Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

62 / 76
前回以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

ついに六章が配信されましたね。
しかも、ボリュームが多いから前後半に分けて配信され、更に前半部分は全体の三割だとか………('-';

さて、今回はギリギリ二か月と開ける事無く更新出来ました。
いつもだったら、更新からUAは右下がりで一月も経つと一日当たり2~3件がざらでしたが、前回以降はUAがそれなりに維持されている様子を見て、執筆のモチベーションを維持してきました。

それでは、今回も拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。


#062 interlude~難行~

 ————成程、君が*****か。素晴らしい………!いや、羨ましい!確かに噂通りの化け物だ!————

 

 目の前の金髪の青年は、初めて会った彼の事を明け透けに“化け物”と言った。

 

 何という無知。

 何という無謀。

 人ならざる膂力を垣間見て、その生い立ちを知り、彼を“化け物”と揶揄する者も、恐れ戦く者もいた。

 

 その多くを彼は捨て置いた。

 己には理解不能なモノを恐れるのは人間として、生物として正しい反応である事を彼は知っていたからだ。

 

 しかし、彼を貶める為にその言葉を吐く者には容赦がなかった。

 目の前の傲岸不遜な青年もまた、そいつらと同じなのだろうと握る拳に力を籠めるも、青年は自らに降りかかろうとする厄災に気付く事無く言葉を更に紡ぐ。

 

 ————だが安心して欲しい。俺といる間、君は化け物じゃなくなるよ。つまり英雄。いや、この未来の王を護りし大英雄となるんだ!————

 

 まるで子供のように夢を語り破顔する青年に、彼は呆気にとられ、そしていつしか口元を緩めていた。

 自らの運命に翻弄されて疲弊した彼の心に、卓越風(エテジア)のような爽やかな風をもたらした青年と、そこに集いし仲間たちの冒険譚は、彼と言う英雄を語る物語のほんの一部でしかない。

 

 ミュケナイの王女アルクメネとオリュンポスの主神ゼウスの間に生まれ、後に“ヘラの栄光”を意味する名を遺し、死後に一柱の神として崇められたギリシャ神話に名高き半神半人の大英雄。

 

 それが“ヘラクレス“。

 第五次聖杯戦争に於いて、狂戦士(バーサーカー)のクラスを得て現界したサーヴァントの真名である。

 

 人類史に並ぶ者無き万夫不当の大英雄は、数千年の時を経て新たな“難行”に挑まんとしていた。

 

 だが、この難行は誰かから与えられたモノではない。

 女神ヘラに吹き込まれた狂気に呑まれ、我が子と双子の弟の子を炎に投げ込んで殺してしまった事への贖罪なのか、理性無き獣と化しても尚、一人の儚い少女を護ると言うその魂の奥底に刻み込まれた意思は些かも色褪せる事は無い。

 彼が自らに定め、自らに課した難行は、彼を語る上で欠かす事の出来ない逸話を上回る困難である事に間違いないだろう。

 

 その彼の前に立つ敵は三人。

 一人は触れるだけで全身を千切る事さえ出来そうな、しかし己の肉体に頼らず、その頭蓋に満たした知恵を以て立つ老人。

 一人は宛らネメアの獅子の如き強靭な革鎧を身に纏い、ケリュネイアの鹿の如き俊敏な異郷の戦士。

 

 そしてもう一人は……………

 

槍兵(ランサー)!アイツは⁉」

 

「あの暗殺者(アサシン)なら、とっくに逃げちまったさ」

 

「なんですって…………!クッ……………アイツ………私を散々コケにしてくれたアイツは、いつかこの手で八つ裂きにしてやるわ……………!」

 

 憤怒に顔を歪めるその女性を彼は知っている。

 かつて彼を冒険の旅へと(いざな)った金髪の青年。莫逆の友と言っても過言ではないその男の妻となった女性。

 コルキス王アイエテスと最初の妻エイデュイアとの間に生まれ、女神ヘカテに魔術の教えを受けた王女メディアこそ、魔術師(キャスター)のサーヴァントである彼女の真名。

 

 英雄たちの到来と、女神アフロディーテの呪いによってその運命を大きく狂わされ、その人生は今尚ギリシャ神話に於ける悲劇の最たるモノと語られる。

 

