Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
おかげさまで執筆に時間を割き易い状態になったので進めてきたのですが、箱イベに勤しみ過ぎたので今月はほとんど進まなく、そして相変わらずの大ボリュームになったので、切りの良いところで前後編に分ける事としました。
それでは、今回も拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。
むせかえる程の血と臓腑の臭いが充満している。
世人であれば卒倒するであろう地獄絵図とも言うべき惨状は、宛ら彼岸花の群生のように、そこかしこに血まみれの肉片を散乱させていた。
死の華が咲き乱れる花園の中心に少女が一人。
後ろ姿でその表情は見えないが、茫然自失して座り込んでいる訳ではなく、まるで花の蜜を吸うかのように、何かを一心不乱に食べているかのようだった。
ホルスターからデザートイーグルを引き抜き、少女に照準を向け、ゆっくりとすり足で距離を詰める。
彼我の距離はおよそ十メートル弱。この距離なら棒手裏剣を投擲するよりも、銃口初速460m/sで撃ち出される.50AE弾の方が、対象の制圧を速やかに行える。もっとも、“制圧”という単語の中には、対象の殺害も多分に含まれるが。
「………何を………しているのですか………?間桐さん………!」
顔を見ずとも、その命を縮めようと迫った背中、そして何より、トレードマークともいうべき髪留めが、少女が間桐桜その人であることを如実に物語っていた。
不意の呼びかけにピクリと反応する背中を見るだけで、腹中に氷塊を詰められたかのような寒気がし、距離を縮める足が止まる。
これはかつてヒトであった頃の本能から来るモノではない。サーヴァント“
一部の例外を除き、サーヴァントに対抗出来るのはサーヴァントのみ。しかし、神代の神秘を今に継承する者、対霊術式の達者などはその一部に含まれるが、目の前の少女はそのどれにも当てはまらない筈である。
それなのに、心中で九字を切って、精神の均衡を保っていてさえこのザマだ。
ゆっくりとこちらを振り向く彼女に、本能は今すぐ引き金を引けと主張し、しかし理性はマスターの命令であると押しとどめ、胸中で両者がせめぎ合う。
たとえ私がその誘惑に屈したとしても、マスターは不承不承ながらも追認するだろう。
だが、私自身も出来得る事であれば彼女の命を縮めたくはない。
おとなしく控えめな彼女は、生前の末妹を思い出させる。
あの戦乱の中、野獣の如き侵略者の群れに凌辱され、変わり果てた姿を晒した妹と。
そんな私の葛藤を知ってか知らずか、振り返った彼女は、一言で言えば“ぼんやりとしているような”表情だった。
曇天に遮られていた月光が、彼女の足元から徐々に全身を明るくし、色彩を帯びてゆくにつれ、状況の異様さを
その口元は、無邪気に果物を齧り付いたかのように、赤い果汁のような何かで滴っていた。
そしてその手に持っていたのは、彼女の手よりもやや大きい、赤い果汁でテラテラと光る果実。
否、
生前を含めてでさえ比類するもの無き異様な光景。
なぜこのような状況に至ったか、時間にして三十分にも満たない時間を振り返る。
冬木の街に張り巡らせた監視の目が異状を捉えたのは、丁度そのくらい前の時間だった。
間桐桜の消失。
病室を抜け出した痕跡も無い、ましてや何者かに拉致されたようでも無い。
無論、病室があるフロア全域に彼女の姿は確認されない。ただ忽然と、彼女の姿は病室から煙のように掻き消えていたのだ。それもほんの数秒、目を離した間に。
(ライダーが彼女を連れだした?いや、しかし……)
彼女の傍には、常にライダーが霊体化して控えていた。
