Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

弊カルデア総出の配達も無事終わり、バレンタインイベント前に投稿出来ました。

それでは今回もお付き合いいただけましたら幸いです。


#045 interlude~不退~

 穏やかな冬の日差しが窓から室内に差し込んで、窓の外には日本の地方都市の街並みが見える。

 この眼に映る景色の中で、揺籃の中のような日々の生活を、多くの人々が当たり前のように、その裏で何が起きているのかも知る由もなく享受しているだろう。

 

 それが何であるか私は知っている。

 むしろ私は当事者の一人だ。

 

 いや、正確には「当事者の一人だった」と言うべきだろう。

 

 ————聖杯戦争————

 

 極東の島国で執り行われるマイナーな魔術儀式。

 ”万能の願望器“と呼ばれる聖杯を巡る闘争。

 それに参加する魔術師の一人として、私はこの冬木に降り立った。

 

 英霊を使い魔とする“サーヴァント”は、狙い通り最高とも言うべき英霊を召喚した。

 彼我の実力を比較しても、私の知る限りの他の参加者に後れを取る事は無いと確信していた。

 

 しかし………………

 令呪は奪われ、サーヴァントも奪われ、私の魔術回路もいくらか損傷を受け、今では冬木に在るこの病院の一室に押し込められて、日がな一日、窓の外を眺める穏やかで苦痛に満ちた日々を送っている。

 

 病院から抜け出す事は容易だ。

 立ちはだかる者は力任せに排除して押し通ればいい。

 

 だが、そこまでだ。

 令呪もサーヴァントも奪われ、今の私はマスターとしての権利を失っている。

 あの男から取り返そうにも、五体満足ではない現状ではそれも覚束無(おぼつかな)い。

 

 尤も、点滴や種々の計測機器に繋がれ、体を起こすのさえ、ベッドに内蔵された機械に頼らざるを得ない状態である以上、この安穏とした牢獄で体を休め、時期を窺うしか私に出来る事は無い。

 

 蟠った思考を掃き散らかすかのように、病室のドアがノックされ、一人の女医が入って来た。

 壁掛け時計に視線を移すと、丁度午後の回診の時間だ。

 

「ハァイ、調子はどう?()()()()

 

 私の主治医であり、この病院のVIPルームがあるフロアの責任者でもあるミヤ・トウドウが、軽く手を振りながら気さくに話しかけてきた。

 

 極東の魔術師「陰陽師(Yin Yang master)」の名門であるアサヒナ一族の一人で、彼女自身は正規の医者であり、かつ優秀な治癒魔術師でもある。

 そしてこの病院は、アサヒナが経営している事もあって、彼女はこのフロア丸々一つを自身の工房として構築しているのだとか。

 

 他人の工房に足を踏み入れて落ち着いていられる程、私の神経は図太くはなかった筈だが、彼女自身が派閥や宗教などの垣根を意に介する事無く、医者である事と治癒魔術師である事に誇りを持ち、何より気さくで好意的(フレンドリー)な性格が、一種の鎮静剤の様に作用している事は間違いない。

 

「このように毎日寝てばかりでは体が鈍ってしまいます。適度な運動は回復の効率を高めると聞きます。ミヤには早急にリハビリテーションの導入を要求します」

 

 彼女とは親密になってファーストネームで呼び合っている訳ではなく、むしろ人付き合いが苦手な私に対して、彼女から最初に要求されたのがこれだ。

 

 昏睡状態から目覚め、会話が交わせる程になった私は、そこで初めて彼女の名前とこの病院の成り立ちを知った。

 そして彼女は「スペルは“Toudou”って書くけど、発音が“Toad(ヒキガエル)”に似てるからね。アタシの事は“ミヤ”って呼んでちょうだい」と言ったのだ。

 それ以来、お互いにファーストネームで呼び合うようにしている。

 

「君ねぇ、骨折十五か所、内臓だっていくらか痛めてる。いくら君の回復が他の人よりも早いって言っても、今はまだ絶対安静の重傷患者だって事、忘れないでおくれよ。そんな状態じゃ、リハビリなんてまだまださせられないね」

