Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
今回も例に漏れず師匠とぴょんぴょんやっていましたが、残り三日と言うところでリンゴが尽きました(´・ω・)
石を割ってお貴族プレイとするか、なかなかの悩みどころです。
さて、今回は物語上重要な、そして書きたかった話の一つをお届けします。
それでは、今回も拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。
あの人との出会いは、こうなる事の“前兆”である事は判っていたけど、“侵入”とも“襲撃”とも違う無防備な様子の来訪は“突然”としか言いようが無く、まだ日が高いうちの出来事なら尚更だ。
森の中を進む身なりの整った二人の男女は、しかし女性が昨日見せていた柔らかな微笑みを微塵も浮かべる事無く、先頭に立って周囲を警戒しながら、男性の方は悠然とその後ろを歩いている。
その女性は自分の妹である。と男性は話していたけど、危険な罠の存在を警戒しながら男性を守るように歩く女性のその姿は、まるで母親や姉のそれにも見えた。
最初の内こそは簡単な罠に引っかかり、あの人たちの存在を感知した事でその様子を遠見の水晶で見る事が出来た訳だけど、時折二人は道を逸れてみたり、ほんの少しの間だけ手を繋いで歩いてみたりしていた。
それらは全て罠や結界を設置している場所での事だ。
この女性は探知魔術に長けていて、罠を回避しているのか?とも考えたけど、魔術を行使している様子は無い。第一、結界を何の抵抗も無くすり抜けるなんて魔術は聞いた事が無い。そんな
「それとも、これって“キモントンコウ”?とかって言う古い術式かしら?」
独り言を呟いて思考してみるも、東洋の魔術は言うに及ばず、文化や風俗についてはざっくりとした知識しかなく、たしか“良い結果をもたらす方向に向かう事で凶事を避ける”というモノだった筈で、二千年近く昔の古代中国において、魔術師とも軍師とも言われている人物がよく用いていたと伝承に記されているらしい。
たしか陰陽師って、古代中国に興った魔術の流れを汲んでいた筈だから、森の結界を避けたりすり抜けたりする方法を知っているかもしれない。
だとすれば、それは看過出来ない問題だ。それを放置する事は、立派な城壁を築き上げても、門を作らないままでいる事と同義と言っても過言ではない。
いくつか結界を新たに敷設する事も一瞬考えたけど、それは無意味と判断して止めた。
むしろあの人たちがどうやって結界をすり抜けて来たのかを問い質し、それを今後に生かせば良い。
こちらから手を出すつもりは無かったけど、そちらから突っかかって来るのなら容赦してあげるつもりなんて無いと言う意思は昨日と同じだ。
あの人たちの出方を窺っていると、女性の方が
『この度は突然お伺いして申し訳ありません。私は朝比奈家第四十八代宗主
水晶の向こう側で名乗りを上げる男性、朝比奈の魔術師が不意の来訪を詫びる口上を述べている。
朝比奈の宗主自ら訪れた事は少々意外だったけど、
『本日は、
恭しく一礼する宗主が訪れた理由は大いに意外だった。
一体何の冗談かと思ったけど、もしそれが本当なら会ってみる価値はあると思った。もしそれが嘘であれば、相応の報いを受けさせるだけだ。
「お嬢様。まさかあの者たちを、このまま招き入れるのですか?」
