Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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前回以降、新たなお気に入り登録ありがとうございます。

そして長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

リアルがアホみたいに忙しい上に、執筆自体も難産だったのでいつも以上に間が開いてしまいましたが、どうにか年内に投稿する事が叶いました。

エタってません!エタってませんから!
拙作は意地でも完結させるつもりですので、長い目でお付き合いいただけましたら幸いです。


2月7日
#066 With irritation.


 空は澄みきっていて、絵に描いたような冬晴れの朝。

 だけど私の心中は、それとは逆に雷雲が立ち込める空のように苛立ちが渦巻いていた。

 

 勿論、そんな事を表情に一欠片も出す事はしない。

 常に余裕を持って優雅たれ。それが我が家の家訓。私が私である為の、拠って立つところの柱の一つ。

 

 それでも、憤る気持ちは胸の奥から今も湧きあがってきていて、それを必死に隠す事に朝から苦労し通しだった。

 

 それと言うのも、昨夜アインツベルンの森で見かけた光景が原因だ。

 

 

 

 一人の魔術師として、一人のマスターとして、そして冬木の管理者(セカンドオーナー)として、不正な手段でマスター権を手にし、今も尚街中で魔力集めなんて暴挙に及んでいる間桐臓硯を看過するなんて出来る訳がない。

 

 だけど、臓硯が従えているあの黒い影はとても厄介で、私と衛宮君との共闘関係による戦力では手に余る。

 だからこそ戦力の補強として、アインツベルンのマスターであるイリヤスフィールとそのサーヴァントである狂戦士(バーサーカー)をこちら側に引き込もうと画策したのだ。

 

 正直、上手くいくかは五分五分。いや、もっと低いかもしれないと思っていた。

 あの子にしてみれば、私たちと臓硯が潰し合ってくれれば、残って疲弊した方を叩けばそれだけで済む話だ。わざわざ私たちと手を組む旨味は薄い。

 

 だけど、実際に黒い影を目にした事と、臓硯の屋敷を家探しした事、そしてあの人たちの話を盗み聞きした事で導き出した仮説が、あの子がこちらに加わらざるを得ないと決断させる武器になると言う目論みがあった。

 共闘関係にある()()()()()()()()()()()()()()()武器が。

 

 その武器を内心に携えて、私たちは夜のアインツベルンの森に踏み込んだのだけど、結論から言うと、その計画は実行に移す前に頓挫した。

 

 臓硯があの影を引き連れて、アインツベルン城に攻め込む可能性は当然有ると思っていた。

 僅差で先手を打たれた事は面白くなかったけど、それは一晩経っても引きずるようなモノじゃない。

 

『どうやら、あの忍者がイリヤスフィールを連れ去った………いや、救出したと見るべきか。兎も角、彼女はあの忍者の手の中に在って、暗殺者(アサシン)がそれを追っているようだ』

 

 アインツベルン城の方角から突如鳴り響いた轟音と迸る閃光に、あの子と臓硯の間で戦端が開かれたのだと判断した私は、逸る衛宮君を抑えつつアーチャーに先行偵察をさせたところ、三騎のサーヴァントを同時に相手取りながらも、イリヤスフィールを抱えて森の中に逃走した朝比奈の忍者(しおりさん)の姿を見つけたと報告してきた。

 

 まただ…………

 

 また…………!

 

 またあの人たちが暗躍していると悟った時には、私の中に在る感情のスイッチが入った。

 

(好き放題やってくれてるじゃない……………!)

 

 あの人たちが何の目的であの子を助け出したのか、その意図は解らない。

 だけど、あの子を助けると言う行為は、聖杯戦争に於いてあの子と敵対関係にある私との盟約を反故にする意図があると糾弾されかねない行為だ。

 それはあの人たちだって判っているだろう。それでも尚そんな真似をしてくれるのだから、頭に来ない訳がない。

 

(朝比奈と手切れになるのも、時間の問題ね…………)

 

 それは既定路線だったけど、正直未だ躊躇いはあった。

 理想的な状態であってさえ分が悪すぎる相手なのに、現状は全く理想に届いていない。と言う魔術師としての打算的な理由もあるけど、その躊躇いの大半が魔術師としてではなく、()()()()()()()()()()()()()だと気付いた時には、未だに甘い感情に絆されていた自分自身を引っ叩いてやりたい気分になった。

