Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

先日バイクの半年点検にショップに持っていったら、最後の最後でエンジンがかからなくなり、そのまま修理で入院となってしまい、梅雨の中休みに軽くツーリングにでも出かけようかと計画していたのがご破算になりました。

駐車場からピットに入れる時には一発でかかっていたのになぁ………(;´Д`)

それでは、今回も拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。


#052 星星の火、以て野を焼くべし

「お主の手を借りたい」

 

 枯れ果てた老木のような、しかし全身に陰の気を纏った老人(ラオレン)が、そのような頼みをしてくる事自体が意外であると同時に、()()()()()()()()()()助力を乞うなど、最初から都合の良いように利用して、捨て駒にする算段である事が見え透いていて癇に障ると言うのが偽らざる本音だ。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()を見返りとしてちらつかされた以上、表立って断る訳にはいかず、老人に案内された一室でただ一人、眼下で催される醜悪な喜劇の顛末を眺める苦役に耐える事を享受するより他なかった。

 

 老人の提示した見返りが現実のモノとなり得るのか否か。当然疑念はそこへ帰着するのだが、老いたとは言え、あの老人はこの聖杯戦争を始めた御三家の一角を担う魔術師。自らも裏技を用いてサーヴァントを得たと言う以上、初手から否定する事は出来ない。

 

(さて、老人の頼みを聞くのは良いとして、どう立ち回るべきか………)

 

 くだらないからと言って劇場を去る訳にはいかず、今後の方針に思考を費やしていると、背後でカサカサと不快な音を立てて蟲共が蠢いた。

 

「首尾よく、とはいかなかったようですね?老间桐(ラオジィェントン)

 

 振り返ると、ボクをこの屋敷に招き入れた老人、間桐臓硯が足元に無数の蟲を従えて佇んでいた。

 

「呵々々。存外手厳しいな、道香龍(タオ シャンロン)

 

 蠱毒(こどく)の概念を煮詰めたかのような老魔術師が不敵に嗤う。

 “老樹根多く、老人識る多し“とは言うが、どうやらこの老人は、人の神経を逆撫でする術はよく識っているようだ。

 

「交渉も失敗したようですし、虎の子のサーヴァントがあの体たらくでは、今回のお話自体、考え直すべきかと思いましてね」

 

 先程、この老人のサーヴァントが無様に敗れて撤退した挙句、剣士(セイバー)のマスター、衛宮士郎の逃走を許すと言う結果に終わった。

 このような結果を見せられては、これ以上の交渉に臨もうと言う気すら失せて来るのも当然だ。

 

「いやはや、面目次第も無い。よもや我が孫のサーヴァントが、あのような挙に出るとはな。これではお主への見返りも、空手形と(なじ)られても致し方あるまいて」

 

 闇に染まった白娘子(はくじょうし)のような女が、この老人の孫のサーヴァントか。

 

 しかし、クラスやマスターの能力によって、サーヴァントの能力に違いが出るとは聞いていたが、ああも圧倒的な差があるとは。

 暗殺者(アサシン)は、正面切った戦闘を得意としないから弱い、と言い切る事は出来ないが、それを巧く運用出来ないマスターの、この老いさらばえた魔術師の能力は、孫のソレに及ばないと見るべきだろうか。

 

「だが、元より小僧を懐柔するつもりなど無い。魔術師としては取るに足らん小者じゃが、駒だけは最優と来た。アレを奪い取って、()()()()()()()()()()()としたかったのじゃが、残念だわい」

 

 同じくサーヴァントを奪うと言うのであれば、駒が良い事に越した事は無い。

 それに、この老いぼれよりも、あの若者の方が御し易い事に変わりない。

 

「仮に思惑通りになったとして、ボクが真っ先に“老间桐を殺せ”と剣士(セイバー)に命じて同盟を反故にする。とはお考えにはならなかったので?」

 

 まあ、興味本位の戯言ではあるが、向こうも承知の上だろう。

 その証拠に、まるで孫の他愛の無い悪戯を見守っているかのように静かに笑っている。

 

