Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
「Fate/Requiem」コラボがそろそろ来ますね。
開幕直前PUの星5二騎が何ともアレで、他の星4鯖も含めて「ステイホーム」の暗喩か何かかと穿った物の見方をしてならない今日この頃です。
一部で緊急事態宣言が解除されましたが、継続中の都府県で気が緩んでいるのではと見て取れる雰囲気を感じ、第二波を危惧しているのですが、無事平穏な日に戻って、延期されていたHF完結編を見たいものです。
さて、今回はいつに無く筆がノリノリで早くお届けする事が出来ました。
今回は新キャラを含む、オリキャラのみの回ではありますが、お付き合いいただけましたら幸いです。
冬の街を覆う空は茜から紫へ、そして黒へと変わり、満ちるには聊か足りぬ
そんな中を、いくらタンデムシートに座って正面からの風当たりが少ないとはいえ、昼過ぎに比べて更に冷たく吹く風の中で身体を晒すには、普通のコートでは不十分かに思われたが、魔力の調整で風除けも出来るし、体温を少し上げることも出来るから、見た目に反して冬にバイクに乗ったとしても凍えると言う事は無い。
問題があるとすれば、魔力を使うので他の魔術師に感知され易くなるという点だ。今までは喫緊の課題ではなかったので放置しておいたが、現状を鑑みるにジャケットぐらいは買った方が良いだろう。
それを栞に話したら、嬉々として「これからバイク用品店に行きましょう」といつもなら言い出すのだが、今日ばかりは伯母さんの家から冬木
病院に到着した俺たちが向かったのは、最上階の特別病棟ではなく、病院の地下にある霊安室だ。
病院で亡くなった患者の遺体を一時的に安置するこの区画は、照明が煌々と点されているにも拘らず、当然とはいえ、何処よりも寒々しい空気と
道中の酒屋で購入した酒瓶を抱え最奥にある扉を開くと、今回呼び寄せた一門の魔術師たちが一堂に会し、俺たちの到着を待ちわびていた。
「ああ、お疲れお
やりきれない面持ちの
色の抜けきった白髪は綺麗に整えられ、岩のような
故人の名はジャン・レナルド・セヴィニェ。外部から朝比奈一門に加わった家系の中でも古株の当主であり、若い頃は軍だか警察だかの特殊部隊に所属していた事もあって、近代戦闘と軍隊格闘のノウハウを栞に教練したのは他ならぬ彼だ。
厳つい容姿とは裏腹に愛嬌があって、義理人情に厚く、世話好きだった事から人望も厚く、この場に居る誰もが何かしらの恩を受け、皆から“おやっさん”とも“親父さん”とも呼ばれ慕われていた。
そんなおやっさんは、今回の聖杯戦争に併せて呼び寄せた魔術師の一人だったが、来日して数日後、何者かの手によって殺された。
初動の遅れから遺体は警察に回収され、その死が公になってしまったが、幸か不幸か、その後に頻発した事件によって司法解剖の手が回らなくなった隙を突いて、おやっさんの遺体を回収する事に成功した。
「…………おかえり、おやっさん。コレ、アンタの好きな大吟醸だ。一緒に飲む約束だったのに、守れなくてゴメンな………」
おやっさんの遺体に深く一礼して話しかけ、簡易的に設えた祭壇に酒瓶を置くが、それでもおやっさんは目を覚まそうとしない。
フランス人のくせにワインよりも日本酒が大好きで「やっぱり
「ありがとうございます宗主。これで、ようやく父を故郷に連れて帰る事が出来ます」
熱くなった目頭を押さえる俺に、向かい側に立つ青年が深々と頭を下げる。
この青年はヴァレリー・デュドネ・セヴィニェ。その名の通り亡きおやっさんの息子で、セヴィニェ家の次期当主となる人物である。
「すまないヴァレリー、こんな事になったのも俺の落ち度だ」
「勿体ないお言葉痛み入ります。ですが、どうかお気になさらず。魔術師とは常に死と隣り合わせと父もよく申していました。それが、今だったと言うだけです」
魔術師らしい割り切りで、謝罪する俺を宥める。
「男子、三日会わざれば刮目して見よ」とはよく言ったもので、あの“泣き虫ヴァレリー”が立派になったものだ。
「ですが、一つだけ宗主にお願いしたい事が………」
「おやっさんの敵討ちをさせろ。か?」
決意を秘めた目で頷く彼の心情は理解出来るが、悲しいかな一門の宗主としてその決意を拒絶しなければならない。
「お前さんの気持ちは理解している。気持ちだけで言えば、お前さんの願いを一も二も無く叶えてやりたいとさえ思っている。だがおやっさんは、いやセヴィニェ家は、代々一門に多大な功績をもたらしてくれた。一門の長としてそれに報いるには、宗家の名に於いてセヴィニェ家を守り立て、魔術刻印を後世に受け継がしめる事だ」
