Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
そしていつも通りですが大変お待たせしました。
ある程度執筆は進んでいたのですが、気に入らなくて手直ししてたら全体の構成がおかしくなって、ほぼ一から書き直しになった上、仕事が繁忙期に突入したので時間が開いてしまいました。
それでは、今回も拙作にお付き合いいただけましたら幸いです。
「恨んでくれて構いません。ここで、貴女を殺します………!」
宣言と共に号砲が幾重にも重なり、地面の所々が弾け飛ぶ。
既設の結界を強化して、第三者に気取られないようにしてはいるものの、勘の良い者が近くにいるなら気付かれる可能性はあった。
しかし、目の前の脅威に比べれば、この程度のリスクは許容せざるを得ない。
舞い散る土煙と破片は、しかし防壁触手によって彼女に届くことは無かった。
だがこれは想定済み。これは最後の確認、推測の裏付け作業である。
先刻から、物理、魔術両面で、全ての攻撃があの触手に取り込まれた。
魔力のような不定形のモノは、そのまま自身の魔力として変換され吸収されたとして、同じく取り込まれた物体はどこに行ったのか?
その行き着く先は、既に確度の高い予測が立っている。
————虚数空間————
実数空間たる
五大元素とは異なる別種の属性「架空元素」と呼ばれる内の一つ、魔術に於いて「ありえるが、物質界にないもの」を扱う“虚属性”または“虚数属性”と称される属性を有する者のみ干渉出来るとされるも、属性そのものも含め、蓋然的にしか語られることのない異空間。
実数空間の物体など、虚数属性使いでもない限り、そこではスパコンと同等レベル以上の処理で存在証明をし続けなければ、瞬時に意味消失するだろう。
その使い手は、魔術社会の規範たる秘匿性によって噂レベルでのみ存在し、遠坂さんの
そして
しかし、それなりに歴史を重ねた間桐の家系とは言え、その才を伸ばすどころか、芽吹かせることさえ不可能と考えていたのだが、確率が完全にゼロでなければ、
彼女が虚数属性の魔術師であるなら、病室から忽然と姿を消した事も、すべて辻褄が合う。
虚数空間という抜け穴を用いられてしまえば、実数空間における如何なる結界も、如何なる監視も意味はなさないのだ。
誰に師事する事も無くそのような芸当をやってのける彼女は、真に驚嘆すべき才能の持ち主と言えるが、魔術世界に於いて稀有な
四方八方から、平面的に立体的に、全方位から緩める事無く攻め立てるも、当然ながら防壁触手を展開して守りに徹し、アナグマを決め込んでいる。しかし、防壁を展開している間、彼女は攻めに転じる事は出来ないようだ。
触手の運用が無意識に因るものだとしても、その根幹は間桐桜自身の半生の積み重ね。今までの動きから、間桐の魔術の一環として、触手の運用法を切磋していない事は明白である。
そして
先ほどまで間断なく鳴り響いた号砲は、残響さえも夜闇に溶け、戦場は何事もなかったかのようにしんと静まり返り、遠くから歓楽街の細やかな喧噪だけが聞こえる。
やがて羽化するように触手が解け、中から彼女が顔を出すも、その眼に私の姿を捉えることは出来ない。
その目に辛うじて映るのは、乳白色の霧のみ。手を伸ばそうとも、己の指先さえ見えない白色の牢獄。
母の姿を求める迷い子のように、首を巡らせる彼女の視界の端に割り込むのは、指呼の間合いでデザートイーグルを片手で構える私の姿。
視覚情報を脳へと伝達する刹那の間、防壁を展開させる暇も与えず、重く乾いた銃声が鳴り響いた。
片手故に発砲の反動で僅かに狙いは逸れた。しかし弾丸は彼女の頭部を辛うじて捉え、.50 AE弾の運動エネルギーが肉と骨を砕き、血と眼球と脳漿を撒き散らす。
薬莢が軽い音を立てて地面に落ちるのと、間桐桜だった肉塊が倒れ伏すのはほぼ同時だった。
筋肉が痙攣して、ピクリピクリと動いてはいるが、それもやがて電池の切れた玩具の様に動かなくなるだろう。
生死を確認する必要などない。頭部を損壊した生物が、生命活動を継続させる事など出来ないのは道理。ましてや、損壊を免れた頭部に、続けて二発の銃弾を受けて脳幹を破壊し尽くし、
『………間桐桜の死亡を確認………状況………終了です………!』
『………………すまない…………』
