Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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今回も先生視点でのお話です。

あの人たちも登場します。

それではどうぞ。


#030 友に捧ぐ一献の誓い

 職員会議が終わったのは昼少し前。

 残務がある同僚は学校に残って業務を片付けているが、俺を含め、たいして仕事が残っていない教員は帰宅する。

 

 と言う訳にはいかず、遊び歩いている生徒がいないか、市内を巡回すると言う役目があるのだが、早めに学校と言う閉鎖空間から解放されたのであれば、時間は有効に活用すべきであり、ましてや生徒が遊び歩いているかもしれないと、根拠もなく疑いの目を向けるなど、教師としてはあるまじき行為であると確信する。

 

 俺は生徒たちを信用している。

 だから俺は、確固たる信念を以て、遊び歩いている生徒がいないかと言う名目での巡回などしない。

 

 しかし、勤務する穂群原学園において、俺は一介の世界史教師であり、一般企業の上司に相当する校長や教頭の業務指示を、我を張って忌避すると言う行為は、一教師、一社会人として、生徒たちの模範にならないのもまた事実。

 

 この二律背反をどうするか?

 答えは一つ。

 

 やるべき事はやったと言う事にしておけばいいのだ。

 

 これは決してサボりではない。双方の折り合いをつけた折衷案なのだ。

 栞が居れば「それは屁理屈と言うものですよ」とツッコミを入れてくるだろうが、彼女は間桐邸において潜入調査を行っている最中だ。

 

 

 

 深山町のパティスリー「ミル・グレース」でお目当てのケーキを購入した俺は、新都にある自宅マンションに戻った。

 後味が悪い仕事をしてきた栞の労をねぎらう為に買ってきたケーキを、冷蔵庫に入れに帰ると言う為だけにだ。

 

「あれ?瑛ちゃん先生じゃん?」

 

 エントランスで私服姿の見知った女子生徒二人のうちの一人が声をかけてきた。

 

「お?()()()()()()じゃねえか?」

 

詠鳥庵(えいちょうあん)だーーーーーーっ!!!!」

 

 冬木の老舗呉服屋「詠鳥庵」の屋号を誤読され、怒りの怪鳥蹴りを放ってくるのは、詠鳥庵の一人娘で、穂群原学園陸上部に所属する蒔寺楓(まきでら かえで)だ。

 その蹴りを片手で叩き落とし、そのまま足首固めで動きを封じる。

 

「あだだだだだだだっ!!ギブ!ギブ!」

 

 地面をタップして降参の意を示す蒔寺の私服はパンツスタイルなので、下着が見えると言う事は無い。

 心置きなく足首をキメることが出来ると言うものだが、蒔寺の意を酌んで解放してやるとしよう。

 

「うぅ……あたしが一体何をしたって……はっ!ひょっとして、ピチピチの女子高生と触れあいたかったわけね!もぅ!瑛ちゃん先生ったら素直じゃないんだから!」

 

「あん?」

 

「ぎょええぇぇぇぇっっっっっ!!!キリングミーソフトリー!!!!」

 

 俺の握力は八十㎏ぐらいあるので、女子高生ぐらいなら片手でアイアンクローを極めつつ持ち上げることも造作ない。

 

「で、お前らは何で……ああ、氷室の家に遊びに来たのか」

 

 放っておくとリードを外された犬のように暴走する蒔寺を大人しくさせつつ、蒔寺と連れ立ってやって来たもう一人の女子生徒、同じ陸上部の三枝由紀香(さえぐさ ゆきか)に問う。

 暴走して何かと問題行動を起こす蒔寺とは対照的に、三枝は非常に大人しい生徒で、部長の佐伯と並んで、陸上部きっての良識派の双璧と言ったところだろう。

 

「あ、いえ、今日は入院しているお友達のお見舞いに行こうと、鐘ちゃん、じゃなくて氷室さんを迎えに来たんです」

 

