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私はフータローが好き。
自信のない私に自信を持たせてくれた、同い年の家庭教師。
普段は意地悪で口うるさいけど、いざというときは必ず助けてくれて、男らしいところを見せてくれる、とてもとてもカッコイイ人。
そんな彼への気持ちを誤魔化さずに好き勝手にアピールすると、そう決めた。
決めたばかり、なのに……
いま私は、その意中の相手に対して怒っている。
だって……。
ふんだ。フータローの、バカ。
私の気持ちも知らないで。
「二度あることは三度あると言うが……まさかまた風呂上がりのところを目撃する羽目になるとはな」
「改めて言わないで。恥ずかしいから」
放課後。
いつものようにマンションで、フータローに家庭教師をしてもらう時間。
勉強は嫌いだけど、私にとって一日で一番楽しみな時間。
でも、いまリビングには気まずい空気が流れていた。
だって……見られちゃったから。
フータローに思いきり、見られちゃった。
二乃や一花のときと同様──
お風呂から上がって、バスタオルだけ巻いた姿を。
「いい加減に機嫌直せって。何度も謝っただろ」
「知らない。フータローのバカ」
「あ、あのなぁ。言い訳させてもらうと
「だって……」
だって、せっかく久しぶりにフータローと二人きりになれるかもしれないチャンスだったんだもん。
少しでもフータローに意識してもらえるように、
冬だから夏みたいに汗臭さを気にする必要はなかったと思うけど、やっぱり気になるものは気になるし。
それに、フータローに限ってはないと思うけど……【もしものこと】も、あるかもしれないし。
自分の気持ちを受け入れてから早数日。
我ながらフータローと二人きりになることを、露骨に意識している。
フータロー的には不本意なんだろうけど。私以外の姉妹がいない、この状況は。
仕事の一花はしょうがないけど、他の三人は説教ものだ。
『あのアホどもは俺が引っ張ってでも連れて行くから、三玖は先に帰って予習しててくれ』
と、閻魔みたいな顔で三人を説得しに行ったフータロー。
でもフータローには悪いけど、きっと上手くいかないだろうなぁ、とは思った。
四葉はそう簡単に約束事を破らないし、二乃や五月はフータローが怒っているときは必ずというほど口喧嘩になるし。
そして案の定、一人寂しくマンションにやって来たフータローは、シャワーから上がってバスタオル一枚だけを羽織った私と、ご対面したというわけだ。
着替えをつい忘れた私も私だけど、フータローもフータローでデリカシーがないと思う。
オートロックを使いこなせるようになって、はしゃいでいるのかもしれないけど、一応女の子が住んでいる家なんだからね?
「フータローは乙女心がわかってない」
「なぜそこで乙女心? ……はぁ。とにかく、いつまでもむくれてないで、いい加減に勉強始めるぞ」
「むっ」
フータローったら、ひどい。
女の子の裸を見ておいて、すぐに勉強に切り替えるなんて。
バカバカ。
本当にフータローは乙女心をわかってない。
なんで。ねえ、なんで……
私の裸を見たのに、なんでフータローはドキドキしてくれないの?
バスタオル一枚のところを見られたのは、ビックリしたし、恥ずかしかったけど……
でも、イヤってわけじゃなかった。
だって、フータローになら、ぜんぶ見られたって私……
私の気持ちは、もうそこまで覚悟が固まっている。
フータローになら……ううん。フータローじゃなきゃ、絶対にイヤ。
この心も、そしてこのカラダも、ぜんぶ、ぜんぶ、フータローに……
そう思っているのに、フータローはひどい。
どうして女の子の裸を見て、そんなにもあっさりと、いつものように家庭教師ができるの?
女子高生の裸だよ?
同い年の異性の裸だよ?
自分で言うのもなんだけど、スタイルはいいつもりだよ?
まさか同じ体型の二乃や一花のを見て、耐性とかついちゃったの?
私は、こんなにも、ドキドキしてるのに。
フータローの視線を思い出せば思い出すほど、さっきから、カラダが変に熱くて、しょうがないのに。
フータローは、私のこと、女の子として意識してくれていないの?
