Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~   作:Prometheus.jp

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お待たせしました。狐さん登場です。

<9/18 加筆修正しました>


#008 心臓喰いの白狐

 間抜け!間抜け!間抜け!間抜け!間抜け!

 

 自分を激しく罵り、学校の階段を駆け上がった。

 目撃者は「消す」のが魔術師のルール。

 こうなる事が嫌だったから、こうなる事が起きてほしくなかったから、念のために人除けの結界を張っておいたというのに!

 二番か三番ならさらりと出来るクセに、ここ一番でしくじる悪癖なんて、もはや呪いじゃない!

 

 息を切らして三階分の階段を全力で駆け上がる。

 そこには、赤い外套を纏った従者が一点を見据えて佇んでいた。

 

「凛、これはお前の失態だ」

 

 階段を駆け上がってきた私を認めると、彼は目でそう言った。

 わかってる。これは…私の失態だ。

 廊下には、一人の男子生徒がうつぶせで倒れている。

 暗がりでもわかる血の量。アレでは助からない。

 

「ランサーを追って、アーチャー。せめてマスターの顔ぐらい見ておかないと割に合わない」

 

 私は拳を握り締め、従者であるアーチャーのサーヴァントに命じた。

 泣き出しそうになるのを必死に堪えていた。

 ここで泣いてしまっては、あの厭味ったらしいアーチャーが何を言い出すか分かったものじゃない。

 そして何より、遠坂の家訓たる「どんな時でも余裕を持って優雅たれ」に反する。

 

 アーチャーは何も言わずに霊体化すると、先ほどのランサーのサーヴァントを追っていった。

 アーチャーの気配が遠ざかると、意を決して倒れている男子生徒に向かって歩き出す。

 

「ランサーの槍で一突きか…」

 

 自分でも頭に来るくらい冷静に分析すると、男子生徒の肩が僅かに動いた。辛うじて生きている。

 でも…今の私では助ける術がない。彼はこのまま死んでいく。ならばせめて、

 

「ごめんね。看取るぐらいはしてあげるから」

 

 男子生徒を仰向けになるように体を返した途端、

 

「!」

 

 衝撃。

 後頭部をハンマーで叩かれた気がした。

 その顔には見覚えがあった。

 さっきまでの気力が一気に流れ出てしまい、力なくへたり込む。

 

「……やめてよね………なんだってアンタが…よりによってこんな日に………こんな時間に…………」

 

 彼とは直接話した事は無い。

 だけど、私の大切なあの子の想い人。

 

「…明日から、どんな顔であの子に会えばいいのよ……」

 

 きっとあの子は泣くだろう。

 これは私の失敗だ…。

 

 失敗した事、それ自体はいい。それは次に繋げるための布石。

 

 失敗して、自分が痛い目を見るならそれでもいい。魔術師は常に死と隣り合わせだ。それを恐れる魔術師はいない。

 

 一番厭なのは、自分の失敗で誰かが犠牲になること。そのくせ私は傷一つ負っていないなんて最悪だ。

 

 

「この少年、顔見知りかね?」

 

 目の前に一人の男が立膝をついていた。

 顔は分からない。なぜなら、こいつは狐の面を被っていたからだ。

 

「!衛宮君から離れて!」

 

 とっさに立ち上がり、一歩離れる。

 近づいてくる気配は全くなかった。

 だとしたら、意図的に気配を消して近づいたに違いない。

 そんな事が出来るのは、この男が魔術師であるからに他ならない。

 魔術刻印に魔力を通し、いつでも魔術を発動できるよう身構える。

 この距離なら、私の”ガンド”は外しはしない。

 

「あなた一体何者よ!」

 

 そう誰何の声を上げると、男はゆっくりと立ち上がる。

 その出で立ちは、狩衣と言うのだろうか。まるで平安貴族か何かのようで、その腰には、太刀ではなく侍の様な長短二本の刀を差している。

 

「誰かと問われるなら、ゆるりと語り聞かせてもよいが、そこな少年の命に代えてまで聞きたいことなのかね?」

 

 男は懐から出した扇子を口元に充てて問う。

 言われる通り、今すべきことはこの男の素性よりも彼の事だ。

 

