うわああああっ!!!兄貴が生きているぅぅーーー!!!
鬼になって100年、ついに私の待ち望んだ日がやってきた。時間はたくさんあったから情報収集を行い煉獄さんたちが乗り込むだろう列車にあたりをつけ無事猗窩座戦の間に割り込むことができましたが、いやぁ、冷や冷やしましたね。
上弦と柱の戦いが凄すぎて何処から参戦したらいいのか全然わからんし、無理やり身体割り込ませて肉壁になったはいいけど猗窩座の攻撃無茶苦茶痛くて死にそうになるし、うん、大変だったわ。私頑張った。
しかしその成果が煉獄さんの生存だ。これが私は涙が出るほど嬉しい。煉獄さんは本当なら今日死ぬはずの存在だった。200人の乗客を守り後輩の盾になり猗窩座との激闘の果てに死ぬはずだった。
だけれども今煉獄さんは生きている。あの悲しいくらい明るい笑顔で逝ってしまう煉獄はもういないのだ。私の願いは叶った。煉獄さんの生きる世界がここにあるのだ。
もう思い残すことはない。昇る朝日に身が焼かれた時そのまま私は灰になってしまおうと思った。今日この日の為だけに生きてきた。だからもう満足なのだ。
なのに煉獄さんは私に羽織を被せ日を遮った。そしてさらに私に鬼殺隊に入るように言ってきた。え、私鬼だけどマジで言っているんですか?
正直全く考えたことがない選択肢だった。いやだって鬼殺隊って鬼を殺す為の組織だよ?そして私は鬼だよ?ありえんだろそれは。
禰豆子という前例はあるけど禰豆子は主人公の妹だしヒロインだしそりゃ立場が違いますでしょ。超一般的モブである私が鬼殺隊に入れるとはとても思えんぞ?
しかし煉獄さんは自信満々に大丈夫だという。マジですかよ。全然大丈夫な気はしないけど煉獄さんがそういうならまあいいかという気分になる。だって兄貴のいうことは絶対ですからね。まあなれなくてその場で処刑されたとしてもそれはそれで構わない。私の役目はもう終わったのだ。
そんなわけで煉獄さんに連れられ鬼殺隊の本部、産屋敷家へとやってきた。これって鬼殺隊の最高機密だよね?おおぅ、てことは鬼殺隊に入れなかったら確実に機密保護の為に殺されるレベルのことですよね?事の重大さに改めてガクブルです。
「冨岡に続いて煉獄までおかしくなったのか。鬼を鬼殺隊に入れようとは正気か?」
「うむ、俺は本気だぞ?」
燦々と日の光が降り注ぐ昼の刻、お館様の到着を庭で待つ。私のいる場所には一本の大きな傘が立てられておりこれが私の命綱だ。傘が倒されれば日の光を浴びて私は灰になる。非常に不安定な状態だけれども場所を考えればこれくらいの待遇は仕方ないだろう。何せお館様のいらっしゃる産屋敷家ですから鬼である私には最大限警戒しているのだろう。まあ例えこの集まりが夜でもこれだけの柱を前に何かできるとはとても思えんけど。
柱達が互いに色々なことを話し合っている。主に私のことだ。取り敢えずは大人しくしておこう。私のことで煉獄さんに迷惑かけるのも申し訳ないし。
「俺も派手に反対だな。鬼が鬼殺隊に入るなんてやっぱり無理だろ。なんなら俺が派手に首を斬ってやってもいいぞ?」
「でも夜苑ってあの夜苑ですよね?だったら勝手に斬らずにお館様にお任せした方がいいですよ」
柱達の会話に耳を傾ける。あの夜苑ってどの夜苑だ。え、なんか私が柱の人たちの話題にちょくちょく出てきたみたいになっているけどどういうことだってばよ。私なんて有象無象にいる鬼の一体なのに何故柱に気にされているの?実は討伐してやろうと目をつけられていたとかですかね。なにそれこわい。今日までちゃんと命があって本当に良かったですわ。
