2話目にしてなんだこの長さはって感じです。
ちなみに本作のGBL(幻想郷ベースボールリーグ)の試合に延長や再試合の概念がありません。
最終回終了で同点なら引き分けです。
一年に3度の総当たり戦をして勝てば勝利チームに三点、引き分けで両チームに一点ずつ、負ければ零点となります。
そうして得た得点の合計で一番多いチームがその年の優勝チームとなります。
では本編をどうぞ↓
ブンッブンッ…と夜の白玉楼の庭で空気を切る音が響き渡る。
その音を立てているのは白玉楼の庭師にして、チーム白玉楼の4番、魂魄妖夢だ。
額に玉の汗を浮かべながら彼女は無心でバットを振るっている。
洗練され、鋭く振られるバット、そして彼女の姿はまさに4番打者という威風を感じさせる。
そんな彼女に声を掛ける者がいた。
「妖夢~、頑張るのも良いけれど、明日は試合なのよ? そろそろ休みなさい?」
「幽々子様…、はい。ですがあともう少しだけ。」
白玉楼の主である幽々子の言葉に頷きつつも妖夢はバット振る手を止めない。
そんな彼女に幽々子はやれやれと言ったような風に溜め息をついて縁側に座った。
「まったくもう…。妖夢、明日は私も頑張るわね~。」
「はい、明日は勝ちましょう!!」
幽々子の言葉に妖夢は笑顔を浮かべてバットを振る。
こうして白玉楼の夜は更けていくのだった。
翌朝、幻想郷唯一の球場には大勢の観客が押し寄せていた。
もともと娯楽の乏しかった幻想郷においてこのようなスポーツが観戦できるとあっては人気が出るのも当然というもの。
今日の試合はチーム白玉楼対チーム妖怪の山である。
人里でも話題となっている神社の率いる(里の人にはそう見える)チームと人里で人気な庭師の少女のチームとの試合はその前日から並ぶ者がいるほどに注目が集まっていた。
「ふふ、大盛況ね。」
「そうね~。」
チーム白玉楼のベンチではユニフォーム姿の幽々子と紫が暢気に世間話をしていた。
二人ともいつもの帽子ではなく野球帽を被っている。
そんな暢気なベンチの前では妖夢や藍などがブンッブンッと素振りをし、橙がダッシュで塁間の距離を往復している。打線の中核を担う彼女らの気合は充分といったところだろう。
そこから離れたところではプリズムリバー三姉妹がボールを3つ使ってキャッチボールを繰り広げ、観客達を盛り上げている。
「あやややや、妖夢さん、またまた腕を上げたみたいですねぇ。」
そう言ってパシャリとカメラのシャッターを切るのはチーム妖怪の山の斬り込み隊長、射命丸文だ。
その隣では静かに瞑目したままバットを握り、精神統一を行う犬走椛と観客相手に手を振ってアピールする東風谷早苗の姿がある。
「大丈夫ですよ。こっちには神奈子様と諏訪子様もいますし、それに天狗のお二人も黙って負ける気はないんでしょう?」
「あややや、勿論ですよ。妖怪の山の天狗としては舐められたら終わりでしてね。」
「……、やるからには全力で勝ちにいきます。それだけです。」
文はニヤリと笑い、椛は力強い声でそう言った。
両チームともに気合充分な状態で始まった試合は両者譲らない展開となった。
「あ、あやややややっ!?」
「くッ……、変化球のキレが……!」
「ひゅい?!」
初回、先攻のチーム妖怪の山は射命丸文、犬走椛、河城にとりの3人ともが先発投手幽々子の操る多彩な変化球に対応仕切れず三振・凡打に打ち取られチェンジとなった。
だが──
「うぇぇええっ!?」
「あーらーまー…。」
「さすがに…、速いわね…。」
チーム妖怪の山のエース兼4番の八坂神奈子の豪速球により、橙、レティ・ホワイトロック、八雲紫の3人とも手も足も出ずに三者三振に打ち取られた。
そして次の回、回ってくるのはチームの大黒柱、八坂神奈子。背中に背負った注連縄と御柱を豪快に空へ投げ捨てるというパフォーマンスで観客を沸かせ、打席に立つ。
圧倒的な威圧感でバットを構える神奈子を前にしても幽々子はいつものようにおっとりした表情だ。
(……うん、いつもの幽々子様だ。これなら心配はいらないな。)
キャッチャーマスク越しに神奈子と幽々子を見ていた妖夢だが、幽々子の様子に緊張も気負いすぎもないと分かると、対神奈子用に組み立ててきた配球のサインを出す。
そのサインに頷いた幽々子はコクりと頷きピッチングモーションに入る。
ゆっくり、ゆったりとした投球フォームからサイドスローで放たれたボールは真っ直ぐに
(コースが甘いねぇ!)
