Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

そしてお待ちいただいていた方々には、長い間お待たせして申し訳ありませんでした。

リアルで中々忙しかった事と、執筆自体が難産だったのでかなり時間が開いてしまいましたが、年内にどうにか投稿出来ました。

それでは、今回も拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。


#055 快刀乱麻を断てど霧は断てず

 「父母(ちちはは)が、(かしら)かきなで(さち)あれて、()ひし言葉(けとば)ぜ忘れかねつる」とは、名も無き防人(さきもり)が歌った一首として万葉集に綴られている。

 八世紀、総じて奈良時代と称されていた当時、徴税は金銭ではなく物品や労役に拠って課されていて、その中の一つに現在の北九州周辺の警備に就くと言う兵役があり、その任に赴く者を“防人”と呼んだ。

 そして、東国(現在の近畿以東諸国)に住まう一人の若者が防人として旅立つ折に「達者で、幸せであれよ」と頭を撫でて送り出してくれた故郷の両親を想って詠んだ歌だと言う。

 

 現在とは異なり交通機関が未発達だったこの時代、庶民の遠方への旅路の別れは今生の別れと同義と言っても過言ではなく、二度と会う事が出来ないかもしれないと言う寂寥感は僅かな希望がある分、ある意味で死別による喪失感よりも心に重く圧し掛かるものなのかもしれない。

 

 目の前に端座するこの少女もまた、自らが生きた時間の幾分かを同種の寂寥感に苛まれていた事は想像に難くないが、それを幾許か取り払う事が叶ったのは、我ながら偉業と言っても差し支えないだろう。

 

卒爾(そつじ)ながら衛宮士郎の事ですが、聖杯戦争のマスターとしてではなく、貴女個人として、今後彼をどうするおつもりなのか。そのご意向を承りたい」

 

「……………そうね……………シロウの事は、キリツグの遺言もあるから貴方には関係が無いと言う訳じゃないわよね…………」

 

 純粋にマスターとして行動するとなれば望むべくもないが、むしろ彼女は個人的理由に依って衛宮の殺害を目的としていた節があり、彼女の実父にして、衛宮の養父である切嗣に端を発する乱麻の如き感情の縺れが僅かでも解れたであろう今、付随的にもう一つの遺言を完遂する一助となる可能性が無くはない。

 

「……………声が……………聞こえたの………………」

 

 須臾ほど逡巡した後、彼女は呟くように囁いた。

 曰く、先の聖杯戦争終結後、切嗣の帰りを待つ彼女は城の外に人影を認め入口まで迎えに行った際、何かが自分の中に流れ込み、切嗣が母親と自分を殺している心象(ヴィジョン)が見え、その声が「切嗣は私たちを裏切った」のだと告げた。

 当初は何某かのまやかしと拒絶していたが、アハト翁の態度を見て、自分は切嗣に切り捨てられたのだと諦観と共に受け入れたそうだ。

 

「それからしばらくは声が聞こえる事は無かったのだけど、五年程前にまた聞こえるようになったの。“キリツグが死んだ”って」

 

 その時には彼女の心は既に擦り切れていて、初めの内こそ自分には関係ないと耳を貸さなかったそうだが、切嗣が養子を迎え、自分以外と家族を持ったと知らされるや、心の奥底で押し殺していた感情がじわじわと湧き上がって来たのだと言う。

 

 その声は彼女に囁いた。

 きっと殺し合える。あと少しで殺し合える。大聖杯の灯は消えていない。不完全に終わったからすぐに戦いは再開される。楽しみね、イリヤスフィール。人間のあの人らしい、生きる理由が出来るわね。と…………。

 

 事実、聖杯戦争(たたかい)は本来の空白期間よりも遥かに短い十年程で再開され、二人の殺し合いも始まってしまった。

 少女を復讐へと唆す悪意ある囁き。その声の主とは………。

 

「その声の主に心当たりは?」

 

「………声そのものはお母様だったけど、お母様とは違う誰かと言う印象があったわ。もしかするとユスティーツァ様の声だったのかもしれないわね………」

 

 ユスティーツァ……………アインツベルンの「冬の聖女」と呼ばれたホムンクルスにして、聖杯戦争を始めた三人の魔術師の一人、だったか?

