Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

47 / 76
前回以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

前回はいつに無く早く投稿できたのに、今回は二か月も間を開けてしまいました………。

外出自粛で在宅時間は多いのに、筆が乗らなかったのと、書いては消し書いては消しを繰り返していたので、今回はかなりの難産になりました。

まぁ、FGOのイベントやオリュンポスをがっつりやっていたというのもありますが……_:(´ཀ`」 ∠):_

それでは今回も、拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。


#047 Es ist wie bei Lorelei

 本当はいけない事なのだと言うのは分かっている。

 聖杯戦争で殺し合うマスター同士が、聖杯戦争以外の事で会うなんて事は。

 

 本当はいけない事なのだと言うのは分かっている。

 裏切り者に連なる彼と会うなんて事は。

 

 だって、私の存在意義は聖杯戦争で勝つ為であり、私の存在理由は彼らを殺す事なんだから。

 

 だけど、どうしてこんなに悲しい気分になるのか、私には分からなかった。

 

 この胸からいつも離れなかった、遠い昔の思い出。

 冬の冷たい風と、暖かな温もり。

 キラキラと輝く雪と、胡桃の冬芽。

 

 あの日から全てが変転した。

 独り残された虚無と、床の冷たさ。

 昏く晴れる事の無い吹雪と、辛く痛いだけの日々。

 

 私は知りたかった。

 私たちを切り捨てたあの男が、どうやって生き、どうやって死んでいったのかを。

 

 私は憎んでいた。

 私たちを切り捨てたあの男に、実の子のように育てられた彼を。

 

 だけど…………私は求めてしまっていたんだ……………。

 いずれ道具としての役目を終える前に、あの男の代わりとして、憎しみを募らせていた筈の彼に…………

 

 ()()()()()()()()()()()()()、過ぎ去りし日のような温もりを感じてしまったから。

 

 

 

 雑多な店が立ち並ぶ商店街に今日もやって来た。

 多くもなく、少なくもない人たちの賑わいは、商店街(Einkaufsstraße)と言うよりも、市場(Marktplatz)のそれに近い。

 

 今までお城から出た事はあっても、それも周囲の森に留まり、こうして大勢の人たちの喧騒と、様々な物が並んでいる光景は目新しくもある。だけど、昨日と代り映えしない商品の数々は特段目を引くと言うものではなく、横目でチラリと見るに留め、彼の姿を追い求めた。

 

 本当はいけない事なのに、彼と今日も話せる事が楽しみで、こんなにも心が躍る気分は何時以来だろうか。

 後でセラにガミガミ言われるだろうけど、そんな事は気にしない。

 だって、私はアインツベルンのマスターなんだから。

 

 程なくして、道端で立ち話をする人たちの中に彼を見つけた。たとえ後ろ姿であっても、あの夕日の様な赤毛の彼を見間違える筈も無い。

 そんな彼と向かい合って話をしているのは、背の高い男性と、柔らかな微笑みを浮かべる女性。そして彼の隣には……………

 

 その姿を認めた瞬間、思わず電柱の影に隠れてしまった。

 

 なんで?

 なんで今日はサーヴァントを連れているの?

 マスターは、お日様が出ている内は闘っちゃいけないのに、私だってバーサーカーを連れて来ていないのに、なんで今日はセイバーを連れて来てるの?

 

 そう…………そうよね……………

 私たちは聖杯戦争のマスター同士。聖杯を得る為に殺し殺されるだけの関係。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 期待を裏切られたという気持ちと共に、全身を掻き毟りたくなる程、はらわたが煮えくりかえる程なんて生易しいモノじゃない感情が全身を駆け巡りながらも、私の心中は雪の日のように静まり返っていた。

 

 そう………弱っちいくせに、シロウはそんなに私と闘いたいのね?

 シロウがそう望むなら、今ここで殺してあげる。

 どんなに泣いたって、喚いたって、赦しを乞うたって、そう簡単に死なせてなんてあげないんだから……………!

