Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
間も無くFGOではクリスマスイベが始まると言う事で、開催前に投稿出来ました。
さて、今回からお話が動き始めます。
が………
書いてたら二万文字に達する大ボリュームになったので、丁度いいところで区切って二話構成でお届けします。
それでは今回も拙作にお付き合いください。
気持ちがくさくさしていたのは認めます。ええ、認めますとも。
サーヴァントだって、人型で現界する際に生前の人間性を取り戻すわけですし、当然感情はあります。
嬉しい時もあれば、腹立たしい時もありますし、涙を流す事もあれば、恋をする事もあります。
いくら魔術的に“使い魔”に分類されていても、感情の面では召喚者である人間と遜色ありません。
ですから、気分が晴れない時はスカッとしたいではないですか。
私の場合、それを“スピード”に求めたのです。
結論から言えば、とてもスッキリしました。
具体的な数字はお話しできませんが、高速道路を使ってお墓参りに行くのに、往路は三時間程だったのですが、復路はその半分に満たない時間で冬木に戻って来たと言う事で推し量ってください。
そうそう、関東では何台か配備されていると聞いた事があるのですけど、
後ろからサイレンを鳴らしながら付いて来ていましたが、私と
実はこの聖杯戦争が一段落したら、慰労と言いましょうか、御褒美と言いましょうか、マスターにニュルブルリンクに連れて行ってもらう約束を取り付けてあるのです。ええ「世界有数の最難関コース」としてその名を知らしめる、あのニュルブルリンクです。
勿論、全長二十㎞の
去年、ラディカルSR3ターボが、エンツォフェラーリの記録を上回る七分十九秒のラップタイムを出したと言うではないですか。
ならば私と
とまあ、私の闘志は違った方向にメラメラと燃え上がっていた訳ですけど、ほぼ直線の高速道路では肩慣らしにもなりませんでしたね………。
私が冬木に到着したのは、お昼を少し過ぎた頃。
ですので、マスターが居るであろう衛宮君のお家に直行、と言う訳ではなく、先ずは
“お好み焼き・
美彌ちゃんたちは最上階の特別病棟に居るので、受付のスタッフの方々に軽く会釈をして、専用の通用口から入ります。こちらのスタッフの方々は魔術とは何の関りも無い一般の方たちですので、私の事は「旭奈会理事長の娘で、院長と主任医師の親戚」と認識されているので顔パスです。
専用のエレベーターで最上階へと上がり、特別病棟の一角にある診察室へと向かいます。特に何も無ければ、美彌ちゃんか龍くんのどちらかが居る筈なのですが……。
「およ?お帰り栞ちゃん」
「お疲れさん。早かったな」
何故かマスターが旭奈会病院に来ていました。二人共モニターに映し出された画像を見て、何やら難しい顔をしておいででしたが………。
「はい、美彌ちゃん。これ、“天河屋”のきんつば。お土産です」
「やりぃ!栞ちゃん、サンキュー!」
「ちゃんと皐月ちゃんや龍くんと分けてくださいね」
「なんだよ、美彌たちにだけかよ」
「ふふふ、ちゃんと“弥勒堂”の揚げ饅頭も買ってきましたよ。“三郷屋本舗”の豆ってまだありましたっけ?」
天河屋も弥勒堂も、朝比奈家の管理地に店を構える老舗の和菓子屋で、マスターと
三郷屋本舗は京都にあるコーヒー専門店で、“和菓子に良く合う”ブレンドの豆をネット通販で取り寄せているのです。
「あー……二人分ぐらいならまだあった筈だ。足りなきゃ少し混ぜるか……?」
「じゃあ、後でいただきましょうか。ところで二人は?」
「んあ?