 同じ船に乗り、寝食を共にした期間は僅かでしかなかったが、後年伝え聞いた()()()()()()()()に心を痛める事も、友の不誠実と女神の呪いに翻弄された彼女を哀れにさえ思う事もあった。故に彼は、夫であった友に見捨てられ、国を追われた彼女を保護しようとさえしたが、仕えていた王が彼自身に苦役を強いたが為にそれは叶う事は無く、地上に於いてお互いに相見(あいまみ)える事は以後無かった。

 しかし数千年の長き時を経て、ヒッタイトよりも更に東の果ての地で二人は再会した。

 

 共に人類史に刻まれた英雄の影法師として。

 “護る者”と“奪う者”と言う対極に立つ者として。

 

「落ち着け魔術師(キャスター)。あ奴は今暗殺者(アサシン)に追わせておる」

 

「あの暗殺者(アサシン)でアイツを止められるとでも?」

 

暗殺者(アサシン)ではあ奴を止める事など叶わん。だが、()()()()()()()()()()()()()

 

「………それで()()()()()()がいない訳か………」

 

 苦り切った表情を浮かべて呟く槍兵(ランサー)につられ、魔術師(キャスター)もまた同様の表情を浮かべ押し黙る。

 

 あの黒い影に飲み込まれた夜の事は、二騎(ふたり)にとって“不快”と言う単語だけで表しきれるものではなく、むしろ本能に近い部分の感情を否応なく揺り動かされた。

 

 己の肉体に向けられた脅威は、己の肉体で、磨き上げられた技で防ぐ事は出来る。しかし精神や魂と言った己に内包されるものに向けられた脅威に対して、それを完全に防ぐ手段を人類は未だ発明していない。

 仮初めの肉体に傷一つ付ける事無く、布に水を浸み込ませるかの如く霊核を侵食し、ついには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔術世界に於いてさえ発生原理や蓋然性を証明する理論は無く、しかしその存在だけは市井に流布する都市伝説の如く実しやかに囁かれる現象。それが“存在反転(オルタナティブ)”とも、単に“(オルタ)化”とも呼ばれる現象である。

 

 そして神代の英雄である二騎(ふたり)の性質は“反転”した。

 イリヤスフィールが槍兵(ランサー)の性質に相違を認めたのは、前後の対比のみならず、彼女の慧眼と自身が()()()()()()()()()()()である事が相乗した故だろう。

 

「だがヤツの逃げ足だけは一級品だ。俺たちも追った方が良いんじゃねえのか?」

 

 朝比奈栞こと百地三太夫丹波(ももち さんだゆう たんば)は忍者の英霊。現代のフィクションに於いて、忍者が扱う木火土金水(もっかどごんすい)の五行を冠した“遁”の術は魔術の如く扱われているが、“遁”とは“遁走”、即ち逃亡の為の術理である。

 

 純粋な戦士故に、敵前逃亡を厭わない思考を嫌悪する槍兵(ランサー)をしてさえ、多分に皮肉の要素を含んではいるが、彼女が行使した逃げる為の術は“一級品”と認めざるを得ない事実であり、如何にあの黒い影がサーヴァントにとって天敵とは言え、逃げに徹した獲物を狩る事は困難を極めるだろう。であるが故に、槍兵(ランサー)は追跡の増援を提案した。

 

「既にお主らでさえ手玉に取られた上に、おめおめと逃げられたというのにか?」

 

「萎びた魔術師風情が言ってくれるじゃない…………!」

 

「狩りってのは、ただ獲物を追い立てれば良いってもんじゃねえよ爺さん」

 

「………ふむ。ならばお主らも向かうがいい」

 

 老人は僅かに思考を巡らせた後、槍兵(ランサー)魔術師(キャスター)に追跡を指示し、彼らもまたそれに従った。

 

 この場から去ろうとする彼らを掣肘する者はこの場には居ない。

 唯一それを成し得たであろう狂戦士(バーサーカー)は、槍兵(ランサー)の宝具の一撃を受けて胸から上が消し飛んでいたからだ。

 

 但し数秒前までは。

 

「!!!」

 

 狂戦士(バーサーカー)から発せられる異様な気配を感じ、三者三様に驚愕する。

 

 狂戦士(バーサーカー)を斃した手応えはあった。

 その手応えは、狂戦士(バーサーカー)の半身を消し飛ばした事で現実のモノへと結実した。

 

