出血などによる産褥死ではなく、胎内の俺に魔術的に植え付けられた魔術回路と、それから生み出される人間離れした強大な魔力が母を殺した。

 

 それは神話の時代、神産みにおいて伊邪那美命(いざなみのみこと)を焼き殺して産まれたと言う火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)のようでもあり、皮肉な事に、この身に備わった属性は火を含んでいた。

 

 神話と異なるのは、怒り狂った伊邪那岐命(いざなぎのみこと)宜しく、父に殺されなかったと言う点だ。

 

「この子は妻の命を代価にして生まれた我が子。名を瑛賢と言う」

 

 父が産着の上に術式を描いた術布を幾重にも巻いた赤子を抱いている。

 その赤子が生まれたばかりの俺だ。

 

「宗主の()()()()()()()により、この子には常人の数十倍、数百倍に及ぶ魔術回路が備わっている。しかし生成される魔力、即ち小源(オド)が強すぎて、母体を殺し、自身すらも破壊しかねない。そして強すぎる小源は、周囲の大源(マナ)にも障りを生じさせている。故にこの術布を巻いて魔力を霧散させているのだが、それでもこの子の魔力は、刻一刻とその身を蝕んでいる……」

 

「そこで、この地の霊脈から魔力を得て現界し続けている私を、御子息のサーヴァントとして契約させ、その魔力を糧とすることで御子息の負担を軽減する、と言う事でしょうか?」

 

暗殺者(アサシン)は相変わらず聡いな。ただ、加えて言うなら、現界の為の魔力もこの子から供給する。サーヴァント()()()()()()、その為の魔力はこの子に十分にある」

 

 それでも術布を巻いて魔力を霧散させないといけない程、俺の内側から生成される魔力の強さと密度は多かった。

 

「………時間はあまり無いようですね………御子息を、瑛賢様を()がマスターとする命、この百地三太夫丹波、謹んで承ります」

 

 居住まいを正し、平伏して拝命する。

 

暗殺者(アサシン)よ、瑛賢をよろしく頼む。我が妻の忘れ形見を……」

 

 兄の従者であるはずの栞に手をついて懇願する父。

 それは、先日セイバーに衛宮士郎の身の安全を託した俺の姿に似ていた。

 

「小さな手………ああ……なんて可愛らしい……。この身に代えてでも、貴方は私がお守りいたしますね、マスター………」

 

 我が子をあやすように、その腕に乳飲み子の俺を抱く栞は元々子供好きだった。

 しかし、代々の宗主をマスターとしていた彼女は、特にマスターからの命が無い限り子守りをその任とする事は無く、父や伯父を始めとする一族の親類達の幼少の頃は、その姿を遠巻きにしか見る事が出来なかったそうだ。

 

 その後の俺は、栞を守り役として育った。

 春は命芽吹く様に歓喜し、夏はその膝で午睡に微睡み、秋は散りゆく木々の葉で共に戯れ、冬はその懐の温もりで暖を取っていた。

 

 常に傍らにいて、暖かな日差しの様な微笑みを返してくれる彼女を、物心ついたころの俺は本当の母とさえ思っていた。

 

暗殺者(アサシン)は、僕のお母様なの?」

 

 まだ純粋無垢だった頃の率直な問いは、今思い出しても赤面して顔どころか全身から火が出そうになる。

 暗殺者(アサシン)と言う名は、母と言うものの隠喩か何かと思っていた幼い日の俺は、本気で彼女に尋ねたことがあった。

 あの日の微笑みながらも困ったと言う表情を浮かべた彼女の顔は、今でも忘れる事は無い。

 

 そう言えば、いつから彼女を「暗殺者(アサシン)」ではなく「栞」と呼ぶようになったんだっけか?

