All I Need is Something Real   作:作図

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14. Superficial Relationship

>5/16(水) ー夜ー

 

 

 俺の両親はどちらもに仕事に熱心な人で、家に帰ってくることはあまりない。そのためか、一人暮らしの様な感覚を覚えることが多い。

 

 べつに、両親との関係が不仲な訳ではないし、むしろ、仕事熱心な事に関しては尊敬すらしているのだが、しかし、親子らしいやり取りというのを、あんまりしてこなかったように思う。両親が何の仕事をしているのかさえ、俺は知らないのだ。

 

 そして今も、夜の静寂に満ちたリビングで一人きり、自分の分の夜ご飯と、ついでに明日のお弁当に入れるおかずなんかをせっせと作っている。

 

 新しくもう一個プラモデルを作ってみようかなーとか、エビの暴走はどうにかならないのかなーだとか、今日受けた奉仕部の依頼の事だったりと、色々な事をボーッと考えながら。

 

 奉仕部に今回舞い込んでいた依頼というのは、悪質なチェーンメールを差し止めしてほしいというものだ。俺にも何か、手伝える事がないかと先ほどから色々と思案しているものの、良案は浮かばずじまいである。

 

 比企谷と由比ヶ浜の二人が明日、クラスで内部調査を行うのだが…、それを手伝おうにも、俺はメールで書かれている三人とは面識もなければ学年も異なるわけで…。調査にも適しているとはいえない。

 

 申し訳ないが、今回は彼らに任せてしまう事になってしまいそうだなと、比企谷たちに向けた謝罪会見を心の中で執り行っていると、前触れもなく携帯電話がにわかに振動した。

 

 誰からの着信だろうか…? そう疑問に思いながらも、俺はほぼ反射的に着信ボタンを押す。

 

「もしもし? 先輩、聞こえますか?」

 

 携帯を耳元に当てると、特徴のある中性的な声が携帯の受話口から聞こえてくる。俺はすぐに、その電話先の相手が誰なのかが分かった。

 

 電話をかけてきたのは仲間の一人である『白鐘直斗』。探偵業で有名な白鐘家の五代目にして、探偵王子とも呼ばれる現役の名探偵だ。実績も抜群で、警察も頭を抱えるような難事件の数々を解決に導いている。

 

 探偵王子とは言われているが、直斗はれっきとした女の子。名前も偽名ではなく本名である。逆バージョンの戸塚とでも思ってくれていい。

 

「直斗か、あの格闘大会*1以来だな。いったいどうしたんだ?」

 

「いえ、大した用ではないんですが…。実は仕事の関係で、近いうちに千葉の方に寄ることになったんです」

 

「千葉に?」

 

「ええ。それで、その…。せっかくですから、一度会っておきたいなと思いまして。色々と話しておきたいこともありますし」

 

「あぁ、もちろん構わないけど。日程はどうするんだ?」

 

「一応今月の23日か24日のどちらかで考えていますが…。先輩の予定はどうですか?」

 

「23日と24日か…。ちょっと待っててくれ」

 

 俺はその日の予定をカレンダーで確認する。確かめたところ、23日はバイトのシフトが入っていたが、24日なら空いている。直斗にその日にしてほしい旨を伝えた。

 

「わかりました。では、24日に会いましょう。それにしても先輩、向こうでもバイトを始めたんですね」

 

「皆、自分の目標に向かって頑張ってるんだ、俺だってこれくらいはしないとな。あぁ、そうだ、もう少しだけ時間をもらえるか? 実は少し困っている事があって…。一つ、名探偵の知恵を借してくれないか」

 

 渡りに船とはこのことか。限られた情報から犯人を探すというのは、まさに直斗の本業だ。彼女に相談すれば、何かいい手掛かりが得られるかもしれない。

 

「もちろん、僕が力になれることなら、なんでも言ってください。先輩の頼みならいつだって問題ないですよ」

 

「ありがとう。そういってくれると嬉しいよ。実は―――」

 

 三人の名前などは伏せつつ、俺は特定の人物に対する誹謗中傷のメールが学校中で広まっていること、そのメールの犯人の手掛かりを探していること、犯人はある程度絞れていることなどを説明した。

 

「なるほど…。友人の誹謗中傷が書かれたメール…ですか。確かに、放ってはおけないですね」

 

「ああ。直斗ならこういう時どうする?」

 

「そうですね…。メールの解析などはしましたか? 相手のIPアドレスがなどが分かれば、送信に使われた携帯電話のキャリア位は分かるかもしれません」

 

「…それ、もしかして河川敷で捨て猫探し*2をした時に使ったやつか?」

 

