館の裏門を蹴破ると、ベルは闇に包まれた廊下を突き進んだ。
館全体が、酷い瘴気に包まれている。
時折聞こえてくる不気味な笑い声、いつくもの黒いモヤのようなものが、天井でうろうろと漂っていた。
どうやら、この館には、いくつもの隠し部屋があるようだ。
アルゴ=ダビは、その隠し扉の向こう側に身を潜めているに違いない。
その時、ベルは強烈な殺気と視線が、己の背中に突き刺さるのを感じ取った、
素早く反転し、暗闇に潜む殺気の源へと、骨のナイフを投げつける。
何かが砕け散る音が聞こえると、途端に殺気と視線が霧散した。
どうやらアルゴ=ダビも、こちらの存在に気づいた様子だった。
館内に粘着くような死臭が滲み出し、瘴気が更に深まっていく。
だが、ベルは気負うことなく、普段通りの足取りで館内の探索を続けた。
その相貌に不敵な笑みを浮かべながら。
アルゴ=ダビは、両手に持った紅水晶の珠を通じて、その侵入者を眺めていた。
恐らくは、あの領主の倅が放った刺客の類であろう。
ダビは鼻で笑い飛ばすと、紅水晶を黒檀で出来た卓上に置き、代わりに月長石の酒杯を手に取った。
「たかが刺客のひとり、ふたりが紛れ込んできたところで、化物に餌になるだけだ。
我が館は、千の兵隊に囲まれてもビクともせんわ」
余裕の表情を浮かべ、ダビは侵入者がどのような最後を遂げるのか愉しげに眺めていた。
だが、その表情はすぐさま、困惑に大きく歪むこととなったのである。
唸り上げる剛剣と剛拳が、魔物の群れを蹴散らした。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
館内には、野蛮なる戦士の雄叫びが反響した。
骸骨の戦士──スパルトイ達が、何とかベルの進行を食い止めようとする。
だが、ベルの歩みは止まることがない。
掌で頭骨を握り潰され、剣で叩き割られ、スパルトイ達は再び、ただの白骨となって崩れ落ちた。
盾と鎧、そして剣を装備した、骸骨戦士の果てしない群れは、たった一人の蛮人の前に脆くも敗北したのだ。
再び、隠し扉を蹴破って館を捜査していくベル。
古い死体もあれば、新しい死体もあった。
すっかり肉がこそげ落ちた骸骨、干からびたミイラ、強い腐臭を放つ青黒く溶けかけた腐乱死体、
そして血の気を失っただけの新鮮な亡骸。
これらは全て、アルゴ=ダビの犠牲となった者達だ。
ベルは無言のまま、先を急いだ。
暗黒に蹲る怪物どもを切り裂き、目の前に迫る巨大な鎌を叩き落とし、死の毒霧をやり過ごしながら。
ダビは酷く狼狽していた。
よもや、このような恐るべき戦士が、自らの館に攻め入ってくるとは、思いもしなかったからだ。
魔物や罠をものともせず、尽く打ち破り、破壊していくその様は、獰猛なる魂を宿した狂戦士を彷彿とさせた。
燐光を発する紅水晶を食い入るように見つめていたダビは、額に浮かんだ冷や汗を手の甲でぬぐい取ると、
酒盃に手を伸ばした。
激しい喉の渇きを覚えたせいだ。
あの怪物は、いずれはこの隠し部屋へとたどり着くだろう。
尖った顎鬚を神経質そうに撫でると、館の主であるこの妖術師は、セトの力を更に借り受けねばならぬと感じた。
そして、部屋の中央にある青銅の祭壇へと進むと、黄金の杯に置かれた生贄の心臓を掴み、己の口元に運んだ。
ダビを見下ろす青銅の蛇が、その両眼から不気味な光を灯す。
妖異なる気配が部屋を満たした。
今や、ダビの身体は蛇の如き鱗に覆われ、その眼は黒々とした闇に染め上げられた。
そして蛇と一体化したこのセトの司祭は、キンメリアのベルを迎え撃つべく、静かに杖を構えた。
生ぬるい、血のような感触を伴った瘴気だ。
ベルは、隠し扉から溢れ出す血生臭い闇と、陰鬱とした気配を感じ取った。
鋼鉄の扉を蹴破り、ベルは俊敏な身のこなしで、その気配へと躍り出た。
「待っていたぞ、領主の小僧が放った刺客よ」
「俺はキンメリアのベル、妖術師アルゴ=ダビとは貴様だな」
構えた剣の切っ先を、ダビに向けてベルが問う。
「その通り。このわしこそが偉大なるセトに仕えし司祭、アルゴ=ダビよっ」
叫びとともにダビは、杖をベルのその足元へと投げつけた。
素早く跳躍し、ベルが避ける。
杖は落ちた途端に紫煙を吹き上げた。
僅かにだが、紫煙を吸い込んだベル──突然、激しい目眩を覚え、その視界はぼやけていった。
その間にアルゴ=ダビの肉体が膨張し、不気味な変化を遂げていく。
そして奇っ怪なる巨蛇へと転じたダビは、ベルへとその猛毒の牙を剥いた。
鋭敏なる動きで、ベルはダビの毒牙を躱すと、剣を放り捨て、この巨躯をうねらせる巨大な蛇の上顎と下顎を掴んだ。
そして鬼神の如き剛力で、ダビの胴体を壁へと叩きつける。
肉の潰れる湿った音が響き、その激痛にダビは身をくねらせた。
「死ねいっっ、ダビよっ!!」
その隙を突き、ベルが剣を拾い上げると、あやまたずにダビの首を跳ね飛ばす。
迸り出るダビの鮮血が、ベルの両腕と胸板を濡らした。
ベルは地面に転がったダビの首を引っつかむと、館を後にした。