Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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CCCコラボイベ残り四日と言うところで、ようやく終局特異点をクリアして参戦したのですが、イベント期間延長と言う事もあって、寄り道クエ以外は全て踏破して、無事BBの宝具Lvを5に出来ました。

そんな中断期間を考えると、最近の投稿よりも早く投降できたのではないかと思います。

今回もご多分に漏れず長いですが、お付き合いください。


#031 ()が為の正義

 この世の全ての事象は、永遠不変の本質を持つものではなく全て空であり、また空であることが、この世の全ての事象を成立させる道理である。

 般若心経の一節を体現するかのように、燻らせる紫煙が、死者に手向ける線香のように立ち騰がり虚空に舞い散る。

 

 短くなった煙草を灰皿でもみ消し、縁側に座って、再び胸ポケットから取り出した煙草に火を着けた。

 その様は、奇しくも六年前、倒木に腰掛け、今は亡き衛宮切嗣と並び座り、煙草を燻らせながら語り合った冬の森での一時を思い出させる。

 

 

 

 見知らぬ数十億の人間の安寧の為にと、最愛の女性(ひと)を犠牲の祭壇に捧げ、しかしその望みを叶える筈の願望器を破壊させ、あまつさえ多くの人々が死傷する厄災をもたらした男がいた。

 それが衛宮切嗣だった。

 目の前の少年、切嗣の養子である衛宮士郎もまた、その厄災によって家族を喪った。

 

 第四次聖杯戦争が終結してから四年後、アインツベルンの冬の森を彷徨い、凍死寸前だった切嗣を見つけられたのは、僥倖と言う他なく、そして、凍傷を負う事もなく、ただ衰弱していただけと言うのは、冥加に余ると言う他なかった。

 

 そこで俺は切嗣を問い詰めた。

 切嗣が参加した聖杯戦争において、朝比奈一門(こちら)から様々な情報支援をしたツケを払ってもらっていない。

 そして何より、日本に残してきた養子がいるにも拘らず、自殺行為にも等しい彷徨(ほうこう)を数度も繰り返していたのだ。

 

 一門の長として、友人として、納得のいく説明を聞かせてもらわなければ、腹の虫が治まらないと言うものだ。

 

 煙草を吸う俺を、何やら物欲しげな目をして見ていたので一本分けてやった。

 数年振りの煙草に、頭がくらくらすると文句を言いながら、ぽつりぽつりと呟くように切嗣がその理由(わけ)を語り始めた。

 

 冬の城に一人残した愛娘を助け出す為に、冬の森を何度も訪れていたが、聖杯戦争での激しい戦闘の後遺症からか、魔術回路の八割が焼き付き、最早魔術師としての力を喪失したに等しい切嗣は、アハト翁が施した森の結界を突破する(すべ)を持っておらず、また、森の結界も切嗣を拒み続けた。

 

 当然と言えば当然だ。

 千年もの昔から聖杯の奇跡を追い求めてきたアインツベルンは、二百年前に血の結束を誇りとして、外部との交わりを頑なに拒んできたその信条を曲げ、遠坂とマキリと言う外部の家門と協定を結び、聖杯戦争を始めた。

 それでも尚、戦闘力で後れを取ったアインツベルンは、二度目に信条を曲げ、切り札として外部の血を迎え入れた。

 

 それが「魔術師殺し」の悪名を轟かせていた衛宮切嗣だった。

 

 アハト翁の期待通り、切嗣は聖杯戦争を最後まで勝ち抜いた。

 しかし、切嗣は土壇場で裏切った。

 聖杯を求める四度目の挑戦を無駄にさせられたアインツベルンが、切嗣に与えたものは“制裁”ではなく“放逐”だった。

 

 無様に野垂れ死ぬなり、生き恥を晒して生きるなり、その生にも、そして死にも、全く無関心だった。

 或いは、愛娘と引き裂かれたまま、その生涯を終える事こそが、切嗣に対するてきめんな制裁だと判断したのかもしれない。

 

 それでも切嗣は諦めなかった。

 それでも切嗣は彷徨い続けた。

 

 そして…………

 

「僕はね瑛賢(えいけん)……そう長くは生きられない身体なんだ………」

 

 聖杯戦争による戦闘の後遺症は、予想以上に切嗣の体を蝕んでいたのか、幾度かの無理が祟ったのかと思ったのだが、切嗣が語った理由は、俺の予想を遥かに凌駕していた。

 

「あの聖杯は、汚染されていたんだ……。その汚染された聖杯の泥に触れた僕の身体は、聖杯の呪いに侵されてしまってね………その呪いは、今も僕の体を蝕んでいるんだけど、それももう限界のようだ…………」

 

「呪い……だと………?」

 

 人の悪性によって生み出された異教の悪魔の呪い。

 その呪いに染まった黒い泥が、冬木の一角を焼き尽くし、多くの死傷者を出した物の正体だと切嗣は語る。

 

「だから君に頼みたい。士郎がもし魔術師になったら、もしそうならなくても、魔術絡みで士郎に累が及ぶような事があったら、僕の代わりに彼を守ってやって欲しいんだ………」

 

「………あの()の方はどうなる………?」

 

「……………もしあの娘に会う事があったら言ってくれ、独りにしてゴメンと……それと、今でも君を愛していると……」

 

「……!」

 

 思い切り切嗣(ヤツ)の左頬に拳を叩きこんだ。

 切嗣の口から折れた奥歯が一本飛び出し、切嗣(ヤツ)は五メートル程吹っ飛んだ。

 

「な……何を………」

 

 ゴメンだと?