「ふむ、得物は死の呪いを帯びておるようだな。(しゅ)を籠めずとも、残留思念の様なものだけでも人の身には障るようだ」

 

 男は再びしゃがみ込み、衛宮君の傷口を検分する。

 

「で、助ける術はあるのかね?」

 

 男は私を見上げて問う。

 破損した臓器を偽造して代用して、その間に心臓一つ丸々修復。こんなの、成功したら時計塔に一発合格ってレベルだけど、今の私では成功する確率はかなり低い。

 

「無いのかね?…ならば……」

 

 男は腰の短刀を鞘ごと抜くと私に差し出し、

 

「これはお主の失態。あのような稚拙な結界では、諸人にさえ通り抜けられるのも必定。この少年は、お主に殺されるのだ。よもや看取って済まそうなど、露ほども思うまいな?」

 

 刀は鞘から抜かれていないのに、男の言葉はグサリと私の胸に突き刺さった。

 

「このまま苦しませるなら、楽にしてやれ」

 

 狐面の奥にあるその瞳は、私の魔術師としての覚悟を問いただしていた。

 そしてその瞳には、誤った答えを出そうものなら、即座に私を殺すという殺気も込められていた。

 事実、男の手はもう一方の刀にかかっている。答えを誤れば、一閃して私の頸を切り落とすに違いない。

 

 男の審問に答えを窮するのも一瞬。男の気迫と殺気に負けて短刀に手を伸ばしていた私に、天啓の様な閃きが迸った。

 キッと男を見据え、差し出された短刀を押し戻す。

 

「あるようだね?」

 

「ええ…!」

 

 手には父の遺したペンダント。切り札にとっておいたこれを使えば、成功するはずだ。

 

善哉(よきかな)

 

 狐面で表情は分からないが、男は微笑んでいた。出された問題は正解だったようだ。

男はバッと手を払うと、その手から離れた数枚の紙片が、衛宮君の頭、両手、両足に吸い寄せられるように張り付いた。

 

呪纏浄炎(じゅてんじょうえん)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」

 

 男が唱えた瞬間、衛宮君の全身が青白い炎に一瞬包まれる。

 

「ちょっと!なにを!」

 

「案ずるな、呪いを焼き清めただけよ。さりとて、残留思念程度だから祓えたが、サーヴァントが呪を籠めていれば、祓うのは不可能であったわ」

 

 奇跡的に生きているとはいえ、指先だけをかけて冥府の穴に落ちないようにぶら下がっているような状態だ。

 ランサーの槍の呪いを清める事が出来れば、存命の可能性はいくらか増す。

 

「臓器の偽造と代用は私で受け持つ。お主は心臓の修復に専念せよ。」

 

「そんな事したら、魔力が混ざり合って…!」

 

「見くびるな小娘。この身は、お主が御母堂の胎内に宿るよりも前より、術の鍛錬をやっておるわ」

 

 そう毒づきながら男は結跏趺坐し、印を結ぶ。

 

青龍(せいりゅう)白虎(びゃっこ)朱雀(すざく)玄武(げんぶ)勾陳(こうちん)帝台(ていだい)文王(ぶんおう)三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)

 

 呪文を一言発する度に印を変えていく。

 修験道や陰陽道等において護身の秘術として唱える九字を、方位神や神人、星神に置き換えた呪文は、主に陰陽師が用いるものだという。この男は見た目通り、東洋の魔術師「陰陽師」だったのね…。

 っと、私もこうしちゃいられない。

 

Anfang…!(セット)Blut regredieren es(血は血に). Fleisch zurückgeben, Fleisch(肉は肉に). Knochen, komm zurück(骨は骨に).Geh zurück zu dem was es sein sollte(あるべき姿に回帰せよ).」

 

 呪文を唱える一言一言が重い。まるで意識を根元から刈られるかのように。

 

「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ…。オン・バサラ・ユゼイ・ソワカ…」

 

 男は祈るように手を組んだり、拳を合わせるように組んだりを繰り返す。

 こちらはこちらで、自前の魔力に上乗せするように、宝石に込められた魔力を開放する。

 

Entfesseln(解放せよ).Der Stromfluss liegt in meinen Händen(力の奔流を我が手に)!」

 

 マズイ!宝石に込められていた力が強すぎて、コントロールが定まらない!