いずれ顕在化するであろう脅威を取り除きはした。
マスターが受け持つ生徒の一人を
救うと決めて手を尽くしているにも関わらず、その意に反した事を責めるでもなく、魔術師としては容易に取り得る選択と、教師としてその一線を踏み越えられぬ葛藤。結果的にその決着を私の手に委ねてしまった事への悔恨、慙愧。様々な感情が胸中に渦巻く中、マスターはただ一言の謝罪を絞り出すのが精一杯だった。
今はそれで十分だ。
飲み込んだはずの、嘔吐しそうな後味の悪さを、ほんの僅かでも慰めるには。
『遺体を回収して病院に戻ります。それと、
事務的に報告して念話を打ち切った。
僅かに聞こえる繁華街の喧騒さえ忌まわしいと思えるほどに、今は感情がささくれ立っている。
こんな状態でマスターに会っては、余計に自分を責め苛むだろう。彼はそういう人間なのだ。
だから、今少し自分を落ち着かせるための時間が必要だ。
雲間から差す月明かりが、スポットライトの様に彼女の遺体を照らし出す。
彼女の骸は動かない。
語りかけてくる事も無い。
ただそこに静かに横たわっている。
常に暗い表情を浮かべていた彼女が、親しい者には明るい笑顔を浮かべる。そんな様を間近で見てきた。
事の起こりはマスターの命令とは言え、生前の末妹の姿と重ね合わせ、本当に歳の離れた妹の様に接してきた。
もう、あの笑顔を見る事は叶わない。
その笑顔は、完膚なきまで破壊された。
他ならぬ、私自身の手によって。
————これがお前の選択の結果だ————
黙れ……
————己の身勝手で、己の往く道を決めたあの頃と何も変わらない————
黙れ…………
————何が英霊か。屍で道を踏み固める事しか知らぬ悪鬼よ————
黙れ………………
————生者の道標と
黙れ……………………
————妄執に絡めとられた亡者など、
黙れ…………………………!
足元に絡みつき、昏い底なし沼に引きずり込もうとする亡霊の群れを祓うかのように引き金を引く。
何度も、何度も、何度も。
引き金を引く度に宙を舞う薬莢がやがて途絶えても尚。
しかし、そこには血に濡れた地面と弾痕と空薬莢があるだけ。
最初から足元には何も無かったのだ。
押し込めた筈の罪悪感が、幻を見せていただけに過ぎない。
生暖かいナニかが顎を伝い、紅の地面に落ちて交じり合う。
血が出るほど唇を噛締め、零れ落ちる涙と混じり落ちていた事に気付いた時、何かに力を奪われたかのように膝が折れそうになったが、寸でのところで耐えた。
「あ……あぁ………ああぁ…………ああああああああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」
獣の咆哮のように、慟哭の雄叫びが喉から絞り出され曇天を穿つ。
旋律も無い。
言霊も無い。
ただ少女の死を悼むように。
己の魂に、その罪業を刻み込むように。
そして、立ち止まろうとする己を鼓舞するように。
唯々、生の感情を声に乗せた。
ひとしきり喉が潰れそうなほど声を上げた後、大きく一呼吸つく。
まだ……まだやるべき事は終わっていない。
彼女の遺体を回収する事もさることながら、大量の血に染まった惨劇の証拠隠滅。
幸いにもこの現状を目撃した一般人はいないので、やる事はそう多くないが、腹の底にしぶとく居座り続け、消化しきれない罪悪感を紛らわすためにも、今は忙殺されて欲しいと願うのが本音だった。
「————————!?」
行動を再開すべく視線を落とし彼女に向けたその時、目の前にあの影が、まるで主をその背でかばうかのように佇んでいて、思わず息を吞んだ。
漆黒とも
しかし、昨夜イリヤさんからもたらされた情報との僅かな違いに違和感を覚える。
あの影は間桐桜と…………
断面が合っているかのようで、微妙に異なるパズルのような違和感。腐った食べ物に虫が湧いているかのような不快感。それらは総毛立つには至らないまでも、極めて近しい警戒を促してきたが、思考を巡らせる私を他所に、影がゆっくりと
意図不明な挙動を警戒し、大きく後ろに飛び退き間合いを開け、無意味と理解していても銃口を向ける。
やがて影の蠕動は、子供が無造作に粘土を捏ねるかのような激しい動きに変化し、徐々に人体の輪郭のような形を成してゆく。