 しかし、消し飛んだ筈の狂戦士(バーサーカー)の骨が、血管が、神経が、筋組織が、宛らアメーバの如く蠢き、その体を再構築していったのだ。

 

「自己再生⁉いいえ、これはもう時間の巻き戻しに近い蘇生の呪い…………!」

 

「▄▅▇▅█▆█▄▄▅▃▅▂▅▂▄▃▄—————ッ!!」

 

 神々がその英知を結集させて彫り上げた彫像の如き体躯が蘇り、英雄は再び立ち上がった。

 

「呵々!素晴らしい………!よもや己が逸話を、そのような形で宝具に昇華させよったとは…………!」

 

 ギリシャ神話に曰く、アポロン神の神託により仕える事となったミュケナイ王エウリュステウスより与えられた十の勤め。

 しかし、その内の二つは己の力によるものではない事を理由に達成と認められず、結果として十二の過酷な勤めを果たす事となり、その功績を以て不死身の肉体を与えられたとされる、ヘラクレスの代名詞とも言うべき逸話。

 

 後世に“ヘラクレスの十二の偉業”と語られ、それが転じた宝具“十二の試練(ゴッド・ハンド)”。

 蘇生魔術を重ね掛けする事により十一の代替生命を有し、生前に成し遂げた偉業と同数の十二回の致命傷を与えなければ斃す事が出来ないと言う破格の宝具である。

 

「面白れぇ。神代の英雄ってのは、そう来なくっちゃな…………!」

 

 生前の槍兵(ランサー)は、大英雄ヘラクレスとの面識は当然無いが、聖杯から与えられた知識によってその武勇を知っている。

 故に、生前強者との戦いが日常であった槍兵(ランサー)(わら)う。

 生前では得る事の出来なかった強敵との邂逅。そして魂がひりつくような戦いに。

 

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)ッッ!!!」

 

 先程槍兵(ランサー)の宝具を受けた事により、狂戦士(バーサーカー)の命は残り十一。自らの肉体すら崩壊させる程の凄まじい魔槍の全力投擲によって残りは十となる。

 だが、狂戦士(バーサーカー)の宝具はそれだけではないと言う事を槍兵(ランサー)たちは直後に思い知るのだった。

 

「なにっ…………………!!!!」

 

 槍兵(ランサー)の宝具“抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)”は確かに命中し、再び狂戦士(バーサーカー)の命を奪う筈だった。

 だが、流れ去る塵煙(じんえん)の中から現れたのは、傷一つ負う事無く、雄叫びと共に手にした斧剣を振り下ろす狂戦士(バーサーカー)の姿だった。

 

Αργοσ(アルゴス)ッ!」

 

 槍兵(ランサー)の仮初めの肉体を断ち千切ろうとした斧剣は、しかし魔術師(キャスター)が現出させた百の目を持つ巨人の名を冠する水晶の壁によって阻まれた。

 

「油断はしない事ね槍兵(ランサー)ヘラクレス(ソイツ)の宝具は、()()()()()()()()()()()()()()()()ようよ」

 

「チッ………!どうやら、一度受けた攻撃は無効化するようだな。なんにせよ厄介な宝具だぜ…………!」

 

 槍兵(ランサー)の直感は概ね正鵠を捉えている。しかし狂戦士(バーサーカー)の宝具は逸話が宝具の形となったものではあるが、その実、生前に試練を潜り抜けた後に与えられた不死身の肉体の能力に依るところが多く、神話にもその肉体に傷をつけた者は、自害した自身を除けば誰一人としていないと語られている。

 

 だが形在るものはやがて朽ち果て、命在るものはやがて尽き果てるのが摂理であれば、如何に半神半人の大英雄と言えど、摂理の埒外に立つ者ではないのもまた事実である。

 ただその有限の(ことわり)狂戦士(バーサーカー)に適用する()()()()()()()()()

 

 魔術師(キャスター)が右手を振り下ろし、狂戦士(バーサーカー)に向けてその手かざすと、絹糸の如き白い指先から五つの光弾を射出する。

 全弾命中し炸裂するも狂戦士(バーサーカー)の突進は止まらない。

 

 次いで先端が月を模った意匠の錫杖を現出させ、それを与えた女神に捧げるかのように天高く掲げた後に、再び狂戦士(バーサーカー)に向けて振り下ろすと、魔術によって一時的に形成された雷雲から鉄槌の如き落雷が降り注ぐ。