 愛しているだと?

 聖杯戦争で母を喪い、あんな所に一人残されたあの娘の孤独が、寂しさが、そんな一言で贖えるとでも本気で思っているのか?

 

 なぜ俺に言わせる?

 

 それはお前が生きて言うべきセリフだろう!

 

「………()()だ…………まだ切嗣(おまえ)()()()()()!まだ()()()()()()()!!」

 

「……瑛賢?」

 

「呪いとは即ち人の負の想念!そして俺たち東洋魔術師の魔術基盤は宗教。そう在らんと己を律する人の正の想念!そして呪い、即ち穢れ払いは俺たち陰陽師の得意とするところだ!如何に異教の悪魔の呪いと言えど、必ず解く方法はある筈だ!」

 

 そう宣言するように言い放ち、文字通り切嗣の首根っこを引っ掴んで日本に連れ帰る手配をつけた。

 

「ちょ!瑛賢!痛いって!」

 

「うるせえ!痛いのは生きてる証拠だ!四の五の言わずについて来やがれ!」

 

「分かった!分かったから、せめて引き摺らないで歩かせてくれ!」

 

 

 

 切嗣を日本に連れ帰った俺は、冬木旭奈会(きょくないかい)病院に在籍する医師にして、朝比奈一門の治癒魔術師である藤堂美彌(とうどう みや)の元に、文字通り切嗣を放り込んだ。

 

「切嗣さんにかかった呪いだけど、今すぐ如何こう出来るってレベルじゃないよ……。呪いの解析に何年かかるか………いや、解析出来たとしても、あんな呪いを解呪できるか判ったものじゃない………それに、切嗣さんの余命は、長くても一年有るか無いかなんだよ………ごめん、お(にい)……切嗣さんは…………助けられない…………」

 

 医学的な精密検査と、魔術的な術式検索の結果、切嗣の身体は処置不可能なまでに蝕まれていて、その結果を俺に告げる美彌の面持ちは沈痛そのものだった。

 詫びる美彌ではあるが、それは無理もない事だと、彼女の軽く肩を叩いて慰める。

 

 全てを達観し、捨て鉢になって、あんな無責任な事を言ったのだと決めつけてかかっていたが、切嗣の身を蝕む呪いに込められた悪意の質と量は、凡そ現代人に認知できるレベルではなかった事を思い知った。

 

 それでも俺は寝食を忘れて、実家の書庫で古い文献を読み漁り、呪いの元になった悪魔が出てくる宗教の経典や伝書を読み、果ては前回の聖杯戦争で回収した様々なサンプルを調べたが、呪いを解く突破口は見出せなかった。

 

 それでも、俺は諦めなかった。

 国内にいて調べられるものは粗方調べ尽くし、今度は国外で思い当たる地に赴き、呪いを解くカギを調べようと決めた。

 

 出国の前日、旭奈会病院に診察に訪れていた切嗣に会う事が出来た。

 特別病棟の中央にあるレクリエーションルームの長椅子に並んで座り、俺は予てから用意していた物を切嗣に手渡した。

 

「これは………?」

 

 手のひらに収まる程の小箱に入ったそれは、黄金色をした指輪だった。

 

「市民ホール跡地で回収した聖杯の欠片の一部を、指輪に加工したものだ……」

 

「!……まさか……瑛賢、そんな筈は………」

 

「それは………アイリさん()()()んだろ?」

 

 その掌中に、信じられない物を見たと言わんばかりに目を見開いている切嗣の両の目から、一滴(ひとしずく)の涙が零れ落ちる。

 

 一度だけ冬木に向かう彼女を、ドイツの空港で挨拶がてら見送る為に会った事がある。

 腰まで伸びた長い白銀の髪に、雪のような白い肌、紅玉(ルビー)の如き真っ赤な瞳が印象的だった。

 

 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。愛称はアイリ、錬金術の大家アインツベルンが鋳造したホムンクルスにして聖杯の器。

 そして、切嗣の今は亡き妻にして、切嗣の理想を実現するために、生贄の祭壇に捧げられた、いや、自らを捧げた女性。

 

「一番デカい欠片は、マキリの爺さんに拾われちまってな、こっちは精々で小さい破片をいくつか集められただけだったが、物体とも霊体ともつかないモノだったから、魔力探知で探し出すのは難しくなかったよ」

 

 宝石ケースを胸中に抱き、静かに咽び泣く切嗣に、俺の声は恐らく届いてはいないだろう。

 

 ………莫迦(バカ)野郎………。

 

 手の届く大切な人たちの幸せを切り捨てて、その手の外にある多くの縁も所縁もない人々の幸せを願い、それを成さんとした。

 

 その結末がこれだ……。

 

 無謬の天秤たらんと、常に天秤の針が傾かなかった少数を切り捨て続けてきた結果、誰一人救えず、妻を喪い、娘と引き離され、その身は死病の如き呪いに侵されている。

 いや、あの新都の大火災の中で一人の少年を助けたが、その結果に至るまでに喪われた命の方が遥かに多かったのは、何某かの悪意が働いたかのような皮肉としか言いようがなかった。

 

