ベル・ザ・グレート・バーバリアン   作:ドカちゃん

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蛮族の勇者

市壁というのは一種の殻だ。

都市の内部を守るには、これほど心強いものはないが、同時に人口が増え続ければ、その壁が仇となる。

オラリオは、一種の城郭都市というべき構造をしており、その内部に住める住民数には、自ずと制限が掛かってしまう。

 

 

となると、余った人間はどうなるか。

市壁外に住まうしかない。

 

 

オラリオに流入してくる人口数は、年々増えており、都市内部では、初めに食料の供給が不足し始め、野菜、肉、穀物類が高騰していった。

次に衛生面でも問題が浮上しだし、疫病が流行るのではないかという、不安が市政の人々の間で広まっていった。

 

 

市壁外では、野盗や魔物が、都市から溢れた人間たちを狙って近隣に跋扈し、治安面でもこのような問題が出た。

 

 

そこで出てきたのが、都市の拡張計画だ。

 

まず、都市内部の人口問題については、これは高層住宅を建てる事で解決を図った。

 

 

これで居住問題は、ある程度まで緩和することができた。

土地の値段が跳ね上がり、借家も宿も高騰していたから、出稼ぎや借家人には、大助かりだ。

 

 

少ない土地面積で、多くの人間に住居を提供できる高層住宅計画は、とりあえず成功したといっても差し支えないだろう。

 

 

次に食糧問題だが、これは何のことはなく、ただ、穀物類の輸入を増やしただけだ。

後は追々と、近くの草原を、穀倉地帯に開墾していくという流れである。

 

なので、当分の間は食料の高値状態が続くだろう。

 

 

 

衛生問題は、人口密集地域に住まう住民を、ある程度分散させ、下水を増設させることで、これもある程度は、汚穢の処理ができるようになった。

生ゴミを溝式の下水に流し、一箇所にまとめて、処理するのだ。

 

 

 

これらの汚物は、豚や魚、エビやカニなどの甲殻類に食べさせ、ゴミを食べて肥えた豚などを、人間が食料にする。

食料とゴミ問題が、同時に解決できるというわけだ。

 

 

そして、最後に市壁外についてだが、これは新しく区域を作るという方針で決定した。

 

オラリオの外部に新しい区域を作り、そこを壁で囲おうというわけだ。

 

 

 

 

 

 

だが、そんな都市計画など、キンメリアのベルにとっては、どうでもいい話だったッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベル君、これちょっと変じゃないかな?」

 

「そんな事はない。まるでジンガラの女王のようだぞ、ヘスティアよ」

 

サファイアの首飾り、七宝細工の指輪、純金の腕輪、

裸体から被さった真紅の絹のヴェール、そして黒ヒョウの毛皮──それのどれもが、中々の逸品だった。

これらの品々は<神々の宴>に出席するヘスティアの為を思い、ベルが集めてきたものだ。

 

 

 

金と腕力に物を言わせてだが。

 

 

 

溢れんばかりに輝く貴金属と宝石の光──ヘスティアは、そのきらめきの繭に包まれていた。

 

 

 

薄いヴェール越しに、その裸体を覗かせながら。

確かにその姿は、蛮人達の女神に相応しいと言えなくもない。

 

 

 

だが、文明国の人間からすれば、少々悪趣味のようにも見える。

 

「ええ、でもなあ……ちょっと恥ずかしいし……それに僕の趣味には合わないよ……」

 

「うむ、では、行くとするか」

 

「ちょっと、僕の話を聞いて……」

 

 

「俺の小さな女神よ、他の神々にその威光と威厳を示してくるが良いぞっ!」

 

 

 

純銀製の馬車に乗せられ、神々の宴へと運ばれていくヘスティア。

 

ヘスティアを送り出したベルは、壁掛けにされた革のマントを羽織ると、教会を出た。

 

 

 

向かった先は、ダイダロス通りのスラムだ。

 

板壁と草葺き屋根の小屋が、無造作に乱立する裏通り、オラリオの影と負の部分。

だが、このスラムは、ベルの第二の故郷となりつつあった。

 

そしてベルは、このダイダロス通りの王だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイアム・ガネーシャで、宴が催されていた頃、ダイダロス通りでも宴が開かれていた。

 

 

群衆のうねる歓声が、夜空へと響き、篝火の前では、飢えた子供や女達が、美味そうな肉を待ち侘びている。

空き地の中央へと連れてこられた家畜やモンスターが、無言で人々を見つめていた。

 

 

 

解体人が、豚の頭にハンマーを振り下ろし、その頭骨を脳漿ごと叩き割った。

それを皮切りに、肉に飢えていた人々が押し寄せる。

 

 

向こう側では、別のグループが、コボルトの手足の腱をナイフで切り裂き、手鉤に吊るしてバラバラにしている。

 

 

裂いた腹から内蔵を取り出し、バケツに溜めた血を洗った腸に流し込むと、老婆が大鍋で煮込んでいった。

もう少しすれば、血のソーセージが出来上がるだろう。

 

 

 

クシュ人の女が、ナイフで丹念に削ぎ落とした脂身を、焼いた鉄板で溶かし、そこに抜き取った腎臓と肝臓を敷いた。

 

 

 

手鉤に吊るした骨付き肉を、斧でガツン、ガツンと叩いて削いでいくピクト人の若者。

 

ベルは火で炙ったオークのもも肉を齧りながら、甘い香りを放つラム酒を楽しんだ。

人々は血と脂にまみれながら、それでも、どこか、楽しそうだった。

 

 

魔物の頭蓋骨の上に置かれたロウソクが、燃えている。

 

腹を空かせた子供達が、ひと切れの肉に齧り付いている。

脳髄を煮込んだスープを啜りながら。

 

 

喧騒と歓喜が、ダイダロス通りを支配している。

 

 

 

宴と酒に酔ったスクメト人の娘が、両腕に薄い衣を被せると、独楽のようにくるくると回転して踊り始めた。

すると、周囲の人間たちも真似して踊った。

 

ピクト人が四つの太鼓を鳴らすと、群衆は心を躍らせた。

 

 

蛇の革を身体に巻いたクシュの踊り子が、脚掲げてを踏み鳴らすと、足首についた鈴が音を鳴らし、

そのリズムと音色が人々を恍惚とさせていく。

 

 

いつしか人々は、興奮し、熱狂し、宴のリズムに身を委ねた。

そして彼らは叫んだ。

キンメリアのベルの名を。

 

「蛮人ベル万歳っ」

 

 

このダイダロス通りにおいては、最も強い者こそが崇拝されるのだ。


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