Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

今回は、FGOのバレンタインイベと並行しつつも、いつに無く早く投稿出来ました。

ちなみに、貯めに貯めた無料石で、PUガチャをガンガン回したのですが、一言で言えば「いと爆死」でした( ノД`)シクシク…

その代わり、イベント礼装はアホ程出たんですけどね………(;´∀`)



それでは今回も、拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。


#046 因縁の涯てに

 “一切法因縁生也”とは、インド後期の大乗仏教思想を代表する経典「大乗入楞伽経(だいじょうにゅうりょうがきょう)」にて説かれている教えの一つであり、その意味は「全ての物事の結果には原因がある」と言い、仏教の根幹を成す教えである。

 “結果”とは“宿命”や“運命”を含めた事象を指し、“原因”とは内的原因である“因”と外的原因である“縁”を包括した“因縁”の事を言う。

 

「あれ?先生、どうしたんだよ?そんな恰好で」

 

 病室を追い出されるように退出した俺は、このフロアの中央にあるレクリエーションルームに差し掛かった時、長椅子に座っていた衛宮に声をかけられた。セイバーもその隣に座っている。

 そこは奇しくも、五年前に切嗣と最後に語り合った長椅子だ。

 

「ああ、ちょっと訳アリのヤツを収容しててな、流石に“朝比奈の宗主”として会う訳にはいかないヤツだから“白狐(こっち)”で会ってたんだ。つかお前らこそ、こんなところで何やってんだよ?間桐の所に居なくて良かったのか?」

 

「あ、いや……………それは………その……………」

 

 何だ?衛宮のヤツ、顔を真っ赤にして言い淀んでやがるが、一体何があったんだ?

 

「まぁ、いい。ところで遠坂はどうした?間桐の所か?」

 

「ああ、それが遠坂のヤツ、美彌(みや)先生の所に行くって言って、それっきりなんだけど………」

 

 遠坂が美彌の所に?

 はて?あの後、美彌は回診に出ていて患者(バゼット)以外とは会っていない筈だが………。

 

「あ、いたいた。遠坂、どこ行ってたんだよお前」

 

 そう衛宮が抗議の声を上げると、何処からともなく遠坂が現れた。この先は患者のいない病室かエレベーターか非常階段ぐらいしかないんだが………。

 

「……………あぁ……ちょっとね………」

 

 俺の姿を見て一瞬だけ睨むような顔つきになった遠坂だが、すぐに何もなかったかのように視線を外し、衛宮の話をはぐらかした。

 

 ……………何かあったな……………。

 栞も姿を見ないし、ひょっとすると何か知っているかもしれんな…………。

 

「それと、ちょっと家に荷物を取りに行くから、先に帰るわね。夕飯までには戻るわ」

 

「それじゃ、今ハイヤーを呼ぶから、ちょっと待ってな」

 

「いえ、他にも寄る所があるので遠慮しておきます」

 

 (にべ)も無く断られてしまった………。

 こりゃ、いよいよ何かあったな…………。

 

 それにしても、何と言うか、こんなつれない態度を取られると、年頃の娘に距離を置かれる父親の気分になってしまうな………。

 確か遠坂の亡くなった親父さんは、存命なら俺とそう大して歳が変わらなかった筈だ。それを考えると、俺も随分歳を食っちまったもんだ。

 

 形式通りの挨拶をして立ち去る遠坂を見送った俺たちだが、遠坂の姿が消えると衛宮たちがお互いを見合って、セイバーに至っては小首を傾げている。

 やはりこの二人から見ても、遠坂の様子はおかしいようだ。

 

 待てよ…………さっき、遠坂は美彌の所に行くと言っていたな。という事は、あの話を聞かれたか…………。

 

 遠坂と盟約を結んでいるいないに関わらず、()()()管理者(セカンドオーナー)である遠坂に話をして対応を任せるか、共同で事に当たるなら協議するのが本来の筋だ。

 しかし、その対象が間桐桜であるという事が、()()()()()()()()()()理由だ。

 

