社会から嫌われた一人 と 幻想郷の物語
月明かりが届かない街灯が照らす挙動不審な人間が蔓延る裏路地で、一人の少女はナイフを取り出し腕を裂いた。
本来吹き出す血と異臭は無く、深い傷からは暗闇が溢れ出す。
「やっほ。」
「あぁ、お願いするよ。」
寂れたマンション。
錆びたナイフ。
ボロボロに破れ、薄くなったパーカーを着た少女は普通の人間から剥離した様に見える笑顔を浮かべた。
腕から飛び散った闇は少女を包み、周りの社会の落ちこぼれを呑んだ。
何の感情も浮かべずに猫は眺めていた。
ここは幻想郷。
誰からも忘れられた意識持った存在が行き着く先。
パーカーの少女は金髪の幼女と共に空から落ちていた。
「やっぱりこれかぁ。」
「恐怖心と自制心が両立してるねー。」
上限の明かりの中、落下しながら話し合っている。
もはや恒例となっているのだろう、彼女は余りにも冷静だった。
陸地に衝突する前に減速する。
「サンキュー、ルーミア。」
「はいどーも。ジュディ。」
ナイフをしまい、少女達は並んで歩き始めた。
「最近なんかあったりした?」
「いやぁ、特に無いな。ジュディこそなんかあった?」
「私もなぁ……無いね。」
「でも人殺したりは?」
「う、仕事の話はプライベートでしたくないよぉ。」
「……ほんと、そこら辺の感覚おかしい気がするなぁ。」
ナイフを投げながら歩く。
使い込まれたそれは切れ味が非常に悪く、キャッチに失敗して刃を掴んでも深刻な傷は発生しない。
「あ、ルーミアじゃん!」
「おう、犬っころ。」
「だぁれが犬っころじゃい!」
背の高い草の中から人間が姿を現す。
今泉影狼だ。
「今日はジュディも居るのね。」
「どうもー。」
「はいこんばんは〜。あ、焼き魚でも食べていく?」
「やったー!」
「ルーミアには聞いてねぇ!」
「お言葉に甘えて、お魚を頂きたいです〜」
「はいはい、こっちこっちー。」
ジュディの返答に気分を良くし、影狼は颯爽と草の中を小走りする。
ルーミアは空を飛ぶが、ジュディは慣れない地形で苦戦しながら走っていく。
火の音が聞こえたと思った時には広く草が刈られた場所に出ていた。
そこでは16本の魚が刺され、焼かれていた。
香ばしい匂いが辺りに満ちている。
「頂きぐぁぁぁ!?」
「そいやっ!」
ルーミアが滑空し、早速食おうとした所を影狼が掴み投げる。
そして先回りしたジュディがルーミアを受け止める。
「行儀悪いわ、節度を持ちなさい!」
「うぇーい。」
ルーミアは叱られてもおどけた表情をする。
影狼は溜め息をつき、魚の様子を見に座る。
影狼が8本、ルーミアが5本、ジュディが3本食べる事にした。
「うーんおいし!」
「うぬうぬ、ふぉふぃふぉふぃ!(うんうん、美味しい美味しい)」
「……美味しいけどすっごい気になる。」
肉を噛みちぎり、ちょっと噛んでからのむ影狼。
口いっぱいに突っ込むルーミア。
噛みちぎり、奥歯で更に細かくするジュディ。
食べ方でもやはり違うのだが、彼女達は慣れていた。
串を使い回すのは汚いから火に投げ入れる。
「これからどうする?」
「あぁ、どうしようかな……」
「そうだ、魔理沙は最近、夜中に実験して昼に寝てるから会いに行けるな!」
「……だったらそこにしようか。それではお暇します。」
「そかそか、行ってらっしゃい!」
ジュディは霧雨魔理沙の家へ向かう事にした。
再びナイフを投げながら歩き出す。
「行ってきまーす!」
「はいはい、ルーミアも行ってらっしゃい。」
「行ってきまーす!!」
「……行ってらっしゃい。」
「――――スゥ、」
