Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

いよいよ六章のエピローグ配信まであと僅かですね。

そのエピローグ自体もそれなりにある様なので、何とか配信前に最新話を投稿出来ました。

それでは、今回も拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。


#063 善悪は水波の如く

 ————魔術回路————

 

 “マジックサーキット”とも称されるそれは、魔術師がその体内に宿す疑似神経であり、生命力から魔力へ変換する為の“炉”であり、基盤となる大魔術式への接続などを担う“路”でもある。

 この魔術回路を有するか否かが魔術師を魔術師足らしめていると言う事であり、生まれながらに持ち得る数が決められているとされる回路の数は、その魔術師個人の才能の指標と言っても過言ではない。

 故に、魔術師の家系に在る者は自らに手を加え、魔術回路が一本でも多い跡継ぎを誕生させようとする。古い家系の魔術師ほど強力なのはこの為だ。

 

 魔術回路はしばしば“内臓”にも例えられ、一度失った魔術回路が再生する事は無い。そして、それを増やすと言う事は、内臓を増やすと言う事にも繋がるが、その方法が真っ当な手段である筈が無く、一般人の常識からすれば、見るに悍ましき、語るに憚られる手段を平然と用いる狂人。それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、魔術師であれば疑う余地の無い常識である。

 

 だが獣とて、内包する本能と智慧を以てさえ摂理と言う一線を越える事はしない。むしろ獣こそ摂理に従順な存在とさえ言えるのは、人間以外の生物を見れば明らかだろう。

 

 しかし、その摂理こそが根源の(かんぬき)であり、魔術師に隷属を強いる足枷であると常日頃から口にしていたのが、俺の伯父であり、先代の宗主でもあった朝比奈叡逹(あさひな えいたつ)その人だった。

 

 稀代の天才と謳われた先代は、一つの課題に直面していた。

 それは衰退の兆しを見せ始めていた朝比奈家の魔術回路なのだが、千五百年に渡り連綿と受け継がれてきただけで、何の結果も示し得なかった朝比奈の魔術回路など、先代はゴミ同然と言って憚らず、ましてや自身が進める研究の妨げになるものだとして忌避さえしてきたと言う。

 

 だが先代は、何の前触れも無く朝比奈家の魔術回路を増やす研究に着手した。

 一門どころか一族さえそれに気づいたのはしばらく経ってからの事であり、突然の方針変更を訝しむ者も多くいたが、先代はその理由を語る事無く、周囲もまた聞こうとはしなかった。先代の答えは唯一「有象無象の凡夫が理解出来る事ではない」と一蹴する事が目に見えていたが故に。

 

 そのように他人を見下し(“凡夫”と称された人々の言だが)、周囲に反感と不信を醸成しつつも先代が宗主の座に在り続けられたのは、(ひとえ)に先代が()()()()()()()()()()()百を超える魔術特許が、一門に莫大な資産をもたらしていたからであり、そうでなければ、先代は早晩その座を追われるか、若しくは暗殺されていただろう。

 中には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう言った手合いは栞が極秘裏に()()()()()()らしい。

 

 さて、先代が着手した魔術回路を増やす研究の概要だが、産まれ来る赤子が胎児の内に、元々備わった魔術回路とは別の魔術回路を融合させると言う事であり、それは取りも直さず一人、または複数人の魔術師から魔術回路を()()()()()()()()()()()()()()、それによって劇的に増やされた魔術回路を有する()()()()()()()()()と試みていた。

 

 魔術師としての生命線でもある魔術回路を全て手放す者などいないかに思われたが、人間性に難は有るものの、それを補って余りある才覚に心酔する者が少なからず居て、そうした一部の者たちから摘出した魔術回路を融合し定着させる実験は、原因が特定し易い失敗例が幾つかあったものの、存外にあっさりと成功した。

 

 しかし、元々衰退し始めた魔術回路に、微量の劣化した魔術回路を融合させた実験で得られた程度の結果に先代は満足せず、数十人の魔術回路を摘出して膨大な魔術回路を有した魔術師を生成するとの先代の言に、狂信的に先代を支持してきた者たちでさえ、更なる生贄の要求に鼻白んだと言う。