「いや、飲み込んでから喋れよ」
早速きんつばを頬張っていますね……。
美彌ちゃんは相変わらずと言いましょうか、そんなお行儀の悪いところ、お母様に見られたら叱られますよ……。
「ん…………はぁ………やっぱ美味いわぁ………で、皐月は朝から事件が起きたってんで、現場行って、今は警察署じゃないかな?」
「事件?」
「魔術師が一人、変死体で見つかったってんで、皐月が所轄に手ぇ回して
「セヴィニェ師の御遺体も、皐月ちゃんが
セヴィニェ師は御一門の魔術師で、この方から私は近代戦闘のノウハウを学んだのですが、冬木に来た数日後に、何者かに襲われて亡くなられたのです。
白兵戦技の達人である師がどのように殺められたのか、御遺体が検分出来無い以上、その術は無いに等しい状況でしたが、こちらに司法解剖を回すよう、警察官である皐月ちゃんが手配してくれていました。
「ああ、
二つ目のきんつばを齧りながら、同一部位を二つ表示したモニター画像を見比べ思考している。
一方は特に異常が見受けられない、いや、もう一方が
「これは………まさか…………」
「ああ…………桜ちゃんのだよ。兄貴のお見舞いに来てたら熱を出して倒れてさ、前にも発熱で倒れたって言うから、CTとMRIで検査したらコレさ。ああ、検査料もお
やはりそうでしたか………。と言う事は、この異常な方に写る無数の靄の様なモノの正体は…………。
「………マキリの蟲、ですね?」
「そう。だけど、この状態はつい最近のモノじゃない。あの子が養子になって間桐の家に引き取られて以来、ずっと“魔術の修練”って名目で
一方は普通のCT検査とMRI検査によるもの、そしてもう一方は探知魔術を付加させた両検査の結果だと言う。それの指し示すところは即ち………
「魔術回路を活性化させることで、生殖器周辺の神経を刺激して性的快感を誘発させ続け、精神的依存状態を作り出す。と言う事でしょうか?」
「或いはその逆、性的快感を以て魔術回路を活性化させるか。どちらにせよ、ロクでもない事考えるよあの爺さんは…………兎に角、医学的には周辺組織や神経に癒着してるようだし、魔術的には彼女の
「
「…………やっぱりか……………………結論から言えば、医学、魔術、両方の面から見て、あの子から蟲を完全に取り除くことは不可能だ。それこそ“万能の願望器”でも引っ張り出してこない限りはね………」
医者として、治癒魔術師として、彼女が最も
然もありましょう、
「それで、発熱の原因はソレじゃないだろ?間桐の身に一体
彼女の急な発熱は、ここ最近になって表れた症状だ。養子として間桐の家に迎えられてから十年余り経つ今、肉体に植え付けられた蟲が直接の原因になっているとは考えにくい。
流石の美彌ちゃんも、彼女の身に何が起きて昏倒する高熱を発生させているのか、その結論には至らないでいる。
しかし私には、今まで収集した断片的な情報を俯瞰して導き出した
「…………彼女が聖杯の器として機能している。と言う事でしょうね」
「栞ちゃん、それ、どういう……………」
「そもそも聖杯戦争では、“七騎の英霊を召喚し、サーヴァントとして使役し闘わせ、最後の一騎となった時点で聖杯が降臨し、同じ霊体であるサーヴァントに触れさせて手に入れる事が出来る”とされていますが、私はそれが
「その根拠は?」
「聖杯そのものは、前評判通りに奇跡を起こすのかもしれませんが、聖杯を降霊させると言う行為そのものは、
「何を以て等価交換と為す。か…………」
魔術は原則的に等価交換。“1”の対価は“1”以外在り得ない。
そして“万能の願望器”と呼ばれる聖杯の様な、ある種の高次の存在を降霊させるともなれば、その対価となるモノとは即ち………
「はい、私たちサーヴァントの肉体はエーテルで出来ています。霊核もまたそれに準じるもので出来ています。それらは突き詰めれば魔力が高濃度、高密度に結晶化したような物。つまり、サーヴァントは物質化した魔力の塊で、
「七騎?六騎じゃなくて?」
「私が“欺瞞”と言うのはそこです。そもそも魔術師は“根源の渦に至る”事が最終目標とされています。であるなら、聖杯戦争もその為の儀式の一つである事は間違いありません。祭壇に捧げる
「成程、英霊を
「そうか、その七騎分の
「ええ、先日臓硯と共に現れた黒い影は、彼女の、間桐桜の使い魔の類であると確信しました。それが
「…………そうだな…………」
生まれつき強い魔力を持ったマスターは、その魔力によって脆い嬰児の肉体が崩壊しつつあったが、それは肉体の成長と鍛錬により、ある程度耐えられるようになった。
しかし彼女の肉体は、成長はともかく、なんの鍛錬もしていないだろう。
仮にその為に
