Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

マスターの皆様「Fate/Requiem」コラボイベの進捗いかがでしょうか?
終了まで残り二日足らずと言う事で、周回で三枚目の特攻礼装がドロップすることを期待して、高難易度攻略をギリギリまで待って、浮いた素材をQPに換えてしまおうと画策しているところです。

さて、以前から話の時系列をもう少し見やすくした方が良いのでは?と思っていたので、今回から作中時間の一日を各章に割り振ってみましたが、日を追う毎に一日当たりの話数が増えているのがおもっくそ可視化されましたね……(;'∀')

それでは、今回も拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。


#050 万言は一行に如かず

 中天に差し掛かろうとする月が、地表よりも先に薄雲を照らし出している頃、今日も俺は日課である魔術の鍛錬に勤しんでいた。

 

 今日の鍛錬はいつもとは違う。何しろ先生に“宿題”を出されてしまったからだ。

 その宿題と言うのは、俺の魔術回路のオンオフを自分の意志で出来るようになる事。

 

 先生や遠坂の言う通り、頭の中にスイッチをイメージして見てはいるものの、イメージではスイッチがオンオフを繰り返しているのだが、どうやら()()()()()()()()()()()()()()()()中々上手くいかない。

 遠坂に宝石を呑まされて、強制的に開いた魔術回路はいつの間にか閉じていて、その閉じた時の感覚にすら心当たりが無い。

 

 困った…………。

 先生は「ある程度で構わない」とは言っていたものの、その「ある程度」までが辿り着けない。

 

「明日にでも遠坂に相談してみるか…………」

 

 先生は明日用事があるとの事で、宿()()()()()()()は明日の夕方だ。

 今の状況って、なんかこう夏休みの最終日に、宿題を終わらせている友人のノートを書き写させてもらおうと考えているのと同じ感じだが、遠坂はそんな宿題なんてとっくの昔に終わらせているから、何かと言われるだろうけど、今は遠坂を頼る他無い。

 

「それにしても遠坂のヤツ、一体どうしたって言うんだ…………?」

 

 遠坂の様子はアレからずっとおかしかった。

 何やら考え事をしているようで、夕飯のすき焼きも箸が進んでいないようだった。それほど暗い表情ではなかったが、時折呼びかけに応じるその表情は何処となくぎこちなかった。

 その上、今日の夜の見回りは使い魔を飛ばすだけに留めて、早々に部屋に引き籠ってしまっている。

 

 やっぱり遠坂も桜の事が心配で、何も手が付かない状態なんだろうな。

 学園ではそれほど桜と仲良くしているようには思えなかったけど、桜が倒れた時は本気で心配していて、なんだかんだ言っても、本当は後輩思いで、根は良い奴なんだよな、遠坂は。

 

 それにしても、桜は今頃ちゃんと眠れているだろうか…………?

 今朝、慎二の見舞いに旭奈会(きょくないかい)病院に行った時に倒れて、そのまま入院してしまった。

 俺たちが行った時には大丈夫そうだったけど、何度も熱を出したり下がったりの繰り返しで、体力そのものが落ちているかもしれない。

 桜は「寝ていれば大丈夫です」なんて言っていたけど、やっぱりここはちゃんとした医者に診てもらう方が賢明かもしれないな。

 

「………っと、いけね。桜の着替えも持って行ってやらないとな………」

 

 桜がウチに泊まる事になっていくらかの着替えは持って来ている筈だ。さすがに女の子の荷物を漁る訳にはいかないから、遠坂に頼んで用意してもらわなきゃいけない。

 それに、何日ほど入院するか判らないし、栞さんから着替えを借りてばかりという訳にもいかないしな。

 

 とは言え…………

 栞さんはどうしてああも大胆な下着ばかり桜に薦めたんだ…………?

 と言うか、あの人絶対俺の事からかって楽しんでやがったな……………!

 

 遠坂も俺の事をちょくちょくからかってくるけど、栞さんのそれはより直接的で、年頃の男子には刺激が強すぎるんだよなぁ…………。

 

 正直に言おう。俺も男だ。それに今は夜だ。

 栞さんが色々な下着を見せつけてきた時、その下着姿を想像しなかった訳じゃない。

 いや、した。

 

 そりゃぁ、栞さんは美人だし、スタイルも良いし、学園中の思春期真っ盛りの男子たちが熱狂しない筈がない。例外だったのは俺や一成ぐらいなものだろう。

 だけど、そんな美人のお姉さんのお色気攻撃が直撃した日には、俺だって聖人君子ではない訳だし、一成ぐらいの強固な忍耐力でもなければ、理性の要塞が陥落寸前まで簡単に追い込まれるのも当然だ。

 

 そんな栞さんの着替えを桜が…………………………

 

 って、何を考えてるんだ俺は!?

 桜は大事な後輩で、友人の妹じゃないか!

 それを俺はなんて事を考えてるんだ!

 

 クソっ!昼間に()()()()()()()()のに、またなんだって()()()()()()()()()()()!?

 

 いかんいかん……………。

 鎮まれ、鎮まれ俺。

 今はそんな事をしている場合じゃないんだ。

 そう、宿題だ!宿題をやらなきゃいけないんだ!!

 大体、土蔵(ここ)にはティッシュなんて…………じゃなくて!!

 

 ああ、もうっ!

 何をやってるんだ俺は!

 こんな時に変な事考えて!!

 

 そうか……………宿題が上手くいかなくて詰まってしまってるんだ。うん、そうだ。そうに違いない。

 となれば、こういう時の気晴らしは“投影”をして気を紛らわせるに限る。そうだ。そうしよう。

 

 目を閉じ意識を集中させる。

 朧気に浮かぶイメージが徐々に輪郭を持ち始める。

 

 それは研ぎ上げられたばかりの様に白く艶やかで、なよやかな曲線はまるで朝の陽光を背に、浮き彫りになった桜の柔らかそうな………………

 

 ぬっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!