 

 他家の魔術師が次代の魔術回路を一本増やすだけでも、その為に支払われる代償は年単位の時間を要する反面、先代の才覚を以てすれば大幅な時間短縮も容易ではあるにもかかわらず、一見短絡的にも見えるこのような手法を用いたのは、やはりこの研究そのものに向けられる先代の情熱が、本筋の研究に向けられるそれの一割にも満たないからと言っても過言ではないだろう。興味の薄い事にはとことん情熱を傾けない。先代はそう言う人だったのだ。

 

 とは言え、先代が“膨大な魔術回路を有した魔術師”を求めたのは、本筋の研究によって構築された魔術儀式を成立させる上で必要不可欠だったのではないか?と類推する者もいたが、やはり先代はその理由を語る事は無かった。

 

 しかしながら、先代の求める結果に対して、提供者(ドナー)が全く足りないと言う現状が先代の前に立ちはだかる。

 ならば、()()()()()()()()()外部から魔術回路を有する者を大勢集めればいいと言う意見も出なくは無かったが、それは先の実験の経緯を知らない者の言であり、そうでない者からそのような意見は出る事が無かった。

 

 先の実験は幾つかの失敗例があったと言うのは前述した通りで、その原因は提供者(ドナー)受容者(レシピエント)に血縁関係が無かったか遠すぎた事に起因する。

 

 一門の多くの家系は、何世代か前に宗家から派生した分家の末裔だったり、宗家の門下生の中でも才能を認められた後に宗家の娘を娶った家系だったり、セヴィニェのおやっさんやサーシャのような、全くの外部から一門に加わった家系でさえ、後のどこかの世代で宗家の血が混ざっている。

 

 しかし、三世代より遠い血縁関係に在る者同士の移植成功確率は大幅に減少すると言う検証結果が得られていて、対象者から三世代以内に魔術回路を全て提供しても良いと言う者は皆無に等しかった。

 

 魔力を融通し合う程度での魔術回路の移植なら、双方に血縁関係が無くても問題無いのだが、複数の魔術回路を融合して一つの大きな魔術回路を形成すると言う目標に対してはそうはいかず、やはり実際の臓器移植同様に、血縁関係による遺伝子情報のような要素が適合すると言う前提条件が必要なようで、魔術回路を“内臓”と例えるのも、ある意味正鵠を射る表現だったようだ。

 

 さて、魔術回路の提供者がいないと言う問題を解決しなくてはならない先代であったが、とうとう先代は()()()()()()()()

 それは()()()()()()()()()()()()()と言う事だ。

 

 どの宗教や文化圏に於いても、遺体を凌辱する行為は禁忌とされていて、特にこの国では死は“穢れ”であり忌避する対象なのだが、先代は()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。しかし周囲から起こった猛反対の声に折れて、と言うよりも、先代はある程度結果を予測していたが、感情的に生者からの移植を強く推した者たちに対する皮肉の意味を込め、予備実験或いは実証実験としてそれらの声を受け入れ、結果は既に述べた通りとなった。

 

 その結果、反対派も遺体からの移植を容認せざるを得ない状況になったのだが、都合良く三世代以内に魔術回路を備えた遺体など在る筈が無い。そもそも日本では基本的に火葬だし、土葬にしたところで、ものの数年を経ずして遺体は腐敗しきって魔術回路を取り出すどころではない。

 

 だが一体だけ、ある程度条件を備えた遺体を宗家は秘蔵していたのだ。

 

 それが第三次聖杯戦争に於いて回収した、アインツベルンのマスターの遺体。即ちホムンクルスの遺体だ。

 

 “聖杯戦争で回収したモノは朝比奈家の所有物とする”と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を掲げてはいたものの、“地上で最も優美なハイエナ”と称されるエーデルフェルト家でさえ唾棄するような蛮行である事は認める。

 とは言え遺体そのものを秘蔵していたと言う訳では無く、遺体を回収した後に医学的、魔術的に解剖し、長年保存されていたホムンクルスの肉体の一部から摘出した魔術回路を用いるのだ。