 

()()()()()()()()()()が、“聖杯の器”だったアイリスフィール様に似た波長を持つ彼女に曳かれて現れた。と言う事かもしれませんね』

 

 生前の切嗣から得た情報を基に分析した推測を、栞が念話を通して述べてきた。

 

 ユスティーツァの“後継機”とも言えるアイリさんの遺児である彼女となら、何らかの(えにし)、例えば魂の繋がりと言ったものがあるのかもしれないが故に曳き合い、彼女はそれを「ユスティーツァかもしれない」と言ったのだろう。

 

 聖杯の意思は“既存の人格の殻を被らなければ他人との意思疎通が出来ない”という切嗣の証言から、あの悪意の塊のような聖杯なら、両親を喪った少女一人を母親の声で誑かすのも造作ない。と言ったところか………。

 

「それで、貴方の質問に対する答えだけど…………………シロウがマスターとして挑んでくるならその限りじゃないけど、そうじゃないのなら、貴方に免じてシロウを殺さないでいてあげるわ。………その代わり……だけど…………」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女の口から、衛宮を殺さないと明言された事は僥倖と言って良く、“穢れ払い”を生業の一つとする陰陽師の面目躍如と言ったところだろう。

 

 何らかの代償を要求してくる事は想定の範囲内ではあるが、その要求が俺の命と言うのであれば、それを口にした瞬間、栞の棒手裏剣が目の前の少女の小さな頭蓋を瞬く間に撃ち抜くであろう事は、警戒態勢を一段階引き上げた栞の気配が因果線(パス)を通して物語っている。

 しかし、それは俺を護る事を最優先する栞の用心の一環であって、何やら気恥ずかしそうに言い淀む彼女の表情を見れば、そのような剣呑な要求は出さない事は明らかである以上、それも杞憂に終わるだろう。

 

 はてさて、どのような要求をしてくるのやら………?

 

「……………その……………これからは、貴方の事を“()()()”とお呼びしても良いかしら………?」

 

「……………………………はい?」

 

 彼女の意外な要求に、俺のみならず彼女の後ろで控えるメイドのセラまでも呆気にとられた声を上げ、横に立つ栞に至っては噴き出して笑いを堪えていた。

 

「ダメ…………かしら…………?」

 

 出産の段階で無茶な調整を受けた影響からか、第二次性徴を迎える前に成長が止まるだろうと切嗣は言っていたが、それでも母親(アイリさん)譲りの美貌は片鱗とは言え、おずおずと上目遣いで尋ねるその姿はなかなかの破壊力を持っている上、その幼い容姿は父性をくすぐるに余りあると言えるだろう。

 

『それぐらいの要求でしたら、受け入れてあげてもよろしいのではないですか?お・じ・さ・ま』

 

 突然の展開に戸惑いを隠しきれない俺をよそに、念話ですらも隠し切れない笑いを堪えた栞がからかいつつ語りかけてくる。

 そりゃまあ切嗣とは歳が近いし、俺自身これぐらいの子供がいたって可笑しくはない歳だから“おじ様”と呼ばれるのも当然なんだが……………。

 

「まぁ…………それぐらいでしたら、何ら差し支えありません」

 

 結果、彼女の要望を受け入れる事にした。

 だってしょうがないよ。俺、四十路(よそじ)近いおっさんなんだし。

 

「じゃあ私の事もイリヤで良いわ、おじ様!」

 

 ぱぁっと明るくなった彼女の表情は年齢相応の少女の笑顔であり、心から喜んでいるようで何よりと言ったところだ。

 

「それと、そんなよそよそしい話し方は禁止ね!」

 

「わかりまし…………いや、わかったよ、イリヤちゃん」

 