 何かの折に暗殺者(アサシン)と言う言葉の意味を知って、その言葉とは程遠い彼女の在り様を見て名前を付けたのだが、どういった経緯で栞と言う名前を付けたのかよく覚えてない。

 

 それでも彼女はその名を大切に思ったのか、以後は暗殺者(アサシン)と呼ばれる度に「マスターから、栞と言う名をいただきましたので栞と呼んでいただければ幸いです」と訂正して回っていたな……。

 

 そんな彼女に対し、恋慕の情を抱いていたかと言うと、それは敢えて言うなら否である。

 如何に常に傍らにいたとしても、彼女を異性としてではなく、やはりどこかで会った事の無い亡き母の面影を投影していた事は否定できない。

 

 異性への恋慕の情と慈母への敬愛の情を混同する事は、相手の姿を見ずに自分勝手な幻想を投影しているようで、俺の信条にはそぐわない。

 

 彼女自身も、人間とサーヴァントは一義に及ぶ事はあっても、華燭の典を挙げて伉儷(こうれい)を全うすべき関係ではないと断じていた。

 

「つまるところ、サーヴァントとは生々流転(せいせいるてん)(ことわり)、輪廻の埒外にある死者の幻影。時代の(いしずえ)となり、今を生きる人々の(しるべ)となって寄り添う存在で在って然るべしなんです」

 

 ああ、そうか……。

 

 俺を始めとして、今を生きる人々の手引きをし、その道標となる。

 

 彼女はそう在らんとしたからこそ、山道などで木の枝を折って道標とする事、またそのものを差し、転じて書物の読みかけのところに挟んで(しるし)とするもの、また案内や手引きをする冊子の呼び名………

 

 「枝折(しお)り」と書き「しおり」と読み「栞」とも書く。

 

 だから俺は、彼女に「栞」と名付けたんだっけ……。

 

 

 

「………ター、マスター」

 

 脳裏ではなく、聴覚に俺を呼ばわる声が響く。

 暗く暖かい揺籃から、意識が無理矢理引きずり出されようとしている。

 

 うーん……あと五、いや四分…………。

 

「起きてくださいマスター、朝ですよ」

 

 ……合わせて九分………。

 

「何セコイ事言っているんですか?今日は朝から職員会議があるんでしょう?早く起きて朝ごはんを食べてくださいな」

 

 うつらうつらしながら身を起こす。

 意識はまだ現実と夢裡(むり)の狭間を行ったり来たりしている。

 

 ……眠い………。

 

 昨夜の海浜公園での戦闘から帰宅したのが夜中の二時頃。

 色々手配して床に就いたのが三時過ぎだったので、睡眠時間は三時間程度。

 やはり若い頃と違って、少しでも寝れば疲れが全快すると言う訳ではない。

 

 ……俺も歳食ったな………。

 

 そんな風にぼんやり考えていると、ベッドの端に座っている栞が小首を傾げている。

 

「おはようございますマスター、朝ごはん、出来てますよ」

 

「………おやすみ………」

 

「寝ないでくだ……さい!」

 

 栞の手によって無理矢理ベッドから引き剥がされた俺は、洗面所で顔と共に眠気を洗い流し、着替えてからダイニングテーブルに着く。

 

 朝食は既に二人分用意されていて、今日の朝食は厚めのトーストに、ツナとほうれん草、ミニトマトにチーズの入ったオムレツ、アボカドとビーツのキヌアサラダが並んでいて、コーヒーは俺がテーブルに着くタイミングを見計らってか、今まさにコーヒーメーカーがボコボコと音を立てながら、黒い液体をカラフェに注ぎ落している。

 これらは全て栞が用意したもので、サーヴァントも百三十年やっていると調理ぐらいお手の物だ。

 

 

 基本的にサーヴァントは、睡眠や食事を必要としないとされているのだが、眠ったり食事を摂ったりすると言う事は、僅かばかり魔力を回復させたり、消耗を押さえたりする効果はある。

 しかしそれは、マスターから魔力供給が出来ない場合の窮余の策であり、普段の俺たちであれば魔力供給が途切れると言う事はまずあり得ない。

 

 だが栞は食事だって摂るし、特に役目が無い時はベッドで眠る。

 実家にいた時は、睡眠はともかく、共に食卓を囲むことを求められた場合以外は食事を摂らなかったのだが、冬木に来てからは、食事を摂らない栞の横で一人だけ食べていても気分が落ち着かない事この上ないので、毎食共に摂る事にしていた。

 

 テーブルに着き新聞を広げながらトーストを齧る。

 今日も新聞の一面は、新都でのガス漏れ事故を報じている。

 