 

 実弟の龍徳(りゅうとく)が、重傷を負ったリーゼリットの手術に於いて執刀医を務められるのも、その際に得られた見識を受け継いでいたからこそである。

 

 当然アインツベルンとの血縁関係を持つ者など、一門どころか世界中を見渡してもいないのだが、自然の嬰児(みどりご)に最も近いとされるアインツベルンのホムンクルスであれば、魔術回路の塊とさえ言って良い上、遺伝子情報のようなモノがフラットであるが故に、一般的な臓器移植同様の拒絶反応のような症状が起こりにくく適合し易いのだそうだ。

 

 とは言え、ホムンクルスと人間は見た目こそ同じではあっても全くの別の生命体だ。言ってみれば合成獣(キメラ)を生成するのにも等しく、そのような()()()()の母胎に進んでなる者などいなかった。

 

「次代の宗主は、生まれてきた子供とする」

 

 だが、妻子無き先代のこの一言が人心を揺り動かした事は間違いない。

 バケモノを産んだとは言え、母胎となった者は“将来の宗主の母”である事に違いない。そしてその近親者は宗家と一段と近くなり、朝比奈家の所有する秘術の数々は言うに及ばず、その財貨や表社会における権威の多くを手中に収める事が出来て、内外に於いて思うままに権勢を振るえるとあれば、目先の利益に目がくらんだ者たちが食指を動かされる事は想像に難くなく、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”として、我先にと己の娘を差し出してきた。

 

 勿論母胎だけで子供は出来ない。生物学的に困難なヒトの単為生殖を人為的に成立させるより、一般的な生殖方法を用いた方が効率的なのは言うまでもない。

 そこで精子の提供者として白羽の矢が立ったのが、先代の実弟であり俺の父である朝比奈清澄(あさひな せいちょう)だった。

 

 元々先代は、朝比奈家嫡流の血統など、魔術回路以上にゴミのようなモノと言って憚らず、故に優秀な魔術師の精子を用いようとしたが、俺の祖父である先々代に懇願され、渋々それを受け入れたと言う。

 ちなみに、先代は自身の性的行為に全く興味を示さず、それに割く時間も労力も無駄と考えていたようで、先代は生涯童貞だった。

 

 こうして父に宛がわれた娘たちは、その胎内に子を宿し、安定期に入ったところで魔術回路の移植儀式を執り行ったのだが、結果として失敗以外に無かった。

 

 魔術回路の移植と融合自体は、先代の目論み通り上手くいった。

 しかし、早ければ移植直後、遅くても臨月を迎えた頃に母子共に死亡したのだ。

 

 原因は直ぐに特定された。

 

 ()()()()()()()()のだ。

 

 死亡した胎児を解剖した結果、その多くが“疑似神経と呼ばれる魔術回路“と“肉体そのものの神経回路“が完全に融け合い、少なくても数百、多くて千以上の魔術回路を形成していて、膨大な魔力を()()()()()()()()()()()()()

 

 魔術回路は生命力を魔力に変換する為の炉であるのだが、噛み砕いて言えばそれが“暴走状態”となり、胎児どころか母体の生命力までを無尽蔵に吸い上げて魔力に変換し、それだけでは足りぬと言わんばかりに、大気中にある大源(マナ)だけではなく、僅かではあるが周囲の人たちの魔力さえも取り込み続けていたのだ。

 

 今までの実験では、魔術回路が単に加算されただけと言う結果が示されていたが、ホムンクルスを使った実験では、加算だけではなく、部分的に乗算が、累乗が発生したらしい。

 

 予想以上の実験結果を得た事に、先代は当然狂喜した。それと同時に、実験は魔術回路の融合から、暴走の抑制と制御へとシフトしていくのも自然な流れであった。

 勿論、失敗の度に原因を特定し、検証し、対策を講じて次の実験に移ったのだが、魔術回路の暴走状態を抑制する事は出来なかった。

 