 

 私の要求に呆れながら言い切る彼女の宣言は、ここでは絶対の規則(ルール)だ。医術の専門家である彼女がそう断じたのであれば、()()()()()()()()()の私には従うより他ないのだが………………。

 

「少なくても、食事を経口摂取出来るまでは我慢する事だね。しばらくはお粥(ポリッジ)麦粥(オートミール)だけど、状態次第で徐々に普通の食事に戻せるさ。そしたら何が食べたい?」

 

 何が食べたいか?と問われて、パッと頭に思い描いたのは、冬木に来てからいつも食べているあの料理だ。名前は確か………………

 

「ギュウドン、が食べたいです………」

 

「ぎゅ、牛丼?牛丼ってあの牛丼?好きなの?」

 

「いえ、格別好物と言う訳ではありません。ただ、注文(オーダー)してから出て来るのが早く、すぐ食べられるので、食事に時間を浪費する事無く、安価で効率よく空腹を満たせるので」

 

「………ウチの栄養士が聞いたらブチ切れそうな理由だねぇ…………。悪いけど、それは退院するまで秘密って事にしておくれ。リクエストには極力応えるけど、食事も君の回復を優先する事になるから、あまり期待しないでおくれよ」

 

 食事まで制限されると言う事に不満は在るものの、それらは全て私の回復を優先しての事。全体的に見てその方が最も効率が良いと言うのであれば、現状を甘んじて受け入れる方が得策だろう。

 

「それにリハビリにしたって、その左腕をどうにかしてからの方が、機能回復の効率も良いんじゃないかい?」

 

 彼女が指摘する私の左腕は()()()()()()。あの日、あの男に令呪を奪われた際に()()()()()()()からだ。

 私が倒れていた現場に左腕そのものは残っていたという話だが、断面が挫滅してしまっていた事と、時間が経ち過ぎていた事が、接合手術を不可能なものにしていた。

 

「それで、人形師に知り合いはいるかい?いないなら腕の良い人形師を紹介するよ」

 

 “人形師”とは一般的な言い方をすれば“義肢装具士”の事で、失われた四肢や体幹機能を代替する器具を製作する魔術師であり、“魔具製作師(マギクラフト)”の一種とされている。

 人形師に知己はあるが、アイルランドから呼び寄せていては手間と時間がかかり過ぎる。一刻も早く聖杯戦争に復帰したい私としては、現地の人形師に製作を依頼する事の方が都合良く、彼女の申し出は福音に等しかった。

 

「オッケー。じゃあ、とびっきり腕の良い人形師を紹介してあげるよ。まぁ、請ける請けないの差が激しい奴だから、断られたらゴメンね。………でさ、モノ自体は生身と変わりない、むしろそれ以上のモノになるかもしれないんだけど、それなりに値は張るんだ。病院(ここ)の治療費とか入院費も含めてだけど、お金の方は大丈夫かい?」

 

 今までの仕事で得た報酬は特に使い道が無く、貯まる一方だったので、金銭面については何の問題も無い。大きめのアタッシュケース二、三個分の紙幣ならすぐにでも用意できる。

 そう告げると、ミヤは驚きとも唖然ともつかない表情を浮かべながら、首から下げたモバイルフォンを操作し始めた。

 

「まぁ、アイツの値段の付け方はいい加減だからねぇ、運が良ければ格安で手に入るかもよ…………………………もしもし、橙子(とうこ)?」

 

 その名を聞いて、心電図の波形が一瞬跳ね上がった。

 “トウコ”と呼ばれる“人形師”。その二つのキーワードに合致する人物は一人しかいない。

 

 蒼崎橙子(トウコ・アオザキ)

 時計塔に於いて「冠位(グランド)」の称号を授けられた魔術師。

 そして()()()()()()()()()()()()

 

「モーニングコールって、今何時だと思って………」

 

 封印指定の執行者である私にとって、彼女は狩るべき存在ではあるのだが、数年前に時計塔で起きた大事変によって、彼女の封印指定は現在一時的に執行停止されている。

 