「いずれ彼女の肉体は、その魔力によって崩壊するか、或いは聖杯の器と作用して
「栞……………それ以上は言うな…………………」
マスターは俯きながら、しかし明瞭な音量で私の言葉を遮った。
沈黙が診察室を覆い、秒針が時を刻む音だけが響く。
口元に手を当て、マスターは微動だにせず思考している。
最悪の場合、魔力を抑える事が出来ずに、彼女は暴走し、延いては神秘が漏洩する可能性がある。
そうなってしまっては
そうなってしまっては、
一人の少女の命を取るか、それとも魔術師の道理と一門の命運を取るか、魔術師として、宗主として、マスターの採るべき道は自明の理ではある。
しかし…………。
ええ、私もそうでした…………。
郷の民を、共に育った友を、助けたいと思っても助ける事が叶わず、何度その悔恨に身を
ですが……………
今の私は、貴方のサーヴァント。
貴方が零れ落ちようとする命に手を伸ばそうと足掻くなら、私も共に手を伸ばし足掻きましょう。
あの時、共に手を伸ばしてくれる友が居たように…………
今の貴方には、私が居ます。
「お忘れですか?マスター。
「…………………そうか………
肉体と言う器に、魔力と言う水が溜まり、いずれ溢れ出て器を壊してしまうのであれば、その前に魔力と言う水を使ってしまえば良い。
私と契約し、この身を維持させる事によって、マスターの器は今も長らえている。同じ事を彼女に施してみれば或いは………。
「となれば、具体的な方策が立つまでは、術符で間桐の魔力を拡散させて、症状を抑える………いや、手持ちだけじゃ足らんな………かと言って、アレはかなり手のかかる術符だから、そっちに割く時間があるかどうか………」
「御実家に作成をお願いしますか?出来上がり次第、私が取りに行きますけど」
「いや、栞は
「それに?」
「
ジトっとした目でマスターに睨まれていますが、やっぱりバレましたか………。
そうですよね、朝早く出たにしても、往復で六時間はかかる行程なのに、お昼過ぎには戻って来られるなんて、おかしいと思いますよね………。
「…………えーっと………主に、白黒ツートンの
「お前なぁ…………」
「あははははははははっ!栞ちゃん、ホントに
「
美彌ちゃんの提案は、それはそれで面白そうですけど、マスターは“安全運転”を旨としておいでですので、あの
「方向性は決まったみたいだね。でだ、二人共、ちょっとこいつを見ておくれよ」
そう言って美彌ちゃんはパソコンを操作すると、検査結果から作成した3D画像をモニターに表示させた。
「ここ、心臓の裏なんだけどさ、ほら、親指大の
美彌ちゃんがペン先で
もしかしてコレは……………。
「心臓腫瘍か動脈瘤じゃねえのか?」
「アタシも最初はそう思ったけどね、心臓腫瘍にしても動脈瘤にしても、同じ症例のそれとは形が全く違うんだ。それにこいつは周囲の組織と癒着もしていないし、なにより
美彌ちゃんの探知魔術を以てしても“気配がありそう”としか分からない程の微小な魔力を帯びた何か。これは一つの懸案の答えの可能性であり、それを裏付けるには、気配に敏感な
マスターも同じ結論に至ったのでしょう、私にこれを調べるよう指示し、私も二つ返事で引き受けた。
「それと、あの
「毎晩
「じゃあ、六割までなら栞の判断で自由に使ってくれ。それ以上は、寝てても異変に気付くだろうよ」
マスターの魔力を六割まで使って良いと言う命令は、即ち
彼女に蟲を植え付けた事、そして聖杯の器とした事、それらは全て臓硯の手によるものだ。私たちが彼女を調べると言う事は、臓硯に何某かのアクションを起こす機会を与える行為に他ならない。
私たちのしている事は、言ってみれば“藪を
だが、吾らの切先は確実に臓硯の喉元を捉えつつある。
臓硯、お前の終末の
沸々と湧き上がる黒い感情を、己が使命への義務感でねじ伏せ、私は彼女が収容されている病室へと歩みを進めた。
診察室からそれほど離れていない特別病棟の千百十七号室。そこに彼女はいる。
ノックをして病室に入ると、彼女が眠っているベッドの傍らで衛宮君は椅子に座り、セイバーが主を警護する近衛の様に立っていて、入室したのが私だと判ると、揃って出迎えの挨拶をしてきた。
あくまでも学園で生徒たちに接するのと同じように柔らかく「間桐さんが昏倒したと聞いて顔を出した」と言う体を装う。
私が訪れた真の目的は、彼女は勿論、この二人にも知られる訳にはいかない。
「色々検査をしたようですが、
「それは良かったです。たまたま
首を巡らしてその姿を探すが、彼女の姿は見当たらない。マスターは三人とも連れて来たと仰ってましたが………。
「あれ?美彌先生の所に行くって言ったっきり、どこ行ったんだ?アイツ」