 二桁にも及ぶ死者を出し、二人の兄弟は疲弊していた。

 一人は言うまでも無く実験を主導してきた先代。

 そしてもう一人は、実験の為に親類は元より、自らの姉妹とさえ同衾し、結果として死に追いやった父。

 

 そんな二人の男を影ながらに支えたのが、一門随一の治癒魔術師の家系である藤堂家に生まれ、父の元に嫁いだ朝比奈千尋(あさひな ちひろ)。後に俺の生母となる女性(ひと)だった。

 

 母は優秀な医療研究者であり、偏屈で人嫌いな先代が珍しく助手にと乞うた人だった。と父から聞かされたことがある。

 母は当初、最初の母胎には自分がなると申し出ていたのだが、先代はそれに取り合おうとはしなかったらしい。

 

 先代の人となりに思いを馳せれば、優秀な助手と実験の成功と言う二者択一の天秤がどちらに傾くか自明の理ではあるのだが、片腕とも目される有能な助手を万が一にも失う損失(リスク)を選び取ったのは意外であり、周囲を驚かせるには十分過ぎた。

 

 しかし度重なる実験の失敗に宗家の威信は失墜し、実験そのものへの疑義が生じ始めた。

 事実、宗家の秘術や資産と言った甘い見返りは、その実、宗家に面従腹背だった者たちをおびき寄せる為の罠なのではないかと言う風説が流布し、一時期一門から離脱する家系が後を絶たなかったと言う。

 

 母胎となる者がいなくなった状況を受け入れたか、それとも研究者としての矜持の為か、その真意は杳として知れないが、先代は母が母胎となる事を了承した事で、実験は何度目かの再スタートを切った。

 

「ねえ暗殺者(アサシン)。私はこの子を命に代えてでも産むわ。もし私が死んだら、貴女が代わりに養育してちょうだい。貴女のマスターには、私からもそうお願いしておくわ」

 

 然したる問題も無く安定期から臨月を迎え、大きくなった胎を愛おしそうに擦る母は、栞にそう願った。

 栞との因果線(パス)を通してみる過去の記憶。言葉を交わす事も、その胸に抱かれる事も無かった亡き母の声と顔は、唯々優しかったのが印象的で、周囲からは目元が母とそっくりだとよく言われたものだ。

 

「そのような事を仰らないでください千尋様。お子様の母君は貴女様唯お一人でありますれば、唯の使い魔(サーヴァント)である私が乳母(めのと)を務めるなど、それではまるで“子育て幽霊”ではございませんか………」

 

 主家の跡取りの乳母を使い魔(サーヴァント)が勤めるなど前代未聞なのは言うまでもなく、栞の立場であれば困惑する事は当然と言えるだろう。だが各地の民話や怪談を好んでいた母は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、栞に養育を託したのではないだろうか。

 

「ふふふ、頼むわね暗殺者(アサシン)。貴女の未来のマスターを守り育ててちょうだい」

 

 それが数時間後に産気づき、言葉通りに自身の命と引き換えに俺を産み落とした母と、栞が交わした最後の会話だった。

 

 

 

 白く無機質な廊下の照明に抗うように、両開きドアの上方に設えられた“手術中”の文字が赤々と己の存在を主張する。

 

 アインツベルン城での戦闘で重傷を負ったリーゼリットが冬木旭奈会(きょくないかい)病院に運び込まれ、緊急手術が始まってから未だ三十分と経っていない。

 事前に栞が適切な処置を行った上で病院に搬送した事と、彼女の腕を切断したと言う臓硯の蟲の牙が鋭利であった事が幸いして、彼女の腕の再接着は上手くいくだろう。

 そして、魔術師として、陰陽師としては平凡以下ではあるが、顕微鏡下微小血管吻合(マイクロサージャリー)のような高いレベルの根気と繊細さを要求される技術を持った腕の良い外科医(おとうと)が執刀医を務めるのなら、それは“予定”から“確定”になると言って良い。

 

 セラに至っては軽症と言って良いレベルなので、応急処置を施した上で、血が足りなくなっているリーゼリットに輸血をする為に共に手術室に入っている。なにしろホムンクルス向けの輸血用血液製剤なんて在る訳もなく、また、人間向けでは代用出来ないと言う過去の実験結果を踏まえての措置だ。