神奈子は足を開いて踏み込んで甘く入ってきたボールを思いっきりひっぱたいた。
カッという小気味の良い音が響き、ボールは放物線を描く。神奈子の打球に観客達は声を上げてボールの行き先を見守る。
しかし、打った本人の神奈子は苦々しい顔を浮かべていた。
高々と打ち上げられた打球はその高度を落としていき、センターのルナサのグラブに納まった。
(ちぃ…、打たされたか…。手元で小さく曲げられたね…。)
神奈子がセンターフライに打ち取られ、続く早苗と雛も同じように凡打に打ち取られた。
『2回の裏、チーム白玉楼の攻撃は、4番、キャッチャー、妖夢さん、背番号、2──』
ウグイス嬢のコールを聞いて、待機していた妖夢が打席に立つ。
力んだ様子もなく、自然体な彼女の構えに神奈子は笑う。信者達に向けるような慈愛に満ちた笑顔ではなく、かつて諏訪大戦で諏訪子との戦いで見せたような闘争心溢れる笑顔だ。
(……私が打って少しでも流れを引き寄せる…!)
きゅっとグリップを握り締めた妖夢は大きく息を吐きながら足場を整える。
そして妖夢が構え終えると神奈子が大きく振りかぶる。
マウンドの土を踏み締め、全体重を乗せるような大きなフォームから繰り出されるストレートはズドンという大きな音を立てて諏訪子のミットに納まった。
「ストライーッ!」
「イタタ…。神奈子、気合い入れすぎじゃない?」
ミットからボールを取り出した諏訪子はプランプランとミットを嵌めた左手を揺らしながら返球する。
風を割くような豪速球を間近で見ても妖夢は眉一つ動かさずに足場を均す。
「さて先ずはワンストライク…。さぁどんどん行くよ!」
「……。」
楽しそうにモーションに入る神奈子に対して妖夢は小さく息を吐いてバットを握る。
同じように大きなフォームからまたも豪速球を繰り出す神奈子、それを黙って2度も見逃すような妖夢ではない。果敢に踏み込んで打ちに行く。
「ッ!?」
「お…!」
妖夢のバットに当たったボールは直ぐ真後ろにあるフェンスにぶつかり、カシャンという独特な音を立てる。
(真後ろへのファウルボール…、タイミングを合わせてきたねぇ…。)
心底嬉しそうな顔をして妖夢を見つめる神奈子はまた投球モーションに移り、振りかぶる。
プレートに乗せた右足の踵すら上げて更に体重を乗せて放たれるボール、しかし妖夢はそれさえも捉えてみせた。が───
「──ッ!?」
やや芯から外れ根本気味にボールはバットに当たる。そしてボールはバットをへし折り、弱々しく神奈子の頭上に浮き上がった。
ピッチャーフライとして落ちてきたボールを神奈子はしっかりと捉える。
妖夢は折れたバット握り締め、苦虫を噛み潰したような顔になりながらベンチに戻った。彼女に続く藍、メルランも神奈子の豪速球に凡打と倒れた。
多彩な変化球による変幻自在な投球の西行寺幽々子、豪速球による正面から制圧する豪快な投球の八坂神奈子。
タイプのまったく違う投手二人による投げ合いで、試合は硬直状態となった。
ちらほらと両チームともにランナーを出すことはあるものの、それが得点に繋がることはなく、お互いに点が取れないまま試合は最終回の表を迎えた。
最終回、9回の表。チーム妖怪の山の先頭打者は二番の椛から。つまり4番の神奈子まで確実に回るのである。
「…幽々子様、行けますか?」
「勿論よ~。任せて、ここをきっちり抑えてみせるわ。」
マウンドの上で口元を隠しながら話す主従バッテリー。幽々子の顔にはやや疲労の色が見え隠れしているが、それでも限界まで追い詰められてはいないようだ。
幽々子の言葉に妖夢はマスクを被ってマウンドを降りた。
既に打席には椛がバットを握って待機しており、鋭い目付きで幽々子を睨んでいる。
「……。」
何も話さず口を真一文字に結んだ椛はバットを構え、幽々子と対峙した。
ゆったりとしたサイドスローから放たれる幽々子のボールを椛は大きく踏み込んでフルスイングで撃ち抜こうとする。
カッという音を響かせてボールはファールエリアに飛び込んでいった。
「ずらされたか…。」
バットの芯の部分を撫でてから椛はバットを構える。
幽々子もまた同じようにゆったりとゆっくりなフォームからボールを投げる。
神奈子のそれと比べると遅いそのボールは椛の
(もらった!)