そのライダーが
ライダーが密かに移動しているのであれば、霊体化した上でとなるが、霊体化している以上、マスターである間桐さんと物理的に接触して移動する事など不可能だ。
そこまでの状況をマスターに報告すると、すぐさま捜索が命じられる。
マスター自身も、低級霊を憑依させた使い魔を多数放ち捜索を開始するようだ。
そして、マスターから追加の命令が下される。“九割まで魔力を使って良い。宝具も任意で開帳せよ”と。
サーヴァントにとって、マスターから供給される魔力量は、自身の戦闘能力に比例すると言って良い。
例えるなら“大規模魔力工場”とも言える魔力量を持つマスターの魔力の九割を使うともなれば、サーヴァントなら複数騎、神霊には及ばないまでも、幻想種を相手にする事を想定した魔力量だ。
現在の冬木の状況を鑑みるに、この条件下に於いて、私に“敗北”の二文字は考えられない。
しかし………
不吉な予感が暗い霧の如く立ち込める。
静かで緩慢な死の気配。
逃れようもないナニかに絡めとられていくような、懐かしくもあり、忌々しくもある感覚。
(
衆寡敵せず滅びゆく郷の命運に抗うべく、主将の
街全体を包み込む不穏な気配と、原因不明とされる事件や事故が頻発する昨今の冬木市内は、歓楽街においてさえ往時のような賑わいは無く、客引きの多くが手持無沙汰を紛らわせるかのように携帯端末をいじり、或いは互いの不景気を嘆きつつ談笑している。
そんな街を覆うソレとは別種の空気が漂う歓楽街の一角、途中で放置されたビルの解体工事現場に数人の男たちが集まっていた。
その男たちは、無論工事現場の作業員などではない。虚栄のネオン瞬く歓楽街の陰でのみ生計を立てる側の住人であることは、人目を忍んで参集している時点で明らかだ。
しかも工事現場の四隅には、簡易的な人除けと防音の結界を構築する呪具が置かれている。
であれば、彼らが
「
(あれは……確か
名前は失念したが
“取るに足らない小物”と私もマスターも認識していたが、魔術師襲撃事件並びに、セヴィニェ師殺害に道家が関わっている可能性が出てきた今、かの人物は重要な情報源としての価値が上がりはしたが、今優先すべきは間桐さんの捜索である。今はその成果だけで十分だ。監視の目だけを残し、間桐さんの捜索を再開する。今はこれでも十分すぎる対応だろう。
しかし、事態は青天の霹靂の如く急変した。
センタービルの屋上で各所からもたらされる情報を統合、精査していたところ、あの不穏な一団が何者かの来訪に気づいたのも束の間、やがて安堵の表情を浮かべたかと思うと、その何者かに
一転して恐慌に陥る一団には、すぐさま逃走を図る者もいたが、街路に面した目隠しシートに辿り着く前に、まるで落とし穴にでも落ちたかのように足元に伸びた影に吸い込まれていく。
さらに顔面蒼白となる一団は、しかし逃走が叶わないと悟ると、即座に何者かを取り囲み、得物を手にする者、徒手の者、それぞれが一斉に襲い掛かろうとする。
身なりこそ街の
しかし彼らの奮闘も空しく、一人、また一人と、まるで飛び交う羽虫が叩き潰されるかのようにその身と命を散らしていった
監視の目を通してひしと伝わるその気配。初めてアレと遭遇した時と同じ、イリヤさんを救出した時のソレと同じ。
あの影が、間桐さんの使い魔と思しきあの影がそこに現れたのだ。
それはつまり、使役者たる彼女の所在を探る手がかりと言えるだろう。
緊急事態の発生をマスターに告げ、もどかしい自由落下に身を委ねて現場へと急行するも、時間にして一分にも満たない間に、現場は一方的な殺戮の終幕をその地に刻み込んでいた。
先ほどまでそこにいたはずの十人足らずの集団の中に、命を灯し続けている者はいない。