 俺の回答に満面の笑みを湛える彼女の姿はご満悦そのものだ。

 貴族の令嬢然と振舞う事は、彼女の立場上大切だろうが、やはり子供というものは、こうして笑顔を浮かべている方が大切だと思うし、それを曇らせないのは大人の役割と言ったところだろう。

 

『随分と懐かれましたね。さしずめ“父親代わり”と言ったところですか?おじ様?』

 

 (おまえ)まで“おじ様”言うんじゃねぇ。

 

『俺だってそれなりの歳だ。これからも更に歳をとる訳だし、先々(さきざき)父親代わり(そういう)役割が回って来たって不思議じゃないさ』

 

 どうあれ俺は“()()()()()()()()。ならばせめて、誰かの“父親代わり”ぐらい務めたっていいだろうさ。

 

『そうですね。では、これからも素敵にお歳を召してくださいな。せめてデヴィッド・ボウイぐらいに』

 

 これはまた、ハードル(たけ)ぇなぁ……………。

 

 

 

「ところで、おじ様にお訊きしたい事があるのだけど」

 

 切嗣との思い出話に花を咲かせ、殊の外長居をしていると実感しだした頃、コーヒーカップを静かに置いたイリヤちゃんが、真剣な面持ちで口を開いた。

 

「おじ様は、キリツグから“令呪は聖杯に選ばれた者のみ宿す事が出来る”と聞いたから、“そうじゃない者が令呪を宿す事は出来ない”と言う事を知っているけど、何故マスターから令呪を奪う事が出来るって言う()()()()()()()()()()()()()()()。魔術師のする事に“誰が”なんて意味は無いけど、そんな噂を最初に流した人は何をしようとしていたのか。おじ様に心当たりは無いかしら?」

 

 “whydunit(なぜおこなったか)”とは推理小説でよく用いられる用語の一つであり、時計塔の知人が謎に直面した際に良く口にしていた言葉だ。

 超常の力を行使する魔術師は、自身の手の内を明かさないのが常である以上、彼女の言う通り“whodunit(だれがやったか)”や“howdunit(どうやってやったか)”には意味が無い。

 

 しかし……………

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。と俺は思っているよ」

 

 それは犯人が“()()()()()()”と仮定すればこそであって、そもそもの導入部に誤りがあれば、その後に続くあらゆる推理は意味をなさなくなる。

 

「………どういう事?」

 

「聖堂教会」

 

「……………!」

 

 聖杯戦争とは、七人の魔術師が七騎の英霊を召喚し、戦わせて聖杯を奪い合う魔術儀式であり、その運営は魔術協会だけで行っているモノではない。

 仔細は省くが、それは極論すれば単純な引き算で、聖杯戦争から魔術師と英霊、そして魔術協会と言う要素を引けば、残るは聖堂教会。取り分けて監督役と言う解が導き出せる。

 

「今回の監督役、聖堂教会から派遣されてきた言峰綺礼(ことみね きれい)は、旧知のマスターから令呪と槍兵(ランサー)のサーヴァントを奪った疑いが濃厚なんだけど、その後の運用方法に疑問があってね。これは単なる憶測でしかないけど“サーヴァント強奪”と“噂の流布”は一本の線で繋がっていて、聖堂教会と言う組織そのものか、或いは言峰(ヤツ)個人が裏で糸を引いているのではないかと考えている」

 

 しかし“whydunit(なぜおこなったか)”が見えない以上、言峰(ヤツ)を“犯人”として吊るし上げるには至らず、聖堂教会との関与を裏付ける証拠は何も無い。と締めくくる。

 

「それに言峰(ヤツ)は、父親の代から(タオ)家とは昵懇でね、現当主の末妹である道香蘭(タオ シャンラン)が冬木に居ると言う点から見て、道家の当主は言峰(ヤツ)に何か吹き込まれたのではないかと考えている。例えば“マスターから令呪を奪えば聖杯戦争に参加できる”とかね」

