Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
四時限目が終わって、教室は賑やかなお昼休みを迎える。
うちの学校は学食もあるので、教室に残る生徒は半分ほどで、残った生徒の大部分は女子である。
うちの学食は大雑把な味付けなので女子に受けがよろしくなく、結果として、女の子同士で仲良くお弁当、ということになる。
「あ、あの…遠坂さん…!よかったら一緒にお昼ご飯食べませんか…!」
昼休み、お弁当を作り損ねたので、今日は学食に行こうと教室を出ようとした私、
「ありがとう三枝さん。けど、ごめんなさい。私今日は学食なんです。今朝は寝過ごしてしまいまして」
振り返り、彼女には悪いと思いつつも丁寧に断る。
「あぁ…そうなんですか…。ごめんなさい。そうとも知らず呼び止めてしまって」
しゅん、と申し訳なさそうにうなだれる三枝さん。
大人しい生徒の多いA組の中でも群を抜いて大人しい生徒で、なぜか私に構ってくれる優しい人だ。
「今日はたまたまだから気にしないで。これに懲りずまた声をかけてください」
にっこり、と本心からの笑顔で返す。
「あ、はい!でも、遠坂さんでも寝過ごすことはあるんですね」
私の笑顔にホッとしたのか、三枝さんもまるで仔犬のような笑顔で切り返してくる。その笑顔は可愛い。
しっぽでも生えていようものなら、引きちぎれんばかりに振っているであろう姿を想像して微笑ましい気持ちになる。
彼女はすごい美人ではないけど、笑うと周りにいる人間をあったかくしてくれる。
「本当は寝坊助なんですよ、私。部活だって、朝起きられないから入ってないんです」
まあ、なんてこれまた上品に驚いてくれる三枝さん。
その反応はすごく安らぐのだが、楽しいからって話を続けるわけにはいかない。
こういう人と話していると、いつの間にか地が出てしまうのが私なのだ。
「それじゃあ食堂に行ってきます。三枝さんもごゆっくり」
「はい。遠坂さんも」
互いに挨拶を交わして、三枝さんは女子の一団へ戻っていった。
三枝さんとお昼を一緒にするのは
そっか、三枝さんは陸上部のマネージャーだっけ。
蒔寺と氷室さんは陸上部のホープだ。
蒔寺のヤツとは休日にお店を冷やかしに行く悪友で、氷室さんとは蒔寺を間に挟んでという程度の付き合いである。
「あ、フラれたね由紀っち。だから言ったでしょ、遠坂は弁当持て来ないって」
「…蒔。それは。私たちも食堂に移動すればいいだけの話では?」
「だめだめ。食堂は狭いんだから、弁当組が座れるスペースなんてねーっての。それに遠坂と同席してみなさい、男どもの視線がうざいのなんの。前の休みだってさー、二人で遊びに行ったのにあいつだけ得しちゃってさー」
三枝さんの机を取り囲みつつ、何やら言いたい放題の蒔寺。
「…蒔の字。君の陰口は、遠坂嬢に聞こえているようだが」
一方、氷室さんは喧しい蒔寺とは対照的にクールでソリッドな感じである。
「げげ、めっちゃ睨んでるじゃんあいつ…!」
「え…べ、別に遠坂さん、蒔ちゃんを睨んでなんかないと思う、けど…」
「睨んでんだよアレ。あいつは笑ってる時が一番怖いんだから。いいじゃんかグチぐらい。大目に見ろよー!、たい焼き奢ってやっただろー?」
ほっぺたを膨らませて割りばしをぶん回す蒔寺。
アレで冬木では老舗の呉服屋の一人娘で、趣味が風鈴集めっていうのは、どうも世の中複雑すぎる。
ともあれ、いつまでも三人の様子を眺めていては三枝さんに悪い。
際限なくグチをこぼす蒔寺を前にして、三枝さんはどうしたものかと取り乱しているからだ。
「気にしないでいいのよ三枝さん。それと蒔寺さん?奢らされたのは私で、品物はたい焼きではなくクレープでした。無意識に事実を改竄する悪癖。次あたりに直さないと考えますよ?」
と、私は
「げ。マジ怖えあの笑顔」
ササっとお弁当のふたで顔を隠す蒔寺。
どこから見てもチグハグな三人に挨拶をして、教室を後にする。
…と。
「ぶー。なんだよー、大差ないじゃんかたい焼きもクレープもー。どっちも甘い皮で包んでるんだからさー」
扉を開けっぱなした教室から、蒔寺による女の子にあるまじき暴言が聞こえてきた。
「…た、たい焼きとクレープが同じですって…?」
愕然とする。あいつはほんとに女なのか?甘いものなら何でも一緒なのか?500円もするフルールのトリプルベリーが、江戸前屋の1個80円のたい焼きと同位などと、ある意味うらやましい味覚の持ち主言えなくもないというか…。
おのれ蒔寺楓、それなら初めからたい焼きで済ませておけば420円も得したじゃないっ…!