内角高めのコースは椛の一番好きなコースである。
椛は大きく踏み込み、フルスイングでボールをひっぱたきにかかる。
しかしボールは椛のバットに当たる直前にまるで糸に引っ張られるかのように斜め横に折れ曲がった。
そしてスパンッという心地よい音が響く。
「ストライーッ!ツーッ!!」
(ここに来てまだこんなキレのある変化球を……ッ!?)
その後、椛は遊び玉無しで打ち取られ、続くにとりもファーストゴロに倒れた。
しかし本番はここからである。
『次は4番、ピッチャー、神奈子さん───』
神奈子の名前が呼ばれた瞬間にチーム妖怪の山側のスタンドが大きく沸き立った。
神奈子は打席に立つと丁寧に足場を均し、バットを構える。
(……、ここで神奈子さんを抑えれば最低でも引き分けに持っていける。ここが踏ん張り所ですよ、幽々子様!)
妖夢はミットを叩き、幽々子を鼓舞してからミットを構える。
対神奈子用に準備してきた配球は何パターンもあり、今回もその中から一つ使うのだ。
だが───
「ふんッ!!」
ゴッという鈍い音が球場に響き、それと同時に高々と青空に吸い込まれるようにボールが放物線を描く。
そしてセンターのルナサが追いかけていくが途中で追いかけることを止めた。ボールはフェンスを飛び越えて行ったのだ。
ボールが柵を越えた瞬間、スタンドは大いに沸き、幽々子がマウンドに崩れ落ちる。
「「「うぉおおおおおおおっ!!!」」」
まさかのホームラン。
疲労によって甘く入った、いや入ってしまった緩い変化球を見事に持っていかれたのだ。
その後、リリーフとして登板した紫の投球によって早苗を三振に打ち取ったチーム白玉楼であったがその空気は重かった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。」
ベンチの隅で幽々子は人目も憚らずに声を上げて泣いていた。しかし誰も彼女のことは責めないでいる。
調子が良すぎた為に彼女を引っ張り過ぎたのが原因だからだ。
最終回の裏、1点差の状況。先頭バッターは一番の橙からである。4番の妖夢に回すためには最低でも誰か一人は塁に出なくてはならないのだ。
仮に妖夢まで回ったとしても逆転するためには二点が必要だ。
そんな時、妖夢がベンチの前でバットを振っている橙達に声を掛けた。
「………私が、私がこのチームを勝たせます。だから、橙さん、レティさん、紫さん、私にまで回してください。」
そう言って妖夢は泣いている幽々子の前まで行くとそっとしゃがみ彼女の手を握った。
「泣かないでください、幽々子様。大丈夫ですよ、私がパカーンと打って、幽々子様のミスを取り返しますから!」
「妖夢……。」
自信満々に笑顔でそう言った妖夢に幽々子は少しだけ明るさを取り戻す。
そんな主従二人を見て橙、レティ、紫の3人は互いに頷き合う。
『一番、セカンド、橙ちゃん──』
ウグイス嬢のコールによって打席に立った橙はベースに覆い被さるように構え神奈子を睨み付ける。