 

「………だからそうじゃなくて……………なんだって桜でこんな事考えてるんだよ俺は……………」

 

 あぁ………………今の自分の姿を冷静に見つめると、なんだか自分が途轍もないダメ人間に思えてくる………………。

 

「はぁ…………ダメだこりゃ………………全然集中出来やしないや……………」

 

 淫猥な思考が正常な思考を悉く駆逐し、その支配領域を拡大させてゆく様に頭を抱えて煩悶していたが、やがて抵抗を諦め、今日の鍛錬自体を断念した。

 

 仰向けに倒れ、大きく息を吐く。

 自身との戦いで不本意ながらも火照った身体が、冷えた床にその熱を奪われ、そこはかとなく気持ちが良い。

 気を抜いたら眠ってしまいそうな心地良さに「ここで寝たら風邪をひくぞ」と辛うじて残された理性が警鐘を鳴らし始めた。

 

「衛宮士郎だな」

 

「うわっ!」

 

 飛び起きようにも飛び起きる事は出来ず、ただ身体をビクンとさせて声を上げるのみだった。

 

 仰向けに倒れた俺を覗き込むように、白い髑髏の仮面だけを出して、全身に黒い外套を纏った暗殺者(アサシン)のサーヴァントが、気配を立てる事無く目の前に現れていたからだ。

 

「警戒は無用だ。お前を殺しに来た訳ではない」

 

 暗殺者(アサシン)がしゃがみ込み、顔を近づけ無機質な口調で囁く。

 

 なんて事だ…………。

 屋敷とは違い土蔵に警報が鳴る事は無いが、外敵が敷地内に侵入したら屋敷の警報が鳴る結界が張られている。

 それなのに、その結界を掻い潜り、誰にも気付かれずに入り込んでくるなんて……………!

 

「………へぇ、殺しに来た訳じゃないだって?世間話でもしに来たって言うのか?なんなら、お茶ぐらいは出すぞ」

 

 手元に武器になるような物も無い、投影で作る時間も無い、そんな俺には精一杯の虚勢を張って余裕のあるふりをするしか出来なかった。

 要するに、今はヤツの話を聞くしか生き延びる術は無いと言う状況だ。

 

「虚勢も無用だ。本当にお前を殺す気なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけで不殺の証としては十分だろう」

 

 暗殺者(アサシン)の言はそれなりに信用出来る。隠密と暗殺に長けたサーヴァント相手に、俺ぐらいの魔術師では虚勢を張るどころか知らない間に殺されていたとしても当然だ。第一、俺が最も反撃に転じ難いタイミングで現れるだけの余裕が、こいつには在るのだから。

 

「お前との会合を望んでいるのは、私ではなく魔術師殿だ」

 

「魔術師殿………?まさか、臓硯の事か?」

 

「然り。間桐の屋敷でお前を待っている。魔術師殿にも戦闘の意思は無い。お前が一人で赴くならば、魔術師殿もお前を歓迎するだろう」

 

 先日の戦闘で、アーチャーに左半身を吹き飛ばされた臓硯がまだ死んでいないと言う事は、先生や遠坂の口ぶりからも推察できた。そして、暗殺者(アサシン)も言外に臓硯の生存を肯定している事からして、臓硯が俺との話し合いを望んでいるのは間違いない。

 

 その内容がどんなもので、それ自体が罠かどうかは別の話だが、どう考えてもそれは罠だ。

 だけど臓硯と一対一で向かい合える機会なんて、今後有るか無いかと言えば無いのも確かだ。

 罠だろうが何だろうが、臓硯と対峙してあの黒い影の起こす騒動を止めさせなければいけない。そう俺の使命感が告げている。

 

「……………わかった。その話、受けてやる」

 

「良い判断だ。では急ぐがいい。私とて、いつまでもセイバーや()()()の目は誤魔化せん。他の者がこの会合に気付けば、魔術師殿の気が変わろう」

 

 俺だけにする内緒話って訳か。

 一体何が待ち構えているのかと思考を巡らせた瞬間、傍と暗殺者(アサシン)の言葉に引っかかるものがあった。

 

「待てよ。お前、さっきから何度でも殺せたって言っていたな?それはつまり………」

 

 暗殺者(アサシン)が立ち上がった事で俺はようやく身を起こす事ができ、向き直って暗殺者(アサシン)を見上げて問いを投げた。

 

「それが何だと………………フッ………若者が恋しい女に劣情を抱くなど、殊更咎め立てる道理など在りはすまい」

 

 ………………アリガトウゴザイマス…………………。

 

 無機質な口調に仄かな感情を添えた暗殺者(アサシン)の言葉は、俺を救うには十分過ぎる程だ。

 一切の気配を立てる事無く消え去るその背中に、俺は深く、深く感謝した。

 

 

 

 セイバーや遠坂に気付かれないよう、音を立てずに家を抜け出す事に成功した。

 普段は上着など着ないで母屋から土蔵に向かっていたのだが、今日に限っては少し寒かったので、今にしてみれば着て出たのは正解だったかもしれない。

 

 しんと静まり返った道を間桐邸に向けて歩みを進める。

 臓硯が望む俺との会合。それは明らかに罠だ。

 なら、手ぶらで行くような真似は出来っこない。

 槍兵(ランサー)に襲われて以来、土蔵に置いていた本赤樫の木刀を竹刀袋に入れて持ち出した。

 

 母屋にせよ道場にせよ、常にセイバーが間近にいるが、土蔵ではそうでない場合が多い。セイバーが駆けつけるせめてもの時間稼ぎにと土蔵に木刀を用意しておいた事は、我ながら用意が良いとほくそ笑みたくもなるが、さっきの暗殺者(アサシン)のような場合もあるから、今度からは常に手の届く場所に置くとしよう。

 

 程なくして間桐邸の前に立った。

 明かりは点されていなく、薄暗い月明かりだけが屋敷を照らし出すが、一部の窓が割れたまま放置されている屋敷は、宛ら季節外れの幽霊屋敷と言った趣があり、えも言われぬ不吉な気配にさえ満ちているようだった。

 

「さて、会合となると………うわっ!」

 

 掌ぐらいの大きな蟲が、俺の目の前に不快な羽音を立てて飛んで来て、思わず叫んでしまった。

 世界中の昆虫図鑑を紐解いてもお目にかかる事の出来ない醜悪な姿のそれは、一度俺の目の前を通り過ぎると、数メートル手前で空中浮揚(ホバリング)しながら俺を見つめているかのようだった。

 

 やがて蟲はゆっくりと玄関とは違う方向へと飛んで行く。

 ………これは、ついて来いと言う事だろうか?