 

阿伊利亚(イリヤち)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっっっっっ!!!!!!!!!!!」

 

 全くの不意打ちだった。

 バーサーカーを喚び出そうと魔術回路を励起しかけた瞬間、私の名前を叫ぶ人型の何かに飛びつかれて地面に倒れた。

 こんな真似をする人物なんて………………

 

「シ、香蘭(シャンラン)…………?」

 

你好(こんにちは)イリヤちゃん」

 

 丸い顔に満面の笑みを浮かべて頬ずりする道香蘭(タオ シャンラン)が、また車椅子から飛びついて私を押し倒したのだ。

 まったく………足が動かせないのに、あんなに勢いよく飛びついて来るなんて、この子の上半身は一体どうなっているのかしら…………。

 

「もーっ!飛びつくのは止めなさいって言ったじゃない!!」

 

「えへへへへ。イリヤちゃん、また逢えたヨ。ワタシ非常高兴(とてもうれしい)ネ!」

 

 ジタバタともがく私の抗議を物ともせず、再会の喜びを惜しみなく表す香蘭のじゃれっぷりは、まるで大きな犬を相手しているかのようだ。

 道端で大きな声を出してじゃれ合っている二人は、当然のように周囲の耳目を集めるには十分過ぎて、案の定、私たちの姿を認めたシロウたちが駆け寄って来て、ようやく香蘭の過剰なスキンシップから解放されるに至った。

 

 香蘭はシロウの向かいにいた女性に、私はセイバーにそれぞれ抱き起されたのだけど、セイバーの態度は優しく、()()()()()()()()に対するそれとは異なっていた。

 一瞬、私の事を思い出したのか?とさえ考えたけど、再召喚されたサーヴァントは、以前に召喚された時の出来事を覚えていないと言う事を、他ならないセイバー自身によって証明されていた。

 

 黄金の髪、エメラルドの瞳。当然だけど、十年前と全く変わっていない姿を見たあの夜、驚きを隠し通すのに精一杯だった。なのに、彼女は私を見ても顔色一つ変える事は無かったのは、ほんの少しだけ心寂しかった。

 

「お怪我が無い様で何よりです。イリヤスフィール」

 

 そう優しく微笑むセイバーを見ると、否が応にもお城での穏やかで温かい日が幕を下ろそうとした頃を思い出して胸が締め付けられる。

 

「ダメじゃないか香蘭。イリヤに急に飛びついたら危ないだろ?」

 

「えへへ、嬉しくてつい…………ところでシロウ、この人たち、シロウのお友達?」

 

「初めましてお嬢さん方。俺は衛宮(コイツ)の通ってる学校で教師をやってる朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)って言うんだ。で、こっちは妹の栞。丁度、学校が休校だってのに()()()()()()()()()()()()を見つけてな、とっ捕まえてお説教してたところさ」

 

「なんでさ………伯母さんの家に行くのに、手土産を買いに来ただけって言ってたろアンタ…………」

 

 朝比奈って、まさか陰陽師(Yin Yang Meister)の朝比奈!?

 香蘭の兄と言い、この人と言い、なんで東洋魔術師たちの中でも、双璧とさえ言われる二家の魔術師が冬木(ここ)にいるの!?

 

 ()()()()()()()()()()、マスターから令呪を奪えばサーヴァントを従える事が出来て、勝ち抜けば聖杯を得られるかもしれないと考える魔術師が、過去の聖杯戦争では後を絶たなかったらしい。

 しかし、それも根も葉もない噂だという見方が大勢を占めるに従って、前回の聖杯戦争では遠巻きに眺める魔術師たちはいたそうだけど、マスターを襲って令呪を奪おうと企む魔術師はいなかったと言われている。

 

 今回の聖杯戦争は“何かがおかしい”と言う違和感はあった。それも大半はマキリの跳梁に因るものと結論付けていたけど、それでもこの時期に、彼らを始めとして、多数の魔術師が流入してきている事は、聖杯戦争を眺めるだけだとしても異常と言うより他ない。

 

 “火のない所に煙は立たぬ”と言うけど、まさか消えたと思った火種が、ここへ来て再び燻ぶり始めたとでも言うの?

 

 この状況を作り出したのは、マキリやリンではない事は確かだ。生粋の魔術師である彼らなら、この状況を利用して、聖杯戦争で勝ち上がる手段を画策はしても、自分の身さえ、延いては聖杯を奪い損ねると言うリスクがある状況を作り上げる意味も、動機も無いように見える。

 

 では一体誰が、何の為に?

