城ヶ崎さんに甘えたい。   作:バナハロ

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処女ヶ崎の恋愛(最終)

 

 

「待てコルァー!」

「ナメんなボケがァー!」

 

 玲は走っていた。後ろから追いかけて来るヤンキー達に追いつかれないように。

 全力で走りながら、自分でも後悔していた。また前みたいに首を突っ込んでしまった事を。

 事の発端は、美嘉を怒らせてしまい、情けなく後ろからトボトボとついて行きながらも、何か仲直りのきっかけはないか、辺りを見回して歩いてる事だった。

 そんな事して歩いてるもんだから、人気のない校舎裏側の窓の外で偶々、カツアゲされてる一年生の男子生徒と目が合ってしまったのだ。

 こういう時、利口な奴なら、誰か人を呼ぶなりするだろうが、玲は利口では無かった。それどころか、近くにおそらく売り子用の看板が立てかけてあるのが視界に入ってしまったのだ。

 そんなもんがあれば、ヤンキー達を後ろから強襲すれば、助けられるかもしれない、なんて思ってしまった。

 もちろん、美嘉を巻き込むわけにはいかない。コッソリと気付かれないように離脱し、看板を持って窓の方に向かう。

 美嘉が十分に離れたのを確認し、深呼吸した。大丈夫、そもそも相手は窓の外だ。こっちに来るには昇降口まで迂回しなければならない。いくら自分に体力がなくとも、それだけ離れていれば問題ないはず……。

 そう自分に言い聞かせ、一気に窓を開け、ヤンキーの後頭部をぶん殴った。

 

『月牙天衝!』

『グホッ⁉︎』

『て、テメェ……! なんっ……!』

『天衝!』

『ぐあっ!』

 

 もう片方には顎にお見舞いして、逃げ出した。腕力は無くとも、木製のプレートだ。それなりに効いたはず……と思って後ろをチラ見すると、窓から靴のまま校舎内に入り込んできていた。

 ーーーで、現在に至る。

 幸い、ゲーマーなので逃走ルートの素早い判断は完璧だった。脳内に校内マップも構築されている為、逃げ切る算段はついてら。

 ただ、問題は体力だ。ゲームならスピードを落とせば回復するが、現実ではそうもいかない。どんなスピードでも、動いていればスタミナは消費する。

 故に、ここから打てる手は二つ。

 職員室の前を通り、先生に止められる。しかし、この場合は先生に事情を説明しなければならない。

 その時、ヤンキーはまず間違い無く、明らかに全く関係ない第三者である自分がいきなり手を出したように説明し、コミュ障である自分は説明できる気がしない。

 カツアゲされていた少年に庇ってもらえる、と思えるほど、玲は人間を信用しちゃいない。

 そしてもう一つの手は、後ろの相手を撒くことだ。何も、脚が早ければ撒けるわけではない。

 要するに、相手に自分を見失わせれば良いのだ。

 

「……っ、はっ、はっ……!」

 

 徐々に息切れしてきた。差を詰められる前に手を打つことにした。

 階段を駆け上がった。階段の上は正面は壁で、左に教室が二つ、右にも教室が二つに追加し、廊下もある。

 手に持ってるプレートを左の教室の前に投げ捨て、右に走って自分のクラスの教室に入った。そう、メイド喫茶に。

 

 ×××

 

 校舎、二階。美嘉達は玲を探し回っていた。

 全部で4組に分かれ、美嘉チーム、加蓮奈緒チーム、莉嘉悠貴チーム、未央唯チームの四つである。

 しかし、美嘉は「こいつら使えねー」と言わんばかりにスマホのグループトークを見ていた。

 

 加蓮『こちら加蓮、美味しそうな鯛焼きを発見。味はまずまずの模様。どーぞ』

 ゆい☆『こちら唯、剣道部のワッフルはイマイチな模様。どーぞ』

 Rika『こちら莉嘉、吹奏楽部は一人ミスった模様。どーぞ』

 みおちゃん『こちら未央、剣道部の主将、おっぱいが大きい模様。どーぞ』

 

