Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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今回は士郎視点でのお話です。


<9/18 若干修正しました>


1月30日
#004 始まりの赤と始まりの朝


 始まりはいつも同じ光景だった。

 

 視界を埋め尽くす一面の赤、空を染め上げた黒。

 十年前に発生した新都の大火災。

 見慣れた町は一面の廃墟に変わっていて、人も家も炭となりながらも、容赦なく炎と熱に嬲られ続けていた。

 

 よほど運が良かったのか、それとも運の良い場所に家が建っていたのか。

 どちらかはわからないけど、自分だけが生きていた。

 いつまでもここにいては危ないからと、あてもなく歩き出した。

 

 ただただ歩いた。

 

 そこかしこから助けを求める人たちの声が聞こえた。

 だけど、俺には何の力もなくて…。

 どうすることもできなくて…。

 希望なんか持たなかった…。

 何をしても助からないとわかっていた…。

 そうして仰向けに倒れた。

 

 「地獄」というものが本当に存在するのであれば、まさにここが「地獄」であった。

 

 あぁ…自分はここで死ぬんだな……。

 

 諦観の境地というものなのだろうか。心のうちから自然ににじみ出ていた。

 なぜそうしたかはわからないが、真っ黒な空を仰ぎ見、虚空に浮かぶ歪んだ月に手を伸ばしていた。

 

 周りには、黒焦げになって動かなくなってしまった人たちの姿がある。

 崩れた家屋の下敷きになって形が崩れてしまった人たちの姿がある。

 もうすぐ自分もああなるのだろう…。

 

 そういえば、両親はどうしたんだろうか。

 「外で待っていなさい」と父に言われて外に出た。

 振り返ると、家はそこになかった。

 

 黒い雲は空を覆って、じき雨が降るのだと教えてくれた。

 それならいい。雨が降れば火事も終わる。

 最後に深く息を吐いて雨雲を見上げた。

 

「苦しいなぁ…」

 

 もうそんな言葉さえこぼせない人たちの代わりに素直な気持ちを口にした。

 

 だけど、救いの手は差し伸べられた。

 

 

「生きてる…!生きてる…!生きてる…!!」

 

 目に涙をためて、心の底から喜んでいる男の姿。

 まるで救われたのが自分自身のように。

 そして、死の直前にいる自分が羨ましく思えるほど、男は何かに感謝するように「ありがとう…」と言った。

 

 そして男は「救われた」と言った。

 

 それが十年前の話、衛宮士郎(えみや しろう)の最初の記憶だ。

 

 初めての白い光に目を細めた。

 目を覚まして光が目に入ってきただけだったが、そんな状況に慣れていなかった。

 きっと眩しいということが何なのか、そもそも解っていなかったが、目が慣れてびっくりした。

 見たこともない部屋で、見たこともないベッドに寝かされていた。

 それには心底驚いたけど、その部屋は白くて清潔な感じがして安心できた。

 

 ぼんやりと周りを見る。

 部屋は広く、ベッドがいくつも並んでいる。

 どのベッドも人がいて、みんな怪我をしているようだった。

 ただ、この部屋には不吉な影はない。

 ここにいる怪我をしたみんなは、死から最も遠くにいる人たちだ。

 

 気が抜けてぼんやりと視線を動かす。

 窓の外。晴れ渡った青空がたまらなく綺麗だった。

 空もまた、死から最も遠くにいた。

 

 それから何日か経って、ようやく物事が呑み込めた。

 ここ数日何があったのか問題なく思い出せた。

 火事場から助け出されて、気が付けば病室にいて、両親は消えていて、体中は包帯だらけだった。

 

 状況はわからないが、自分が独りになったんだということだけは漠然と理解できた。

 納得するのは早かったと思う。

 周りには似たような子供しかいなかったから、受け入れる事しか出来なかっただけなのだが。

 子供心にこれからどうなるのかな、なんて不安に思っていた時に、そいつはひょっこりやってきた。

 

「こんにちは、君が士郎君だね」

 

 しわくちゃの背広にボサボサの髪。

 病院の先生よりちょっとだけ若そうなそいつは、お父さんというよりもお兄さんという感じだった。

 白い日差しに溶け込むような笑顔。

 それはたまらなく胡散臭くて、とんでもなく優しい声だったと思う。

 

「率直に聞くけど、孤児院に預けられるのと、初めて会ったおじさんに引き取られるのと、君はどっちがいいかな?」

 