「え?今ロンドンにいるの?そりゃ朝早くから悪かったねぇ………。いやね、仕事を頼もうと思ったんだけどさ、まだしばらくそっちに居るの?」

 

 当代最高位の人形師とも評される彼女であれば、人体構造に詳しいが故に医学にも精通しており、同じく医者であるミヤとも個人的繋がり(ダイレクトライン)があったとしても不思議ではない。

 

「そっか、そりゃ残念。じゃあ他を当ってみるよ。そうそう、今日明日中にアタシの妹分が時計塔(そっち)に行くから、あんましイジメないでおくれよ。そそ、巴恵(ともえ)がね………………ははっ、そりゃ違いない。んじゃ、イノライ婆さんにもよろしく伝えておいておくれ」

 

 時計塔における三大貴族の一角で、創造科(バリュエ)君主(ロード)を“婆さん”呼ばわりするとは………。ミヤの豪胆さもさることながら、彼女の人脈の広さにも驚かされた。

 

 しかしその驚きも、危うく聞き逃しかけた人物の名と、魔術師であればその名を聞いて震え上がるとされる人物の名とが符合した事により、意識の遥か彼方へと吹き飛んでいった。

 

「ごめんねバゼット。橙子の奴、今ロンドンに居るから仕事が請けられ………」

 

「ミヤ、ロンドンに向かったトモエと言う人物は、まさかトモエ・アサヒナの事ですか?」

 

 アサヒナ一族とその一門は、極東の魔術組織「東方魔術連盟」に於いて穏健派の筆頭でありながらも、我々封印指定執行者や聖堂教会の代行者に後れを取る事の無い武闘派魔術師の集団としての一面を持ち、その中に在って“最強”とも“最恐”とも噂される人物がいる。

 

 「魔術師殺しの再来(Return of the Magus killer)」「人斬り菩薩(Bodhisattva the Manslayer)」等の異名を畏怖と共に奉られており、その名は標的となった魔術師にとって()()()()()()()として語られ、活動期間の短さとも相まって、真に“伝説の”と言う形容詞が付与される事を誰もが認める賞金稼ぎ(メイガスハンター)

 

 いくらか誇張されてはいるだろうが、話に聞く彼女の能力を虚構と断じる材料は無く、仮に私が万全の状態だったとして、少なく見積もっても正面切っての闘争は避けるべき相手であり、語られる通りであれば全能力を逃走に費やさなくてはいけない相手。

 それがトモエ・アサヒナと言う魔術師の、特に私たち封印指定執行者の間で語られる論評だ。

 

 ここ十年近く活動しているという話を聞かないが、ロンドンに向かったとなれば、魔術協会のある時計塔にも向かう事は間違いなく、ましてや“冠位決議(グランド・ロール)”が大詰めを迎えているであろうこのタイミングでの渡英。その意図を汲み取れない立場としては、この先何が起きるのか、想像するだけで背骨に氷塊を詰め込まれたかのような感覚に襲われる。

 

冠位決議(グランド・ロール)?あぁ、時計塔で君主(ロード)が打ち揃って審議する最高決定機関って言うアレの事かい?今やってるんだ…………こりゃまた、巴恵も変なタイミングで行っちまったもんだねぇ………」

 

「アサヒナは、今回の冠位決議(グランド・ロール)には関わっていないのですか?」

 

「まっさかぁ!いくら朝比奈(ウチ)が時計塔にも籍を置いているって言ったって、()()()()()()()()()()なんだよ?そんなお偉いさんが(ひし)めいてるところに行かないし、行きたくもないだろうよ、お(にい)は」

 

 やや大仰におどけながら、ミヤは私の問いを否定するが、胸中に立ち籠める暗い雲のような不安は、いつまで経っても晴れる事が無かった。

 

「さてと、疲れたかい?バゼット」

 

「あ、いえ、体が十分に動かせないのは問題ですが、疲労は感じていません」

 

「そっか。じゃあ、面会は可能って事で良いかな?まぁ、アタシも立ち会った上で短時間ならって条件付きだけど」

 