 と、まぁご覧の通りだ。見るだけで頭が痛くなる。完全に他人事である。

 そもそも「どーぞ」というのは主にトランシーバーを用いる時に使われるものであり、間違っても文面で使うものではない。

 

 Mika☆『あんたら真面目に探してる?』

 乙倉悠貴『私は真面目に探してますよっ!』

 

 流石、妹以外の最年少だ。真面目だし可愛いしでとても妹にしたいが、自分より背が高いのでやっぱり遠慮したい。

 

 乙倉悠貴『わっ、ここのダンス同好会の衣装可愛いですね!』

 

 やっぱり所詮は中学生だった。落胆したが、ここはグッと堪えて情報を待ちつつ、辺りを見回した。

 偶然なのか、それとも一応ちゃんとしてるのか、それぞれ広いグラウンドに2チーム、狭い講堂には1チームと別れている。

 ……まぁ、かといって校舎内も広いのに、自分一人になってるのは解せないが。

 

 奈緒『美嘉さん、大丈夫か? あたしも校舎見ようか?』

 加蓮『ちょっ、奈緒。私を見捨てる気?』

 奈緒『だってお前、探す気ゼロじゃん。鯛焼きの次はたこ焼きかよ』

 

 どうやら、良心はちゃんといるようだ。かと言って、パーティメンバーが加蓮ではあまり期待出来ないが。

 

 Mika☆『大丈夫。みんなには学祭楽しんで欲しいからね』

 唯『美嘉……』

 未央『美嘉ねえ……』

 莉嘉『お姉ちゃん……!』

 

 仕事をしない連中ばかりに感動された。

 釈然としない表情ながらも校舎内を回ってると、玲のクラスの前に来てしまった。どこで何をしてるのか分からないが、案外ここにいるのかも、なんて思ったから。

 が、どうやらそれどころではないようだ。生徒達がヤケに騒然としている。

 

「……何事?」

 

 近くの生徒に声をかけた。

 

「ん、ヤンキーがうちの生徒を追い掛け……って、城ヶ崎先輩⁉︎」

「ちょっ、声大きいから。で、何?」

「ああ。なんか、頭ブン殴られたっつってますよ。男だか女だか分かんないやつに」

 

 一発でその殴った奴の顔が思い浮かんだが、信じられなかった。まさか、ヤンキーにケンカを売るような真似をするとは。

 まぁ、何か事情があるのは何となく察しているが。

 

「……その子は今どこにいるの?」

「先生に怒られてますよ」

「や、そっちじゃなくて殴った子」

「さぁ……分からないッス」

 

 使えねー、と思いながらも出掛は得た。ここまて玲は逃げてきたのは間違いない。

 なら、あとは玲の思考をトレースすれば良い。最近、ようやくあのコミュ障の考えが読めてきた所だ。

 学祭のパンフを開き、自分ならどう逃げるか、を考えた。あのコミュ障は若干、人間不信も混じってるので、人を頼って職員室の前などには行かないだろう。

 つまり、隠れられる場所に向かったということだ。隠れられる、というのは人混みに紛れるのではなく、TPSゲームのように人に気付かれなさそうな場所、ということだ。

 それに、玲は体力が無い上にビビリだ。ヤンキー達がここで怒られてることを知らないで、とにかく逃げたことだろう。

 この近くで、尚且つ一人になれそうな場所……。

 

「……よし、分かった」

 

 パンフを閉じて、廊下を進んだ。

 

 ×××

 

 水泳部の女子更衣室、ここは今の時間は誰もいない。理由は単純、何にも使っていないからだ。

 窓もあるし、万が一ここに来られた場合には、隠れるには最適な場所だ。

 そこで、玲は体育座りして俯いていた。メイド服で。

 

「……」

 

 拾った看板を投げ捨てたのは、自分がそっちにいると思わせるため。その隙に、自分のクラスでメイド服に着替えたのは、歩いて逃げる為だ。

 着替えれば、とりあえず見つかりはしない。でも、メイド服なのは恥ずかしいので、人気の居ないところに来たわけだ。本当は男子更衣室に入ろうとしたが、今の格好は女の子だし、どうせ誰もいないし、万が一、居場所がバレていたとして、ヤンキー達もさすがに女子更衣室には入って来ないだろうと思って女子の方にした。