 最悪の場合、遠坂が管理者(セカンドオーナー)として対象を“処分”する事になる。

 それが余人であれば、多少の呵責はあるものの、()()()()()()()()()()()()()という一言で片づけることも出来るだろう。その位の心構えぐらいは遠坂にも備わっているはずだ。

 だが遠坂と間桐の()()()()()を知れば、これは捨て置くことが出来ない。

 

 それでも遠坂なら“魔術師としての責務”を果たすだろう。

 いくら気丈に振舞ってはいても、これ以上に無くあいつの心はズタボロになってしまうだろうが、再び立ち上がって歩き出すだけの強さを遠坂は持っていると思っている。

 

 だが、曲がった鉄を真っ直ぐに叩き直したとしても、いくらかの“歪み”が残ってしまうのと同じように、遠坂自身も何某かの“歪み”を抱えて生きる事になる事は必至だ。

 魔術師であれば、何らかの歪みは抱えている。それは間違いない。

 

 しかし……………

 

 理由はどうあれ、()()()()()()()()()()()()()って事は相当堪えるんだよな…………。

 立ち直ったと自分で思っていても、何かの拍子に心がいとも簡単にポキッと折れてしまう。そしてそういう状況は、得てして命懸けの鉄火場で暗殺者の一刺しのようにやって来るものだ。

 

 ()()()として、それを見過ごす道理が何処にあろうか。

 

 そう考えて気を利かせたんだが、ひょっとしたら裏目に出たかもしれんな…………。

 

「あら?マスター、そちらの方はもうお済みなのですか?」

 

 自らの失策を懸念していると、遠坂が現れた方向と同じところから、栞が普段と変わらない表情で顔を出してきたが、瞬時にポーカーフェイスを作っていると直感した。

 確証と言えるものは無い。むしろこれは、何十年も付き合ってきた相棒に抱いた微妙な違和感、はぐらかされたらそこで終わりという程度のモノだ。

 無論、衛宮とセイバーがいるここで、遠坂と何があったか等と栞に問う事は出来ない。衛宮たちに余計な心配をかけさせたくないという親心みたいなものはあるが、何かの拍子に話が拗れる事態に発展する場合もある。

 

「ああ、こっちの用は済んだ。で、衛宮たちはこれからどうするんだ?」

 

 衛宮の魔術の技量、と言うか根本的な問題点を把握し、対策は打った。必要なのは魔術回路のスイッチを自分の意志でスムーズに切り替えられるようになる事で、後はもう()()()()()に任せるしかない。

 

「そうだな…………俺も今日はこれで帰るよ。昨日は夜の見回りをしてなかったから、今夜は見回って、臓硯を倒す手がかりを掴もうと思う」

 

 おいおい、教師の前で堂々と()()()()()するんじゃねぇよ…………。

 

「それはいけませんシロウ。今の貴方は魔力の流れが乱れて、万全とは程遠い状態です。そのような状態では満足に戦える筈もありません」

 

「そんな事が判るのか?セイバー」

 

「ええ。本来、マスターとサーヴァントは、因果線(パス)を通してお互いの状態を認識できます。先生に新たに繋げていただいたシロウとの因果線(パス)が、マスター(シロウ)は万全ではないと告げています。であれば、今夜は休息に充てるべきです」

 

 セイバーの言う事は間違いない。しっかりと因果線(パス)で繋がったサーヴァントは、マスター本人以上にマスターの状態を把握出来る。

 俺も子供の頃、仮病を使って学校をずる休みしようとしたが、すぐに栞にバレて不承不承学校に行ったことが一度や二度ではなかったっけ。

 

「んじゃ、衛宮に宿題を出すとしよう。ある程度で構わん、自分の魔術回路の切り替えを習得しろ。コツはさっき遠坂が言っていた通り、スイッチをイメージするのが一番手っ取り早いな」

 

 セイバーはああ言ったが、コッソリと夜の街をぶらつくなんて事をやらないとも限らない。ここは宿題を口実にして、無理にでも家に留まらせる事としよう。

 

「ここに居たか、お(にい)………」

 

 宿題も出し終わって、後は三々五々解散と行った折、ひょっこりと美彌が顔を出してきたが、なんだか困った顔をしているな………。

 