「マスター、新聞を読みながらなんて、お行儀が悪いですよ」

 

 まるで本当の母親のように、栞が俺の行儀を窘める。

 

「あら?「暗殺者(アサシン)は僕のお母様ですか?」なんて言っていたのは、何処の()()でしたかね?」

 

 はい、すみません。

 お願いだから、その限定対人宝具(くろれきし)の開帳は止めてください。

 

 いそいそと新聞を畳む俺の様子を、オムレツを切りつつ、クスクスと笑いながら見ている。

 

「で、昨夜はどうだった?」

 

 これ以上、その他の限定対人宝具(くろれきし)を開帳されては堪らないので話題を変える。

 栞にはあの戦闘の後、ある役目を命じていた。

 

 それは昨夜現れたあの黒い影の使役者の捜索。

 

 烏朱穢迹火矢(うすえしゃくかし)三宝竃獄厭離陣(さんぽうそうごくえんりのじん)の二つの術式は、Aランク或いはA+に相当する術で、対象を破壊する術式としては、俺の扱う術式の中でも五指に入る破壊力を誇る。

 

 並の魔術師相手なら、防御結界など薄紙に等しく、容易に相手を消し炭に出来る。

 使い魔であれば、因果線(パス)の様なものを通して使役者に影響(フィードバック)が出ている筈だが、あの間桐臓硯には一切それが無かった。

 

 であれば、臓硯の側にもう一人魔術師がいて、そいつがあの黒い影の使役者である可能性が高い。

 そしてその可能性の高い魔術師は………。

 

「残念ですが、予想通りかと……」

 

 口に含んでいたオムレツを飲み込み、フォークを置いて栞が答えた。

 その表情は僅かに翳りが生じている。

 

 やはりか………。

 そうでなければいい、そうなって欲しくは無かったと言う願いは無残にも潰え、口に含んだマンデリンブレンドが普段よりも一層苦く感じた。

 

 魔術師の家に生まれてしまったが故に、魔術と言うものに運命を翻弄されてしまった一人の少女。

 大人しくはあるが、引っ込み思案で、人見知りが強いあの少女の顔を思い浮かべる。

 

「それでも、どうにかしたい。と思っていらっしゃるのでしょう?」

 

 言いたいことは分かっています。と言わんばかりに、フォークを片手で弄びながら、栞が口元に笑みを浮かべて問うてくる。

 

「で、()()の整備を夜通しやってたってわけか」

 

 リビングテーブルに目をやると、整備をしたばかりであろう大型の拳銃、デザートイーグルが置かれている。

 サーヴァントとしての能力やスキルが、日中は大幅に制限されてしまう彼女が、止むを得ず日のある内に荒事に及ぶ時には必要な物だ。

 即ち、栞は日中に(くだん)の場所に潜入調査を行おうとしていた。

 

「遠坂も来るかもしれんから、その時は手を貸してやれ。代わりに臓硯が書き記した魔術書の品定めをしてもらえばいい。あいつなら適任だろう」

 

 指示を出すことで、栞の行動を承認する。

 西洋魔術と東洋魔術では(ことわり)が全く違う。

 遠坂であれば、臓硯が記した魔術書の内容が把握できるだろうから、栞の仕事は捗る筈だ。

 

「出来れば、臓硯の飼っている蟲の一匹でも捕まえてきてくれ。解析すれば何かわかるかもしれん。それと……」

 

「蟲の養殖場でもあれば、破壊工作を行えばいいんですね?」

 

 栞は本当に聡い。

 収集した情報を分析し、評価し、予測し、常に最善の成果をもたらそうと心を砕いてくれる。

 

「仔細は任せる。術符なり触媒なり、必要と判断する物は好きなだけ持って行ってくれ」

 

「では、()()に強化の術符をお願いできますか?出来るだけ広範囲に拡散して、可能な限りの高温が出るように」

 

 栞が差し出したのは、ミニサイズのウイスキーボトルに何らかの液体を入れて、ボトルの口に拡散の術符を詰め、発火の術符を紙縒(こよ)りのように出した物で、言わば魔術的な要素を含んだ火炎瓶のような物だろう。

 

 いや火炎瓶か!?

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!