 

 その手術を待つ間、イリヤちゃんに当時の状況を聞きつつ、そして俺の魔術回路の成り立ちについて話した。

 

 初めて出会った時、俺に何某かの既視感を抱いていたと彼女は告白したが、俺の魔術回路の大半が同族(ホムンクルス)のそれから変異したモノであるから、その感覚は正しい。

 同時に、他人である自分が容易に踏み込んではいけない部分に、興味本位で踏み込んでしまった事を詫びられてしまったが、その認識はあまり正しくない。

 

 朝比奈家(こちら)は彼女の同族の遺体を研究の為に穢してきたのだ。現宗主たる俺にはその経緯を彼女に説明する義務があり、彼女にはそれを聞く権利がある。

 そこに生じた悲喜交々(ひきこもごも)は、言い方は悪いがいわば身から出た錆、自業自得と言って良く、彼女が罪悪感を抱える必要は全く無いのだと頭を撫でながら諭すと、彼女もそれを受け入れたのか笑顔で応えた。

 

『マスター。バーサーカーがあの影に呑まれました。恐らくは…………』

 

 目の前に居る栞が、アインツベルン城に配置した監視の目で見た事を、念話で報告してきた。

 

 マスターとサーヴァントは因果線(パス)を通して繋がっているので、既にイリヤちゃんはこの事に気付いているだろう。

 勿論、マスターである彼女にとって、バーサーカーが斃された事は凶報以外の何物でもなく、それを他人がわざわざ目の前で言葉にするのは残酷に過ぎる。それに、それを顔には出さないよう拳を力強く握り込み、必死で堪えている健気な様を視界の端に映してしまっては、今の俺たちに出来る事と言えば、その悲しみに圧し潰されないように、こうして彼女の傍に寄り添ってあげる事しか出来ないのだ。

 

「………イリヤちゃん。そろそろおやすみの時間じゃないかな?」

 

「……………うん、()()()()()()()ちょっと眠いかも」

 

 就寝を促す俺の一言に、その意図に気付いた彼女は翳りのある笑顔で応える。

 城から離脱した際の彼女の様子を聞いた限り、彼女にとってバーサーカー、ヘラクレスはどれほど大切な存在であったか窺い知れる。

 

「栞、今日はもう良いから、今晩はイリヤちゃんについていてやってくれ」

 

 会う者とはいずれ離れる運命にあるなどと、会者定離(えしゃじょうり)の理を教え説く事は容易なのだが、今彼女に必要なのはそんな説法などではなく、それを自ずと受け入れる為の時間と、自分は独りでは無い事を実感出来る温もりであり、こういう時は俺よりも栞の方が適任だ。

 

「おじ様………いえ、朝比奈家の方々に於かれましては、度重なる御厚恩を賜り、このイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、謹んで深謝申し上げます」

 

 両手でスカートの裾を軽く持ち上げ、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、見るも優美なお辞儀(コーツィ)と共に彼女は謝意を述べる。

 

「貴女の亡き父、衛宮切嗣には、生前、公私共に大変お世話になりました。一門の長として、今回はそのご恩返しの一つと受け取っていただければ、これに(すぐ)る喜びはございません」

 

 形式立てた謝辞に対し、同じく形式立てて最敬礼を以て応えた。

 僅かな沈黙がお互いに間に流れ、やがて共にクスクスと忍び笑いをし、再び彼女の頭を撫でた。

 

「それじゃあおじ様、おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

 栞に手を引かれたイリヤちゃんが、同じフロアに用意された客室に消えていった。

 

 その白く小さな背中に、敗残者としての悲哀は感じられない。だが、バーサーカーを失った彼女が、他のマスターからサーヴァントを奪い、捲土重来(けんどちょうらい)に臨むとも考えにくい。

 彼女が明言した訳でも、言動の端々に意思をにおわせた訳でも無く、彼女の意思が那辺に在るのか窺い知る事すらも難しいのだが、彼女の聖杯戦争は今夜を以て終わり、同時にアインツベルン千年の灯も、今夜を以て落とされるだろうと感じた。