「あのさ…………母さんがさ、家に居るから()()()()()()ってさ…………」

 

美沙都(みさと)様が!?」

 

「……マジか……………」

 

 冬木旭奈会(きょくないかい)病院の院長にして、旭奈会の理事の一人であり、藤堂家の現当主。美彌の母親で、俺の母方の伯母。それが藤堂美沙都(とうどう みさと)と言う婆さんだ。

 そして今回冬木に集まった、宗主自らが率いる精鋭部隊の顧問、と言うか、有体に言えばご意見番或いはお目付け役という立場にある。

 

 性格は豪放磊落を絵にかいたような人物で、歯に衣着せない物言いの、一言で言えば“気風(きっぷ)の良い女将さん”と言ったところだが、節理や礼儀作法にはやたらと厳しくて、従姉妹たちからは一様に“怖い伯母さん”と認識されている。

 

「…………今のは聞かなかった事に………」

 

「ダメですよ、マスター………」

 

「止めてお兄、アタシが殺される………」

 

「……………しょうがねぇ………栞、乗っけてってくれ…………」

 

 伯母さんは深山町の洋館が並ぶ地域に住んでいて、敷地内の駐車場は一台分しかなく、その周辺には車を停めるような場所は無い。だからこそ、伯母さんの家を訪れるには栞のバイクの後ろに乗っていくのが常だ。

 

「わかりました。じゃあ、サイドケースは車の中に置かせてもらいますね。マスターも免許を取れば、こんな面倒な事しなくて済むのですけどねぇ………」

 

 昔から栞には“バイクの免許を取れ”と言われてるんだよな………。

 バイクに乗るのが嫌という訳ではない。ただ、バイクは“趣味で乗るモノ”であり、俺の趣味に合わないと言うだけだ。楽しそうに乗っているのは分かるんだが、合わない者に無理に勧めるというのもどうかと思うんだよなぁ………。

 

「御実家のCB400SF(スーフォア)かセローで練習すればいいんですよ。マスターが免許を取る為なら、お爺様だって喜んで貸してくださいますよ」

 

 栞のバイク好きは、先々代の宗主でありマスターだった祖父の影響だ。その昔、車庫に何台もあるバイクをメンテナンスと称して動かす為に騎乗スキルを持った栞に手伝わせたら、ものの見事にハマってしまい今に至った訳だ。

 

「シオリ、先生の御実家には、何台もバイクがあるのですか?」

 

「ええ、マスターのお爺様がお歳を召したので何台か手放されましたけど、御実家にはまだ十台程のバイクが在りますよ」

 

「シロウ、ここは先生の御実家のバイクを」

 

「なんでさ……」

 

 何のコントだよ。

 それにしても、セイバーもバイクに興味があるのか?と訊こうと思ったが、ことバイクの話題になると栞のスイッチが入って収拾がつかなくなるので止めた。

 

 それでも食い下がるセイバーの話を聞くに、市街戦向けの機動手段として有効だとか、騎乗スキルがあるから大丈夫だとか、前回の聖杯戦争でも乗っていたとか、バイクの必要性を必死に衛宮(マスター)にアピールしている。

 

 そう言えば前回、とんでもないスピードで街中をバイクでかっ飛ばしているヤツがいて、警察が大騒ぎしていたと聞いたので、俺はてっきり栞かと思ったが「いくら私でも、CBR250R(ハリケーン)でそんなに出せません」とあっさり否定された。アレはひょっとするとセイバーだったのか?

 

「実家に残ってるバイクは、爺さんが棺桶に入れかねんぐらい気に入ってるヤツばかりだからな。セイバーに騎乗スキルがあるとは言え、栞が乗るならともかく、見知らぬ他人が乗るってなると、爺さんの性格なら借りるのは難しいな。セイバーには悪いが、実家のバイクは諦めてくれ」

 