 

「ちょっと待て!お前、家一軒丸ごと焼き尽くすつもりか!?」

 

「西洋魔術師の工房は、魔力が散逸しないように石や土の壁や床で囲うものなのですよね?あのお屋敷は、見たところそのような建材は使われていないようですから、間桐翁が工房を築いているとしたら、地下室の様なものでしょうから、短時間で工房を焼き尽くしてしまえば建屋には影響はないと思います」

 

 うーん…………。

 

 まあ………時々過激な手段を用いる事はあるが、それが及ぼす影響は常に許容範囲内だったし、栞なら使いどころを誤ると言う事は無いだろう。

 

「そんな都合の良い術符なんてないから、今から作るしかないが、急ごしらえの上に、今日は癸丑(みずのとうし)だから、あまり効果は期待するなよ。だから…」

 

「その辺を考慮して、使いどころを判断するように。ですよね?」

 

「まあ、そういう事だ。……んじゃ、ちゃっちゃと作っちまうか。あんまり時間をかけすぎると遅刻しちまうからな」

 

 手早く朝食を搔き込み、生漉きの和紙と朱砂(しゅしゃ)を用意する。

 

 術符(霊符や護符、秘符とも称される)を書く際に用いる墨は濃墨(こずみ)を用いるのが最上とされているが、今回は火の効果を強化する術符を書くので、燃える火や沈む太陽、血の色を表す朱色の墨である朱砂を使用する。

 ちなみに朱色は古くから魔除けに使われた色で、神社の鳥居が朱色なのもその為だ。

 

 術符を製作するにあたっては、術符を書くのに()い日時を選び、潔斎(けっさい)をし、祭礼を行い、瞑想の後、全身全霊を籠めて一気に書き上げる。

 そして書いた後に魂入れを行って術符が完成する。

 最後に符の為に勧請(かんじょう)した神々をお送りして、儀式が終了する。

 日時は癸酉(みずのととり)癸卯(みずのとう)壬寅(みずのえとら)が吉日、時刻は丑三つ刻(二時~二時半)が最適とされている。

 

 だが実際の話、木火土金水(もっかどごんすい)の五行、西洋魔術で言うところの四大元素(第五元素のエーテルは、五行よりも太極に相当すると言われている)の属性を強化するような簡単な術符であれば、日取りについては十干(じっかん)、即ち(きのえ)(きのと)(ひのえ)(ひのと)(つちのえ)(つちのと)(かのえ)(かのと)(みずのえ)(みずのと)の内の相応する属性、今回の様な火の属性であれば、陽の(ひのえ)、陰の(ひのと)のどちらかの日で良く、日干支(にちえと)()(うま)(ひつじ)なら尚良しだ。時間については夜半から日の出までの間ならいつだって良い。

 

 陰陽道における術符を書くには、それだけ日時や相応の儀式が必要とされていて、今回の聖杯戦争の様な()()で使うなら、何年もかけて様々な術符を用意する必要があるわけだ。

 

 で、今日の十干は水の属性である陰の(みずのと)、日干支も水の属性の(うし)なので、五行相剋で言うところの水克火(すいこくか)(水は火を消す)どころか、水乗火(すいじょうか)(水が強すぎて火を完全に消す)と言う訳だから、簡単な術符とは言え、今日は火の属性に付加する術符を書くには最悪な日と言う訳だ。

 

 しかし、最悪の日だからと言って栞のリクエストに応えないわけにはいかないので、俺の火の属性を含む魔力を普段以上に注ぎ込んで火侮水(かぶすい)(火を強めて水の克制を拒絶する)、即ち逆相剋の状態にして効果の底上げを図る。

 

 筆に朱砂を付けて、筆の毛一本一本、朱砂の粒子一粒一粒に魔力を最大限に注ぎ込む。

 

 先代の実験により、常人以上の魔力を持つようになった俺は、陰陽道の修行と並行して魔力のコントロールに腐心してきた。

 この身に宿った強すぎる魔力は、この身を蝕み、死に至らしめるが故に、俺が生き抜くには必要な事だった。

 

 それが功を奏してか、今では魔力の微細なコントロールも出来るようになり、重ね合わせたティッシュペーパーの一枚に魔力を通せば、数センチの鉄板よりも硬くする事だって可能になった。