 一旦は彼女の判断を支持したものの、協会枠で聖杯戦争に参加した私に面会に来るような知己は無い。いや、無いことは無いのだが、この街で唯一の知己であるあの男がわざわざ入院中の私に面会に来るとは考えられない。万が一あったとしても、目の前の人好きのする性格の魔術師が危険に巻き込まれることは必至だ。

 

「実はね、バゼットに面会したいって人が来てるんだ。まぁ、今までは面会謝絶って事で断ってたんだけど、そろそろ君も()()()()に一言挨拶ぐらいはしたいんじゃないかな?」

 

 あの男に令呪とサーヴァントを奪われた私は、郊外の森で朽ち果てて逝く筈だった。

 その私を発見し、応急処置を施した上でこの病院に運び込んだ人物がいると聞かされていたのだが、その人物が何者であるか、ミヤはただ「一度だけだが面識のある人物」とだけ言って明言は避けていた。

 

 その人物が今ここに来ている。

 その人物が誰かと言う淡い期待と、その人物がマスター権を失った私を処分しに来た時計塔の刺客ではと言う不安に呼応して、心電図から流れる電子音が短く刻み響いた。

 

「顔色はまだまだ優れぬようだが、敢えて“息災で何より”と言っておこうか。バゼット・フラガ・マクレミッツよ」

 

 ミヤの呼びかけに応じて病室に入って来たのは、この国古来の貴族の装束を身に纏った人物。

 その人物の表情は窺えない。何故なら、その人物は白い狐の仮面を被っていたからだ。

 

心臓喰いの白狐(White Fox the Heart Eater)………貴方だったのですか…………」

 

 私にとって、彼が命を救ってくれたと言う事実は意外の念を禁じえなかった。

 蒼崎橙子(トウコ・アオザキ)とは異なり、彼は現在進行形で封印指定の執行対象なのだ。そんな彼が、執行者である私を殺す事はあっても、助ける理由は無い。ましてやその執行者にまた会おうなどと考える筈も無い。

 

「…………助けてくれた事には感謝します。ですが、敢えて問います。何故、執行者である私を、封印指定の魔術師である貴方が助けたのですか?」

 

「…………気紛れ…………」

 

 扇子(folding fan)を弄びながら出てきた言葉はそれだった。

 私は貴方の気紛れで生かされているのか!と怒りがこみ上げてきそうになったが、彼が気紛れで今の私を殺す事も容易だ。

 

「と言うのは冗談よ。そうさな…………放っておけば落命する者がいた。しかし、手を差し伸べれば助けられる。故に助けた。お主が執行者であるか否かなど、論ずるに値せぬ。私は、己の信念に従った。敢えて理由を語るならその一点のみ」

 

「己の………信念…………ですか……………」

 

「聊か誤解されているようだが、私は今まで突っかかって来た者は皆斬り捨ててきたが、そうでない者を手にかける程、血に飢えてなどおらぬ。尤も、後日の悪辣な企みの為に、お主を利用せんと助命したと捉えられたとしても詮無き事よ」

 

 私を助けて得をする訳でもない、むしろ損の方が多いと言うのに「己の信念」の一言で私を助けるなど、何というお人好しだ。()()()()()()()()()()()()()()()”と言えば逆に腑に落ちると言うのに。

 これが本当に、憎悪と畏怖を一身に集める男の口から出たセリフとは思えなかった。

 

 

 

 白狐(ホワイトフォックス)との出会いは、一言で言えば「遭遇」だった。

 お互いに目的も無く、その意思も無く、唯々奇妙な巡り会わせで鉢合わせてしまった。

 あの時の事を思い出すと、自分の情けなさに身を捩りたくなるが、あの時に味わった屈辱、あの時に抱いた決意はきっと、私は一生忘れる事は出来ないだろう。

 

「なあ、バゼット。ヤツは()()()()()()()?」

 

 最初に彼を発見したのは、私が召喚したサーヴァント“槍兵(ランサー)”だった。

 どういう訳か、彼は槍兵(ランサー)の警戒の網に引っかかってしまい、口封じの為の一棘を、彼は手にした扇子で()なし、続く二撃目、三撃目を紙一重で躱し間合いを取ったのだ。その僅かな動きだけで、槍兵(ランサー)は彼の技量の高さを見抜いていた。