しかし、形成されてゆく胴体も、手足も、明らかに若い女性特有の曲線を形作り、影自身は、ハイネックのワンピースかドレスのようにその体を包むと、やがて
異状はそれだけではない。
影の動きに注意を割きすぎたために、影の足元に横たわる間桐さんの遺体が、いつの間にか消失していた事に今まで気づかなかった。
そう、
漆黒の夜闇がただそこに在るだけと同じく、異状もただそこに在るだけ。
霧のように立ち込める不安と、心の芯を真綿で締めあげるかのような不安に息を呑もうとも、必要以上に恐れる必要はない。
感覚がマヒしているのとは異なる。あるがままをあるがまま受け入れた結果、精神は先ほどとは打って変わって、凪いだ海原の如く落ち着き、冷静に状況を観察できるのだ。異状という闇を掃う明かりを灯し、真実を詳らかにするように。
やがて損壊した部分から、レンガ造りの建物を組み立てるように新たな骨格が形成され、蔦が壁に這うように血管と筋繊維が編み上げられる。
その様は現代魔術の自己再生術式とは異なり、
『マスター。間桐桜が自己再生を開始しました。頭を吹き飛ばしても、再生出来るなんて魔術はご存じで?』
念話の向こうに在るマスターが
眼前で、それが現実に行われている様を見ている私でさえ信じ難いのだから。
『………いや、聞いた事が無いな。魂を繕うことで肉体を癒す外法が、霊媒治療の中にはあるとは聞くが、よしんばそんな外法の中に、特定条件で発動する術式があったとしても、絶命した状態からの再生なんてある訳がない。それは“死者蘇生”の領分だ……!』
当然と言えば当然の回答だ。
生物は死したその瞬間に、魂と肉体の
しかし、仮初の命を得た影法師であるサーヴァントならともかく、生身の人間が“死”という確定した事象を覆すなど、それこそ“過去改変”に相当する
死者蘇生を行った
聖杯の器として設計されたアインツベルンのホムンクルスと異なり、人体に後天的に聖杯の欠片を埋め込んだのであれば、いずれ
『栞、
マスターの問いに、一閃の光が思考に差し込む。
彼女の遺体の傍らに影が一個体として現れた以上、両者が物理的に分離していたとしても、霊的に合一しているのであれば、
『主観だけで構わん。間桐は、聖杯の器として覚醒しているとみるか?』
『限りなく近い、とは感じています』
彼女は、間桐桜は、
『ついでに言えば、
器として聖杯と繋がっているが故に、その膨大な魔力を背景に、有り体に言えば力業で、現代の魔術師では成し得ぬ術式を成立させている。
魔術回路の本数と質は不明だが、
知識や経験なら年嵩のマスターに分はあるが、あの聖杯と繋がっている以上、優位性を担保出来るものでは無い。
つまり、マスターをして尚“魔術師として劣勢”と断じる
そして、その力の根幹が聖杯であるが故に、
『……………そこまで得られれば充分。撤退だ、策を練り直す……!』
マスターの言う通り、情報はかなり取れた。
ならば、ここは“逃げの一手”しかないのだが、この状態の彼女をここに捨て置いては、今後どんな騒ぎを引き起こすかわからない。しかし、捕縛も無力化も儘ならないのも事実。
(さて………どうしたものか…………)
状況は“かなり危険”で、より絶望への螺旋を滑り落ちていると言って良いだろう。マスターの腹案を聞かされてはいたが、そこに行き着くまでの
彼女は肉体の再構築を優先している為か、こちらへの攻撃の意志は見受けられない。
そして、頭部の筋繊維が八割ほど再生を終え、表皮の再生に取り掛かりつつある今、撤退の好機ではある。
逡巡していては機を逃し、あの影に呑まれてしまうは必至。
であれば、今はマスターの命令に従い、得た情報を持ち帰る以外に無い。
己の役目、己の本分を再確認し、撤退の姿勢を取ったその瞬間、まるで僅かに周波数の合わないラジオのような人の声が鼓膜を震わせた。
「ア………あ………ア………」
彼女の声帯が発音可能なまでに再生を完了したのだろうが、うめき声のような音は、如何に彼女が再生出来るとは言え、肉体を破壊された痛みとは無縁ではないのだろう。
「あ…………なタモ………ヒどいコと………す………るノ…………?」
「………………!!」
ところどころ音を外したその声は、
……………………
ええ…………ええ………!確かに私は、貴女に対して酷い事をしました……!
私が憎いですか?
私が恨めしいですか?