 

 術符を五枚、一気に書き上げる。

 栞のリクエスト通り拡散の術符をさらに強化し、発火した炎の温度を通常の七~八百℃から千五百℃まで上がるはずで、魔術的要素を含んだ火炎瓶が、魔術的要素を含んだナパームに仕上がる寸法だ。

 

 栞から瓶を受け取り、先程書き上げた発火と強化の術符を繋ぐ為だけの術符を貼り付ける。

 発火の術符を発動して数秒後に強化の術符が作用し始めるようにした、いわばタイマーの様なものだ。

 次いで強化の術符を貼り付けて完成だ。

 

 思いの外時間をかけてしまったせいか、時計を見たら時間はかなり危ういものになっていたので、後片付けを栞に押し付け、俺は学校へと急いで車を走らせた。

 

 

 

 学校に着いたのは時間ギリギリだった。

 職員室に駆け込むと、既に教頭を始めとして、騎兵(ライダー)の結界による被害に遭わなかった教師が数名揃っていた。

 

 常の職員会議であれば、当番制の電話番を職員室に残し、視聴覚室の様な場所を会議室代わりにして開催するのだが、電話番を置く余裕が無い程に教員が少ない現状である事と、休校中で会議中に生徒が入って来ることが無いと言う事もあって、今回の職員会議は職員室で行う事となった。

 

 議題に上がったのは、当然今回の学校内でのガス漏れ事故に伴う休校期間、そして行方不明になった女子生徒の現在の安否と報道機関に対する対応の伝達が主題だ。

 

 ガス漏れ事故については、監督役率いる聖堂教会のスタッフによる隠ぺい工作の賜物で、それなりの理由が()()()()()()、教員たちの間から疑義の声は上がらなかった。

 

 ちなみに遠坂と衛宮が破壊した(主犯は遠坂だが)教室の件については、一門に聖堂教会の代行者だった人間がいるので、今回の監督役とも知己を得ていると言うそいつを通してねじ込んだ。

 

 その元代行者の報告によると、外部からの干渉に監督役の神父は当然難色を示したのだが、教室を破壊したのは双方とも聖杯戦争に参じたマスターたちであり、この件の隠蔽も監督役の職務の範疇である事を強調しつつ、朝比奈一門(こちら)に貸し一つ作るつもりで、この件も含めてくれと頼むと、監督役は渋面をしながらも了承したと言う。

 

 そして行方不明になった女子生徒の件だが、誘拐の線も否定できない現在、警察と各報道機関の間で報道協定を結んでいて、今のところ表立ってこの件が報じられる事は無い。

 と言うよりも、冬木市内では毎日にようにガス漏れ事故を始めとした様々な事故や事件が発生していて、その取材だけでも各報道機関はオーバーワーク気味で、取りこぼす事件もこの件だけではないそうだ。

 

 ふと職員室の一角、空席となっているある教師の席に視線を移す。

 それは生徒会顧問にして、二年A組の担任である葛木宗一郎(くずき そういちろう)の席だ。

 

 彼もまた行方不明になっていて、同僚たちは彼の安否を気遣っているのだが、遺憾ながら既に彼は鬼籍に入っている。

 寡黙で自分の事をあまり語らず、人間的に面白味に欠けはするものの、教師としての真摯な姿勢は、俺より一回り近く年下であっても、学ぶべき点が多々あった。

 

 

 

「朝比奈先生は海外留学の御経験がおありとか。ご相談させて戴きたいことがあるのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」

 

 それは俺がこの穂群原学園に赴任して数日が経った頃の話だ。

 受け持ちの学年が違う事もあってあまり接点は無かったのだが、歓迎会の席上での虚実混ぜ合わせた話を聞きつけてきたようだ。

 

 生徒も出入りする職員室で話し込むのも憚られたので、進路指導室に場所を移して彼の相談に乗ることにした。

 

「実は、私のクラスに海外留学を希望している生徒がいまして、私自身は良い事だと思うのですが、適切な指導を出来るかどうか不安がありまして」

 