(当たってでも塁に出る気か…、いいね、そう言うのは大好きさ。)
どうやってでも塁に出る、そんな気迫溢れる橙の姿勢に神奈子は口角を小さくつり上げて笑う。
そして大きな身体を活かした豪快なフォームに移った瞬間、橙がバントの構えを取る。それを見たサードの早苗とファーストの雛が猛ダッシュで詰め寄り、投げ終えた神奈子も急いで前に走った。
しかし橙はボールがバットに当たる直前にバットを引く。
「ストライーッ!」
「おけおけ、ストライク一つ貰ったよ。」
バントの振りをして神奈子を走らせるのが目的なのだと直ぐに勘づいた諏訪子は落ち着かせるように神奈子に言い返球する。
諏訪子からの返球を受け取った神奈子は分かっていると言うように口の端に笑みを浮かべ、頷いた。
そして2球目も同じように橙がバントの構えを見せ、それを見た早苗と雛、神奈子が前に詰める。しかし2球目もまた橙はボールが中前にバットを引っ込めた。
(9回まで全部投げてて疲れてないはすがないんだ…。だから、すこしでも……。)
3球目、投げられたボールを橙は短く持ったバットで食らいつく。
木製バットの音と共にボールはフェンスにぶつかりカシャンという音を立てる。
続く4球目、5球目と橙は神奈子のストレートをカットし続け、粘りを見せる。
しかし6球目、渾身の力を込めて放たれたストレートは橙のバットをへし折り、跳ね返されることなくミットに納まった。
「ヨオッシッ!!」
小細工すらも正面から捩じ伏せた軍神が雄叫びを上げ、拳を掲げる。
額にうっすらと汗を浮かべているものの、表情はまだ余裕そのものである。
『二番、ファースト、レティさん───』
打席に立ったレティの顔は平静そのもの。ただいつもと違うのが彼女の構えが先程の橙と同じようにベース上にまで体が乗り出していることだった。
(レティもか…。良い度胸だ。)
ぐわっと大きく振りかぶり、豪快なフォームでボールを投げる。豪と音を立ててミットに迫るボールをレティは上っ面を叩いて叩き付ける。
「ファールっ!」
レティの打球はファールエリアに勢いよく叩き付けられた。
その後、何球も何球もファールエリアに打ち込み続け、驚異の粘りを見せるレティ。遂に球数が16を越えた頃に神奈子に変化が現れ始める。
「ふぅ…、ふぅ、ハァ……。」
マウンド上の神奈子の額の汗が大きくなり、肩で息をし始めたのだ。額を伝う汗をアンダーの袖で拭い、大きく息を吸い込み呼吸を整える。
前に飛ばすことは出来なくてもこうしてファールにして球数を稼ぐくらいはやってみせるというレティの意地が神奈子を追い詰める。
「ふふふ…。」
「この……。」
余裕を装うレティの顔に神奈子は眉をしかめる。
そして17球目を投げようと振りかぶった。これまでの16球、全てに手抜きはない。何故なら手を抜いたボールを投げた瞬間にはヒットを飛ばされるからだ。
「っ──らぁっ!!」
吐き出すような叫びと共に投げられたボールは
(そこっ!)
