Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

6 / 76
<9/18 若干修正しました>


#006 彷徨

「もう、ダメよ士郎。学生がこんな夜更けに帰ってきちゃいけないんだから。最近物騒だぞって、ホームルームでも言ったじゃない」

 

 今日の主菜、桜特製の「チキンのクリーム煮」に上機嫌に舌鼓を打っていた藤ねえが、俺を見て窘める。

 

「あれ、士郎に対して言ったんだからね」

 

「あのさ、わざわざホームルームで言わなくても、うちで言えばいいんじゃないか?」

 

「ふーんだ、ここで言っても聞かないもの。学校でがつーんと言った方が士郎には効果的なんだもん」

 

「先生…それは職権乱用というか、公私混同だと思います…」

 

「ううん、それぐらいしないと士郎はダメなのよ」

 

 桜の控えめなツッコミもどこ吹く風、藤ねえは箸を動かしつつ言葉をつなげる。

 

「いつも人の手伝いばっかりして損してるからさ、たまには真っ直ぐ帰ってきてのんびりしてもいいじゃない」

 

「むっ、誰かの手伝いをして、それでその人が助かるなら損なんかしてないぞ」

 

 藤ねえの言い様に少なからず違和感を覚え抗議する。

 

「…はぁ……、切嗣さんに似たのかなぁ、士郎がそんなんじゃお姉ちゃん心配だよ…」

 

 どのあたりが心配なのか、それとは反比例して元気よくもりもりとご飯を食べる藤ねえ。

 

「あの、藤村先生。先輩って昔からそうなんですか?」

 

「うん、昔からそうなの。これがねぇ、士郎は困ってる人がいたら放っておけない性格なのよ。弱きを助け強きをくじくってヤツ。子供の頃の作文なんて、僕の夢は正義の味方になることです。だったんだから」

 

 …また昔の話をするな、藤ねえも…。だけど、本当の事なので口は挟めない。

 そもそも、正義の味方になるって事は、今でも変わっていない目標だ。

 

「うわぁ、すごい子供だったんですね、先輩」

 

 桜がやや大げさに感嘆する。

 いかん、このままでは藤ねえに昔の事を洗いざらい語らせて「タイガートークショー」になってしまう。

 ここは形勢逆転の手を打たねば…!

 

「そりゃ藤ねえがいたからだろ。ダメな大人を見てると、子供はいろいろ考えるんだよ。悔しかったら、ちゃんと自分でメシを作ってみろ」

 

 ふふん、と意地の悪い笑顔を満面に湛え、必殺のカウンターパンチを炸裂させる。

 藤ねえは、家事全般が良く言えば「壊滅的」なのだ。

 

「なっ……!」

 

 効果てきめん。ガーン、とありきたりな背景が浮かび上がるほどにうち崩れる藤ねえ。そのままうなだれて反省するかと思えば、

 

「うぅ…お姉ちゃんは悲しいよう…。桜ちゃん、お代わり!」

 

 ずい、と三杯目のお茶碗を差し出していた。

 あ、ダメだこの人…。

 

 

 夕食も終えてのんびりしていると、時計は九時を過ぎていた。

 

「それじゃぁ、今日はこれで失礼します、先輩」

 

 帰り支度をしている桜を呼び止めた。

 

「最近物騒だろ?家まで送っていくよ」

 

 桜は気まずそうに口を閉ざす。

 何かまずいことでも口にしたんだろうか、俺。

 

「ごめんなさい。気持ちはうれしいんですけど………その、兄さんに見つかると、先輩にまで迷惑がかかります」

 

 そうまで言われて俺はようやく思い至った。

 桜の兄貴である慎二は、桜がうちに来ていることを良く思っていない。

 表向きは藤ねえの家に行っていることになっているが、ここで俺が送って行ったりしたら何かと問題になる。

 

 俺が言いがかりをつけられるのはどうでもいいが、慎二が桜にあたるのは良くない。

 それに、慎二が何と言おうと、桜を一人で帰らせる方が問題じゃないか。

 

「俺にかかる迷惑なんて気にするな。慎二とは喧嘩するぐらい言いあったほうが良いんだよ。それにあいつ、ああ見えて隠し事とか嫌いだから…って、どうかしたか?」

 

