Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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1月31日
#007 転轍機の夜


 目覚めは暗い。

 夢はあまり見ない質なのだが、見る夢はいつも同じ。

 

 あの日の赤か………(つるぎ)のイメージ。

 何の因果か知らないが、そこに意味はなくさしたる理由もない。ならばそれが、衛宮士郎を構成する因子なのかもしれない。

 それが、衛宮士郎の”起源”なのかもしれない。

 

 その他に見る夢なんてない。

 見る夢などない。

 

「…………」

 

 嫌な気分のまま目が覚めた。

 冬だというのに、ひどく汗をかいていた。

 

「ああ、もうこんな時間か…」

 

 時計は六時を過ぎていた。

 

 

 耳をすませば、台所からトントンと包丁の音が聞こえる。

 

「桜か…。今朝も早いな」

 

 って、感心してる場合じゃない。また寝坊しちまった…。

 軽く溜息をつき、朝食の手伝いをすべく支度をした。

 

 いつも通りに朝食は進んでいく。

 今朝のメニューは定番の和食だ。

 桜は洋食の方が得意なんだが、うちに手伝いに来るようになったてから和食を教えてやったら、今では教えた俺を追い越さんばかりの勢いで腕が上達している。

 

「先輩の背中は、もう射程圏内ですよ」

 

 いつもの笑顔でそう宣言していた。

 

 

「そういえば士郎。今朝は遅かったけどさ、なんかあった?」

 

 味噌汁を飲みながらこちらに視線を向ける藤ねえ。

 …ったく、普段は抜けているくせに、こういうときだけ鋭いんだから。

 

「昔の夢を見た。寝覚めがすっげー悪かっただけで、あとは何ともない」

 

 まだあの火事を忘れられなかった頃、俺は頻繁にうなされていた。

 その頃からうちにいる藤ねえは、そういった変化に敏感だ。

 

「なんだ、いつもの事か。なら安心かな。桜ちゃん!おかわり!」

 

 とりわけ興味もなさそうに会話を切る藤ねえ。

 こちらも月日が経つごとになくなって、今では夢を見てもさらりと流せるくらいには立ち直っている。

 

「士郎?食欲ある?今朝に限ってないとかない?」

 

「大丈夫だ。何ともないから、人の夢にかこつけてメシを横取りするな」

 

 それから、お互いに他愛なく罵り合い、藤ねえは安心したように笑っている。

 俺は、そんな藤ねえの心遣いに内心感謝しつつ、だけど口に出すと付け上がるので、いつも通り、ふん、と不満そうに鼻を鳴らす。

 そんな俺たちを見て、事情を知らない桜が不思議そうに首をかしげていた。

 いつも通りに朝食は進んでいく。

 

 

 藤ねえは先日の小テストの採点をするべく、急いで家を出ていった。

 そして俺たちも、朝食の後片付けをしてから戸締りをして家を出た。

 

「よし行こう。……ん?桜?なんか元気ないな?」

 

 桜の元気がない。

 片付けの折、昨日の痣を見てから顔色が悪い。

 もしかして体調が悪いのだろうか…?

 

「あ……いえ、私は大丈夫です。先輩の方こそ大事ありませんか?今朝は何処か気分が悪そうでしたし……」

 

 桜が視線を下した先には昨日の痣。

 やはり痛みはないのだが、心なしか昨日よりも形がくっきりしてきているようにも思える。

 

「あー……いや、ほんとに大したことないぞ?こんなのすぐ治るって!」

 

 そう元気そうに見せるも、桜の表情は晴れる気配がない。

 

「それとも何か?俺が寝ている間に、桜が踏んづけて痣になったとか?」

 

「私そんなことしませんし、そんなに重くありません!」

 

 軽口を叩いて見せたら、少し予想外なまでに必死に桜は否定した。

 いかんいかん。さすがに今のはデリカシーに欠けたか。

 

「私は…その……間違いだったらいいって………」

 

 妙に奥歯にものが引っかかる言い方だ。

 いつもの桜なら、こんな言い方はしないはずなのに…。

 

「先輩、あの…お願いがあるんですけど……」

 

 桜は何か言いにくそうなことを、伏し目がちに切り出した。

 

「私、明日の夜までお手伝いに来られないんです。その間、出来るだけ家の中にいてもらえませんか?」

 

 桜にも何か用事があるのは分かる。

 だけど、なぜ……?

