終わらない死に終止符を打つために
「死ねよ葉山」
ヒキタニくんにそう言われたのだと自覚した時、俺の身体は屋上から乗り出していた。
頭上に見える茶色の空が急速に近づいていく。
土色の死が、近づいてくる―――――――――
「うわぁあああああっっっ!!!!」
叫びながら意識を取り戻した俺の視界に映ったのは、天国でも地獄でもなく、見慣れた自室だった。
どうしたの?と心配してやってくる両親に何でもないと告げて状況を整理する。
俺は確かにヒキタニくんに命令された後に飛び降りたハズ…だったはずだが、アレは…夢…だったのだろうか?
夢にしてはかなりのリアリティと質感を持っていた。
まるで現実のような恐怖と激痛があった気がした。
だが、現実的に考えればこうして生きている以上夢と結論づけるしかない。
気を取り直して学校へ向かったが、通学路でも教室でもクラスメイトが挨拶を返してくれない。
嫌われることでもしたのだろうかと不思議に思った。
そうしていると、雪ノ下さんを連れたヒキタニくんが俺の所へやってきた。
ヒキタニくんを見て、少し夢を思い出してしまった。
「葉山、後で屋上に来い」
あれ? ヒキタニくんってこんなに高圧的な人だっただろうか?
ボッチのヒキタニくんが俺に対してこんなにイキっていれば、反感を持った周囲の者が何かしら注意すると思ったがその様子はなかった。
屋上とヒキタニくん。夢であったような嫌な組み合わせだが、これは現実だ。
ヒキタニくんに「死ねよ葉山」と言われて、はい死にますということには現実ではならない。
だから俺は気持ちを切り替えて屋上に向かった。
屋上にはヒキタニくんがいた。
隣にはしなだれるようにもたれかかっている雪ノ下さんがいる。
「何のようだ?」
ヒキタニくんには此処にわざわざ呼び出した要件を話して貰おうと思ったのだ。
だが――――――、
「クズ如きが八幡さまに随分な口の訊き方ね。身の程を知りなさい」
雪ノ下さんにそう言われたことには心底驚いた。
ヒキタニくんはそんな俺の目をしっかりと睨み付けた後、言った。
「要件か?――――死ねよ葉山」
夢で聞いた言葉を現実で聞いたとき、俺の身体は屋上から乗り出そうと柵に向かって歩いていた。
…夢と、一緒だ。
「一体、どうなってるっ!?」
口は動く。音も聞こえる。思考も働く。
だが、首から下だけが自分のもので無くなったかのように言うことを聞かない。
「だからお前は死ぬんだよ。
神に選ばれたこのHACHIMANである俺が死ねと言ったら死ぬんだ。
死ね。死んじまえっ!!」
くそっ!! 比企谷に殺されるのか。
身体が思うように動かない。こうしている間にも柵を乗り越えようとしている。
「何でこんなことをするんだっ!!」
俺の恐怖と怒りのこもった叫びに対し、比企谷は答えた。
「これがあるべき姿なんだよ。
この世界では一日が何度も繰り返されている。
そして俺の命令に従って葉山隼人が死ねば
お前が死んでラッキー。本物の愛が手に入ってハッピーだろ」
信じられない事だが、現に俺は今、夢と同じように比企谷に殺されようとしている。
いや、夢と同じように殺されてしまうだろう。
第一、あの夢は夢でなかったのかも知れない。
比企谷が言うことが本当なら、あの夢は夢ではなく、
しかも殺される理由は余りにも下らない。
下らない理由のために、みんなを、世界を、雪ノ下さんを歪めるのは許せない。
怒りが身体に満ちても、それ以上の力が身体を支配して勝手に動かす。
柵を越えて尚、足が前に進み片足が遂に宙に浮く。
くそっっ、殺してやる。殺してやるぞ比企谷八幡ッ!!
身体が傾く。俺の身体は屋上から乗り出していた。
頭上に見える茶色の空が急速に近づいていく。
土色の死が、近づいてくる―――――――――
「うわぁあああああっっっ!!!!」
叫びながら意識を取り戻した俺の視界に映ったのは、天国でも地獄でもなく、見慣れた自室だった。
どうしたのか?と心配してやってくる父親に何でもないと告げて状況を整理する。
あれは夢だったのか?
…いや、そうで無いことは自分が一番良く解っている。
昨日、いや、前回の今日と同じように登校する。
気のせいかわからないが、母親が冷たかった気がする。
もしかしてアイツの言う『本物』にされてしまったのだろうか?