「ええ、そうです。先輩の話を聞く限り、犯人の目星はある程度ついているのでしょう? なら、犯人を絞りこむための、指標の一つにはなると思います」

 

「なるほどな。メールそのものを調べる……か。流石だな。でも、IPアドレスなんてどうやって調べればいいんだ? パソコンとか必要なのか」

 

「いえ。僕はそういうのには慣れていますし、メールの本文を転送して頂ければこちらで調べますよ」

 

「そこまでしてもらってもいいのか? 直斗にも仕事があるんじゃ―」

 

「全然大丈夫ですよ! 大した手間ではありませんし」

 

「そうか、なら宜しく頼む」

 

「任せてください。すぐにでも調べ終わると思いますから、ちょっと待っててもらってもいいですか――」

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

5/17(木) ー放課後ー

 

 

 放課後、部室に奉仕部四人と、依頼者である葉山が集まった。当事者が全員揃ったのを見計らって、雪ノ下は比企谷と由比ヶ浜に調査報告を求める。

 

「どうだったかしら? 何か、犯人の手掛かりは掴めたかしら?」

 

「ごめん! 女子には色々と当たってみたけど全然わかんなかった」

 

「そう、それならそれで構わないわ」

 

「え、いいの?」

 

 怒られると思っていたのか、由比ヶ浜は少し拍子抜けした表情を浮かべた。

 

「ええ。逆に言えば女子たちは今回のことにさして興味を持っていない、関わっていない、ってことでしょう」

 

「なるほどな…。つまり比企谷達のクラスの男子の問題って事になるのか」

 

「そういうことです。それで、あなたの方は何か分かったかしら?」

 

「悪い、犯人の手掛かりは掴めなかった」

 

「そう…」

 

 雪ノ下は、比企谷にもいつもの様な罵倒をしなかった。罵倒の代わりなのか、憐れんだ感じの視線を比企谷に送りながら、諦めたように吐息を漏らす。

 

「つまり、……誰も話を聞いてくれなかったのね」

 

「そうなのか?」

 

「いやそうじゃねぇよ。そもそも俺、クラスの誰にも話しかけてねぇから。…話しかけられもしねぇけど」

 

「強がるのはやめなさい。見苦しいわよ」

 

「………………お前もクラスに友達いない癖に」

 

「何か言ったかしら?」

 

「な、何でもナイデース」

 

 冷淡な独裁者のような口振りと笑みに、比企谷はすぐに発言を撤回した。やりとりを水に流すべく、彼はわざとらしく咳払いを三つほどして、沈黙の中でちょっと遠慮がちに口を開く。

 

「……まぁそんな友達のいない俺にもだな…。一つだけ、分かったことがある」

 

 比企谷の今の発言に皆も興味を持ったのか、それぞれがそれぞれの聞く体勢に入った。疑うような目、期待する目、言葉を待つような目、ちなみに俺は多分興味深そうな目を。三者三様ならぬ四者四様の視線を受けながら、比企谷はまたも咳払いを一つする。

 

「比企谷、何かわかったのか?」

 

「犯人についてではないっすけどね。俺が分かったことってのはずばり…」

 

「ずばり?」

 

「『あのグループは葉山のグループ』だ、っていう事だ」

 

「は、はぁ? 今さら何言ってんの?」

 

 由比ヶ浜が拍子抜けした表情で言った。その物言いには、少し馬鹿にするようなニュアンスが込められている。当の葉山もいまいち理解が及んでいないのか、解せないなと頭を傾げた。

 

「どういう意味だ?」

 

「少し言い方が悪かったな。つまりお前のもの、葉山のためのものって意味だ」

 

「いや、別にそんな事ないと思うけどな…」

 

 葉山はやんわりとその意見を否定した。しかし比企谷の方も、そんな感じの事を言うと思ったぜ、とさらに持論を展開していく。

 

「まぁお前がそう思うのも無理はない。だがな葉山、ここで一つ聞かせてもらうが、お前はお前がいないときの三人を見たことがあるか?」

 

「いや、ないけど…」

 

「そう、『いないとき』なんだから見えるわけがないよな。でも、俺の様に傍から見てるとよーくわかるんだ。あいつら三人きりのときは全然仲良くないって事が。つまりだな、あいつらにとっちゃ葉山は『友達』だが、それ以外の奴は『友達の友達』なんだよ」

 

「あ、ああ~、それすごいわかる…。会話を回してる中心の人がいなくなると気まずいよね。何話していいかわかんなくて携帯いじったりしちゃうんだよ…」

 