 正直に言えば、栞がさっき俺の練習用にと挙げたバイクなら、たとえぶっ壊されても「新車を買う口実が出来たわ!わっはっは!」と祖父なら笑い飛ばすだろう。

 しかし、いくらサーヴァントに年齢の概念が無いとは言え、セイバーの見た目はどう高く見積もっても、免許が取れるかどうか微妙な高校一年生ぐらいだし、またぞろとんでもないスピードでかっ飛ばした日には、警察に居る皐月に余計な手間をかけさせる事になる。その上、それが聖杯戦争絡みともなれば、監督役の手伝いをさせているニコラにも負担をかける事になり兼ねない。

 そんな些細な綻びから、神秘が漏洩するという事もあり得る以上、ここは嘘をついてでもセイバーにはバイクを諦めてもらわなくてはいけない。

 

 それに、伯母さんの所に行かなくてはいけないというのを解っているからか、栞は黙って二人のやり取りを見守っていたが、そろそろスイッチが入りそうになってウズウズしているのも、この話題を打ち切る理由の一つでもある。

 

 やはり、前回バイクの有用性をその身で実感している所為(せい)か、今回はバイクが無いという事にセイバーが頬を膨らませている。

 然もあろう。今回のマスターは魔術師として未熟に過ぎる以上、少しでも有利な条件を整えようとするのは必然と言える。

 

 とは言え、傍から見れば、セイバーの姿は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なかなかに愛らし…………っと、いかんいかん。衛宮にこれだけははっきりと言っておかなければいけない事があるのを忘れていた。

 

「衛宮、少し真面目な話なんだがな、お前セイバーを、いや、サーヴァントって存在をどう考えてる?」

 

「………サーヴァントは使い魔っていう理屈は分かる……………でも正直、実際にセイバーと接してると、理屈ではそうだとしても、やっぱりセイバーは人間なんだな………って思う…………」

 

「シロウ、それは………」

 

 まあ、衛宮(コイツ)ならそう言うだろうと思っていたよ。

 何しろこいつは、セイバーを助けようと、素手でバーサーカーに立ち向かって死にかけるなんて無茶をしていたぐらいだからな。サーヴァントが使い魔の一種として分類されていようとも、なまじ人の形を持ち意思疎通が出来るなら、サーヴァントを人間と同等と錯誤して、危地に陥ったその命に手を伸ばそうとするのも致し方が無いことだ。

 だが…………

 

「サーヴァントは魔術師にとって道具の一つだ。その本質を忘れるな」

 

「何言ってんだよアンタ!セイバーは人間だ!第一、アンタは栞さんをそう思っているのか!?」

 

 ったく、解っていたとはいえ、易々と()()()()()()()()()()()()()。だがまあ事実として、俺が産まれた頃からずっと、栞が亡き母の代わりとして傍に居た。いくら本人に「サーヴァントは道具だ」と言われても、その全てを受け入れるには未だ抵抗がある。

 

 だが“人間であるか否か”を、精神面、或いは感情面で定義付ければその結論は真逆になるが、他方の定義を用いるなら、サーヴァントは人間ではないと言うのも厳然たる事実だ。

 一方の視点だけで全体を規定する事は、その本質を見誤る場合がある。相反する定義、相反する結論、その矛盾を整合させた結果「サーヴァントは道具の一つ」という結論に帰結する。

 

「衛宮君、吾々サーヴァントは過去の英霊の幻影にすぎません。サーヴァントとして現界したから、生前の人間性を付与されただけであって、その本質は幽霊、亡霊の類と変わりません。人と同様に情をかけていただける事は、仕える者として悦ばしい限りではありますが、マスターに大事を見誤らせてまで得よう等とは思いません」

 

「そんな!」

 

「まあ、そう熱くなるな。俺も言い方が悪かったな。スマン。俺が言いたいのはだ、サーヴァントは道具である本質は変わらん。変わらんが“万物に魂は宿る”と言う事だ。そこら辺の石ころや草木だってそうだ。そして、サーヴァントにもな」

 

 古来よりこの国には「汎霊説(アニミズム)」という原始宗教の思想が根付いている。長年使ってきた器具を供養する風習もそれに端を発している。

 他国で生まれ育った魔術師が“道具”をどう定義するかは各々の判断に委ねるとして、少なくても俺は、サーヴァントを“()()()()()()”と捉えている。

 であればこそ、自身(サーヴァント)は道具であるという主張を受け入れつつ、しかし“物言わぬ道具”と同列に扱って、そこに備わった人格や人間性を否定する事も無い。

 これには流石の栞も異議を唱える事も無く、今のところ誰からも反証を示されてはいない。

 