最悪だ。
アイツは、俺の友達も、雪ノ下雪乃も、家族も歪めては奪っていく。
許せる筈がない。
教室についてみんなにおはようと挨拶するが、昨日と同じように返ってこない。
そして、
「葉山、後で屋上に来い」
前回と同じように比企谷に呼び出された。
逆らおうとしたが、逆らえなかった。
――――そして「死ねよ葉山」という言葉で同じように殺される。
身体が傾く。俺の身体は屋上から乗り出していた。
頭上に見える茶色の空が急速に近づいていく。
土色の死が、近づいてくる―――――――――
今回の比企谷は、
「俺は選ばれしHACHIMANだから最強だ。
何をしても許されるし、そうで無かったそれまでの世界の方がおかしかったんだ
最強チートを舐めるな」
…このような事を言っていた気がする。
むかつく男の顔を思い浮かべながら、俺はこの世界を終えた。
俺が確認できる限り最初の夢を合わせて4回目の朝。
俺は比企谷を倒すために策を練ることにした。
周囲の者の洗脳を解いて比企谷を倒す。
何時までもみんなを人形のままにしておきたくはなかった。
比企谷を全肯定するだけの操り人形だなんて、そんな人生は偽物だからだ。
だが、そうするための方法が見つからなかった。
だから俺は必死にみんなに話しかけることにした。
周囲の者に必死で語りかけたが、結局の所効果は無かった。
だが諦めるものか。みんなを助けて比企谷を倒してみせる。
そう決意したは良かったが、結局の所、
「死ねよ葉山」
この一言を聞いた瞬間、身体が言うことを聞かなくなった。
そして俺の身体は屋上から乗り出していた。
頭上に見える茶色の空が急速に近づいていく。
土色の死が、近づいてくる―――――――――
発狂して起きる5回目の朝。
今度は父親さえも折れに冷たく当たるようになっていた。
だが、俺は諦めるつもりはなかった。
絶対にみんなを助けてみせる。
そんなヒーローみたいな決意を持って、例え冷たくされても全力で対話に臨んでいくことにした。
全力でみんなに話しかけていくことにした。洗脳という名前の本物に友情が負けるはずがない。
俺はそう信じていた。
俺は今度こそ見捨てることなく救ってみせる。
雪ノ下さんを、――――雪ノ下雪乃を二度と裏切りたくはない。
俺は必死で対話に励んで、何とかして洗脳を打ち破ろうと必死で足掻くことにした。
そして、前回と同じ時間に前回と同じ場所で再び比企谷に呼び出され、そして屋上に呼び出されて死んだ。
だが、今回俺は耳栓をしていたし、比企谷の目から視線を僅かに逸らしていた。
そうすることによって、比企谷の強制力は発揮されていないことを確認した。
だが、現状ではまだみんなを救えないから、自分の意志で操られたように動いて無様にわめきながら身を投げた。
自分の意志で飛び降りる茶色い空は、何時も以上に恐ろしく感じた。
迫る死への恐怖は何度重ねても、耐えられるものでは無い。確実に心がきしんでいくのを感じた。
10回目の世界。
やはり俺は周囲に優しくはして貰えない。
受ける言葉は否定ばかりだ。肯定される言葉は全て比企谷へと向けられる。
俺はボッチという比企谷くんの生き方を少し理解した気がした。
こんなにも苦しい世界を生きてきた比企谷くんが報われたいという気持ちは、理解できた。
この世界でも今までと同じように、全力で対話していくことに努めた。
神に選ばれたという言葉は理解できないが、洗脳という強さを持った比企谷くんには俺は一人では勝てない。
だからみんなの力を借りるしかない。
結局この世界でも俺はその時が来たら死ななくてはならなかった。
死の痛みと恐怖には慣れることはない。
15回目の世界。
誰も彼もが変わってしまった。変わっていないのは俺だけ。
…いや、比企谷くんはどうなのだろうか?
元からあのような性格だったのだろうか?
……最初に殺されたときとは違い、怒りが冷めてくれば冷静にもなる。
考えてみれば、元々の比企谷くんはあのような性格ではないはずだ。
だとすれば、彼自身も洗脳されている。若しくは良く解らないおぞましいものに取り憑かれているのだろうか?
永きにわたる孤独な生き方で罅が入った心に、悪しきものがつけ込んだのだろうか。
可能性はかなり高い。
ならば俺は、救わなくてはいけない。
あの日、雪ノ下雪乃を救えなかった後悔を、二度とは味わいたくはない。
俺は―――――――――比企谷八幡を救ってみせる。
20回目の世界。
両親や優美子など一部の人達の態度が軟化してきた。
単純に言えば、俺へ否定だけでなく肯定的な感情を向けるようになってきた。
凄く嬉しい。報われた。これは俺にとっての救いだった。
折角救った人達をまた
また自殺をしなければならないのは辛いことだが、それを差し引いても嬉しい。
繰り返す死の痛みや恐怖で自然には上手く笑えなくなってきたが、無理矢理笑顔を作って笑うことにした。
この回の俺は墜落する寸前にも無理して笑うことにした。
50回目の世界。
俺の話を聞いてくれる人が増えてきた気がする。
少しずつ俺の努力は実を結んでいる。
だが、みんなを助けるためにも、比企谷がいる前では俺に冷たく当たって、比企谷を立てるように頼んだ。
手応えを感じた。鏡の前で、少し笑ってみる。
…大丈夫、まだ笑える。
100回目の世界。
両親の洗脳はかなり解けてきた。
この幸せに浸っていたい。…でもだからこそこの幸せには浸れない。
みんなの洗脳も確実に解け始めてきている。
だが道のりはかなり遠いだろう。
でも、俺はみんなを、この世界を、比企谷八幡を救いたいんだ。
114514回目の世界。
もう自然に笑う方法なんて忘れてしまった。
それでも問題ないくらいに、笑顔を作れるようになった。なってしまった。
でも、それでも良いんだ。
漸くみんなの洗脳が解けた。
みんなは俺に協力してくれる事になっている。
後は、比企谷くんだけだ。
絶対に彼を救ってみせる。
遅くなってしまったけれど、必ず救う。
耳栓はもう要らない。
今日は、比企谷君の目をしっかりと見つめよう。
そう決意して、今回は比企谷くんからの屋上への誘いを受けた。
「死ねよ葉山」
俺の目を見つめて、俺にはっきりと伝わる声で語りかける比企谷くん。
その言葉に俺は逆らえず、茶色い空を目指して足を進める。
だが、俺は死なない。
俺が死なないようにみんなが俺を止めてくれている。
止めてくれるみんながいるから、俺は孤独に死なない。
幸福に生きられるんだ。
そんなみんなに比企谷くんは俺を殺すように言うが、耳栓をして目を逸らすみんなには、比企谷くんの声は届かないし、比企谷くんは視界に映らない。
…とても残酷なことをしたと思う。
これではまるで俺がみんなに命じて比企谷くんをボッチにするように仕向けたようだ。
だが、お互い傷ついたとしても、俺は比企谷くんを救いたい。
「何でだよっ、死ねよぉっっ。死んでしまえっっ!!