 先日の()()()()()()により、部活動で残っていた多くの生徒や教師が巻き込まれ、陸上部員も半数以上が入院している。

 彼女たちも部活動に参加していたのだが、幸いな事に入院に至る程の被害は受けず、病院での診察のみで帰宅できたと言う。

 

 元気と言う概念がそのまま受肉したかのような蒔寺はともかく、運動が苦手で、体力的には学年の下から数えた方が早い三枝が無事だったのは、彼女の()()()()()()()のおかげだったのかもしれない。

 

 何しろこの三枝は、恐らくAランク相当の霊視が可能だ。

 もちろん彼女は魔術師ではないのだが、霊体の類をはっきりと視ることが出来、栞がまだ購買部で働き始める前、霊体化して俺の護衛をしていた時に……

 

「朝比奈先生、あちらの忍者みたいな女性は、お知り合いの方ですか?」

 

 などと周りの誰にも視えない栞の姿を認識し、周囲に恐慌を巻き起こし、俺たちの度肝を抜いた。

 おかげで一時期「過去に捨てた、くノ一コスプレの女性の霊が憑りついている」などと噂されたものだ。

 まあ、その噂を振りまいたのは、今目の前で引き抜かれたマンドラゴラの様な悲鳴を上げている蒔寺なのだが。

 

「何を騒いでいるのだ蒔の字……。おや?今ご帰宅ですか?朝比奈先生」

 

 嘆息しながら俺たちの前に現れたのは、このマンションのオーナーであり、現冬木市長の一人娘である氷室鐘(ひむろ かね)だ。

 蒔寺と三枝、そして氷室の三人はよく(つる)んでいて、しばしば「陸上部の三人娘」と称されるらしい。

 

「………陸上部(ウチ)の珍獣が()()無礼を働いたようで、煮るなり焼くなり売り飛ばすなり、好きにしてやってください」

 

「うぉいっ!何言ってんだ!助けろメ(ガネ)!」

 

「ってもなぁ、煮ても焼いても食えない奴だし、売るにしたって余程の好事家(こうずか)向きだぞこれは……」

 

「そんな大人、修正してやるっっっ!!!」

 

「もう!鐘ちゃんも蒔ちゃんも先生もいい加減にしてください!こんな所で騒いでたら、()()()()()()が迷惑してるじゃないですか!」

 

 ………ちょっと待ってくれ三枝さん。

 このエントランスには()()()()()()()いないんだが………?

 

「え……?()()()()()()()は住人の方々じゃないんですか………?」

 

……

 

…………

 

………………

 

 俺たちは三枝をその場に残し全力で走った。

 暴虐の王に囚われた友を助けるが如くひたすらに。

 

 そもそも陰陽師は、地縛霊みたいなのは専門外ですから!

 

 

 

 どうにか冷蔵庫にケーキを入れてきた俺は、道中の定食チェーン店で昼食を済ませ、目的地へと車を走らせた。

 

 向かう先は深山町の住宅街。

 ほぼ通勤路を再度トレースするかのようなルートではあるが、途中の交差点を直進せずに右折する。

 

 深山町は冬木市の中でも古い町並みが今尚息づいていて、特に北側は歴史の古い日本家屋が多く立ち並ぶ。

 海も近い事から、その起源は漁村かと思われたが、冬木市の歴史を記した古文書を紐解くと、元々は農村だったらしい。

 

 成程、ここ冬木の古刹「柳洞寺」が農村の南西、即ち未申(ひつじさる)の方角、八卦で言うところの(こん)の位置に建立されたのも頷ける話だ。

 

 八卦において坤は地の正象を持ち、五行で言うところの土に相当する。

 しかも柳洞寺縁起によると、その昔、未遠川に荒ぶる龍神が住んでいたのだが、旅の僧が三日三晩かけて調伏し、その後は水神として祀られ、その旅の僧が柳洞寺を開山したのだと言う。