「ですが!」
「お控えなさいヴァレリー。こればかりは、宗主の言い分の方が正しいわ」
尚も食い下がろうとするヴァレリーを、隣に立つ彼よりも年若い容貌の美女、サーシャことアレクサンドラ・ロマーノヴナ・クラコフスカヤが押し止める。
彼は今回呼び寄せた魔術師の一人ではなく、父の死によって急遽来日したに過ぎない。
今回の聖杯戦争に関わるにあたり、俺たち自身にも命の危険がある公算が高い以上、万が一にも彼が命を落とすようであれば、セヴィニェ家の魔術はそこで途絶えてしまう。それだけは宗主として絶対に避けなければならない。
「そもそも今回呼ばれたのは、朝比奈の一族を除けば、
「いけず言いな。まあ、否定はしいひんけど。そやけどヴァレリーはん、ボクのような根無し草ならともかく、あんたは旦那はんの後継者として、敵討ちよりも大事な事があるのちゃいますか?」
「……………わかりました…………」
渋々ながらも、ニコラに説得されてヴァレリーはようやく諦めた。
こいつだってもうガキじゃない。それなりの分別はついているだろうが、父親を殺され、その敵討ちを他人に委ねざるを得ない状況に不満が無い訳ではないだろう。
「美彌、おやっさんの魔術刻印は無事だったか?」
「ああ、傷一つ無かったさ」
「
「一部屋既に空けてあるよ。それと、費用は実家持ちって事で処理しておけばいいんだろ?」
「ああ、それで頼む。サーシャは移植儀式の準備に取り掛かってくれ。執行自体も一任する」
「
「ヴァレリー、明日にでもホテルを引き払って
「わ、わかりました………」
「それからサーシャ。儀式はどれぐらいかかりそうだ?」
「そうですわね…………
「だそうだヴァレリー。おやっさんの
「……………ありがとうございます!」
我ながら何とも悪辣だと内心で自嘲した。
なにしろ、ここにいるヴァレリー以外全員に対し、
兎に角、最重要案件は一段落した事で、今日ここに全員が集まった第二の本題に進める訳だ。
「それで、おやっさんの死因は結局何だったんだ?見たところ、頚椎が折れているようだが………」
目の前で横たわるおやっさんの遺体は首がコルセットで固定されていた。これは即ち、首の骨を折られたが為に頭が動かないようにする処置だ。
「先ず親父さんの遺体には魔術残留物や、親父さん自身も含めて魔術を行使した形跡は一切残ってなかった。死亡から時間が経ち過ぎてたから、魔術的な痕跡はほぼ消失したと言って良いね。それで医学的な死因だけど、頚髄損傷に因る呼吸不全で、恐らくほぼ即死。首以外の目立った外傷は無し。胃の内容物から、死亡推定日時は二月一日の午前零時から二時の間。アルコールはほんの少量だけ摂っていたようだね」
美彌と共に司法解剖に立ち会った龍徳がバインダーに挟んだ報告書から抜粋して読み上げる。
「二月一日の午前言う事は、夕飯は一月三十一日の夜言う事やろ?その日やったら、旦那はんと一緒に、センタービルの店で蟹食うてましたわ。アルコールはアレや、旦那はんは甲羅酒を一杯だけ飲んではったわ」
「うん、確かに爪の間に甲殻類の焦げた欠片があったね。あとは倒れた際に付いたと思われる土だけで、犯人の物と思しき組織片は検出されなかったよ」
と言う事は、おやっさんは脳震盪なんかを起こして抵抗出来ない状態だった。と言う事だろうか。
「それと、頭部全体を通して外傷は無かったから、恐らく顎に掌底打ちを受けて脳を揺らされたんだと思う。身体にも外傷が無かったから、初撃で脳を揺らされて、そのまま後ろから、こう、親父さんの首を折ったようだ」
ジェスチャーで再現する龍徳の言に、美彌とサーシャ以外の一同が色めき立つ。
おやっさんは白兵戦技の達人で、
そんなおやっさんが初撃でやられるなんて、それこそ熊か虎なんかの猛獣、はたまた人外の化生の類を相手にしたとしか思えない。
「まさかサーヴァントの仕業じゃ………」
青ざめる
「おやっさんの心臓は、今もちゃんと体の中さ。おやっさんほどの魔術師だ、サーヴァントが殺してそのまま打ち捨てるなんて、ちょっと考えられないだろ?」
チラリと美彌に視線を向けられた栞が無言で頷く。
魔力の源泉は生命力であり、生命の根幹は心臓に在る為、魔術師の心臓はそうでない者のそれよりも多分に魔力を含んでいる。
サーヴァントにとって保有魔力は多いに越した事は無く、殺害を目的としていたとしても、
「サーシャ、アンタおやっさんの魂を呼び寄せたり、記憶を読み取ったりしたんだろ?