 

 そうなると、彼女の今後の身の振り方をどうするかと言う事なのだが、聖杯戦争のルールに照らし合わせるなら、敗北したマスターは監督役に保護を求めるべきだろう。だが、あの監督役に彼女の命運を委ねる事に、不安どころか危機感さえ抱いている事は言うまでもない。

 

 冬の城に帰るなり、冬木に留まるなり、俺に出来る事は、彼女が助けを求めるのなら助け、彼女が望むのであれば、朝比奈家宗主の名の下に保護する事ぐらいだろう。

 ともあれ、それは彼女自身がその意思で決める事であり、いくら俺が()()()()()として懐かれているとは言え、彼是(あれこれ)と口を出すのは僭越に過ぎる。

 

 だが、亡き友の愛娘の、儚くも愛らしい少女の行く末を慮るぐらい、誰にも憚る必要は無いだろうさ………………。

 

 そうだろ?切嗣。

 

「何をニヤニヤしていますの?気持ち悪いですわよ」

 

「うおっ⁉」

 

 豊かなプラチナブロンドの髪を湛えた美女に横合いからいきなり声をかけられ、驚きのあまり仰け反ってしまった。

 

「サーシャ………びっくりさせるなよ…………」

 

「あら?(わたくし)は先程から声をかけていましてよ?」

 

 気付かないお前が悪い。と言わんばかりの不機嫌さで、サーシャことアレクサンドラ・ロマーノヴナ・クラコフスカヤがジトっとした目つきで俺を睨む。

 

「それにしても…………今度はアインツベルンのお姫様を助けるだなんて、貴方、方々に手を出し過ぎじゃありませんこと?」

 

 苦言を呈しつつ、イリヤちゃんが向かった客室を一瞥するが、サーシャの言い方はまるで俺が節操無しみたいな言い方だ。

 それに対して反論を試みたが、逆に“みたい”じゃなくて“そのものだ”と言い返されてしまった。これも年の功がなせる業、と言う事か…………。

 

「まぁ、どうせ貴方の事だから、手の届く範囲に助けられそうな方がいたから助けた。と仰るのでしょうけど、やるのも傷つくのも貴方一人になさい。よろしくて?」

 

「…………解ってるよ」

 

 俺の信条(ポリシー)はどうあれ、朝比奈一門の宗主と言う立場である事は間違いなく、一門に属する家系を取りまとめ、一門全体の益になるよう行動する事が求められている。独善的とさえ言われていた先代の跡を継いだとあれば、それはより一層顕著なものとなり、私情の為に一門を動かす事などあってはならない事なのだ。

 

 それが一門に大きな利益をもたらすなら、或いは多少なら黙認される事もあるかもしれない。先代がいい例だったが、俺は先代程の利益を一門にもたらしてはいない以上、些細な事でも一門から非難の声が上がり易い立場でもある。

 

 だからこそサーシャは、宗主としての在り方を、口を酸っぱくして言うのだが、その反面、俺個人の信条を否定していない。むしろ宗主の立場と信条が相反したなら、宗主の立場(そんなモノ)など捨ててしまえ!と、淡褐色(ヘーゼル)の瞳に炎を宿して言われた事もあった。

 何と言うかまぁ、サーシャは()()()()()()()()()()()()()()みたいな奴なんだよな。

 

「まあ、まだ言いたい事は山ほど有りますけど、それはさて置き、()()()()()を仕入れてきましてよ」

 

 そう言ってブリーフケースから取り出した厚めの書類束を手渡してきた。

 この冬木に滞在する間のサーシャは、表向きは冬木旭奈会(きょくないかい)病院特別病棟専属の管理栄養士なのだが、魔術儀式全般の取りまとめと外部との折衝を任せている。

 その外部との折衝の主たるものが()()()()()()()()()との連絡役で、今は冬木にどんな魔術師がいるのかを調べている最中だ。

 

「…………………おいおい…………マジかよ……………」

 

「ええ、()()()()()調()()()()()()()ですもの。マジもマジ、大マジですわ」

 