 一般的に水神は、稲作を始めとした五穀豊穣祈願、交通安全、海難安全の象徴として崇められるものだ。

 

 重要地から見ての方角と、神社仏閣の相関関係と言うものは古来より用いられていて、メジャーな例を引き合いに出すなら、京都の鬼門(北東)封じに比叡山延暦寺、江戸幕府を開府した際に、同じく鬼門封じに上野寛永寺をそれぞれ建立している。

 その故事に倣い、農村の南西に柳洞寺が建立されたのだろう。

 

 しかし、そこまで読み解いたとしても、ここ冬木の()()なまでに優秀な霊脈が為った理由が見つからない。

 

 ここ冬木は優秀な霊脈を持つ国内でも屈指の霊地だ。

 根源に至る程ではないが、あと一押しと言う程の()()を抱えていると評されてはいるが、他の同等の霊地と違い四神相応(しじんそうおう)の地と言う訳ではない。

 

 四神相応とは、地相から見て天の四神に応じた最良の土地柄の事であり、東は青龍に相応しい河川、西には白虎の大道、南は朱雀の窪んだ湿地、北には玄武の丘陵を有する事である。

 

 冬木市の中央を流れる未遠川を、東の青龍と位置付けるには聊か中途半端で、それだけでこれほどの霊脈が自然発生したとは考え難い。

 先の龍神がそれなりの神格を持っていたと言えば、それが理由とも見て取れなくもないが、そもそも普通の人間だったであろう旅の僧が、僅かばかりでも神格を有した竜種或いは幻想種に太刀打ちできる筈もない。

 

 だとすれば、何者かが意図的にこの地の霊脈を歪めたのではないだろうか?

 誰が?何の為に?

 それは「始まりの御三家」と称される魔術師達が、聖杯戦争の為にそれなりの素養を持つ冬木の霊脈を歪めたと言う仮説に至るが、あくまで仮説の域を出ず、仮説の正否込みで結論に達するには情報が不足している。

 

 しかし如何なる経緯があろうとも、冬木の霊脈が現状で優秀であると言う事実は覆らない。

 だからこそ、積年の魔術実験をここ冬木で実行しようと計画しているわけだ。

 

 国内の他の同等の霊地は、大体が大都市圏に在り「神秘の隠匿」と言う点において、魔術に無関係な人間が多い上に、魔術実験を覗き見ようとする他の魔術師が紛れ込むにはうってつけだ。

 そしてそれらの土地は、冬木と同様に魔術協会側の魔術師に押さえられているのだが、どれも一筋縄ではいかない連中ばかりが管理者(セカンドオーナー)として君臨している。

 

 その点冬木は、地方都市としてはそれなりの規模ではあるものの、他の霊地に比べて人は少ないので、こうした大規模な魔術実験を行うには都合がいい。

 そして、他家に比べて歴史も浅く、魔術師とは言え一介の女子高生が管理者(セカンドオーナー)である点も、また都合がいい。

 

 先代の当主が第四次聖杯戦争の最中に没した後、冬木の乗っ取りを企む魔術師が引きも切らなかったと言う。

 兄弟子が後見人だったとはいえ、管理者(セカンドオーナー)を受け継いだのは当時小学生だった彼女だ。侮られるのも無理からぬ話だ。

 そこで、名にし負う朝比奈宗家の後ろ盾と言う見返りが、協力の交渉材料としての価値を有してくると言う訳だ。

 

 そして、不本意な状況に陥った場合、不本意な決断を下さざるを得なくなる。そういう負の側面から見ても、相手が如何に優秀でも、年若い魔術師であることは都合がいいのだが………

 

 魔術師として、一門の宗主としては犯罪的に手緩いと謗られるだろうが、朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)個人として、そして教師として、そうならないように最善を尽くさなければな………。

 

 

 

