幻想郷野球録   作:地雷一等兵

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第3イニング part2

 

 

『次は4番、サード、寅丸さん───』

 

ノーアウトランナー一、二塁というチャンスに寅丸へ打順が回るとチーム命蓮寺側のスタンドに座る観客達が一斉に歓声を上げた。

打席に立つ星の目付きは鋭い。それこそ野生の虎を思い起こさせるように鋭く、凛とした空気を纏った彼女に普段のおっとりとした姿はなく、毘沙門天の化身であることを充分に理解させる威圧感を放っている。

 

「……。」

 

「うにゅぅ…。」

 

無言で睨み付けてくる星を見てお空は少し弱気な声を上げるものの、直ぐにブンブンと頭を振って気持ちを立て直す。

そして一塁と二塁のマミゾウ、一輪を一目見てからクイックモーションで投球を行う。

 

(……空さん、確かに貴女は優れた投手だ。球威のあるストレートに速度とキレのあるフォーク。けれど、どんな球がどこに来るのか分かっていれば───)

 

星はまるで予めどのコースにどの球が来るのか分かっているかのように踏み込み、お空のフォークを完全に芯で捉えた。

 

(打つのは容易いのですよ。)

 

きっちりと振り抜かれたバットは芯でお空のフォークを捉え、カッという音を響かせる。

そして打球はセンターへとぐんぐん伸びていき、外野のフェンスを軽々と越えていった。4番の星が叩き出したスリーランホームランに会場は大いに沸き、星もその歓声に応えるようにガッツポーズをしながらダイヤモンドを回る。

これで4対0、1回の表からチーム命蓮寺が大きくリードする展開となった。

しかしそれでもまだノーアウト、命蓮寺の攻勢は続く。

 

 

星の次に打席に立つのはチーム命蓮寺の代表、聖白蓮。

ウグイス嬢のアナウンスで立ち上がると、一礼してから打席に入る。

静かに、しかしそれでも刺すほどに伝わってくる闘志にお空は息を呑む。

しかしそれでもまだお空は折れていない。ランナーがいなくなったことで気にすることなく振りかぶり、目一杯の力を込めて投球する。しかし───

 

「南無三ッ!」

 

5番聖のダメ押しと言わんばかりのホームランがスタンドに刺さり、

 

「しゃあらぁっ!!」

 

6番村紗がヒットで続き、

 

「一本足打法!!」

 

7番小傘によるタイムリーでまた失点を重ね、続くナズーリン、響子の連続安打でまたまたノーアウトランナー一、二塁のピンチを迎えて、打者一巡となった。

これで既に7対0、初回から大差を付けられたチーム旧地獄のメンバーはまたもやマウンドに集まる。

 

 

「…うにゅぅ…、ごめんなさい……。」

 

「謝んな。この程度の点差、誤差でしかねぇよ。」

 

マウンドの上では顔面蒼白状態のお空がうつ向きながら他のチームメイトに謝る。しかしそんなお空に対して勇儀が彼女の頭を撫でながら声を掛ける。

 

「まだ負けてねぇから悄気んのは早ぇぞ。」

 

「はい…。」

 

「…てか、なんだってこんなに打たれるのかって話なんだけど…。」

 

「前の2試合、輝針ジョーカーズと人里青年団との試合の時はちゃんと抑えられてたのに…。」

 

今シーズンに入ってからの最初の2試合を思い出して、マウンド上のメンバーは頭を傾げる。

 

「…萃香さん、サインは変えてますか?」

 

「あぁ、一応試合の度に変えてはいるよ。だからサインを見られてる訳じゃないはずだ。」

 

「そうですか…。」

 

萃香の返答にさとりはむむむと唸ってまた考え始める。

4番星や5番聖の分かっているかのような踏み込み方とスイングに違和感を覚えたさとりは必死に頭を動かしてこのビッグイニングの原因を探し出し、ある結論に辿り着いた。

 

「フォームか何かの癖で、読まれている…?」

 

「んー、あー、確かに無くはないだろうね。だとするとお空はこの試合は替えた方がいいかもな。」

 

さとりの言葉にキャッチャーの萃香がヘルメットを叩きながら言う。

すると隣に立っていた勇儀がハァと息を吐いてお空の肩に手を置いた。

 

 

 

『旧地獄グラウンドオーガス、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの空さんに代わりましてピッチャー星熊さん。ピッチャーの空さんがライトに、ライトのパルスィさんがサードに入ります。』

 

アナウンスが掛かり、それぞれのポジションについたチーム旧地獄のメンバーはまだまだ諦めた表情をしていない。

そしてマウンドに立つ勇儀はゴリゴリと首を回して打席に立つぬえを見下ろした。

そして大きく振りかぶると大きく左足を掲げるようなフォームから勢いよく踏み込んで自慢の豪速球を萃香のミットに叩き付ける。

 

「っ!?」

 

「ストライーッ!!」

 

目の前を通りすぎて行った暴風のようなストレートにぬえはバットを振ることも出来ずに見送った。

 

「ナイスボール!」

 