「うらぁ!!」
「ごぶぁ!?」
ルーミアは三度目、闇に溶けてから影狼の耳元で叫ぼうとした。
影狼はルーミアの顔面を掴む。そしてジュディの横の方へ全力で投げる。
ジュディは後ろから飛来した物体に咄嗟に反応し、しゃがみながら滑って距離をとる。
物体がルーミアと分かると、影狼の方へ向き苦笑いを浮かべた。
影狼は笑顔を浮かべ、顔の横で手を振った。
ジュディは腕にナイフを突き立てる。
ルーミアはそれに気づき、ジュディを取り込み自身の影にした。
ジュディの能力は
『特定のナイフで傷つくと短時間闇になる程度の能力』
能力の発現の原因は『深秘録』である。
自殺者の増加、それによる社会への不安の拡大、それにより明らかになる自殺者の実際の数、社会が信じられない世の中、それによる自殺者の増加。
まるで台風の様に渦巻いていたそれの『負の目』が偶然彼女に重なっていた。
その時、彼女は絡んできた落ちこぼれ三人と殺し合いをしていた。
一人は既に首が切れて死んでいたが、残りの二人は警官を相手にする程の手練である。
空き巣やホームレスから盗り、偶に迷惑な人間を殺してほしいという依頼を受けて暗殺した財産で生きているジュディでは、正面から大の男二人相手は分が悪かった。
返り血や痣の目立つ顔を大人に向ける。
「調子にのりやがって……」
「くっさ。ホームレスの鏡だわwwwどうせもう戻れないのにね!」
「うるせぇな!」
怒りを露わにする。
だが、構えは崩さない。
何事も隙を見せるのは落ちこぼれにもなれない塵がする事だとジュディ達は思っていた。
「死にやがれ!」
男が殴りかかり、ジュディはナイフで腕を切りつけながら距離をとる。
しかし立ち直る前にもう一人に詰められ、腕をとられた。
ナイフを奪われたジュディは蹴りあげようとするが、足で止められてしまう。
そして、男はナイフをもう片方の手に移して心臓に突き立てた。
「……っ!?」
ジュディは悶絶するような痛さを待ち構えていたが、肉が離れている様な感覚があるだけで息苦しくもなかった。
「うわっ、なんだこっ、うぁ”ぁ”――」
地面に落とされた。
そのまま立とうとしてバランスを崩し、頭を強打してしまう。
転げ回りながら距離をとろうとする。
「ちょっと、離れすぎないで!」
「う……っ!?」
赤い液体が飛び散る。
ジュディの目には、ぐちゃぐちゃになった人間を口を開けながら呑み込んでいく怪物が目に映った。
周りをみると誰もいない。
二人目は何処に行ったのだろう、それとも先程見えた死体がそうなのか。
転がっていたナイフに駆け寄り、拾って構える。
構えてから怪物が先程の心臓の傷から出現していると分かり、逃げる事は諦めた。
「あーもう死んだ。でーも死にたくないぞ。」
「――貴女は食べてもいい人間?」
唐突な怪物からの質問にジュディは驚く。
怪物の口は動いておらず、明らかに姿にあわない幼女の声だった。
「デザートには向かないぞ?」
「ならとっておかないと……」
闇が近づく。
ジュディは何も出来ずにナイフを構えたままだった。
闇から顔が出てきた。
「でも別腹ってあるでしょ?」
幼女は血を口から滴らせながら笑顔を浮かべた。
「そこまで私は美味しいかな?」
ジュディも普通の笑顔を浮かべた。
それからしばらく捕食者と被捕食者の関係だったがルーミアはジュディに愛着が湧き、ジュディはルーミアに恐れが無くなった。
「うーんお腹空いたなぁ。」
「しーらない。草でも食ったらいいんじゃない?」
「人食い妖怪に向かってそれを言う?ねぇ――」
ドォォォォン!!!