 一軒の邸宅の前に車を停める。

 首を巡らせると、外塀の長さから広大な敷地を持ち、間違いなく「大邸宅」と言っても過言ではない事が窺い知れる。

 ここはかつて、第四次聖杯戦争において衛宮切嗣が拠点として確保した屋敷、そして彼亡き今日、その養子である衛宮士郎の住まいである。

 

 元々は家格の高い郷村武士か、名字帯刀を許された裕福な農家や庄屋の住まいであったであろうその屋敷は、車を停めるような場所は無く、門前に路上駐車を余儀なくされた。

 

 玄関の呼び鈴を何度か押すと、玄関の奥から誰かがパタパタとスリッパの音を響かせながらやって来る気配があった。

 

「はいはい、どなた?……って、朝比奈先生!?」

 

 迎えに出たのは、意外や意外遠坂だった。

 こういうのは家主である衛宮か、()()()である間桐の役目だと思っていたのだが……。

 ていうか、俺がここを訪れる事は栞から聞かされている筈なんだが、そんなに驚く事もないだろうに……。

 

「よう、衛宮たちはまだ病院から帰ってきてないのか?」

 

「え?ああ、二人とも帰ってきてますけど、桜……じゃなくて、間桐さんは疲れが出たみたいで、今は部屋で休んでます………」

 

 間桐が熱を出して倒れたのが昨日の事だ。今朝、美彌のところに行ったにしても、今日は大人しく休んでいるべきだ。

 

「それで、衛宮君は道場でセイバーと特訓中です」

 

 そう言えば、この家の庭には、土蔵の他にもう一棟小さい建物があったが、アレが道場だったとはな……。

 そっちは後で顔を出すとして、今母屋にいるのは遠坂だけと言うのは僥倖だ。

 

「そうか、なら丁度いい。まずは遠坂に大事な話があるんだ」

 

「え?あ、はい!っと、立ち話もなんですからどうぞ……」

 

 遠坂に案内されて通されたのは、十畳以上はあろう和室で、脇にキッチンがある事から、ここが普段の生活の拠点となっている居間なのだろう。

 

「先生、お茶で良いですか?生憎、紅茶もコーヒーも、安物のインスタントしかないんですけど」

 

 勝手知ったるなんとやらで、淀みなく戸棚から急須と茶葉を出してお茶を淹れている遠坂だが、他所様の家で「安物しかない」と言い放つ辺り、何とも神経が太いと言うか何と言うか……。

 

「それで大事な話って、昨日栞さんが言ってた事ですか?」

 

 俺にお茶を出して、ついでに自分の分も淹れた遠坂がテーブルの向こう側に座って問う。

 話自体は、昨日栞と遠坂の間で大筋で合意を得ているのだが、両家の間で取り交わされる正式な盟約の締結ならば、両家の当主同士で取り交わすのが筋だ。

 しかし………

 

「まあ、それもそうなんだが………………冬木の管理者(セカンドオーナー)たる遠坂家当主に無断で居を構えていた件、この朝比奈瑛賢、深くお詫び申し上げます」

 

「ふぇ?あ、その、いや、あの、そんな、手を上げてください先生!別に工房を作ってたわけじゃないんだから、そこまでしなくても!………土地の管理者(セカンドオーナー)に黙って居着いてる魔術師なんて何処にだっていますから!」

 

 居住まいを正して頭を下げる俺に、慌てたように両手を振る遠坂だが、本来ならば短期の滞在であろうともその土地の管理者(セカンドオーナー)に挨拶をするのが魔術師としての礼儀だ。

 

 それは無論、魔術師の第一義たる「神秘の隠匿」に関わる事で、自らが管理する地に住まう魔術師の動向にも目を光らせるのが管理者(セカンドオーナー)の役目の一つで、管理者(セカンドオーナー)がいる土地にやって来た魔術師が、神秘の隠匿を怠るような行為を行った場合、魔術協会に先んじて処理をしなくてはいけないとされている。

 