 そこには目を丸くして俺を見ている桜がいた。

 

「いえ、先輩、兄さんと仲がいいんだなあって」

 

 

「あんな人ですけど、何度喧嘩しても先輩に話しかけるでしょう?兄さん、きっと先輩が苦手なんですよ」

 

 夜道を桜と二人、話しながら歩く。

 

「けど、他の人よりはずっと好きだから、いつも気にしてるんですよ。素直じゃないから、嫌いな人が好きなんです、兄さん」

 

 …何とも返答に困る意見ではある。

 答えに窮していると、一歩先を行く桜が振り返る。

 

「先輩が羨ましかったから、少しだけ困らせてみました」

 

 その笑顔は困るぞ桜。

 桜を無事に送るために出たのに、俺がやましい気持ちを持ってちゃ本末転倒だ。

 桜は友人の妹で後輩だ。そこんとこ、しっかりしとこう俺!

 

「先輩?」

 

「あ、いや、人通りが全然ないなと思って」

 

 心中を悟られまいと話題を変える。

 

「そうですね、やっぱり送ってもらってよかったです」

 

「だろ?たまには先輩らしいとこ見せないとな」

 

 どうやら悟られなかったようで、俺は内心ホッとする。

 

「はい、最近、家の周りで見慣れない外国人の方を見るんです」

 

「なんだそれ?どんな奴なんだよ」

 

「えっと、あの、金髪のかっこいい人でした。モデルさんみたいだから、先輩も見たらびっくりすると思います」

 

 ほんと、なんだそれ…。

 でも、不審な奴ってわけじゃないならいいけど…。

 

「最近引っ越してきた人なんかいないから、おかしいなって」

 

 桜の家もそうだけど、その周りにはとりわけ洋館が多いとは言え、外国人が多く住んでいるわけでもない。

 特に山の上の洋館なんて幽霊屋敷のようだ。

 

「あれは遠坂先輩のおうちですよ、先輩」

 

 桜がクスクスと笑いながら言う。

 遠坂って、あの遠坂か?

 

「二年生の遠坂凛さんです。先輩苦手なんですか?」

 

 苦手という事は無い。とは言え、あのミスパーフェクトに親しみを覚えるほどでもない。

 

「有名だから人並みに知ってるってだけだけど、そういう桜は、もしかして近所づきあいとかあるのか?」

 

「…ないですよ。遠坂先輩のお家は、坂の上ですから。私、子供の頃、坂の上には怖い魔法使いが住んでるって言われていました。だから行っちゃいけないっていつも思ってたんです」

 

 一瞬言い淀んだ桜に妙な違和感を覚えたが、そこはあえて追求せず聞き流した。

 そうこうしているうちに桜の家に着いた。

 正面からだと慎二に見つかるかもしれないので、桜は勝手口から入るべく家を回る。

 

「それじゃあ、おやすみなさい先輩。送ってもらって嬉しかったです」

 

 本当にうれしそうな笑顔を浮かべ桜は礼を述べる。

 この笑顔を見られるなら毎日送ったっていい。と本音を心の中に秘めつつ、礼は不要と応える。

 

「はい、兄さんには怒られるけど、私、やっぱり先輩と一緒が良いです」

 

 今日一番の笑顔に、俺の心中を支える柱が大きくぐらつく。

 

「それじゃあ、また明日ですね。今日はありがとうございました」

 

 そう、桜は手を振って勝手口に消えていった。

 勝手口をじっと見つめること数秒。

 緊張の極致から解放され大きく溜息を吐く。

 桜は本当に美人になった。それは喜ばしいことなんだけど、目のやり場に困るってのは…

 

「先輩としてカッコつかないんだよなあ…」

 

 

 桜を送り届けて帰路に就く。

 桜の家の前で立ち止まり、一室の明かりが点くのを認めた。そこが桜の部屋だろう。

 一年前までは何度かこの家に上がっていたけど、それにしても大きな洋館である。しかし、その割には管理が行き届いていないようで、窓が割れたまま放置されている部屋もある。

 

「っと、これじゃあ、俺が不審者じゃないか…」

 

 そう独り言をこぼし、立ち去ろうとしたとき…

 

「もし、何かこの家に用があるのかね?」

 

 それは庭の植え込みから聞こえた。

 虫の鳴き声があたりに響く。

 虫?冬のこの時期に?