霧雨魔法店についた途端に爆発音が鳴り響く。
クスリと笑いながら店の後ろに回ると、霧雨魔理沙が釜から吹き飛んだ物を回収していた所だった。
魔理沙は汚れてもいい服にマスクと実験用ゴーグルをつけていた。
「こんばんは魔理沙。」
「うん?あぁジュディか!」
「やっほほ!」
「うわっ、お前も居るのかよ。実験中で抵抗出来ないんだ、あっちまで行け。シッシッ!」
「分かった、しばらく見て帰るよ。」
「今日は相手に出来なくてゴメンな!」
魔理沙は失敗した物を回収して分類し、指を鳴らして新たな水と実験材料を出現させた。
一度ミニ八卦炉を蹴って外に出し、手に引き寄せて土や水をタオルで拭う。
再び鍋の下に戻し、ちょうどいい火で水を沸かす。
魔理沙は昔ながらの水銀温度計を取り出し、釜の水の温度を計る。
左手に魔道論文が書かれた紙を出現させ、先程の実験は何がいけなかったのかを調べ、順番や量、温度調節を組み立て直してメモをする。
「よーしよしよしよし……」
先程よりかなりの工程が進んだ。
魔理沙は、はらはらしながら――
ドッ!!
爆発した瞬間に吹き飛んだ物が止められる。
「毎日毎日、騒音やめてくれない?私不眠症になるんだけど。」
「お前眠らなくてもいい体だろ?とはいえそうだな、へい、すいません。」
片手を突き出したままアリス・マーガトロイドが降りてくる。
魔理沙は一応謝罪する。
「全くもう……こんばんは妖精さん、ジュディさん。」
「こんばんは。」
「私はルーミアだぞー!」
「ごめんなさいね、まだ人間の時と同じ感覚だから。」
アリスは軽く挨拶を交わし、噛み付いてきたルーミアを軽く避ける。
アリスは魔理沙からメモ用紙と釜の素材を確認する。
「ふぅん……なるほどね。」
アリスは指を鳴らし、ある魔道論文の本を出す。
小さい人形がめくり、あるページで止める。
「ほら魔理沙、よく見なさい。この合成成分はこの魔術に反応するの。」
「うわっ、ホントだ!よく分かったな……」
「全く……私は魔女よ?」
アリスは自分の胸に手を置く。
そしてキリッとした表情で言う。
「貴女とは経験値の量が違うの。どうにも行き詰まった時には私に頼りなさい。」
「……経験値の量が違うの!きりっ!」
「……うっさいわね。」
魔理沙はメモを書き殴る。
そして一度頭を帽子のつばにこつこつと当てて唸ってから再び目を見開き書き殴る。
「これでどうだ!」
「うーん……凄いわね、確かにこの方法なら塊が出来なくて済むわ。やっぱり才能あるんじゃない?」
「はっ、霊夢の前じゃ全部霞だぜ。」
誇らしげに魔理沙は言う。
アリスは若干苦い顔をして言い返す。
「それは自虐かしら?それとも実は自分が優っていると?」
「チッチッチッ。自慢だぜ。」
「……なるほど。……うふふふ。」
「じゃあ私達は他の場所に行こうか?」
「そうだね。でも、どうしよう……」
二人は立ち上がり、霧雨魔法店を後にする。
段々とジュディの目から光が無くなっていく。
「うむむ……そうだ!」
顔に手を当てていたルーミアがピコーンと指を伸ばす。
「博麗神社に礼拝しに行こうよ?」
「……そうだね。」
「あ゛ぁ”ぁ”ぁ”、この階段辛いぃぃ……」
「私の力貸してあげないからねー?」
「このクソ幼女が……」
ジュディは地獄の様な階段を登りきり、瀕死の状態になった。
悲鳴をあげる少女の近くを飛び回り、幼女は煽る。
「殺意を隠す必要がありますか?」
「能力発動しても空を飛べますか?」
「チッ、金あったかな……」
ジュディは財布を取り出す。
小さいお金はあるものの、一円玉や五円玉ばかりだ。
血まみれの千円札を出す。
「おいおいおい、神の前に出せる物かい?」
「……そっか、幻想郷では紙きれの価値は無いね。五円玉にする。」
ゴミまみれの五円玉を賽銭箱に投げ入れる。
そして鈴を微かに鳴らし、形だけの祈りをする。
「……外の世界の食べ物を食べたい。」
「ルーミアはいつもそれだけね……私は――」
……私は――――
何になりたいの?