 

「…オン・ソジリシュタ・ソワカ…」

 

 繰り返し唱える呪文の最中に、私の頭に手をかざして、新たな呪文を差し挟んだ。

 

 何なのこいつ!

 

 一つの物体に異なる複数の魔力を通したら、干渉しあって対象が崩壊するというのに、私の魔力に全く干渉しないどころか、暴走しかかった私の魔力を抑えて正しい方向に導くなんて!

 

 こんなの鍛錬の長さでどうこうできるなんてレベルじゃない。時計塔の講師どころか、君主(ロード)ですら出来るかどうかの芸当じゃない!

 それをこいつは、術式の実行中に易々と差し挟んでくるなんて。

 これが陰陽師……。

 いえ、陰陽師の中でも、こいつは飛びぬけて魔力のコントロールに長けているのか…。

 

 

 間違いない。こいつは……超一流の魔術師だ……!

 

 

Die Wiedergabe ist abgeschlossen(再生完了)!」

 

 術式は成功した。あとは…

 

「後は、止まった心臓を動かすだけだが、心臓マッサージは頼む」

 

 促されて、衛宮君の胸に手を置き、一定のリズムで胸を圧迫する。

 男は何やらぶつぶつと呪文を唱えている。

 

「…オン・インドラヤ・ソワカ…。離れよ。金剛招雷(こんごうしょうらい)、急急如律令!」

 

 左手で作った印を衛宮君の胸に当てて、術を発動させた瞬間、甲高い破裂音と共に、彼の体が浮き上がる程の衝撃が走る。

 どうやら、電気ショックの応用らしい。

 脈をとってみるも、脈はない。

 もう一度、何度も、私たちは衛宮君の心肺蘇生を繰り返した。

 

 

「はぁ……っかれたぁ…」

 

 六回目の心肺蘇生の末、衛宮君の心臓は再び鼓動を刻み始めた。

 そのまま気を失うも、これは死に逝く為の眠りではなく、再起の為の休息の眠りなのだろう。

 

「いやはや、あのような術式を成功させるとは。若いとはいえ、さすがは遠坂の後継よ。いや、お見事、お見事」

 

 男の手を借りて立ち上がる。

 

「私の実力と言うより、お父様の遺してくれたペンダントのおかげね」

 

 謙遜ではない。父のペンダント。そして、制御を失いかけた力を、正しい方向に導いたこの男の術。それらがあったからこそ成し得たわけで、私一人の力では到底成し得なかった事だ。

 

「でも、これで切り札は無くなっちゃったわね…」

 

「ふふっ、亡き御尊父が、己の力で聖杯戦争を勝ち抜いて見せよ。と申されておるのだよ。」

 

「そうね…。そういう事にでもしておきましょ…」

 

 疲労と切り札の喪失で大きなため息をつく。

 ん?…何か忘れてるような…。

 

「って、あなた一体何者よ!」

 

 再び魔術刻印に魔力を通す。

 この距離ではガンドを外すこともないだろうけど、この男が超一流の魔術師なら、私が魔術を発動させるよりも早く、術を発動させて反撃に転じることも可能だろう。

 要するに、これは意味のない警告だ。実力差を考えれば、子犬が巨像に吠えかけているようなものだ。

 

「疲れておるのだろう?意味のないことは止めよ」

 

 やはり見抜かれてたか…。

 

「ふむ、誰かと問われれば、答えねばなるまいて…。私は白狐(しろぎつね)と申すはぐれ者の魔術師。「心臓喰いの白狐(White Fox the Heart Eater)」と言えば、通り名としては有名かもな」

 

 心臓喰いの白狐(White Fox the Heart Eater)…。

 その悪名は、魔術協会の目の届きにくいとされるこの国にまで轟いている。

 多くの魔術師を殺害し、その心臓を食らう外道として、魔術協会から高額の懸賞金をかけられている賞金首の魔術師。

 殺めた魔術師は百とも、二百ともいわれている。

 

「その白狐が、何だってこんなところにいるのよ!…まさか貴方…」

 

 この男が今回の聖杯戦争のマスターの一人。という最悪のシナリオが頭に浮かぶ。

 いかに従えるサーヴァントの性能が低くても、この男の魔術師(マスター)としての実力であれば、ステータスが1ランク以上上がってる可能性もあり得る。

 

「安心せよ。私は此度の聖杯戦争のマスターに非ず。故に、お主の敵ではない。」

 

 ま、味方でもないでしょうけどね…。

 

「私の目的は唯一つ。此度の聖杯戦争の観察よ」

 

 は?観察?