 その蟲について歩くと、庭の片隅にある大きな温室に辿り着いた。

 

 鬱蒼と茂る植物はどれも統一性が無く、どれも見た事が無い。

 俺を掴み取ろうと、大きな手のように葉を伸ばす植物が不気味に思えたが、それよりも辺りに響く虫の鳴き声の方が余程不気味だ。

 

 これらは全て臓硯の使役する蟲だろう。

 俺はこれから敵の只中で、身一つで臓硯と対峙する事になる訳だ。

 

 いや、()()()()()()()()

 

「思ったより早い到着だな、衛宮の小倅」

 

 温室の中央に無数の蟲の主たる臓硯が一人佇んでいた。

 暗殺者(アサシン)の姿は無い。どうやら話があると言うのは本当だったようだ。

 しかし、あの状態からここまで持ち直すなんて、これは治癒魔術のレベルなんかじゃない。失われた肉体を復元する大魔術のレベルだ。

 

 そんな大魔術(モノ)を扱える臓硯は、真実“不死身”と呼べるモノじゃないのか…………。

 

「なんじゃ、儂とは挨拶を交す気にもならんか。これはまた随分と嫌われたようだわい」

 

 殺意の無い臓硯が静かに含み嗤う。

 俺一人など、殺そうと思えばいつでも殺せると言う余裕が見え見えで頭にくる。

 

「さて、招待を受けたからにはお主にも話があるのだろう?ならば、ほれ、そこにでも座るがよい。お互い、立ち話で済ませるような事では無かろう」

 

 臓硯が杖の先で指示したのは、朽ちかけた小さなベンチ。

 だが、そこには座る気になんてなれない。

 

「まさか。お前との話なんて、立ち話で十分だ」

 

 こっちは臓硯のように敵意を隠す事は出来ない。するつもりも無い。

 街であんな騒動を平気で起こすような奴に、少しでも気を許したりするものか………!

 

「臓硯、俺から言う事は一つだけだ。今すぐ街での魔力集めなんて止めろ」

 

 新都で毎夜続発するガス漏れ事故。その真実は、臓硯に因る魔術師(キャスター)がやってきた事の真似事だ。

 それを止めさせる。

 俺の用件はそれだけだ。

 臓硯が断るのなら、後は戦うだけ。

 この場で暗殺者(アサシン)を呼び出そうとも、蟲たちを差し向けようとも、殺される前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………ふむ。アレは全て儂の差し金。そうお主は言いたいのだな?確かに、最初の内こそ儂の指図に因るものじゃったが、昨夜のは儂の仕業ではない。いや、これからもな」

 

 目の前の老魔術師は、心底無念そうに答えている。

 

「じゃあ、一体誰が………」

 

「お主も見たであろう?あの黒い影を」

 

「馬鹿な事言うな!アレはお前の仲間だろう!」

 

 先日臓硯と公園で対峙した時、突如現れた黒い影。

 出遭ってしまったら最後。貪欲に、全てを飲み込む死の気配の具現。

 あの異形の影が街の人々を襲っている……………。

 

「アレを“仲間”と呼ぶか。まあ良い。アレは一時とは言え、儂の支配下にあった。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「元の持ち主………お前の手下の魔術師か………?」

 

「呵々々。小僧にしては面白い事を言う。それとも遠坂の小娘の入れ知恵かな?だが、儂に手下などおらん。必要もない。隙あらば寝首を掻くのが魔術師と言う輩でな」

 

 じゃあ一体誰が…………?

 そう考えた瞬間、一人の少女の忠告が脳裏を過った。

 

「貴方もマスターなら、敵は()()()()()()()()()()って事を覚えておきなさい」

 

 まさかマスターじゃない人間が、あの黒い影を使って魔力を集めているとでもいうのか………?

 誰が………?

 何故………?

 

「お主に話と言うのは他でも無い。あの影について、相談したい事がある」

 

「相談………だと………?」

 

「うむ。あの影は、ある魔術師がこの聖杯戦争を混乱させ、その隙に聖杯を掠め取る為に召喚した使い魔のようなモノだが、アレは自律して召喚主とは意思疎通が出来ぬようじゃ。ただ野放しにされているだけの猟犬。アレでは使い魔とは到底呼べぬが、役割を十二分に果たすだけで良いのなら、誰かが手綱を握らずとも良い。そう考えたのであろうよ」

 

 それでも暴走を抑制し、いよいよとなれば、容易に処分する事が出来る術式を組み込んだ上での召喚はさほど難しい事ではないにしろ、支配権を奪われない為の術式はかなり高度だった。と付け加えて、一時だけ自分の支配下に置いた使い魔から読み取った情報を開示する。

 

「その魔術師に心当たりがあるって顔だな……………?」

 

「うむ。召喚と使役を魔術系統とする家門は数あれど、冬木に居て、あれ程高度な術式を駆使し得る一流の魔術師と言えば、畢竟一人しかおるまいて」

 

 召喚と使役を得意とする魔術師。

 高度な術式を駆使出来る一流の魔術師。

 そんな()()()()()()()()()()………………。

 

「ほう。お主も()()()()()()()()()()()()ようじゃな。なかなかどうして、小僧も聡いモノよな」

 

 まさか…………

 そんな筈は…………………。

 

「そう。朝比奈の宗主こそ、あの影を召喚した張本人じゃ」

 

 臓硯の告発は、嫌な予感を裏付けた。

 先生がなんだってそんな事を……………。

 いや待て。遠坂の様子が急におかしくなったのは、美彌(みや)先生の所に行った後だ。

 その時に、遠坂は先生たちが何か良からぬ企みをしている事を聞いてしまったとか……………って、バカか俺は!