後ろに控えているセラが神経質そうな声で問いかけてくる。顔は見えないけど、いつものように眉を
「別に良いんじゃない?届け物をしに来たって言ってるんだし」
水晶の向こう側に映る朝比奈の宗主。きっとこの人は、私の知らないキリツグを知っているのだろう。シロウとはまた違うキリツグを…………。
だから私はこの人と会うと決めた。そして訊いてみたかった。欠けた時間を少しでも埋める為に。
「いけませんお嬢様!」
「セラは心配性ね。何か企んでいても、バーサーカーに勝てっこないんだから」
この人の言う事が事実であれば、それは私にとって有意義な時間となるだろう。しかし、何らかの企みを以て虚言を弄しているのだとしたら、あの人たちが魔術師としてどんなに優秀であっても、バーサーカーには勝てっこない。
振り返り、そうありのままの事実をセラに突きつけるも、その事実を事実として受け入れながらも尚、強硬に反対するセラに徐々に苛立ちが高まり、ついには爆発した。
「うるさい!もう決めたの!城主である私が招くと言ったんだから従いなさい!」
「城主としてなら尚の事、追い払うべきです!アインツベルンの姫たる者、然るべき招待状を送り、キチンと礼節に則った夜会を開かなければ!」
「セラ、頑固。あと、その例え、ちょっと違う」
同じく後ろに控えているリズが片言の喋り方でセラの滅裂な主張を指摘するも、そのような指摘などどこ吹く風。と言わんばかりに自らの主張を曲げようとはしない。
「……………いい?セラ。確かに突然の訪問は礼を失する行為だし、非難に値するかもしれないけど、相手はその非を認めた上で、尚面会を望んでいるのよ?ましてや朝比奈家は日本の魔術師の中でも歴史が古い上、魔術師たちの間でも一目置かれる家柄だそうじゃない。そんな家の当主がわざわざ訪ねて来たのを追い返すなんて、アインツベルンは狭量だと自ら宣伝するようなモノだわ。そんな事でアインツベルンの家名に傷をつけるくらいなら、寛容に過ぎるかもしれないけど、多少の非礼は目を瞑って面会を許してあげるのも、城主の度量というものじゃないかしら?」
こういう場合、感情に任せて無理に従わせようとしても無駄な訳で、逆に理詰めで攻めるのが得策だ。
そしてその策は見事にハマり、セラは感銘を受けたように私の指示に従う事を誓約した。
これぐらいで態度を変えるセラもチョロいけど、
朝比奈の宗主を城に迎え入れ、お互いに形式通りの挨拶を交し応接室へと通した。
宗主は向かいのソファに座り、女性の方はその後ろに立っているところから、この
「…………ほぅ………これは実に良い。ケニアマサイと見ましたが?」
出されたコーヒーの香りを確かめるように一口含んだ宗主が銘柄を言い当てた。どうやら
ちなみに今日出したコーヒーは、セラが十日程前に生豆から焙煎した物で、来客用の中でも上等な方だ。これが自家焙煎である事を告げると、宗主は惜しみない賛辞をセラに贈った。
使用人への賛辞はその主である私への賛辞と同じであり、この宗主に対して僅かに好感を抱いた事は言うまでもない。
「本題に入る前に、幾つか伺いたい事があるのだけど、いいかしら?」
そうは言ってみたものの、魔術師らしく何らかの対価を要求してくるものとばかり思っていたのだけど、意外な事に宗主は二つ返事でそれを引き受けた。
これって、内容によっては対価を要求すると言う事かしら?