 要するに、俺も衛宮と同じく「サーヴァントは人間と同じ」というクチな訳で、その点について、衛宮の考えを否定する事など出来る筈も無いし、するつもりも無い。違いを主張出来るとすれば、年季の違いだけだ。

 

「付喪神か…………そう言われると、妙に納得出来るな………」

 

「まあ、コレも折り合いの付け方の一つだ。だからな衛宮、サーヴァント(どうぐ)は大切に扱え。自分の命を預ける道具なら尚更だ。大切に扱えば、窮地に陥っても活路を拓いてくれるし、逆に粗略に扱えば、折れた切先がその喉を貫く。そう言う訳だから……今日ぐらいはコレでセイバーに何か美味いモノでも食わせてやれ。万事、戦に於いて食事が士気に影響したという例は、戦史を紐解いても枚挙に暇がない」

 

 懐から取り出して衛宮に渡したポチ袋の中には紙幣が入っている。衛宮とセイバー、そして遠坂にアーチャー、四人ぐらいなら今日の夕飯が豪華なものになるだろう。まぁ、セイバーはともかく、アーチャーが食事を摂ろうとするかは知らんが。

 

「えぇっ!?こんなに…………」

 

「それで生徒たちの命が長らえるかもしれないってなら安いもんよ。そうさな、今日ぐらいは良い肉でも買ってすき焼きにでもしてみたらどうだ?明日はホームランだぞ?」

 

「?ホームラン……?」

 

 反応が薄い………と言うか、通じてないな…………。

 原典は某牛丼チェーン店のCMのフレーズだが、すき焼きだって似たようなモノ……………いや、まさかコレは、俗に言う「スベった」というヤツか!?

 美彌テメエ「これだからオジさんは」とか「世代間格差(ジェネレーションギャップ)」とか、笑いを堪えながらコソコソ言ってんじゃねえ!

 もしもし、栞さん………そんないたたまれない表情(かお)しないでくださいよ………。

 

 

 

 午前に比べれば雲がやや多めに空を覆い始め、風も少し冷たく吹くようになってきた。今は二月だというのに、ここ数日は冬らしくない好天が続いていたが、冬が冬である所以をそろそろ思い出そうとしているのだろう。

 そんな冬が再び訪れる気配に包まれた冬木の街を、白銀色の二人乗りバイクが駆け抜ける。

 そのバイク、GSX1300R(ハヤブサ)の手綱を握るのは当然栞であり、俺はタンデムシートに乗り、片手を栞の腰に、もう片手を車体後部に張り出したグラブバーを握っている。

 

『マスター。間桐さんの件、遠坂さんに報せなくて良かったのですか?』

 

 タンデム走行中に於ける会話は、有線または無線の短距離通信機を用いるが、俺たちには因果線(パス)を通した“念話”があるので必要ない。

 

『………失策だったと思うか?』

 

『いえ、マスターの考えには私も賛同します。ですが、万人がその意図のまま受け入れられるとは限りません…………』

 

 どうやら遠坂と栞の間に()()()()()()らしい。原因は勿論、間桐の事だ。

 成程な………俺たちが密かに間桐の事を調べている事が、遠坂に何某かの疑念を抱かせてしまったようだ。善意のつもりが、裏目に出ちまったな……………。

 

『今夜から遠坂の動向を見張ってくれ。当面は見張るだけで良いが、遠坂(アイツ)が危ないと判断したら、指示を待たず助けてやってくれ』

 

『…………分かりました…………』

 

 こうなると、下手に弁明しても逆効果になり兼ねない。遠坂の激した感情が落ち着くのを待つのが最善なんだろうが、その間、独自に動く可能性も有る。衛宮と違って無鉄砲な真似はしないだろうが、それでも何かの拍子に選択を誤り、それでも尚、一線を踏み越えた先に待つのはデッドエンド以外に無い。