 

「衛宮君。イリヤスフィールはもうあの城に居ないわ」

 

「まさかイリヤが………!」

 

「ううん、あの子は生きてる。確かに臓硯が襲ってきた事には間違いないけど、偵察に出たアーチャーによれば、あの子は栞さんに助け出されたわ」

 

「栞さんが?なんでさ?」

 

「それが解ったら苦労しないわ。兎も角、あの子を栞さんが助け出したとしたら、先生がそう命じたから。としか言いようが無いわね………!」

 

「………リン、その事ですが————」

 

「ゴメン、セイバー。あの子がもうあそこにいないのなら、これ以上私たちがここにいる理由も無いわ」

 

 今回の目的は、臓硯に対抗する為の戦力補強。その交渉相手であるイリヤスフィールがアインツベルン城にいない今、この場に留まる理由は無い。セイバーが何か言いかけていたけど、その言葉を遮って私は撤退を提案した。

 臓硯一味を今ここで倒す手段が有るなら、予定を変更する事も吝かじゃなかったけど、第一、そんなモノがあるのなら、そもそも私たちはここまで来ていない。

 

『そういう訳で撤退するわ。アーチャー、戻って来て』

 

『了解した、凛。だが、君たちは先に戻っていたまえ。私は()()()()()()()()()()()()()戻る』

 

『………良いわ。でも、無茶はしないでね………!』

 

『無論だとも』

 

 撤退を実行した数分後、私たちを追い抜くかのように夜空を切り裂いた流れ星は、飛行術式(トーコトラベル)で森を離脱した栞さん達だと知るのは、ずっと後の事だった。

 

 

 

 状況は刻々と変化している。

 

 斃された筈の槍兵(ランサー)魔術師(キャスター)が、実は生きていた。

 その二騎(ふたり)が臓硯の命令で狂戦士(バーサーカー)と戦っていた。

 そして、狂戦士(バーサーカー)があの影に飲み込まれた。

 

 アインツベルン城での戦闘を見てきたアーチャーからの報告は、状況が悪い方向へ真っ逆さまに落ちていると判断するには十分過ぎる情報だ。

 

 どうしてこうも上手くいかないのか。歯噛みしたい状況ではあったけど、憂いていたって状況が好転する事は無い。事実は事実のまま受け入れ、今出来る事、今すべき事に最善を尽くすべきであり、その一つが、今後敵になる可能性の高い朝比奈のサーヴァント“百地三太夫丹波(ももち さんだゆう たんば)”に対抗する手段の手掛かりを得る事だ。

 

 確固たる意志を抱き、朝から足を運んだのは新都にある冬木市立図書館。

 首都圏から遠く離れた地方自治体が管理運営する図書館としては、上位に食い込めるのではないかと噂される規模の蔵書数を誇り、冬木市の知の収蔵庫としての役割を担っていると言っても過言ではない。

 

 しかし、館内設備は一般的と言うか凡庸と言って良く、十年ほど前に移転計画が持ち上がっていたけど、新都の大火災を始めとする前回の聖杯戦争で引き起こされた災害からの復興を優先する為に、移転計画は一時凍結されているらしい。

 

 館内は土曜日だからか人は多い。

 ここ数日の聖杯戦争を起因とする事件や事故が頻発している状況に鑑み、夕方以降は自然発生的に人出が少なくなってはいるものの、昼はいつもと変わらず地域住民の憩いの場としての機能を今も果たし続けている。

 

「げっ…………遠坂……………!」

 

「あら生徒会長。入院されたと伺ったんですが、お元気そうで何よりです」

 

 先日、学園で発生した()()()()()()の影響で休校中だからか、特に大学受験を控えた二年生を中心に、見覚えのある生徒を何人か館内で見かけた。

 この彼、学園の生徒会長を務める柳洞一成もその一人なんだけど、彼は他の生徒とは違って入院した生徒の一人である。入院着に上着を羽織っただけの出で立ちを見るに、無為徒食にも等しい入院生活の内に抱え込んだ虚無感を紛らわす為に、入院している旭奈会病院(きょくないかい)の隣地にあるこの図書館を訪れているのだろう。

 