甘めに入ってきたボールをレティは見逃さない。短く持ったバットをコンパクトに振り抜き、レティはボールを打ち返す。
小気味の良い音を響かせボールは打ち返される。
打球は勢いよく神奈子の股下を抜けセカンドベースの横、セカンド側に抜けようとしていた。
「まだまだぁ!!」
あともう少しで二遊間を割ると言うところでセカンドの椛が飛び付き、グラブでキャッチする。
しかし飛び込んだ影響で直ぐにはファーストには送球できず、このまま安打になるかと言うところに───
「椛!」
「にとり!」
椛が飛び付いて打球をキャッチした瞬間にショートのにとりがその直ぐ側に駆け寄っていた。そしてにとりの姿を視界の端に捉えた椛はグラブトスをしてにとりにボールを放り投げる。
椛からトスされたボールをにとりは直ぐ様ファーストに送球する。
ボールはレティがファーストに辿り着くよりも早くファーストの雛のミットに納まった。
「アウトッ!」
「オーケー、ツーアウトツーアウト!」
「あと一つです!」
塁審によるアウトコールにより、チーム妖怪の山のナインは大いに盛り上がる。
センターの文やサードの早苗と言ったムードメイカーが率先して声を出して盛り上げ、妖怪の山側のスタンドも大声で囃し立てる。
『三番、ピッチャー、紫さん───』
ツーアウトまで追い込まれた白玉楼側の次のバッターは幽々子の親友でもある紫。
大きく息をついた彼女はゆっくりと立ち上がりネクストバッターズサークルから打席に立つ。
そんな紫の表情は普段の彼女からは予想もつかないほど緊張でひきつっていた。
(……、私が打てなきゃ、負け…ね。)
ザッザッとバッターボックスの土を均しながら紫はマウンド上の神奈子を見つめる。
神奈子もまた大粒の汗を頬に伝わせ、肩で息をしている。余裕のないのは向こうも一緒か、と紫はそれまでの緊張を振り払いバットを構えた。
神奈子は大きく振りかぶり、いつもと変わらないフォームでボールを投げる。
豪と音を立てミットに向かうボールを紫はファールエリアに打ち込んだ。このチーム白玉楼の中で紫のバッティングセンスはかなり高い。長打力こそ妖夢や藍に劣るものの、ヒットを量産すること、ランナーを進めるつつ自分も生きることに関してはチーム随一の物を持っている。
そのセンスで以て長打力と安定性を兼ね備えた妖夢に繋ぎ、得点に繋げるのが紫の仕事なのだ。
しかし今日は一度もその仕事を果たせていない。打順が回ってきてもヒットを打ってチャンスを妖夢に渡せなかった。このまま終わることなど彼女のプライドが許さない。
(だから、なんとしても今は妖夢に繋ぐわ!)
キリッとした顔で紫はバットを握り締め、神奈子を睨む。
神奈子は既にファールに移っており、試合も大詰めというこの場においてもその豪快なフォームに陰りはない。
「ぬぅらぁあっ!!」
雄叫びと共に放たれた豪速球、紫はシャープなスイングで打ち返す。打球はマウンド上で跳ね、神奈子の横を抜けようとする。
しかし神奈子は足を差し出し、駆け抜けようとするボールの勢いを削いだ。
神奈子の足に当たり、勢いの弱まった打球はそのままサード方向に大きく跳ねる。
「早苗ぇえっ!」
「はい、神奈子様!!」
強い打球を警戒してやや深めに守っていた早苗。紫のスイングと打球音を聞いて更に深く下がっていたのが災いしてか、急いで前進してもボールに届くまで少しばかりラグがあった。
急いでボールを拾い上げた早苗は直ぐにファーストに送球する。
(走れ、もっと速く……ッ!!)
手応えを感じ、打球が神奈子の真横に飛んでいったのを感じた紫はただひたすらにファーストベースを目指していた。
自分がアウトになれば其の瞬間に敗けが決まるこの場面、妖怪の山の内野陣が簡単にヒットを許すわけがないと確信している紫はそれこそ必死に走る。
ファーストベースに足をつけた雛が身体を伸ばしてミットを構えている姿を見て紫は焦った。もう既にボールは内野の誰かの手の内にある、そう感じた紫は土にまみれることも厭わず、ベースに向かって飛び掛かるように頭からダイブする。
紫がダイブし宙に浮いてからコンマ数秒にボールが雛のミットに収まる音が響いた。
巻き起こる砂煙、一瞬訪れる静寂。
全ての選手、観客達が固唾を飲んで審判の声を待っていた。
砂煙が晴れ、紫の手と雛の足元が露になると審判は両手を大きく左右に広げる。
「セーフッ!!」
判定の結果はセーフ。紫の手がベースに触れ、一方で雛の足は塁から僅かにだが外れていた。