萃香はボールを勇儀に返球するとバンバンとミットを叩いてぬえを威嚇する。

しかしぬえは怯まずにいつものリラックスした体勢でバットを構えた。

そしてそれを見た勇儀は豪快に左足を振り上げて勢いつけてボールを萃香のミットに叩き付けるように投げる。

 

「シッ!!」

 

鋭いスイングでバットを振り抜いたものの、その球威に押し込まれセカンドの前に力なく転がる。

そしてそれをセカンドのヤマメが素早く処理し4-6-3のダブルプレーとなった。

そしてツーアウトでランナー三塁の場面、続く二番のマミゾウが打席に立つ。

 

(……パワー一辺倒はやりにくくて仕方ないのぅ…。)

 

マミゾウはバッターボックスの土をスパイクで均しながら対策を考える。

もちろん投手星熊勇儀のことは頭に入れていたし、昨シーズンでも対戦している。がマミゾウはこの勇儀と神奈子のような力押しだけでぐいぐい来る投手が大の苦手なのである。

彼女にとっては幽々子や紫のような変化球や緩急を主体にする投手の方が攻略しやすいのだ。

 

「さて…。」

 

大きく左足を振りかぶり、全身の力と勢いを乗せて放たれるボール、空気を切り裂き音を立ててミットに向かうボールをマミゾウはバットで捉える。

力強く放たれた勇儀のストレートをきっちりと跳ね返せず、ボールは力なく内野に転がった。

 

「おっしゃっ!!」

 

ピッチャー前に転がるボールを豪快に右手で掴んだ勇儀はそのままファーストに送球して打ち取った。

 

「…手元でかなり伸びてきおるのぉ…。」

 

「……本当のエースはやはり勇儀さんですか、そうですか。」

 

チャンスから一転して攻守交代となったチーム命蓮寺の面々はそのまま守備に散らばっていった。

そして2回の表、迎えるのはチーム旧地獄の4番、星熊勇儀。

GBLの打者の中でも一際大きな長身の彼女は打席に立つと力強くバットを構える。その威圧感はなるほど、コレが鬼というものかと思わせるほどの力があった。

 

(おーおー、怖いのぉ…。じゃが──)

 

前シーズンでもホームラン王争いに最後まで参加していたこの強打者を前にしても村紗の闘志は1ミリも萎えてはいない。どころかむしろ燃え上がっていた。

マミゾウからのサインを受けた村紗は大きく振りかぶり、体をぐっと沈み込ませる。

地面スレスレの位置から放たれたボールはそのまま外角低め(アウトロー)に向かって直進する。

 

(……!)

 

「ボール!」

 

勇儀が打とうと踏み込んだ瞬間にボールが曲がり始め彼女はスイングの動きを止める。

そうしてボールを見送るとストライクゾーンから外れてミットに収まった。ボール一個分の僅かなズレも許さないと言わんばかりのコントロールで勇儀の打ち気を逸らしているのだ。

 

「……。」

 

「っ!」

 

そうして第四球目、大きく振りかぶって投げられたボールはまたもや外角低めに飛んでいく。

勇儀は大きく踏み込んでそのボールを捉えに行くが、ボールは手元で曲がり逃げるようにして外に行く。しかし───

 

「どぉりゃぁあっ!!」

 

「──!!」

 

踏み込んだままバットの先でボールを捉えた。

ゴッという鈍い音が響きボールは外野に飛んでいく。

 

「っ! ライト!!」

 

打球はぐんぐんと伸びていき、ライト方向に大きな放物線を描いていく。

ライトを守る一輪も打球を視界に捉えながら下がる。そして遂に外野のフェンスまでやってきた。

そして高々とグラブを上に突きだして落ちてきた打球を確保する。

 

「アウト!」

 

「「「あ~……。」」」

 

「「「ふぅ……。」」」

 

もしかしたらホームランかもしれないと期待していた旧地獄側のスタンドからは落胆の声が漏れ、逆にあわやホームランかと思った命蓮寺側のスタンドからは安堵の溜め息が漏れた。

バットの先でこれだけ飛ばすのだから、もう少し芯に近ければどうなっていただろうかと、スタンドの観客はゾッとする。

 

(ホンマに油断ならんパワーじゃのう……。)

 

アウトになってベンチに帰っていく勇儀の後ろ姿を冷や汗を流しながら見送るマミゾウは次に来る打者に視線を移した。

長身の勇儀と比べると、いや他の選手と比べても小柄と形容できるその幼い容姿、しかしその頭には種族を主張する立派な角が生えている。

伊吹萃香、旧地獄グラウンドオーガスの五番であり、星熊勇儀と並ぶ幻想郷の鬼だ。

 

「よろしくぅ。」

 

ニヤニヤと意地の悪い笑みを見せる萃香は打席に立つと上体をゆらゆらと揺らしながらバットを構える。

先程の勇儀をどんな風にも揺るがない大木だとするならばこの萃香は言わば柳、どんな風であろうと受け流すのみだ。

 

(ビビるなよ~村紗。)

 

(分かってるよ。)

 

アイコンタクトで意識を共有する二人、村紗は大きく振りかぶると萃香の胸元に鋭い一球を投げ込む。

スパンと快音を鳴らしてミットに収まり、審判がストライクをコールする。

 