 

「はぁ……」

 

 今更になって身体が震えている。あのヤンキー達はどうしてるだろうか? というか、ここからどうすれば良いのか? ここを出たらあいつらに見つかってしまうんじゃないか? 考えれば考えるほど、ネガティブな感想と、ここにいた方が良い、という結論しか出ない。

 なんで、こんなことになったのか。そんなの自分でわかってる。困ってる人を見て、つい動いてしまった。

 でも、放っておけばよかった、と後悔した。怖い思いして、筋肉痛確定……というか、なんか不自然な痛みが今でも脹脛に響いていて、こんな格好までして。それで得た物なんか何もない。

 

「……消えたい」

 

 そんな呟きが漏れた。そういえば、あの自分と一緒に学祭を回るには不釣り合いな先輩はどうしてるだろうか? つい、置いてきてしまったが、心配かけてしまってるのか。

 まぁ、それはないだろう、と頭を横に振った。怒らせてしまったし、多分、清々してる事だろう。

 ……本当に自分は何してるのか、と思わざるを得なかった。もう文化祭が終わるまで、絶対にここから動かない、そう決めて再び俯いたときだ。

 

「いてっ」

 

 ーーーゴチン、と。

 余りにも軽い拳骨が脳天に当たった。まさか、ここにまでヤンキーが来たのかと、恐る恐る顔を上げると、不機嫌そうな先輩が自分を見下ろしていた。

 

「……やっぱりここにいた」

「……せ、せんぱい……?」

「何やってんの、女子更衣室で……」

 

 色々と言いたい事があったので、不機嫌そうに開いた美嘉の口が止まった。

 何故なら、玲がガバッと抱き着いてきたからだ。正面から、まるで迷子になってる子供が親を見つけて慰められるように。

 

「れ、玲くん……?」

「……先輩……」

「……もう、怖かったんでしょ。どうしたの?」

「……カツアゲされてたから、不良の人の頭を……殴って……」

「……ビビリで弱いくせに、そういうことするんだから……」

 

 呆れたような口調の割に、少しホッとした様子で頭を撫でた。コミュ障の割に勇気がある辺りが、やはりこういう所が好きだ。ただ、まぁ自分と付き合うなら無茶はして欲しくないが。

 とにかく、彼がこんな状態なら、告白は延期した方が良いかもしれない。

 

「とりあえず、着替えて来たら?」

「……いえ、その……まだ、僕の事、追いかけてる人達が……」

「その人達なら先生に捕まったらしいから平気。ほら、あと半分も無いけど、文化祭を楽しもうよ」

「……は、はい」

 

 更衣室を出て行った。

 

 ×××

 

 文化祭2日目も残り僅か。色んな生徒達がグラウンドや校舎を行き交う中、玲と美嘉は屋上でのんびりしていた。

 夕日が沈もうとしていて、オレンジ色に染まる空が秋っぽさを演出していて、とても幻想的に思えた。

 そんな景色を眺めながら、美嘉は柵にもたれかかって言った。

 

「んーっ……! 楽しかったぁ……!」

「……お疲れ様です」

「何処かの誰かが迷子になるんだもん」

「うっ……す、すみません……」

 

 申し訳なさそうに謝る玲。肩をすくませ、本当に申し訳なさそうにしている。

 

「別に、そういうつもりで言ったんじゃないから。もう少し、冗談と皮肉くらい見極められるようになった方が良いよ?」

「うっ……ごめんなさい……」

「謝らなくて良いから。本気だけど、そういう純粋で真面目なとこ、好きだからさ」

「ーっ!」

 

 ニヒッと微笑んで、自分の鼻を突く先輩は、夕焼けに当てられて余計に綺麗に見えた。それに追加し「好きだから」とサラッと言われてしまったのが運の尽きだった。

 今まで我慢してた玲の気持ちが、想いが、感情が、残っていた理性を全て打ち砕いた。

 キュッと胸が締まり、それによって心臓の鼓動が止まる。精神的バイオリズムが頂点に立ったように落ち着いていた。

 

「……先輩」

「ん……?」

 