私がさっきから怒っている理由がこれだ。
裸を見られたことじゃない。
裸を見たのに、フータローがちっとも動揺していないことに、苛立っているのだ。
別に露骨にエッチな反応をしてほしいわけじゃないけど(されたらされたで困るし)……でも、ちょっとぐらい、ソワソワしたり、顔を真っ赤にするのが普通じゃないの?
隣から見るフータローの横顔は、相変わらずの仏頂面だ。
さっきまで、あんなことがあったなんて、すっかり忘れているみたいに、私に勉強を教えている。
いつもならその表情を『凜々しくてカッコイイ』と思いながら堪能するところだけど、今日に限っては、なんかムカムカする。
なんだろ、この気持ち。
二乃的に言うなら……女のプライドが傷ついた。そんな感じ?
私はあられもない姿を見られて意識しっぱなしなのに、フータローは平然としすぎだ。
ねえ、フータローは年頃の男の子だよね?
さっき裸を見ちゃった女の子と二人きりなんだよ? それなのに、何も思わないの?
「なんだ三玖? 見るのは俺の顔じゃなくてテキストだぞ?」
「むぅ……」
フータローはやっぱり鈍感。
こんなにも視線で訴えているのに。
でも、思えばフータローって一般的な男の子からは、ちょっとズレているかも。
出会った当初だってそうだ。四葉に変装した私の胸に顔ごとぶつかっても、赤面はしたけどスグに冷静になったし。
私はあのときのこと思い返すと、ちょっと変な気持ちになるのに、フータローはすっかり忘れている感じだ。
ズルイ。
こうして隣り合っているいまも、私はすごくフータローを意識しているのに。
フータローは、違うの?
私と二人きりになって、ドキドキしたり……しないの?
「三玖……その、なんだ? ちょっと近くないか?」
気づくと私とフータローは、肩と肩が触れ合うほどに密着していた。無意識のうちに、私からカラダを寄せてしまったらしい。
頬が熱くなっていくのを感じる。
でも、離れる気はなかった。それどころか、もっと密着する。
「……別に、いいでしょ? このほうが見やすいもん」
「そ、そうか。それなら、仕方ないな」
そう、仕方ない。
だからフータローの腕に、私の胸が当たっても仕方ない。
フータロー? これなら、ドキドキしてくれる?
私の胸のドキドキも、これなら伝わる?
……気づいてほしい。
私が、どれだけフータローを思っているか。
ねえ、フータロー。フータローに会ってから私、本当に変わったの。
こんな大胆なこと、昔なら絶対にできなかったし。こんなにも自分の気持ちに素直になることだって、なかった。
フータローが教えてくれたことが、フータローがくれたいくつもの言葉が、いまの私を作っているんだよ?
だから私、いつもいつも、フータローのことを考えない日はないんだよ?
密着したカラダを、さらにすり寄せる。フータローが困惑した顔を浮かべる。
私、イケナイ教え子だ。
家庭教師の邪魔をしちゃいけないのに。
フータローを困らせたくないのに。
でも私ったら、すっかり欲張りさん。
もっとフータローに意識してほしくて、しょうがない。
もっと私を女の子として見てほしくて、しょうがない。
この時間が、もっと長く続いてほしくて、しょうがない。
ずっと、ずっと、このままでいたい。
フータロー、また家に泊まってくれないかな。
いいよね? だって今日、私以外に勉強教えてないし。泊まり込みで教えてくれたほうが効率もいいだろうし。
そう言えば、フータローも納得するに違いない。
うん、思い切って誘っちゃおうかな。
寝るときは、また私のベッドを使ってもらって……
フータローが、私のベッドを使う。
そう想像しただけで、胸の鼓動がますます激しくなる。
一度貸したときは、別に何とも思っていなかった。けど、いまは違った。
ベッドに入るたび、いつも考えてしまう。
──ここで一度、フータローが寝たんだ……
そう意識すると、毎晩まいばん、カラダが変に疼いてしまう。
頭の中がフータローのことでいっぱいになって、どうしようもなくなる。
ベッドからフータローの残り香が、いまも香ってくるような気がして、枕や布団に鼻をこすりつけてしまう。
我も忘れて、フータローの名前を
すると、だんだんとお腹の底が、すごく熱くなる。
頭の中がトロトロになって、気づくと隣の部屋に聞こえないように、口元を手で抑えながら、もう片方の手を……
どうしよう。
フータローがもし本当に泊まったりしたら、いまの私、平然としていられるのかな?