 何か思い当たることでもよぎったのか、由比ヶ浜はかくっとうなだれる。その一方で、葉山はそれらの言葉を噛み締めているのか、何も言うことなく黙っていた。

 

「そ、そういうものなのね…。でも、仮に比企谷くんの言うことが本当だったとして、三人の犯行動機の補強にしかならないわね。その中の誰がやっているかを突き止める方法はないかしら? 犯人を消さない限り、事態は収束しないわ」

 

 雪ノ下は顎に手をやり考え込むしぐさをする。消すという言葉に不穏な物を感じるが、そういうことであるなら、こちらにも掴んだ情報がある。

 

「雪ノ下、俺の方からも一ついいか?」

 

「ええ」

 

「昨日、このチェーンメールの送信に使われていた携帯電話のキャリアが分かったんだ。あくまで参考程度の情報ではあるが…。これで犯人を少しは絞り込めるんじゃないか」

 

 俺は協力者の存在は伏せて、メールの文面を見た限りの犯人の特徴や、犯行に使ったと思われる端末のキャリアについてを話す。一晩で直斗がやってくれました。

 

「なるほど、三人の使っている携帯のキャリアがそれぞれ異なっていれば、この情報で特定する事ができそうね。由比ヶ浜さん、三人のキャリアは分かるかしら」

 

「さ、流石にわからないよー! うーん……。あ、でも、戸部っちはあたしと同じマストバンクだった気がする! だから違うんじゃないかなー…。他の二人はごめん…わっかんない」

 

「いえ、ありがとう由比ヶ浜さん。では、早速残りの二人を突撃しに行きましょう。確か、大岡くんは…」

 

「ま、待ってくれ! キャリアが一致したからと言って、犯人だと決めつけるのはあまりにも早計じゃないか? 犯人が普段使っている端末とは別の端末でメールを送信した可能性もあるだろ」

 

 雪ノ下の声を遮って、葉山はこの流れに苦言を呈した。語調からして焦っているようにも見受けられたが、彼の言っている指摘自体は間違っていない。

 

 犯人は捨てメアドを複数個所有する位には事の露見を恐れている。よって、自分の普段使っている端末とは違った端末でメールを送信している可能性も充分にあるのだ。これは直斗からも指摘されており、先ほど俺が参考程度と言ったのはこのためである。

 

「それでも、調べるだけの価値はあるでしょう。犯人が別端末を使用したとは限らないのだし、もし彼らの携帯から何らかの証拠が出れば、それで事件は解決よ。それに、こうして直接的な行動に出るというだけでも、犯人に対する大きな牽制になると思っているわ」

 

 だが、雪ノ下はそれにも毅然と反論し、強硬調査の姿勢を崩さない。犯人を滅せんという殺意とも呼べそうな気合いに満ちている。雪ノ下と葉山の視線がバチバチと交差する最中、比企谷が割り込むように立ち上がった。

 

「……葉山、お前はやっぱり、犯人を捕まえたいわけじゃないんだな」

 

 ――!?

 

 その言葉に、俺も含めたその場の誰しもの視線が、一様に比企谷に集まった。彼はそれを気にした様子もなく、淡々と発言を続ける。

 

「お前は、何も変わらないままの……、前の関係のままでいたいんだろ? そんなお前が望むような、理想的な解決方法が一つだけある。犯人を捜す必要もなく、これ以上揉めることない…。しかも、あいつらがより仲良くなれるかもしれない方法だ」

 

「そんな方法、本当にあるの?」

 

 そんな都合のうまい話があってたまるかと、由比ヶ浜が猜疑的な視線を向ける。

 

「嘘なんて言ってもしょうもないだろ…。ただ、この方法は犯人を捜す必要はないと言ったが、それは裏を返せば、犯人の正体を霧の中に覆ってしまうことにもなる。葉山、それでも、知りたいか?」

 

 邪悪な取引を持ちかけるような、悪魔のような囁き。俺はこのやり取りをどんな顔で見ていたのだろう。どれほどかの間をおいて、葉山の額はこくりと頷いた。

 

「いいのか、それで」

 

 答えは返ってくることはなく、俺の疑問はあてもなく発せられただけだった。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

>5/18(金) ー放課後ー

 

 

「それで、班分けはどうなったんだ? あの後、上手くいったのか?」

 

「まぁ、なんとか。あいつらの代わりに俺が葉山と組むことになっちゃいましたけど」

 

 比企谷の提案した方法…。それは犯人を捜すことではなく、そもそもの原因を取り除いてしまうことだ。メールが送られている動機が、班からハブられてしまう事を危惧しての物だというならば、それを解消してやればいい。