「心にも無い事を言うなこの女狐!大体、なんで貴様が図書館(こんなところ)に来ているんだ⁉」

 

「あら?私だって学生ですから、学園が休校中であるからと言って、遊び歩いていて良い訳無いじゃないですか。それと、館内ではお静かに」

 

 彼とは同じ中学だった事もあって付き合い自体は長いのだけど、堅物で遊びの無い性格である一方、筋さえ通れば鷹揚さを見せるぐらいの器量を持っている。同年代の男子よりも一歩も二歩も成熟した人間性を持ち合わせているのは私も認めるところではあるのだけど、相性は極めて悪く犬猿の仲と言ってさえ良い。なにしろ彼は、()()()()を見抜いている人物の一人でもあるからだ。

 

「ぐぬぬぬぬ………………。フン………!お前の言う事も確かだろうが、その手に持っている本は、日本史の授業では使いどころが無いではないか。一体何を企んでいる?」

 

 売られたケンカは高値で買い取って、その上で完膚なきまでに叩き潰す。()()()()()()()()()()()()()()()()、今回ばかりは私の主張の方が理に適っているのを内心では認めつつも、それを素直に受け入れられない彼は、私が手にしている本に狙いを変えてきた。

 

 書架に収まる無数の本の中から“これは”と手に取った本は、十数年ほど前に郷土史研究家によって編纂された叢書(そうしょ)だ。

 まだほんの数ページしか目を通していなかったのだけど、忍者についてと言うよりも、純粋に中世期の伊賀という土地の歴史を書き記したもののようで、だからこそフィクションには無い当時の逸話を探る手掛かりになるのではないかと思って読み進めていたところだ。

 

「ただの気紛れ。と言いたいところだけど、ちょっと忍者に興味が沸いてね。特に百地三太夫丹波について調べてたのよ」

 

「ふむ………百地三太夫、或いは百地丹波守(たんばのかみ)と言えば、天正伊賀の乱に於いて伊賀側の中心人物であり、伊賀忍者の頭領と目されてはいるが、お前の手にしている本では、百地氏自体が忍者である事に懐疑的だった筈だが?」

 

「へぇ、詳しいのね。じゃあ、詳しいついでに教えてちょうだい生徒会長。百地三太夫について詳しく書いてある本ってあるのかしら?」

 

「っ!えぇぃ!なぜ俺がそんな事をお前に教えてやらねばならんのだ⁉」

 

「いいからっ!」

 

 苛立ちに声を荒げ、立ち去ろうとする彼の行く手を、書架に両手を突いて退路を阻む。

 思わず声を張り上げてしまった為に、周囲の耳目を集める羽目にはなったけど、今はそんな事を気にしている場合ではない。たとえ「痴話ゲンカでござるか?」だの「まさか会長と遠坂さんが」などと、ひそひそ声で噂し合う雑音が聞こえてもだ………!

 

「……………お、おぅ…………。まあ、初めに言っておくが、石川五右衛門や霧隠才蔵の師であったなど、百地三太夫にまつわる殆どの風聞は、江戸時代以降の講談や読物の産物であって、実在の有無を含めて、伊賀の乱に於ける百地三太夫個人に関する史書の存在は確認されていないと言って良いだろう」

 

「はぁっ⁉」

 

 私の気迫に只ならぬモノを感じ取った彼は観念して語り出したのだけど、言うに事を欠いて「そんなモノは無い」と初手から言い放ったのだ。この身も蓋もない言い様に、さっきよりも声を張り上げずにはいられなかった。

 

「落ち着け………!そもそも百地氏を始めとした“上忍“と呼ばれた伊賀忍者たちは、元々その地に土着していた豪族であって、伊賀の乱以前に徳川家に仕えて士分となった服部半蔵ならいざ知らず、その他は精々で、彼らの子孫がそうと知らずに何らかの文書(もんじょ)を所蔵していれば冥利が良いと言った程度だ。第一、そのような文書は地元の大学か図書館に価値ある史料として保管されておりこそすれ、冬木のような縁も所縁(ゆかり)も無い地の、しかも気軽に閲覧出来る書架に置いてある筈も無かろう。むしろ、その本がここに在った事の方が驚きだ」

 