「しょうがない奴だ」と言わんばかりに困った顔を浮かべて頭を掻いていますが、そうですか、遠坂さんは美彌ちゃんの所に来ようとしていたのですね………。
「あの………栞さんにまでご心配おかけして………ごめんなさい………」
ベッドからくぐもったか細い声が聞こえる。間桐さんは目覚めていたようだ。
それにしても、顔がどことなく赤い上に、布団で顔を隠していますね。
…………ああ、成程。
「間桐さん、結構汗かいていますね?」
「!………それは…………」
ひそひそと耳打ちで指摘すると、増々彼女は顔を赤らめ、更に布団で顔を隠して伏し目がちになる。
やはり「汗臭い自分を先輩に見られたら恥ずかしい」と思っているのでしょうね。
いくらマキリの蟲に穢されようとも、聖杯の器となろうとも、彼女はまだ年頃の女の子。
だからこそ哀しくなってしまう。
好きな人と肩を並べて街を散策したり、買い物をしたりしたかったでしょう。
好きな人と共に日々の食卓を囲みたかったでしょう。
好きな人と共に笑い合う日常を願っていたでしょう。
好きな人と共に歩む未来を夢想していたでしょう。
なのに………………
マスターの意に反する事になろうとも、
“理不尽に奪う者”に憎しみを抱く私が、彼女にとって私こそが“理不尽に奪う者”だとは、何というお笑い草だ…………………。
「そうだ!私の着替え貸してあげますね。ここにはよくお泊りに来ていますから、私の着替えも置いてあるんですよ」
情に
「そ、そうしていただけると、助かります…………」
彼女にとって、今の私は救いの神に見えているのかもしれません。
しかし本当の私は、貴女にとって死神になるのかもしれません。
“許して欲しい”とは言いません。ですが…………
特別病棟の一角に在る居室に置いてある私服と下着を手に病室へと戻った私は、振り払った筈のくさくさした気分がまたぶり返しつつあった。
“
巴恵ちゃんの口から紡ぎ出された託宣は、
“つき”とは“
即ち、私は
その影とは、目の前に居る一人の少女、“聖杯の器”と化した間桐桜の使い魔たる影。
斃れるわけにはいかない…………。
私が斃れたら、誰がマスターを護るのか?
私は斃れるわけにはいかない。
斃されてやるわけにはいかない………!
「んー……アンダーは丁度でしょうけど、カップサイズが大きいのは我慢してくださいね」
劫火の如き決意を内面に押し隠し、持ってきた数種類の下着を彼女に渡して選んでもらっている最中だ。
「栞さん………これちょっと、いえ、かなり大胆過ぎます…………」
耳まで真っ赤にする彼女が手にしているのは、白い総レースのハーフバックショーツ。勿論ブラジャーも同じ意匠だ。
「そうですか?間桐さんぐらいの年頃なら、ちょっとぐらい
「いや、なんで俺に振るのさ!」
顔を真っ赤にして目を背けていますが、女の子が下着を選んでいるのに退室しないものだから、てっきり一緒に選んでくれるものだと思っていたのですけど、ただ単に
あからさまに追い出すのも角が立つかもしれませんし、何よりも衛宮君の
「衛宮君はぁ、どれが良いと思いますぅ?こっちのパステルカラーのフェミニンな感じの方が良いですかぁ?それともぉ、ちょっと大人っぽくこっちの黒のレースとかぁ。いっその事、こっちの情熱的な赤いハーフカップブラとTバックのセットとかぁ。なんならフロントホックブラとサイドストリングスショーツのセットなんてのもありますよぉ」
「栞さん!先輩に選ばせないでください!」
案の定、衛宮君は耳まで真っ赤にして目を背けていますが、そうはさせません。それらしく表情も作って、私の胸元にブラジャーを宛がって、ちゃんと彼の視界に入るように見せつけてあげました。俗に言う「くノ一」ですから、殿方への色仕掛けだってお手の物なのです。
「お、俺ちょっと外に出てるよ!じゃあ、二人共ごゆっくり!」
「待ってくださいシロウ!申し訳ありません。私も一旦失礼します」
耐えかねた衛宮君が脱兎の如く逃げ出し、セイバーも一礼してから後に続いて退室していき、彼女を調べる為に、二人を病室から追い出すと言う目的は達成しましたね。
しかし、枕を抱えながら赤面している間桐さんが恥ずかしさ半分、恨めしさ半分の目を私に向けています。流石に悪ノリが過ぎましたかねぇ…………。
「全く、衛宮君ももうちょっと気を利かせてくれればいいのに。彼氏がああだと、間桐さんも大変ですね?」
「え?あ、あの…………その…………先輩とそういう関係では………」
あら?衛宮君の家によくお泊りしていると言うから、てっきり二人はお付き合いしているものだとばかり思っていたのですが、どうも違ったようですね。