 

 あらゆるものを飲み込んでしまうあの影を前にして、俺たちを護る為に、先生は戦っていたじゃないか!

 俺を護る為に、槍兵(ランサー)相手に命懸けで戦っていたじゃないか!

 今まで見たあの背中は、決して演技なんかで出来る様なモノじゃない!

 

 つまり、臓硯(コイツ)の言っている事は……………

 

「出鱈目を言うな!なんだって先生がそんな事をするって言うんだ!」

 

 全て先生を陥れる為の出鱈目だ。

 それとも、俺と遠坂の同盟の後ろ盾となっている朝比奈家との不協和音を生じさせて、俺たちを弱体化させようと企んでいるのではないだろうか。

 

「呵々々。“先生”か、随分と飼い馴らされたものじゃな。まあ、孫の担任である事には変わりない故、それもまた是非も無いかもしれん。だが魔術師として、就中(なかんづく)聖杯戦争に於ける朝比奈の関りを、お主は何処まで知っておると言うのじゃ?」

 

 朝比奈家と聖杯戦争の関り?

 そんなもの、マスターとして参加したならともかく、それ以外で関りがあるなんて到底思えない。

 

「先生のサーヴァントが、昔の聖杯戦争で召喚された英霊だったって話だろ?それがどうしたって言うんだ」

 

 以前コイツは、栞さんの事を「前代が掠め取ったサーヴァント」と言っていた。関りがあると言えば精々それぐらいだと思うんだが……………。

 

「それだけではない。あ奴らは、前回も前々回も、隙あらば何かと火事場泥棒を働いておったわ」

 

 あからさまに憎々しげな表情を浮かべ「陰陽師の大家が聞いて呆れる」と唾棄している。

 確かに臓硯の言う通り、先生だけではなく朝比奈家自体も、過去の聖杯戦争でそういう行為に及んでいたのかもしれない。

 “始まりの御三家”の一角でもある間桐から見れば、聖杯戦争と言う命懸けの儀式を穢す忌々しい連中と思うのも無理はないだろう。

 

 しかし、それらと黒い影を使役して聖杯戦争を混乱させていると言う臓硯の主張が、どうにもチグハグな話になっている。

 そう主張するには、臓硯も何かしらの根拠があっての事だろうけど、俺には臓硯の言い分そのものが信用出来ない。元より出来る筈も無い。

 どういった詐術で俺たちを分断させようと企んでいるのか、最後まで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さて小僧。朝比奈が東方魔術連盟の重鎮である事は知っておるか?」

 

「ああ」

 

「なら話は早い。その連盟の重鎮たる朝比奈が、敵対しておる筈の魔術協会とも懇意にしておる事は知っていよう」

 

「回りくどい言い方は止せ、妖怪。何が言いたいんだ?」

 

「まあそう急くでない。つまりじゃ、朝比奈は魔術協会の意を請けて、聖杯の奪取を目論んでいる。と、そう儂は睨んでおる」

 

「フン!()()()()()()()()()()()()()

 

「そうであれば良いがな。だが、完全には程遠いとは言え、アレも“聖杯”と名の付く事には変わりはせん。であれば、聖堂教会、取り分けて第八秘跡会が回収に臨むのもうべなき事とは言え、表立って動いては、魔術協会と聖堂教会、双方血みどろの争いの時代に逆戻りなのもまた必定故、教会が隠密を放ったとの風説もあるぐらいじゃ」

 

「………そこで朝比奈家が、教会の動きを監視して牽制する役割も担っている。とでも言いたいのか?」

 

「おお、理解が早くて助かるわい。なにしろ朝比奈一門は、連盟の穏健派筆頭でありながらも、一族郎党に至るまで、各々が代行者に匹敵すると評される武闘派の集まりじゃ。聖堂教会とて、そのような連中が魔術協会と結託されようものなら、潰されはせんじゃろうが、相当な痛手を被る事は間違いなかろうて」

 

「肝心なところが抜けてるぞ。仮にお前の言う通り、朝比奈家が魔術協会から依頼されて聖杯を奪ったとしても、今度は魔術協会と朝比奈家による聖杯の奪い合いになる場合だってあるだろ」

 

「なに、魔術協会(れんちゅう)にしてみれば、聖堂教会の手に聖杯が渡らなければ良いと言う、くだらん虚栄が大事であって、そもそも極東の島国で執り行われる儀式など、関心はあっても、然程重要事ではないと言うのが実情じゃ。その上、今回は不完全な物とくれば、報酬代わりに朝比奈にくれてやっても良いと思っておったとしても不思議ではあるまい。或いは、聖杯を引き渡す代わりに、それなりの見返りを示し合わせておれば、話は別だがな」

 

「見返り………?」

 

「例えば、この冬木を朝比奈の管理地とする。とかな」

 

「………!」

 

 冬木は、遠坂の家が代々管理者(セカンドオーナー)として支配してきた土地だ。

 日本でも有数の霊地であり、質の高い霊脈を備えたその土地を、朝比奈家のモノにすると言う事は、それはつまり………………

 

「あの影で聖杯戦争を混乱に貶め、併せて神秘の漏洩の危機をも装う。さて、そうなった場合、下手人以外に誰が責を負うべきであるかとなれば、それは無論、管理者(セカンドオーナー)である遠坂の小娘よ」

 

 臓硯の言う事が仮に正しかったとしたら、遠坂が冬木から追い出されると言う程度じゃ済まない事は、臓硯(コイツ)の嗜虐的な口ぶりから想像できる。

 最悪の場合、遠坂は……………

 