 

「バゼット?………ああ、“伝承保菌者(ゴッズホルダー)”にして封印指定執行者のバゼット・フラガ・マクレミッツか。そして、そこな槍使いのお主は、槍兵(ランサー)のサーヴァントに相違無いか?」

 

「おう、そうだぜ。で、お前は聖杯戦争とやらのマスターって事でいいんだよな?」

 

「その問いには“否”と応えておこう。今のところ聖杯に見初められてはおらぬ。尤も、私は観客である事を望んでおる故、()()()()()()()()()()()()()()()()のやも知れぬな。しかし“人間万事塞翁が馬”とはよく言ったものよ。お尋ね者の身で、名うての執行者と鉢合わせるとは、私もいよいよ天運が尽きたと言うべきかな?」

 

「減らず口を叩けるだけの余裕はあるようですね白狐(ホワイトフォックス)

 

 聖杯戦争のマスターか否かに関わらず、彼は封印指定の魔術師であり、私はその執行者である事実は覆らない。槍兵(ランサー)の攻撃を往なした時点で、硬化のルーンが刻まれた手袋を嵌め、既に戦闘態勢は取っていた。

 不意の遭遇ではあったが、常に戦い続けてきた私にとって、このような状況は日常茶飯事であり、意識する事の無い定型的動作(ルーティンワーク)と化している。

 

「手は出さないでくださいランサー。マスターではなく、執行者として、私が彼を仕留めなくてはいけません」

 

「……………ったく、真面目だねぇお前さんは。分かったよ、俺は手を出さねぇ。それでいいんだろ?」

 

 やや呆れながら槍兵(ランサー)が一歩退いたところで、左足を一歩前に出し右構え(オーソドックス)に構える。

 彼との距離は約十メートル。通常の踏み込みでは一息とはいかないが、靴に仕込んだ早駆けのルーンで一気に間合いを詰めて懐に潜り込み、初撃必殺を狙う。

 

 しかし…………

 

「やれやれ、聞きしに勝る剣呑な殺気よな。だが……………聖杯戦争の景気づけに、()()()と洒落込むなら受けて立つが、そう易々とくれてやる程、安い首と思うてくれるなよ?」

 

 空気が変わった。

 半身に構え、腰に差した日本刀(Japanese Sword)を指で僅かに抜いただけだと言うのに、周囲がまるで異界化したかのような殺気で満たされていた。

 

「この刀、抜いたが最後。血を見ずしての幕引きは無いものと心得よ」

 

 彼が柄に手をかけた瞬間、私の脇腹から胸にかけて胴体を両断され、血と内臓を撒き散らしながら()()()()()()()()()()()()()

 しかし、実際に私は斬られていなければ、彼は刀を抜いてさえもいない。

 

 幻術の類か?それとも魔眼か?いや、魔術を行使した気配は無かった。だとすれば、純粋に彼の殺気に圧されて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これが魔術に因るものであれば、ある程度の対処は心得ていたが、無意識から発露したものへの対処は困難を極める。

 

 我知らず呼吸が荒くなり、早鐘のように鼓動が脈打っているのが判る。

 これが数多の賞金稼ぎ(メイガスハンター)を返り討ちにし、凶悪無比と恐れられた魔術師…………。

 しかし、自身の矜持と責務を拠り所に、萎えかけた闘志を再び奮い立たせ、彼を倒す手順を再度組み立てる。

 

「十一、いや十二手で詰みか」

 

「……!」

 

「今までの相手では五手と刀を交えぬ内に斬り伏せたと言うに、流石は当代最強とも謳われた執行者。だが、()()()を出す暇は与えぬぞ?」

 

 完全に読まれている……………。

 

 ゆっくりと彼が一歩を踏み出す毎に、私の心臓は更に激しく脈打ち、脚から力が奪われてゆく。

 

「敢えて過ちを指摘するなら、己の責務と命の天秤を計り損ねたその一点のみ」

 