 

 いいえ、本人にも気付かれないように、己の意のままに操る魔術だって在るのだから、魔術師のする事に“誰が”なんて意味は無い。意を向けるべきはその動機だ。

 

 だけど…………いくら有象無象の鳶が舞おうとも、聖杯(アレ)はアインツベルンの物よ…………!

 

 

 

 程なくして、朝比奈の魔術師は私たちの前から立ち去って行った。

 アインツベルンのマスターである私は言うに及ばず、香蘭が自己紹介をした折、一瞬だけ表情を硬化させた事からも、彼女が道教(Taoismus)の大家である(タオ)家の娘である事に気付いたのだろう。去り際に「じゃあ、またな」と言い残したのは、シロウたちにのみ向けられたものでない事は想像に難くない。

 

 事実、朝比奈の魔術師の中身が、どういう訳か()()()()()()()()()()()と言う事からして、今後の展開に何らかの形で介入してくるだろう。

 これが杞憂であればそれで良し。眺めている分にはこちらから手を出すつもりはないし、もし関わろうとするなら、その時は容赦しない。

 

「イリヤちゃん……………?」

 

 一人思考に耽り過ぎたのか、どうやら私の表情は、知らずに険しいものになっていたらしく、香蘭が心配そうな表情で声をかけてきた。

 

「ううん、何でもないわ。さぁ、行きましょう香蘭」

 

「え?でも、シロウも…………」

 

「良いのよシロウは。私たちがいたんじゃ“でぇと”の邪魔になるでしょ?」

 

 戸惑いを隠せない香蘭を尻目にスタスタと歩き出す。

 シロウとお話出来なかったのは残念だったけど、その代わり香蘭とまた()えた事は幸いだった。

 それは“嬉しい”と言う感情から来るものではなく、彼女の兄である道香龍(タオ シャンロン)が何を企んでいるのかを問い質す為だ。そこに“お人好し”のシロウがいてもらっては困る。そして、セイバーもいるなら尚更だ。

 

「ごめんネ、シロウ………」

 

「俺の事は気にするなって。イリヤとゆっくり話してきなよ」

 

 申し訳なさそうに詫びる香蘭に対し、シロウが呑気な声で応えている。

 いくらセイバーと一緒にいるからって、シロウは油断し過ぎよ。周囲にだって全然気を配ってないじゃない。私がマスターとして来てたら、シロウなんてあっという間に死んでたんだから。

 

 それに、東洋の魔術は特に呪術に長けているとも聞くし、もし香蘭の態度が上辺だけの物だとしたら、今この瞬間に気付かれずに呪詛をかける事だって不可能じゃないのよ。

 まったく、シロウがこんな調子だと、先が思いやられるわね……………。

 

 

 

 商店街から少し離れた小さな公園に私たちはやって来た。昨日一昨日とシロウとお話をした公園だ。

 夕方にはまだ早い時間だけど、公園には私たちの他に人はいない。

 

 公園の中ほどにあるベンチまでたどり着くや否や、香蘭をその場に残し、公園全体に認識阻害の結界を張り巡らせる為の術式を各所に刻み付ける。これなら誰かが公園に入って来る事はまず無いし、誰かが通りかかったとしても私たちを認識する事は無い。

 

 ふと、私は()()()()()()()()()()()()()()()のかと気付いた。

 香蘭を問い詰める事なんて、何もここで無くても良い。魔術で眠らせてお城に運んでしまえばそれで済む話だ。

 お城なら、彼女をその場で殺す事なんて簡単な事だし、仮に逃げられたところで、彼女の足で森を抜ける事など出来はしない。

 

 なのに、なぜ私はわざわざ彼女の目の前で結界を敷設してまでここで訊こうとしたのか?第一、お日様のある内に戦いになる可能性だってあるのに……………。

 自分自身でも理解不能な行動に戸惑い、同時に苛立ちがつのる。

 

「………イリヤちゃん………?」

 

 背後から投げかけられる声に、僅かな怯えが混じっている。私が何をしたのか、彼女が()()()()()()()()()からに他ならない。

 

「答えなさい。何故道家の魔術師が冬木(ここ)にいるの?」

 

 振り向きざまに駆け引きの欠片も無い質問をそのままぶつけた。

 彼女が何かしらの抵抗をする素振りを見せたなら、即座に天使の詩(エンゲルリート)で拘束する。だけど、ここで殺すのは後始末が面倒になるから、(デーゲン)を使うのは最後の手段だ。