 冷静になって考えてみると、彼の言う事は理に適っている。

 現代に於いてそのような文書が残っているのは、当時の武士と言う支配階級の中でも権力闘争に生き残った者のモノが大半を占めていて、敗れた者の事を書き残す事は、後々の厄介事を避ける為に憚る風潮があった。歴史とは正に“勝者による勝者の為のモノ”と言ったところね。

 

 その支配階級よりも下位にあった人たちの、ましてや当時最高の支配者に掃討された伊賀忍者について記した文書は極端に少なく、個人レベルとなれば尚更の事、細々と綴られた文書は、どのような形であれ価値ある史料として地元の研究者の元に蒐集されるのも道理といったところだ。

 そう言った史料を編纂したこの本は、歴史研究家などの間で流通するのが常であって、こうして何の繋がりもない冬木に在る事自体に、彼が意外の念を禁じえないと語るのも納得出来る。

 

「とは言え、忍者そのものについて知りたいのであれば、萬川集海(まんせんしゅうかい)か、正忍記(せいにんき)忍秘伝(にんぴでん)が三大忍術伝書と呼ばれていて、どれも現代語訳版も刊行されている故、それを読むと良かろう。後は、そうさな…………あの蒔寺にでも聞いてみると良い。あ奴は、こと歴史に関してだけは異常に詳しい上、実家は瀬戸内海の水軍の裔らしいからな。ともすれば、当時の伊賀忍者が落ち延びたなどの————」

 

「ちょっと待って生徒会長。百地三太夫の史書が無いと言う事は、百地三太夫所縁の品も無いって事なのかしら?」

 

 そこで一つの疑問に行き着く。

 特定の個人を記した文書が無い可能性が高いと言う事は、個人を特定出来る品も無い可能性が高いのではないか?

 

 歴史学的には大した問題ではない。

 百地三太夫丹波という個人の逸話を知る手がかりでもない。

 これはもっと、そう、根本的な、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になり得る事だ。

 

「ふむ。伊賀の乱を生き延びたとの説もあるから断言は出来かねるが、寡聞にして聞いた事が無いな」

 

 “存在しない”と決めつける事は出来ないけど、時計塔でさえ所有している古代遺物(アーティファクト)は、神話や物語に名を遺す古代の王や英雄にまつわるモノばかりだと聞くし、“思想魔術”に分類されるこの国を始めとした東洋圏の魔術で用いる古代遺物(アーティファクト)は、“神降ろし”等に見られるその魔術特性から、古代の神霊にまつわるモノばかりだと言われている。

 

 例外として、摂津源氏の祖である源頼光(みなもとのらいこう)の“童子切安綱(どうじきりやすつな)”を始めとした支配階級に在った者所縁の品が、この国出身で英霊として成立し得る者所縁の古代遺物(アーティファクト)として遺ってはいても、当時の忍者と呼ばれた人たちの実態が被支配階級層であった以上、所縁の品が存在しない可能性が高いと言っても間違いじゃない。

 

 何よコレ…………!

 違和感を覚えていたけど、大した事じゃないと高を括ってたら、思わぬしっぺ返しを食らったじゃない…………!

 

「さあ、これで満足か?」

 

「いいえ、もう一つあるわ」

 

「まだあるのか…………」

 

 あからさまにウンザリとする態度を隠そうとしない彼に、もう一つの疑問をぶつける。それが、かつて冬木に在ったと言う“忍者寺”と呼ばれた寺院の存在とその由来についてだ。

 当時の忍者たちの拠点だったと言われるその寺が古代遺物(アーティファクト)に相当するのか?こちらの可能性は限りなく低いのだけど、それも私がそう思い込んでいるだけなのかもしれない。

 

「ああ、そのような異称を奉られたお寺はあったようだが、確か建立されたのは江戸時代中期の元禄年間と聞いた事がある。だが、実態は定かではないにしろ、諜報活動は隠密裏に行う事を旨とする以上、わざわざ忍者の存在を明るみにするような異称が知れ渡るのを放置するとも思えんのだがな」

 

 案の定、想像以上の答えは出てこなかった事で、新たな疑問が苛立ちと共にやってきた。

 

 答えが得られなかった事はまだ良い。

 答えを求めに来て、別の問題に行き当たってしまった事も、百歩譲って良しとしよう。

 

 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……………!