 …………ダメだ…………勝ち筋が……………全く見えない……………。

 

 私はなんて男に勝負を挑んでしまったのだ………。

 いくら荒事に特化した魔術師であろうとも、殺気だけでここまで相手を圧せる者など今まで見た事が無い。彼は、そう、魔術師どころか人間の範疇を超えている…………。

 こんな奴を倒せる人間なんて、それこそあの“人斬り菩薩”くらいしか…………。

 

「さらばだ、バゼット・フラガ・マクレミッツ。己が命に見合う教訓を得る事が出来たかな?」

 

 抜き放たれた白刃が月光を反射して妖しく光り、その優美さに思わず心を奪われそうになったが、しかしそれは生への渇望を断ち切る“絶望”と言う名の甘美な誘惑。

 絶望に魅入られたが最後、奮い立たせた闘志が再び萎え、心が完全に折れそうになった…………。

 

「そこまでだ」

 

「…………ラン……サー………………?」

 

 意識の暗闇に没入しそうな私を救い出し、彼との間に割って入ったのは槍兵(ランサー)だった。

 

「クソ真面目なマスターの顔を立てて静観を決め込んでたがよ、このままむざむざやらせる訳にはいかなくってな。悪いが、そこから先に進むなら、俺が相手をさせてもらうぜ?」

 

「ランサー!手は出さないでと………!」

 

「この勝負、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 止めの一言だった。

 彼に恐怖を抱いた事は判っていた。しかし、それを認めたくは無かったのだが、ランサーによって突き付けられた一言に、辛うじて希望と絶望の均衡を保っていた糸がプツリと切れ、無様にもへたり込んでしまった。

 

「…………逆に申すなら、私が退けば今宵はこれで手打ち、と言う事かな?」

 

「まぁ、それでもマスターが“アンタを殺せ”って命令しない限りはな」

 

「ふむ……………………挑まれたなら斬って捨てるに如くはないが…………………元より今宵は()()()()()故、見逃してくれるとの仰せなら、御厚意は有難く頂戴いたすとしよう」

 

「だそうだが、どうするバゼット?」

 

「………………」

 

 相手の力量を見損ない、挙句の果てに相手の殺気だけで恐怖に慄いた私などに、今更言葉を発する事など出来よう筈もなかった。

 

「バゼット・フラガ・マクレミッツよ、槍兵(ランサー)が何処の英雄かは知らぬが、誉れ高き武士(もののふ)を猟犬の如く扱わなんだその気概、その一点を以て、お主もまた誉れ高き戦士であったと称賛できる。時には背中を預け、時には妄動を諫めてくれる。そのような()(かた)えは得難き存在(もの)努々(ゆめゆめ)粗略に扱うでないぞ」

 

 違う……………私は誉れ高い戦士などではない………………

 

「此度の聖杯戦争を見届ける為に、私は暫しこの街に留まるつもりだ。なに、()()()()()()()()()もまた一興故、()()()()()の前に面白い話の一つでも聞かせて貰えれば良い。それでは、武運を祈っておるぞ」

 

 私は……………彼を唯々恐れて、何も出来なかっただけなのだ!

 

「ヤツはもう行ったぜ」

 

 周囲を満たしていた殺気が霧散し、辺りに静寂が戻ってどれぐらい経っただろう。槍兵(ランサー)の呼びかけに我に返った私は、次いで屈辱と羞恥が全身を駆け巡った。

 

「………………………………こんな情けないマスター、さぞかし失望したでしょうね、ランサー…………」

 

「あん?」

 

 魔術協会の門を叩いてからの八年間、私は封印指定執行者として、来る日も来る日も、戦って、戦って、戦い続けてきた。命を落としそうになった事など一度や二度ではない。

 それでも、どんな凶悪な術式を扱う魔術師が相手であろうとも、恐れを抱くと言う事は無かった。

 正直、自分が歴戦の執行者である事を自負していた。如何に多くの賞金稼ぎを返り討ちにした魔術師であろうとも、所詮は封印指定を発令されて逃げ回るだけの魔術師など何する者ぞとさえ思っていた。

 

 それなのに…………

 