 

「どうした?若いの。なぜ答えん」

 

 植込みの合間から、杖をついた一人の老人が姿を現した。

 暗がりの上、皺だらけのその顔は表情が読み取りづらい。

 

「ふむ、桜が言っておった不審なよそ者。と、こちらで決めつけてしまってもよろしいかな?」

 

 桜?じゃあ、この人もしかして…。

 

「見ず知らずのお前さんには申し訳ないが、孫も怖がっておる。少し痛い目に遭ってもらわねばいかんようだ」

 

 老人の表情も声色も変わらないのだが、その一言に悪寒を覚えずにはいられなかった。

 

「念のために聞いておくが、潔く官憲の厄介になる気はないか?」

 

「あ、いや違います!俺は慎二の同級生で、桜とは知り合いで衛宮士郎と言います!」

 

 老人の迫力に気圧されながら、俺は身の潔白を証明しなければならなかった。

 

「散歩がてら、前を通りがかっただけなんです!」

 

 我ながら何とも無理のある言い訳だ。とは言え、桜がうちに来ていることをなるべく知られないようにするには、こうするしかなかった。

 

「臓硯じゃ」

 

「え?」

 

間桐臓硯(まとう ぞうけん)じゃ。お前さんが名乗ったのに、わしが名乗らぬままではおかしかろう」

 

 どうやら不審者の疑いは晴れたようだ。

 

「孫たちの学友であったか…それは邪魔したな。どれ、二人を呼んでこよう。なんなら夕飯を馳走されるかね?」

 

「あ、いえ、ちょっと寄っただけだからすぐ帰ります」

 

 この老人、臓硯爺さんからの誘いを断る。いや、断らざるを得ない。

 

「そうか…。ところで衛宮士郎。アインツベルンの娘は壮健かね?」

 

 え?アイン…?

 

「アインツベルンの娘が、衛宮を訪ねるは道理。此度の座の出来はどうかと聞いている」

 

 ポカンとする俺の顔を見て、臓硯爺さんが見咎めた。だけど、知らないものは知らないのである。

 桜…お前のお爺ちゃんはなかなかの難物なようだ…。

 

「ふむ、どうやら本当に知らぬらしいなこれは」

 

 俺の反応を見て、爺さんは嘆息する。一体何のことやら、狐につままれるとはこの事だろうか。

 

「はあ…よくわかりませんけど…すみません」

 

「いやいや、お主が気に病む事は無い。わしの勘違いじゃ。では失礼するぞ衛宮士郎君。今後とも、うちの孫たちと善くしてやってくれ」

 

 そういうと、爺さんは植込みの合間に消えようとしていたが、立ち止まってこっちを振り向いた。

 

「そうそう、最近はなにかと物騒でな、妙な輩も徘徊しておる由、気を付けて帰るのじゃぞ」

 

 そう言って爺さんは植込みの暗がりに消えていった。

 それにしても、お爺さんが一緒に住んでいたなんて、全然気づかなかったな…。

 いつの間にか、虫の音は聞こえなくなっていた。

 

 

 帰宅した俺は、それと入れ違いに帰宅する藤ねえを見送った。

 ひと風呂浴びて、時間は深夜零時前。

 俺は日課になっている魔術の鍛錬を行うべく、土蔵に籠った。

 呼吸を整え、頭の中は出来るだけ白紙にし、意識は全て己の内側に向ける。

 

同調(トレース)開始(オン)

 

 自分に暗示をかけるよう、言いなれた呪文を呟く。

 魔術刻印とやらもなく、魔道の知識もない俺にとって、呪文は自分を変革させるための物だ。

 

 本来、人間の体に魔力を通す神経(ライン)はない。それを疑似的に作り、一時的に変革させるからには、自分の肉体、神経全てを統括しうる集中力が必要になる。

 魔術は己との戦いだ。

 例えば、この瞬間、背骨に焼けた鉄の棒を突き刺していくようなものだ。その鉄の棒こそ、たった一本だけ用意できる自分の”魔術回路”だ。

 