魔術的、医学的に犯人の痕跡が探れない以上、最後の手段として、皐月の言う通りおやっさん自身の魂を呼び寄せて尋ねるなり、記憶から犯人の人相を探る事となる。
本来魔術師が殺された際、記憶を読み取られて秘儀が盗まれないように、記憶に強固なプロテクトの術式を施すのだが、おやっさんは生前、万が一に備え
「ええ、ムッシュは魔術師の風貌ではなかったと仰ってましたわ。それと記憶の方は、時間が経ち過ぎていたものですから、かなり
然もあろう。生命活動が終了した瞬間から体細胞は死滅を開始し、同時に魔力もそれ以上生成されなくなる。そして、記憶保持の為に残存魔力を集中させたとしても、魔力自体が時間経過と共に消失する以上、欠落があるとは言え、正味四日間も記憶を保持し得たのは、俺たちに何としても事のあらましを伝えようという執念の賜物と言って良いだろう。
「ともあれ、この先は私の口で語るより、
サーシャが両手を広げると、各々が手を繋ぎおやっさんを中心に一つの輪を形成する。その様はまるで“かごめかごめ”のようだ。
これはサーシャが読み取ったおやっさんの記憶を、手を繋いでいる全員の視覚に投影する“転移”の魔術の応用で、“遠見”や“憑依”の魔術の親戚のようなものだ。
「感覚までは繋げませんけど、気分が悪くなったらゴメンあそばせ。………………
目を瞑り、黒く塗りつぶされた世界に、流麗な詠唱だけが響き、やがて視界にモノクロームの映像が映し出される。
それは例えるなら、昔テレビで見た事のある戦前の記録映像のような低解像度で、画面全体ではなく、部分部分に砂嵐のようなノイズが入っていて、そこに映るモノの判別を難しくしている上、夜である為に全体的に暗く、等間隔に並ぶ街灯の明かりがようやく其処に形を与えている。
おやっさんが殺されたのは中央公園近くの路上だった。ニコラとの会食後に、冬木の地形を自分の足で確認しに行ったのだろうそこは、センタービル近くに確保した宿とも、俺の自宅マンションとも離れていて、歩道の植え込みに突っ伏すように倒れていたという。
丁度、俺が
おやっさんが歩道を歩いていたその先、街灯と街灯の間に出来た闇だまりにうっすらと二本の足が見える。スラックスともジャージパンツとも判じ得ないそれを穿いた人物の腰から上は識別できないが、
その男の手前の街灯の明かりが及ぶ外縁で微動していた視覚が止まり、歩みを止めた事を示した。自身も暗がりに身を置けば、相手が得る視覚情報を制限出来る上、認識範囲外で相手に対して備えが出来るメリットがある。
この場合、錬金術師のおやっさんなら、右手に嵌めたタングステンカーバイドの指輪を格闘用の礼装に変成させるのだが、先程龍徳が言ったように、魔術を行使した形跡が無かった事から、この不審な男に対しそこまで警戒はしなかったのだろう。
時間にしてほんの数秒だろうか、両者は街灯を挟んで対峙していたのだが、男が半身に構えた瞬間、鞭のようにしなる左手が視界いっぱいに広がり、次いで見えているモノ全てがぐにゃりと歪み、瞬く間にブラックアウトした。
「マスター、大丈夫ですか?」
栞に肩を揺すられ、俺の視界は色彩を取り戻した。
最後に視界が歪んだせいか、三半規管が錯覚して軽く目眩がしている。
「っ……………なんだありゃ……………」
眉間を揉み、軽く頭を振りながら今見た事を反芻する。
まず、男の顔は全体像が判別できなかったが、口元に大きなホクロが在ったのは見て取れた。
次いで男の格好だが、中肉中背と言った感があり、上着はみすぼらしいスウェットのようにも見えた。
そして男の構えだが、異様に左肩が下がっていて、恐らく男の左拳は腰の辺り。ボクシングのフリッカースタイルに似ていなくも無かったが、右わきを大きく開いていたように見えたので、例えば、この男の構えに似ている「柳生心眼流」のような古武術を起源に、より効率良く相手を殺傷せしめる技に昇華させたとも考えられる。