 

「それ、明日のバイトは休めって事か?」

 

「はい、出来る限り外に出ないで、家にいてほしいんです」

 

 さっぱり要領を得ない。

 一体桜は何を案じているのだろうか?

 やっぱり昨日から桜がおかしい。

 だけど、桜がそう望むなら…。

 

「んじゃ、たまには休日をのんびり過ごすかな。…それでいいか?」

 

「はい、そうしてもらえると助かります」

 

 ほう、と胸をなでおろし、ようやく桜は笑顔を取り戻した。

 

 

 部活がある桜とは、いつものように校門で別れる。

 校庭には朝練に励む陸上部員たちは生気に満ち溢れている。

 あれは陸上部の部長で、D組の佐伯か。見知った顔もいる。

 変わらない、いつもの変わらない朝の光景だ。

 

「!」

 

 にも関わらず、妙な違和感を覚える。

 

「…気のせいか、これ」

 

 なにやら、こう、甘ったるいというかなんというか、何かがねばりつくような違和感。

 

「……疲れてるのかな、俺」

 

 頭を軽く振って、校舎へ足を向けた。

 違和感を覚えたのはほんの一瞬だけで、それから同じような違和感を覚えなかった。

 

 

 今日は土曜日なので、学校は早く終わる。

 午前中に授業は終わり、午後は先日から引き延ばしていた生徒会の手伝いをしていて、それらを片付け終えた頃には、日は沈みかけていた。

 荷物をまとめて教室を後にしたら、

 

「なんだ。まだ学校にいたんだ、衛宮」

 

 ばったりと慎二と顔を合わせた。慎二の後ろには、何人かの女生徒がいて、何やら騒がしい。

 

「部活もないくせに、まだ残ってたの?ああ、そうか、生徒会にゴマすって、備品の修理なんかやってたわけね」

 

「生徒会の手伝いじゃないぞ。学校の備品を直すのは生徒として当たり前だろ。使ってるのは俺たちなんだから」

 

「はっ!よく言うよ。衛宮に言わせればなんだって当たり前だからね。そういういい子ぶりが癪に障るって前に言わなかったっけ?」

 

「む?…すまん、よく覚えてない。それ、慎二の口癖だと思ったから気にしてなかった。」

 

「!…フン、そうかい。それじゃ学校にある物は何でも直してくれるんだ、衛宮は。じゃ一つ頼まれてくれよ。弓道場さ、今割と散らかってるんだよね。元弓道部員だろ?生徒会ばかりの手伝いなんかしてないで、たまには僕たちの役に立ってくれよ」

 

「えー?せんぱーい、それって先輩が藤村先生に言われてたことじゃなかったー?」

 

 慎二の後ろにいる女子たちが口々に騒ぐ。

 どうやら弓道部員のようだが、見知った顔が無いと言う事は、最近慎二が勧誘しているという部員たちだろうか。

 

「いいじゃん、今から片付けなんかしてたら店閉まっちゃうしさ。文句ないよね、衛宮?」

 

「ああ、いいよ。どうせ暇だったから」

 

「はは、サンキュ!それじゃあ行こうぜみんな」

 

 そう言って、慎二は女生徒たちを引き連れて去っていった。

 

 

 勝手知ったるなんとやらだ。鍵の場所は変わってないらしいから、まずは鍵を取りに行こう。

「おーい、お前何やってんだ?さっさと帰れよ」

 

 廊下を歩いていると、後ろから先生に呼び止められた。

 

「?お前、確か……二年の…衛宮…だったか?」

 

「あ、はい…」

 

 そこには長身で、小洒落たスリーピースのスーツを着た男性が立っていた。

 桜の担任の朝比奈瑛賢(あさひな えいけん)先生だ。

 

