Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回投稿以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

ぐだぐだ聖杯奇譚イベントも良い感じで片付き、今回は平成最後の一本が間に合いましたので短編をお届けします。

それでは今回もお付き合いください。




#033 interlude~愁恨~

 外光が一切入り込むことがない地下室は深黒晦冥(しんこくかいめい)にして、その在り様は人の悪意と妄執が靉靆(あいたい)としていた。

 寥郭(りょうかく)たる地下室の直中に枯れた老爺の人影が一つ、この地下室の主である間桐臓硯(まとう ぞうけん)である。

 

「ようもやってくれたわ………」

 

 その心中に憤怒の炎を燃え立たせ、憤懣する如く肩を怒らせる臓硯の足元には、炭化した有機物の残骸と小さな金属の筒がいくつかが、焼け焦げた床一面に散らばるだけだった。

 

「これは、遠坂の小娘の仕業……いや、違うな………」

 

 一旦落ち着き、己が工房を修復不可能なまでに損壊させた犯人について推考する。

 

 臓硯が最有力の容疑者として挙げたのは、二百年に及ぶ盟約を結んでいた遠坂家の現当主であり、同じく聖杯戦争に参加しているマスターである遠坂凛であったが、如何に才豊かな彼女であろうとも、臓硯から見れば、まだまだ乳臭い小娘でしかない。

 この工房に在った無数の蟲や、戯れに作った()()()()を、骨も残さず炭化させるほどの高温を出せるとは思えなかった。

 

 炎を操る術に卓越した技能を誇った、遠坂家の先代当主であり、遠坂凛の父である遠坂時臣(とおさか ときおみ)が生前に遺した魔術礼装を用いたのかとも考えたが、技能はともかく、魔術師としては総じて凡庸と言えた彼の遺産を以てしても、彼の能力以上の魔力を出せる筈もなく、遠坂凛は“()()()()()()()()()”と言う結論に至る。

 

 であれば、圧倒的とさえ言える魔力出力が可能な魔術師。

 この工房を壊滅に至らしめる理由がありそうな魔術師。

 

 この条件に合致し、加えてこの冬木に今いる魔術師となると、畢竟一人の魔術師しかいなかった。

 

「マスターよ」

 

暗殺者(アサシン)か」

 

 静かな声で主に呼びかけ、臓硯の後ろで傅く黒い影が一体。

 臓硯のサーヴァント暗殺者(アサシン)である。

 

「屋敷内を見回ってきたが、警報装置が働いた痕跡どころか、結界に綻びすら見つかりませなんだ。これは恐らく……」

 

「朝比奈のサーヴァントの仕業であろ?」

 

 一切の痕跡すら残さず結界をすり抜けられる魔術師などこの世に存在しない以上、それはサーヴァント、とりわけて暗殺者(アサシン)クラスのサーヴァントにのみ可能な芸当である。

 そして、今回の聖杯戦争において、現界している暗殺者(アサシン)クラスのサーヴァントは、己が従者一騎だけではない事を臓硯は知っている。

 

「ご明察恐れ入る」

 

 然したる感銘を受けた風でもなく、暗殺者(アサシン)は白い髑髏の仮面を被った頭を垂れる。

 臓硯もまた、己の推測が的中した事に快哉を叫ぶつもりもない。

 

 昨夜、己の前に現れた白狐(しろぎつね)と言う魔術師。あれは恐らく、朝比奈の宗主である朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)が、隠密裏に行動する為に用いた、凶悪無比と悪名高き出所不明の魔術師と言う擬装。

目の当たりにしたあの宗主の驚異的な魔力出力であれば、この工房をたちどころに焼き尽くすことも可能であろう。

 

「朝比奈の宗主は、この儂に手袋を投げてきたようじゃ。慎二が粗相をしたが故に、出しゃばって来たものとばかり思っておったが…………」

 

 状況からそこまでの結論に至った臓硯は、朝比奈の宗主とそのサーヴァントがこのような破壊工作を行った所以を思考し、何時か聞き及んだ朝比奈家にまつわる風聞を思い出した。

 

「時計塔の走狗に成り下がったと言う噂は、真のようじゃったな………」

 

 この宣戦布告に等しい状況が朝比奈の手に因るものであれば、前代がサーヴァントを掠め取ったとされた時と同様、今回は聖杯を掠め取ろうと画策しているのであろうと得心した。

 

 だが臓硯は知らない。

 噂の正否を問わず、己が既に彼らの不可侵領域を侵犯したが故にその逆鱗に触れ、両者の間には最早闘諍(とうじょう)しか存在し得ないと言う事に。

 