「では、こう答えるとしよう。“呉越同舟”とな」

 

 仇敵同士が同じ船に乗り合わせて、嵐に会えばお互い協力し合うだろう。と言う故事に由来するが、成程、この老人を討つ前に“()()()()()()()()()()()()()()”と言う認識は共通しているようだ。

 

「それで、先程の話の続きですが、その嵐、()()()()()()()()()()()と言うのは確かなので?」

 

 この老人が頼んできた事と言うのは“()()()()()()()()()()()()”だった。

 その見返りは“令呪とサーヴァント”即ち“聖杯戦争の正規のマスター権”だったが、無論こちらにそのような戦力が元より有る筈も無く、あったとしても朝比奈の実力、特に組織力の面に於いてこちらの分が悪く、出来れば敵に回したくは無いと言うのが本音だ。

 

 先日、言峰神父の前で高言して見せたものの、それは本家の、(タオ)家の連中の言い様を代弁したに過ぎない。ボクとしては、正しく相手の実力を計っていると認識しているつもりだ。

 

「あ奴は、遠坂の小娘と衛宮の小倅が結んだ同盟の後ろ盾をしておる。腹の底で何を企んでおるのかは知らんが、少なくとも、儂の工房に破壊工作を仕掛けてくれおったのは朝比奈じゃ」

 

 朝比奈が聖杯戦争の邪魔をしているから排除したい。と言う老人の当初の主張は、聊か信じ難いものではあった。

 しかし、マスター同士による同盟の後ろ盾であるからと言って、こちらに火中の栗を拾わせようとは、随分虫のいい話である。

 

「でしたら、わざわざ僕にお声がけいただかなくても、老间桐には暗殺者(アサシン)が居るではありませんか。確か暗殺者(アサシン)のサーヴァントは、その名の通り、魔術師(マスター)を殺す事に長けていると聞きますが」

 

 老人の提示した見返りは、確かに食指を動かされはしたが、あの朝比奈を相手に、見ず知らずの老人の個人的な遺恨を晴らしてやる義理も無ければ、そんな義務も無い。

 

「呵々々。とぼけるのもいい加減止さぬか。お主、魔術回路すら持たぬ連中を動かして、()()()()()()()()()()()()()()()()()。過日、この家に推参した連中が、お主の差し金である事もな。それを不問にした上で、サーヴァントまでくれてやろうと言っておるのじゃ」

 

 やはり見抜かれていた。いや、拷問されて自白したと見るべきか。

 しかしそれも想定の範囲内。それで恩を売っているつもりだろうが、それでも朝比奈と事を構えるリスクに釣り合わない事は間違いない。

 

「それに、お主の雇った猟犬は、朝比奈の郎党をも手にかけておるのじゃぞ?」

 

「なんですって?」

 

 老人の言に耳を疑った。

 朝比奈は一門の魔術師に手を出した相手には徹底的に報復する。所謂“朝比奈の応報”の苛烈さを知らない魔術師はいない。

 

「それは、確かな話ですか?」

 

 しかし、それを利用してボクを意のままに操ろうと画策する、この老人の虚言であると言う可能性も捨てきれない。

 しかし老人は、意外とも、勃然とも言えるような表情で目を見開いた。

 

「お主は猟犬を放し飼いにしておったのか?……………まあ良い。噛み殺されたのはセヴィニェの当主じゃ。お主も名前ぐらいは聞いた事があるであろう?」

 

 よりによってジャン・レナルド・セヴィニェを、あの古強者をか…………!

 本来であれば“よくやった”と褒めてやりたいところだが、厄介な人物を手にかけてくれたものだ。

 外部から朝比奈の一門に加わった家系の中でも古株で、発言力もあり、人望も篤い人物と聞く。そんな人物に手を出したが最後、最悪の場合、道家と朝比奈家の全面戦争にもなりかねない。

 道家がどうなろうと知った事ではないが、あの連中の事だ、全てはボクの独断と言い張って首を差し出すに違いない。

 

 そうならない為にも、わざわざ朝比奈の魔術師達の顔写真付きのリストまで渡して「こいつらには絶対手を出すな」と厳命しておいたのに…………

 

 くそ!つくづく使えない連中だ!