「まず一つ。森には結界や罠がいくつか仕掛けてあった筈だけど、貴方達を探知したのは最初の一つだけ。それでも、
これは今後の聖杯戦争を戦う上で喫緊の課題だ。
この宗主がシロウやリンに手を貸している上、宗主もまた聖杯を狙っている可能性が有る以上、今日は穏やかな“訪問”で済んでいたとしても、明日は“襲撃”になる可能性だってある。
誰が来ようともバーサーカーに勝てっこないのは間違いないのだけど、私が東洋の術式には不案内である以上、万が一と言う事も考えられる。
とは言え、この宗主がそう易々と話さないだろう事は百も承知だ。
だからこそ、霊体化させたバーサーカーを私の傍で待機させてあるのだ。
「…………その質問にお答えする前に、我々は貴女に一つ嘘をついていた事をお詫びしなければいけません」
僅かな沈黙の後、静かにティーカップを置いた宗主が静かに口を開いた途端、後ろに控えていた女性が姿を消した。
いいえ、姿を消したんじゃなくて、
不意を突かれてバーサーカーを呼び出すタイミングが一瞬遅れ、城内でサーヴァント戦が偶発しなかった事は、お互いの運命を好い方向に転換出来たのだと思ったのは後の事だ。
「主命とは言え、身分を偽り、御前に罷り越しました事をマスター共々お詫び申し上げます。私は朝比奈瑛賢のサーヴァントにて、クラスは
サーヴァントがその真名を自ら明かすと言う事は、敵意は無いという証拠に他ならないと言っても良い。
しかし、朝比奈の宗主がサーヴァントを従えているという事実は、聖杯戦争に参加していて、いずれは聖杯を手に入れると言う意思表示とも言える。
「誤解が無きよう申し上げれば、私は今回の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントではなく、第二次聖杯戦争にて召喚された後、奇縁あって朝比奈家代々の宗主にお仕えしている身でありますれば、今となっては主家の
彼女の言い分は
聖杯に招かれる英霊は、自らも叶えたい願いがあるからこそ、その招きに応じるモノであって、それよりも今仕えているマスターの将来を慮る方が大事だと言う。これも“ブシドー”とかいう思想の一つなのかしら?
「結界や罠を潜り抜けられたのは、
問い掛けに、一言「御意にございます」と彼女は返す。
結界や罠などの魔術的な防壁をすり抜けると言う能力は、
彼女に接敵された場合、状況によってはサーヴァント自身の判断でマスターを守護する事になるのだけど、他のサーヴァントならいざ知らず、大半の理性が失われたバーサーカーにそれを求める事は難しく、防壁を事実上無効化される事よりも深刻な問題だ。
さて……………
目の前の魔術師を殺すか否か…………?
私は今、重大な選択に迫られていると言って良いかもしれない。
目の前の彼女がサーヴァントだとしても、所詮は
しかし、
それを知りたいという欲求が、私の判断を鈍らせている。
半身である“道具”としての部分は「埒も無い事」と今の私を嘲笑っている。だけど、もう半身は「この人を殺すな」と叫んでいる。
相反する思考が私の中で鬩ぎ合い、応接室には柱時計が時を刻む音だけが響く。
「…………何故我々が冬木に居るのか?と言う疑問が貴女の中に在るでしょうから、先に結論だけ述べさせていただきます」
思考に時間を費やす私を見かねたのか、徐に宗主が
「私がこの冬木に来た理由はいくつかありますが、最大の理由について、
その答えは、私の思考に一つの方向性を指し示そうとしているのかは判らないけど、その内容に違和感を覚えた。
聖杯を奪う為に冬木に居るのだろうと私が考えている事ぐらいこの人は判っている筈だ。今更それを隠す理由も
「そう、それなら貴方たちが私の敵にならないと言う保証は無いと言う事でいいのかしら?」
思考の方向は定まった。
どうあれ、この人がその理由を明らかにしないのであれば生かしておく事は出来ない。話を聞くだけ聞いて殺せばいい。そう私の内で結論に達した。
「確実、とは言い難いでしょうが、マスターとしての貴女に敵対しないと言う保証でしたら一つだけ」
「………聞かせていただけるかしら?」
しかし、性急に結論を出した私を窘めるかのように、宗主が僅かに食い気味に口を開く。
命乞いの感も無きにしも非ずと言ったところだけど、聞くだけ聞いてあげようじゃない。本当に殺すか否かはそれからだって良い。
「
「その事実を、事実たらしめる根拠は?」