 あの情報屋の商品(じょうほう)は、その正確さと信頼性に於いて群を抜いている。だからこそヤツが冬木に居ると知った際には、真っ先に俺自身が出向いて繋ぎを付けたし、他の魔術師からの依頼よりもこちらの依頼を優先するよう割増料金だって払った。

 惜しむらくは、ヤツは封印指定の魔術師である為、封印指定執行者に居場所をかぎつけられたなら、何を措いても身を隠す事を最優先しなくてはならない立場にある事だ。

 

 そんな信頼すべき情報屋が掴んだ情報は、ある側面に於いては然もありなんと言えるものだが、別側面に於いては魔術師の第一義である神秘の隠匿を軽んじる輩が、とんでもない連中と手を組んだ事を示唆した文章が躍っている。

 

「よりによってアメリカ中央情報局(CIA)の特殊部隊が展開してるってのかよ……………」

 

 アメリカ合衆国。“世界の警察”を標榜する、政治、経済、軍事、あらゆる面に於いて言わずと知れた世界最大の国家ではあるが、魔術世界の中では“神秘の薄い新興国”とされている。

 建国から二百年余りしか経っていないと言う点に於いて、時計塔を始めとした西洋魔術師たちの論評は、ある意味で正しいとさえ言えるのだが、先住民族による精霊信仰を基盤とした魔術は軽視出来ないと言うのが、俺たち東洋魔術師の見解だ。

 

 そしてCIAは、国家安全保障会議に必要な情報を提供することを主任務とし、他国の国家機密の探索や情報収集、政治工作、反米的団体の監視などを行っている合衆国大統領直属の情報機関である。

 

「………スクラディオ・ファミリーが一枚嚙んでるかと思ったが………どいつもこいつも知らない魔術師(かお)ばかりだな。………これを読む限りじゃ、精々二流がいいところ。創設間もない魔術師部隊って印象が拭えんな………」

 

 書類を読み進めていく内に、当初の印象とは違う印象を抱き始めた。

 当初、関与しているのではないかと思ったスクラディオ・ファミリーとは、商業地区や金融街のあるロウアー・マンハッタンを縄張りとする、禁酒法時代の五大マフィアに代わって台頭した組織の一つで、アメリカ社会全体にその根を深く張り巡らせ、国政に対しても影響力を持っている。

 それだけならただの破落戸(ゴロツキ)の集まりでしか無いのだが、国内外を問わず多くの魔術師を所属させた事で、その力を急速に拡大させてきたと言われていて、魔術協会としても無視できない存在ではあるものの、様々なリスクを勘案すれば手を出しあぐねているのが実情だ。

 

「ええ、あのご老人とは全くの別組織。純粋に合衆国の為に創設された部隊のようですわね。一昨々年(さきおととし)のテロ事件で、愛国心を刺激された誰かが“お国の為に”とか言って売り込んだのではないか?と言うのが彼女の推測ですわ」

 

 組織(ファミリー)とCIAが手を組んで部隊を送り込んだものと思ったが、やはり本質は犯罪者集団である組織に、国家の安全保障に関わらせるつもりは無いと考えるのが自然だろう。或いは合衆国政府による部隊の創設は、組織の影響力から脱却する為の試金石とするのではないか。そこへ“魔術”と言う超常の力を行使する者の出現が後押しとなったとも考えたが、それは合衆国政府(むこうさん)の事情であって、こちらは傍観者を決め込めばいいだけの話だ。

 

 実際の話、魔術の存在を知ってその力を利用しようとする国や組織はそれなりにあったのだが、大抵は暴力的に魔術師を支配しようとして、逆にしっぺ返しを食らい、組織そのものを壊滅させられたり、神秘の秘匿に無頓着であったが故に魔術協会に(表向きは内乱によるものだが)潰されたりした国もあった。

 

「それで、いかがいたしますの?」

 

 他の魔術師は兎も角、組織として成立し、任務を帯びてこの冬木に滞在するこいつらは、必ず行動を起こすに違いない。その行動とは無論、万能の願望器たる“聖杯の奪取”であり、その目的は合衆国の安全保障の一翼を魔術面で担う、と言ったところか。