 

 一条の稲光の直撃を受けてさえ肉体の崩壊と絶命は必至であるが、それが三度続けて狂戦士(バーサーカー)の堅固な肉体を打ち据える。

 だがその雷霆を以てして狂戦士(バーサーカー)の突進を止める事は出来ても、その命を奪う事は出来なかった。

 

「じゃあ、これならどうかしら………?Χορψχιαν(コリュキオン)ッ!!!」

 

 魔術師(キャスター)が眼前に魔法陣を描き出すと、同様の魔法陣が狂戦士(バーサーカー)の足元にも描き出されてその動きを封じた後、魔術師(キャスター)の手から放たれた等身大の光球によって、狂戦士(バーサーカー)の肉体は光球を受けた部分だけがぐずぐずに分解された。

 

「成程ね…………。これは思った以上に厄介だわ」

 

「テメェ一人で納得してねえで、どういう事か説明しやがれ」

 

 ぞんざいな口の利き方をする槍兵(ランサー)に苛立ちを隠しきれない魔術師(キャスター)ではあったが、一呼吸おいて自分を落ち着かせる。

 

ヘラクレス(アイツ)にはBランク以下の攻撃は全く通用しない。物理的な威力よりも、攻撃の格に対する概念防御。と言ったところかしら?」

 

 最初に魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)に放った二つの攻撃魔術は、その威力こそ段違いではあるが、格としては同じBランク。

 しかし物理的な威力では劣るものの、“封神の巌穴(コリュキオン)”はAランクの魔術であるが故に狂戦士(バーサーカー)の肉体を分解する事に成功した。

 

「たとえ対軍宝具や対城宝具、いいえ、世界を滅ぼせるような威力を持った宝具だとしても、それがBランク以下ならヘラクレス(アイツ)には一切通じない。しかも、それさえ一度受けてしまえば耐性がついて通じなくなる。つまり、異なる十二のAランク相当の攻撃でなければ斃せない。そんな反則めいた宝具なのよ。最悪の場合、時間が経てば削った分の命も回復しかねないわ」

 

 過日、狂戦士(バーサーカー)イリヤスフィール(マスター)と共に衛宮士郎と遠坂凛、そして剣士(セイバー)のサーヴァントと対峙した折、遠坂凛の放った魔術が通用しなかったのは、正にこの宝具の効果が作用した事に他ならない。

 

 分解された狂戦士(バーサーカー)の肉片一つ一つが一個の生命体であるかのように蠢き、やがて結合して再生されてゆく様を苦り切った目で見る二騎(ふたり)。各々に内在する思考は異なるが、破格の宝具を有する大英雄を如何にして屠るかが喫緊の課題である事に間違いない。

 

「では、お主ら二騎(ふたり)はあとどれだけのAランク攻撃(きりふだ)を持っているのだ?」

 

「癪だけど、宝具も含めてあと二つと言ったところね。槍兵(ランサー)も精々そんなところではなくて?」

 

「…………いや、あと一つだけだ」

 

 狂戦士(バーサーカー)の命は残り十。

 二騎(ふたり)が有するAランク相当の攻撃は最大で三。

 過剰殺戮(オーバーキル)によって複数の命を同時に減らせる可能性もあるが、それは根拠無き希望的観測の範疇を出ていない。

 結果としてAランク相当の攻撃手段を多数に持たない限り、この単純な減算結果を覆す術は無く、槍兵(ランサー)魔術師(キャスター)も十分に余力を残しながら行き着く先は“詰み”である事を理解していた。

 

 ただ一人を除いては。

 

「では、()()()()()()()時間を稼げ」

 

「チッ…………!結局はそうなるか…………!」

 

 如何に破壊と殺戮の別側面を表出させられようとも、槍兵(ランサー)は純粋な戦士であり、その感情が、矜持が、奇計奇策を用いる事を良しとしない。それが槍兵(ランサー)クー・フーリンを英雄たらしめる由縁ではあるが、同時に正攻法では狂戦士(バーサーカー)の宝具を打ち破る事は出来ない事も理解している。

 故に槍兵(ランサー)は、自身の矜持を横に置いてでも、敵を斃すと言う目的を選択しなければならない状況を舌打ちと共に受け入れざるを得なかった。

 