 俺の経験した海外留学と言うのは、魔術世界における最高学府「時計塔」に進学したことであり、勿論時計塔の名を出すわけにはいかないので、適当な大学の名前を出していた。

 

 留学の経験がない彼が、素直に生徒に対する指導方法についての不安を口に出したとなれば、俺自身もその真摯な姿勢に応えないわけにはいかない。

 

 話を聞くと、どうやらその生徒はロンドンへの留学を希望しているのだとか。

 しかも、個人的な伝手でその大学への推薦も取り付けられそうだと言う。

 彼としては、海外に出て見聞を広める事は、その生徒自身の人格形成に有益だと考えているようで、それは俺も魔術とは関係なく同意見だ。

 

 俺が学んでいた魔術は、むしろ国内に居ればこそ深く学ぶことも出来、時計塔で学ぶことのそれは全くの畑違いだった。

 

 しかし、畑違いの場所で学んだからこそ、今まで学んできたことを別の面から見る目を養う事ができ、国内にいて学ぶよりも、更に深く広く学ぶことが出来た。

 

 その経験があるからこそ、一門の若者が時計塔に進学する事を積極的に支援し、時計塔内部の受け入れ態勢を整えるためにも、魔術協会とは事を構えない様に注意もしてきたし、連盟内部の過激派をけん制もしてきた。

 

 その生徒自身の事を聞いてみると、十年ほど前に父を亡くし、その後病気の母も亡くして、現在は亡父の指定した後見人の元、一人で生活を営んでいて、学業は優秀だが、意図的に他人との交流を避けている節があると言う。

 

 知人が誰一人いない海外に出ると言う事は、新たな人間関係構築のためのコミュニケーション能力が必要不可欠だ。

 

 だが、話の流れから、その生徒が誰であるか、なぜ人との交流を避けているか、俺の()()()()()になって考えると予想はつくのだが、()()()の彼はその理由を知る由も無く、()()()()()()()()でその点を不安視しているのだろう。

 

 俺の予想通りの生徒であれば、()()()()()()()()()()だろうから、他人との交流を避ける必要もないので、コミュニケーションについては問題ないだろう。

 むしろ指導に当たる講師の質の方が心配だ。

 だが、それを彼に話す事は出来ないので、心苦しいが適当にあしらわねばならない。

 

「そうですね……学業云々については問題ないでしょうし、一人暮らしをしている点から言っても、()()()()に支障は無いようですね。ロンドンに行くなら、自炊が出来るか否かが重要です」

 

 これは実体験だ。

 イギリスの料理と言うものは、とにかく不味い。

 まともなのはスコッチエッグとフィッシュ&チップスぐらいなもので、そんなものを毎食食べていたなら不健康な事この上ない。

 

 俺も時計塔に通っている間は、アパルトメントで自炊するか、近くのチャイニーズレストランで食事をしていたものだ。

 ちなみにこの時も栞が同行していたので、食事は交替で作っていた。

 

「とにかく、ロンドンに行くなら食材を調達できる店を確保する事です。多少値が張っても、アジアンフードを扱う店なら、日本の食材だってありますし」

 

 その後は当時の学生生活や食事情、或いはこぼれ話なんかを交えて、彼の抱える不安を取り除いていこうと試みた。

 結果、彼の表情は元々変化が少ないので、成功したか否かは判断できなかったが、また相談に乗って欲しいとの申し出があったし、担任の彼さえよければ、その生徒の相談に直接乗っても良いと約束した。

 

 だが、その約束はたいして果たされることなく、彼は聖杯戦争のマスターとしてこの世を去ってしまったのは実に残念な事だ。

 

 彼は魔術師ではなかった。

 それは聖杯戦争が始まりの兆しを見せ、魔術師(キャスター)のサーヴァントが柳洞寺を根城にして、魔力集めをしだした頃にそのマスターを特定すべく調査をしていたのだが、彼が魔術師ではないと言う事で容疑者リストから安易に外してしまった。

 

 何某かの因果か、彼は魔術師(キャスター)のサーヴァントと出遭ってしまい、能動的か受動的かは不明だが、彼はキャスターの依り代となった。

 