スコォン!!
「御百度参りは他所でやってくれる?」
「げえっ、霊夢!?」
「う?あ、霊夢か。」
「はぁ、冴えない顔ね……今日は生理痛が酷くて寝てらんないのよ。上がっていきなさい。」
「私は慣れてるけど巫女なのにいったい生理痛って大変だね。」
「妖怪の私、置いてけぼりー。」
暖炉の火種を炎に変える。
そしてそこに急須を突っ込む。
「巫女ざっつ!」
「妖怪の分際で、上がれるだけ慈悲を感じなさい。」
霊夢は台所に入り湯のみを持ってくる。
軒先に三人は座った。
「……」
「……」
「……」
「……殺人はやめたの?」
「……」
「……」
「……はぁ、外界は社会が妖怪ね。」
「……私が悪い。今までまともに社会に関わろうとしなかった私が悪い。」
「……」
「……本来社会は生きやすい環境を皆で整え、運用するものだったでしょうに。」
「……」
「……生きながらにして奴隷なのか。辛いね?」
「……」
「……私は死にたくない。でも過去は変えられない。未来は予測されている。だから少年法で犯罪者として社会に入れられる……きっと、社会に耐えられない。また、私は、きっと、殺人を、する、、、、、、」
「……」
――ゴポポポッ!
「あ、お茶が沸いたわ。紅魔館から送られた紅茶が腐りそうなの。よろしくね。」
「……」
「巫女ひっど!残飯処理班しゃねぇぞ!」
「妖怪は骨まで食うんだから大丈夫でしょー?」
「苦いんだよー!」
霊気を纏った手で急須を掴み、発酵した葉を入れる。
しばらく待ってから湯のみを持ち、紅茶を流し込む。
三つの湯のみを盆に乗せ、軒先に持っていく。
三人とも湯のみを手に取る。
「――ふぅ。月は落ちたからかしら、星がよく見えるわね。」
「あちち……」
「げぇぇ。」
その後、一切話さなかった。
しかし、気まずい雰囲気では無かった。
全員が紅茶を飲み終わる。
ちょっとしてから霊夢が湯のみを盆に乗せ、台所へ持っていった。
「お茶ご馳走様でした。それじゃ帰るね。」
「そう。余り幻想郷に来ないでね。」
「今度はお菓子ぐらいだしてよ貧乏巫女。」
「次は無いと思いなさい。」
神社から出た少女達は階段を降りていく。
そして中腹で立ち止まる。
ジュディの目から光は消え失せていた。
「時間。」
「そう。」
ナイフを自分の命に向ける。
妖怪は悲しそうな顔を浮かべた。
「……帰る時は尚更人間の所業じゃないね。」
「……人間は慣れる。でも異物に対しては異常なまでに排除しようとするから、私はどこかで自殺願望があったのだと思う。」
「……ばいばい。」
「じゃあね。」
ジュディは心臓に向かってナイフを突き立てた。
闇が溢れかえり、数秒で消えた。
錆びた匂いが充満している。
「い、いやです!もう人を騙すのは!」
「一度関わっといて戻れると思ってんじゃねぇよ!」
それを横目にジュディはナイフをしまい、歩き出す。
夢を持つことの出来なかった少女は光を知らない。
「では本日のニュースです。
本日の昼、○○市の○○工場跡にて強姦殺人事件がありました。
犯人は未だに逃走中です。
現場には複数の銃痕と大量の血液があり、遺体の損壊状況から銃で抵抗出来ない様にした後、強姦し少女を殺害した様です。
現在は少女の体内にあった犯人の体液を採取し、鑑識が調べています。」