 

「あ奴らの事じゃ。早晩、裏で糸を操る人形遣いに手が届くじゃろうて。それにな、お主は暗殺者(アサシン)(けしか)けよと言うておったが、朝比奈が()()()()()()()()()()、お主の手を借りずとも、そのように始末しておったわ」

 

 もたらされた凶報に、連中に任せきりにしていた自身の愚かさに無念の臍を噛んでいたが、逃れようのない更なる凶報が、老木の(うろ)の如き口から発せられた。

 

「だが、朝比奈は独自にサーヴァントを飼っておる」

 

「そんなバカな!?」

 

「元は過去の聖杯戦争で、マスターを喪った暗殺者(アサシン)クラスのサーヴァントを拾って飼い慣らしたそうじゃが、サーヴァントとしての年季が入っておる上、マスターの能力のおかげで、三騎士クラスを真正面から相手取っても、後れを取る事はあるまいよ」

 

 なんて事だ……………。

 朝比奈を敵に回したとしても、その前にサーヴァントを手に入れてしまえば、どうにか対処出来ると思っていたのに、まさか独自にサーヴァントを、しかも暗殺者(アサシン)クラスで三騎士クラスに対抗出来るかもしれないサーヴァントを従えているなんて…………。

 

「儂もお主も、既に朝比奈の敵。お主は早々にあの小僧から令呪とサーヴァントを奪って、儂と手を組むのが最善とは思わんか?」

 

「ですが、彼の後ろに朝比奈がいるのであれば、それも容易ではないのでは?」

 

「案ずるな。彼奴等(きゃつら)紐帯(ちゅうたい)にヒビを入れる種は蒔いてあるわ」

 

 くそ!

 結局はこの老人の思惑通りに事を運ばされると言う訳か…………!

 

 どうする?いっその事、一連の件はこの老人が黒幕と言う事にして、朝比奈に売り渡してしまうか?

 

 いやダメだ。

 朝比奈の一族は、この国の政財界は元より、官憲にまでその根を張り巡らせていると聞く。

 セヴィニェの当主を殺したのが、魔術師ではない事に気付いている可能性は十分考えられる。

 この老人のような生粋の魔術師が、あんな連中を使う事自体あり得ない事なのに、密告したところで信用される訳が無い。むしろこちら側の関与を疑われる。

 

 だが、朝比奈がこの老いぼれを敵と認識していても、こちらがまだ敵と認識されていないであろうこの時機は生かすべきだ。

 かなり危険な賭けをしなくてはいけないかもしれないが、最終的に得られるリターンを考慮すれば、そのぐらいの賭けもまた必要だろう。

 

「…………どうやら、我々が(しぎ)と蛤にならない為にも、一時共闘する事が最善のようですね」

 

「呵々。さしずめ朝比奈は漁夫か」

 

 思惑通り行った。と内心で快哉を叫んでいる事は想像に難くない。

 今のうちに笑っておくがいいさ。

 お前の操り人形に、今はなっておいてやる。

 その繰り糸が、やがてお前の首を絞めるまではな。

 

 お前にも、朝比奈にも、そして道家にも聖杯は渡さん。

 

 聖杯はこのボクが手に入れる……………!