「僕は魔法使いなんだ」

 

 そういった切嗣(オヤジ)は、本当に魔術師だった。

 そんな切嗣に憧れて、とにかく魔術を教えてくれとねだった幼い自分。ともかく魔術さえ使えれば、切嗣のようになれると思ったのだ。

 それが八年前の話。

 切嗣は散々迷った後、厳しい顔で俺を弟子と認めてくれた。

 

「いいかい士郎。魔術を習う、と言うことは常識からかけ離れるということだ。死ぬときは死に、殺すときは殺す。僕たちの本質はせいではなく死だからね。魔術とは、自らを滅ぼす道に他ならない」

 

 幼い心は恐れを知らなかったのだろう。

 強く頷く衛宮士郎の顔に。切嗣は仕方なげに手を置いて苦笑していた。

 

「君に教えるのは、そういった争いを呼ぶ類のものだ。だから人前で使ってはいけないし、難しいものだから鍛錬を怠ってもいけない。でもまあ、それは破ったって構わない。一番大事なことね、魔術は自分の為にじゃなくて他人の為だけに使う、と言うことだよ。そうすれば士郎は魔術使いではあるけど、魔術師ではなくなるからね」

 

 切嗣は、衛宮士郎に魔術師になってほしくなかったのだろう。

 だけど、俺が憧れていたのは切嗣であって魔術師ではない。

 あの日の切嗣のように、誰かの為になりたいと願ったからこそ魔術を習おうとしたのだ。

 

 しかし、持って生まれた才能とやらが俺にはなかった。

 

 魔術とは、極端に言って魔力を放出する技術で、魔力とは生命力と言い換えてもいい。

 魔術師は自分の体を変換回路にして、外界から魔力「大源(マナ)」を汲み上げて人間でも使える物にするのだ。この変換回路を、魔術師は”魔術回路”と呼ぶ。

 

 これこそが生まれつきの才能というやつで、魔術回路の数は生まれた瞬間に決まっている。通常、人間に魔術回路はほとんどない。だから魔術師は何代も血を重ね、生まれてくる子孫たちを、より魔術に適した肉体にする。

 行き過ぎた家系は品種改良じみた真似までして、生まれてくる子供の魔術回路を増やすのだとか。

 

 魔術師の証である魔術刻印は、血の繋がっていない人間には拒絶反応が出ると言われていて、養子である俺には、衛宮家の刻印は受け取れなかった。なので、普通の家庭に育った俺には、多くの魔術回路を望むべくもない。

 そうなると残された手段は一つ。俺自身が持っている特質に応じた魔術を習うしかない。

 

 切嗣曰く、どんな人間にも一つぐらいは適性のある魔術系統があるらしい。その人間の”起源”に従って魔力を引き出す、と言っていたけど、そのあたりの話はちんぷんかんぷんだ。

 確かな話は、俺みたいなやつでも一つぐらいは使える魔術があって、それを鍛えていけば、いつか切嗣のようになれるかもしれない、と言うことだ。

 だから、ただその魔術だけを教わった。

 

「…っ」

 

 雑念が入った。

 ぎしり、と、背骨に突き刺さった鉄の棒が、入ってはいけないところにずれていく感覚。

 

「っ、ぐ、う…………!」

 

 ここで焦ったら終わりだ。大丈夫………呼吸を整えて………。

 鬩ぎ合いの末、鉄の棒は体の奥まで到達し、ようやく肉体の一部として融解した。

 ここまでで、一時間弱。

 それだけの時間をかけ、ようやく一本だけ疑似神経を作り、自らを、魔力を生成する回路と成す。

 

「基本骨子、解明」

 

 後は唯、自然に魔力を流すだけの作業となる。

 衛宮士郎は魔術師じゃない。

 こうやって体内に魔力を生成出来て、それを物に流す事だけしかできない魔術使いだ。

 だからその魔術もたった一つの事しか出来ない。

 それが、物体の強化。

 

「構成材質、解明」

 

 対象となるモノの構造を把握し、魔力を通すことで一時的に能力を補強する”強化”の魔術である。

 

「基本骨子、変更」

 