 

「………ああ、これは後年の創作の一つかもしれんが…………」

 

 内心で自身への怒りに打ち震える私を他所に、ふと何かを思い出したのか、重々しく彼は口を開く。

 

「伊賀の乱の終盤、立て籠もる砦を寄せ手に包囲され、進退窮まった彼らが大将首を上げんと夜陰に乗じて襲撃を試みるも、運悪く雲に隠れていた月が露わになり、月明かりでその姿が露見した百地三太夫らは討ち取られたと言う。百地三太夫について俺が知っている事と言えば、まあこのぐらいだ」

 

 あくまで創作の可能性である事を示唆されるも、その逸話は以前聞いた話と符合する事で、妙に合点がいった。

 

 日中は“忍者とは闇に生きる者”と言う幻想が具現化した影響で、サーヴァントとしての能力に大幅な制限がかかってしまうと彼女は以前言っていたけど、どうやら“忍者として”と言うより、“百地三太夫丹波として”と言う相違はあるにせよ、概ね彼女の告白を裏付ける逸話であるに違いないだろう。

 

 しかし、交渉の為に自らの弱点を晒したと言えなくは無いけど、それは“()()()()()()()()()()()()()()”。交渉で差し出すカードとしては十分と言えるわけで、それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()。それも、曝け出した弱点を基に戦術を組み上げて臨まれたとしても、その状況を十分()()()()()()()()()()()()()()が。

 

 それはさて置き、何かと反目しあう彼が、進んで自分の知り得る情報を、前提条件付きとは言え開示してくるなんてどういう風の吹きまわしなのか。どうしても何らかの見返りを求められるのではないかと考えてしまうのは、魔術師だからこそ生じる悪い癖のようなモノね。

 

「フン。貴様の企みの片棒を担がされるなど真っ平御免なのだが、どうやら違うようだったのでな。貴様のような女狐であろうと、何某かに執着(しゅうじゃく)している者を見過ごす等、未熟とは言え、仏僧の末席を汚す者として看過出来ぬ。唯それだけだ」

 

 確かに、今の私は()()()()()()()()

 彼ぐらいの人物であれば、それを看破する事だって造作もないだろう。

 聖杯戦争という大事を前に、余計な事に執着していると言う事も十分理解している。

 だけど、今はその“余計な事”を“余計な事”と軽んじる事は致命傷に繋がりかねない状況だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()とどれだけ言われようとも、()()()()()()()()()()()()、その全ては“私らしい”モノへと置換される。

 そう、どんなに私らしくないと見られようとも、今は雌伏すべき時なのだ。

 

「然りとて、まだまだ修行が足りぬ身故、これ以上貴様に対して慈悲の持ち合わせは無い」

 

「ええ、もう十分だわ。ありがとうね、柳洞君」

 

「なっ……………!」

 

 これ以上ここにいても得るモノは無く、得られる見込みも薄い。

 素直な謝意と()()()()()()()()を向けられて面食らう彼をその場に残し、手にした本と共に貸出カウンターへと足を向けた。

 

 

 

 図書館で借りた本を片手に家路を急ぐ。

 とは言えこの家路と言うのは、共闘関係にある衛宮君の家の事であって、元々の自宅の方じゃない。必要と思しき物は粗方持ち出してしまっているからだ。

 

 冬の風が上気した頬を撫でる。

 今の私は、本当にいつもの私じゃない。

 

 冷静さを欠いている。

 余裕を欠いている。

 優雅さを欠いている。

 

 以前ならこんな事は無かった。

 以前なら“心のぜい肉”として、自分の中に納まる範囲内で、その無駄をそれなりに楽しんでさえいた。

 

 だけど今は————

 

『どうやら、あまり期待した成果は上がらなかったようだな』

 

 モヤモヤとした思考を吹き散らすかのようなタイミングで、アーチャーが念話で話しかけてきた。

 意図したかどうかは分からないけど、危うく思考の沼に嵌りかけていたので、このタイミングで話しかけてくれた事は有難く、念話で拾われない程度に内心でアーチャーに感謝した。

 

『まあ、元々あればラッキーって程度で、期待はしてなかったけどね。でも、一つ引っかかってたモノがハッキリしたから、ある意味一番の収穫かもね』

 