おやっさんの性格を考えれば、油断したとも相手を侮ったとも考えられない。この男の纏う雰囲気が、暗殺者のそれと感じ取らせないモノだったのだろう。
そうなると、これは行きずりの犯行ではなく、
「…………これだけでは確証が無いのですが、古武術や甲冑組討の発展形と言うよりも、むしろ吾々忍者の体術から派生したモノかもしれませんね………」
栞の呟きに一同が視線を集める。
曰く、忍者は基本的に戦闘そのものを避ける。諜報なり暗殺なり、果ては窃盗なり、目的が達成されたなら即座にその場から離脱すると言う。それは必ず帰還する事を至上とすると言うよりも「死んでしまっては元も子もない」と言う
そして戦闘が避けられない状況に陥った場合、利き手では無い方で牽制しつつ、もう一方の利き手で煙玉に代表される火術等を用いて逃走を図る。
場合によって牽制に差し出した左腕を斬り落とされる事もあるそうだが、その斬り落とされた瞬間に生じた僅かな隙をついて逃走に転じると言う。
利き腕で無い方を牽制に使い“逃走”を目的とする忍者、片や利き腕で無い方を牽制に使い“殺害”を目的とする暗殺者。目的は異なれども、その過程の合致性が、不確定ながらも推測の根拠であると締めくくる。
「これはもしかすると、対魔術師どころか、
美彌の何気ない思い付きも莫迦には出来ない。
魔術師が魔術師を殺した場合、その痕跡を残さないか、或いは事故死や自然死などに擬装するのが定石だ。
翻って、おやっさんの場合はそれらの工作を一切せずにそのまま打ち捨てている。海外ならいざ知らず、特に日本に於いて、“殺害”と“隠蔽”がセットになっていない点で、
「で、そう言った組織に、公安のお巡りさんは心当たり無いのかい?」
「……………」
「皐月?」
「ん?ああ、ゴメン美彌。で、なに?」
「どうしたのさ皐月、ぼーっとしちゃって。表の暗殺組織みたいな連中に心当たりはないか?って訊いてるのさ」
「んー………
皐月の懸念も当然と言えば当然だ。
なにしろこれが反社会勢力絡みではなく、専門の暗殺組織に因るものだとしたら、その上客は政財界の権力者と相場が決まっている。宮仕えの皐月では分が悪いどころか、公安の上層部で恣意的に情報を隠蔽している可能性もある。いくら旭奈会の意向を以て探りを入れたとしても、下手をすれば旭奈会自体が足元を掬われかねない。
「それにさ、おやっさんを殺したヤツだけど、こいつ、もう死んでるかもしれないよ」
「口封じどすか?」
「それはまだ分かんない。兎に角、今朝の三時頃だったか、貨物列車に飛び込んだ奴がいてさ、ここに来る前に検死に立ち会ったんだけど、
皐月が先ほど見たホクロの位置と自分の顔の同じ箇所を指差す。
こういう人身事故は刑事事件として扱われる案件なのだが、刑事とは不仲と言われる公安の皐月が、刑事の案件によく踏み込めたものだと感心した。
曰く、古参の刑事と気脈を通じるようになり、
「そいつは二十代から三十代の男で、身元が割れるような遺留品は特に無し。所轄じゃ
その刑事が言うには、今朝死体で発見された
確かに何百トンもの貨物列車に轢かれてバラバラになってしまえば、その前に骨折していたかどうかの判断など困難を極めるだろう。
刑事自身も随分と突飛な発想をしたものだと自嘲していたが、こういう時に経験を重ねた人間の勘は無視する事が出来ない。
そして、殺された魔術師の事を“国際テロ組織のメンバー”と言った皐月のブラフが、思わぬところで功を奏したと言えよう。
「では、ここは私の出番ですわね。皐月、後でその方の所に