セーフの声を聞いた瞬間にチーム白玉楼側のスタンドが盛大に沸く。
紫は泥だらけになったユニフォームを払うこともせずベースの上に立ってベンチに向かってガッツポーズを見せる。
そんな彼女の仕草にベンチの全員が笑顔で声を返した。
「ご、ごめんなさい…。私のミスで…。」
「いえ、私があんなに深く守っていなければ…。」
マウンド上に集まった妖怪の山の内野陣、特に雛と早苗は暗い顔をしていた。
二人は自分を責めるようにして周りのメンバーに謝っているがそんな二人の頭に神奈子が軽くチョップをお見舞いする。
「問題ない。要は次の妖夢を打ち取りさえすれば良いんだ。だから気にするな。私は負けんよ。」
神奈子は力強くそう言うとマウンド上の内野陣に散らばるように指示を出す。
マウンドから散らばり、定位置に戻った彼女らの顔は生き生きしていた。
「さて、ドラマチックに決めますか…。」
そう呟いて妖夢は打席に立つ。
妖夢達によるサヨナラ勝ちか、それともこのまま神奈子が抑えて妖怪の山が逃げ切るのか。そんな状況に観客達は大きな盛り上がりを見せる。
「くく…。あぁ、面白い。」
「今度こそ打たせてもらいますよ、神奈子さん。」
好戦的な笑みを見せる神奈子と、それと対峙して尚余裕のある表情の妖夢。妖夢は神奈子に対する挑戦の言葉を吐くと同時にバットを白玉楼側のスタンドに向ける。
「狙わせてもらいます。このチーム白玉楼の4番、魂魄妖夢に! 打てぬ球はあんまりない!!」
予告ホームランを宣言した妖夢はそう言って力強くバットを構えた。
そんな妖夢の振る舞いに神奈子は嬉しそうに笑う。
「面白い! やってみなよ! この山の神、軍神、八坂神奈子の荒ぶる御魂を味わうと良い!!」
神奈子は笑顔でそう宣言し、いつものように振りかぶる。もはやランナーの紫のことなど眼中にもないと言った様子だ。
大きな身体をしならせ、目一杯体重を乗せて放たれる剛球。音を立て、空気を引き裂きながらミットに直進するボールに対して妖夢は躊躇いなく打ちに行く。
木製バットのカッという心地よい音が響き、ボールが高々と青空に打ち上がる。
力強く打ち上がったボールに観客達は歓声を上げる。ぐんぐんと伸びていくボールはレフトスタンド方向に飛んで行く。
「ファールっ!」
「「「あ~!」」」
妖夢の放った打球はスタンドのファールエリアに飛び込んだ。
あまりにも惜しいその軌道にチーム白玉楼贔屓の観客達は嘆息の声を上げる。
しかし妖夢は悔しがる素振りも見せず、平然と足場を均して構え直す。
「やるじゃないか。」
神奈子はボールを受け取ると早速振りかぶる。
もう既に疲労も来ているはずなのに、いつもと変わらないフォームで神奈子はボールを放つ。
これまでと変わらない威力のストレートはそのままストライクゾーンの外角低めに向かって飛んで行く。
外角へのボールとあって妖夢は思いっきり踏み込み、神奈子のストレートをひっぱたいた。
きっちりとバットの芯で捉えられたボールはぐんぐんと今度はライト方向に向かって伸びていく。
だがボールは途中で切れていき、ファールとなった。
ファールエリアにボールが飛び込むとまたもやスタンドから声が響く。
「レフト、ライト…と来たら次はセンターですよね?」
ボールの行方を目で追っていた神奈子に妖夢は不敵に笑いかける。
そんな風に話し掛けられた神奈子の首筋を一筋の汗が伝う。心の中に小さな動揺を走らせた神奈子を察したのか諏訪子がタイムを取ってマウンドに駆け寄る。
「神奈子、もう直球一本勝負とか言ってられないよ。ここは遅い釣り球で慣れた目を1回切って…。」
「……ここで逃げる…か? それは無理だな。」
「神奈子!」
勝ちに行く提案に首を振る神奈子に対して諏訪子は諌めるように声を荒らげる。
目の前の勝負に拘って大事な試合の勝ちを棄てるという行動に諏訪子は彼女の真意を問い質す為にずずいと詰め寄った。
「勘違いするな諏訪子、私は何も敗けるつもりはない。私は勝つぞ。」
諏訪子と目を合わせた神奈子の瞳にはまだまだ闘志が燃えていた。
そんな彼女の瞳を見た諏訪子は呆れたように溜め息を吐き、“仕方ない”と口にする。
「そこまで言うなら神奈子を信じるよ。勝とう。」
「ああ。」
諏訪子は笑って右の拳を差し出し、神奈子もそれを見ると力強く頷き笑いながらその拳に自分の拳を突き合わせた。
ニヤリと笑い合い、諏訪子はマウンドから降りていく。
(……さて、恐らく神奈子さんの性格的に遊び球はないでしょう。なら、打ち返すのみです。今度こそ、真芯で捉えます!)