 

 

 

 坂の中ほどにある間桐邸を後にし、夜の坂を下り歩く。

 内陸の山間部にある故郷の村ほどでは無いにしろ、日本の冬の寒さは別の意味で身に染みる。

 

 貧しいながらも、母と妹の三人で身を寄せ合い、どうにかこうにか日々の糧を得てきた頃がひどく懐かしい。

 すきま風に震えながらも、家族三人で過ごした日々は何物にも代えがたい暖かさがあった。

 爪に火を点すような生活であろうとも、それさえあれば穏やかに生きていけた。

 

 それに引き換え、今はどうだ。

 衣食住は故郷と比べるまでも無い。

 しかし、ボクの心は故郷のあばら家のように、常にすきま風が吹く空虚な(はこ)のように外側だけを取り繕い、唯一人残された愛しい妹を最後の拠り所として、日々を空しく生きてきた。

 

 母譲りの魔術回路のおかげで、ボクと妹の香蘭(シャンラン)には、一般的な魔術師以上の魔術回路が備わっていた。

 

 ある日、それに目を付けた道家にボクたちは引き取られた。

 いや、泣いて(すが)る母を殴り倒され、泣き叫ぶ香蘭をこの手に抱きながら、二人共誘拐同然に連れ去られたのだ。

 

 そこで初めて、ボクたちの父親が道家の先代当主、道龍秦(タオ ロンシン)である事を知ったが、妾腹(めかけばら)であるボクたちは殊更に冷遇された。

 道家の魔術の中でも()()()()()()()()()を徹底的に叩きこまれ、道家にとって都合の悪い者を殺す為だけの暗殺機械に仕立て上げられた。

 

 香蘭に至っては、そのような魔術の手ほどきを受けるどころか、長兄龍明(ロンミン)の魔術回路を増やし、やがては“神仙への道”に至る為に、魔術回路の一部を無理矢理剥がされ、腰から下は一切動かなくなってしまった。

 それどころか、次代の魔術回路を増やす為にと、毎晩のように他の兄たちに代わる代わる凌辱され続けた。

 

 最初の頃は、香蘭を救い出そうと抵抗を試みはしたものの、複数の男たちに取り押さえられ、顔の形が変わるまで殴られ、そのうちの何人かに犯された。

 それからは毎晩椅子に縛り付けられ、或いは性欲のはけ口にされ、何処からか聞こえる、痛みと恐怖に泣き叫ぶ香蘭の悲鳴を耳にして気が狂いそうになった。

 

 自ら命を絶とうとしても、それさえも許されない地獄のような日々を過ごしてきたある日、母の死を知らされた。

 

 代々村の近くを流れる龍脈を守護する役目を担った道士の家系である母は、しかし文明の発達と共に失われてゆく神秘と共にその魔術回路は衰退し、道家当主の外妾(がいしょう)となり、道家の庇護下に入る事で村の龍脈を護ろうとしていたが、ボクたちが道家に(さら)われてからは、道家からの支援が年々減ってゆき、ついには支援が打ち切られた。

 それから数年後、村の龍脈は枯れ、衰退し困窮に喘ぐ村人たちは、龍脈を護れなかった母を寄ってたかって打ち殺したと言う。

 

 憎いに決まっている。

 少ない食べ物をボクたちに分け与えて、自分は何日も食べずにやせ細っていった母を、それでも村の為にと龍脈を守り続けた母を、その神秘の恩恵に与って生きてきた恩を忘れて、掌を返すように嬲り殺した村の連中を、そして母との約束を反故にして、母を死に追いやり、ボクたち家族を引き裂いた道家を、地獄の業火に叩き落としても尚憎いに決まっている!!!

 

 今でも思い出す度に、臓腑に焼き(ごて)を押し付けられたかのように熱くなる。

 あの村の連中に考え得る限りの苦痛を与え、赤子に至るまで皆殺しにし尽くしても尚、治まる事の無かった熱。

 

 この熱はいつ鎮まるのか。

 虎視眈々と道家の連中に復讐する算段を企てながら、復讐を成し遂げた後、この熱は本当に治まるのだろうか。と不安に苛まれていた頃、冬木の聖杯戦争が再び始まる兆しを見せたという話が転機となった。

 

 万能の願望器を巡る魔術儀式。

 過去二百年に渡り、幾度となく執り行われてきた魔術儀式は、しかしその主導権を魔術協会と聖堂教会の双方で握るが故に、それらに属さない魔術師達が参加する事は出来ないと考えられていた。事実、東方魔術連盟に属する魔術師達が、令呪をその身に宿す事は無かったと言う。