 切嗣が少年だった頃、南国の小さな島の漁村で父と二人で暮らしていて、ある日、魔術協会の封印指定執行者と聖堂教会の代行者の間で繰り広げられた戦闘に巻き込まれ、漁村の住民は全滅、その際に父も落命した。

 

 その後、フリーランスの賞金稼ぎ(メイガスハンター)に拾われ、あらゆる戦闘技術を仕込まれ、その()()の死後、独りで異端の魔術師を狩る狩人になったと言う略歴を聞いた事があるぐらいで、なぜ切嗣が、目の前の大事な人よりも、それ以外の多くの人を選ぶようになったのか、その経緯は終ぞ語る事は無かった。

 

 切嗣とは出会って以来、何故か妙にウマが合い、良く(つる)んでいたのだが、こういう歪な考え方だけは噛み合う事が無かった。

 

 何よりも大事と思った人たちを救いたいと思っても救えずに、喪い、生きてきた俺とは………。

 

「アイリに逢わせてくれて、ありがとう瑛賢。それと、こんな僕でも、友人と言ってくれる君と出遭えたことは、とても幸せだったよ」

 

「よせやい、それじゃあまるで今生の別れみたいじゃねえか。それに、ムサいおっさんにそんな事言われたって、一つも嬉しくねえっつぅの。んじゃ、俺はしばらく日本を離れるけど、次に会うのがお前の葬式だなんて勘弁してくれよ」

 

「ああ、瑛賢も気を付けて。次に会うのが君の葬式だなんて勘弁してくれよ」

 

「言ってろ!」

 

 お互いに笑って軽口を叩きあい、同じぐらい軽く手を挙げて別れの挨拶をして、俺はレクリエーションルームを後にした。

 

 

 

 それが本当に、今生の別れであった事を知る由もなく……。

 

 

 

 出国当日の朝、俺の元に切嗣の訃報がもたらされた。

 昨夜のうちに、自宅で眠るように息を引き取ったのだと言う。

 最後の別れは、お互いに笑いあっての別れだったことが唯一の救いだった。

 

 

 

 どうあれ俺は、また一人、大切と思った人を喪った………。

 

 

 

 我知らず物思いに耽っていると、手に持ったままの煙草は、灰が足元に落ち、フィルターぐらいしか残されていない程に短くなっていた。

 煙草をもみ消し、また煙草を取り出して火を着ける。

 切嗣への線香替わりに手向けた煙草は、既に灰皿の中で燃え尽きていた。

 

「なあ先生、アンタ、切嗣(オヤジ)の友人だったんだよな?」

 

 縁側に座って黙りこくっていた俺を、同様に無言で見ていた切嗣の遺児、衛宮士郎が真剣な、しかし何やら思い詰めた様な眼差しで口を開いた。

 

「まあ、五年もの間、墓参りの一つすらしない薄情者を友人と言えるなら、な」

 

 俺の軽口に、衛宮がフッと口元を緩ませるも、またすぐに真剣な眼差しに戻る。

 

切嗣(オヤジ)は前回の聖杯戦争でマスターだったんだよな?イリヤと……アインツベルンと切嗣(オヤジ)って、どんな因縁があったんだ……?セイバーに聖杯を破壊させた事と、何か関係があるのか?」

 

 切嗣とアインツベルンの関係、聖杯を破壊した理由、どうやら切嗣は聖杯戦争に関する事を全く話していないようだ。

 そして、あの少女の事も………。

 

 ……さて、どこまで話していいモノやら……。

 

「そうだな…………アインツベルンは、聖杯戦争を始めた「始まりの御三家」の一つってのは知ってるよな?」

 

 今はまだ詳しく突っ込んだことを話すにはまだ早いと判断し、当たり障りのない言葉を選び、返す問いに衛宮が無言で頷く。

 

「アインツベルンは錬金術、中でもホムンクルスの生成には長けているんだが、荒事には滅法向いていなくてな、過去の聖杯戦争では連戦連敗。自分等じゃもうダメだーってなって、外部から荒事に特化した魔術師を招き入れた。それが……」

 

切嗣(オヤジ)だった……」

 

「そう、そして切嗣は順調に勝ち残り、聖杯に手をかけるところまでに至ったわけだが、そこで切嗣は聖杯を破壊した」

 

 あらゆる望みを叶えると言われる願望器。

 切嗣は、それを目の前にして、それを捨てた。

 いや、聖杯が汚染されていると言う事を知り、本来求めた聖杯の在り方ではなかったから聖杯を破壊したのだろう。

 

「当然、アインツベルンは聖杯を得る為に切嗣を迎え入れたのに、直前でそれを破壊されたから怒り心頭、怒髪天。それが、切嗣とアインツベルンの因縁ってヤツだな」

 

 簡単に、極々簡単に質問に答えた。

 今は衛宮自身が求めてこない限り、切嗣が聖杯を破壊させた理由も、あの少女との関係も、

それらにまつわる事象を明らかにするには、今は時期尚早なのかもしれないと直感したからだ。

 

「……だからイリヤは、俺と切嗣を殺すのが目的だなんて言ってたのか………」

 

 衛宮の独り言にドキリとするが、幸いにも見当違いをしているようで、彼女の目的の本質には至っていないようだ。

 

 そうか………バーサーカー戦の後、彼女は衛宮に接触したか………。

 既に鬼籍に入った切嗣はともかく、その息子も殺すと宣言してくるとは、予想以上に恨みが深いようだな………。

 ったく、あの切嗣(バカおやじ)のおかげで、衛宮もとんだとばっちりを食ったものだ。

 そんな苛立ちをぶつけるかのように、短くなった煙草を灰皿で揉み消した。

 