 

「…………!」

 

 この時期に末妹だけが冬木に来る事は不自然極まりない上、下半身が不自由な状態では荒事に向かないであろう事から、同腹の兄で、道家の汚れ仕事専門の魔術師である道香龍(タオ シャンロン)もこの冬木に来ていると考える方が自然であり、昨夜栞に道香龍の居場所を探らせていたのだが、新都にあるホテルのロイヤルスイートに宿泊している事が判明した。

 

「イリヤちゃんは、道香蘭を聖杯戦争から排除するのではなく、遠ざけたいんだね?」

 

「………どうして、そう思ったの…………?」

 

 知人の言い方を真似るなら「それこそ“whydunit(なぜそうしたのか)”だよ。レディ」とでも言うべきか、彼女の反応と質問の意図に思いを致せば、()()()()は自ずと導き出せる。

 

 彼女の狂戦士(バーサーカー)は強力なサーヴァントだ。他のサーヴァントを相手取っても、狂戦士(バーサーカー)が簡単に敗れると言う結末は想像し難い。外野である俺ですらそう思うのだから、マスターである彼女にとって絶対の自信と同義であると言ってさえ良い。

 サーヴァントを従えた魔術師相手なら兎も角、生身の魔術師が彼女の令呪を狙って襲い掛かって来たとしても、狂戦士(バーサーカー)の前に於いて鎧袖一触である事は火を見るより明らかな以上、噂の真偽やその発生源に思い煩う必要など無い。

 

 しかし、それでも彼女は噂の出所とその目的を探ろうとした。

 それは“始まりの御三家”の一角として、聖杯戦争を乱す不心得者に誅伐を下さんと殊勝な気持ちに目覚めた訳ではないと言う事は、()()()()()()()()()()()()()という点と、強大な狂戦士(バーサーカー)の力に陶酔し、破壊衝動(カタストロフィ)に囚われている訳ではないという点から、強弁に過ぎるかもしれないが明らかと言って良い。

 

 では、何が彼女にそうさせる切っ掛けとなったか?

 それこそが、昨夕彼女とじゃれ合っていた道家の末妹、道香蘭の存在だろう。

 

 共有した僅かな時間だけでも、あの末妹の後ろ暗いモノの無い、善良な人間性はハッキリと見て取れた。

 その末妹の善性に惹かれ、彼女と末妹との間に友情が芽生えたのではないか?それ故に彼女はあの末妹を、友人を危険な聖杯戦争からどうにか遠ざける事が出来ないかと苦慮したが、直接の警告も不調に終わった為、そもそもの噂の発生源からのアプローチを試みようとしたのではないか?

 

「………………おじ様は名探偵でもあったのね……………」

 

 嘆息し、悄然(しょうぜん)として彼女は自らの質問の真意が、俺の述べた通りである事を言外に認めた。

 彼女は「バカバカしい事」と自嘲するが、俺自身友人の為に奔走した経験があるので、彼女の行為を嘲笑する事など出来はしない。むしろ他人に対して特別な感情を抱いたならば、それは当然の帰結と言えなくも無い。

 

 それ故に、自身の力だけでは友人を聖杯戦争から遠ざける事が叶わないと悟った彼女は、道家と同じく東方魔術連盟の双璧と謳われる朝比奈の宗主である俺を頼ろうとしているのだろう。

 だが、その俺の立場が逆に道家に手を引かせる事を困難にしている事もまた事実で、下手をすれば朝比奈家と道家の間に闘諍(とうじょう)が起きかねない。

 

 そうなると、俺が“白狐(しろぎつね)”として隠密裏に動くしか取れる手段は無いのだが……………。

 

『マスター。まさか“白狐”として道家に手を引かせる手段を講じようとお考えではないでしょうね?』

 

 槍兵(ランサー)に襲撃された衛宮を助けに入りはしたが、個人的理由を拠り所にして“白狐”として動く事は控えたかった。

 どうあれ白狐と言う仮面を被った朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)と言う人間は、多くの魔術師を従える朝比奈一門の頂点に立つ“宗主”である事に違いない。