 そいつは自分を引き取ってもいい、と言う。

 親戚なのかと訊いてみれば、紛れもなく赤の他人だよ、なんて返答した。

 それは、兎に角うだつの上がらない、頼りなさそうなヤツだったけど、孤児院とそいつ、どっちも知らないことに変わりない。

 

 それなら、とそいつのところに行こうと決めた。

 

「そうか、良かった。なら早く身支度を済ませよう。新しい家に一日でも早く慣れなくっちゃいけないからね」

 

 そいつは慌ただしく荷物をまとめだす。

 

「おっと、大切なことを言い忘れた。うちに来る前に、一つだけ教えなくちゃいけないことがある」

 

 これから何処に行く?なんて気軽さで振り向いて、

 

「初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ」

 

 ホントに本気で、仰々しくそいつは言った。

 一瞬の事である。

 今にして思うと自分も子供だったのだ。

 俺はその、冗談とも本気とも取れない言葉を当たり前のように信じて、

 

「うわぁ…爺さんすごいな」

 

 目を輝かせて、そんな言葉を返したらしい。

 

 以来、俺はそいつの子供になった。

 その時のやり取りなんて実はよく覚えていない。

 ただ事あるごとに、親父はその思い出を口にしていた。

 照れた素振りで何度も何度も繰り返した。

 だから養父―――衛宮切嗣(えみや きりつぐ)という人間にとって、そんなことが人生で一番嬉しかった事なのかもしれない。

 

 いつもの夢は、いつものようにそこで終わった。

 

 

 古い、立て付けが悪くて蝶番も錆びて無闇に重い扉が開く音がした。

 暗かった土蔵に朝の光が差し込んでくる。

 

「――――っ」

 

 眠りから目覚めようとする意識が、近づいてくる足音と冬の外気を感じ取った。

 

「先輩、起きてますか?」

 

 小鳥のさえずりにも似た柔らかな声が、心地よく意識に働きかける。

 

「……ん………おはよう、桜」

 

「はい、おはようございます、先輩」

 

 さらりと落ちる黒髪を掻き上げて、桜は笑顔で応える。

 

「先輩、朝ですよ。またここで眠っていたら藤村先生に怒られます」

 

「と…そうだな。よく起こしに来てくれた。いつも済まない」

 

「そんなことありません。先輩、いつも朝は早いですから。こんなふうに起こしに来れるなんて、たまにしかありません」

 

 なにが嬉しいのか、桜はいつもより元気がある。

 

「そうかな?結構桜には起こされてるぞ俺。けど、藤ねえに叩き起こされるよりも桜のほうが助かる。うん、これに懲りず次は頑張る」

 

 寝起きの顔で返答する。

 あまりない頭を使っていないんで、自分でも何を言っているか判らなかった。

 

「はい、わかりました。でも、頑張ってもらわない方が嬉しいんです、私」

 

 桜はクスクスと笑っている。

 むぅ…まだ寝ぼけていて、まともなセリフを口にしなかったようだ。

 

「ちょっと待ってくれ、すぐ起きるから」

 

 冬の冷たい空気は、こういう時に役に立つ。寒気は寝不足で呆けた思考を容赦なくたたき起こしてくれる。

 

 目の前には後輩である間桐桜(まとう さくら)がいる。

 ここは家の土蔵で、時刻は午前6時になったばかり。というところ。

 

「………………」

 

「先輩?」

 

「あぁ、目が覚めた。ごめんな桜、またやっちまった。朝の支度、手伝わないといけないのに」

 

「そんなのいいんです先輩。昨夜も遅かったんでしょう?なら朝はゆっくりしてください。朝食の支度は私がしておきますから。それに、先輩はおうちの主人なんですから、朝ぐらいはドーンと構えていてください」

 

 弾むような声で桜は言う。

 珍しい。本当に今朝の桜は元気があって嬉しそうだ。

 

「ばか、そういう訳にいくか。桜一人に働かせてのんびりしてる主人なんて、家主失格だぞ」

 

「はい、失格していてください。これ、いつもおいしいご飯を食べさせてもらってるお返しなんです」

 

 身を起こし、家主の威厳を盾に精一杯の抗議をするが、笑顔でいなされてしまう。

 

「食費は折半なんだし、むしろ桜のおかげで飯が豪勢になったんじゃないか」

 

「先輩のおうちのご飯が美味しいのは、そういう事じゃないんです。私、先輩の家じゃないとご飯を美味しく頂けなくなっちゃったんですから、責任取ってくださいね」

 