 

 ————聖杯は相応しき者の手に委ねられる事を望んでいる————

 

 亡き先代の葬儀の際、新当主に耳打ちされたその一言が、道家を動かすきっかけとなり、道家二千年の悲願“神仙への道”に至る手段を、再び聖杯に求めんと欲した事は言うまでもない。

 

 無論、反対意見はあった。

 今まで冬木に行っても、令呪を宿す者はいなかった実例を持ち出す者もいた。

 聖杯を以てして、本当に神仙への道に至れるか疑念を抱く者もいた。

 父祖伝来の土地を侵食する魔術協会への反発から、そんな連中の儀式で神仙への道に至るなど屈辱の極みだと吠える者もいた。

 

 議論は百出し、いたずらに時間を空費してはいたが、反対派の中心人物が死没した事により同派閥は空中分解し、議論は推進派と慎重派による意見のすり合わせに落ち着き、その結果、ボクが冬木に送り込まれる事となった。

 

 ボクが緒戦で他のマスターを排除し、然る後に後方で待機している道家の連中に令呪を引き渡し、聖杯を得ると言うのが計画の骨子だ。

 

 随分と討議した割には杜撰極まりない計画だが、万能の願望器の真贋が定かでない以上、手に入れてから改めて鑑定しても遅くはなく、仮に途中で敗れたとしても、妾腹の子なら惜しくはない。何らかの不具合が起きたとしても、ボク一人に責任を押し付ければ良い。

 要するに、ボクは“()()()”と言うのが本音だろう。

 

 表向き道家に忠実な暗殺機械を演じていたボクではあったが、道家の連中は全幅の信頼を寄せるほどおめでたくはない。

 ボクと、そして香蘭にも、ボクが裏切る素振りを見せたら即座に呪殺する刻印を刻みつけるのも無理からぬ話と言える。

 

 そして冬木に発つ直前、予想外の事態が起きた。

 香蘭を同行させるよう告げられたのだ。

 

 一人よりも二人の方が聖杯に選ばれる確率は高くなる。

 もし香蘭がマスターになって途中で敗れたとしても、死体を回収して残りの魔術回路を取り出せば良い。

 いずれ全ての魔術回路を摘出するのだから、早いか遅いかの違いだけだ。

 

 極論するとそう言う事だ。

 勿論、道家の連中が何らかの慈悲に目覚めたと言う訳ではない。

 都合よく、かつ有効に、利用価値の底が見え始めたボクたち妾腹の兄妹を()()()()為でしかない。

 

 妹を同行させる事に当然不安はあった。

 しかし、誰にも邪魔される事無く、妹と過ごす時間を得る機会が出来たのは、大変喜ばしい事に変わりない。

 たとえそれがほんの一時であったとしても、道家で過ごしてきた何年もの時間とは比べ物にならないぐらい貴重なのだから。

 

 しかし、ボクたち二人は聖杯に選ばれなかった。

 

 ()()()、道家の魔術師には令呪は宿らなかった。と結論付けて終わりにする事も出来た。

 当主龍明は聖杯にかなり執心していたが、先代の兄弟たちと言った長老連中の大半が慎重派である手前、決死の覚悟で聖杯を奪取せよと要求してくる事は無いだろう。

 そして、ボクたちは()()()()()()()()

 

 怖気(おぞけ)がした。

 また、あの地獄(にちじょう)に戻るなんて、真っ平御免だ………!

 

 何としても聖杯を手に入れなくてはいけない。

 令呪の宿らなかったボクに出来る事は、誰かの願いを踏み躙ってでも令呪を得る事だ……………!

 

 あの穏やかな日々(にちじょう)を取り戻す為にも。

 

 あの地獄(にちじょう)を味わうのが、()()()()()()()()()()()()()………………!