「…って、なに本気で悔しがってるんだ私…」
昨日の疲れがまだ取れていないらしい。
昨夜は遅くまで亡き父の遺品の謎を解いていた。
厄介な謎解きに苦労して鍵を開けてみれば、出てきたのは壊れた触媒らしき物とペンダント。
ペンダントは手持ちの宝石全てをかき集めても届かないほどの魔力が込められており、切り札としては申し分ない。
しかし、最強のサーヴァントを召喚するには役に立たない。
ましてや、この触媒らしきものは、これはこれで逸品なのだろうけど、壊れてしまっている以上、これまた何の役にも立たない。
おまけに家中の時計はおかしくなるわで、踏んだり蹴ったりこの上なしなのである。
「似非神父の情報によれば、残るマスターはあと二人……」
と、心中で状況を確認する。
兎に角、腹が減っては戦はできぬ。
少し足早に、私は学食へ足を進めた。
昼休みの学食は生徒たちでごった返していた。
食券を買って豪勢な食事をとる者。購買で総菜パンとドリンクを買って質素に過ごす者。様々だ。
朝食は食べない主義なので、昼はしっかり食べたいところだけど、生憎我が家の台所事情はそのような贅沢を許すはずもなく、購買でレモンティーとトマトサンドを買うことにした。
「はい、遠坂さん。ホットレモンとトマトサンドで280円ね」
優しく包み込むような笑顔で、購買のお姉さん
「でも、ダメですよ?いくらダイエットの為とはいえ、年頃の女の子がこんな小食じゃ、体壊しちゃいますよ?」
年頃の女子なら誰もが囚われる「ダイエット」と言う呪いに、私も囚われたと勘違いしているようだ。
「違うんですよ栞さん。実は今ちょっとお財布がピンチで…」
苦笑いしながらも訂正するが、全く間違ったことは言っていない。ただ、「今」というのが「一時的」なものか「慢性的」なものかの違いがあるが、そこまでは語るものですか…!