その男から物証を得られない以上、魔術的手段によって証拠を得るより他なく、死んでから一日と経っていないなら、おやっさんよりもはっきりとした記憶が読み取れるはずだ。
「そうだな、皐月とサーシャはそいつを調べてくれ。それとニコラ、
おやっさんの執念のおかげで、俺たちは足掛かりを得る事が出来た。しかし同時にそれは諸刃の剣でもある。
執念や無念、妄念と言った強い感情を持ったまま死ぬと、その魂が土地に縛られる事が多分にあり、そして負の感情が強ければ強い程、魂は内在する悪性によって変質或いは変転し、俗に言う“悪霊”となってゆく。冬木のように、
そうなる前に、死者の魂を向かうべき場所へと送り出す儀式を執り行わなければならない。
宗教によって魂の行き先は異なれど、死後の魂は安らかに新たなる旅路に赴くべきである。
本来なら宗主の俺が送るべきではあるが、ここは故人の信仰に準じて送り出すべきだろう。
「ほな、略式で申し訳あらへんけど、ボクが旦那はんを送らせていただきます」
仮葬儀を司るニコラがストラを首にかけておやっさんの傍らに立ち、全員がその後ろに並び立つ。
「
首から下げた
「
ヨブ記。神から理不尽と思える程の苦難を与えられながらも信仰を保ち続けた男の、全四十二章に渡って綴られた旧約聖書のエピソードで、その中の十九章二十五節から二十七節は、教会に於いて葬儀の際に最も朗読される一篇である。
「
ヨブ記自体はその内容は解釈が難しく、今尚学者たちの間で議論百出しているが、大まかに言うと、神が数多の苦難を与えようともそれには意味があり、その苦難は苦難のまま終わるのではなく、やがて希望へと変わっていく。と読み取ることが出来る。以前この論を持ってニコラに尋ねると「細かい事を言うたらきりがあらへんさかい、そないな感じでよろしおす」と返された。
「
続けて死者を祝福する祈りが捧げられる。
葬儀に於いて“死”を“祝福”と言い現わすには違和感を覚えなくも無いが、それは“故人を供養し、死後の幸福を祈る”と言う仏式の思考に端を発するものであって、キリスト教に於いては“個人が生涯を全うした事を神に報告し、故人の罪を祓い、神に受け入れられる事、そして復活を祈る”とされているからだ。
「
アーメン。
祈りを締めくくる言葉。
ヘブライ語で「
永遠の命を願う祈り。
そうであって欲しいと言う祈り。
通俗的に「不死を祈る」と誤認されかねないが、正しくは、キリストを通して命の源である神との人格的な交わりを持つ事にあるとされている。
宗教観の違いに因る価値観の差異は、時として争いの火種となった事を多くの歴史が物語っている。
しかし、根底に流れる魂の安寧を祈る心は、宗教や人種、生まれや性別に至るまで変わる事は無い。
今までありがとう、おやっさん。お疲れ様。
その魂の道程が、
おやっさんの仮葬儀を終えた頃、時刻は二十時を過ぎていた。
臓硯が動き出すとしたらそろそろの筈で、時間の猶予はあまり無い。
手短にではあるが、伝達と情報共有を急ぐ事とした。
「まずおやっさんの代わりだが、これはロンドンで待機しているベルツに来てもらう。で、その穴を埋める為に、現地にいる魔術使いにオファーをかけたんだが、前の依頼が片付いたと今朝連絡があったので依頼した。なので、早ければ明後日ぐらいにはベルツが冬木に来る予定だ」
ベルツは一門の魔術師、と言うか魔術使いで、その在り様はどちらかと言うと“傭兵”のそれに近い。
そのベルツに、宗主代理としてロンドンに向かった
「ベルツの代わりになって、
皐月の判断基準は、全員が認識を一致させているところだ。
万が一にも対魔術師戦が発生した場合、巴恵は無類の強さを発揮する。そんな巴恵の傍に有象無象の魔術師や魔術使いが居ては逆に足手纏いになりかねない。