「仕方が無いわね。でも、決死の覚悟なんて望まないで頂戴。私はあくまで聖杯で叶えたい願いがあるから手を貸しているだけ。私が与えられるのは僅かな時間だけよ」

 

「わかっておる。ほれ、そろそろ狂戦士(バーサーカー)が動き出すぞ」

 

「ったく………!()()()()()()()()()()()、いけ好かない老人ね………!」

 

 老人は二騎(ふたり)と契約しているマスターでも無ければ、魔力の供給さえしていない。

 普段であれば、そのような老魔術師の言いなりになる謂れなど無く、狂戦士(バーサーカー)を斃す事に比べれば、息をするようにこの老人を粉微塵にする事さえ出来る。

 だがそう出来ないのは、二騎(ふたり)の依り代となり、魔力を供給している少女が、この老人の傀儡である事に他ならないからだ。

 

「█▆▅▂▃▄▇▄▆██▇▄▆▆▃▂▃▂▁—————ッッッッ!!!!」

 

 大英雄は二度の死から目覚めた。

 

 異郷の戦士への憤怒は無い。

 友の妻だった者への憐憫は無い。

 それが誰であろうとも、目の前に立ちはだかる敵を殲滅する。唯それのみ。

 

 かつて炎に投げ入れた幼子が、今際(いまわ)の際に呟いた言葉が、理性無き脳裏にこだまする。

 それが我が子であった事を知った時、悲しみと絶望のあまり獣の咆哮の如く慟哭した。

 贖罪の為に神託を伺い、苦難の路を選び、そして歩んだ。

 

 テリマコス、クレオンティアデス、デイコオン。

 不甲斐ない父を赦せなどとは言わぬ。

 女神ヘラに狂気を吹き込まれたからだなどと弁解もせぬ。

 楽園(エリュシオン)から見守っていてくれ。

 そして力を貸してくれ……………!

 

 大神ゼウスよ、オリュンポスの神々よ、照覧あれ!

 我が乗り越えし十二の難行に比べれば細やかなれど、白く儚い少女を護る()()()()()()()をも乗り越えて見せようぞ!

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 破壊と死の暴風と化した大英雄は、敵対者からの苛烈な責め苦に怯む事無く駆ける。

 

 吼える。吼える。吼える。

 かつて討伐した獣にも劣らぬ咆哮は、大地を裂き大気を割る。

 

 エリュマントスの猪にも劣らぬ狂戦士(バーサーカー)の突進は、しかし魔術師(キャスター)が地面に現出させた魔法陣が押し止める。

 神代の魔術、取り分けて女神ヘカテより直々に授けられた魔術師(キャスター)の魔術は、神の権能の欠片である“魔法”と呼ぶにも等しく、如何に半神の英雄とは言え、クラス特性として“対魔力”が付与されている剣士(セイバー)クラスでの現界を果たしたのであれば兎も角、狂戦士(バーサーカー)の身で逃れ得る術は無かった。

 

Εκάτεγραῖαι(ヘカティック・グライアー)ッッ!!!」

 

 空中に浮揚した魔術師(キャスター)が外套を翼の如く広げ手にした杖を天に掲げると、直径凡そ五十cm程の小さな魔法陣が幾つも空中に刻まれ、その一つ一つから光の柱と形容すべき光線を迸らせ狂戦士(バーサーカー)の肉体に無数の穴を穿つ。

 

 残り九つ。

 

天空(そら)に輝く日輪。大地を照らす威光は、火輪となり(あまね)く大地を駆け、天を舞う……………」

 

 魔術師(キャスター)が自らの前に大きな円を描くようにゆっくりと杖を回すと、その軌道に小さな魔法陣が次々と浮かび上がる。その数十二。

 それら一つ一つが円弧を描き、線を描き、やがて十二の魔法陣が全て繋がると、複雑な文様の巨大な魔法陣を形成した。

 そして、魔法陣の中から現れた炎を纏う二輪の戦車に魔術師(キャスター)が飛び乗ったが、それを牽くのは偶蹄類(ウシ)でも無ければ奇蹄類(ウマ)でもない。

 

 それは“有翼の竜”。

 魔獣にして幻獣とも神獣とも呼ばれる幻想種の頂点に立ち、伝承によっては自然現象そのものとされる存在。

 神秘が満ちた神代に於いてさえ、その存在は人間の手に届かぬモノであり、ましてや牛馬の如く人間程度の存在に使役される手合いではない。

 