 しかし、管理者(セカンドオーナー)に黙って居を構える魔術師は何処にでもいて、それらは何処の組織にも属さないフリーランスの魔術師が大半なのだが、相応の家格を有する魔術師の、しかも当主またはその後継者がそのような礼儀を欠くような行為を行った場合、それは即ち管理者(セカンドオーナー)に対する宣戦布告と受け止められる場合もある。

 

 かくいう俺も、以前とある名家の御曹司が朝比奈の管理地に無断で足を踏み入れて、一般人を巻き込んだ禁呪とされている魔術行使を行い、危うく魔術の存在が外に漏れるところだった。

 そしてその御曹司はと言うと、白狐(しろぎつね)によって心臓を抉り出され、その首だけが家本に送り届けられた。

 

 それからだろうか、白狐の首に賞金がかけられ、フリーランスの賞金稼ぎ(メイガスハンター)や協会の封印指定執行者が現れるようになったのは………。

 

 そういう訳で、遠坂家と盟約を結ぶ以上、まずは不明を詫びて敵意がない事を示さなければいけない。

 

「……そもそも衛宮君のお父さんだって、魔術師だったくせに、管理者(セカンドオーナー)に黙って住んでいたんですから、今更って感じですよ!それに、先生には今まで色々助けて貰ったんですから、おあいこどころか借りの方が多くて、どう返すか困ってるぐらいですよ!うん!……はい!この話はこれでお終い!そんな事よりも、盟約の話の方をしましょ!」

 

 鼻息荒く力説する遠坂の姿が、何とも可笑しく、我知らず口元を綻ばせた。

 

「……そう言ってもらえるなら有難い。それじゃあ、話の前にもう一つ………」

 

 鞄をまさぐって目的の物を取り出し、遠坂の目の前に置く。

 

「へ?これ………クッキー………?」

 

「ん?クッキーは嫌いか?」

 

「いや、そうじゃなくて、なんで今クッキー?」

 

「ミル・グレースの焼き菓子だよ。あそこはケーキだけじゃなくて焼き菓子もうまいんだ」

 

「だから、そういう事じゃなくて!」

 

「遠坂お前、昨日誕生日だったろ?」

 

「!………」

 

 一瞬で耳まで真っ赤になる遠坂だが、盟約を結ぶにあたって基本的な個人情報は元より、趣味嗜好なども調査済みだ。

 フレーバーのあまり強くないフィナンシェやガレットは、遠坂の好きな紅茶との相性も良い筈だ。

 

 ちなみに遠坂の誕生日が昨日だったのをすっかり忘れていたんだが、今朝出がけに栞から「昨日は遠坂さんの誕生日でしたから、何かプレゼントなさってはいかがですか?」と言われていた。

 勿論、これは遠坂には明かしてはいけない事実だ。

 

「まあ、盟約の手付金代わりの宝石でも、と思ったんだが、それじゃあんまりにも無粋に過ぎるってもんだからな、こんなおっさんからのプレゼントじゃアレだろうけど、まあ、こんなもんでも良ければ……」

 

「いえ!ありがとうございます!大事にします!」

 

「いや、賞味期限が切れる前に食えよ」

 

 まるで以前から欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように、キラキラと目を輝かせている遠坂の妙なテンションに若干呆れはしたが、まあ喜んでいる様なのでそれは良しとしよう。

 

「……それで盟約の件だが……」

 

「!………コホン、そうね、見返りに付いては提示された以上の要求は無いわ。それで、盟約の履行に自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)は結ぶんでしょ?」

 

「ああ、それな。要らんわ」

 

「え?要らないって……いや、魔術師同士のこれぐらいの規模の盟約だったら、普通自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)を結ぶものでしょ!?」

 

「それは西洋の魔術師同士の場合な。東洋の魔術師(こちらがわ)には、元々そう言った呪術めいた術式は無いんだよ」

 