ですが今の貴女は、マスターにとって将来的な、しかし明確な脅威でしかない。
私のマスターを護るためならば、親しい人たちで屍山血河を築く事さえ厭わない。必要とあれば、朝比奈一門さえ向こうに回す事さえ辞さない。
「………もう一度言います。私の事は恨んでくれて構いません。ですが、たとえ今の私にその術が無いとしても、貴女がマスターの脅威となるのなら、身命を賭して貴女を殺します………!」
負け惜しみと誹られようとも一顧だに値しない。
今の私はマスターの刃ではなく、マスターの眼である。今は得た情報を持ち帰る事が最優先されるのだ。
故に、己の雪辱を果たすなど二の次以下である。
「ナんで………ドうしテ………ワた…シだけ………」
彼女が間桐の娘となって、何をされ、何を感じてきたか。それは推し量る程度しかできない。
総じて魔術師の宿痾であるが故、と一言で片づけられるが、あの臓硯の下で育ち、あの醜悪極まりない蟲蔵を目の当たりにすれば、その身に受けた苦痛は
だが、それとこれとは別だ。
如何に彼女がこの世の不幸の全てを一身に背負っていたとしても、マスターの安全を脅かす存在であるのなら、取るべき道は一つだけしかない。
「たり…ナい………モっと………たべ……タイ…………」
足りない………?
何が………?
その言葉の真意に思いを巡らせたその刹那、はたと己が
当初、彼女の身に起きる異状は、聖杯の器として機能し始めたが故に、流れ込む膨大な魔力によって、限界まで膨らんだ風船のように、肉体が耐え切れなくなっているのではないかと考えていた。そして、それを得意げに語ったのは、誰あろうこの私だ。
だが実際は、元々使役していたライダーに加え、
如何に聖杯のバックアップがあったとしても、ライダーも含め、同時に三騎のサーヴァントを現世に繋ぎ止めるなど、マスターを以てしても不可能に限りなく近い。
そう考えれば、彼女がこのような
魔力が足りなければ、その源たる魂を食らえば良いだけの事だ。
“
魔力の枯渇状態も、その逆も、肉体面において表れる症状は酷似している。
ましてや、常に魔力が飽和状態だったマスターを傍で見てきたが故に、同じ症状と結びつけてしまったのだ。
だが蓋を開けてみれば、単純な事を見落としていた。
ああ……なんという間抜けか!
長年に渡り培ってきた、マスターたちからの厚い信頼を、安易な先入観で裏切ることになってしまった。
「おなか……すい……タ………ねェ………あなた………おいし……そう………!」
不穏にうごめく触手の群れが、横殴りの雨が如く、戦場に降り注ぐ矢の如く迫る。
だが先刻同様、動きは直線的で避けるのは容易い。
容易くは………あるのだが…………
その数が多い……!あまりにも多い!まるで一騎駆けの騎馬武者に、万余の鉄砲を撃ちかけるようなモノだ。
まさに“剛よく柔を断つ”。如何にサーヴァントであろうとも、こう力任せに物量で迫られては押し切られ、敗北に
対軍宝具か対城宝具であれば抗する事も叶うだろうが、私の宝具はその分類には含まれていない。
つまり……………私はここで斃れる…………。
夜空に穴を穿ったが如き月が、最後の夜と同じく私を照らし出し、迫りくる影の奔流は、その月を源流として湧き出てきたかのようにも見える。
————
————
あの託宣の所為と言えたなら、どれほど気が楽だったろうか。
だが、誰の所為でもない。
私は退き時を見誤った。
己の不明で自ら獣の咢に飛び込んでしまった。
己の愚かさの所為なのだ。
(マスターが慌てて飛び出してこなければいいのですが………)
忸怩たる思いよりも、己が消滅する恐怖よりも、今わの際に凪の如く去来するのは、ただ一人の身を案じる思いだけだった。
「…………もう……だれにも………じゃまは……させない……………みんな…………みんな……みんな食べてあげる……!」
なにもかも押し流さんとする黒い波濤が迫る最中、僅かな隙間から垣間見える彼女の顔は、今まで見た事も無い生気と蹂躙の愉悦を知る笑みに満ちていて、それはかつて一度だけ、遠目に見たことのある男の顔を思い出させる。
(あの時の貴様も、同じ顔をしていたのか…………?
HFでのあのシーンを、拙作ではこうアレンジしました。
つまり、アレがコレになってなくて、こうなって………どうなるんだ?
では、次回もご期待いただけましたなら幸いです。
さて、次回は……
・これ以上新オリキャラ増やしてどうするんだ?
・中かき回しちゃらめぇっ!
・やるっきゃないと
・先生おこ
・栞さん本気出す
・来なかったらどうしようかと不安になっていたところだ
・グレートビッグベンロンドンスター
以上の予定です。