 目前にあるのは折れた鉄パイプ。

 これに魔力を通し、もっとも単純な硬度強化の魔術を成しえる。

 

「構成材質、補強」

 

 熟練した魔術師ならば容易いのだろうが、魔力の生成さえ満足にいかない自分にとって、それは何百メートル先の標的を射抜くぐらいの難易度だ。

 

「っ、くっ……!」

 

 体内の熱が急速に冷めていく。

 背骨に通っていた火の柱が消え、限界まで絞られていた肺が、貪欲に酸素を求める。

 

「はぁ、はぁ・・!」

 

 そのまま気を失いかねない目眩に、体をくの字に曲げて耐えた。

 

「あ、くそ、また失敗か…」

 

 鉄パイプに変化はない。通した魔力は外に霧散してしまったようだ。

 

「元から形があるものに手を加えるのは、きつい」

 

 汗ばんだ額を拭う。気が付けば全身、水をかけられたように汗まみれだ。

 

「まだこんな初歩が上手くいかないんだもんな……」

 

 切嗣が死んでから、ずっと一人で鍛錬してきたけど、俺がやっていることは、完成した芸術品に筆を加えることに似ていて、完成しているものに手を加える、と言うことは完成度を貶める、と言う危険性をも孕んでいる。

 補強するはずの筆が、芸術品そのものの価値を下げることもある、と言う事だ。

 だから”強化”の魔術と言うのは単純でありながら難易度が高く、好んで使用する魔術師は少ないらしい。

 いや、俺だって好んでいるわけじゃないけど、これしか能がないんだから仕方がない。

 

 いっそ形のない粘土をこねて代用品を作っていいなら楽なんだが、そうやって形だけ再現した代用品は、外見ばっかりで中身が伴わない。

 周りに転がっているガラクタがそうだ。

 強化の魔術に失敗すると、練習がてらに代用品を作って気を落ち着けるのだが、これが揃いも揃って中身がない。

 物の設計図を明確にイメージできるが故に、外見だけはそっくりに再現できるのだが、中身は空洞、もちろん機能も全くない。

 

 しかし、さっきのは本当にまずかった。

 持ち直すのが一呼吸遅かったら、内臓をほとんど壊していただろう。

 

「死にかけた分上達するんなら、まだ見込みがあるんだけどな」

 

 そんな都合のいい話はない。

 魔術を学ぶ以上、死は常に身近にある。

 毎日のようにこなしている何でもない魔術でも、ほんの少しのミスで暴発し、術者の命を奪う。

 

「魔術師にとって一番初めの覚悟とは、死を容認することだ」

 

 切嗣はそれを悲しげに言っていた。

 それは、俺にはそんな覚悟はしないでほしい、と言う意味だったのかもしれない。

 

「僕の夢は正義の味方になることです」

 

 夕食のとき、藤ねえが言ったセリフを思い出す。

 それは絶対に決まっていることだ。衛宮士郎は衛宮切嗣の跡を継ぐと。

 それを恥ずかしいとも、無理だとも思わない。

 だけど、誰かの役に立つことで、その夢に近づこうとしてきたけど、人助けと正義の味方は違う。

 一体何をすれば、俺は正義の味方になれるのか…。

 その肝心な部分が、この五年間、ずっとつかめないままだった。

 

 誰かを助けると言う事はね、誰かを助けないと言う事なんだ。

 いいかい、人間が救えるのはね、自分が肩入れした側の者だけなんだ。

 正義の味方ってのはね、とんでもないエゴイストって事なんだ。

 

 切嗣みたいになるよ、と言った子供の俺に、切嗣はそんな言葉を繰り返していた。

 あの時の俺には、その言葉の意味は分からなかった。

 今ならその言葉の意味が分かる。

 言われてみれば当たり前だ。

 

 だけど…。

 

 それでも…。

 

 窓越しに空を見る。

 

「俺は正義の味方になるんだ…」

 

 そう、呪文のように呟いた。

 

 どうすれば正義の味方になれるのか。

 何をすれば正義の味方になれるのか。

 

 あてどなく大地を彷徨うような感覚に苛まれる。

 

 意識が、深い闇の中に滑り込むように沈んでいった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。