あの日は寝ぼけて、フータローに貸した自分のベッドに戻っちゃったけど……今回は、わざと戻っちゃうかもしれない。
フータローと添い寝……考えただけで、どうにかなってしまいそう。
目が覚めて隣で私が寝てたら、フータロ、どんな反応するかな?
少しは、ドキドキしてくれるかな?
少しは……【そういう気持ち】に、なってくれるかな?
フータロー。
私ね、もう、覚悟はできてるんだよ?
だからね。もっと、私を見て? もっと、私を意識して?
五つ子だから見分けがつかないなんて、そんなのイヤ。
すぐに私だってわかるように、三玖ならすぐにわかるってくらいになるまで……いっぱい、いっぱい私を感じてほしい。私も、フータローを、いっぱい感じたい。
教えてほしい。もっとあなたのこと。
いま一番、お勉強したいこと。
ぜんぶ、ぜんぶ教えてほしい。
私のことも、ぜんぶ、ぜんぶ教えたい。
フータローになら、なにもかも、見せてもいいの。見られてもいいの。
だから、フータロー……気づいて、私のこの思いに──
「……わかった、三玖。俺の負けだ」
「え?」
耳を疑った。
都合の良い幻聴を聞いたのかと思った。
でも確かにフータローは言った。
もしかして、本当に届いたの? 私の気持ちが……
「三玖」
「は、はい」
思わず
フータローの真剣な眼差しに見惚れながら、期待に胸を弾ませる。
真面目な顔のフータロー。やっぱり……カッコイイ。
二乃は男を見る目がない。メンクイのくせに、ちっともフータローの魅力に気づいていない。
フータローは、こんなにもカッコイイのに。誰よりも、ずっと、ずっと素敵なのに。
いまだって、見つめられるだけで、こんなにも動悸が激しくなる。
ダメだよ、フータロー。私、そんな風に見つめられたら、もう……
フータローは真剣な顔つきのまま、ゆっくり私に頭を下げる。
そして……
「俺が悪かった。今度何か奢るから、睨むのはやめてくれ」
「……」
ごめんね二乃。
今回ばかりは、二乃の洞察眼は正しいって言ってあげる。
密着していたカラダを離し、私はプイッとそっぽを向いた。
「……フータローの、バカ」
「なぜ謝っているのに責められる!?」
ふんだ。
鈍感なフータローなんて、もう知らないもん。
勉強できるくせに、ちっとも乙女心がわからないんだから。
……まあ、そこがフータローらしいと言えば、らしいんだけど。
惚れた弱みというやつなのか。しょうもないところを見せられても、なんだかんだで許してしまうどころか、そういう抜けた部分すらも、愛おしいと感じてしまう。
ズルイ。本当にフータローはズルイ。だから……
少しくらいワガママ言っても許されるよね?
「悪いと思っているなら、今度の休日、買い物に付き合ってくれる?」
「え? あ、ああ、いいぞ。ただし予算は1000円……いや、1500円以内だからな?」
「フータローのケチ」
でも、構わない。
フータローと一緒にお出かけができる。
それだけで、私には充分だもの。
「……なんだよ三玖。急に機嫌良くなって。そんなに欲しいものがあったのか?」
「うん。そうだよ」
フータローが「いったい何を買わされるんだ……」と顔面を蒼白にする。
そんな姿も、愛らしい。
フータローとお出かけ……ふふふ、どこに行こうかな?
思い切ってランジェリーショップとかに行っちゃおうかな。
それなら、さすがのフータローも、ドキドキするよね?
でも、大胆過ぎるかな?
……いや、それぐらいしないと、この鈍感さんは私のことを女の子として意識してくれないか。
覚悟してねフータロー?
フータローが私をこんな風にしたんだからね。
絶対に、意識させてあげるんだから。
今度の休日、楽しみだな。ふふふ。
尚、後日ドメスティックバイオレンス肉まんおばけが次女にビンタして姉妹喧嘩が勃発した上、家庭教師辞退等、諸々のトラブルが重なりお出かけどころではなくなった模様。