 とはいう物の、実際は自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)に似た術式は、東洋魔術に存在する。

 しかしそれは相手を一方的に服従させる言わば「城下の盟」であって、相手と対等の盟約を結ぶ場合において使用する事は無い。

 

 そもそも陰陽道を含めた東洋魔術の基盤は、その魔術の発生した土地に根付いた宗教に端を発している。

 そして宗教とはつまるところ、()()()()()()()()だ。

 

 相手と対等の立場で盟約を結ぶ場合は、精々で何の魔術効力も有していない紙に書き起こして血判を押す程度で、盟約を破らないと言う己自身への戒めは己自身の中で完結させる。それが東洋の魔術師の流儀であり、侵すべからざる盟約の証だ。

 こういった思想の違いもあり、西洋の魔術師と東洋の魔術師は長年相容れずに対立し、時には血で血を洗う抗争に発展する事もあった。

 

「……まあ、そちらがそれでいいなら、こっちとしても無理強いはしないわ。……それじゃあ、改めてよろしくお願いしますね、宗主様」

 

 互いに握手を交わし、これで盟約は成った。

 先代が遺した魔術理論、その理論を実証するための実験は、宗主たるこの俺の目標だけではなく、今や朝比奈一門共通の悲願となっていた。

 そして今、遠坂との盟約を結んだことで、目標に向けて大きく一歩前進した。

 

「おや?貴方はホワイトフォ……いえ、シオリのマスターではないですか。いらしていたのですね」

 

 丁度盟約が成って今日の用事が一つ片付いたところで、衛宮と道場で特訓をしていたセイバーが居間に入って来た。

 

「おう、邪魔してるぜ。そっちは衛宮を(しご)いてるんだって?どうだい?あいつの方は?」

 

 軽く手を挙げてセイバーに挨拶する。

 そのセイバーはと言うと軽く会釈をして、スタスタと台所に向かって薬缶に水を汲んでいる。

 

「シロウの筋は悪くはありません。日頃から鍛錬は怠っていなかったようで、基礎は出来ているようですね。しかし、戦闘経験が決定的に乏しい事は否めませんので、今は実戦形式で経験を積んでいるところです」

 

 そう言えば、衛宮の家に入り浸っている藤村先生は、その昔「冬木の虎」との二つ名を奉られていたな……。

 切嗣に引き取られて以来、共に鍛錬を積んできたのだろうが、それはあくまで“武道”の範疇であり、命のやり取りのそれではない。

 

 だが、今まで一般人と大差ない生活を送って来たであろう衛宮が、実戦経験をそれなりにでも積んでいよう筈もなく、それを今更嘆く必要もない。

 それに、僅かでも戦闘経験があるようなら、過日のバーサーカー戦において、退くべきと判断出来たであろうし、バーサーカーの大剣の前に出ようなどと露ほどにも思うまい。

 

「で、今は小休止ってところか……。なら丁度いい、セイバー、ちょっと衛宮借りるぞ」

 

 今日ここへ来てやるべきもう一つの事を実行すべく、俺は鞄を持って席を立った。

 

 

 

「おーい衛宮、ちょっといいか?」

 

 庭の隅にある道場の扉を開けて顔をのぞかせると、道場の壁を背もたれにして汗みどろになった衛宮が休んでいた。

 

「あれ?先生、来てたんだ」

 

 ついさっきまでセイバーに扱かれていた衛宮の息は荒く、肩で息をしている状態だった。

 靴を脱ぎ、上がり(かまち)で一礼をして道場に足を踏み入れ、道場内を見渡す。

 こんな立派な道場までこさえるなんて、切嗣のヤツ、お道楽が過ぎるってもんだな。

 

「おうおう、随分扱かれてるみたいだな?で、休憩ついでにちと教えて欲しいんだが……」

 

 そう言って衛宮を道場の外に連れ出す。

 そして衛宮に連れられて向かった先は、庭に面した縁側だった。

 そここそが今日の目的の場所。

 それが………

 