 彼女には()()()()があるのだが、タイミングを見誤ると藪蛇になりかねないな………。

 

「それで、衛宮(おまえ)はこれからどうする?まあ、当面はあの爺さんを潰すってのが目的になるだろうが、その後、この聖杯戦争でお前は何を成そうとする?聖杯に何を求める?」

 

 切嗣は聖杯に人類の救済を願っていた。

 しかし切嗣が求める願いは、切嗣自身が知る手段によってのみ成就される。未知の事象を起こす「奇跡」ではなく、個人だけでは成し得ない水準の事象を成す「奇跡」こそが、かの聖杯の本質であると切嗣は生前語っていた。

 

 さて、衛宮(こいつ)は、聖杯にどんなスペクタクルな奇跡を望んでいるのやら……。

 

「……正直、俺は聖杯なんて要らないんだ……」

 

 衛宮の回答は、正直言って意外だった。

 以前から何かを成さんとする目標があれば、万能の願望器と言う触れ込みで顕現した聖杯を求めるのは必然の欲求だ。

 

 しかし、聖杯の存在を知らなかった衛宮の前に、いきなりそんな得体の知れないものが現れたら、そりゃあ警戒もするだろう。

 だが、それをこうも「要らない」と断言するとは、無欲と言うか何と言うか……。

 

「むしろ、臓硯のように、一般人を巻き込むようなマスターを放っておくことが出来ない。馬鹿げた考えだと言われるかもしれないけど、切嗣のように、誰かを助けて、誰かを死なせない……そんな正義の味方になりたいんだ……」

 

 成程……確かに莫迦げた考えだ………。

 誰かを助ける、大いに結構。

 誰かを死なせない、大いに結構。

 それが「正義の味方」と言うモノなら、大いに結構だ。

 

 だが「切嗣のように」と言うのが、莫迦げた考えだ。

 衛宮は、先の聖杯戦争の終盤に起きた、所謂「冬木新都の大火災」で家族を亡くし、切嗣に救われ、その養子になった。

 目の前の少年が、当時どういった心境だったのか窺い知る事は難しいが、結果として深い憧憬を寄せ、養父を偉大な人物と思い込んでいるようだ。

 

「衛宮………そもそも「正義」ってなんだ?」

 

 俺の知る限り、切嗣と「正義の味方」と言うものは大きく乖離している。

 だがそれは「魔術師殺しの衛宮切嗣」だった頃を知る「俺の見解」であって、それ以後の「なんとなくうだつの上がらない感じの衛宮切嗣」だった頃を知る「衛宮の見解」と同質ではない。

 そして、質の悪い事に、衛宮は切嗣の歩んだ道を辿りたがっているようにも見て取れる。

 

 衛宮にとっての「正義の味方=切嗣」と言う方程式を否定する事は容易だ。

 切嗣がかつて「魔術師殺し」の悪名を轟かせていた頃の話をじっくりと語り聞かせ、如何に「切嗣のような」と言う考えが愚考の極みであるかを懇々と教え諭せばいい。

 だが、頭ごなしに否定しては、衛宮にだって不満が残る事は間違いなく、根本的な解決には至らない。

 

 だからこそ、衛宮の胸中にある「正義」と言うモノの定義を詳らかにして、そこから衛宮自身に気付かせる事こそが肝要だろう。

 

「………………」

 

 やはり答えに窮したか……。

 両の拳を固く握りしめ、俯き加減で思案している。

 そもそも「切嗣のような」と、己以外の誰かを基準としている以上、自身に明確な正義の定義がある筈もない。

 あり過ぎても、それはそれで他者を攻撃するための口実に成り下がってしまって、よろしくないのだが………。

 

「正義ってのはな、人類普遍の(ことわり)じゃないんだ。人それぞれに「正義の形」ってのがあって、人の数だけ「正義の形」がある。誰かにとっての「正義」は、別の誰かにとっての「悪」であると言う事は、歴史を紐解いてみても枚挙に(いとま)がない」

 

 世界史教師らしく、少し世界史の話をしよう。

 中世期のヨーロッパにおいて、カトリック教会諸国が聖地エルサレムを、イスラム教諸国から奪還する遠征軍を起こした。世に言う「十字軍」だ。

 一般的には「キリスト教対イスラム教」と言う図式だが、イスラム教のみならず、ユダヤ教や、同じキリスト教でも、中東地域に在った東方正教会や東方諸教会等の別教派をも、十字軍は攻撃の対象としていた。

 

 経済的利益や宗教的熱狂を以て編成された十字軍は、イスラム諸国各地に屍山血河を築き上げ、遂には聖地エルサレムの“奪還”に至った。

 

 そして、エルサレムには“地獄”が顕現した。

 十字軍の暴虐の波は、執拗にエルサレム市民を虐殺し「血が膝に達する程になった」と、当時の十字軍従軍記に書き残されている。

 

 当時のエルサレム市民から見れば、彼ら十字軍とその宗教基盤であるカトリック教会は正に悪魔(シャイターン)の化身であり、この世全ての悪を具現する存在であっただろう。

 