そこで、一門の中ではベルツが適役だったのだが、こちらの欠員を補充する必要がある以上、その適役もベルツだった。
そうすると、ベルツの穴を埋める人材は、ベルツと同等以上の実力である事が必須で、出来れば同等の人脈を持っている人物が望ましい。
傭兵の如き生業の魔術使いは数居れど、その条件を満たす者となると、畢竟一人の男しか思い当たらない。
「
その名を訊いた途端、一同は得心の表情を浮かべた。美彌に至っては口笛を吹いている。
獅子劫はその界隈では名うての魔術使いで、実績、実力共に申し分ない。加えて、仕事柄時計塔中枢とのパイプもあるので、少々高い出費にはなるが、それに見合った働きをしてくれるだろう。
「あの方、まだ生きてらしたのね」
「しぶといったらありゃしない」と苦虫を噛み潰したような表情をサーシャが浮かべているが、同じ死霊魔術師同士、過去に何某かの因縁があったのかもしれないが、今はそこを掘り下げないでおこう。
「次なんだが、ニコラ、監督役の様子はどうだ?」
「エライざっくりした質問どすなぁ。まあ様子もなんも、普段と変わらず言うところどす。そやけど、言峰君がどうかしはったんどすか?」
今のところは変わりなし。か………。
まあ、意図的に質問を
「マクレミッツの件は覚えてるな?」
「
「ああ、マクレミッツをやったのは、監督役の言峰綺礼だって事だ」
バゼット・フラガ・マクレミッツと言峰綺礼。互いに属する組織は異なれど、かつて魔術協会と聖堂教会合同の任務で同道して以来、両者は個人的に懇意な間柄であったと言う事は調査済みだ。
そのマクレミッツが、言峰に対して烈しい殺意を持っていた事から、マクレミッツ襲撃と令呪及び
「監督役がマスターから令呪を奪うって、その神父も聖杯を狙ってるって事かい?」
龍徳の疑問も至極尤もではあるが、それにしても
“目撃者は消す”と言うのは分かる。聖杯戦争、延いては魔術の闘争は、神秘の隠匿の観点からも極秘裏に行わなければならない。
だが、栞からの報告では“槍が躱されたなら帰ってこい”と命令されていたようだ。更に、
「だが現時点で
今でも栞の監視の目を
「せやったら、引き続きボクが言峰君を監視した方がええのちゃいますか?栞はんの監視の目ぇ届くのんは夜だけやし。それにボクが朝比奈から送り込まれた人間言う事で、そらそれで牽制になるかしれまへんよ」
ニコラの言う事も一理ある。学園での騒動に衛宮と遠坂がしでかした痕跡をねじ込んだ事の見返りと言う名目でニコラを送り込んだが、腹に一物ありそうなあの男なら、魔術師の一門に加わったかつての学友を額面通り歓迎していない事は明白だ。
それでヤツの動きを掣肘出来ているのであれば良いのだが、いよいよとなれば、かつての学友を手にかける事だってある。
「それに、ボクが一門に入ってからは瑛賢はんにこの命を預けてます。この命、好きに
「あら?心配は無用でしてよ。私が髪の毛一本も余さず礼装に使って差し上げますから、心置きなく死体になってくださいまし」
「ほんまえげつない事言う
ニコラとサーシャの毒舌の応酬は、仮葬儀の後の沈んだ空気を和ませるには十分だった。
とは言え、ニコラが自身の命を軽く扱っている様に少しムッと来たが、サーシャが絶妙なタイミングで毒を吐いてくれた事には感謝すべきだろう。
「お言葉ですが
おずおずと呈したヴァレリーの苦言に一同が頷く。
「………はは、こら一本取られたなぁ。そう言われたら、
「あのなぁ、お前をこんなところで死なせる為に一門に引き入れたんじゃねぇっつうの。それに、もう既におやっさんを喪ってるんだ。これ以上そんなふざけた事ぬかしやがったらぶん殴るぞ」
ニコラの腹に軽く拳を当て、睨みつけて言ってやった。