「それで、今後どうなさるおつもりで?朝比奈のサーヴァントは、歴代の翁にも後れを取らぬ手練れと見受けました。決死を以てしても、この刃がかの魔術師に届き得るとは限りませぬぞ」

 

「ほう……()()()ともあろうものが、そのような不甲斐ない言を口の端に掛けるか……」

 

 振り返り、従者を見る臓硯の目に怒気が籠る。

 だが、臓硯とて感情の赴くままに、有用な手駒を、無為に死地に送り込む程の短慮さは持ち合わせていなかった。

 

「お叱りは如何様にも」

 

 恐縮する風でもなく、主の不興を柳に風と受け流すが、暗殺者(アサシン)とて何も臆病風に吹かれたわけではない。

 むしろ、このまま臓硯が「朝比奈を討て」と命じれば、遅滞なくその命を縮めにかかるつもりでさえいた。

 

 暗殺者(アサシン)のクラスのサーヴァントと言うものは、兎角「マスターを狙うだけしか能の無いクラス」と見下されているのだが、それは真っ向勝負や決闘と言った“相手を死に至らしめる為の形式”に拘る者たちの論評である。

 

 だが別の視点から見れば、暗殺者(アサシン)のサーヴァントとは、戦いと言う“過程”に命を賭す“戦士”ではなく、殺害と言う“結果”に命を賭す“職人”と言えよう。

 

 確実に仕留める為に、標的を観て、場所を観て、周囲を観て、状況を観て、時を観て、そして己を観て、確実に“標的の殺害”と言う結果を導き出すための最適な手順を構築するために、形式や栄誉と言った余計なものを一切排し、触れただけで肉を切り裂く刃の如く、極限まで研ぎ澄まされた論理の無謬性こそが、“殺害の職人”たる暗殺者(アサシン)のサーヴァントの本質或いは真骨頂である。

 

 それ故に暗殺者(アサシン)は、臆病者と謗られようとも、我が事成らざりし時の次善の策を講じるよう、言外に主に促していたのだ。

 

「重ねて申さば、あのサーヴァントは妙な術を用いる由、宝具の開帳もしていなかったようであれば、他にも幾つか手を隠しておりましょう」

 

 昨夜暗殺者(アサシン)の影に金属の棒のような物、暗殺者(アサシン)も知らない投擲武器である“棒手裏剣”を撃ち込み、その動きを封じる呪詛にも似た影縫い(シャドウ・バインド)の術。宝具の開帳と言う独特の気配を発しなかったあの術は、彼女の持つ手札の内の一つでしかないと暗殺者(アサシン)は読み取っていた。

 

「お主が食ろうたのは、影縫いの術であったな?であれば、朝比奈のサーヴァントは、忍者の英霊であろうよ」

 

「忍者………確か、この国に古来より存在する諜者の呼び名でしたな?」

 

 僅かに顎を傾げ、召喚時に聖杯から与えられた知識の一部を記憶から呼び出し、臓硯も然りと返す。

 

 己と同じ間諜の英霊。”忍者”と言う諜者としての知名度で言えば、異国の諜者である己とは隔絶している点が不利に働く事は明白だ。

 

 英霊を英霊たらしめるものは信仰、つまり連綿と積み重ねられた人々の想念であるが故に、知名度と信仰心はその英霊を成立させる要素である。

 そしてそれらは、召喚された土地において、サーヴァントとしての性能に付加され、応分に強化されるものである。

 

 例を挙げれば、アーサー王を始めとする円卓の騎士たちをイギリスで、ヴラド三世をルーマニアで、アキレウスやヘラクレスをギリシャでそれぞれ召喚すれば、そのサーヴァントとしての性能は、冬木で召喚した時のそれとは大きく異なり、場合によっては、他の六騎を同時に相手取ろうとも、容易く蹂躙し得るほど強化される。

 それほど、召喚された地での知名度は、重要な因子(ファクター)となるである。

 

 先の第二次聖杯戦争において、今は朝比奈栞(あさひな しおり)の偽名を用いるサーヴァント、百地三太夫丹波(ももち さんだゆう たんば)を偶然と(いえど)も召喚できた当時の魔術師(マスター)は、地の利だけで言えば、他の陣営よりも頭一つ二つは優に抜きん出ていたのだが、聖杯を手中に収めることなく戦没した事は「禍福は糾える縄の如し」の良い例証と言えよう。

 

 それを考慮した上で、暗殺者(アサシン)は標的を守護する者の実力を推測し、その結果“己と同等以上”と判断していた。

 

彼奴等(きゃつら)の術の起源は、東洋の宗教、延いては種々の東洋魔術にも通じておる。全く、相も変わらず忌々しいものよな………」

 