 他方でカトリック教会は人類悪そのものであるか?と問われれば、その答えは否である。

 彼らとて、日々の糧を得られたことを感謝し、生命の誕生に感涙し、死者の魂が安らかならん事を祈る善良さを持ち合わせている。

 その善良さをも「悪」と断じられるだろうか?と問われれば、これもまた否である。

 

 カトリック教会にとっての悪は、聖地を“占拠”する異教徒たちであり、聖地奪還と異端排斥は正義である。

 イスラム教を始めとした諸宗教諸派諸国にとっての悪は、先祖伝来の土地を蹂躙し、同胞を鏖殺するカトリック教徒であり、大同団結して抗う事は正義である。

 

 つまるところ「正義」と言うモノは、立ち位置が変われば容易に変質するモノなのだ。

 

 古今東西、事象を客観的、或いは多面的に見る目を曇らせ、我こそは正義、我が行為こそ正義と、鼻息荒く(のたま)い、果ては暴力を振るう事も、規律や社会規範、人道すらも無視する事を()とする連中のなんと多い事か……。

 

「お前は正義の味方になりたいのか?それとも、切嗣になりたいのか?」

 

「!………」

 

「憧れるのは良い、目標にするのも良い。だが、切嗣にとっての正義は切嗣だけのモノであって、お前のモノではない」

 

 立ち上がり、軽く握った拳を衛宮の胸の中央に置く。

 

「お前の“ここ”にある正義を指向する気持ちは、他の誰でもないお前だけのモノだ。己が正義とは何か、常に自身に問い続けろ。()が為の正義か、大いに悩め、大いに迷え。その一つ一つが、衛宮(おまえ)と言う人間を成長させる礎になるだろうよ」

 

 俺の言は、ある意味で衛宮が今まで築き上げてきた考えを全否定するようなものかもしれない。

 だが、衛宮の入り込んだ切嗣と言う入口の迷路は、果たして出口のあるモノなのか?

 よしんば出口があったとしても、衛宮にどれほどの歪みと業を背負わせることになるのか。

 一教師としては、生徒の将来に思いを致さざるを得なかった。

 

「ところで衛宮、今はセイバーに稽古をつけてもらっているんだよな?」

 

「ああ、俺には戦闘経験が無いし、実戦形式で経験を積んでいる、ってところかな?」

 

 確かに今の衛宮に必要なのは“戦闘技術”ではなくて“戦闘経験”だ。

 鉄火場でのここ一番で生死を分けるのは、直感或いは閃きであり、そしてそれらは、どこかから降って湧いてくる訳ではなく、積み重ねた経験から無意識に最善の手を汲み取るものである。

 

「よし、なら俺ともやり合ってみるか?」

 

「え?先生と?」

 

「お待ちください、シオリのマスター。私だけでは、シロウの訓練相手として不足していると仰りたいのですか」

 

 稽古の小休止の間、特に衛宮と長々と話し込んでいたと言うよりも、俺が切嗣との思い出に浸っていただけだったのだが、その間に薬缶に水を汲んだセイバーと、何故か遠坂も縁側に来ていた。

 

 訓練相手としてはセイバー程、今の衛宮に打って付けの人物はいない。

 だが、この先衛宮が対する相手は、セイバーのような“型”ばかりではないと言うのは明白だ。

 稽古の目的が技術ではなく経験を積むと言うのであれば、セイバーには悪いが「セイバー」と言う“型”に嵌ってしまうと、思考に柔軟さを欠く恐れがある。

 可能な限り、様々な“型”の相手との経験を積めば、それだけ選択肢が広がり、延いては衛宮自身が生き残る可能性も僅かばかりでも上がるだろう。

 命に係わる可能性であれば、それが例え一粒の砂にも満たないとしても、大粒のダイヤモンドよりも貴重だ。

 

「……確かに貴方の仰る通りでしょう。では、槍兵(ランサー)をも追い詰めたその剣技、見せていただきましょう」

 

 

 

 心身の鍛錬にと始めた剣術ではあったが、これが意外と水が合ったようで、魔術の技量が上がるよりも遥かに早く、二刀流の使い手として二十代半ばで剣術の師から印可を賜り、以後は、魔術と剣術を融合させた剣技の研鑽に勤しんできた。

 

「俺は二刀流なんだが、それでもかまわんか?」

 

 短く同意の言葉を返すセイバーではあるが、何故かその態度は硬い。

 はて?何かセイバーの気に障るような事でもしたか?思い返してみるも、思い当たる節が無い。

 まあいい、セイバーが何を考えているのか、竹刀(これ)で聞いてみるとしますか………。

 

 道場の壁には竹刀が幾本か掛かっているのだが、普及型だけではなく、柄が小判型になっている物やら、全体の太さが同じ古刀型やら、小刀型まで掛かっている。

 ここまでくると、切嗣の道楽も中々のものと言わざるを得ない。

 選り取り見取りの竹刀の中から、大刀は古刀型、小刀は一振りしかないそれを選んだ。

 

 互いに道場の中央で正対して一礼して構える。

 セイバーは竹刀を中段に構え、俺は小刀を中段に、大刀を左脇に置いて構える。

 

「本気でかかって来てください、シオリのマスター」

 

 本気で、ねえ………。

 セイバーの構えを一見して分かったが、右脇に隙がある。

 これは明らかにこちらを誘っていると言う事なのだが、人に本気で来いと言っておいて、自分は手を抜くとはな………

 