「ていうか朝比奈先生。俺のこと知ってたんですか?」

 

「そりゃお前…」

 

 切れ長の目をにやりと緩め、細面の顎に手をやる。

 

「うちのクラスの間桐といつも一緒に登校してるだろ?若いですなぁ、青春ですなぁ」

 

 片眼をつむり親指を立てる朝比奈先生。

 聞いた通り気さくな人だが、この人は藤ねえのように「黙っていれば」かなり見栄えのする人のなのに、と言われるタイプなのだろう。

 

「あ、いえ、桜とは先生が想像するような関係じゃ…」

 

「ん~?そうかぁ?知らぬは本人ばかりなりじゃないのかぁ?」

 

 うりうりと肘で小突いてくる。教師と言うよりも、年嵩の先輩か同級生かって感じだな…。

 

「あ…桜はいつもうちの手伝いをしに来てくれたり…」

 

「マジか!?まさかの通い妻か!」

 

 先生は俺の両肩をがっしりと掴んで前後に揺する。

 

「間桐も意外とやるなぁ…。あんなに大人しそうなやつなのに。いやぁ、若者は可能性に満ち溢れてるねえ」

 

 なにやら訳知った表情で、うんうんと大きく頷いている。

 

「で、部活をしてるようには見えないけど、こんな時間まで何やってるんだ?」

 

「あの、これからちょっと弓道部の手伝いを…」

 

「ん?弓道部ならさっき部活終わらせて帰ってるはずだが…。ははぁん、さては「穂群原のブラウニー」ってのは衛宮の事だったのか」

 

 スコットランドや北部イングランドで伝承されている妖精の一つで、家人のいない間に家事や家畜の世話をするという。

 確かに、休み時間や放課後にいろいろ修理して回ったりしてきたが、その異名は初めて聞いたぞ。

 

「まあ、人助け云々は大いに結構なんだがな、門限は6時までだからな!」

 

 ばんっと、強めに背中を叩かれた。

 

「じゃ、がんばれよー」

 

 そう言って先生は、手を振りながら俺が来た方向に去っていった。

 思ったよりも強めに叩かれたようで、背中がジンと熱くなってはいるが、なぜだか全身に力が巡っているような気がした。

 

 

 乗り掛かった舟だ。こうなればとことん掃除しておう。

 そう思ったのがいけなかった。

 時計を見れば、とうに門限は過ぎている。

 弓置きの裏とか部室とか細かいところの汚れが気になってしまい、こんな時間になってしまった。

 

 片付けをして戸締りをしたら、吹き付けてきた風にぶるっと身を震わせる。

 冬でもそう寒くない冬木の夜は、今日に限って冷え込んでいた。

 はあ、とこぼした吐息が白かった。

 暗いと思ったら、月が隠れていた。

 見上げた空に白い光はない。

 門限が過ぎ、人気の絶えた学校は物音一つしない。

 町のその場所よりも広いこの敷地は、どこよりも冷気に覆われているようだ。

 

「……………?」

 

 何か、今…物音が聞こえたような。

 音は校庭の方から聞こえてきた。

 凍てついた空の下。静寂を破る音が気になったのか、俺はその場所へと向かっていった。

 

 

 その後の運命を左右する瞬間が、人生にはいくつかあるという。

 それは大きな出来事よりも、その日その時の何気ない二者択一が、運命の転轍機になり得たりするのだとか。

 

 とは言え、後日思い返してみて「思えばあの時」の選択が、今の自分を形作っていると認識するのが常である。

 俺にとっての運命の転轍機は、あの新都の大火災と言うより、その後の孤児院に預けられるか、切嗣(オヤジ)の息子になるかの二者択一の時だったのだろう。

 そして俺は、きっと後日思い返すだろう。

 

 「思えばあの時」校庭に足を向けたから、俺の運命の転轍機は、大きな濁流へと切り替わっていってしまったのだ。と。




狐さんが全然出てきませんが、すいません、もう少しお待ちください。
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