ベル・ザ・グレート・バーバリアン   作:ドカちゃん

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ダンジョンの首狩り人

かつて栄えし古代の小都ビザンガ──その王であったエウタイは、血を好む暴君として、民達から恐れられていた。

 

圧政を敷き、奢侈に溺れ、専横な振る舞いを持って下々を苦しめ、エウタイ王は、愉悦を持って、そんな民草の哀れな光景を眺めた。

 

エウタイは、黒馬を駆って、通りを歩いていた幼い子供を馬のヒヅメで潰し、妊婦の腹を割いて取り出した胎児を、人食い神ヨグに捧げ、

新婚の若者から、その妻を取り上げて奴婢にし、飽きたら魔物に生きたまま食わせ、あるいは城の塔から放り捨てて鳥の餌にした。

 

人びとは、怠惰なるこの暗君の目から、何とか逃れようと日々を過ごし、一日を無事に送れたことを天に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

歳月に飲み込まれ、朽ち果てた墓所に隠されていた広間、そこには崩れた台輪や折れた付柱の残骸が、転がっていた。

この広間の今の主は、巨大な毒蜘蛛だった。

 

複数の球体の如き、光を称えたその眼で、新たにやってきた侵入者を狙っている。

 

天井に張り巡らされた巨大な網の下には、人骨や魔物の骨が散乱していた。

 

 

蜘蛛は、勢い良く侵入者に飛びかかった。

だが、侵入者の薙ぎ払った剣を受け、無残にもその身は、横二つへと分かれてしまった。

 

紫色の体液を飛び散らせ、身二つになった巨大蜘蛛が、侵入者の足元へと這いつくばる。

 

この侵入者こそ、キンメリアの戦士ベルだった。

 

 

 

 

 

 

 

「財宝はどこだ」

ベルは蜘蛛の死骸を踏み潰し、広間を見渡した。

 

だが、目に付くのは、剥がれた壁屑や、骨、それから蜘蛛の巣に壊れた台輪と、目ぼしい物は見当たらない。

「無駄足だったか」

踵を返し、ベルがカヌゥの待つ墓所の入口へと戻るべく、広間を出た。

 

その刹那、広間に虹色めいた不思議な光輝が広がり、ベルの視界は、その光に飲まれていったのである。

 

 

 

 

 

 

 

次にベルが目にしたのは、砂が敷き詰められた楕円形に広がる闘技場だった。

一体ここはどこだ、俺は何故、ここにいるのか。

 

 

「ビザンガの王であるこのエウタイに逆らいし、愚か者どもよっ、せいぜい、余を楽しませるのだっ」

 

 

闘技場の天井近くにまで伸びた柱、その壁龕に設けられた王座席から、こちらを見下ろし、罵声を浴びせる中年男がいる。

 

ベルは王座席を見上げると、こいつはいったい誰だと思った。

 

 

そうしている内に、兵士達が、若い男女を牢から引っ張り出してきた。

女はさめざめと泣いており、男は女を慰めている。

 

女は大粒のサファイアの首飾りを身に着けており、それを見たベルは、どこかの富豪の娘かと見当をつけた。

 

 

「トマ、そしてララよっ、余の命令に背き、このビザンガから逃げようとは不届き千万であるっ。

お前たちはその罪を死を持って償うのだっ」

 

 

「ふざけるなっ、暗君王よっ、俺の妻であるララを奴婢にし、その身体を慰みものにしようとした癖にっ。

俺は知っているぞっ、貴様がさらって来た若い娘を拷問に掛け、惨たらしく殺すことをなっ」

 

トマと呼ばれた若者が、エウタイ王の浴びせる雑言へと、猛然と反論する。

 

だが、その言葉は、兵士達の構えた剣によって遮られた。

 

 

 

「黙れっ、この下郎めっ。次にキンメリアのベル、貴様は貴人の墓を荒らし、あまつさえ、番をしていた大蜘蛛を斬り殺した。

これは重罪である。貴様もこの者らと同様に死を持って償うのだっ」

 

 

その言葉を皮切りに、巨大な鉄門が軋み上げながら、開け放たれた。

慌ただしく引き上げていく兵士達。

 

 

 

 

 

鉄門からのそりと、その姿を現したのは、体長十メドルを超えし、巨大な人食いカマキリだったのである。

 

二つの大鎌をすり合わせ、カマキリが三人を見下ろす。

その眼はガラス玉のように硬質な光をぎらつかせていた。

 

トマとララは身を寄せ合い、来世でも必ず結ばれようと、きつく瞼を閉じた。

そしてふたりは互いの唇を重ね、熱く抱擁したのである。

 

 

 

 

 

 

 

そんなふたりを無視し、ベルは素早く跳躍すると、カマキリの首根へと蹴りを叩き込んだ。

 

千切れ飛んだカマキリの首が、群衆の集まった席へと飛んでいく。

 

「こんな虫けら如きで、俺をどうにかできるとでも思ったのか。愚か者め。エウタイ王よっ、死ぬがよいっ」

ベルは身体を痙攣させるカマキリの片腕を引き抜き、エウタイ王目掛けて投げつけた。

 

 

空中で回転する大鎌が、エウタイ王へと飛んでいく。

 

巨大カマキリの大鎌が、エウタイ王の下腹部を両断した。

 

驚愕の表情を浮かべ、エウタイ王はずり落ちていく己の下半身を眺めた。

 

 

 

槍や剣を構えた兵士達の一団が、闘技場へとなだれ込み、群衆は急いで出口へと殺到した。

 

ベルはもう片方の大鎌を、巨大カマキリから引っこ抜くと、襲いかかる兵士達へと振り回した。

 

ベルが巨大鎌をひと薙ぎするほどに、十五余りの兵士達の首が転がっていく。

「今だっ、二人共逃げるぞっ」

 

混乱に乗じたベルは、トマとララを引き連れて、闘技場から逃げ出した。

そして追っ手を掻い潜り、ビザンガから他国へと通じる境目までベルは、ふたりを連れ出したのだ。

 

 

 

ララはベルに何度も感謝の言葉を重ねた。

 

「本当にありがとうございます、異国の戦士様、どうかこれをお持ちになってください」

そういうと、ララはサファイアの首飾りを、ベルへと手渡したのである。

 

ベルは国境を越えていくふたりを、じっと見つめていた。

 

 

そこで再び、ベルの視界が歪んでいく。

 

気が付くと、そこは墓所だった。

はて、あれは夢だったのか。

ベルは訝しんだ。

だが、そこでベルは、ハッとなった。

 

 

何故ならば、あの見事なサファイアの首飾りが、ベルの胸元で輝いていたのだからっ


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