 たとえ白狐と言う擬装を施したとしても、万が一にも白狐の正体が明るみになった場合、一門に累が及ぶ恐れは多分にあり、それは次代の若者たちの道を閉ざす結果にも繋がる恐れすらある。

 

 故に“宗主”と言う肩書と、それに付随する責任を背負っている限り、己の利にならずとも一門の利となるよう、白狐としての俺は稲荷神(いなりのかみ)の眷属が如く、瑞祥を持つ獣として一門に福をもたらさなくてはいけない。

 

 それが()()()()()()()()()()()()()、次代の宗主として迎え入れてくれた一門に対するせめてもの恩返しであり、自身に課した誓約である。

 

 そうではあるのだが……………

 

『スマン栞。だがあの時、禁を破ってこの()をあの城から連れ出していれば………』

 

『その言い方、ズルいです………』

 

 “こうしていれば、もっと違う未来があったのではないか?”と後悔する事は幾度もあった。大半は“起きてしまった事はどうしようもない事”と割り切って心の平静を保ち続けてきた。

 しかし、そう簡単に割り切れない事だって有り、それは時折俺自身を責め苛んできた。

 

 切嗣の余命が幾許も無いと知った時、俺は“朝比奈の宗主”としてではなく“出所不明の魔術師”としてアインツベルンの城に押し入り、彼女を強奪する挙に及んでいれば、最後に愛娘と対面を果たし、切嗣は満足して死ねただろう。

 彼女だって聖杯戦争に関わる事無く、実子と養子の違いこそあれ、姉弟身を寄せ合って穏やかに暮らす事も出来ただろう。

 衛宮はあの性格だから、何かの拍子に聖杯戦争に巻き込まれる事はあったにせよ、それでも姉弟相剋と言う今には至らなかったかもしれない。

 

 論語に曰く“四十にして惑わず”と言うが、ありゃ嘘だ。

 背負ったモノ、関わったモノ、それが多ければ多い程、どれが最善と考えれば考える程、取りこぼしたモノを憂う程、惑う事は山のようにあり、裸同然で山中に放り出されて何処を目指すべきか見えなくなる事すら多々あった。

 

 全ては過ぎた事。

 後悔しても詮無い事。

 それは判っている。

 

 だが俺はあの時、自身に課した誓約を固持した結果、それはバタフライ効果(エフェクト)的に何人もの運命を歪めてしまった事実は、やはりそこに在るのだ。

 

 今までだって、誰かの運命を歪めた事が無い訳では無い。

 だが、大切な友人とその家族の運命を歪めてしまった事に、罪悪感を抱かない筈がない。

 どう取り繕おうとも、結局は俺の利己(エゴ)でしかない事ぐらい解っている。

 過去を否定する事は、それを含む様々な過去を積み重ねた現在(いま)を否定する事と同じだと言う事も解っている。

 それを“無かった事”にしてしまうなど、それを受け入れてその後を生きた人々を侮辱する行為に等しい事も解っている。

 

 しかし……………!

 

「………童話では、昔からキツネはずる賢くて悪い動物とされてきたわ」

 

 想いと現実の狭間で葛藤する束の間、彼女が徐に口を開く。しかしその眼には、嬉しさともの悲しさ、様々な正と負の感情が宿っているかのようでもあった。

 

「おじ様は()()()()()()()()()()()()()()()()()?お話によっては神様の使いと言われているらしいけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 唐突に、しかし優しくゆっくりと語り始めるそれは、まるで寝る子に寝物語を語り聞かせる母親のようであり、きっとそれは在りし日のアイリさんとの実体験を追想しているのだろうか。

 

「そのキツネは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。実はそのキツネって()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”って、()()()()()()()()()()()()()()

 

「イリヤちゃん、それは…………」

 