 

 年長者として、若者が無駄に命を散らせることを座視するつもりはない。

 教師として、生徒の無茶を看過する訳にはいかない。

 朝比奈の宗主として、遠坂に今脱落されるのは確かに(まず)いが、公私混同が過ぎると一門の中から非難の声が上がっているのも確かだ。伯母さんからの突然の呼び出しも、その事についてのお小言だろう。

 

 だが、これもまた因縁の成せる(わざ)である事は間違いない。

 

「これも因縁、なんだよなぁ…………」

 

 不意に口を衝いて出た呟きに、栞は静かに肯定の言葉を吐いた。

 

 

 あれは十年以上前の事だ。

 あるフリーのルポライターが「旭奈会の裏の顔を暴く」と鼻息荒く宣い、旭奈会周辺を嗅ぎまわっているという情報がもたらされた。

 

 朝比奈一門の表の顔である旭奈会は、中枢権力との強い繋がりがあった。

 古来より宗教と権力は強く結びついており、それは人類史を幾百年、幾千年重ねようとも変わる事が無い事を歴史自身が証明している。

 従って、宗教を基盤とする東洋魔術圏に於いて、神秘が漏洩しない範囲で魔術と権力が結びつく事は必然であり、近代になって政治体制が君主制から民主制へと一大変革期を迎えようとも、宛ら不変の理の如く繋がり続けた。

 

 だが、近年喧伝される中枢の権力者による政治腐敗に、義憤に駆られた一般人がそのような道理を知る筈も無く、中枢権力の腐敗を弾劾する為に、周囲で利権を貪る郎党の一つである旭奈会を足掛かりにしようと画策したのは想像に難くない。

 だが、そのルポライターの身辺を調査した結果、意外な事実が判明した。

 

 その男は、とある零落した魔道の名門に連なる者であり、長兄を差し置いて継承者として指名されながらも、魔術の忌まわしさを知り、出奔してルポライターとして生計を立て現在に至っているという。

 ちなみに、その男が魔術の継承を拒んだ事に因り、魔術回路が備わらなかった兄が継承者になれる筈も無く、家門の断絶は最早時間の問題である。と調査報告書には記されていた。

 

 魔術師でなくても、直接魔術に関わっていた経歴があるならば、()()()()()()()()()()対応するに如くはない。

 だが、魔術師の第一原則である“神秘の隠匿”に反していない以上、その男の命を必ず奪わなくてはいけないという道理は無い。

 

 故に、その男を()()()()()し、我ながら悪辣とも言える()()()()()()とそれに見合った対価を提示し、この件から手を引く事を承諾させた上で、常人(つねびと)の道へと引き返した事を言祝(ことほ)いだ。

 

 魔術師としての道に背を向けたその男とは、もう会う事は無いと思っていた。

 

 しかし、再会してしまったのだ。

 

 

 

 十年前、この冬木の地にて。

 

 

 

 その姿を目にした時、それがあの男と同一人物であると気付くには、いくらかの時間を要した事は言うまでもない。

 黒かったはずの髪は色が一切抜けて白髪となり、元々痩身であった筈が更に痩せこけ、あれから数年しか経っていない筈なのに、その男は数十年も年齢を重ねた老人のように変わり果てていた。

 

 何故()()()()()………………

 魔術を厭い、魔道から背を向けたお前が…………

 人として生き、人として死ぬ好機を掴んだお前が……………

 

 何故聖杯戦争(ここ)に居る!!!!!

 

 込み上げてきた言いようのない怒りを、純粋に言葉に換えて叩きつけた。しかし返ってきたのは、謝罪でも釈明でもなく、憎悪と殺意を具現した蟲の群れ。

 火傷のように爛れた顔を更に醜く歪ませ、獣の如き怨嗟の咆哮をあげ、最早意思疎通が出来るとは言い難い状態だった。

 初めの頃こそは、かつての遺恨と推察したが、しかし僅かに漏れ出る言葉を繋ぎ合わせていく内に、それは“()()()()()()()()()()()()”に向けられた殺意である事が窺えた。

 