「あれ程の才じゃ、下手に放逐すれば始末の悪い火種になりかねん。かと言って、次代の母胎となる為の慰み物で収まるような器でも無し。精々で時計塔の奥深くに押し込められるか、或いは…………」

 

 処刑される。

 臓硯(ヤツ)の言っている事は出鱈目の作り話だと言うのは判っている。

 だけど、今の状況の末、遠坂がそうなる可能性を示唆していると思うと身震いがする。

 

 しかし同時に、虚構をでっち上げ、他人(ひと)を中傷し、不安を煽りたて、それで利益を得ようと画策する臓硯(コイツ)のやり方に腹が立ってきた。

 

「前言撤回だ、臓硯。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前の話は一見筋が通ってるように聞こえるけど、お前は先生を知らなさ過ぎる。それに、たとえお前の言う通りだったとしても、お前の口から出た言葉に、信ぴょう性なんて有るとでも思っているのか!」

 

 肩に担いでいた竹刀袋から木刀を取り出して構える。

 

 先生がそんな事をするなんて、俺には到底信じられない。信じられる訳がない。

 そんな企みを持った人間が、わざわざ俺一人を救う為に槍兵(ランサー)と命懸けの戦いに及ぶ必要は無い。

 神秘の漏洩の危機をもたらそうとする人間が、神秘を漏洩させかけた慎二を、形の上だけでも処断しようだなんて考える事も無い。

 

 臓硯(コイツ)の万の口述より、先生の一の行動の方が、何万倍も信頼するに値する。

 

 茶番はこれでお終いだ。

 臓硯はここで倒す。

 

「やれやれ、随分な入れ込みようじゃな。だが、お主は儂が朝比奈を知らぬと言うが、お主こそ朝比奈の何を知っておると言うのじゃ?面倒見の良い教師か?()()()()()()()()()()()か?それとも、お主の父親との繋がりか?精々、その辺りが関の山じゃろうて」

 

 戦う構えを見せた事に動じもせず、老試験官のように静かな口調で審問してくる。

 それさえも余裕の表れに見えて、俺の感情は昂り続けた。

 

「ではあの男が、()()()()()()()()()()()()()()()()事までは知らぬようじゃな」

 

 その一言は、頭からバケツの水をぶっかける様に、俺の感情を静めるには十分だった。

 

「また出鱈目を………!」

 

「嘘だと言うのなら、本人に訊いてみるがよい。否とは言わぬわ」

 

 そう断言する臓硯の言葉は、何故か真実を語っていると直感した。

 

「朝比奈の先代、四十七代宗主朝比奈叡逹(あさひな えいたつ)は、偏屈で厭世的な男じゃったが、(まご)う事無く、古今類を見ぬ“天才”と呼ぶに相応しい男じゃった。この儂でさえ、年甲斐も無く対抗意識を駆り立てられたが、アレの立つ場所はあまりにも高い。高すぎた………」

 

 懐かしむように、羨むように。そして悔しがるように、臓硯が朝比奈家の先代宗主について語るその姿は、不覚にも孫に昔話を語り聞かせる好々爺のように見えてしまった。

 

「あの男の魔術理論、洗練された構築式、己の魔術特性と異なる魔術への知覚、無駄を削ぎ落した高い識見、そのどれを取っても、儂では到底手が届かなんだ。皮肉な物よな。幾年(いくとせ)を魔道の探求に捧げてきたにも拘らず、その数分の一にも満たぬ年しか生きておらぬ若造の天稟(てんぴん)は、それをあっさりと追い越して行きおった。かつて儂ら御三家は、打ち揃って聖杯戦争の仕組みを作り上げたが、あの男ならば、一人でも今以上のモノを成し得たであろう。その天才を、魔道の至宝を、その命と叡智を、()()()()()()()()()()()()()()()()あの男が、当代の宗主が、全て奪い取って己だけのモノとしたのじゃ…………!」

 

 臓硯(コイツ)から見れば、俺なんて小者にも満たないと見下しているだろう反面、その枯れた身体に情念の炎を灯して朝比奈の先代宗主を語るその姿は、魔術師として如何に畏敬し、受容し、羨望し、嫉妬していたかがありありと見て取れる。

 

 そして「至宝」とさえ言い切った先代の命を奪い、その全てを独占したと言う先生に対し、その実力を認めている一方で、烈しい憎悪を抱いていたとしても無理もない。

 

 だけど、憎いからと言って、妄想と虚言で他人(ヒト)を貶めて良いと言う理由なんて無い…………!

 

「臓硯、お前が朝比奈の先代に届かなかったから先生の所為(せい)にするってのは、筋違いも甚だしいな」

 

「やれやれ…………ここまで語り聞かせても迷妄から醒めぬとは…………さてはお主、あの栞とかいう女の色香に惑わされておるのではあるまいな?」

 

「!………てめえっ!」

 

「呵々々。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?だが、忍者のサーヴァントで、しかも女ともなれば、色で(たぶら)かす術などいくらでもあるわ。それを忍者共は“くノ一の術”などと称しておっての」

 

 もう限界だ。

 臓硯(コイツ)は一体、どれだけの人を侮辱して、見下して、貶めれば気が済むって言うんだ。

 臓硯(コイツ)は、やはりこのままにしておけない。

 

 臓硯(コイツ)は、ここで倒す!

 

 間欠泉のように吹き上がる感情。

 どこかで覚えがある感情。

 内側から容赦なく燃え尽くすような感情。

 十年前、全てを焼き尽くしたあの炎のような感情。

 その感情が叫ぶ。

 

 弾丸(たま)を込めろ!

 撃鉄(ハンマー)を起こせ!