「だけど、ある日お城から出る事が出来たお姫様はこう言うの“ありがとうキツネさん。世界中の人が貴方を悪いキツネだと言って石を投げても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”そしてこうも言ったの“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、()()()()()()()()()()()()”って」

 

 狐が登場する童話は古今東西枚挙に暇がないが、ここまで()()()()()()()()()()狐の童話など終ぞ聞いた事が無い。

 

 冬木を徘徊する“白狐”と言う魔術師の風聞は彼女も耳にしていても可笑しくはないが、どうやら白狐の正体は俺であると何処かで推し量り、しかし言及を避け、今の俺の葛藤と自身の心の内を如実になぞらえた話を創り出し、そして語り聞かせているのだろう。

 

「………それで、その狐さんはお姫様に何て言って返したのかな………?」

 

「そうね、()()()()()()()()()()()()()、なんて言って返すと思う?」

 

 悪戯っぽく微笑みながらに投げるその問いは、詰問や嗜虐的な要素を含んだものではなく、俺の葛藤に一つの方向性を指し示す優しい導きであり、同種の導きに今まで何度となく救われ、己もまた“(えにし)を交えた大切な人たちを導く者”たらんと志した若き日の自分を思い起こさせるものであった。

 

「…………そうだね…………“君がとても困った時は私を頼りなさい。王様の心を救えなかった分、私は何度でも君を救おう”かな……………?」

 

「ふふっ。お姫様が本当に困った時には、きっとキツネさんが救いに来てくれると信じているわ。だけど、キツネさんには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 やれやれ…………この娘は本当に聡いな……………。

 こんな辺鄙な場所に拠点を構えながらも、冬木の街での出来事を俯瞰的に捉え、聖杯戦争を有利に運ぶ為の策を講じているのだろう。そして、これから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは、悪い魔法使いたちによって生贄に捧げられようとしている、一人の女の子のお話よ…………」

 

 白い少女は静かに、幽玄に新たな物語を紡ぎ始めた。

 

 

 

「また遊びにいらしてね、おじ様!」

 

 年齢相応に元気良く手を振るイリヤちゃんに見送られ、俺たちはアインツベルンの城を後にした。

 随分と話が弾んでしまい、陽は既に中天よりも地平線にほど近い位置にまで下がっていたので、()()()()()()宿()()の成果を見に行く時間はどうやら無さそうだ。

 

 今日は行けなくなる旨を伝えるべく、衛宮に電話をかけようと携帯電話を開くと、十件を超える着信履歴がディスプレイを埋め尽くしていたが、その全てが再従妹(はとこ)の皐月からのものだった。

 

 栞から分配ケーブルを受け取って二人分のイヤホンマイクを接続する。栞も会話に参加出来るようにする為だ。

 昨夜、皐月とサーシャには身元不明の轢死体を調査するよう命じていて、その結果報告の為の電話なのだろうが、そうであるならメッセージを残しておけばいい筈なのに、こうして何度もかけてくると言う事は、何らかの異常事態が発生したと思い、逸る気持ちを押さえつつリダイヤルすると………

 

『遅い!一体何処ほっつき歩いてたのさ瑛兄(えいにい)!!』

 

 皐月たちの身に何か起きたのではないかと言う一抹の不安は、しかし二コールもしない内に電話に出た皐月の雷鳴のような怒号を以て何処かへと吹き飛び、文字通り耳をつんざく怒号に俺は顔を思いっきり(しか)めたが、栞はいつの間にか装着していたイヤホンマイクを耳から外して難を逃れていた。

 

「悪い悪い、結構話が弾んじまってな。で、そっちの首尾はどうだった?」

 

『首尾もどうも、()()()()()()()。強いて言えば、()()()()()()()()()()()()()()()かもね』

 

 “収穫が無い”と言う事は、遺体から記憶や残留思念を読めなかったり、その男の霊魂を降霊出来なかったりと言う事なのだが、それは魔術に因る術式阻害が施されたに他ならない事を示している。