 だが魔術師(キャスター)、コルキスの王女たるメディアには、竜にまつわる逸話の存在を確認できる。

 

 ギリシャ神話に於ける秘宝の一つ“金羊の皮(アルゴンコイン)”はコルキス王が所有し、眠らない竜によって守られているとされ、その王女である魔術師(キャスター)メディアは正統な所有者の血筋である。

 

 “金羊の皮を地に放ると竜を召喚できる”とされていて、金羊の皮を魔術師(キャスター)が所有していれば、竜種を召喚する為の触媒として用いる事が出来たかもしれない。

 

 但し、()()()()()()()()()()()()()の話だが。

 

 生前、父であるコルキス王から金羊の皮を奪い、親族殺しの罪を犯したメディアには最早正当な継承権など在る筈も無く、仮に本物の金羊の皮が手元にあったとしても、彼女には魔術的触媒として使う事は出来ても、竜種召喚の触媒として使う事が出来ないのだ。

 故に、今この戦車を牽く竜は、所謂“コルキスの竜”ではない。

 

 しかし、メディアと竜にまつわる逸話はこれだけではない。

 コルキスを去ったメディアは、紆余曲折を経て夫と共にコリントスで幸福な日々を送っていたが、破局は突如として訪れた。

 コリントス王クレオンに気に入られた夫は、メディアを捨て王女グライアと再婚したが、夫の忘恩と不誠実に激怒したメディアは、王女をクレオン王共々殺害し、祖父である太陽神ヘリオスより授かった有翼の竜の戦車に乗ってアテナイに逃れたと言う。

 

 その有翼の竜戦車こそ魔術師(キャスター)が召喚したモノと同一であるのだが、神代なら兎も角、神秘の薄い現代に於いて、また生きとし生ける者が夜の女神(ニュクス)に抱擁されている時間とあっては太陽神(ヘリオス)の加護も無く、完全な竜種を召喚するには至らず、劣化種とされる雑竜種(デミドラゴン)の、しかも骸骨と言う形でしか召喚出来なかった。

 

悵恨の車輪(ヘリオティック・ホイール)ッッッ!!!!」

 

 肉無き骨の竜が甲高い咆哮をあげ、蘇生し終えた狂戦士(バーサーカー)を轢き殺さんと突撃する。

 牛馬が牽く戦車であれば、狂戦士(バーサーカー)腕力(かいなぢから)を以て組み伏せることも出来ただろう。

 

 だがそこは不完全であっても竜種とでも言うべきか、狂戦士(バーサーカー)に真正面から受け止められて僅かにつんのめりはしたものの、生前の狂戦士(バーサーカー)が討伐した幻想種(ヒュドラ)よりも格上である骨竜が押し勝つ結果となり、戦車の両輪が狂戦士(バーサーカー)の肉体を轢き潰し、纏った炎がその身を焼いた。

 

 魔術師(キャスター)の宝具“悵恨の車輪”は、期せずして狂戦士(バーサーカー)轢殺(れきさつ)し、焼殺(しょうさつ)した事により、二つの命を奪う事に成功したが、魔術師(キャスター)本人にはその成果を知る術は無かった。

 

 残り七つ。

 

「こちらの手は出し尽くしたわ!槍兵(ランサー)、後は巧くおやりなさい!」

 

「フン……………全(しゅ)解放。手加減は無しだ。絶望に挑むがいい……噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)ッッ!!!」

 

 蘇生も終わりきらない狂戦士(バーサーカー)に対し、槍兵(ランサー)の宝具による猛撃が追い打ちをかける。

 

 因果逆転の魔槍ゲイ・ボルクの素材となった紅海の海獣“クリード”の骨格を具象化し、鋭い爪や無数の棘を鎧のように纏ったその姿、海神(わだつみ)の如き威容は、正に“波濤の獣”そのものと形容して良いだろう。

 

「█▇▆▆▇▃▆▄▅▆▅▃█▆▅▂▃▄▂▃————ッッッ!!!!」

 

「グゥルアァァァァァッッッッッッ!!!!!」

 

 ()()()()が咆哮をあげて互いを喰らい合う。

 かつて十二の難行を乗り越えて不死身の肉体を得た大英雄の身体を、獰猛な獣が宛ら獲物に喰らいつくかのように切り裂き、引き千切り、抉り取る。

 狂戦士(バーサーカー)も負けじと千切れかけた右腕で斧剣を振るい、獣を打ち据える。

 