 魔術師とは言え、それなりに剣を修めた身としては、聊か矜持を傷つけられた思いだ。

 

 セイバーの呼吸を読み、こちらの呼吸を合わせ、やや前傾気味の重心を一呼吸の度にゆっくりと後ろに移し、前に出した右足ではなく、後ろに下げた左足の指に力を籠める。

 互いの距離は約三メートル、一息足らずで相手を間合いに収められる。

 

 弓を満月のように引き絞るかのように力を籠めた俺は、構えはそのまま、放たれた矢のように間合いを詰め、左脇に置いた大刀でセイバーの右胴を薙ぐ。

 もちろんこれは囮だが、後ろに退けば中段に構えた小刀の刺突が入り、逆に前に出て体当たりをしても、小柄な彼女では圧し負ける事は必至であり、大刀の一閃を受け流して左に逃れても、小刀の左薙ぎが二の太刀として入る。

 であれば、セイバーは大刀を受け流しつつ、勢いそのまま右に逃れるのだが、それは狙い通りであり、着地した右足を軸に半回転し、小刀で追い打ちの刺突を繰り出す。

 

 刺突を回転方向に受け流されたおかげで、一瞬セイバーとの視線が途切れるが、肩越しに大刀を背中に回し、セイバーの袈裟切りを受け止める。

 肩を支点にしてセイバーの竹刀を跳ね上げ、逆回転して小刀で切り上げるも、セイバーが半歩下がり空を切るがこれも囮だ。

 

 大刀の掬い上げる様な刺突を切り下ろしで防がれたが、本命である小刀の刺突がセイバーの喉元を捉えた。

 

「!………」

 

 切り下ろした姿勢のまま、セイバーは喉元で寸止めされた小刀を歯噛みしながら睨む。

 

「嘘!?セイバーが一本取られた!?」

 

 僅か数合の打ち合いの結末に、衛宮は呆然と口を開け、遠坂は驚嘆の声を道場に響かせるが……

 

「たかが魔術師と侮ったか戯け!槍兵(ランサー)でも、今の数合の内で己が慢心を悟ったぞ!」

 

 セイバーの慢心を叱責する俺の怒号が更に響く。

 セイバーは初手から手を抜いていた。

 太刀筋も身のこなしも精彩を欠き、終盤になってようやく己が追い詰められた事を認識した次第だ。

 

剣士(セイバー)のクラスは最優との評に奢ったか。このような鈍刀(なまくら)が、衛宮(マスター)の剣になるなど笑止千万。俺が敵であれば、今頃セイバー(おまえ)は座に帰っていたぞ」

 

「!………」

 

 無念の臍を噛むセイバーに対し、言い過ぎた感はあるが、セイバー自身と、そのマスターのただ一つの命がかかっているのだ。

 実戦形式の稽古であるなら、慢心こそが最大の敵なのだと言う事を、セイバー自身にも改めて思い知ってもらわねばならない。

 

「……自ら挑んでこの体たらく、内心で奢っていたようです………。騎士としてあるまじき行為、無礼共々お詫びします。恥を忍んで、今一度手合わせ願います!」

 

 改めて構え直すセイバーの眼は、実にいい眼をしていたし、この眼を俺は待っていた。

 

「じゃあ、仕切り直しだな」

 

 正直な話、セイバーとの手合わせは、俺自身も望んでいた事だ。

 しかし、欲張って再度の手合わせを受諾したのがいけなかったのだと、俺は後々思い知った。

 

 

 

 それから、何合、何十合と竹刀を合わせただろうか。

 四十路(よそじ)近い肉体に蓄えられた体力は底を尽き、汗だくの俺は息を切らせ、大の字になって道場の床に転がった。

 

「も、もうダメ……体力の……限界………」

 

「まだです!エイケン、もう一本!」

 

 魔力供給があれば、元気モリモリのサーヴァントと一緒にしてくれるなよ……。

 こちとら、肉体も元気も限りあるモノなんだぞ……。

 ていうかお前、なんで鎧も着込んで完全武装なんだよ……。

 さっきなんて、魔力放出までしてたぞ……。

 

「な、なあ、セイバー、先生ももう限界だろうし、そこら辺でもういいんじゃないか?」

 

 いいぞぉ衛宮ぁ、もっと言ってやれー。

 

「何を言っているのですシロウ!まだ一本しか取れていないのです!その一本も、エイケンが手を抜いたからであって、事実上全敗なのです!」

 

 連敗街道まっしぐらで立つ瀬がないセイバーが、精一杯の抗議をマスターにぶつけている。

 衛宮ぁ、お前のサーヴァントどうにかしろー。

 令呪使って止めろー。

 

 ……それにしても誤算だった……。

 セイバーがここまで勝負に拘るなんて思ってもみなかったわ……。

 

「はい先生、これ使ってちょうだい」

 

「ん?ああ、サンキュ……」

 

 いつの間にか席を外していた遠坂が、タオルを差し出してくれた。

 冷水で濡らしたタオルが、連戦で火照った体に気持ちがいい。

 

「な、何でしょうかリン……そのような目で見られると……困ります………」

 

 遠坂の冷たく、抗議の視線を向けられたセイバーが、何ともバツの悪そうな顔をしていた。

 

「……はぁ……負けず嫌いにも程があるわね………」

 

「手を抜くと怒るし、簡単に勝たれると拗ねるんだもんなぁ……」

 