「先の聖杯戦争で、我々は衛宮切嗣の求めに応じて情報支援を行っていました。その見返りの一部として、切嗣本人から得た情報です。
フッと昔を懐かしむような眼をしながら宗主は言う。その眼は、やはり私の知らないキリツグを知っているという事実を裏付けるモノだった。
ここへ来て、ねじ伏せた筈の半身の欲求が再び頭をもたげようとしていたけど、今はそれよりも、この人が冬木に来た
「じゃあ質問を変えるわ。最大の理由が話せないと言う事は、話せる理由も在ると思うのだけど、伺っても良いかしら?」
しかし、双方の立場上明かす事が出来ない事柄であるのなら、正面切って問い質したところで平行線に終わる事は間違いない。なら、搦め手から攻めるのが定石だ。
「第二の理由として、当家では、先代の遺産である“ある魔術理論”の実証実験をこの冬木で執り行う事を計画しています。それについて、冬木の管理者である遠坂家の現当主が協力を仰ぐに値する人物か否か。私自身がそれを見定める為に、去年の夏頃に冬木に一時の居を構え、その結果、先日遠坂家との協定を結ぶに至りました」
流石にどういう魔術理論であるか話す事はしないにしろ、リンに手を貸しているのは、その見返りみたいなもののようね。そして、リンと手を組んでいるシロウもその恩恵に与っていると言ったところかしら。
「そして、これは聖杯戦争が無ければ果たす事が出来無かったのですが、衛宮切嗣の遺言を執行する事が第三の理由です」
「キリツグの………遺言…………?」
「ええ。切嗣は私にこう言い残しました。衛宮士郎に魔術絡みで累が及ぶような事があれば守ってやってくれ。と」
「……………………それだけ?」
「それと、貴女への伝言を預かっています。“独りにしてゴメン。今でも君を愛している”と」
「…………!」
何よそれ……………!
何年も放ったらかしにしておいて、何が“ゴメン”よ!
そんな事…………
そんな事、今更言われなくたって
ねえ?なんで?どうしてキリツグは、私を迎えに来てくれなかったの?
お爺様からキリツグが裏切った事は聞いていた。だけどそれは信じられなかった。ううん、信じたくなかった。
だから私は、何年も何年も待ち続けた。唯一言を言いたい為に。
あの常冬の城で、誰かが訪れた気配がする度に期待に胸を膨らませ、その実誰も訪れていなかった事に失望し、その繰り返しの末に私の心は摩耗していった。
それなのに、キリツグは迎えに来てくれるどころか、自分一人だけ家族を持って幸せに暮らして、その上、勝手に死んじゃったじゃない!!
キリツグのバカ!!
今更そんなこと知りたかったんじゃない!!!!
「…………一つだけ、切嗣に代わって貴女の誤解を解く機会を頂きたい」
内側から湧き起った感情は、いつの間にか口を衝いて出ていたらしく、何年も待ち続けた答えが出た喜びと、それが全くの的外れだった失望感とが綯交ぜになって、言葉と共に涙さえも零れていた。
「お嬢様、これで涙をお拭きください」
止めどなく溢れる涙を受け止めるハンカチは、甘く華やかなバラの香りをほんのりと纏っていて、それはまるでお母様との思い出を想起させるようでもあった。
「…………それで、“誤解”と言うのを聞かせてもらえるかしら?」
ハンカチが纏う香りのお陰なのかは分からないけど、ある程度気持ちが落ち着いた私は、宗主の言う“誤解”というもの正体を訊ねた。
そんな事、今更どうでも良いと言う反面、心の奥底に在る僅かな希望に縋る想いが、それを渇望している事は言うまでもない。
「先の聖杯戦争が終結してからの四年間、切嗣は冬の森を幾度となく訪れていました。ですが、聖杯戦争に於ける戦闘の後遺症で、魔術回路の大半が焼き付いた切嗣には城の結界を踏破するだけの力は最早残されておらず、行き倒れ寸前のところを保護出来たのは幸運としか言いようがありませんでした」
しかし、その頃には既にキリツグは余命幾許も無い状態で、それでも尚、私を迎えに行こうとしていた病床のキリツグを、冬木に押し留めていたのは自分だ。と宗主は告白した。
「切嗣が一言“自分の代わりに迎えに行ってやってくれ”と言ってくれれば、貴女をお迎えにあがる事も吝かではなかったのですが、一門の長である私の立場を慮ったのか、
膝の上で組んだ手に力を籠め、宗主は口惜しそうに語る。
この人の言う通り、キリツグがそう気遣って言わなかったのであれば、それは正しい判断と言える。
個人的な感情や関係はどうあれ、朝比奈一門の宗主であるこの人が私を連れ出そうものなら、それは即ちアインツベルンへの宣戦布告に他ならなくなるからだ。