 さらりと落ちた髪を掻き上げて、優しく微笑む桜の表情に一瞬ドキッとした。

 

「ば、ばか、おかしなこと言うな……」

 

 必死に平静さを取り繕おうとする俺を見て桜はクスクスと笑っている。

 が、視線を下げた桜の顔が、一転して強張った。

 

「!先輩…手……」

 

「?」

 

 桜の視線の先にある俺の左手。見ると手の甲にジワリと血が滲んでいた。

 

「あれ?昨日、ガラクタいじっててぶつけたかな?」

 

 指先で突いてみるも痛みはない。蚯蚓腫れの様な痣があるだけだ。

 

「ま、痛みもないしすぐに引くだろ。大丈夫、気にするほどじゃない」

 

 桜があまりにも心配そうに、それこそ血の気が引いたような顔をしているので、痣の事はさておいて安心させなくてはいけない。

 

「さぁ、早く屋敷の方に行こう。もたもたしてると藤ねえがやってきちまう。」

 

「…はい、先輩がそう言うのでしたら、気にしません。でも…、先輩?」

 

「ん?なんだよ?他に何かあるのか?」

 

「いえ、そういう事ではないんですけど………その、先輩、家に戻る前に着替えた方が良いと思います」

 

「あ……」

 

 桜に言われて自分の格好を見下ろした。

 昨夜は作業中に眠ったもんだから、ツナギを着たままだった。

 作業着であるツナギは所々汚れている。こんな格好で家に入ったら、それこそ藤ねえになんて言われるか。

 

「う………まだ目が覚めていないみたいだ。なんか普段に増して抜けてるな俺」

 

「えぇ、そうかもしれませんね。ですから、朝食の支度は私に任せて、先輩はもう少し

ゆっくりしていってください。それにほら、ここを散らかしっぱなしにしてたら藤村先生に怒られるでしょう?」

 

「そうだな、それじゃ着替えてから行くから、桜は先に戻っていてくれ」

 

「はい、お待ちしてますね、先輩」

 

 顔色はまだ血の気が引いていたが、無理やり笑顔を作って答え、桜は速足で立ち去って行った。

 

 それにしても…

 なんというか………………困る。

 成長期なのか、ここ最近の桜は妙に女っぽく、何気ない仕草や表情が綺麗に見えてしまう。

 

 後輩であり、友人の妹でもあるというのに、異性として意識せざるを得ない。

 先ほど起こしに来た時も、陽光に柔らかそうな体が浮き彫りになって、少々目のやり場に困ったぐらいだ。

 

 マジマジと見るわけにもいかず、かと言って目を逸らすのも問題がある。

 折衷案として平然とした態度で接している。これもまた精神修養の一つだ。と、自分自身に言い聞かせながら。

 

 結果としては「まだまだ修行が足らん」というところが、何とも情けない限りである。

 

 さて、まずは制服に着替えて、散乱している部品を集めなくては。

 この土蔵は庭の隅に建てられた、見ての通りガラクタを押し込んでいる倉庫である。

 といっても、子供の頃から物いじりとかが好きだった自分にとって、ここは宝の倉そのものであり秘密基地でもあった。

 

 親父は土蔵に入ることを禁じていたが、俺は言いつけを破って毎日のように忍び込み、結果として自分の基地にしてしまった。俺にとってはこの場所こそが自分の部屋と言えるかもしれない。

 

 だだっ広い衛宮の屋敷は性に合わないし、何より、こういうガラクタに囲まれた空間はひどく落ち着く。

 土蔵に仕舞われた物は、大半が使えなくなった日用品だ。

 この場所が気に入ったからガラクタを持ち込んだのか、それともガラクタがあるからここが気に入ったのか、ともかく土蔵に忍び込んでいた俺は、ここにあるような故障品の修理が趣味になった。

 

 特別、物に愛着を持つ性格ではないのだけど、使える物を使わないのが勿体ないというか、気になってしまうだけだと思う。そんなこんなで、昨夜は一晩中壊れたストーブを修理していた。

 

「完成は明日か…。途中で寝るなんて、集中力が足りない証拠だ」

 

 頭を振って軽い自己嫌悪を振り払う。

 とりあえずストーブの部品を集めて、修理待ち用の棚に仕舞った。

 

 

「よっと…」

 