 

「……………何の…………事…………?」

 

「とぼけなくても良いわよ。貴女の名前を聞いて、まさかとは思っていたけど、貴女のお兄さん、道香龍が私の前にのこのこと現れたのは失敗だったわね」

 

「お兄ちゃんが…………」

 

「道家の一族なのに、一族の邪魔になる人間を始末する()()()()()()()()()()。極々一部だけが知っている顔を、この時期に、こんな場所で見かけたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思うのは当然でしょ?」

 

 大丈夫、今の私は冷静に判断出来ている。さっきのは余裕から出た気の迷いだ。決して、この()の人懐っこさや底抜けの明るさに()()()()()()()()()()()()()()()()…………!

 

「それもそうよね。魔術協会を何かと目の敵にしている道家の縄張りの近くで、聖杯戦争(こんなこと)していたら邪魔の一つでもしようと考えるのは当然ね。でも、今までは何もしてこなかったのに、なぜ今になって動き出したの?」

 

「……………………………」

 

「まさか道家(あなたたち)も、マスターに選ばれてもいないのに聖杯を奪うつもりなのかしら?」

 

 俯き、両手を固く握りしめている彼女はいつまでも押し黙っていた。

 魔術を行使しようとしている気配は無いけど、いつまでも彼女が口を開くのを待っているわけにはいかない。

 

再问一句(もういちどきくわ)你为什么来冬木(どうしてふゆきにきているの)?」

 

「………………!」

 

装作没有不会说日语不过那个浪费了(にほんごがはなせないフリをしてもムダよ)我会说汉语(ちゅうごくごははなせるわ)

 

 “日本語にしにくい”と言う()()()の可能性を潰して追い詰める。だけど追い詰める事に因って、彼女に掛けられた何らかの暗示のスイッチが入り、私に向かって襲い掛かって来る事を警戒するのは忘れていない。

 

「……………そう、答えないなら良いわ。貴女をアインツベルンの城に招待してあげる。そこでゆっくりお話しするとしましょう。尤も、お兄さんとはもう二度と会えなくなるけどね」

 

 魔術で眠らせるべく彼女に向け手をかざし、最後通告を突きつける。

 

 これ以上この娘が黙っているようなら、お城に拉致して無理矢理聞き出す。そして、その後は当然……………。

 本当に運の無い娘………………。

 道家の人間じゃなければ、こんな目に遭わずに済んだのに……………。

 

「……………どうして……………?」

 

 握りしめた彼女の拳に、大粒の涙が零れ落ちている。

 “どうしてこんな事をするのか?”なのか、それとも“どうして聖杯を欲しがっているのか?”なのか、彼女の問いの意図を掴みかねるけど、質問をしているのは私の方だ。

 

「どうしてイリヤちゃんが戦わなきゃいけないの!?」

 

 予想外の問いに一瞬自失した。

 

 “なぜ私が戦わなければいけないのか?”

 

 そんな事、今まで考えた事が無かった。

 だって、それが“役目”だもの。

 そのように作られ、そのように生きてきた。

 

 いくつもいくつもくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつも、数えきれないほど失敗して、数えきれないほど打ち捨てられて、ようやく見えてきた“天の杯”に至れる可能性。

 自分なんてモノが何一つ無く、またその必要も無い。ヒトの形をして、ヒトを模して造られた泥人形。

 

 それが私と言う、聖杯を得る為だけの存在。

 そこに戦う意味を問う必要など無い。

 なのに彼女は問う。“なぜ私が戦わなければならないのか”と。

 

「それは………貴女には関係ないわ…………!」

 

 キッと睨みつけて突き放す。

 元よりその問いに答えるつもりは無い。

 

「だって、イリヤちゃん、時々辛そうな顔してる。痛そうな顔してる。なんで、そんなにしてまで戦わなきゃいけないの!?」

 

「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!昨日初めて会ったばかりの貴女に何が解るって言うの!?」

 

 彼女の悲痛なまでの、そして()()()()()()に頭に血が上った。

 それが私の役目。

 そう、役目なのだ。

 それが私の存在意義。

 ()()()()()()()()()は理解している。

 

 だけど、生まれてから城を出た事の無い私にとって、それが世界の全て、それが生きる道の全てであり、それ以外の道を知らない。

 その道をどんなに厭おうとも、どんなに絶望しようとも、昨日初めて出会った人間に、それが解かる筈はない。

 