 

 

 

 この街の洋館が建ち並ぶ地域は、傾斜がきつく、幅の狭い道が多い。

 間桐邸へと続く坂道も例に漏れず、この街の移動に使っているマイバッハでは、真っ直ぐ進む事は出来ても、曲がったり切り返したりが出来ない。

 従って、坂道の下で待つよう運転手に命じてあるのだが、車は命令通り、車道の隅でハザードランプを点滅させながらボクの到着を待っていた。

 

 無言で後部座席に乗り込むと、車は静かに発進する。

 運転手との会話は無い。

 会話をする事も無い。

 痩せこけたネズミのような卑しい顔のコイツは、道家が用意した運転手であり、同時にボクたちの監視役でもあるのだから。

 

 兎に角、今後の方針について思考を割きたかったので、積極的に話しかけてくるような人間じゃない事は有難い。

 

 さて……………

 表向きとは言え、あの老人と手を組む事になったのは、まあ良しとしよう。

 体よく利用される恐れはあるものの、それはお互い様だ。

 

 それよりもだ。あの連中、黒社会系のエージェントの紹介で、日本国内最大規模の暗殺組織を雇ったが、つくづく使えない連中だ。

 魔術師の殺害そのものは確実に実行している。それは良い。

 だけど「死体は残すな」と言うオーダーも「朝比奈には手を出すな」と言うオーダーも、まるっきり守れていないじゃないか。

 

 首領の男は、それらのオーダーの完遂も約束していたが、現場レベルには全く届いていないみたいだ。

 ある意味繊細な仕事であるのに、これは首領の男が、組織を統制する能力に欠けているのではないかと疑わざるを得ない。

 

 とは言え、連中との契約はまだ期間が残っている。

 それに、新たな組織を雇う時間も無い。

 

 くそっ!

 そもそもなんだって、この街に魔術師が大量に来ているんだ!

 奴らの狙いもボクと同じである事は変わりないが、その数があまりにも多い。

 朝比奈が敵に回る公算が高い以上、こちらも早めに迎え撃つ準備をしなくてはいけないのに…………!

 

 うかうかしていると、奴らの一人が()()()()()()()()から令呪を奪う事に成功する事だって十分あり得る。

 それだけは避けなくては………………。

 

「何やら、難儀を背負い込んだ様子だな?道士殿」

 

 如何にして剣士(セイバー)のマスターから令呪を奪うべきかと考え込んでいると、運転手の男が声をかけてきた。

 

「お前には関係ない。黙ってろ」

 

 相変わらず耳障りな高い声だが、いつもの下卑た小者のものとは異なる口調に違和感を覚える。

 

「あはは。そうつれない事を言うでない。道士殿は何やらお困りと拝察仕った(よし)此方(こなた)も何ぞ合力(ごうりき)出来るやもと、いらぬ差し出口を利いたまでよ」

 

「……………お前………何者だ?」

 

 姿形も声色も、いつもの運転手と全く同じだ。

 しかし、この男は常に慇懃無礼な態度を取っていて、ボクに対して敬称をつけて呼ぶ事なんてしない上、北京語ではなく、古風な日本語を用いてくる時点で、この男の見た目こそ同じだが、()()()()()()()()()()()事は明らかだ。

 

「なに、此方は単孤無頼(たんこぶらい)独人(ひとりびと)にて、道士殿が手勢を御所望とあらば、此方など如何かと売り込みに参じた数寄者(すきもの)よ。さりとて、それ以上の仔細は、今は申し上げること罷りならぬ」

 

「それで、あの男はどうした?」

 

「あの男と申すは、この(なり)の仁の事かね?ならば御懸念無用。酒が過ぎたようでな、今頃は川の底で石を抱いて寝入っておる」

 

 あの男を始末して入れ替わったか。

 いるだけで神経を逆撫でするような奴だったので、出来ればボクの手で道家諸共縊り殺してやりたかったが、まあ、挨拶ついでの手土産として有難く思っておこう。

 

「一応尋ねるが、いつの間に入れ替わった?」

 

「お察しの通り、道士殿がマキリのご隠居を訪ねておいでの間よ」

 

