ベル・ザ・グレート・バーバリアン   作:ドカちゃん

7 / 23
バベルの蛮人

ベルは寺院の裏手から庫裏へと忍び込み、女神像の影へとその身を潜めた。

黒装束に身を包んだ賊の数は、全部で七人ほどだ。

 

さて、奴らの獲物を横からどうやって掠め取ってやろうか、ベルは焦ることなく事の成り行きを伺った。

 

仕事の前か、それとも事を済ませたあとか。

 

見る限りでは、目立った成果を持っている様子はない。

あるいは他の場所に隠したのか。

 

もし、隠したならば、その場所を吐かせてやればいい。

 

 

 

黒装束の一人が、懐から何かを取り出した。

 

それはエメラルドで装飾された、純金の鍵だった。

あれ一つでも売り払えば、結構な金額になるはずだ。

 

 

この場で賊を全て斬り捨て、あの鍵一つを、手に入れるだけで良しとするか。

リリルカと山分けしても、当分の間は、酒代には事欠くことはないだろう。

 

 

鍵を取り出した黒装束の一人が、庫裏の隅にある床を剥がす。

 

そして現れた鍵穴に純金の鍵を差し込んだ。

 

 

 

途端に女神像が、引きずるような音を立てて後退し、地下へと続く階段が現れた。

 

黒装束の賊達が地下へと消えていくと、ベルは気配を消しながら、その後を追った。

 

 

階段を下りた先にある、地下通路はほの暗く、先頭に立つ賊の持った魔石灯の明かりだけが、

鬼火のようにベルの視界で揺れている。

 

 

通路の奥から漂ってくる嗅ぎ慣れた死臭、やはりここには何かがあるようだ。

 

 

影から影へと足音を立てずに移動し、この野蛮なる戦士は虎視眈々と、獲物を狙った。

 

 

 

 

 

 

 

隠されていた地下通路は、祭壇へと繋がっていた。

 

ひんやりとした湿っぽい暗黒が、ベルを包む。

 

祭壇の回りには、無数の人骨が散らばっており、それらは小さい物もあれば大きなものもあった。

黒衣に身を包んだ者の一人が、祭壇に向かって、何か呪文のようなものを熱心に唱え始める。

 

そうしている間に残りの六人は、石棺の蓋を開けると、中から何かを取り出し始めた。

 

それは若い男女の亡骸だ。

どちらも死んでから間もないのか、腐敗の兆候は見られない。

 

 

落ち着き計らった様子で、ベルはそんな黒衣の者達の奇妙な儀式を、物陰から眺めていた。

 

「偉大なるヨグの神よ、この生贄をお受け取り下さいませ」

石卓の上に置かれた男女の死体──黒装束の者達は、懐から短刀を取り出すと、死者の肉を切り裂いていった。

 

そして、屍から切り取った肉を喰らい始める。

 

 

ヨグは食人の神であり、その姿は虹色に輝く球体とも、あるいは触手に覆われているとも言われている。

そして、ヨグを崇め奉る者は、殺した人間の肉を食らうことで、この神から力を与えられるとされているのだ。

 

ベルは、これ以上彼らの儀式を眺めていても、時間の無駄だと考え、鞘から剣を引き抜くと、影から飛び出した。

 

 

それは一方的な殺戮だった。

 

所詮、彼らはキンメリアのベルの敵ではないのだ。

ベルは殺した黒装束者達の懐を漁り、純金の鍵にいくつかの装飾品を奪うと、次は残った石棺をひっくり返していった。

 

死者に道具も宝石も不要だ。

 

ならば、生者であるこの俺が頂くと、言わんばかりにだ。

目ぼしい物を粗方漁り終えると、ベルは用の失せた地下から出ようと踵を返した。

 

 

 

その時、背後から重苦しい呻き声が襲ってきたかと思うと、魔石灯の明かりが不意に消えた。

 

そして闇に包まれた空間の中で、石卓が激しい音を立てて砕け散ったのだっ!

 

 

 

 

ベルは直ぐ様振り返ると、暗黒の中で目を凝らした。

そしてベルは見た。

 

闇に蠢く無数の触手を。

 

触手は次々に死体を取り込んでいった。

どうやら死体を貪り食っているようだった。

 

そして全ての死体を腹に収めたその怪物は、次に生きた人間であるベルに目をつけた。

 

 

「ふん、化物め。俺が始末してやる」

 

新鮮な血肉に歓喜するかの如く、悍ましく打ち震える触手──ベルは下段を構え、この魔物を迎え撃った。

 

鞭のようにしなる触手を両断し、ベルが触手の根元から見える球体に剣を叩きつける。

人間の血とは質が異なる、緑色の体液を撒き散らしながら、それでも怪物は、攻撃の手を決して緩めようとはしなかった。

 

もどかしくなってきたベルは、剣を投げると、ウオオっと絶叫をあげ、そのまま猛然と怪物に迫った。

 

 

 

そして鋼鉄の如き指で触手を鷲掴むと、両肩の筋肉を盛り上げ、ベルは怪物を力強く振り回し、何度も壁と床に叩きつけた。

 

その衝撃で地下は揺れ、祭壇が倒れた。

ベルは構わずに絡みつく触手を引き千切り、怪物がミンチ状になるまで、執拗に壁に叩きつけていった。

 

ついにその動きを止める化物──ベルは一息つくと、剣を拾い上げ、リリルカの待つ木陰へと向かった。

 

「全く、忌々しい化物だったな。だが、中々面白い土産話ができたか」

 

右手に握られた純金の鍵、これ一つでどれだけの酒樽が買えるのか、ベルは思案した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。