 

「こいつらのねぐらは…………掴んでるな。なら、今のところは連中の行動を監視しておくだけで良い。傭兵上りも何人かいるようだし、ベルツが来るのを待ってからでも遅くは無かろうよ」

 

 意外な事に、連中のアジトはこの病院から程近い貸しビルの一フロアを外資系ファンドの名義で借りているようで、総勢十八名の来歴を見るに、約半数が傭兵経験者である事から、同業のベルツの意見も聞いた上で対策を検討した方が良いだろう。

 

 悠長な事を言ってないで、今すぐ連中を始末すれば良い。と、サーシャが不満を漏らすが、確かに俺や栞に限らず、サーシャも条件付きではあるが、独りで連中を制圧する事は可能だ。個々人に於いては、それなりに軍事訓練も受けているようだが、語弊を恐れずに言えば、こいつらは()()()()()()()と言ってさえ良い。手っ取り早く制圧して、後にサーシャがそいつらから情報を引き出せば良いと考えるのも当然で、その方が後々損害も少なくて済むだろう。

 

 ()()()()()()()()、こいつらが行動を起こす前に潰すべきなのだが、後ろ盾が後ろ盾だけに、即断即決に基づく行動は控えるべきだろう。秘密裏に事を進めるのは前提ではあるが、万が一露見した場合、朝比奈一門どころか、旭奈会そのものに何某かの損害を被る可能性だってあり得る。

 

 それに、この情報の出所は情報屋から渡された数枚の紙切れのみ。量と質は比例する等とは言わないが、春秋左伝に曰く、“小敵と見て侮るなかれ”と言う一節を体現したかのような状況は無視出来ないが故に、独自に情報の裏付けも必要だ。

 

 我ながら随分と慎重だと思わなくもないが、連中は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが適役であるか否かを見定める為にも、ここは慎重さこそが肝要と言ったところだ。

 

「…………貴方って、時々()()()()()()残酷になるわね。まあでも、嫌いじゃありませんわ。そう言うの」

 

 漠然とではあるが、思いついた舞台とその筋書きをサーシャに語り聞かせると、僅かに身震いさせながら所感を述べた。

 

 確かに連中どころか、誰がどう見ても、俺が思い描いた筋書きは“残酷そのもの”と言って良く、善か悪かの二者択一で言えば、悪以外の何者でもない。

 

 だが、何を以て善とするのか?何を以て悪とするのか?双方はかけ離れた対極に位置するモノのようにも見えるが、実際は極めて僅かな差しかなく、極論だが、それを決めるのは()()()()()()()()()()()以外に委ねられるモノは無い。

 

「だがまあ、生徒達には聞かせられるような話じゃねえな」

 

 それでも、俺のやろうとしている事は、俺自身の価値観に照らし合わせても“悪”と呼ぶに相応しいと断言出来る。

 

 なにしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うのだからな。




まさかまさかの周年鯖が、コヤンとは予想外でした。
そして風聞に耳を傾けると、待ちに待ったバスターサポらしく、弊カルデアの周回編成も大きく変わりそうです。

???「あぁ………(終業の)鐘が音が聴こえる…………(燃え尽きて白目)」

周年と言えば福袋ですが、今回は最も手持ちの少ない16-17三騎士を回して、弊カルデアに武蔵ちゃんがやってきました(∩´∀`)∩
丁度、剣種火が余ってて、レベル上限解放で騎種火が大量にいるところだったので大変助かります。

さて、今年も星5交換がやって来た訳ですが、今年は恒常だけではなくスト限も含まれるとなると、やはりスト限で手持ちに居ないテスラかシトナイ、クーちゃんオルタの三択になるのでしょうが、やはりここはクーちゃんオルタ一択ではないかと('-'*
むしろ、拙作で登場させたのも何かの縁と言うべきかもしれませんね。

さて、次回は……

・楽しいロンドン♪

・図書館では、うわっ何をする!くぁwせdrftgyふじこlp

・バイバイ

・ふわっふわやぞ!

以上の予定です。
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