 

「万能の願望器たる聖杯を巡る儀式。観察するだけでも、見聞の価値はあろうものよ」

 

 屈指の霊脈を持つこの冬木には、いくらかの魔術師が在住している。

聖杯戦争が執り行われる間、マスターではない彼らのほとんどは、工房に籠ったり、冬木の外に避難したりする。

 それは当然、聖杯戦争に巻き込まれることを避けるためだ。

 マスターではない彼らでさえ、聖杯戦争と言うものは、命の危険に晒されるのだ。

 それをこの男は、言うに事欠いて「観察」とは…。

 

「各地から一級の魔術師が集ってその魔術を競い、召喚された英雄たちが幻想の力を行使するのだ。使い魔の目を通してみるより、砂被り席で観たいというのが人情と言うものよ」

 

 まるで聖杯戦争を野球かサッカーの試合を観るかのように言っている。確かにそう嘯くこの男なら、降りかかる危難から身を守ることが出来るだろう。

 ただしそれは「人間相手」に限る。

 

 サーヴァントが相手であれば、いかにこの男が超一流の魔術師であろうとも、敵うべくもない。

 先ほどアーチャーから、ランサーの追跡に失敗したと念話で報告があった。合流すべく、アーチャーは今ここに戻ってきている最中だ。

 この冬木の管理者(セカンドオーナー)としては、こんな凶悪な魔術師は捨て置けない。

 だけど…

 

冬木(ここ)管理者(セカンドオーナー)としては、あんたみたいな危険な奴は、簀巻きにして協会に送り付けてやるところだけど。…まあ、借りもできたし、今日のところは見逃してあげる…!」

 

「ふふふ、怖い怖い。ならば、管理者殿の気が変わってサーヴァントをけしかけられぬうちに、今宵は退散するとしようか」

 

 精一杯虚勢を張るも、案の定軽口で受け流されてしまう。

 

「そうそう、この学び舎に妙な結界が張られているが、存じ上げておるかね?」

 

 無防備に背中を向けて去ろうとした白狐は、首だけをこちらに向けて問いてきた。

 

「ええ、どこのどいつかわからないけど、他人に異常を察知されるなんて三流のすることね。呪刻を潰しまわっていたけど、途中でランサーに邪魔されて、今に至るってわけ」

 

 白狐は「ふむ」と一言漏らすと、何やら思案しているかのようだった。

 

「私が見たところ、アレには神代の術式が見て取れる。アレは人によるものと言うより、サーヴァントによるものではないのかね?」

 

 私自身も漠然と考えていたけど、やはりそう考えると合点がいく。

 刻まれた術式はかなり高度なもので、私では完全につぶせないけど、やっていることはずぶの素人の様な杜撰さだ。

 

「で、あんたはこれを仕掛けたマスターに心当たりないの?」

 

「残念ながら無いな。如何に観客が舞台(聖杯戦争)に上がるのは慎むべきとは言え、このような結界を張るような輩は、魔術師の(ことわり)を身をもって叩きこんでやらねばなるまいて」

 

 狐面越しに、その目に僅かな殺気を湛えるのが分かる。

 

「とは言え、見つけたら簀巻きにして遠坂邸に送り付ける。それでよいかね?」

 

「ええ、そうしてもらえると助かるわ」

 

「承知仕った。では、これにて失礼致す」

 

 一礼して白狐は去ろうとしたが、

 

「分かっているとは思うが、ここは多くの若者が学を修める場。この場で魔術戦を行うなど罷りならぬぞ」

 

 そう言い聞かせるように言って、白狐は去っていった。

 

「それと、サーヴァントが戻ってくる前に、その泣きべそは整えておくのだぞ」

 

「…!誰も泣いてなんかないわよっ!!!」

 

 高笑いを残し、スキップするように駆け去る白狐に向けて、私はガンドを乱射してやった。

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