高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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随分とお待たせしてすみません。
リアルが忙しいのと、ほかの作品に手を付けていたので遅れに遅れて。
藤枝先輩と高遠は幸せになってほしいそれだけです。


第十九話『告白』

 新月の無明の道は街灯の白い明りだけが照らしている。それを一つの影が一瞬遮る。それは店から飛び出した高遠の影だ。高遠の頭の中はあの四人の殺害計画を立てるので頭がいっぱいだった。わき目も振らないその速さは、人の目から自分の姿を隠すように。

 まずは幻想魔術団に忍び込む。アシスタントいやマネージャーのほうがスケジュールを把握できるから都合がいい。殺害はただ殺すのは面白くない。そうだ彼女(近宮玲子)のトリックノートにあった『生きたマリオネット』あれを題材にしよう。彼らが手掛けるフェイクではなく、彼女の息子である僕の奇想天外な殺人マジック。これがあなたへの手向け(たむけ)となるはず。

 走っている間に次々と殺人計画が組み立てられる。マジックのトリックより頭が軽やかだ。たった今考えたはずなのが、まるで何年もかけて取っておいたトリックノートを開いたように、どんどんと細かいところが塗りつぶされていく。黒く塗られる中、一つ光が計画にストップをかけられた。光の中からは女の顔が現れた。

 藤枝先輩。

 いや、彼女と魔術団のことなど特に支障になることはない。飛んで行方をわからなくすれば。しかなぜ急に彼女の顔が。

 

「高遠君」

 

 闇の中に隠れていた高遠の手を細い手がつかんだ。その手は藤枝つばきのものだった。高遠を追いかけるために必死だったのだろう、髪は乱れ、肩で息をし、店にいたとき履いていたヒールを脱ぎ捨ていた。

 

「どうしたの。急に飛び出して」

「先輩」

「幻想魔術団の人になにか言われたの?」

 

 見透かされた。いやトイレに入る前に二人が入っているの見たからだろう。藤枝の手は強く、高遠を闇の中に逃さないかのように握っていた。ふぅっと息を吐くと、高遠は口を開いた。

 

「近宮玲子が……彼らに殺されたのです」

 

 山神と左近寺が話していたことを包み隠さず答えると、藤枝の瞳孔が大きく開いた。それでも彼女は手をしっかり握っていた。

 

「そんな……ひどい」

「私も信じられませんでしたよ。ですが、近宮玲子がマジックの練習で死ぬなんてありえないと思いましたから。まあ、当の張本人が何の警戒心もなく人のいるところで口を滑らすほど愚かなことはありませんでしたが」

 

 高遠自身が驚くほど冷静に、彼女の死が偽装されたものと二人の間抜けさを評論していた。彼女のような悲しみも怒りも湧いてこない。自分の奥の底に出てくる感情は、赤黒い『殺意』だけだった。

 

「告発しよう。あのまま近宮先生の劇団を殺人犯がのうのうと表舞台に立つなんて」

「無駄ですよ。証言は私が盗み聞きした情報だけ。三文雑誌に流しても世間は動いてくれません。粗末な舞台では、何も変わりませんよ。人の心を動かすにはは大きな箱で大勢の観客の前で披露されるべきなんです」

「どういうこと?」

 

 ここで口を止めればいい、秘密として彼女の手を振り払い闇に消えてしまえばいい。自分の企み

彼女に伝えてしまえば、計画が破綻する。頭では理解できていた。高頭は愚かではない、しかし彼は生粋のマジシャンである自己顕示欲があった。

 「幻想魔術団を潰そうって野望が」

 あの時私はどうして彼女の手を取ったのだろうか。私がこの数年間自分の刃を抜かずに収めてきたのはどうして…………少しの逡巡をめぐらした後、答えを思いついた。そうか、彼女(藤枝つばき)も私の観客だ。観客がこうしてほしいとリクエストにこたえるための、モラトリアムでしかなかったんだ。

 一呼吸入れて、高遠は彼女に自分の答えを述べた。

 

「死(・)ですよ」

「……!!」

「この手を血に染めても構わない理由が二つあります。一つ、近宮玲子は私の憧れでもあります。そして大事な私の母でもあったのです。母の作り上げた芸術作品をこのまま彼らに穢されたままなのにもう我慢できなくなりました」

「高遠君が近宮先生の……っ!」

 

 自身の秘密を次々と暴露をし、藤枝の手が細かく震えているのが伝わる。それでも彼女の手はまだ強く握りしめていた。

 

「でも、だめだよ。そんなことをしたら、高遠君がマジックの舞台に上がってこれなくなる」

「先輩、あなたが握っている手はもう血塗れなんですよ。覚えていますか、霧島純平。彼は事故死とされましたが、あれは偽装殺人ですよ。本当は私が殺したのです」

「う、うそ」

 