ガヤガヤと騒がしかった庭であるがザッと部屋奥の障子が開かれた瞬間一気に空気が変わる。誰が来たのかなんて見なくてもわかる。その場に跪く柱達に倣って頭を下げる。今この場に来た人がどういう立場の人なのかはわかっていた。
「やあ、待たせたね。君が夜苑か。噂は色々聞いているよ。一度話してみたいと思っていたんだ」
「恐れ入ります」
頭を下げながら返答するけれども内心はドキドキだ。え、お館様に話してみたいって思われていたなんて何事だ。この人って鬼殺隊のトップの超すごい人だよね?中身小市民なので偉い人に関心持たれると胃が縮み上がりそうになります。
「先代から隊士を癒す鬼の話は聞いていたよ。あの子達を癒してくれてありがとう。皆に代わってお礼を言わせておくれ」
「勿体ないお言葉です。ですが隊士を癒すのは当然の仕事なので感謝されるほどのことではありません」
何を言われるかと思えば隊士を治療していたことに対するお礼だった。なんだ、そんなことならばわざわざ言われる程のことのことじゃない。私は決めたのだ。断片的な記憶がそう主張してくる。移ろう時の流れについていかなくとも鬼殺隊の為にこの生を全うすると。
「当然のことなのかい?」
「鬼殺隊を手助けすることは藤の家紋を背負う者の務めですから」
私の背中には藤の花の模様が描かれている。何故こんな絵柄が背中に描かれているのかわからないが私の中でこれは当然のことという意識がある。この家紋を背負って生きて行こうと決心した私がいる。だから私は自分の心に従い鬼殺隊を手助けしてきたのだ。
自分の中の答えを伝えると周りの空気が騒めいた。何故だろうと思い首を傾けた瞬間、お館様がとても優しい顔で微笑んだ。
「君は藤の家の子だったのかな?」
「わかりません。人であった時の記憶は酷く虚ろですので」
「そう。でも君は鬼になっても隊士達を癒しそして杏寿郎を救ってくれた。夜苑には鬼殺隊に入る資格があると思うのだけど」
「お言葉ですが、お館様。それでもやはり鬼を信用することは出来ません。奴らの卑劣さ、醜悪さは充分にわかっております。仮に夜苑が人を喰ったらどうなさるおつもりですか。失われた命は戻って参りません」
顔に傷があって目が半分に切ったアボガドみたいな顔した人がお館様にそう進言する。ヤンキーみたいな顔をしているのにめっちゃ丁寧な物言いをする人だな。確か名前は不死川だっけ?……なんで名前知っているんだ私。まあいいか。
不死川さんのいうことは理解できる。私は鬼だ。人を喰らう鬼だ。私自身が人を食べたことはないのだけれどそれを信じろというのも無理があるだろう。柱の人達の物言いは乱暴に聞こえるかもしれないがごく当たり前のことだ。この人達は人間を守る為に全力を尽くしている。
だけれどもそんな不死川さんに意見する声が上がった。視界の端に橙色の衣がはためいたのが見える。煉獄さんだ。煉獄さんは背筋をピンと伸ばし堂々とした声で話し出す。
「夜苑のことは俺が保証しよう。彼女が人を襲うことはない」
「お前に保証されたところで信じられる物ではない。 それで万が一この鬼のことで問題が起きたらどうするつもりだ」
「その時は俺が責任を取る」
思わず顔を上げる。責任?煉獄さんは一体どうするつもりなんだ?