 それなのに……………

 

「私は戦う前から、彼を恐れて一歩も動けなかったのです!こんな無様を晒すマスターなんて、失望しない方がおかしいでしょう!?」

 

「……………それでも、アンタは()()()退()()()()()()んだろ?」

 

「………!」

 

「なあバゼット。“恐怖”なんてモノは、生きてる者全てが持ってる本能の様なモノだ。俺だって師匠と初めてやり合った時にゃ、あの人の無茶苦茶っぷりに正直ビビっちまってよ。それでも、一歩も退かずに立ち向かったモンさ。まぁその後、容赦なくボコボコに叩きのめされたがな。つまりだ、どんだけビビろうとも、アンタはヤツに対して一歩も退かなかった。それで十分さね。次逢った時に叩きのめしてやりゃぁ良いだけの話じゃねぇか」

 

「………私に、失望しないのですか…………?」

 

「当たり前だろ?俺もそうだったが、思いっきりビビった後にゃ、ハラも据わるようになってよ、大抵の事じゃビビる事も無くなっちまった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃねぇか。つか、正直ホッとしたぜ。あのままヤツに突っ込んでいくなんざ死にに行くようなモンだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 太陽神ルーとアルスターの王妹デヒテラの子として生まれ、その短い生涯に於いて数多の武勲を立て、後世にまで語り継がれた勇者。

 アルスター伝説の大英雄「クランの猛犬(クー・フーリン)」それが槍兵(ランサー)の真名。

 幼い頃、父の書斎で夢中になって読み耽った物語の英雄が目の前に居る。その英雄が言うのだ「退いていないのであれば負けていない。まだ戦える」のだと。

 それはまるで、コノートの女王メイヴの策略に因って誓約(ゲッシュ)を次々に破らされ、それでも自らの身体を柱に縛り付けても尚、最後まで倒れる事無く戦い続けた「クー・フーリンの最後(Aided Chon Culainn)」の逸話を想起させるものだった。

 

「私と……………戦ってくれるのですか…………?」

 

「ああ、アンタ(マスター)と共にこの聖杯戦争を戦い続けよう。それが俺の新たな誓約(ゲッシュ)だ…………って、ガラにもねぇ事言っちまったな……………おいおい………なんでそこで泣くんだよ…………」

 

 槍兵(ランサー)に指摘されるまで気付かなかったが、私の両の目から涙が止めどなく溢れ出ていた。

 自分でも何故だか解らない。解らないが、唯一つ自分の中に不退の決意が新たに根付いた事だけは確かだった。

 

 

 

 目の前に居る魔術師が、“己の信念”の一言で天敵である筈の封印指定執行者(わたし)を助けたのも、ある種“不退の決意”の発露なのだろう。

 何者にも(おもね)る事無く、何事にも動じる事無く、一本の揺ぎ無き柱の上に立っている。それが白狐(ホワイトフォックス)という人物の本質なのだろう。

 

 思えばあの時、情けなくもへたり込んだ私を罵倒する訳でもなく、侮蔑する訳でもなく、()()()()()を約して立ち去ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()見抜いていたのかもしれない。

 ならば私は、その期待に応えなくてはいけない。

 奪われた槍兵(ランサー)を取り戻して、再び聖杯戦争の舞台に戻る為にも。

 

白狐(ホワイトフォックス)、貴方は今回の聖杯戦争を見届ける為に、この街に留まると仰いましたね?貴方の知る限りで構いません、聖杯戦争は今どういう状況なのですか?」

 

 私の投げた問いに、彼はチラリとミヤを見て、ミヤも腕時計で時間を確認すると無言で頷く。

 

「現状では七騎の内、二騎が脱落して、概ね三竦みの状況だ。狂戦士(バーサーカー)を擁するアインツベルン、剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)はマスター同士が同盟しており、暗殺者(アサシン)はマキリの御老公に与しておる。騎兵(ライダー)は、当初マキリの陣営だったが生死不明。と言ったところか」

 

「………………ランサーは……………?」

 

「………………暗殺者(アサシン)に斃された」

 

「……!」

 

 まさか…………

 そんなバカな……………

 槍兵(ランサー)が敗れた?