「こんな真っ昼間の住宅街で魔力放出するなんて、管理者(セカンドオーナー)としてはチョットいただけないわね……」

 

「しかも、鎧まで着込んで完全武装ってなぁ……」

 

 遠坂と衛宮が口々に批評を述べ、セイバーが冷や汗をかきながら二人を交互に見る。

 

「し、仕方がないではありませんか……(マスター)に勝利を捧げるのは、騎士としては当然の務めですから……」

 

 赤面しながら謂れのない批評に対する不平を述べてはいるが、この状況では説得力が欠片もない辺りが、何とも微笑ましいと言うか、その内側にある彼女の性質は、見た目通りの少女のそれと同じと言った趣がある。

 

「それに、エイケンの技量が思った以上に高かったですし、あのような剣筋は初めて見ましたし……」

 

「それだけどなセイバー、お前さん力入り過ぎだわ」

 

「そ、そうでしょうか………?」

 

「お前さんの太刀筋ってのは、言わば五や三や十の力を適宜使い分けているんじゃなくて、常に十の力で緩急が乏しいんだ」

 

 セイバーの生きていた時代の戦闘と言うものは、チェインメイルやロリカ・セグメンタタ等の金属鎧が主流の時代だったので、必然的に「斬る」と言うよりも「殴り倒す」と言った性質が強かったのだろう。

 

「良く言えば常に全力、悪く言えば一辺倒なんだが……まあ、今日明日でどうにか出来るってモノじゃないだろうが、俺みたいに十の力を一か二の力で受け流す“型”を使う奴もいるって事を、頭の片隅にだけは置いておくと良い」

 

 居住まいを正し、俺のアドバイスを傾聴していたセイバーが、目を大きく見開いている。

 その彼女の背後に目を移すと、道場の窓が茜色に染まりつつあった。

 

「って、もう夕方だし、今日のところはこれで帰らせてもらうわ」

 

「お待ちください!……その……明日も、お見えになられるのでしょうか……?」

 

 何やら気恥ずかしそうにセイバーが問うてくるが、今日は予定外の手合わせで、衛宮の魔術の技量を推し量る時間が無くなったので、それは明日以降に持ち越しだ。

 

「もしお見えになられるのであれば…!」

 

「一本、一本だけだ。今は衛宮に実戦経験を積ませる事が第一である以上、あまりセイバーが俺との勝負に時間を割くと言う訳にもいかん」

 

「……それも……そうですね………」

 

 後日の再戦を、一本のみに限られたセイバーは残念そうな顔をするが、時間を浪費すべきではないことは事実であったし、何時間もセイバーが納得するまで付き合わされたら、こちらの身が持たないと言うのも事実だ。

 

 明日は大事な用事があるのだが、今は()()()()()衛宮たちの為に時間を割くことを優先すべきだと考え、また明日の来訪を約し帰路に就いた。

 

 

 

 帰宅途中で少し買い物をして帰宅すると、丁度栞が夕飯を作っている最中だった。

 キッチンに並んでいる材料を一瞥すると、今日の夕飯はハンバーグのようだ。

 

「おかえりなさい、マスター。どうされたんです?なんだか草臥れてますけど?」

 

 昼前に後味の悪い仕事をしてきた彼女ではあるが、どうやら気持ちの切り替えが出来ているようで、内心で胸を撫で下ろす。

 無論、それを俺に見せない為の()()()であるのかもしれないが、今は蒸し返す必要もない。

 

「ああ、衛宮の家でセイバーと竹刀を交えてきたんだがな、何時間も付き合わされちまったよ。あいつがあんなにも負けず嫌いだったなんて、思いもよらなかったわ……」

 

「じゃあ、先にお風呂にでも入って来てくださいな。もう少しで晩御飯出来上がりますから」

 

 クスクスと笑う栞に促されて浴室に向かおうとした矢先、リビングの電話が鳴った。

 夕飯の支度を中断して出ようとした栞を手で制し、電話に出ようとしたが、ディスプレイには「通知不可能」と表示されていている。

 何者からの発信かと訝しみつつ電話を取ると、受話器の向こうから聞こえてきたのは、流麗な女性の声だった。

 

「おはようございます宗主様」

 

「…………化野(あだしの)か………」

 

 時差を考慮せずに挨拶の口上を述べる人物の名を口にした途端、キッチンから思わず呻く栞の声が聞こえる。

 顔を覗かせると、微笑みながらも「あの人は苦手です」と言う表情を浮かべているが、俺も彼女は苦手で、出来るならあまり関わり合いになりたくない類の人物でもある。

 

 その名は化野菱理(あだしの ひしり)

 時計塔に数ある学部の一つ「法政科」に属する魔術師である。

 

 法政科と言うと、とかく司法行政を学ぶ学科と捉えられがちだが、時計塔のそれはその限りではない。

 神秘を追い求める常の魔術師達とは異なり、神秘を管理統制する組織であり、神秘の隠匿と言う第一原則を重視するところから「第一原則執行局」の二つ名を持つ。

 また他の学部とは異なり、神秘を探求する学部ではなく、時計塔の安定と発展の為にのみ存在する異端の組織でもある。

 

日本(こっち)はもう夕方で、もうそろそろメシの時間でな、ついでに言えば、今から一風呂浴びるところだったんだが、用件は手短にお願いしたいものだ」

 

「あら?それは失礼しました。では、こんばんは宗主様」

 