顔を上げた時に煉獄さんと目が合う。煉獄さんはいつもと同じようにはっきりと目を開けたまま晴れやかな笑みを浮かべ宣言した。
「夜苑が人を喰ったら俺は腹を斬ろう」
その言葉を聞いた瞬間世界から音が無くなった。煉獄さんが腹を斬る?私の行為次第では煉獄さんが死んでしまうということか?いやだ。そんなことは嫌だ。
煉獄さん、貴方に生きていて欲しい。何度も何度も煉獄さんが死んでしまうあの光景がフラッシュバックする。目から血を流して腹に穴を開けそれでも笑顔で死んでいく姿が脳裏に焼き付いて離れない。
何故私にこんな記憶があるのかはわからない。人の時の記憶は酷く断片的で途切れ途切れに映像だけが残っている。
100年間、この光景を現実にしないことだけを願って生きてきた。それなのに私のせいで煉獄さんを失うことになるなど絶対に許せない。
「煉獄さんにそこまで命を懸けさせるわけにはいきません」
この場で話し始めた私に視線が集まるのを感じる。これはひょっとしたら私の今生最期の言葉になるかもしれない。だけれども後悔はない。私にとって大切なことはただ1つ、煉獄さんに生きていてもらうことだけだ。
「私が信用できないというならばこの場で首を刎ねていただいて構いません。それが面倒でしたら直ぐ様日の光の中に飛び込みます」
命が惜しくないと言えば嘘になるけれども今の私に煉獄さんの命より大切な物などないのだ。だからいい。これでいい。私の100年間はこの為だけにある。
「命の天秤の片方に煉獄さんの命を乗せたくありません」
自分の思いをはっきりと伝える。この瞬間私の首に刃が通されたとしても文句はない。私は後悔のない生き方をしたのだ。
しかし待てども柱の誰もが刀を抜くことはなかった。それどころか煉獄さんは私の隣まで来ると腰を下ろしとても優しい笑顔で話しかけて来る。
「君がそこまで俺のことを思ってくれることを嬉しく思う。だけれどもそうであるならば尚更生きてくれ。その覚悟を人を喰わないことに向けてくれれば君の力は鬼殺隊にとって大きな戦力となる」
「ですが私の存在が煉獄さんの命を脅かす要因になるわけにはいきません。そうなるくらいならばここで首を刎ねていただきたい」
「君は俺の命の心配をしてくれるがそれならば君がいなくなった方が余程危ないぞ?先日の戦いも夜苑がいなければ俺は命を落としていたわけだしな。それほど強い意志があるならば君が自分を生かす為に保ってくれ」
その言葉は目から鱗だった。煉獄さんの命は保証されたわけではない、冷静に考えればそれは当然のことだった。
鬼との戦いはまだ続いていく。上弦の鬼はまだ全て残っているわけだし鬼舞辻についてもその戦闘力は未知である。煉獄さんが戦いで死ぬ可能性は充分あるのだ。
煉獄さんに死んで欲しくない。あの陽だまりのような笑顔でずっと生きていてほしい。その為ならば何だってする。
私の存在が煉獄さんの生存を高められるというならば死ぬ気で生き延びよう。
「それでは死ぬわけにはいきませんね」
ポツリと呟いた言葉にお館様がにっこりと微笑む。
「夜苑、これからも君の力を人の為に使っておくれ。そして皆も夜苑のことを認めて欲しい。彼女は鬼殺隊の一員だ」
反対の声は上がらなかった。驚くべきことに私は鬼殺隊の一員となったのだ。
私のことは煉獄さんに一任されることになった。これからは煉獄さんと共に行動し戦うことになる。それについて煉獄さんはふむ、と腕を組む。
「さて、それでは君をどうやって連れて行こうか。竈門少年のように箱に入れて背負えばいいのだろうか。夜苑、小さくなれるか?」
「小さくはなれませんが衣にならなれますよ」
そう言って身体を羽織へと変化させる。黒くて背中に藤の花が描かれた羽織りだ。なんとなく鬼殺隊の隊服に似ている気がする。
「おお、これはいいな!運びやすいし動くのにも邪魔にならんぞ!」
煉獄さんは私を持ち上げると袖に手を通しその上からいつもの炎のような羽織をかぶせた。私が日の光に当たらないようにという配慮だろう。今はただ着られるだけだがそのうち煉獄さんの衣服と一体化しておこう。その方が守りやすい。
100年経って終わると思った今世が続いていく。煉獄さんの死亡フラグは折った。でもこの先の見知らぬ未来から煉獄さんを守る為に私は生きていく。
もう煉獄さんの腹を貫かせることはしない。傷を負えば癒していく。戦いの中に身を置くこの人を守っていこう。
貴方にどうしても生きていて欲しいんだ煉獄さん。だって貴方が好きなんだ。だからなんだってするよ。煉獄さんを救えるならば何だってね。
ーendー