 声を掛け、振り向いた直後、美嘉の肩に手を回し、自分の方に引っ張り、抱き締めた。

 唐突な出来事、しかも一番その行動に移らないと思っていた人物にされ、美嘉の顔は一気に赤く染まった。

 

「へっ……ふええええっ⁉︎」

「すみません……先輩……。でも、もうダメです……」

「な、何が……?」

「……好きです」

「……へっ?」

「面倒見が良い所も、自分だって付き合ったことないくせに余裕な態度とっちゃうとこも……全部、全部……!」

「えっ、えええええええ⁉︎」

 

 さらに畳み掛けられ、顔が真っ赤に染まる。相手の気持ちを汲んで、告白を延期しようとした途端にこれだ。相変わらず、目の前の少年は自分と息が合わない。

 とにかく、このままではどうにかなってしまいそうだったので、目の前の少年の肩に手を置き、一旦離れた。

 

「ち、ちょっと待って! ……ほ、本気……?」

 

 真っ赤になった顔を俯いて隠しながら、恐る恐る尋ねると、玲からいつになくハッキリした声が聞こえてきた。

 

「……いえ、迷惑なのは、分かっています……」

 

 その一言が、美嘉の癪に触ったが、気付かずに玲は続けた。

 

「ですが、このまま我慢してたら……なんか、こう……気狂いを起こして何をするか分からないので……なので、もう……振られて、それで……」

 

 ガッ、と。ガッと胸倉を掴まれた。それによって、玲の男気タイムは終了する。

 一気にヒヨって、変な汗を垂れ流し始めた。

 

「へ? あ、あの……」

「……別に、迷惑じゃないから」

「は?」

「……とても嬉しいよ、玲くん。その気持ちは。……でもさ」

 

 静かに口を開くと、これ以上にないくらいの目付きで玲を睨みつけた。

 

「でもさ! 振られるつもりで告白するのはなんなわけ⁉︎ あんた、アタシの気持ちとか一切、気づいてなかったでしょ⁉︎」

「へっ……?」

「あたしも、ずっと好きだったよ!」

「…………えっ?」

 

 間抜けな声が玲の口から漏れた。で、その声は徐々に大きくなる。

 

「えええええええええええっ⁉︎」

「告白成功して驚くな! 失敗したら狼狽えなさい!」

 

 そう言われても、驚くもんは驚く。顔を真っ赤にして後ずさる玲の胸に顔を埋めるように、美嘉は抱き着いた。背が自分より低いから窮屈だが仕方ない。

 

「……好きだったの……。ずっと前から……」

「……は? ず、ずっと前……?」

「……電車の中で、痴漢から助けてくれた時から……」

「……」

 

 MA☆JI☆KA、と、唖然とする玲。全然、気付かなかった。

 

「……今日、告白する予定だったのに……そんな風に言うんだから……」

「す、すみません……」

「別に、怒ってるわけじゃないし……」

 

 とにかく、だ。これで二人は恋人、という事になる。胸から顔を離した美嘉は、相変わらず赤くなったままの顔を玲に向けた。

 

「……でも、一つだけ条件」

「へっ?」

「……あたしのこと、ずっと『先輩』って呼んでたでしょ」

 

 それを言われ、玲はギクリと肩が震え上がった。実は、まだ名前で呼ぶのに慣れていない。心の中でなら呼べるのだが。

 

「……付き合う以上は、あたしのこと『美嘉』って呼ぶように」

「へ?」

「美嘉先輩、もダメ。美嘉って」

「ええっ⁉︎」

「ほら、試しに呼んでみて」

「〜〜〜っ!」

 

 どうやら、拒否権はないようだ。ジッとジト目で期待の視線という器用な表情で睨まれ、頬を赤くしながら目を逸らした。

 

「こ、これからよろしくお願いします……。……美嘉……」

 

 それが思いの外、美嘉の心臓を貫いた。呼ばせた張本人まで顔を赤くし、目を逸らして俯くしかなかった。

 

「……う、うん。よろしくね、玲……」

「〜〜〜っ!」

 

 何故か仕返しされ、二人揃って俯いた。

 

 


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