『ほう?』

 

 正直な話、思っていた以上の収穫はあったと思っている。

 一つ目は、明るい場所ではその能力を彼女は十分に発揮出来ない可能性が在ると言う事。

 二つ目は、一つ目を基に戦術を組み立てても、それをひっくり返せる切り札が存在する可能性が高いと言う事。

 

 そして三つ目は————

 

『栞さんは、自分を特定する触媒が在ったから召喚されたって言ってたけど、特定の英霊を召喚出来る程の強い縁を持った古代遺物(アーティファクト)、触媒となる聖遺物は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事よ』

 

 百地三太夫丹波に関する聖遺物の存在が、高確率で否定されたと言う事だ。

 他のクラスなら、或いは多少の縁さえあれば、それが“何処其処(どこそこ)の誰々という英雄所縁の品”と言う眉唾物の作り話を付与した“紛い物”であったとしても、触媒として機能する可能性は十分ある。

 

『確かに、彼女を召喚した場所自体、死後しばらくしてから建立されたのなら、百地三太夫丹波と言う英霊を召喚する触媒にはなり得んか』

 

 だけど暗殺者(アサシン)と言うクラスに限っては、その英霊の代名詞とも言える“本物”の聖遺物を触媒としない限り、忍者の英霊と言う存在が暗殺者(アサシン)として召喚される事は原則として在り得ない事なのだ。

 

『そう言う事。それにね、サーヴァントを触媒無しで召喚する際は、マスターとより近い性質の英霊が召喚される傾向にあるのだけど、暗殺者(アサシン)クラスに限っては、クラスそのものが触媒となって、暗殺者(アサシン)と言う言葉の語源となった集団の長、その名を襲名した歴代の誰かが召喚されるのよ』

 

 ————暗殺者(アサシン)————

 

 アラビア語で大麻(ハシーシュ)を意味する言葉を語源とするその名称は、十一世紀から十四世紀にかけて、十字軍等の要人を狂信的に暗殺する事によって勢力を築いたカルト教団を起源とし、伝承では歴代の教主が十九人いたとされている。

 そして聖杯戦争の原則に基づいて、その十九人の教主の誰かが暗殺者(アサシン)のサーヴァントとして召喚される。

 

 魔術世界に於いて“神秘はより強い神秘によって上書きされる”と言う絶対原則がある以上、暗殺者(アサシン)のクラスそのものという神秘以上の神秘が無い限り、彼女は暗殺者(アサシン)のサーヴァントとして()()()()()()()()()()()のだ。

 

『つまり、彼女が本当に暗殺者(アサシン)のサーヴァントであるかさえ疑わしくなったと言う事か………。やれやれ、これでは何も解決するどころか、余計に謎が深まったではないか』

 

 アーチャーの皮肉めいた言い方に少しムッと来たけど、確かに謎は深まった。

 だけど正体は判らないながらも、その表面の奥に“何かが在る”と認識している事は、何も知らずにいる事よりも何倍もマシだ。

 

 改めて情報を検証する。

 

 彼女は第二次聖杯戦争の時に召喚されたと言う事だけど、それが事実かどうか確かめる術は無い。

 降霊術、特に召喚術に長けた朝比奈が、独自に英霊召喚を実現させた。と一瞬考えはしたけど、それを成立させるには冬木クラスの霊脈を持った土地が必要で、そんな霊脈を押さえているのはどれも魔術協会側の家系であり、それ以外の家系が押さえているなんて話は聞いた事が無い。

 だから、その情報は間違いないと言って良いだろう。

 

 暗殺者(アサシン)のサーヴァントでは無いのなら、()()()()()()()()()は一体何なのか?