諏訪子と神奈子が話している間、打席を外しブンブンと素振りをしている妖夢はイメージしていた。ありとあらゆるコースに投げ込まれる神奈子の豪速球を。
そうしている内に諏訪子が戻ってきた。マスクを被り、その場にしゃがむ諏訪子を見て妖夢が打席に戻り、バットを構える。
「さぁ、勝負だ。魂魄妖夢!」
神奈子は大きく振りかぶる。プレートに乗せた右足の踵を限界まで上げ、持てる全ての力をこの一球に乗せる。
「──っ、ぁああああッ!!」
渾身の力を、全身のエネルギーを込めて放たれた一投はど真ん中に構えられた諏訪子のミットに飛んで行く。
それは神奈子のプライドと意地を懸けたストレートだ。
そのボールに対し妖夢は怖れることなく踏み込み、全力でバットを振る。
カンッ───そんな静かな音が鳴る。
その音と共に白球が空へ浮かんでいった。
雲一つ無い青空に吸い込まれるように飛んでいった白球はぐんぐんとセンター方向に伸びて行く。
空に浮かぶボールを見つめ、球場は時が止まったかのような静けさに包まれる。
ゆっくりとセンター方向に向かって飛んで行くボールを追ってセンターの文は1歩、また1歩と下がっていく。
そしていつの間にか文の背中は外野フェンスにぶつかった。
しかし白球はまだその高度を十分に保っている。
そうして数秒後、ドサッと外野フェンスの外に作られた芝生に白球が落ちた。
「だから言ったでしょう? “打てない球はあんまりない”…と。」
そう小さく呟いた妖夢は軽くバットを放り投げ、一塁ベースに向けて歩き出した。
するとそれまで静寂に包まれ、時間の止まっていた球場が再び動き出す。
「「「うぉおおおおおおおっ!!!」」」
劇的なまでの妖夢のホームランに、スタンドの観客達は贔屓のチーム関係なく大きく声を上げる。
中には感動のあまり涙を流して立ち上がり、拍手を送る者さえいた。
ダイヤモンドを一周し、最後にホームベースを踏みしめた妖夢を出迎えたのはチームメイト達からの熱い抱擁だった。
「皆さん、やりましたよ!」
手荒いながらも優しい出迎えに妖夢は顔を綻ばせながら声を掛ける。
その言葉に皆はまた勢いを増して彼女を揉みくちゃにする。
あ~、長い。
チーム紹介
チーム白玉楼(通称ホワイトファントムズ)
1 二 橙
2 一 レティ・ホワイトロック
3 三 八雲紫
4 捕 魂魄妖夢
5 遊 八雲藍
6 右 メルラン・プリズムリバー
7 左 リリカ・プリズムリバー
8 中 ルナサ・プリズムリバー
9 投 西行寺幽々子
プリズムリバー三姉妹による鉄壁の外野陣と、4番妖夢による高い得点率を武器に戦うチーム。
先発の幽々子は多彩でキレのある変化球を持ち味にした投球で打たせて取るピッチングを得意とする。
チーム妖怪の山(通称マウントフェイス)
1 中 射命丸文
2 二 犬走椛
3 遊 河城にとり
4 投 八坂神奈子
5 三 東風谷早苗
6 一 鍵山雛
7 捕 洩矢諏訪子
8 左 秋穣子
9 右 秋静葉
豪打豪投を誇るエース兼4番の八坂神奈子を中心にした爆発力抜群の打線を武器に俊足の文、椛で投手を引っ掻き回し、小技の利くにとりや諏訪子で守備を引っ掻き回していくスタイルが特徴的である。
こんな感じのチーム編成。