 作業着から制服に着替える。

 土蔵は自分の部屋のようなものなので、着替えも生活用具も揃っていた。

 あとはそう、所々に打ち捨てられた書き殴りの設計図と、修練の失敗作とも言えるガラクタが大半だ。

 元々は何かの祭壇だったのか、土蔵の床には何やら紋様が刻まれていたりもする。

 

「さて、今日も一日、頑張って精進しよう」

 

 パンッ!と両頬を叩いて気合を入れ、屋敷へと足を向けた。

 

 

 この衛宮邸は、町はずれにある武家屋敷を改築した屋敷だ。

 切嗣(オヤジ)は町の名士だった訳でもないのに、こんな広い家を持っていやがった。それだけでも謎なのに、切嗣(オヤジ)には日本に親戚がいないらしい。

 だから親父が死んだ後、この広い屋敷はなし崩し的に養子である自分のものになってしまった。

 

 だがまぁ、実際の話、俺にそんな管理能力はない。相続税とか固定資産税とか、そういった難しい話は全て藤村の爺さんが受け持ってくれている。

 藤村の爺さんは近所に住んでいる大地主だ。切嗣(オヤジ)曰く、”極道の親分みたいなじじい”というが無論偏見だ。ズバリ極道の親分なんだから。

 

 ともかく、そんな訳でこの広い屋敷に住んでいるのは自分だけだ。

 切嗣(オヤジ)が死んでからもう五年。月日が経つのは本当に早い。

 その五年の間、自分がどれだけ成長できたのかと考えるとため息が出る。

 切嗣(オヤジ)のようになるのだと日々精進してきたけど、現実はうまくいかない。

 初めから素質が無かったから当然と言えば当然なのだが、それでも五年間全く進歩がないというのは考え物だろう。

 

 現状を一言で表すと、理想が高すぎてスタート地点にさえ立てていない。と言ったところだ。

 だけど、焦ってもいい事は無いか。

 とりあえず、今は出来ることを確実にこなしていくだけだ。

 

 

「子供の頃、僕は正義の味方に憧れていたんだ」

 

 ふと、自分から見たら正義の味方そのものの父は、懐かしむようにそんな事を呟いた。

 それは五年前の冬の話。月の綺麗な夜だった。

 自分は何をするでもなく、父である衛宮切嗣と月見をしている。

 冬だというのに、気温はそう低くはなかった。縁側は僅かに肌寒いだけで、月見をするにはいい夜だった。

 

 この頃切嗣(オヤジ)は外出が少なくなっていた。以前はよく海外に出かけ、ひどい時には半年以上も帰って来ない時もあったのにだ。しかし最近はあまり外に出ず、家に籠ってのんびりとしていることが多くなった。今でも思い出せば後悔する。それが死期を悟った動物のそれと似ていたのだと、どうして気が付かなかったのか。

 

「なんだよそれ。憧れていた。って諦めたのかよ」

 

 むっとして言い返す。

 切嗣(オヤジ)はすまなそうに笑って遠い月を仰いだ。

 

「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと、もっと早くに気が付けばよかった」

 

 言われて納得した。

 なんでそうなのかは分からなかったが、切嗣(オヤジ)のいう事なんだから間違いないと思ったのだ。

 

「そっか、それじゃしょうがないな」

 

「そうだね、本当にしょうがない」

 

 相槌を打つ切嗣。

 だから当然、俺のセリフなんて決まっていた。

 

「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんは大人だからもう無理だろうけど、俺なら大丈夫だろ。任せろって、爺さんの夢は、俺がちゃんと形にしてやるから」

 

 そう言い切る前に切嗣は微笑った。

 続きなんて聞くまでもないっていう顔だった。

 

「そうか…」

 

 切嗣は長く息を吸って、

 

「あぁ……安心した」

 

 静かに瞼を閉じて、眠るようにその人生を終えていた。

 それが、朝になれば目覚めるような穏やかさだったから、幼い自分は騒ぎ立てなかった。死というものを見慣れすぎていた事もあったのだろう。

 

 何をするでもなく、冬の月と永い眠りに入った父親だった人を見上げていた。

 庭には虫の声もなく、辺りは静かだった。

 明るい夜の中、両眼だけが熱かったのを覚えている。

 泣き声も上げず、悲しいと思うこともない。

 月が落ちるまで、ただ、涙だけが止まらなかった。

 

 そして幼い頃に誓った。誰よりも憧れた男の代わりに、彼の夢を果たすのだ。と。

 誰かを助けて、誰も死なせないようにする「正義の味方」に。

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