 この術式阻害の概要をコンピューターに例えるなら、ファイルやフォルダへのアクセスを遮断する場合と、ファイルやフォルダそのものを抹消している場合の二種類があり、今回の術式阻害は後者のパターンだと言う。

 

 であれば、この件に魔術師が絡んでいる事は疑いようが無いのだが、記憶は兎も角、霊魂自体を浄化、魔術的に表すなら“物質界(マテリアルプレーン)に在る肉体と星幽界(アストラルプレーン)に在る魂の繋がりを絶つ”と言う術式は、魔術と言うよりも退魔師が用いる法術の範疇に近く、それは()()()()()()()()()()()()に見られる傾向で、それらも法術に定義すべしと主張する魔術師もいるぐらいだ。

 その魔術師の主張はさて置くとして、事件発生後から皐月たちが調査するまでの間に、遺体保管所に潜入した魔術師が証拠隠滅を図った可能性が出てくる訳だが………

 

『所轄の警察官は元より、職員から委託業者のおばちゃんに至るまで、魔術師どころか魔術回路を持っているヤツは一人もいないのは確認済み。そうなると外部から署内に侵入して事に及ぶ必要があるけど、私たち以外に魔術師が立ち入った痕跡は無かったから、魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)のサーヴァントぐらいじゃない限り、その線は無いね』

 

 皐月が初めて冬木に来た際に冬木署全体を覆う結界を張っていたのだが、そこに異状は見受けられなかったと言う。

 そして魔術師(キャスター)のサーヴァントが既に消滅している現在、残るは暗殺者(アサシン)の手に因るものと考えられるが、暗殺者(アサシン)が長けているのは()()()()()()()()()()()()()能力のみであり、そのような法術めいた術式を行使できるサーヴァントであるとは考えにくい。

 

 であれば、暗殺者(アサシン)のマスターである間桐臓硯が同行して()()()()()()()と考えられるが、それはもっと在り得ない話だ。

 どうあれ臓硯(ヤツ)は生粋の”魔術師”だ。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()し、事があった事自体を秘匿するのが“魔術師”の常套手段だ。

 

 そうなると、昨夜栞に()()()()()()()()()“第三の暗殺者(アサシン)”と言う可能性が出てくるが、コイツについては情報が無さ過ぎるので、その可能性を考慮に入れつつ警戒するに留めておいた方が良いだろう。

 

「そいつが飛び込む前の目撃情報とかは取れたのか?」

 

 それ以外に考えられるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えられる。

 

 そう聞くとサーシャが用いる死霊魔術(ネクロマンシー)によるものと思われがちだが、実際の死霊魔術は死者の霊魂を呼び寄せたり、残留思念を読み取ったりするのが一般的で、死体を操ると言ったイメージは近代フィクションの産物だ。

 

『周りに街灯なんかが無い現場だったから、運転士の証言は当てにならなかったね。あとは現場近くにいた新聞配達員の証言が取れたけど、それらしい男が一人で歩いていたって話さ』

 

 だが実際に“操屍術(そうしじゅつ)”と呼ばれる術式は存在する。

 由緒正しい死霊魔術師の家系であるサーシャに言わせれば“美しくない”と一蹴される術式ではあるが、ゾンビやキョンシーと言ったホラーエンターテインメントのメジャーなキャラクターはその起源を操屍術に持つ。

 今日(こんにち)では“死して尚も動き、生者に襲い掛かる怪物”と言うイメージが定着しているが、元々は死者を奴隷として使う為だったり、遺体を故郷まで搬送する手段として歩かせたりすると言うのがその始まりだと言われている。

 

 そのような秘術を用いる術者と言えば、ゾンビを生み出すブードゥー教の司祭(ボコ)か、同じくキョンシーを生み出す道教の道士が黒幕として考えられ、前者が冬木に居るか否かは分からないが、後者については道香龍、香蘭兄妹の存在を確認している。

 