それを推しても尚、魔術師と言う枠組みを超え、キリツグとは良い友人だったのであろうこの人が抱えた苦悩は、きっと私のそれとはまた別に大きかったのかもしれない。
だけど……………
私の我儘だと言う事は判っている。それでも、どんな形であろうとも、あの城から連れ出して欲しかった。
そして、あの日のように胡桃の冬芽探し勝負をしたかった。
だって、チャンピオンはいつでも挑戦を受けるものなのだから。
「……………ホント、キリツグってズルいよね…………。そんな大事な事、自分の口から言わないなんて……………」
「全くです………。昔から
キリツグのその在り様に、友人として頭を悩ませつつも、友人であるが故に不用意に深く立ち入ることが憚られて、何度となく歯がゆい思いをしたと語る宗主に、なんだか私まで申し訳ない気分になって来た。
「さて、切嗣との思い出話は追々お話させていただくとして、彼から預かった品をお渡し致します」
そう言って
蓋を開けたその中には…………
「これは…………指輪……………?」
何の装飾も施されていない黄金色をした指輪が一つ、差し出された小さな箱に納められていた。
何の変哲もない指輪の筈なのに、何故かその指輪が懐かしく思える。
「先の聖杯戦争に於いて、我々が回収した聖杯の欠片を指輪に加工したものです」
「…………!」
あぁ……………なんて事なの……………。
前回の聖杯戦争で、セイバーの宝具で破壊された聖杯の、その欠片が、こんな形で私の前に帰ってくるなんて……………。
だって、この欠片の元になった器は…………………。
「古来より、この国では“万物に魂は宿る”と言う思想が信奉されています。であれば、
聖杯の器は、元々私たちアインツベルンがその鋳造を担い、当初の聖杯戦争に於いては正しく“杯の形”をしていたけど、第三次聖杯戦争で器が破壊された事により儀式自体が失敗に終わると言う事態が発生した。
これを受けて前回の聖杯戦争では聖杯の器に
その艤装の役割を果たしたのが、アインツベルンが鋳造したホムンクルスであり、その名はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。
即ち、私の…………………。
「…………お母………様…………」
物体に魂が宿ると言う思想には馴染みが無い。無いのだけど、私の半分が、その思想を信奉する国の人のそれが、
「……………貴方の心遣いには感謝するわ。でも、無礼を承知で訊かせてもらうけど、これは貴方たちにとっても貴重な研究対象の筈よ。それを、いくらキリツグの遺言とは言え、素直に手放す理由が思い当たらないわ」
「…………確かに、約束を反故にして隠匿したり、そうでなくても同等の対価を求めたりするのが常の魔術師の在り方としては自然と言えましょう。ですが、これは
「どういう事?」
「聖杯にまつわる諸事は、確かに魔術師にとって魅力的な上、欠片とは言え現物が目の前に在れば秘匿し、根源へ至る為の足掛かりにして然るべしでしょう。ですが、これを解析した結果、
「………そうね。
「ええ。私が宗主となる際、
いくら禁忌と定められたところで、目の前に黄金の山があれば、食指を伸ばさんと欲するのが人の常。
この人亡き後、忠実に禁忌を守ろうとする人とそうでない人の間で諍いが起き、最悪の場合は一門が分裂する危険性だってある。しかし、聖杯の欠片そのものが無ければそのような諍いは起ころう筈も無い。
多くの魔術師を従えるこの人の立場で、これは最善とはいかなくても、禍根を絶つという意味では良い判断と言え、それがこの人が得る同等の対価と言えるのかもしれない。
「…………本当に、頂いてもいいの……………?貴方たちの中にも反対する人はいるのではなくて?」
「その点はご心配なく。そもそも
とても、そう、とても優しい笑顔でこの人は言った。
それがとても嬉しくて、心が温かくなって、今にも踊り出したくなるような気分になったけど、そんなはしたない真似をこの人の前でやったら、きっとセラに叱られるでしょうね。
「それと…………もし、貴女さえよろしければ、こちらもお渡ししたいのですが…………」
そうおずおずと差し出したのは、お母様の指輪が入っていた箱と同じサイズの箱。その中には人間の奥歯が一本入っていた。
「これは…………?」
指輪と違い、何の変哲も無ければ何も感じる事の無い人間の歯だ。これは一体誰の…………?