 電話の向こうでクスクスと笑っているが、その笑い声すら、大蛇がその舌で首筋を舐め上げているかのような錯覚に陥る。

 

「それで、()()()()()()()()ですけど、経過を伺いたいのですが」

 

「経過報告も何も、騒ぎは起きちゃいるが、わざわざ報告しなきゃいけないようなレベルの騒ぎは起きちゃいないって事だ。それよりもだ、法政科や埋葬機関のエージェントがうろついてるって噂を耳にしたが?」

 

「さあ?埋葬機関はともかく、法政科(わたしども)としては、()()()()にお仕事を依頼した方はいませんよ」

 

 どこまでホントの事なんだか……。

 そもそも、選民思想の権化のような君主(ロード)が学部長である法政科が、魔術協会に属してはいても、何だって東方魔術連盟の双璧とも称される朝比奈(ウチ)にこんなことを依頼するのか、未だにその真意が掴めず、故にその法政科に属する彼女の言を鵜呑みにするのは、リスクが大きすぎる。

 時計塔にいる知人同様、面倒事を体よく押し付けられているだけかもしれないが……。

 

「で、そっちの方はどうなんだ?」

 

 今回、化野から仕事の依頼を受けるにあたって、一つの条件を彼女に提示し受諾させた。

 それは「心臓喰いの白狐(White Fox the Heart Eater)」を狩るにあたり、なぜ封印指定執行者までもが出てくるようになったのか、と言う疑問についての答え探しだ。

 

 封印指定とは、学問では習得できない一代限りの希少能力を持つ魔術師に対し、保護と言う名目で発令される、魔術師にとって最高級の「名誉」と言う名の厄介事である。

 その身柄を確保するのが封印指定執行者であるのだが、基本的に一般社会に神秘を漏洩させない限り、また聖堂教会の異端狩りの標的にならない限り動く事は無い。

 

「ええ、貴方の推測通り、とある名家の当主が、カリオンに接触した形跡がありましたよ」

 

 魔術協会内において封印指定を発令するのが、時計塔最古の教室「秘儀裁示局・天文台カリオン」である。

 封印指定執行者が白狐の前に現れた以上、白狐は「封印指定の魔術師」としてカリオンから認定、発令されたと言う事であり、白狐である俺が神秘を漏洩させたはずもなく、また聖堂教会の代行者が()()()に出張ってきた事は無い。

 であれば、魔術協会の内部において、何者かが()()()()白狐を封印指定とし、執行者を差し向けたと推測される。

 

「当初のお話通り、朝比奈(そちら)の代理人の方は、明後日にはこちらにお見えになられるのですよね?」

 

「ああ、私事だが、止事無(やんごとな)い事情ってのがあってな、明日の夕方には日本を出発する。アンタにしてみれば、最後になって手柄を掠め取られるように思えるだろうが、そんな意図は全く無いって事だけは理解しておいてほしい」

 

「あら、私にまでお気遣いいただきありがとうございます、宗主様」

 

 心の籠ってない感謝どうも。

 時計塔の中にあっても、化野は友禅の振袖を纏っており、その艶姿とは裏腹に、まるで爬虫類の様な冷たさを纏っていると言う印象があった。

 そんな彼女に感謝されても、額面通り受け取れるはずもない。

 

 化野との電話を適当なところで切り上げ、浴室に向かう。

 ゆっくり湯船に浸かりたかったところだが、夕飯前である事と、化野からの電話によってお預けを食らってしまったせいで手早くシャワーで済ませる事になった。

 

 熱いシャワーが体に纏わりついた汗を洗い流し、視界が湯気に覆われる。

 ぼやけた視界の中、ぼんやりとした脳裏に、俺が冬木に来た目的をぼんやりとした思考が改めて整理し始める。

 

 魔術研究も兼ねた聖杯戦争の観戦。

 亡友との約束。

 魔術実験の下準備。

 そして化野からの依頼。

 

 他にも細かい事は色々あるが、大まかにはこの四つ。

 だが、この四つの目的全てが、何の問題もなく達成出来るなどと思っていない。

 むしろ状況次第で、優先度の低い目的を切り捨てなくてはいけなくなる。

 そして、その切り捨てられた目的と同じく、切り捨てられる人も少なからず発生する。

 

「己が正義とは何か、常に自身に問い続けろ。()が為の正義か、大いに悩め、大いに迷え」

 

 偉そうにそんな説教を衛宮にたれていたが、俺こそ己が正義とは何かと今正に自身に問うている。

 

 一門の宗主として……

 

 一人の魔術師として……

 

 一人の高校教師として……

 

 そして、一人の人間として……

 

 俺の正義とは何か?

 

 俺の正義は、()が為の正義なのか?

 

 自嘲的な笑みを口元に浮かべるが、浴室の鏡に映った俺の顔は、何とも悪事を企む小悪人のようにすら見えたので、考えるのを止めた。




バレンタインPUでは、ようやく推しのセミラミスがゲット出来ましたv( ̄Д ̄)v
「お前には金がかかっているんだ、しっかり働いてもらうからな」などと、悪徳芸能事務所の社長の様な事を考えています。
副産物として、術クラスが単体、全体宝具持ち各三騎と層が相当分厚くなりました。

さて、次回は……

・士郎がアレをしたら許せませんか?

・栞さんの入浴シーン

・栞さんのお墓参り

・士郎がアレしてエライ事になる

以上の予定です。
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