「義理堅いのは
全く以て冗談じゃない。
何某かの考えがあって言っているのは分かっている。喪いたくないと言いながらも、それが自分勝手な願望の発露だと言うのも分かっている。だが自分勝手に命を捨てにかかると言うなら、それでおあいこだ。
命懸けでやるのは構わない。だが命を捨てる前提でやって欲しくなどない。
「…………おおきに瑛賢はん。そやけど、言峰君の監視は引き続きボクにやらせて欲しいんや」
「…………理由は、訊いていいんだよな?」
ひたと見据える俺に対し、ニコラが無言で頷く。
「言峰君が何しようとしてるのかはまだ分かりまへん。それが誰かを助けたい為言うなら、みんなには悪いけどボクも手伝いたい思てます。そやけど、もしなんかアカン事企んでるようなら、全力で止めたいんどす」
その理由を静かに、しかし熱っぽく口述する様は、まるで神前で告解するかの如き雰囲気を纏っていた。
何故とは問わない。
問えよう筈も無い。
どうしようもなく理解してしまったのだ。
俺がニコラの立場だとしたら、きっと同じ事をしていただろう。
いや、命はかけないまでも同じような事をしていた。
かつて俺が切嗣を救わんと懸命になった時のように、ニコラもまた
そんな俺に、ニコラの行動を押し留める事など出来よう筈も無い。
だが……………
「…………分かった。ニコラは引き続き監督役の監視をしてくれ。但し、栞も監視に付ける」
ニコラにとって言峰が友人であるように、俺にとってもニコラは一門での立場を抜きにしても友人である。
マクレミッツを襲撃したのが言峰だと分かった時点で、漠然とではあるが今回の聖杯戦争の鬼門は冬木教会に在るのではと感じている。その直感に従うならば、明らかな危険がある以上それを座視するつもりも無い。
「栞はニコラに危険が迫った時の脱出を最優先。いや、むしろ退路の下準備と確保に専念してくれ」
「分かりました。では、今夜から早速」
「ほな栞はん。よろしゅうおたの申します」
「ニコラ、言峰がヤバいと感じたら迷わず逃げてくれ。それと、俺が“退け”と言ったら、今度こそ退いてくれ」
ニコラの両肩に置いた手に自然と力がこもる。
それを痛がる風でもなく、フッと笑いながら、そっと俺の手の上に自分の手を重ねた。その手はまるで、ニコラの決意を表すかのように熱かった。
「分かってんで。瑛賢はんにそこまで言われたら、ボクも我を張るんは止めときます。ほんま堪忍な、我儘ばっか言うて」
「誓って約束を違えるんじゃねぇぞ」
「
右手で大きく十字を切り、祈りの言葉を宣誓の言葉に置き換え締め括った。
異教に対して不寛容だった歴史が長いかの教えの神には、異教徒である俺の祈りなど聞き届けられないかもしれない。
それでも、陽気で人懐っこく、女癖が悪いのが玉に瑕な、異国で生まれ育った気の良い友の信ずる神よ。
貴方を愛する彼に恩寵と祝福を賜らん事を。
そうあれかしと祈るのみだった。
ヨブ記19章25節~27節については、Fate/ZERO最終話で麻婆神父が英語で朗読していたアレのイタリア語版です。
イタリア語版の聖書をググれば簡単に出てきます。
祈りの言葉の日本語訳は、ロードエルメロイ二世の事件簿「乖離城アドラ」から引用した文に手を加えたのですが、英語版はきちんと「祈りの言葉」としてあって、これのイタリア語版を探すのに数日費やしました………(;´Д`)
それはさて置き、皆さんは2000万DL記念の星5配布鯖はお手にされましたでしょうか?
私は悩みに悩んだ末、モーさんをお迎えしました。
何だかんだ言いつつエモさを取った訳です('-'*
さて、次回は……
・士郎が立つ
・誰だテメエ
・クックック………
・ふわっふわやぞ!
・病室ではお静かに
・お宅訪問
以上の予定です。