最早“そこに何人いた”と数える事自体、無意味と断じられる程に、ヒトの形をしたモノがほとんど残されていないのだ。
今となっては、道家の小間使いが生きているかさえも判別出来ない。
「答えてください間桐さん………貴女は一体……何のためにこんな事を………?」
実銃を突きつけられているにもかかわらず、彼女の様子に一切の変化はない。
しかし相対してわかった事がある。
彼女のサーヴァントであるライダーが近くにいない。
実体化しているならともかく、霊体化したサーヴァントの気配を探ることは、本体である私以外に出来る事ではなく、その私がライダーの気配を察知できないのであれば、彼女はここにはいないことを物語っている。
サーヴァントがマスターの異常事態を放置しているこの異質な状況、この少女は本当に間桐桜なのか?そんな疑問がこみあげてくるも、口内に溜まった唾液と共に嚥下した。
「答えてください間桐さん。でなければ…………たとえ貴女でも、撃ちます………!」
最終勧告をするも、彼女の表情に変化はない。
今の彼女は、見えてもいなければ、聞こえてもいないのか。
「……………さあ、後始末はこちらでやりますので、病院に戻りましょう」
こちらの攻撃の意志さえも認識できていないのであれば、威嚇は無意味と判断し、軽い溜息と共に銃を下す。
先ほどの一団は、彼女に危害を加えようとしたために、半ば自動防御機構が働いたようなものと無理な理屈で自分を納得させ、穏やかに病院に戻ることを促した。
危害を加える意思無しを主張するかのように銃を収め、左手を差し出したところ、ここへきてようやく彼女の動きに変化が現れた。
それはまるで、親鳥から餌を与えられるひな鳥のように。
それはまるで、口元に差し出された食事を食べる赤子のように。
そんなあどけなさを漂わせるように口を大きく開けたその直後————
「——————!!!!!!」
一瞬、本当に刹那にも満たないであろう一瞬、食べ物をほおばるかのように彼女が口を閉じたその時、私の左二の腕の中ほどから先が
ようやく動きを見せた彼女に対し、反射的に一歩
「くっ………!!!」
全身を巡る神経が瞬時に戦闘状態へと移行し、
敵を視界の中心に捉え、現場内全体を俯瞰して状況を分析する。
敵の上半身は月明かりに照らされているが、足元は雲が移動して影に覆われている。
そして、私が立っていた場所も、同じく影に覆われている。
先日の遭遇戦と、先ほどの一団が襲われた状況と照らし合わせて、敵の有効攻撃範囲は自身から二十ないし三十メートル。
壁に張り付いて月明かりにこの身を晒したとて、安全は確保出来ていない可能性は十分ある。
『あの影と思しき敵性体と
『わかった!三分でそこに———』
『来ないでください!一戦当たって情報を取って退きます!』
『ちっ……!引き際を見誤るなよ!』
『承知!』
矢継ぎ早にマスターに念話で報告をし、その加勢を拒絶する。
アレはサーヴァントでさえ太刀打ちできるか否かの存在。仮にサーヴァントと互角に渡り合えるとはいえど、あくまでも人間であるマスターでは、一服する間もなくあの影に飲み込まれるだろう。
この選択は間違えていないと確信する。
情報を得て帰還する、それこそ忍びの本懐。
容易ならざる敵である事は重々承知している。
だが、踏破が困難であればある程、敵が強大であればある程、そこからの生還はなんと痛快な事だろうか。
その達成感、その愉悦、想像するだけで全身が熱くなり、まるで古い皮を剝がすかのように、彼女に対する恐怖は全身から抜け落ちていった。
たとえ命数が尽きようとも、たとえ結末が予言されようとも、事象が確定するまで抗い、食い破ってみせる………!