「切嗣は、ここで息を引き取ったのか………」

 

 衛宮が無言で頷く。

 美彌の元に放り込んだ頃には切嗣の余命は幾許もなく、五年前この縁側で眠るように息を引き取ったと言う。

 

 俺も随分不人情な奴だ、と軽い自己嫌悪を覚える。

 葬式に参列したわけでもなく、五年の間、線香の一本を上げるどころか、墓参りすらもしないヤツが、よくもまあ「お前の親父の友人でした」などと言えたもんだ……。

 

 鞄から灰皿を取り出して縁側に置き、煙草に一本火を着ける。

 それをたいして吸わずに灰皿に置き、もう一本、今度は俺が吸う為の煙草に火を着ける。

 前回の聖杯戦争の後、煙草は止めていたと言う切嗣だったが、六年前の冬の森で、物欲しそうな眼でこちらを見ていた切嗣に一本恵んでやったなんて事があったっけ……。

 

 次いで、鞄から途中の酒屋で買ってきた一本の瓶ビールを開けて縁側に置く。

 新都にある酒屋兼呑み屋のその店は、世界各国の酒を取り扱っていて、かつてドイツで切嗣と酌み交わした銘柄の黒ビールが置いてあった。

 俺は車の運転があるので、同じ色の炭酸ジュースのプルタブを開け、縁側に置いた瓶ビールを缶で軽く小突く。

 

 前回の聖杯戦争から、十年ほどでまた新たな聖杯戦争が始まる事を、お前が予見していたかどうかは、正直俺にはわからん。

 お前が俺に衛宮士郎(あいつ)の事を託したのも、この事を示唆していたのか否かもわからん。

 

 だが……

 

 聖杯戦争が始まりの兆しを見せた際に、関係の有る無しに関わらず、衛宮を冬木から連れ出せば、聖杯戦争なんかに関わり合いになることは無かった。

 これは、そこまで気を向けることを怠った俺の失態だ。

 

 すまん切嗣………。

 

 炭酸ジュースを一気に呷りながら、亡き友に己の不明を心中で詫びた。

 

 しかし………

 

 衛宮自身が聖杯戦争を戦うと決めた以上、いくら亡父の遺言とは言え、今更冬木から引き離すわけにも、この冬木の中のどこかに匿う訳にも行くまい。

 

 ただ守るだけなら簡単だ。

 

 しかしそれだけで良いのか?

 

 それだけでは、先の失点を帳消しにするだけでしかない。

 

 それに、衛宮ももう二、三年もすれば社会的には大人として扱われ、一から十まで御膳立てをしてやって、お手々を引いて「あんよは上手」なんてしてやるような年齢じゃない。

 彼是(あれこれ)迷いながらも、これから自分が進むべき道を模索して行く中で、人としてこれから更に成長していくだろう。

 

 ならば…………

 

 お前が進むと決めた道を歩く為の(すべ)をやろう。

 

 お前が定めた至宝の在処(ありか)への地図を読み解く知識をやろう。

 

 心配するな、お前が道を踏み外した時は、切嗣の代わりに俺がぶん殴ってでも引き戻す。

 

 朝比奈の後継者の育成を自身で碌にせず、卒寿を過ぎても尚壮健な祖父に任せっきりにしていた俺ではあるが、衛宮(こいつ)を少なくても、この聖杯戦争を戦い抜けるだけの男に育てようではないか。

 

 炭酸ジュースの空き缶を握りつぶし、俺は亡き友に誓った。




FGOではCCCイベが始まったようですが、終局特異点をまだクリアしてないので参加できません……。

と言うか、バレンタインPUで絶賛爆死中なのです……( ;∀;)

さて、次回は……

・セイバーさんムキになる

・栞さんの入浴シーン

・栞さんのお墓参り

・士郎がアレしてエライ事になる

以上の予定です。
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