 あの老人の屋敷にいたのは、およそ一時間半。

 それだけあれば、あの男一人を始末する時間はあるだろうが、隠蔽工作までとなると、少々時間が足りない。それをこの短時間で成し遂げると言う事は、こいつの手際の良さを裏付けるには十分と言えるだろう。

 

「フン…………連中よりは使えそうだな」

 

「“連中”とは、道士殿の御手勢と拝察仕るが?」

 

「金で雇っただけの連中だ。殺しの腕だけは認めるに値するが、それ以外はダメだ。隠蔽工作はオーダー通りになっていないし、対象外の人間にまで手を出す始末。それなりの規模と実績のある組織と紹介されて契約したが、期待外れとはこういう事を言うんだな」

 

 名前どころか、正体すら見せない()()()()()()()()()()は、少なくても道家や殺し屋連中より、幾分マシと言えるだろう。

 

 それに、こいつは自分を売り込みに来たと言うではないか。

 何を企んでいるかは知らないが、少なくとも今は敵に回る事は無い。

 丁度いい。現状の問題点についてどう動くべきか、こいつがどう考えているか量ってみるとしよう。

 

「ふむ。大陸の侠客の理はいざ知らず、今この国で殺生を生業とする者どもは、押し並べて与太者と変わりはせぬ。さりとて、請け負うて全うせざるは、その者どもを束ねる首領の責に帰するところ。後顧の憂いを絶つためにも、仲介した者と共に、皆の前で誅されるがよろしかろう」

 

「仲介した奴は冬木(ここ)には来ていない」

 

「ならば、是非も無し。首領のみを誅して、()()()()()()をなさるがよろしかろう。時に、此方は斯様な者どもの束ねにも心得があり申す」

 

 あの組織を乗っ取れと使嗾(しそう)するか。

 確かに、腕だけは一級と言える連中だ。邪魔な連中を始末するには、意のままに動かせる手足が今後も必要である事には変わりない。

 道家の連中を始末し、奪い取った財貨を元手に、そのままこいつらを飼ったって良い。

 

「出来るか?」

 

下知(げち)とあらば、如何様にも」

 

 自信たっぷりに答えるこいつは、恐らくやり遂げるだろう。その点で、こいつの力量を疑う余地は無いとみえる。

 だがしかし、決断するにはやはり最初の問題に帰着する。

 こいつが何処の誰で、なぜボクの事を知って近づいたのか?

 表面上では恭順の意思を示しているが、その真意が那辺に在るのかが不明だ。

 

「此方が氏素性(うじすじょう)の知れぬ者であれば、道士殿が決めかねておいでなのは是非も無き事。故に、道士殿を此方に紹介下さった御仁に御引き合わせ致す」

 

 それでホテルに向かう道とは違う場所を走っている訳か。

 見覚えのある道。その先にいる人物にも心当たりはある。

 

 成程。あの人がこいつをボクの元に遣したと言う事か。

 

 

 

 新たに造成された街並みを抜け、小高い丘を上る途上に外人墓地があり、その先に立つ建物の前で車は停車した。

 

 薄い月明りを反射する白い石畳の最奥に、そこに祀られているであろう神の威容を具現しているかのような壮麗な建物。その扉の前に立つ聖母像の脇を抜け、分厚い木造りの扉を開けると、その人物は背をこちらに向けて祭壇の前に立っていた。

 

「待っていたぞ。道香龍君」

 

「やはり貴方でしたか。言峰神父(シェンフー)

 

 この教会の祭祀を司る神父が、深夜の来訪者に誰何(すいか)の声を上げる事無く振り返る。

 父親の代から道家と昵懇だったこの神父が、当主に聖杯戦争の事を吹き込んでくれた張本人だ。

 

 聖杯戦争の監督役と言う立場でありながらも、“過去の恩返し”と言う名目で便宜を図ってくれてはいるが、本音を言えば、()()()()()()()()()()()()()()と本能が訴えかけている。

 確信と言えるものは何も無い。

 ただ“感じる”のだ。

 この長躯の内に渦巻く、禍々しいまでの陰の気を。厄災をもたらす気配を。

 