 殺意を向けられる事には慣れている。

 今までは、向けられた殺意に対し、相応の殺意を以て還してきた。

 しかし、男のソレは()()()()()()()()()()()()()事が、俺に刀を抜かせる事を、術を行使する事を躊躇わせた。

 

 程なく栞の手引きでその場を脱したが、いつまでもあの男の悲壮なまでの雄叫びが耳に残っていた。

 一体何があの男をそこまで駆り立てたのか。かつての警告がその一端かもしれないとさえ思ったが、ならば何故、あの男が聖杯戦争のマスターとしてこの場に居るのかという理由(わけ)を確かめる機会はその後無かった。

 

 それから数日の後、夜空に一条の光が迸り、冬木の街の一角は地獄の如き業火に包まれた。後に言う「冬木新都の大火災」である。

 朱に染め上がった夜空を背に、夜道を這うように、遅々たる歩みを続けていた一個の人影を見つけたのは、偶然と言う他無かった。

 

 あの男が生きていたのだ。

 

 よくもあの地獄から生きて帰って来たものだ。

 問い質したい事は山のようにあったが、先ずは手当を施し、その労を労うべく男の下へと駆け付けた。

 

 しかし、目の当たりにした男の姿は、()()()()()()()()()()()()()だった。

 ここまで自力で歩いて来たこと自体が“奇跡”と称する以外無い程に壊れた肉体(からだ)

 それと同等以上に擦り切れた精神(こころ)

 指先で軽く小突けば、そのまま倒れて事切れそうな男の目に、すれ違った俺の姿はもう映っていない。

 

———助けに来たよ———

 

———もう大丈夫だよ———

 

 ブツブツと譫言(うわごと)と蟲の死骸をこぼしながら、それでも歩みを止める事の無い男の虚ろな眼差しには、最早夢幻(ゆめまぼろし)しか映っていないのだろう。

 何を願い、何を望んで聖杯戦争に身を投じたのか。それがずっと心に引っかかっていたのだが、今にしてようやくその理由(わけ)に思い至った。

 

 そうか………お前は、()()()()()()()()()()()()()()()()なのだな………。

 

 その為に、忌避した筈の魔術さえその身に宿し、戦ってきたのか。

 だからこそ、その少女を悪夢の奈落に突き落とした、魔術師と言う存在そのものを憎んだのか。

 

 だが、苦痛に身を委ね、命を削って得たモノは、命と共に消える夢幻。

 あと数分と保たないであろう()()の果て、引き戻された現実に絶望する前に、せめて苦しむ事無く逝かせてやろう。

 それがきっと、俺とお前の因縁だったのだろう…………。

 

 手向けの一太刀を捧げるべく、鯉口を切った刀の柄尻を栞が手で押さえ、無言で首を横に振った。

 

 あの人は、もう現実(こちら)に帰ってきません。

 

 そう彼女は目で語っていた。

 あぁ………お前の精神(こころ)、その魂は、夢幻の中に(つい)の居場所を見出したのだな。

 

 そこに愛する者はいるか?

 そこに美しい風景はあるか?

 そこはきっと、最後までお前に優しいばかりの時間をもたらしてくれるだろう。

 

「さらばだ間桐雁夜(まとう かりや)()き夢の果てに眠れ」

 

 見送るその背に届く筈の無い別れの言葉。電柱に手を突こうと無意識に挙げた彼の手が、しかし別れの言葉への答礼にも見えた。

 

 

 

 時は移ろい、再び残暑厳しい冬木の地に俺は戻って来た。

 かつての聖杯戦争の爪痕は、今も街のそこかしこに残されていて、大火に見舞われた街の一角は、自然公園と言う名の空き地と化していたのがその一例だ。

 

 この直後からだろうか。大気中の大源(マナ)が、どこか懐かしい感覚を運んで来始めたのは。

 

 ともあれ、数年後に計画している魔術実験の下準備として、この地の管理者(セカンドオーナー)たる遠坂家の当主の人となりをこの目で見定めるべく、腐らせていた教員免許を利用して穂群原学園の教師として赴任した。

 