「………………………私と同じだから……………」

 

 ポツリと呟く彼女の言葉に耳を疑った。

 彼女はどう見ても普通の人間。私と見た目は同じであっても、その中身が根本的に異なる筈だ。

 なのに彼女は、“()()()()”と(うそぶ)く。

 

「………………………私の足が動かないのはね…………魔術回路の一部を無理矢理剥がされたからなの」

 

 動かない足を擦りながらそう語る彼女の表情は、暗さよりも何かに対する諦観の方がその比重を占めているかのようだった。

 

 魔術回路とは、魔術を扱う為の疑似神経。魔術師の中に在って、魔術師を魔術師足らしめる物。

 魔術回路は儀式によって移植する事は出来るけど、それは双方の合意があってこそ成り立つものであって、彼女の言うように、一部とは言え無理矢理に剥がされたら、肉体に後遺症が残る事は周知の事実だ。

 

「………………認めたわね…………自分が道家の魔術師だって事を…………」

 

 魔術師であるか否かは、魔術回路の有無に置き換えても過言ではない。その点で言えば、彼女は“道家の魔術師”である事に違いない。

 

「それは少し違う。私が魔術を教わったのは、お母さんとまだ一緒に住んでいた小さい時だけ。私が道家に引き取られてからは、道家の魔術なんて一切習わなかった」

 

 だけど、やおら首を横に振って否定する彼女を見て、改めて納得いくものがあった。

 彼女からは殆ど魔力が感じられない。それは例えるなら、シロウと同等かそれ以下と言う程度だ。これでは彼女を“魔術師”と呼ぶには語弊があるだろう。

 

「当然だよね。私は道家の魔術師として嘱望されていた訳じゃなくて、道家の当主が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから…………」

 

「その話が本当なら、道家は愚かとしか言えないわね」

 

 魔術回路は生まれ持った数が決まっていて、当の魔術師が生きている間、それは減る事はあっても増える事は無いのだけど、いくら血縁とは言え、道家の当主は他人の魔術回路を移植して自分の魔術回路を増やそうとした。

 そんなの、胎児の頃に移植するならともかくとして、魔術師として成長した人間に移植したところで、精々で魔術師同士の魔力を融通し合う程度にしかならず、当人の魔術回路として定着する事も、ましてやそれを跡継ぎに残す事なんて出来る筈も無い。

 

「そうだね…………それでも、道家の現当主道龍明(タオ ロンミン)は、私の魔術回路を()()()()()()、いずれは神仙への道、貴女たちで言うところの“根源の渦”に至ろうと考えているの」

 

「それで聖杯を奪い取って、その“神仙への道”とか言うモノに至るっていう訳?魔術師らしい考えだけど、やっぱり愚かとしか言いようがないわ」

 

 仮に移植した魔術回路を定着させる事に成功したとしても、魔術回路が増えたところで、()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その足りない分の魔力を聖杯に求めているのだろうけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を道家は知らないようね。

 知っていれば、()()()()()()()()()()をする訳がない。

 

「ハッキリと言っておくわ。貴女たちでは聖杯を奪う事は出来ない。“神仙への道”とやらは、他の方法を当る事ね」

 

「……………それは……………出来ないよ」

 

「………そう……………じゃあ、ここで殺すわ」

 

 交渉は案の定決裂したけど、何故かそれが残念に思えた。

 

 ………………………。

 

 一体何を考えているのよ私は!

 この娘は聖杯を掠め取ろうとする道家の魔術師なのよ!

 ううん、魔術回路が在ったって、この娘の魔力じゃ魔術師だなんて到底…………じゃなくて!…………何なの!?一体何なの!?なんで私は、この子を殺す事をこんなにも躊躇するの!?まさかこの娘は、私の精神防御を容易く突破して何らかの術でもかけたというの!?それとも、この娘は実は“魔眼使い”だとでも言うの!?

 

「……………イリヤちゃんになら………いいよ」

 

 何よそれ…………。

 何なのよこの娘…………。

 今自分が殺されるっていうのに、なんでこの娘は()()()()()()()()()()()()()()()!?