 あの槍兵(ランサー)が、あの大英雄“クー・フーリン”が…………。

 

「老獪なマキリの奸計に陥った事もあるが、()()()()()()()()()()()()()猟犬の如く扱われておった由、()()()()()()()()の下に在ったなら、かの“光の御子”がそう易々と敗れはすまいて………」

 

 あまりの衝撃に呆然とし、彼の言葉は耳に入って来なかった。

 

 そんな……………嘘だ………………。

 だって、貴方は誓ったじゃないですか……………「この聖杯戦争を共に戦おう」と……………。

 それなのに、なんで……………………。

 

「…………ミヤ…………ミヤ!私はいつ治るのですか!?腕なんていりません!今すぐ私を治してください!」

 

「バゼット、落ち着きなって!」

 

「よくもランサーを!殺してやる!!殺してやる!!!マキリ共々、お前を殺してやる!!!!コトミネェェェェェェェッッッッッッ!!!!!!!」

 

「お兄押さえてて!……………祓い給え、清め給え、守り給え、(さきは)え給え………幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)、守り給え、(さきは)え給え…………!」

 

 呪文を唱えたミヤが私の額を指先で軽く突くと、間欠泉の様に噴出した憎悪と憤怒が、(あたか)もスイッチを切り替えたかの様に鎮まっていった。

 それと同時に、まともに動かせない筈の身体を無理矢理動かして暴れたせいか、意思に反し精神を引き摺って肉体が急速に眠りに就こうとしていた。

 

「………ふぅ、落ち着いたか………それにしても迂闊だよ、お兄」

 

「すまん。まさかここまで思い入れるだけの関係を築いていたとはな………」

 

 薄れてゆく意識の中、不機嫌そうにミヤが白狐(ホワイトフォックス)を非難している。

 まったく………あんな恐ろしい魔術師に、面と向かって苦言を呈するとは、ミヤの豪胆ぶりは想像以上ですね…………。

 

「地元じゃ人気の英雄だったんでしょ?サーヴァントを“道具”って割り切るよりも先に、おとぎ話に出てきた“憧れの英雄”って感情の方が強かったんだろうさ」

 

 そうですね……………ミヤの論評は正しいです。

 私にとって、槍兵(ランサー)は、クー・フーリンは“特別な存在”だったのですから…………。

 

「兎に角、お兄は暫くこの子に会わないで頂戴。アタシも聖杯戦争の事は、この子には話さないから」

 

「やはり戦闘は無理か」

 

「魔術回路も結構損傷してるしね、執行者としてならどうにかなるかもしれないけど、聖杯戦争については、聞いた限りの状況じゃ、死にに行くのと同じさ」

 

 死にに行くのと同じ、ですか……………。

 槍兵(ランサー)にも言われましたね………「死にたがりの相手なんて一人で十分」だと…………。

 

 視界が真っ暗になり、遂には聴覚も外界からの刺激を遮断した。

 もうあと数秒も経たないうちに、五感の全てが休眠状態に入るだろう。

 

 奔放で、粗野で、野蛮で、それでいて人懐っこく、正直で情に厚い、たった数日だけしか組まなかった、しかし今までで最高の相棒の顔を思い出す。

 まだ戦う意思はあった。だけど、この聖杯戦争ではもう戦う事は出来ない。

 

 いや………………

 

 相棒を喪った時点で、もう戦う意義を喪失してしまったのだ。

 

 私の聖杯戦争は終わった………………。

 

 眠りに就く直前、一滴(ひとしずく)の涙が頬を伝わる感覚だけが、何故か明瞭に感じ取れた。




前回バイクの免許を取りに教習所に通っていると報告させていただいたのですが、無事目標の大型二輪の免許を取りましたv( ̄Д ̄)v

で、肝心のバイクなのですが…………
それはまた次回にでも報告させていただくとしましょう(ぉぃ

さて、次回は……

・明日はホームランだ

・営利誘拐未遂事案発生

・士郎が立つ

・ハラヘッター

以上の予定です。
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