 

 渦中である葉山が、水面下で繰り広げられている班決めの抗争から退き、かつ、三人を同じ班にすることでそれは成し遂げられる。更に言えば、彼ら自身ももっと仲良くなるかもしれない。

 

 一見して完璧なように思えるこの作戦。だけど……、俺にはたった一つだけ、気がかりな事がある。

 

 当然、葉山はこの事件の経緯を全て知っているのだ。それはつまり、悪意を持って友を切り捨てようとした者が、三人の中に平然と紛れていることも……知っている。それを知りながら彼は、今後どのような心持ちで彼らと言葉を交わすのだろうか。…分からない。

 

 ………いいや。それでも葉山は、まるで何事も無かったように、今後も過ごしていくのだろう。きっと彼は俺とは違って、そういう事が出来てしまう器用な人なのだ。

 

 でも……。やっぱりなんだか、ちょっと寂しいな…なんて思ってしまう。もちろん、葉山の選択や比企谷の案を否定するわけではないけれど。

 

「そうか、でも、すごいな…」

 

「は? 何がっすか」

 

「いや、比企谷は周りを良く見てるんだなって。俺じゃ、グループについてだとか、ああいった解決法とか…。きっと思い付かなかった。調査とか、色々と任せきりで悪かったな。お疲れ様」

 

「う、うす…」

 

「そうね、お手柄だったわ。腐った目だからこそ、見抜けることもあるってことなのかしら…」

 

「おい、今俺の目の事弄る必要あったか? 何かにつけて俺の事罵倒しないといけない病気でもかかってるのん?」

 

「罵倒なんてしてないわ。ちゃんと褒めてるじゃない腐り目君」

 

「もはや原型ねぇじゃねーかっ! 谷くらい残してやってくれよな」

 

「ま、またやってるよ…。でもヒッキー、目付き悪いの気になってるなら、試しにメガネとか着けてみたら? 案外似合うかもよ?」

 

「やだよめんどくさい」

 

「フッ…。そういうことなら、今度こそ俺の出番みたいだな。じゃじゃーん! ク~マ~メ~ガ~ネ~!」

 

 俺はおもむろに懐からクマ製眼鏡を取り出す。銀色のテンプルがおしゃれポイントだ。ちなみに余談だが、とあるデータによると『おもむろ』という言葉の意味を正しく理解できている人はあながち多くはないらしい。

 

「意外ですね。先輩、視力悪かったんですか?」

 

「いや、伊達メガネだ」

 

 正確には、『テレビの中の世界』に蔓延していた霧を見透す為に使っていたものだが、説明の仕様がないので伊達メガネで通した。

 

「なんでそんなん持ってんすか…? いつ使うんだよその眼鏡…。……ていうか、クマメガネってどんなネーミングセンス――」

 

「まぁまぁヒッキー。せっかくだから着けてみてよ~!!」

 

「絶対楽しんでるだろお前…。嫌だっつの」

 

「いいか比企谷。伊達メガネというのはだな―――」

 

「いや分かりました付けます」

 

 絶対話長くなるやつだろ…と、比企谷は持ち前の勘の良さから即決で従う道を選んだ。

 

「いや納得すんのはやっ! あたしの時と反応違いすぎだしっ!」

 

「由比ヶ浜も面と向かって頼まれれば分かる…。えーっと…、じゃあ、付けますよ」

 

 渋々ながらも比企谷が眼鏡をつけると、ちらっと横目で様子を見ていた雪ノ下も、テンションの高かった由比ヶ浜も、一瞬でポカーンと、魂の抜けたようなゆるみきった顔に変わる。

 

「な、なんだよ?」

 

「い、いやぁ…。なんというか、予想外にマッチしてるといいますか…。別人?」

 

「奇怪だわ…。化学反応的な何かかしら? それとも七不思議?」

 

「え、何なのその反応、……マジでそんなに違うの?」

 

「悪いが眼鏡はあげないぞ」

 

「いやいらないっすよっ!」

 

 比企谷はすぐさま眼鏡を返した。

 

 

 

>葉山隼人の依頼を無事に解決できたようだ!

 

>依頼を無事に解決したことで、奉仕部の結束が少し固くなるのを感じる…。

 

 

 

to be continued…

*1
ペルソナ4の続編であるP4U,P4U2の事。

*2
ペルソナ4 the GoldenのドラマCD vol.1での出来事。そこで直斗はIPアドレスから相手のキャリアを特定する技術を用いた。




タイトル日本語訳
『表面的な付き合い。』

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