「ナイスボール!」

 

「おっけ!」

 

マミゾウからの返球を受け取って村紗は帽子を深くかぶり直す。その仕草の途中にも萃香の様子を伺っていたが、彼女の心に揺らぎは見えない。

それならとマミゾウが出したサインに頷いて村紗が振りかぶる。

胸を張り伸びやかなフォームから放たれるボールはまたもや萃香の胸元に鋭く向かう。

 

「あらよっと!」

 

「っ!」

 

「響子!!」

 

コッという音が鳴りボールはレフトに向かって高々と飛ぶ。

先程の勇儀の打球を思わせる大飛球にレフトを守る幽谷響子は急いで後退する。

 

(シュートで完全に詰まらせた筈じゃ、柵を越える訳がないんじゃ!!)

 

(あのどん詰まりで───!!)

 

飛球の行方を目で追うバッテリーは萃香とそして勇儀の力に瞠目していた。

そして遂に響子が外野フェンスまでやってきた。それでもまだボールは高さを保っている。

 

「え~い!」

 

「うぇ……、跳びやがった。」

 

響子はフェンスを蹴って上まで上ると更にフェンスから跳躍して飛球を掴み取る。

ここで見せた美技に観客は大いに沸き盛り上がる。しかしその一方でどん詰まりのまま、響子のファインプレーがなければホームランにしていた萃香のパワーを思い出して戦慄する者もいた。

 

「響子、よくやった!」

 

「えへへ、イエーイ!!」

 

チーム旧地獄が誇る大砲二門をどうにか抑えたチーム命蓮寺はその後の回もどうにかして抑え、逃げ切りを選択する。

豪快なストレートの星熊勇儀と気迫と球種で抑える村紗水蜜の投げ合いに、試合はチーム命蓮寺リードのまま進んでいく。

クリーンナップの一輪、星、白蓮は勇儀のストレートに対応出来るものの、そのあとに長打が続かず致命傷を与えられない。

対する旧地獄も徹底して研究してきたマミゾウのリードで打たされて凡打に仕留められていた。

 

 

「このまま行けば逃げ切れますね。この調子で、油断せず行きましょう。」

 

「はい! 姐さん!」

 

「怖い鬼はきっちり抑えられてる。マミゾウのお陰だよ。」

 

「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう。」

 

「外野も気合い入れて行きますよー!」

 

七回になってベンチで円陣を組むチーム命蓮寺は明るいムードのまま和気藹々と会話をする。その様子に緊張も気負い過ぎもなく、リラックスした良いムードだ。

一方で負けているチーム旧地獄はというと───

 

「うにゅう……、私のせいだ、私が、たくさん打たれた、がらぁ……。」

 

ベンチの中でお空が周りの目も憚らずにわんわんと泣いていた。

今ついている点差はお空が初回に取られた点数であり、それがそのままチームに重くのし掛かっているのだ。

しかしそんな風に自分を責めて泣いているお空の頭と背中に勇儀と萃香が手を置いた。

 

「「泣くんじゃねぇ。」」

 

同時に全く同じ事を言われたお空は顔を上げる。

声の主は二人とも自信に溢れた笑顔でお空を見つめている。

 

「諦めんなや。まだ3イニングあらぁ。そんだけありゃ7点なんざすぐだっての。」

 

「そーそ。それにお空の失点も元はあたしの責任だしねぇ。」

 

「二人とも……。」

 

「任せろ、ひっくり返してやるよ。」

 

「そうだよ。安心して任せな。」

 

闘志は折れない。そしてその気持ちはチーム旧地獄全体にも波及していた。

それまでお空に引きずられ、どこか敗戦ムードだったベンチの中は明るい空気に入れ替わっている。

 

「さぁて、反撃開始と行こうか。」

 

「「「オー!!」」」

 

『一番、ショート、おりんりん……。』

 

「よっしゃー!!」

 

雄叫びを上げて打席に立つお燐。しかし…………

 

 

「ストライークッ!!バッターアウッ!!」

 

緩まない。村紗水蜜は決して傲らない、手を抜かない。それが対戦相手への礼節と知っているから。

この回も村紗の投球は冴えを見せ三者凡退に切った。

チームのエースとしての意地だけではない。そう思わせる気迫を纏っていた。

 

しかしそれだけで終わる地霊殿ではない。彼女たちにも意地がある。

地獄の底にいた妖怪としての矜持と自負がある。

 

だからこそ……

 

「どっせらぁあっ!!」

 

「ふっとべぇえ!!」

 

二者連続ホームラン。鬼の意地、チームの一員としてのプライド、四番、五番の義務と責任、それら全てを乗せて放たれたアーチは軽々と場外に飛んでいった。

しかし

 

「ストライーッ!バッターアウッ!!」

 

崩れない、揺るがない。決してへこたれはしない鋼の心臓。それが投手村紗の一番の武器だった。

一球一球に魂を乗せ、何があっても自分を見失わない村紗はこのGBLでも最優の投手と呼ばれている。

 

結局この後の回も地霊殿は村紗を攻略できず敗北したのだった。

 

 

 








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