蒔寺のヤツに奢らされたのがクレープじゃなくてたい焼きだったらと思うと、飲み込んだはずの何かがまたこみあげてくる。
栞さんから商品の入った袋を受け取り、お金を払ってレジを離れる。私が離れるのを待っていたかのように、後に並んでいた生徒達が我先にと注文の声を上げる。
「栞さーん!俺カフェオレとカツサンド!」
「栞さん!私焼きそばパン!」
「はいはい野村君。カツサンドもカフェオレもまだあるからちゃんと並びましょうね」
「市川さんごめんねぇ。焼きそばパンさっき売り切れたのぉ」
栞さんは生徒一人一人の名前を憶えており、変わらずの笑顔で応じ、レジ前の秩序の崩壊を食い止めている。
よくよく考えれば不思議な女性だ。
緩く結った栗色の髪を肩にかけ、今時のアーチがかった眉に、ややたれ目気味の大きく丸い目。そうかと思えばすっと通った鼻筋に、少し厚めの色気の漂う唇と口元のほくろ。それらをまとめ上げる輪郭は丸みと角張が絶妙なバランスで混ざり合い、化粧はしているかしていないかというほどに薄く、地味な黒縁メガネをかけてはいるが、間違いなく「すごい美人」の部類に入る。
しかも、ゆったり目のオフショルダーのニットワンピースに身を包んでわかりにくいのだが、スタイルは抜群に良い。
今年の学園祭でも執り行われる予定の「ミス穂群原コンテスト」で、教職員枠で参戦しようものなら、間違いなく優勝候補の一角を成すであろうと実しやかに囁かれている。二年連続ミス穂群原に選ばれた私としては、三冠制覇の上で最大の障害であろう。
聞けばこの学園の購買のお姉さんをする前は、ヨーロッパのどこぞの小国の中枢で働いたという。
そんな才媛がなぜ購買のお姉さんをしているのかと言えば、去年帰国した折に、同じくこの学園に教師として赴任してきた実兄のつてで働き始め、今も新都の実兄のマンションに厄介になっているとか。
容姿端麗、才色兼備ともなれば、男子生徒から絶大な支持を得る反面、一部の女子生徒からは羨望と嫉妬から嫌われるのが常ではあるが、そのような話を聞いた例がない。
見た目通り「柔和」という言葉の意味そのままの人となりはもちろん、それとは裏腹に、大型バイクを颯爽と乗りこなし、新都の繁華街で女子生徒がやんちゃなお兄さん達に絡まれた際も助けに入り、あの笑顔のままに5~6人をあっという間に叩きのめしたらしい。
友人曰く、軍隊格闘の心得があるらしく、「すまいるジェノサイダー」とか「グラップラーSHIORI」という異名を実兄が吹聴しているらしい。
その場に居合わせた際には、変わらぬ笑顔で実兄にチョークスリーパーをかけて絞め落としたとかいないとか。
きっとそのギャップが受けているのだろう、あらゆる理想を具現化したような女性である。
「ある意味、幻想種よねぇ…」
そう心中で呟いた。
購買でお昼ご飯を調達して、人気のない屋上に移動する。
夏場ならともかく、冬場の屋上は生徒の寄り付かない便利な場所だ。
お昼休みを取るには寒すぎるけど、周りに気を遣わなくていいというのは何事にも代えがたい。
簡素な食事だけど、気楽に食べられる屋上だと何割か増しで美味しく感じられた。
サンドを完食して、生暖かいホットレモンで唇を潤す。
…ちょっと疲れた。
優等生のくせに極力人付き合いを避ける、というのはバランス感覚が難しい。
文武両道、学園一の優等生を守っているのは私の見栄というか信念である。
どうせ学生でいるなら一番でいたいし、遠坂の名を貶めるなんてもってのほかだ。
そして何より、大切なあの子の為にも……。
そんなわけで遠坂凛は完璧な、誰から見ても隙のない女生徒をやってるわけである。
が、同時に私は魔術師なんて物騒な生業をしていて、あんまり普通の人とかかわるのはよろしくない。
一般人に正体を知られた魔術師は、目撃者を「消す」ことでしか自分を守れない。
……そんなのは御免だ。
だから必然、私の人付き合いは簡素で表向きなものになる。
遊び友達の蒔寺だって休日にしか会わないし、三枝さんのように人懐っこい子の誘いも断る。
私は学園で一番の優等生でありながら、誰かの一番にならないように波風を立てずに生活している。
それが、まぁ、こんな風に疲労している時、なんとなーくつまんないなぁ、と思ってしまうわけなのだ。
午後の授業の開始を告げる予鈴が鳴る。
「っと、もう時間か」
ホットレモンを飲み切って立ち上がる。
感傷に浸るのはこれぐらいにして、階段を下りたらまたいつもの遠坂凛に戻るとしよう。
昼休みの時間は終わりを迎えつつある。
そして、表向き平穏な日々も、終わりを迎えつつある。