 余談だが、生者を使徒化させて屍食鬼(グール)を生み出す魔術もあるのだが、アレは操屍術とは全く異なる上、そんな魔術を行使出来る魔術師は総じて封印指定される程の危険な連中であるが故に、聖杯戦争で耳目を集める今の冬木では、何気ない魔術行使一つが命取りになりかねない事から、そう言った魔術師は冬木に近寄る事すらしないだろう。

 

『サーシャも同じ意見だし、私もそれには賛成だね。で、魔術師の中で誰が冬木に居るのか、サーシャが()()()に調査を依頼しに行ってきたよ』

 

 とは言え、道兄妹を事件の主犯とするには確証が乏しく、また冬木市内全域に栞の監視の目は行き届いてはいても、冬木に居る魔術師全てが既知とは限らない。そこで、双方から得られた情報を突き合わせ、精度を高めようとするサーシャの行動は妥当なものと言える。

 

「わかった。皐月は引き続きおやっさんをやった()()()()()()()()に当たりを付けてくれ」

 

『それは警察庁(サッチョウ)の後輩にデータベースを探らせてるところ。一応魔術師の家系の奴だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈さ』

 

 その後輩が魔術師の家系とは言え、情報屋でもない無関係の魔術師に調査を任せる事に憂慮しないでもなかったが、ここは皐月の見る眼を信じて任せる事として電話を切った。

 

 改めて状況を整理する。

 聖杯戦争のマスターではない魔術師たちの襲撃事件は、裏で魔術師が糸を引いている事は間違いない。

 状況からして、その目的は令呪を得て聖杯戦争に参加する為、残り少ない椅子を取り合うライバルを蹴落とす為だと見て良いだろう。

 

 だが、そのやり方が雑で杜撰である事は否めない。

 ましてや神秘の隠匿を第一義とする魔術師が、傭兵や暗殺を生業とする魔術使いを雇えばいいのに、表の裏社会の連中を使うという点にも合点がいかない。

 

 そして最大の謎は、サーヴァントが七騎全て召喚され、聖杯戦争は中盤に差し掛かったこの時期に、今更()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 疑問点は多い。

 不審な点も多い。

 目の前に在るものは見えるが、その先は宛ら霧の中と言ったところであり、結局のところ全てはあの一言に帰着する。

 

 whydunit(なぜおこなったか).

 

 まったく…………

 ()()()()()()()()()()()()、名探偵を気取らなければならないとは、なんとも骨の折れる事だ。

 いっその事、その誰かさんを冬木に呼んで乱麻を断たせようかとも考えたが、曲がりなりにも時計塔の君主(ロード)を呼び出すのは、それはそれで後々厄介事の種になりかねないので諦めざるを得ない。第一、如何なる快刀を以てしても、今の霧の如き状況を断つ事は出来ないだろう。

 

 霧の向こうでほくそ笑む犯人は何を成さんと欲するか。それは未だ知る由もないが、己が今なさねばならない事の為にも、仲間を手にかけた報いを受けさせる為にも、そして俺の生徒達を護る為にも、ある種の焦燥感をねじ伏せ、引き続き姿()()()()の情報収集と分析に努めるより他ない。

 

「兎に角、衛宮たちには注意を促しておくとして、帰る前に柳洞寺に寄ってくれ。切嗣の墓参りをしてこなきゃな」

 

 遺言の一つを完遂した報告と遺児たちの無事を見守るよう願う為、俺たちの乗る白銀色の猛禽(GSX1300R)は亡き友の眠る戦場へと舞い戻った。




今年も残すところあと僅か。
皆様ボックスはガンガン回しておりますでしょうか?

私は忙しかった事と執筆を優先していたので、FPが自然回復する分しか周回していないので、リンゴはたくさん余っております故、正月休みの間にガンガン回して行こうかと思っています('-'*

さて、次回は……

・ふわっふわやぞ!

・お説教タイムの始まりだ

・徘徊爺さん

・楽しいロンドン♪

以上の予定です。
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