「そうだ。だがその前に、監督役として改めて君に忠告しなくてはならない」

 

「………伺いましょう」

 

「本来、聖杯戦争のマスターではない君に、このような忠告は詮無い限りではあるが、君の行動は聊か目立ち過ぎている。それが()()()()()()()()()()()()()()()であれば、私の関知するところではないが、こと聖杯戦争に端を発するものであるのなら、君の主張はどうあれ、もたらされる結果について、君は責任を負わなければならない。場合によっては、監督役の名に於いて君を処断しなくてはならなくなる」

 

 過去の聖杯戦争に於いて、何の配慮も無しに魔術を行使し、あまつさえその痕跡の秘匿も一切行っていないマスターとサーヴァントがいた。

 結果、当時の監督役の権限で聖杯戦争を一時休戦し、各陣営にその二人組の討伐を命じたと言う。

 

 組織の不手際とは言え、それを実行させたのがボクである以上、その責任はボクに帰する。

 認めなくてはならない。組織に任せきりにしていたボクの判断ミスを。

 そして、確かめなくてはいけない。

 

「申し訳ありません、言峰神父。今回の件は、(ひとえ)にこの道香龍の失態。如何様な罰も謹んでお受けします………………と言いたいところですが、その対応の一環として、ボクに彼を紹介してくださった。と理解しているのですが?」

 

「フッ………パンを求める者に、石を与える者はおるまい」

 

 ボクの懺悔と審問に、口角を僅かに上げ、神父らしい言い回しで肯定する。

 

 ボクに与えられる“パン”としてのこいつ。

 それがボクの求めるモノに照応するのであれば、“()()()()()()()()()()()()()()()()と言われても可笑しい話ではない。

 いや待て。そんな都合の良い話在る筈が無い。

 それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではなかったのか………?

 

「ところで、お前のその腕はどうした?」

 

 状況を飲み込みきれないボクを差し置き、神父がボクの後ろに立つ男を見咎める。

 何を言っている?先程まで腕に異状なんて無かったように見えたが………。

 

 振り返り、後ろに立っている男の様子を見ようとしたが、男はそこにいなかった。

 いや、道家の男の姿をした者はいなかった。と言うのが正しい表現と言える。

 

 そこには黒づくめの装束を着込んだ若い男が、左腕から血を滴らせて立っていた。

 その容貌は若い。おそらく十代を出てはいないだろう。

 

「妙な気配を纏った女性(にょしょう)がおった由、懸想(けそう)してみたのだが、このようにつれのうあしらわれてしまってな。いやはや、()()()()()()()には、此方の相手など童戯(わらべおどけ)にもならぬようだわ」

 

 腕の傷を物ともせず呵々大笑するこの男は、一体何と戦ったと言うのか。

 いや、それよりも……………

 

「それが、お前の本当の顔か」

 

「これが此方の顔と申すなら、()()()()()()()()()()()()。此方の()(よう)俗諦(ぞくたい)の極みなれば、面相など虚仮(こけ)に等しい」

 

 世俗の伝承、巷間の噂、そういったモノがこの男の存在を形作る概念であり、顔かたちは関係ない。と、この男は嘯く。

 

 それは常人の、人間の在り様ではない。

 

 その在り様が成り立つ者とはつまり……………

 

「汝、求めし者、門を叩く者。扉は開かれ、道は示された。遣わされし御使いと共に、その魂に点る灯りを以て進むがいい」

 

「言峰神父…………彼は………一体………………」

 

 

 

「その者こそサーヴァント。マスターは………君だ」




週明けには復刻イベも終了と言う事で、その後には新イベが来るか、或いは光と闇のエンドレスバトゥが来るか。

どちらにしても楽しみなところです。

それよりも、今年の水着鯖は誰になるかと言うのがもっと楽しみですが('-'*

さて、次回は……

・病室ではお静かに

・お宅訪問

・ふわっふわやぞ!

以上の予定です。
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