 生殺与奪の権は私が握っているというのに、何の抵抗の意志を示す事さえせずに受け入れようとしている彼女の態度に慄然とした。

 

 古来、人が闇夜を恐れたのは、そこに“見えない何かが在る”と無意識で思い込んでしまい、在る筈も無いモノをその中に幻視してしまうからだと言う。

 今となっては笑い話なのかもしれないけど、それは私自身にも身に覚えが在る事だ。だけど、まだお日様のある内に、あの時と同じ恐怖を彼女に対して抱いてしまっている。魔術師としても弱っちい、無害そうなこの娘に対して…………!

 

「…………何で“私になら殺されても良い”と思ったの?」

 

 しかし“灯り”を手に入れる事に因って、人は不定形な暗闇の恐怖を払拭したように、彼女の心中に“問い”と言う灯りを点す事で、この不定形な恐怖を払拭しようと試みた。

 

「……………いずれ私は、魔術回路を全部引き剥がされ、ゴミの様に捨てられて死ぬだけ。……………でも、どんな形であれ、イリヤちゃんの、()()()()()()こんな素敵な死に方は無いかもね」

 

 友達…………

 言葉としては知っている。

 概念としては知っている。

 

 血の繋がりも無く、主従の間柄でも無く、対等に交わる赤の他人。

 この娘は、昨日会ったばかりの私を“友達”と言った…………………。

 そんな関係とは無縁だった私を、対等に親しく交わる関係だと………………。

 

「生まれは選べないけど、それでもお母さんがいて、お兄ちゃんがいて、ほんのちょっとの間だけだったけど友達が出来て、その上、死に方まで選べるなんて、私は充分幸せだったよ。やりたかった事はいっぱいあったけど、それは仕方ないよね…………………」

 

 諦観した言葉を発しながらも、神に祈るように胸の前で手を組み、充足感を湛えた笑みを浮かべる彼女の矛盾した態度は、しかし不快を催すものではなく、彼女の本心からの吐露である事が窺い知れた。

 

「………………………無駄かもしれないけど、もう一度言うわ。聖杯は諦めて、国に帰りなさい。それでも諦めないようなら………………冬木(ここ)から西にずっと言った森にお城があるわ。“アインツベルンの森”って言えばきっと分かるでしょ?先ずはそこへ来なさい」

 

 それが蟻の一穴となった事は間違いない。この娘をここで殺すと言う強固な意志は萎え、無益な提言である事を知りつつも、二つの道を示した。

 無論、彼女は後者の道を採るだろう。

 

「そこで貴女たちを殺してあげる」

 

 それが、彼女が自ら求め、もたらされる結果だ。私の“迷い”が介在する余地は無い。

 

「さよなら香蘭。貴女の事、嫌いじゃなかったわ」

 

 背を向け、彼女の顔を見ずに呟き、そして僅かに濡れた呼び声を背に走り出した。

 

 必死に、全力で走る視界が僅かに滲んでいた。

 

 どうしてこんなにも悲しいのか、私には訳が分からなかった。

 胸に吹く風は冷たく、心は暗くなっていた。

 

 異国の地で出会った少女は、喜遊曲(ディヴェルティメント)も斯くやと言う気質で、不思議な力を漂わせていた。

 いつの間にか私の心に腰を下ろし、私の心をかき乱し、私の心を波のように飲み込んでいった。

 

 それはまるで、ライン川で妖しく歌うローレライの魔のように…………………。

 

 何の事は無い。

 さっきから付き纏っていた奇妙な違和感は、客観的に自身の内面に目を向けた瞬間にその正体が知れた。

 

 なんて単純な事だろうか。

 なんて無邪気な事だろうか。

 

 心の片隅で、彼女を()()()()()()()()と認識してしまっていたのだから…………。




暖かくなって、天気の良い日にちょいと日帰りツーリングと洒落込みたいところですが、がっつり自宅に引き籠ってます。

なので、今期の新作アニメのチェックが捗ってます('-'*
今期私が推せるのは「かぐや様」と「はめフラ」でしょうかね('-'*


さて、次回は……

・全員集合!

・士郎が立つ

・ふわっふわやぞ!

・病室ではお静かに

・お宅訪問

以上の予定です。

カルデア放送局ライト版の配信が4/25にあるそうなので、遅れていたGWイベントが始まるかもしれませんね('-'*
あ、いや、続き頑張って書きます………(--;
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。