 結果として、彼が行方不明になるまで彼をマスターだと判断できなかった事に、忸怩たる思いを抱いたことは否めない。

 聖杯戦争に関わらずにいれば、彼は間違いなく良き教師となり得たであろう。

 そして、彼の薫陶を得た生徒たちが卒業し、様々な分野で活躍する一角(ひとかど)の人物に成長し得ただろう。

 

 過ぎた事に「もしも」の話をするのは詮無い限りだが、それでも彼の人となりを偲び、潰えたいくつかの可能性を惜しみ、運命の不条理を恨まずにはいられなかった。

 

 

 

 職員会議の議題は、休校中の校区内の見回りの件に及び、当番を決めて繁華街を巡回する事となった。

 休校であることを良い事に、繁華街で夜な夜な遊び歩く生徒たちがいないわけではないが、当然夜は魔術師として動く事に重きを置いているので、見回りに費やす時間など無い。

 

 とりあえず、組むことになった同僚に暗示をかけて、俺も巡回に参加していたと言う事にしてしまおう。

 

『マスター』

 

 職員会議は討議半分、雑談半分になったところで、間桐邸で潜入調査を行っていた栞から念話が入った。

 しかしその声は、暗く沈みこんでいるように聞こえる。

 それに、念話を使ってまで報告すると言う事は、何某かの緊急を要する報告があると言う事だ。

 

『どうした?首尾はどうだった?』

 

『……市川さんの……死亡が確認されました……』

 

 先程議題に上がった行方不明の女子生徒の名前が、最悪の結果と共にもたらされた。

 ショートヘアの良く似合う、活発な少女の面影を思い浮かべる。

 栞が勤める購買部の常連で、栞ともよく言葉を交わしていた。

 その亡骸を目の当たりにしたであろう彼女の心痛は、計り知れないものであろう事は想像に難くない。

 

()()の手によって、蟲の苗床にされていました』

 

 生徒の凄惨な死に、驚愕と怒りの感情が沸き起こると同時に、もう一つの思いが浮かび上がる。

 

 栞のヤツ、相当頭に来てるな……。

 それも、目の前に居たらそいつを細切れにして殺しかねないくらいに。

 

 栞の二人称は、名前に敬称をつけるか、愛称で呼ぶかのどちらかなのだが、例外として憎悪の対象となる人物は呼び捨てにする。

 そして彼女の逆鱗に触れた人物は、漏れなく恐怖と後悔に満たされ、陰惨と凄惨を極めた死を迎えている。

 

 いや、あまりにも惨たらしい光景だったので、怒り狂う栞を押さえて、俺が介錯をしてやった場合がほとんどだったな……。

 普段は穏やかで優しい人物程、怒らせてはいけないと言う教訓だ。

 

『地下の工房を破壊し、大半の蟲を焼き尽くしました。蟲は一匹捕獲に成功しています。今は遠坂さんに手伝ってもらい、魔術書をいくらか写真に収めている最中です』

 

『そうか、お疲れさん。頃合いを見計らって引きあげてくれ。蟲と写真は、先に龍徳(りゅうとく)に解析してもらってくれ』

 

『了解しました……』

 

 感情の爆発を抑えているのが分かるぐらい、栞の言葉は何とも事務的だった。

 穂群原学園(うち)の生徒に手を出してくれたあの(ジジイ)には、後できっちり落とし前を付けてもらう事として、まずは栞のケアだな……。

 

 自発的に彼女が申し出てきた役目ではあるが、それは俺の思いを汲み取っての行動だ。

 結果論でしかないのだが、かなり後味の悪い思いをさせてしまったな………。

 

 サーヴァントは魔術師の扱う道具の一つです。

 これはサーヴァントである栞の言だが、その言葉に従うなら、()()()()()()は使い手の責務だ。

 

「後でミル・グレースのケーキでも買って帰るか……」

 

 今日はミル・グレースの定休日ではない事と、彼女の好きな苺のタルトとガトー・オ・フレーズが売り切れていないようにと願った。




さて次回は…

・セイバーさんムキになる。

・士郎がアレしてエライ事になる。

以上のどれかの予定です。

FGOはプリヤイベが復刻されましたね。
再臨素材と交換が出来ていいんですが………

心臓が圧倒的に足りなさすぎる……( ノД`)シクシク…
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