でも彼女は満更でもないと言う表情を浮かべているようですし、全く目が無いと言う訳でもなさそう、と言うところですか。
「栞さんは……その………いつもこういうのを…………」
「いいえ、それは
「じゃあ普通ので!…………こんな大胆なの、私には…………」
「私には似合わない」「私なんかが」と彼女は呟く。
彼女は自身の評価をとても低く見積もっているようです。生半可な励ましの言葉など、耳を塞ぎ、目を背けさえする程に。
あの腐臭漂う蟲蔵で、醜悪な蟲たちに嬲られ続けてきた彼女が、自身を「汚いもの」「醜いもの」と見做して嫌悪するのも仕方がないかもしれません。
聖杯の器として、この先“人ならざるモノ”になるかもしれないと言う恐れと、もしそうなってしまったら、彼からどのような目を向けられてしまうのかと言う恐怖を抱いているのかもしれません。
しかし、今の彼女は“人間”なのです。
その命が
「間桐さん、人と言うのは、案外呆気なく命を落とすものなのです。強く、眩しいぐらいに輝いていた人が、次の日には冷たくなっていると言う光景を、私は幾度も目にしてきました。それを見る度にいつも思うのです。この人はコレがしたいと言っていたのに、この人はこう在りたいと望んでいたのに、それを果たさぬまま、道半ばで倒れたこの人たちの想いは、一体何処へ往くのか………と」
手を差し伸べても、この指の間から、掌から、零れ落ちた命はいくつあった事か。
ただ理不尽に雑草の如く命を刈り取られたあの時代、生者に想いを託して果てた人は、一体どれだけいただろうか?
それを看取った生者が残りの人生で背負って生きたのか、それとも命と共に儚く露と消えたのか……………。
ベッドの脇に座り、彼女の手を取り、その眼を真っ直ぐ見据える。
「だから間桐さん、貴女が自分をどう思っているのか、それは貴女の内側の事ですので、私が如何こう言う権利なんてありません。ですが、敢えて言わせてもらえば
「……自分に………嘘を…………」
「ええ、たとえ明日その命が尽きると知っていたとしても、その心の内に在る想いを、嘘で覆い隠したりしないで今日を生きてください。……要するに「命短し恋せよ乙女」です。好きなんでしょ?衛宮君の事」
「!………それは………その…………」
図星、と言う必要はありませんね。気付かぬは
「でも、うかうかしていられませんよ?何しろ今の衛宮君は「どこのラブコメだ!」って言うぐらい女の子が周りに寄って来ているではないですか。“学園のマドンナ”遠坂さん、“謎の美少女”セイバー、“近所の親しいお姉さん”藤村先生だってカウントして良いかもしれません。そこに弓道部の先輩女子でも現れたなら
「……それで……
「ええ、衛宮君みたいなタイプは
左手でサムズアップをして力説してはいますが、こんな会話をマスターに聞かれたなら「高校生に何吹き込んでんだ!」って怒られそうですね。
ですが、長くはないかもしれないその命尽きる前に、想い人と契りを結ぶことだけでも叶えば、その想いを叶えた唯一つの事実を胸に、彼女は安らかに死ねるかもしれません。
傍目にはふざけているかの様に見えるかもしれませんが、これは貴女への
「じゃあ、お湯汲んできますので、服を脱いでおいてくださいね」
病室の自動カーテンを閉め、備え付けのシンクで洗面器にお湯を汲んでいると、背後で服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえる。
性格も容姿も、似ても似つかぬ二人ではあるが、彼女に降りかかる運命の不条理に、私はいつしか珠希ちゃんの面影を重ね合わせていたのかもしれない。
愛する人と共に歩みたいと願いながら、しかし運命によって夭折を強いられた珠希ちゃんと…………。
だが間桐さんはまだ生きているし、マスターも間桐さんを救おうとしている。
マスターを信じていないわけではない。
マスターの為そうとする事に二心を抱いているわけではない。
彼女を目論み通り救えればそれで良し、しかし救えなければ次善の手を用意しておかなければいけない。
ベクトルの異なる二つの可能性、そのジレンマに、私の頬を涙が
今回登場させた和菓子屋は、一つは私が生まれ育った地域にある和菓子屋をモデルとしていて、帰省の度にきんつばを買いに行っています。ちなみにその地域には、かの巴御前が木曽義仲の馬をぶん投げて木に引っ掛けたとかいないとかと言う伝承があるそうです。
もう一つは、目黒に本店がある和菓子屋をモデルとして、関東の主要駅や空港で揚げ饅頭を買う事が出来ますが、本店に併設している喫茶コーナーでのみ食べられる「揚げたれ餅」は絶品です。
それでは次回「諸葛凛にはさせねえよ?」はこの後22時に投稿予定です。