 五年越しに明かされた部員の死の真実についに藤枝は手を離した。

 

「ショックですか。でも僕はマジシャンですよ。顔一つ変えず日常生活をするなんて慣れています。私がこの手で霧島をナイフで殺したとき、何も感じなかった。いや嗤っていたのかもしれない、私が仕掛けた自動発火装置で事故と見せかけて死体を燃やして、部長が泣いていた中で、達成感を感じていたのですから」

 

 嘘偽りなく、自分の心中を開示した。おそらく私が消えた後、彼女は私を止めに来るだろう。でもそれが私のマジックの舞台のスパイスとなる。あなたも私のマジックショーのアクターの一人として。

 

「ごめん。私が高遠君にかける言葉はこれじゃなかった。…………離れたくない!」

 

 細い腕がぎこちなく、しかし力強く腰のあたりで抱き寄せた。払おうとするが、彼女の力は強く、いや細身である高遠の力が弱いのか振りほどけない。闇に再び消えようとした高遠を、藤枝は捕まえたのだ。

 

「あのね。高遠君を魔術団に誘ったのは、最初から君と一緒にいたい理由をつけたかったから。だって私、高遠君のことが好きだから。君が高校を中退して、マジック部の部長として切り盛りしていた時から君が帰ってきたら、同じ魔術団でそばにいたい。君が日本に帰ってきたときこれがチャンスだって。ずっとそんなふしだらな感情を抱いて……悪い女でしょ」

 

 彼女の告白は、自分が告げた殺人という重い罪と比べるまでもない、なんともかわいらしい罪だ。しかし背中越しに伝わる熱く濡れるものが彼女の本意で伝わってくる。

 

 馬鹿げている。先輩が私のことをどう思っているか気づかないとでも思っていたのですか。五年前からずっとあなたのこを見ていた人間がその程度のことを気づかないとでも思っていたのですか。

 私や霧島が抱えていたどす黒い『悪』にも気づかないなんて、あなたはなんて母(近宮玲子)にそっくりなんだ。あの人もかつて私に会ったのも、事前に私がそこにいたことを知って偶然を装い再会した。

 

 どうしてあなたたちは、私に目を背けないんだ。二つの異なる双眸が一つに重なる。それはまっすぐ、優しく高遠に向けられていた。

 

「だったら……だったら私はあいつら(幻想魔術団)が近宮玲子を穢していくのを指をくわえて待っているというのですか。そのたびに胸の奥が刺さるのを我慢している日々を送れというのですか!」

 

 高遠は人生で初めて、吠えた。マジシャンとして、ではなく一人の人間の咆哮を、夜の住宅地の静寂を切り裂いた。

 背中からゆっくりと彼女が離れていく、すっかりジャケットは藤枝の涙で濡れ切っていた。

 

「……あのね。一つだけ、マジシャンとして卑怯で卑劣なやり方だけど。でも君を犯罪者にさせないためなら、そんな手を使ってやるよ。君のことが大好きだから」


 三か月後、不動ホールには幽界魔術劇団のマジックショーが開かれていた。そしてその演目は『幽界魔術劇団VS幻想魔術団。マジックショー五番勝負』と書かれた垂れ幕が飾られていた。

 司会の人間が壇上に上がる、威勢のいい声色で観客を盛り上げようとマイクを握る。

 

「みなさん世紀のマジックショー対決にようこそ。新進気鋭の幽界魔術劇団と伝説のマジシャンの意思を受け継ぐ大魔術団との化かしあいをどうぞお楽しみください」

 

 会場が拍手喝采で盛り上がる中、幕の脇で高遠は向こう側にいる幻想魔術団を見つける。彼らは最初の挨拶からはまるでこちらのことに意に関せず、いや視界に入っていないようだった。新進気鋭とはいえ、自分たちの劇団は弱小。所詮踏み台としか見ていないのだろう。

 

「高遠君」

 

 彼の袖を後ろから引っ張ったのは、藤枝だ。普段のマジックショーではタキシードのスタイルを着ているが、今日は大舞台ともあって白のドレスをまとっていた。まるで白椿を思わせるように。

 

「緊張?」

「しませんよ。やることはいつもと同じです」

「はぁ。羨ましい。その平常心、私なんていつも心臓バクバクと公演後の一人反省会の繰り返しなのに」

「期待に応えようとするからですよ。先輩、演目中時々観客を見ていますよね。無作為に観客の反応を見るというのは一見ランダムに見れると思われますが、実際はその人だけを見てしまう危険性があるんです。脳が無意識に自分を見てくれる人だけを選んでいるだけ」

「むぅ。はいはいさすが高遠君。だね、最近私に対して毒舌がうまくなって」

 