 この場合、クラスそのものを考える事に意味は無く、意を向けるべきはそれに付随するクラススキルだ。

 

 それ自体欺瞞の可能性は有るけど、“騎乗”のスキルランクがAだと言う自己申告通りなら騎兵(ライダー)という可能性は有る。だけど“騎乗A”は、車やバイク、飛行機などの”乗り物”と呼ばれる概念(モノ)なんて言うに及ばず、幻想種にだって乗れてしまうレベルだ。あまりに見え透いているのだけど、仮に騎乗スキルを持っていたとしても、精々でBかCが関の山だろう。

 

 槍兵(ランサー)に槍で対抗しようとしたところから、槍兵(ランサー)と言う可能性もある。その場合、暗殺者(アサシン)には劣るものの高い敏捷性と、剣士(セイバー)には劣るもののそれなりの対魔力がクラススキルとして付いてくる。しかし槍兵(ランサー)はずば抜けた白兵戦能力がある。昨夜、槍兵(ランサー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)の三騎を同時に相手取って優勢を維持したのみならず、初見ながらもセイバーの動きを封じた戦闘能力は侮れない。

 

 全く差し障りの無い意思疎通が出来ている以上、狂戦士(バーサーカー)は在り得ない。

 クラス特性の“狂化”はステータスを強化させるけど、その反面理性が失われるデメリットがある。イリヤスフィールの狂戦士(バーサーカー)“ヘラクレス”の変わり果てた姿を見れば一目瞭然だ。

 

 陰陽道の術を使っていた事もあるから、魔術師(キャスター)と言う可能性も無くはない。

 だけど、私が見たのは術符に魔力を流し込んで発動させる類の物だけで、実際に自身の魔力を用いて術式を成立させた場面に出くわしていない。第一、クラススキルである“陣地作成”や“道具作成”をしている場に居合わせていない。

 

 あの人がセイバーに技量で上回る事が出来たと言う点から、実は剣士(セイバー)でその剣の稽古相手をしていた可能性だってある。あれ程の技量を維持するなんて、並の稽古相手では務まる筈も無い。

 それに伊賀という土地は、山一つ越えた先にあの柳生新陰流で知られる柳生一族の郷があったと聞くから、生前に交流があって剣術の指導を受けていたかもしれない。

 この場合、騎兵(ライダー)には劣るものの“騎乗”がある上、全クラスの中では最優の“対魔力”がある。

 

 最後に弓兵(アーチャー)だけど、そう思わせる行動を見聞きしていないだけで何とも言えない。

 弓兵(アーチャー)には、マスターと離れていても問題が無いように“単独行動”スキルなんてモノがあるけど、マスター自身の魔力量が飛び抜けているから、予め魔力を蓄えておけば疑似的な“単独行動”スキルを成立させる事だって出来る筈だ。

 

 どれも当て嵌まるようでいて、どれも決め手に欠ける。

 

 聖杯戦争の初期の頃は、そのシステムが不完全な事もあってか、基本の七クラスに該当しない“特殊(エクストラ)クラス”なんて存在したらしいけど、どのクラスの特性も兼ね備えた特殊クラスなんて、今までの聖杯戦争の記録には残っていなかったし聞いた事も無い。

 

 疑い出せばキリが無く、ある種の焦燥感に足を掴まれ、思考の沼にズブズブと引きずり込まれているかのような感覚に襲われる。

 

 ここまでくると前提条件そのものが、彼女の真名が百地三太夫丹波だと言う事自体が嘘なのではないかとさえ思えてくる。

 

 これは………完全に手詰まりね………………。

 

 不意に心の奥底から浮かび上がってきた言葉を寸でのところで飲み込んだ。

 

 まだだ…………

 

 まだ私は()()()()()()()()()()()………………!

 ここで負けてしまっては、何もかも奪われてしまう……………!

 

 折れそうになる心を、誇りと義務感で必死に取り繕う。

 

 誰が負けてやるかっての……………!

 

 内心で弱音を吐いた自分を叱咤し、果てに在るであろう、しかし雲一つない空をキッと睨む。

 

 栞さん……………貴女は一体、何者なの……………………?

 

 心の中で問いかけるも、答える者は誰もいない。

 

 空は澄みきっていて、しかし私の心中は、先程とは異なる雷雲が立ち込めていた。




拙作は二次創作ながらも、可能な限り原作設定に忠実たらんとしていますが、原作に理解の深い方なら、栞さんが二次のアサシン?という点にモヤッとしていたかと思います。
そのモヤッとがどう晴れていくか、今後の展開をお楽しみください。


さて、次回は……

・この顔にピンときたら

・バイバイ

・ふわっふわやぞ!

・なべてこの世はいとヤバし

・中かき回しちゃらめぇっ!

・やるっきゃないと

以上の予定です。
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