ヨグの信者串刺し事件は、連日連夜の騒ぎとなり、オラリオの住人達に激しい衝撃を与えた。
犯人が誰なのかは、すぐに見当がついた。
ヘスティア・ファミリア唯一の眷属であるキンメリアのベルだ。
そして、ベルは重要参考人として出頭するように命じられた。
ベルはこの出頭命令に素直に応じると、取調官とともに取調室へと赴いた。
それからベルは、取調官の発する質問に対して、素直に答えていった。
いくつかの点は曖昧にし、ボカシたが。
これは、神の立会いの元で行われた取調であり、ベルの供述に嘘偽りはないと判断された。
また、ベルから助け出された人々の証言もあり、
結局、串刺しの件はともかくとして、ヨグ・ファミリアへの虐殺行為には、
ベル側に当義殺(正当な殺人行為)ありとされたのである。
また、中央広場での串刺し行為も、罰金刑で済まされる運びとなった。
もっとも、この罰金刑も、ベルに始末されたヨグの信者達に掛けられた賞金で、
全て支払っても余りあるほどだったが。
特にヨグの司祭であるチャド・アグスには、実に五百万ヴァリスもの賞金が掛けられていたのだ。
これに味を占めた蛮人ベルは、リリルカに首桶を持たせると、早速賞金首を付け狙い始めたのである。
「首狩り人が来たぞォっ」
誰かが叫んだ。
ダンジョン内に居た冒険者達は、その言葉に全員が首を竦めた。
深紅に染まった獣皮のマント、首元から垂れ下がる骸骨の数珠、真新しい血をしたたらせる剣、濃厚なまでの死の気配、
傍らには、首桶を持ったパルゥムの少女の姿が見える。
それは古の伝説に謳われし悪鬼、ヨーナスの如しだ。
「キンメリアのベルだ……」
「鮮血と殺戮に彩られた女神ヘスティアが、暗黒の荒野から呼び寄せた狂戦士……」
「奴は刈り取った敵の首を干し首にし、女神ヘスティアに供物として捧げるらしいな……」
「残忍無残なる蛮人ベル……」
「串刺し公、あいつは生き血を啜るんだ……」
「奴こそ髑髏の玉座に君臨する闇の覇者だ……」
冒険者達は声を潜め、ベルを噂し合った。
そして、その名を聴くだけで恐れおののいたのである。
串刺し事件を皮切りに、このバベルにおいても蛮族の戦士ベルの名声は、留まる事を知らなかったのだっ!
それが例え、悪名でもだ。
「今日も儲かったな、リリルカ」
「ええ、丁度いいところに間抜けな賞金首が突っ立っていてよかったです」
「これだけ稼げれば、お前も極上のソーマを飲めるというものだ。楽しみだな、リリルカよ」
「はい、ベル様」
かつてリリルカを虐げてきたソーマ・ファミリアのメンバー達、だが、今の彼女に手を出す者はいない。
蛮族の狂戦士であるベルのサポーターに手を出すほど、ソーマ・ファミリアの冒険達も命知らずではないのだ。
「蛮人ベルは鬼より怖い、バベルの淵で首を積む」とは、オラリオの子供たちが歌う手毬唄にもなっている。
ベルはバベルの五十一階層に逃げ込んだという、賞金首を追っていた。
この階層は<カドモスの泉>が存在することで知られている。
この泉は、魔物であるカドモスに守られており、また、このモンスターの皮膜は、大変に高価なものとして珍重されていた。
カドモスの皮膜は、現状では八百万ヴァリスほどで取引されている。
ベルは賞金首、そしてあわよくば、このカドモスを狩り、皮膜を頂いてやろうと考えていた。
ヘスティアへの貢物として。
賞金首の方も、都合良く、カドモスのいる泉の周辺に隠れ潜んでいる。
だが、そんなベルの思考を破るが如く、突如として悲鳴が飛び込んできた。
もしや同業か、そう思ったベルは駆け出した。
賞金首を横取りされてはたまらぬからだ。
そして駆けつけたベルは見た。
無残にも判別不能なまでに溶解した賞金首の姿を。
そして醜悪な芋虫の魔物の群れを。
これでは賞金は貰えぬだろう。
「致し方なし」
気持ちを素早く繰り替えたキンメリアのベルは、芋虫のモンスターから、少しでも多くの魔石を奪うことにした。
ベルは決して、ただでは起きぬ男である。
ベルは手前にあった巨大な岩を掴むと、芋虫の群れめがけて放り投げた。
岩が何匹かの芋虫を潰す。
途端に岩の下から染み出た芋虫の体液が、白煙をあげて岩を溶かし始めたではないか。
「ふむ、こいつらの体液は強い腐食性があるのか」
そう判断したベルは、素早く岩盤を探した。
岩盤はすぐに見つかった。
中々使い勝手の良さそうな岩盤である。
岩盤を根元からへし折ると、ベルは芋虫の群れへと突進した。
そして、思う存分に岩盤を振り回し、魔物を蹴散らしていったのである。