Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
最新話を執筆している最中でしたが、短めの話をいくつか挟んだ方が良さそうだったので、急遽今回の話をアップしました。
それでは、今回も拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。
————ねんねしなされ 寝た子がかわい————
歌が聞こえる。
————ねんねせん子に ねんねせん子に 縞のべべ————
怖くて、寂しくて、悲しい気持ちで溢れたこの胸を————
————縞のべべ着て どこ行きりょかな————
凍えないように、優しく、温かく、柔らかな毛布で包むかのようなその歌は————
————赤いべべ着て 赤いべべ着て のの参り————
やがて負の感情で昂った気持ちを落ち着かせ————
————ののへ参ったら なんと言うて拝む————
私の心を揺籃のように揺さぶり————
————一生この子の 一生この子の まめなよに————
深く、暗い、だけど孤独からは程遠いモノだと確信させる安らぎの先へと私を誘った。
こんなに安らいだ気持ちは、いつ以来だったろうか…………。
もうずっとずっと遠い
これはキリツグに教えてもらった歌なのだと、その時に不思議と自分の心が安らいだから、私が心安らかに眠れるように歌うのだ。と、はにかみながら、それでも幸福に満ちた笑みを浮かべるお母様の顔を今の今まで忘れてしまっていた。
違う。
だって、それを思い出してしまったら、今までの自分を、自分の目的を、自分の存在を、自分自身で否定してしまうようで怖かったから………。
温かく、柔らかな感触と共に私の意識は
ぼんやりとした視界は暗く、しかしそれはカーテンが朝日を遮っていて、尚且つ私の傍らで静かな寝息を立てるシオリの影がそうさせていたからだ。
その寝顔はかつてのお母様を思い出させるかのように優しく、なんだか懐かしい気持ちが湧き上がってきて再び枕に頭を預けようとしたのだけど、自分がゾウケンの襲撃から助け出され、朝比奈のおじ様たちが拠点とするこの病院に匿われたのだと言う記憶が意識と共に表出し、その誘惑を駆逐していった。
「…………セラ……………?リズ……………?」
身を起こし、従者たちを呼ぶ声は、空気が乾いているのか細々として囁くようなモノだったけど、朝の静寂に包まれた部屋によく響くも、応える者はいない。
応える筈も無い。
リズは昨夜の戦闘で重傷を負って手術中であり、セラもまた輸血の為に手術室に入っている。
二人共主人である私を置いて何処かに行く筈が無いという希望は、しかし主人である私を置いて何処かに行ってしまうのではないかという不安に覆い隠される。
「…………来なさい…………バーサーカー……………」
ポツリと呟くように
応える筈も無い。
あの大きな背中との繋がりは、怒りとも恐れとも形容しがたい、敢えて言うなら断末魔のような感情が私の中に流れ込んできたのを最後に断ち切れているのだから。
首を巡らせて部屋全体を見渡すと、やはりここはいつもの城の寝室ではなく、昨夜喪失感と共に感覚から追いやった部屋なのだと再認識し、アレが悪夢であればどれだけマシだったかとたわいも無い考えに至ると、不意に視界が滲み、熱いナニかが両頬を伝い落ちる。
私は
温かい筈の陽光が、こんなにも寒々しいと感じるのはいつ以来だったか。
慣れてしまった光景だと頭で分かっていても、ぽっかりと自分の中に大きな穴が開いているのを再び実感した分、あの冬の城での日々よりも心が凍みるようにさえ思えた。
「おはようございます、イリヤさん」
背後からふわりと包むように、シオリが朝の挨拶をしながら私を優しく抱きしめ、同じく優しく頭を撫でるエーテルで構成された仮初めの肉体からは、ほんのりと春の訪れのような温かさを感じさせる。
「………………ねえ、シオリ…………」
「はい?」