 ふと遠い記憶に思いを馳せた臓硯は、同時に想起された不快感に皺深い顔を更に顰める。

 

「兎も角、お主でも手に余ると言うのであれば、あの宗主とサーヴァントには、()()をぶつけるより他はない………………いや………あの宗主であれば、他の餌を撒いておけばそちらに喰いつくやもしれぬな………」

 

 杖で床をカツンと突き、方針を定めた臓硯ではあったが、傍と自身が下した判断の甘さに気付き、直様方針を変更する。

 臓硯は朝比奈に対し、必勝に近い手駒を持っている。

 だが、あくまで「必勝に近い」と言う不確定要素を含んだものであり「必勝」と言う確定されたものではない。

 

 有用な手駒ではあるが、元々は聖杯戦争を制するために長年に渡って用意した手駒であり、万が一にでも喪われた際の痛手は致命傷と同義となる。

 そもそも朝比奈は、自分の目的の前に立ちはだかる障壁である事には変わりないが、何も自分の手でそれを除かなければいけないと言う道理はない。

 

 聖杯戦争に参戦したマスター以外に、令呪を、延いては聖杯を掠め取ろうと画策する者達が常以上に存在し、事態は混迷を極めようとしている最中、適当な駒を見繕い、それが朝比奈を討てれば良し、そうでなくても、その力を削ぐなり行動を鈍らせておくなり、朝比奈の動きを掣肘するに如くはない。

 

 その間に、聖杯をこの掌中に収めればいいだけの話だ。

 

「撒き餌を持った腕ごと食いちぎられぬよう、用心召されよマスター」

 

 暗殺者(アサシン)の風貌に似つかわしくない、軽口に似た忠告を臓硯は一笑するも、暗殺者(アサシン)の推測は、確度が高いものであると結論付けていた。

 

 “見る”だけなら、何も暗殺者(アサシン)のサーヴァントを用いる必要はない。槍兵(ランサー)のような“威力偵察”も可能なサーヴァントを用いればそれで事足りる。

 だが暗殺者(アサシン)のサーヴァントは“観る”事に長けている。

 得られた情報の断片を繋ぎ合わせ、全体像を高い精度を以て推測し、“結果”へと至る道筋を組み上げるのが暗殺者(アサシン)の能力の一端である。

 

「お主は聖杯に引き寄せられた羽虫どもを吟味せよ。中には良い餌になる者もおるであろうよ」

 

「承知した」

 

 主命を得て、姿だけではなく、気配すらも煙のように暗殺者(アサシン)は掻き消えた。

 

「………時計塔の小童どもめ、なりふり構わず斯様な輩を差し向けるとはな………余程聖杯を欲するようじゃの………」

 

 寂寥とした地下室に独り残された臓硯が、事態の動向に思いを馳せ、皺枯れ声で独り言ちる。

 

 万能の願望器たる聖杯。根源へと至るとされるそれを手中に収めんと欲するは、魔術師としては当然の道理である。

 如何に聖杯戦争のマスターに選ばれなかったとしても、如何なる手段を講じてでも、結果として聖杯を手に入れれば良いと考えるのも、また魔術師としては当然の道理である。

 

 だが、時計塔の魔術師だけではなく、聖堂教会もまた聖杯を密かに狙っている以上、表立って行動すれば、協定は反故にされ、血で血を洗う抗争の時代に逆戻りしてしまう。

 そのような物、根源に至れるのであれば、有象無象の屍を山と積み上げたところで如何程の価値があろうか。

 

 魔道の神髄への研鑽を怠り、狭い時計塔の中での派閥抗争に明け暮れるしか能の無い魔術師達のなんと弱腰な事か。

 そんな彼らの、苦肉の策しか用いることが出来ない在り様を、臓硯は嗤笑した。

 

「五百年……五百年この時を待ったのじゃ…………聖杯は誰にも渡さん………!」

 

 かの聖杯がもたらす奇跡を求め始めた頃以上の情熱を以て、その目に人知を超えて積み重ねられた執着の焔を滾らせ、枯れ木の如き体躯の老爺は、しかし妄執の魑魅魍魎と化そうとしていた。

 

 日没後の暗闇に染まる冬木の街は、尚深く暗く暗雲低迷しようとしており、その不穏な気配に気付くのは、ほんの僅かの人々だけであった。




今夏アニメ化される「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿」とのコラボイベが始まりますね。

どんなイベントになるか楽しみですが、アニメ自体も今から楽しみです。


さて、次回は……
・士郎がアレをしたら許せませんか?

・栞さんの入浴シーン

・栞さんのお墓参り

・士郎がアレしてエライ事になる

以上の予定です。
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