「二学期から産休に入った田島先生の代わりに、この一年B組を預かる事になった…………朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)、担当は世界史だ。まぁ、坊さんみたいな古風な名前だが、実家も相当古い上に名付けたのが曾爺さんでな。しょうがねぇからもう諦めてる。そんな訳で、皆これからもよろしくな」

 

 始業式の後の最初のホームルーム。これから受け持つ生徒たちに向けて簡単な自己紹介をして、僅かながらも笑いを取ることに成功した。

 

「これから出席を取るけど、顔と名前を覚えたいから、呼ばれたら元気良く返事して立ってくれ。あと出来れば簡単な自己紹介も頼む」

 

 出席簿を片手に、B組三十人の名前を読み上げていく。

 ある生徒は小学校の頃から野球をやっていて、将来はプロを目指しているが、中学の三年間はずっと補欠だった事を友人にバラされて笑いを誘ったり、またある生徒は剣道部に所属していて、今度の秋季大会でレギュラーに選ばれた事を報告して喝采を浴びたり、またある生徒は家がバイク屋で、十六歳になったのを機に夏休み中にバイクの免許を取ったと報告し、バイクに乗って登校しないよう釘を刺した。

 

 そんな和やかな雰囲気に包まれる教室でただ一人、窓際の席に座る女子生徒が昏く俯いたまま、仄かな異彩を放っていた。

 まだ顔と名前の一致しないその生徒は、きっと人見知りする性格なのだろう。最初の頃はそう考えていた。

 

 名簿も残り半分以下となったところで、一人の生徒の名前を目にした時、俺は背筋が凍る思いに襲われた。

 

 その昔、ある男がいた。

 その男は、一人の少女を救わんが為に己の全てを捧げたにも拘らず、その願いを果たす事無く命を落とした。

 その生徒は男と同じ苗字であり、その生徒の名は、男が今わの際に零した譫言の中に在った少女と同じ名。

 あれから十年の時が過ぎていれば、彼が救おうとした少女も高校生になっていたとしてもおかしくは無い。

 

 “一切法因縁生也”

 

 「全ての物事の結果には原因がある」と説かれる仏教の教え。

 “結果”とは“運命(fate)”も含めた事象を指し、“原因”とは“因縁”である。

 

 あの日、あの時、新たな因縁が生じ、今ここに結果となって現れた。

 泡沫(うたかた)の如く消えた男の願い。

 その命の灯と共に消えた想い。

 何処へ往くとも知れぬそれは、僅か一時結ばれた(えにし)の糸を手繰って、宛ら輪廻の如く俺の下へとやって来たというのか。

 

 因縁の()てに辿り着いたその少女の名は………………

 

「間桐桜」

 

 戸惑いながらも呼びかけに応じるその声は、小鳥の鳴き声のように澄みきっていた。




栞さんのバイクは何度か名前が出てきていますが、スズキのGSX1300Rハヤブサです。
そして作中で「白銀色」と表していますが、詳しく言えば2000年モデルの限定色「メタリックソニックシルバー」の事で、200台限定の車体だそうです。
ちなみに、当時のハヤブサは国内販売をしていないので逆輸入車となり、リミッターの無い最初期型で、メーターも350km/hまで刻んであります。

そして先日大型バイクの免許を取った私も、中古ですがハヤブサを買いました(´∀`*)
と言うか、ハヤブサに乗りたくて免許を取ったようなものですが。

しかも…………
2000年モデルの「メタリックソニックシルバー」を買いました。
リアル栞さんバイクです('-'*

今後付き合うショップも併せて探していたのですが、限定車の上、かれこれ20年前の車体なので、売りっ放しのネットオークションでなら時々車検切れ&現状渡しの車体を見かけますが、近隣のショップでとなるとある筈も無く、黒系か赤系の手頃な価格の車体で手を打とうと思っていた矢先、ふと立ち寄ったショップに一台だけあったのです( ゚Д゚)

コレもまた(えにし)というヤツですね('-'*

さて、次回は……


・営利誘拐未遂事案発生

・全員集合!

・士郎が立つ

・ふわっふわやぞ!

・お宅訪問

以上の予定です。

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