なぜ涙を零すのか?とシオリは問い質したりしない。ただ黙ってお母様のように抱きしめ、ただ頭を撫でるだけ。
そんなシオリに“私のサーヴァントになって”と言おうとしたけど止めた。
だってシオリはおじ様の
返しきれないぐらいの恩があるおじ様から奪うなんて、そんなの許される筈が無い。
それに………………。
「…………リズは無事………かしら?」
衝動的に湧きあがった言葉を呑み込み、従者の安否を問うた。
リズを執刀する二人の医師は、医学的にも魔術的にも十分な知識と経験を有した優秀な医師なので希望はある。とシオリは言う。
しかし、治癒魔術のみでの施術なら既に終わっているかもしれないが、外科手術も併用せざるを得ない重傷なのは明らかなので、まだまだ時間はかかるだろうとも付け加えた。
シオリの言葉に僅かながらの希望を見出した事は言うまでもない。今この時だけでもリズがその命を繋ぐ事が出来るのなら、私は私の存在理由までをも喪わずに済む。
どのみち、
「ところでイリヤさん。食欲は………ありますか?」
私の半分が
あまつさえ、基本的欲求に従うどころか、意図的に忌避さえしてしまおうとさえ思っていたぐらいだ。
「……………少しだけなら…………」
私が
私の
さっきまでの私なら、
しかし、心の奥底に揺蕩っていた思いが明確な形を得て、先程まで心を覆っていた殻に穴を穿って突き破り、まったく真逆の言葉を私の口から紡ぎ出させた。
それは何か?
答えは実に単純だ。
口にすれば実に些細で、誰が聞いても鼻で笑われるような事だけど、それでも道具として残された時間を無為に過ごすよりも、
「おじ様は起きていらっしゃるかしら?出来れば朝食をご一緒しながら、今後の事もご相談したいのだけど」
「………マスターは起きていらっしゃいますけど、今は御一門の方々と打ち合わせをされているようです。その後でよろしければご一緒する。と仰っています」
シオリが念話でおじ様との
しかしシオリから示された時間は、今から身支度を念入りに整えたとしても尚、余すだろうけど、私は特に異論を口にする事無く受け入れ、待つ事を伝えた。
身支度をシオリに手伝ってもらいながら思考する。
残された時間は少ない。
早ければ数日。
あらゆる不運と幸運が味方したとしても、
それは構わない。
何者であれ、生きている以上はいずれ死ぬ。
だけど、ただ与えられた役目の為だけに生きて、ただ与えられた役目の為だけに死にたくはない。
アインツベルン千年の悲願は潰えた。
廃棄された
だけど、残された時間は、私が私として生きる為に使ったって良い筈だ。
————俯いていたって、悲しい事しか転がっていない————
目の前の、ただの使い魔でしかない筈のシオリの口から出た言葉は、怖くて、寂しくて、悲しい気持ちで溢れていたこの胸に不思議と響き、新しい言葉を覚えたばかりの子供のように、あの子にも同じ事を言った。
勿論、同じ器としての
これは自分の決意を裏付ける為の言霊。
揺るがないように、倒れないように、自分の心に打ち込む楔。
俯かずに、自らが目指すと定めた場所を見据え、自らが目指すと定めた場所へと歩む為に。
きっとおじ様なら、喜んで送り出してくれるだろう。
そして、独りで歩んでいたとしても、私は独りじゃないと実感させてくれるだろう。
不思議とそう言う確信はあった。
だけどその前に、私は私の心の中に
それは避けては通れない道。
それは避けてはいけない道。
お母様とキリツグの子として、胸を張って再び二人に会うその時の為に。
身支度を終えた私は、その決意を胸に秘め、最初の一歩を踏み出した。
冒頭の「伊賀路のわらべ歌」の歌詞自体は著作権が消滅していますが、歌詞使用のガイドラインに則っていますが、不備があるようであればご指摘ください。
さて、次回は……
・ウチの事には手を出すな!
・バイバイ
・ふわっふわやぞ!
・なべてこの世はいとヤバし
・中かき回しちゃらめぇっ!
・やるっきゃないと
以上の予定です。