 

 引き金(トリガー)を……………()()

 

同調(トレース)!!開始(オン)!!!!!!!」

 

 脳裏に浮かび上がった撃鉄が倒れ、内側で何かが爆ぜたような感触が全身を駆け巡る。

 熱く、疑似的に作られた神経を流れる命の、魔力の奔流。

 その幾何学模様のような燐光は全身だけでなく、手にした木刀にも行き渡っていた。

 

 臓硯に対する激憤が、全身を貫く精通の痛みにも似た感覚をねじ伏せていく。

 そうだ。俺は今アタマに来ている。

 関係のない人たちを巻き込み、あまつさえそれを他人の所為と嘯き、妄言で他人の尊厳を土足で踏みにじり、周りに理不尽を振りまいて尚、その様を嘲笑する臓硯(コイツ)に。

 

「呵々々。そのような棒切れ一本で何をしようと言うのかな?」

 

 俺が何をしようとも、所詮は子供騙しと侮っているだろうその枯れた笑いは、俺の神経を増々逆撫でするには十分過ぎた。

 

「ここでお前を倒す為に決まってるだろ!」

 

 いいさ、勝手に嘲笑ってろ。

 どのみち、お前はここで終わりだ!

 

「これはまた、お主とは気が合うようじゃのぅ」

 

「何!?」

 

「これで終いとしよう。遠坂の小娘はまだ使い道があるが、お主には皆無である確信を得たわ。小僧、その令呪と使い魔(セイバー)は有難く貰って置いてやろう」

 

「寝言を…………言ってんじゃねえぞテメェッ!!!!!」

 

 激情に駆られて飛び掛かりそうになったところに、意識の縁に辛うじてぶら下がっていた理性が“一人では勝機なんて無い”と叫んだ。

 

 そうだ、相手は()()臓硯だ。

 周囲に蠢く無数の蟲を支配し、どこかで身を潜めている暗殺者(アサシン)のマスター。そして、自らの肉体を復元させる大魔術を行使できる老獪な魔術師相手に、強化した木刀一本しかない俺に、勝機なんて最初から在る筈がない。

 木刀を構えたまま、一つ深く息を吐き、切先のその先に立つ老魔術師を見据える。

 

「ほう?不出来な殺気を上手く畳みおったな。ふむ………何やら考えがあるようだが…………」

 

 だけど、俺に勝機が無くても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 目前の臓硯を見据えたまま、左手に刻まれた令呪に意識を集中する。

 命令は唯一つ。

 

「頼む………来てくれ…………」

 

「ぬっ!?」

 

「セイ—————ばぐぁっ!!」

 

 振り上げられた鉄槌のような一撃が、俺の鳩尾辺りをしたたかに突き上げ、肺の中の空気全てを強制的に吐き出させた。

 

「脅かしおって、十年は寿命が縮んだぞ」

 

 耳障りな笑い声は、しかし弾き飛ばされ、腹の痛みと呼吸困難に喘ぐ俺の耳には届かなかった。

 一体何が起きた?

 俺を嘲笑うかのように、ガサガサと蠢く蟲の音と気配を無視して目を開けると、俺の立っていた場所には白い髑髏の面を被った暗殺者(アサシン)が立っていた。

 

 先程とは違い、外套を纏っていないその体躯は細く引き締まっていながらも、顔面を覆う髑髏の面と相まって、動く骸骨(スケルトン)のようにも見える。

 しかし、その右腕は肩まで包帯のような布で覆われ、先日セイバーに切り落とされた筈のそれは、宛ら一本の杭のようだ。

 

 暗殺者(アサシン)はどこかに行っていた訳じゃない。霊体化して俺の目の前にいたんだ。

 そして、俺が令呪を使おうとした瞬間に実体化してそれを妨害した。

 俺が騎兵(ライダー)に襲われていた時、騎兵(ライダー)の目の前に突如現れて蹴り飛ばした栞さんと同じ方法じゃないか。

 

「後は任せるぞ。暗殺者(アサシン)

 

 臓硯の姿が、足元に(たむろ)する蟲の中に消えてゆく。

 

 このままでは、殺される……………。

 暗殺者(アサシン)の纏う死の気配に、心臓がギュッと締め付けられ、口の中に苦いものが広がる。

 

 早く、早くセイバーを呼び出さないと……………!

 頭ではそう分かっているが、身体が言う事を聞かない。

 

「セイバーを呼ばれる前に、死んでもらおうか。衛宮士郎」

 

 死の宣告を下すや否や、手にした四本の短剣を、無様にも動けないでいる俺に向けて投げ放った。

 

 世界がスローモーションで再生される。

 あれ?これなら避けられるんじゃないか?

 そんな呑気な思考が脳裏を過りはしたものの、体の動きは世界よりもなお遅く、微動だに出来ないより他に術が無いようだった。

 

 

 

 それは唐突に現れた。

 何者かが温室の壁をぶち破り、俺の命を奪おうとした四つの凶器を、銀光を以て悉く弾き飛ばした。

 そんな事をするのは一人しかいない。

 令呪の呼びかけは、届いていたんだ……………!

 

「セイ、バー…………?」

 

 じゃない………!

 

 目の前に居るのは、青と銀を纏った騎士(セイバー)じゃない。

 目の前に居るのは、白を纏った陰陽師(せんせい)じゃない。

 目の前に居るのは、柿渋を纏った忍者(しおりさん)じゃない。

 

 目の前に居るのは、黒を纏った…………………一匹の蛇。

 

「ライ、ダー………………?」

 

 両手を突き、四つん這いに構える妖艶な肢体

 地面に広がる長い紫色の髪は、群れを成す蛇の大群のようにも見える。

 

 間違いない。

 こいつは慎二のサーヴァント、騎兵(ライダー)だ。

 それがどうしてここに?

 いや、なんで俺を助ける?