何で死なないんだよ。どうして死なないんだよっっ!!
俺が青春ラブコメできない世界は嘘なんだ。俺が本物に囲まれない世界は嘘なんだ。俺が本物になれない世界は嘘なんだ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
こんな世界、全部嘘なんだよっ!!」
比企谷くんの声には悲痛さを感じる。
でもその声を聞いているのは、その泣き顔を見ているのは俺だけだ。
だからこそ、俺が比企谷くんを救うんだ。
「良いんだ。全て許すよ。
比企谷くんは俺の友達だから」
俺のその言葉が最初は比企谷くんは理解できていなかったようだった。
「俺も独りにされる苦しみを君のおかげで理解できた。
勿論最初は恨んださ。今だって怒りがなくなったわけじゃない。
でも、それ以上に、――――――――――――――――――俺は君と仲良くなりたい」
比企谷くんを救いたい気持ちを正直に告げた。
それでどうにかなるとは思っていなかったが、例えそうだとしても諦めたくはなかった。
「何でだよ。何でなんだよ。
お前は、そうやって……。結局俺が一番惨めじゃねえか。
くそっ、こんなのってないだろ」
比企谷くんがそう言った時、俺に対する言葉の拘束が解けた。
煙が消えるように、あれだけあった無理矢理でも死へ進もうとする身体が自由になった。
「…比企谷くん」
「くそっ、くそっくそくそくそくそくそ。惨めだ。こんなのあんまりだ。
死ねよ―――――――――――――俺」
背筋が凍った。
周りのものは誰も気が付いていない。
人混みの中でひとりボッチな彼を救えるのは俺だけだ。
柵を越えて落ちそうになる彼へと飛びかかり、その手を掴んだ。
…やばい、思った以上に汗をかいていた。手が、滑る――――。
「諦めるな比企谷くんっっ!!」
「リア充め、ボッチなんてほっておいてみんなと幸せにやれよ」
くそっ、気が付いたみんなが遅れて駆け寄ってくるが、間に合わない。
こんなところで、諦めてたまるかっ!!
「…次の今日があれば、友達になろうぜ、
八幡って呼んでくれよ」
手が、すり抜けた。
眼下に見える茶色の大地に彼が急速に近づいていく。
土色の死が、近づいていく―――――――――
「比企谷ィィッッ!!!!!!!」
そこからは特に覚えてはいない。
そうやって、114514回目の世界は終わった。
いつもとは違う絶叫で目が覚めた。
そこで気が付く。
ここはループする世界ではないと。
理解できた理由はわからない。直感というものだ。
ループを自覚する前と同じ、いや、それ以前よりも優しく心配してくれる両親に、もはや言い慣れた何でも無いという言葉を使い、
朝食を手早く終えて学校へと向かった。
学校に着いた俺は彼を探す。
比企谷八幡。当初は俺を殺すためにループし続け、俺に恨まれ続けた男。
彼を探したが、どこにもいなかった。雪ノ下さんも、姫菜も優美子も今日は見ていないという。
まさか…、それがループが終わるという意味なのか?
いや、まだだ。まだ諦めてなるものか。
周りの目も気にせず探しに行く。
どの教室にもトイレにもいない。
俺は玄関に出て靴を履き替え外に出ることにした。
そして全速力で校門を出たところで、ひとりの男子生徒と出会った。
「……遅刻しちまった。良い夢過ぎて起きるのが遅くなったからな」
「八幡ッ!!」
俺は、友の身体を抱きしめて再会を祝福した。
…もしあのくそったれな毎日を仕組んだ神みたいな存在がいたなら伝えてやりたい。
やはり俺の友情は間違っていないと。
恐らく海老名さんは誤解してる
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