「さあ、始めましょうか………!」
久しく味わえなかった高揚感からか、我知らず上唇を舐め、ニヤリと口角を上げてクナイから手を放し、敵からおよそ十五メートルの位置に着地する。
敵は視線をこちらに向けるも、明確な敵意の有無はその表情からは計り知れない。
(さて………どこまで踏み込めばいいものか………)
敵の出方が読めない以上、こちらの限界を探るのにも一苦労だが、軽く先手を取った上で、その反応を見つつ後の先を打つより他に無いだろう。
手を振って軽い挨拶をするように棒手裏剣を数条投擲すると、当然ながら反応を示した。
自身を包み込むかのように、帯ともリボンとも見える触手なようなモノで、到達する僅か手前で棒手裏剣を遮った。
(やはり受け止める、というよりも取り込んだか……)
遮られた棒手裏剣は、なにか柔らかい物に突き立てたかのように触手に刺さりはしたが、はじき返される事も無く、逆にズブズブと音を立てるかのように吸い込まれてゆく。
先の遭遇戦では影縛りの楔も、マスターの攻勢魔術も、その
そして“彼方に敵意あり”と判断した触手が迫る。
だが、その動きはただ直線的に、機械的に襲い掛かってきているだけで回避は容易く、追い込んで止めを刺すといった狡猾さは感じられない。ただただ数を頼りに、力任せに叩き落さんとする動き。
これが意志を持った動きであるのなら
触手の波を躱し、手薄になりつつある敵の本体へと近づく。
しかし、直接の打撃や斬撃を打ち込むには、先の遭遇戦の例を鑑みても危険過ぎる。
故に触手の動きの速さ、自身の反応速度から、未知の攻撃に対処できる十分な距離を保ち、鎖鎌を投げて拘束を試みる。
案の定というべきか、鎖が本体に巻き付くよりも早く、触手で自身を包み込み防御する。その展開速度は攻撃に用いる触手より速い。ほぼ一瞬ともいう間に展開した。触手の在り様は、攻防一体と言うより、防御面に重きを置いているように思える。
そして触手ごと本体に鎖が巻き付いた瞬間、鎖が断ち切られたかのように千切れた。
いや、千切れたと言う表現は正確ではない。触手に
先端の分銅部分は千切れ虚空を舞うが、持ち手側は何事も無かったように地に落ちる。触れた部分だけを取り込み、それ以外を引き込みはしないようだ。
つまり防壁触手ごと本体を物理的に拘束する事は出来ない。仮に防壁の展開速度を上回る速さで拘束出来たとしても、防壁触手そのものを封じなければ無意味だろう。
物理的に拘束出来得ないのであれば————
「オン・マンダホダヤ・バザロ・ウンバン・ヘイ・サラバタ・ラハラ・チカテイ・ソワカ!
親指と人差し指の先を合わせた
忍術はその成り立ちから、陰陽道や修験道、宿曜道などとの親和性が高く、
もっとも、この事を知っているのは当代のマスターと、最初のマスターであり、魔術の手ほどきをした
敵の足元から伸びた魔術の鎖は、しかし物理的な拘束と同様に防壁触手に阻まれて取り込まれる。隻腕では正しい印相が形作れなかった為に、術式の効果としては本来の半分にも満たないが、最上位の対霊術式「
結論として、触手を無力化させない限り拘束は不可能。
そして触手を無力化させる手立ては、私のスキルや宝具、主家の魔術を総括しても、
(
“人斬り菩薩”の二つ名を以て、数多の魔術師に畏怖される彼女の異能であれば、触手を無効化する事も可能であっただろう。惜しむらくは、今のその彼女は遠くロンドンの地にあるが、無い物をねだっても詮無き事。畢竟、今取り得る唯一の手段に帰結する。
つまり、
現状、私は分水嶺に立ち、その手には一つの天秤を持っている。
天秤の片方には“撤退”。
そして、もう片方には“ここで
マスターの方針は前者であるが、今回の犠牲者は、偶然にも吾々が処理する属性の者たちだったというだけで、その牙が今後無関係な一般人に向けられないという保証は無い。むしろ今回は僥倖と言ってさえ良い。
もしそうでない場合、神秘が漏洩する恐れが高い事は言うまでもない。
そうなれば、マスターの立場上、器に開いた穴から漏れる水を止めるように奔走する事は明白。
必然として、天秤は一方に傾く。
心奧に根を張る躊躇の軛を断ち切って。
「恨んでくれて構いません。ここで、貴女を殺します………!」
吾が真名は
陰陽師
吾が
たとえマスターの意に反する事となろうとも。
それが私の存在意義。
抱いた思い、託された願いの為にも。
故に、彼女に向ける謝罪の言葉は、そのままマスターへの謝罪の言葉と同義だった。
拙作がベースとするHFでのあのシーンを、このようにアレンジしてみましたがいかがだったでしょうか?
後編も鋭意執筆中ですので、ご期待いただけましたなら幸いです。