 

「…………………」

 

 ゆらりと、蛇が鎌首をもたげる様に立ち上がった騎兵(ライダー)は、無言で暗殺者(アサシン)に向き直り、杭のような短剣に繋がった鎖がジャラリと音を立てる。

 

 直後、騎兵(ライダー)が間合いを詰めると、雨のように打ち出す短剣で暗殺者(アサシン)が迎え撃つも、騎兵(ライダー)の操る鎖がその全てを打ち弾き、続けて浴びせかけられる第二波を、まるで空中を泳ぐように躱した。

 続く第三波を、今度は勢いそのまま地面に伏せるように躱したところで、至近距離まで迫った暗殺者(アサシン)が上から飛び掛かるも、騎兵(ライダー)が向きを変えて躱し、間髪入れず暗殺者(アサシン)に斬りかかったが、互いの武器と武器が火花を散らすに留まった。

 

 それからの二人の戦いは、上下前後左右と三次元的に温室内を所狭しと跳ねまわり、その戦いに巻き込まれた植生は、哀れにも抗議の声も、末期の声も挙げる事無く、斬られ、折られ、踏み潰されていた。

 

 本当に、あの騎兵(ライダー)なのか?

 

 学園での戦いで騎兵(ライダー)の実力は大体判っている。

 セイバーや栞さんでさえ凌ぎきれるかどうか、という暗殺者(アサシン)の猛攻に、栞さんに一撃で倒された騎兵(ライダー)に太刀打ち出来る筈が無い。

 そう思っていた。

 

 しかし現実はどうだ。

 放たれた幾条もの短剣は、唯の一本も騎兵(ライダー)に中るどころか、掠ってさえいない。

 むしろ、騎兵(ライダー)暗殺者(アサシン)を翻弄している感もある。

 

「こやつ、以前とは違う…………」

 

 暗殺者(アサシン)の口から漏れ出た述懐は、奇しくも俺のそれと等しかった。

 

 今の騎兵(ライダー)は、以前の騎兵(ライダー)とは違う。

 敵を圧倒する迫力が、その身に帯びた魔力が段違いだ。

 これなら暗殺者(アサシン)を確実に上回っているが、下手をすれば、セイバーや栞さんと同等かそれ以上の可能性だってある。

 

「貴様、何故———ぐぉっ!」

 

 暗殺者(アサシン)の問いに騎兵(ライダー)は応える事無く、その体をボールのように蹴り飛ばし、温室の外に飛び出そうとした刹那、暗殺者(アサシン)の肩に騎兵(ライダー)が短剣を深々と突き刺した。

 

 その短剣を抜こうと苦悶する暗殺者(アサシン)をよそに、騎兵(ライダー)がその身を手繰り寄せようと短剣に繋がった鎖を引くが、暗殺者(アサシン)がそれに抵抗して引き合いになり、僅かに騎兵(ライダー)が硬直した瞬間を逃す事無く暗殺者(アサシン)が短剣を投げつけるも、騎兵(ライダー)が軽くステップを踏むようにそれを躱す。

 

 そして、ジャラリと金属の鎖が音を立てたかと思うと、見た目以上の力で暗殺者(アサシン)の抵抗をねじ伏せ、あろうことか暗殺者(アサシン)をそのまま()()()()()()()

 

 それはまるでハンマー投げ競技のスイングのように、しかし暗殺者(アサシン)を壁に、天井に、地面に何度も叩き付け、容赦なく騎兵(ライダー)は無言で振り回し続け、やがてその遠心力を生かして手を離した。

 

 ボロ雑巾のようにされた暗殺者(アサシン)は温室の外に放り出され、無残にも血を撒き散らしながらバウンドし、やがて屋敷の外壁に大きなヒビが入るぐらいに衝突し、地面に倒れ伏した。

 

 怪力と言うか、乱暴と言うか、騎兵(ライダー)の無茶苦茶なやり方に少し血の気が引いた。

 今ので消滅する程サーヴァントはヤワじゃないだろうけど、それにしてもアレでは戦闘不能だろう。

 立ち上がろうにも全身をズタボロにされた暗殺者(アサシン)は、やがて不利と悟ったのか姿を消し、騎兵(ライダー)の大立ち回りから逃げまどっていた蟲たちも消えていった。

 

「…………無事ですね?」

 

 暗殺者(アサシン)の撤退を見届けながら、騎兵(ライダー)は視線をこちらに向ける事無く問う。

 

「どうして……………」

 

 しかし油断は出来ない。

 何しろコイツは慎二のサーヴァントで、俺を殺そうとしていた。

 なら、邪魔な暗殺者(アサシン)を排除した後に、俺を殺す為に襲い掛かってくると言う事も無くはない。

 

「……………貴方を死なせてはならないと命じられています。私は主の命に従ったまで」

 

 ゆっくりと振り返り、木刀を構える俺を一瞥すると、物静かな口調で助勢の目的を告げた。

 その騎兵(ライダー)の纏う雰囲気からは、以前のような殺気は感じられない。どうやら本気で俺を助けただけのようだった。

 

「…………さんきゅ……………」

 

「…………………家まで送ります。夜道の一人歩きは危険ですから」

 

 返礼に無言を貫いた騎兵(ライダー)は、徐に振り返り長い髪をはためかせて歩き始めた。

 それにしても、俺の数歩前を歩く騎兵(ライダー)の背中は呆れる程無防備で、さっきからの言動が予想外過ぎる事も相まって、思考が追い付かない。

 

 門の手前で、ふと何かに気付いたのか、足を止めて騎兵(ライダー)が周囲を見渡す。

 

「…………どうやら、()()()()()()()()()()()()()()()()。では、貴方の身は()()()()()()()()()()()()

 

 お節介焼き?彼女?

 左手を見ると、さっき使用し損ねた令呪はまだ二画分残っている。それでも、令呪や因果線(パス)を通して俺の危急を感じ取って、セイバーが駆け付けてくれたのだろうか?