「実はですね、切嗣が先程の伝言を私に託した時に、なんで生きて自分の口で言おうとしないのか、ついカッとなって切嗣を殴り倒してしまいまして、その時に折れた歯を当家のサーヴァントが回収していたのですよ」
「ふふ、私の代わりにキリツグに“オシオキ“をしてくれたのだと思っておくわ」
何とも極まりの悪そうな表情で当時を語るこの人を見て、なんだか可笑しくなり、この時既にこの人を殺そうと言う意思は消えていた。
だって、
「………お帰りなさい。
二つの箱を胸に抱きそっと呟く。
あぁ………ようやく、ようやくこの一言が言えた。
何年も、何年も、唯この一言が言いたかった。
もう言う事は出来ないと諦めていたのに。
それに応える声は無い。
だけど、私の中に在る温かい思い出が、二人の声で「ただいま」と語りかけて来る。
それは現実に無い声だけど、それでも現実に在った声。
私が生き続ける限り、ずっとそこに在り続ける声が。
『父さんも約束する。イリヤの事を待たせたりしない。父さんは必ず、すぐに帰ってくる』
キリツグの嘘つき。
十年なんてすぐじゃないじゃない。
でも……………赦してあげる。
もう肩車をしてもらう事も、ぎゅっと抱きしめてもらう事も、胡桃の冬芽探しも一緒に出来なくなっちゃったけど、どんな形になっても、こうして帰って来てくれたんだから。
キリツグ………これからはお母様と三人で、ずっと一緒に居ようね…………。
「
「ご両親と再会出来て何よりです。これで私も肩の荷が一つ下りました。ようやく、堂々と切嗣の墓参りが出来ると言うものです」
キリツグのお墓はこの街の墓地に在ると言う。
そうね、そのうち私も行ってみようかしら?
そしたらキリツグはきっとこう言うでしょうね。
あぁ…………イリヤ…………父さんは夢を見ているみたいだよ………って。
だけどその前に、キリツグの友人だったこの人から、色んな話を聞きたいと言う欲求が抑えきれなくてウズウズしていた。だからまだ、この人を帰す事なんて出来る筈も無い。
その為に、私は恩人でもあるこの人にこう言うのだ。
「コーヒーのおかわりはいかが?タンザニアの、ああ、日本では“キリマンジャロ”って言ったわね。それの良いのがあるの」
ドイツと言えばビールと言う印象があるでしょうが、実はコーヒーもよく飲まれているとの事で、個人のコーヒー年間消費量が日本の倍近くだと言うデータもあるそうです。
そして、特にアフリカ産の豆が好まれているらしいので、今回はアフリカ産の銘柄をチョイスして見ました。
ちなみに私は、コロンビアはトリマ産のコーヒーを愛飲しております('-'*
さて、次回は……
・なぜなぜなぁに?
・ふわっふわやぞ!
・お説教タイムの始まりだ
・徘徊爺さん
以上の予定です。