  あの日、高遠の心の中をさらけ出された後、彼女に対して口が軽くなった。いや初めて自分は誰かに自分の心中をさらけ出せる人間を見つけることができたというのが正しいのだろう。高遠を思ってくれた姫野先生にも、ほんのわずかしか直接顔を合わせられなかった近宮玲子にも、できなかったことを彼女はこじ開けたのだ。うれしいという感情はないが、前より幾分か心の中に溜まっていたものが軽くなった感じが、ここ最近ある。

 

「そんな高遠君は、観客をどう見ているのでございますか」

「私は全員の期待を裏切る。騙すですよ。今日はそれにぴったりな公演ですし」

 

 時間となり舞台に司会の人間が前説を終えると、最初の演目をマイク越しに答える。

 

「最初の演目、先行の幽界魔術劇団がお披露目するのは『水中脱出マジック』!」

 

 ゴロゴロと重たい音を携えて、水いっぱいに入った巨大なガラスの箱が運ばれる。すでに中には手錠がされた演者が入っていた。横にいるのはアシスタント一人、しかしそのアシスタントはガラスに幕をかけるだけで、終わった。

 数分後、ガラスの箱にかかっていた幕が盛り上がる。そしてアシスタントがそれを取り払うと中に手錠をかけられていた演者が見事脱出を遂げていたのだ。

 

「続きまして、幻想魔術団は何と同じく『水中脱出マジック』です!」

 

 入れ替わり上がってきたマーメイド夕海は、舞台に上がる直前不機嫌な表情を観客に見られないよう一瞬、歪ませた。幻想魔術団のマジックは水いっぱい入ったガラスの箱に、手錠をかけられたマーメイド夕海が中に入る。そして幕をかけられて数分後脱出。手順が同じ、いや完璧なコピーだった。

 

 偶然? と観客は思った。

 

 だが偶然は最初だけにとどまらなかった。次の演目も、その次も両劇団が披露するマジックは被っていた。題目だけならまだしも、マジックの内容までまるで示し合わせたかのように完璧に同じだった。それはそうだ。両方ともマジックのネタは同じトリックノートから生み出されたものだから。

 これが高遠と藤枝が仕掛けた仕返しだった。幻想魔術団のマジックのネタは近宮玲子が持っていたトリックノートの中身そのままを使っている。そしてもう一冊近宮玲子が生前息子に宛てて送ったもう一冊のトリックノートの存在を高遠は幽界魔術劇団の皆に開示したのだ。そして、密偵を送り、今日幻想魔術団が行うマジックと同じものを用意したのだ。

 次から次へと同じマジックを見せられて、観客は飽きていた。特に幻想魔術団のときには。同じマジックだと分かれば、既視となり集中が欠けるというものだ。中には何か小さな間違いはないかと凝視してみる客もいるが、それは少数だ。

 

 そして最後の演目、すでに司会の額には脂汗がだらだらと流れていた。

 

「え、えーっとでは最後の演目、幽界魔術劇団は…………い、『生きたマリオネット』、です」

 

 それは幻想魔術団しかできないマジックのはずだった。ただし、近宮玲子のトリックノートをみていなければという前提がなければ。

 生きたマリオネットはセリフは違えど、トリックの荒など感じさせなかった。何もないところから現れたハサミがマリオネットの糸を切る、縄跳び、自転車に乗る。すべて完璧の動作だ。そして幽界魔術劇団の演目がすべて終わると、幻想魔術団の番。幕下のところで団長の山神は苦虫をかみつぶした表情で、団員にショーの指示を出していた。

 

「それでは、幻想魔術団最後の演目は『生きたマリオネット』です」

 

 幻想魔術団の最後の演目も十八番のマジックショーだ。彼らにしては、十八番まで被るなどありえないと思ったのだろう。何日も前から用意していたマジックを本番直前で変えることなど不可能だった。

 演目がすべて終わり、お互いの劇団が舞台に上がって観客に礼をする。だが幻想魔術団には喜びも怒りもなく、無表情が漂っていた。高遠は確信していた。彼らにはもう近宮玲子のトリックノートが使えなくなったという自分たちが吸っていた甘い蜜が失われたという事実に絶望していると。

 

「何だったんだ今日のマジックショー。どっちも同じマジックだなんて」

「でも幽界魔術劇団の高遠って人のが上手だったような」

 

 後日、週刊誌のゴシップ記事に次のような記事が掲載された。

『禁忌のマジック被り! パクったのは幽界魔術劇団? 幻想魔術団? 稀代の天才マジシャンのトリックを盗んだ犯人は』

 


 桜が咲き乱れていた。春先の暖かな日と雨が降らなかったこともあり、花弁が大きく散ることなく満開だった。ひらりと一枚花弁が墓石に落ちる。そこには『霧島家代々の墓』と刻まれていた墓石があった。

