殺気を感じたベルは、電光石火の早業で、己に飛来する毒矢を打ち払った。
ベル目掛けて、次々と撃ち込まれる無数の矢よ、蛮人が身を捻って躱し、切り飛ばす。
そして襲撃が止むと、先程まで感じていた刺客の気配も、どこかへ消え失せた。
ベルは剣を鞘へと収め、警戒心を強めながらも踵を返すと、路地裏を駆け抜けた。
質屋のシャルコーが、賊の手にかかって殺害されたのは、二日ほど前の晩だった。
シャルコーは強欲者で知られていたが、盗品の密売にも関わっていたので、スリやカッパライをする者の間では、
それなりに重宝されていた。
そんな盗賊や強盗を稼業にする者達のおかげで、シャルコーはひと財産を築いたのである。
キンメリアのベルも、ヨグの信者達から剥ぎ取った装飾品などを、そんなシャルコーの質屋へと持っていき、売り払ったのだ。
勿論、買い叩かれた。
シャルコーは、客の足元を見るのが得意だったからだ。
本来であれば、七十万ヴァリスはするであろう、それらの品物を、二十万ヴァリスで買い叩かれたベルは、
それでもあまり気にすることもなく店を出てきた。
所詮はあぶく銭である。
そして、代金の半分である十万ヴァリスをリリルカに渡すと、その足でベルは、淫売宿の娼婦を買いに行ったのだった。
(語り部)
当時はまだ若者であったベルには、少々狡猾さが足らなかったと言わざるを得ないだろう。
いくら盗品の故買を専門とする質屋でも、どこに誰の眼が張り付いているのかは、わからないからだ。
ベルの売り払った略奪品が、目を光らせているヨグの信者達の情報網に引っかかるのは、
むしろ当然の成り行きと言えた。
(終了)
壊滅したはずの闇派閥は、かつての勢力を取り戻しつつあった。
そして、再びオラリオに対し、その凶刃を振り下ろそうとしていたのだ。
だが、その矢先に出鼻をくじかれた。
何者かの襲撃を受け、闇派閥に連なるヨグの信者達が惨殺されたのである。
挙句は、召喚したヨグの化身も破壊されてしまったのだ。
この神をも恐れぬ蛮行に怒り狂ったヨグ・ファミリアの者達は、襲撃の犯人を探し始めたのだった。
そして、その足取りを辿っていき、ついにはキンメリアのベルを発見したのである。
ベルは急いで身支度を整えると、ヘスティアとリリルカを伴って、バベルのダンジョンへとその身を潜めた。
「ねえ、ベル君、一体どうしたって言うんだい?」
不思議そうな瞳で尋ねるヘスティアを真っ直ぐ見つめ、ベルは諭すように言った。
「ヘスティア、俺の小さな女神よ、よく聞いてくれ。俺は狙われている。俺だけなら、まだいい。
だが、奴らは俺ではなく、俺の大切なもの、掛け替えのないものを狙ってくるだろう。
俺の小さな女神であるヘスティア、そして友のリリルカを。
そうなれば、俺は充分に戦うことができない。
だから、ここで少しの間、隠れていてくれ」
ヘスティアは、真っ直ぐに見つめるベルの視線に無言で頷いた。
「リリルカ、ヘスティアを頼んだぞ」
ベルがリリルカに視線を向けて言う。
「ベル様、お気をつけて」
リヴィラの街にふたりの身を隠させたベルは、次の襲撃を迎え撃つべく、廃教会へと戻った。
ベルの予測通り、暗闇に乗じ、暗殺者達は廃教会を襲撃した。
それが罠とも知らずに。
夜と闇の深き荒野で生まれ育った、このキンメリアの戦士を、暗黒の空間で相手取るなど自殺行為にも等しい。
暗闇の中で、ベルの一閃が放たれるたびに暗殺者達は、その数を減らしていった。
そして、最後の一人に手傷を負わせると、ベルはわざと逃がしたのである。
脱兎の如く逃げ去る暗殺者──ベルはそのあとを追った。
全てを殺戮し、根絶やしにするために。