 互いに足を止め、ただひたすらに相手の息の根を止める為に、己の肉体を削り、己の命を削る。

 互いに退く事無く戦い続けるその様は、ケルトの戦士が名誉を賭けた一騎討ちを約し、不退転を誓った決闘法“四枝の浅瀬(アトゴウラ)”を彷彿とさせる光景だが、それも狂戦士(バーサーカー)の命を五つ削り取るまでが限界だった。

 

 具象化された海獣の鎧を半分以上失い、肩で息をする槍兵(ランサー)はそれでも退かない。

 たとえその先に、己の敗北以外に無いとしても退く事は無い。

 それがケルトの戦士の矜持。

 何者にも侵し難い、貴き一本の柱。

 

(…………ここまでか……………だがまぁ……………本懐だ…………!)

 

 粉微塵になろうとも蘇生する大英雄を前に、槍兵(ランサー)には一切の悔恨は無い。

 むしろ()()()()()()()と一騎討ちを果たし、それを五度も斃した事は殊勲以外の何物でもないのだ。

 たとえ負けて座に還ったとしても、胸を張って「俺はあのヘラクレスを五度斃した!」と豪語できるだろう。

 

 残り二つ。

 

「………………フン。冬の娘め、まんまと逃げ果せたようだな……………」

 

 苦々しい老人の呟きは、しかし槍兵(ランサー)にとって福音にも等しかった。だが、それに快哉を叫ぶほど、槍兵(ランサー)と言う戦士は甘くは無い。

 

 幾度も蘇生した狂戦士(バーサーカー)の頑強な肉体に、黒い帯のような触手が何本も音を立てる事無く巻き付く。

 最初の内こそはその触手を引き千切り、拘束から逃れようとした狂戦士(バーサーカー)ではあるが、切っても尚再生するヒュドラの首の如く、その数が十を超えた辺りから抵抗も追いつかなくなり、やがて巻き付いた触手に全身を覆われると、雄叫びとも断末魔とも取れる絶叫を残し、足元に広がる沼のような影に呑みこまれていった。

 

 神話に曰く、ヘラクレスの最後はヒュドラの毒にも等しいソレに侵され、全身が焼けただれ、苦しみ抜いた末に自らを焼いたと言う。

 

 神話の残滓を内包し仮初めの肉体に覆われた狂戦士(バーサーカー)は、自らを焼く事も叶わず、その霊核の隅々まで“悪意”と言う名の毒に侵され、破壊と厄災をもたらした別側面を表出させられる事となるが、それはまた後日の話である。

 

「………………貴方(ヘラクレス)でも、運命の女神(モイラ)の糸からは逃れられなかったようね…………」

 

 それは狂戦士(バーサーカー)への失望か、はたまた英霊となろうとも、生前に背負わされた運命からは逃れられないと言う現実を突きつけられた事への遺憾なのか。その意図を知る者は唯一人しかいない。

 

 かつての同胞に向ける魔術師(キャスター)の呟きは、しかし誰の耳にも届く事は無く、ただ静寂を取り戻した夜の闇に響くだけだった。




ベースとしているHFではセイバーがオルタ化していますが、拙作ではランサーとキャスターがオルタ化しました。

クー・フーリン(オルタ)は見た目はFGOのと全く同じですが、性格は槍寄りにして、クラスも混乱を避ける為にランサークラスのままにしてあります。
そして、投げボルクは本来B++なのですが、ご都合主義的にルーンで瞬間的にAランクにしてバーサーカーをフッ飛ばしています。

そしてメディア(オルタ)は拙作のオリジナルで、キャス子(”きゃすこ”で打ったら、普通に”キャス狐”が変換候補に挙がると言う新発見)がどの頃のメディアで現界したのか明確になっていないのですが、キャス子オルタはバツイチ子持ちになって金髪クソ野郎(イアソン)ぬっころす気満々の頃で設定しています。
こちらもクラス適正としてはアヴェンジャーなのですが、槍オルタ同様にキャスターのままにしています。

さて、次回は……

・密着!救急救命センター24時

・楽しいロンドン♪

・図書館では、うわっ何をする!くぁwせdrftgyふじこlp

・バイバイ

・ふわっふわやぞ!

以上の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。