 

「では、精々気を付けてください」

 

「あっ!おい!」

 

 何故慎二が俺を助けるように命令したのかを訊きたかったが、騎兵(ライダー)は構う事無く、感情の無い声だけを残して姿を消した。

 

「…………ったく……………」

 

 なんだかモヤモヤとした気分を抱えながら間桐邸を出ると、低く野太い音を夜中の住宅街に響かせて、何かが近づいて来るのが分かった。

 

 それはやがて、眩しい灯りと共に闇夜を切り裂いて俺の前に現れて停車した。

 何者かを問う必要は無い。

 一点だけ燈る灯りは、車とは異なるヘッドライト。

 野太く迫力のある低音は排気音。聞き覚えのある音の発生源を、その人は“フルエキマフラー”と呼んでたっけ。

 

 ヘッドライトの逆光でその姿はよく見えないけど、その人はサイドスタンドを立てて降りてきた。

 やがてその人は、被っていたヘルメットを脱ぐとつかつかと歩み寄って………

 

「コラ。こんな夜中に独りで出歩くなんて、何を考えているんですか?」

 

 軽く額にゲンコツを食らったが、グローブの硬い部分が当たったので、想像以上に痛い。

 

「あいたたた…………ゴメン、栞さん………」

 

「そのセリフは、セイバーに言ってあげてください」

 

 温和な栞さんにしては珍しく、腰に手を当てて頬を膨らませているので、なぜ栞さんがここに駆け付けられたのかを訊けるような雰囲気じゃないな…………。

 

「はぁ……………。訊きたい事は山ほどありますけど、兎に角、送ってあげますから乗ってください」

 

 困った表情を浮かべ、深く溜息をついた栞さんが、バイクに括り付けていたもう一つのヘルメットを投げて寄こした。

 

 やっぱり、呆れられちゃうよなぁ…………。

 危なくなったら、令呪を使ってセイバーを呼ぶつもりだったのに、その余裕さえ無かったのだから、結果的に俺の取った行動は、軽率の(そし)りを受けたとしても仕方の無い事と言える。

 

「それは有難いんだけど、その……………」

 

「セイバーには内緒にしておいてあげますよ」

 

 ヘルメットを被り直しながら、セイバーへの秘密を約束する栞さんの目は、やはり少し怒っているようだった。

 それは俺の為と言う訳ではなく、一人でフラフラ出歩く困ったマスターを持つセイバーへの、同じサーヴァントとしての同情から来るもので、同時にサーヴァントに心配ばかりかけるマスターに含むところがあるからだろう。

 

「ですが、宿()()()()()()()()()()()()()()()()()はマスターに報告しますから、後でたっぷり油を絞られる覚悟をしておいてくださいね」

 

 まぁ、そうなるよな……………。

 先生には「サーヴァント(どうぐ)は大切に扱え」と言われていた訳だし、セイバーに余計な心配をかける事は、先生から見れば「サーヴァントを大事に扱っていない」と見做されても仕方がない。

 

「まぁ……それはそうなんだけどさ………出歩いたから宿題をクリア出来る糸口が掴めたと言うか、何と言うか………」

 

「………………」

 

「……………スミマセン……………」

 

 今すごく睨まれた………。

 栞さんのようなタイプは、普段は温厚な分、怒らせたらかなりマズそうだ。そういった点では、桜も同じ感じになるんだろうな…………。

 うん、この二人は怒らせないようにしよう。

 

「乗ったら、膝で私の腰をしっかり挟んでくださいね。それと、SS(スーパースポーツ)のタンデムで抱き着くように乗ると、前傾姿勢になり過ぎますから、片手は私の腰かジャケットの裾、もう片手は後ろのバーを握っていてください」

 

 自転車の二人乗りなら、小さい頃に何度か藤ねえの自転車の後ろに乗った事はあるけど、バイクの後ろに乗るのは初めてだ。

 

 言われた通り、左手で後ろの弓なりのバーを握り、右手で無骨なレザージャケットの裾を握ると、男の俺の手でもまだ余る程の握り(しろ)があった。

 栞さんの腰って細いんだな。などと余計な事を考えていたら、発進の勢いで仰け反りそうになってしまったのは言うまでもない。

 後ろのバーって、こういう時の為に握っておく物だったんだな……………。

 

 

 

 夜の街を二人乗りのバイクが走る。

 思ったほどスピードが出ていないのは、きっと俺が初めてバイクの後ろに乗ったから、栞さんが気を使ってくれているからなのかもしれない。

 

 後ろに乗っている俺からは、丁度栞さんの背中を見下ろす体勢になり、カーレースの中継でも見た事のあるブランドのロゴに視線が行く。

 サーヴァントの栞さんに対して、俺が如何こう出来る訳でも無いから、警戒する必要が無いと思われるのは当然だが、それでも騎兵(ライダー)と同様に、こうも簡単に無防備な背中を晒されると、なんだか複雑な気分だ。

 

 もしも俺が逆の立場で、この人に背中を晒したなら……………

 

 ちくしょう。臓硯がいい加減な事言ってくれた所為で、変な事考えちまった。

 先生や栞さんは、いつも俺が危ない時には助けてくれたじゃないか。

 命の恩人でもあるこの人たちに変な疑いを抱いてしまうなんて、恩知らずにも程があるぞ。

 

 だけど、いくら臓硯が口から出任せを言っていたにしても、全てが嘘と断じるには、あまりにも話が出来すぎていた。

 だからという訳じゃない。

 ないのだけど……………

 

「アンタたちの事、信用しても良いんだよな?」

 

 問わずにはいられなかった。

 しかし答えは返ってこなかった。

 ヘルメット越しで、しかも走行中の風切り音が邪魔になって聞こえなかったのだろう。

 だけど同時に、馬鹿げた質問を聞かれなくて良かったと心の底から思ったのも確かだ。

 

 俺はただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。




二年近くちまちま執筆してきましたが、初期の手探りの状態に比べて、見せ方(書き方?)がようやく安定してきたと思えるようになりました。
そこで、次話以降の執筆の息抜きがてら、少し手直しを入れようかと思います。
とは言え、話の筋を変えてしまっては、今まで読んでくださっている皆様にご迷惑をおかけする事になりますので、精々で誤字修正や行間、三点リーダー、句読点などの見直しに留めますので、ご安心いただけましたらと思います。


さて、次回は……

・誰だテメエ

・クックック………

・ふわっふわやぞ!

・病室ではお静かに

・お宅訪問

以上の予定です。
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