 火が燃え移り、焼け焦げてもうもうと一本の煙を吐き出す線香を差し出して、高遠と藤枝はかつての親友であり、後輩である霧島純平に彼岸にいる彼に祈りをささげる。そして藤枝はベーっと舌を出した。

 

「残念だったわね霧島君。私を殺せなくて」

「五年越しに明かされた殺意に対してが、それでいいのですか」

「死んだ人間に鞭を打つなんてできないでしょ」

「イギリスの護国卿オリバー・クロムウェルはイングランドの王政復古ののち、死後に斬首された記録がありますよ」

「あーもうやめて。そんな怖い話。これで五年前の話にはけじめがついたんだから」

 

 霧島が藤枝に殺意、いや殺人をしかけたこと伝えた。それを五月祭の終わりの日に本人の口から告げられて、高遠を殺そうしたことも。しかし彼女は優しい、墓石に焼香を投げつけるなどしてもいいだろうに、舌を出すだけだなんて。

 今目の前に霧島の霊がいたら、もちろん高遠の頭には霊の存在なんてありえないという前提だが、舌打ちをしただろう。

 ふいに、藤枝が空を仰ぎ見た。空は遠くの宇宙(そら)まで見えてしまうほど澄み渡る青い空が広がり、鳥も雲もない。

 

「なんか不思議よね。一歩違えば私が殺されていて、幻想魔術団が未だに近宮先生のマジックを続けていたかもしれないだなんて」

 

 あのマジックショーの後、幻想魔術団は高遠たちに訴訟などのアクションを起こさなかった。トリックのネタというのは、門外不出。それが流出してしまえば、商売上がったり、観客もマジックという夢からタネ探しに変えてしまう。マジック劇団全員それを理解して厳重に管理している。幽界魔術劇団の人間に流出しているとは考えず、もう一冊トリックノートがあると向こうの人間は考えた。

 幻想魔術団がトリックノートを手にした経緯が近宮先生を殺して得たものという血で汚れたものである以上、下手に訴えると向こうが不利。彼らが採ったやり方は近宮玲子のトリックノートを封印すること。高遠はこういう結果を予想できなかった。何かしらの報復があると思っていたからだ。だが、結果は予想外に一滴の血も汚さないという結果で終わり、高遠の復讐殺人は拍子抜けになった。

 

「人って知らないところで死が隣にあるのね」

「すみませんね。死神で」

「そんなわけないでしょ。オジギソウさん。私の死神は墓の下にいるんだから」

 

 あの日。もしもなどという後ろめたいファンタジーを考えはしない高遠だが、あの日、藤枝先輩と別れたあとそのままバスに乗ってしまったら、あなたはきっと霧島に殺されていただろう。目の前にある墓石に刻まれている文字が『藤枝』で、その隣には霧島が……いや、私一人だけだ。彼と私は「月とスッポン」スッポンは月にはなれないし、隣に並び立つことなど不可能。私の隣に立てるのは近宮玲子と同等の人だけ。

 

 それは、あなたです。藤枝つばきさん。

 

 あなたがいたから、私は手をかける数を増やさずに済み、幻想魔術団に近宮玲子のマジックを使わせないようにした。

 

「じゃあね霧島君。この後姫野先生と片倉部長に会いに行くよ。もちろんあなたのことを全部話すためにね」

「けじめは終わったのでは?」

「まだこれから。みんなを騙したのが残っているんだから」

 

 踵を返して、霊園を出ようとする藤枝の背中を見つめながら高遠はかつての親友に言葉を贈る。

 

 よかったな霧島。これで君は立派な『悪の犯罪者』だ。

 

 突風が桜吹雪とともに高遠の顔にたたきつける。まるでここに押しとどめる最後の抵抗のように。しかし突風はむなしく力が弱まり、弾である花弁も残弾をすべて打ち終えてしまった。これが君の最後の抵抗か。

 

 高遠はこれを差し向けた人物に、最期の言葉を口で突き放した。

 

「Good luck霧島。鈍(・)になった私を止めてみせるといい」

 

 彼は、階段を下りた。




というわけで、『高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか』はこれで完結とします。
実は、第16話でどういう結末に持っていくかわからず、止まってしまったのです。そしてコロナやら試験やらで変わってしまい、早ければ1年で終わるものが5年も経ってしまい。

その間に37歳で高遠が白髪になるに至って。

というわけで、高遠遙一はマジシャンとしての道を歩むことになりました。

そして高遠とかかわっていた幽月来夢と月読ジゼルについてですがこれは番外編として『露西亜人形殺人事件』で語ろうと思います。
ではまた次回をお楽しみに。
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