おいでませ北郷亭   作:成宮

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前回久々の投稿にも関わらず日刊ランキング4位いただきました
正直ビビりました 見つけた瞬間ドキッとしてしまいましたよ

期間が空いたにも関わらず読んで頂けて感謝感謝です


二人より三人、三人より四人で

 長期の行軍は心身ともに濃い疲労を残す。電車や自動車もなければ道がしっかりと整備されている訳もなく、馬はあれど全員に配備されているわけもない。ただ一日中道と呼べるか怪しいところを歩き続ける、それはどれほどの苦行だろうか。

 董卓の傘下である涼州はまだ比較的洛陽に近い場所であるがそれでも辛いことには変わりない。張遼たち武将からすれば比較的楽な部類と言えるが、普段からデスクワーク三昧である董卓や賈クにはひどく堪える道のりであり、全軍の足は引きずられるかのように鈍くなった。予定よりも長くなる行軍、溜まるストレス、それが爆発しないのはひとえに董卓が築き上げた信頼によるものが大きい。

 

 先行した董卓、賈ク、張遼、華雄の一軍の後を追うように呂布、陳宮、高順の部隊が洛陽までの道を出発した。そしてその一軍には当然のようにある男の姿があった。

 

「くぅー、すー」

 

 四人と一匹、その体温を確かめ合えるほど密着して布にくるまる。目の前に炊かれた火はパチパチと音を立て周囲に暖かさと光をもたらし、周囲を見渡せばそんな様子がいくつも見受けられる。

 

「ふふっ、よく眠ってますね」

 

「わざわざ外で寝るなんて、物好きだよなぁ」

 

「静かにしろなのです。恋殿が起きてしまうではないですか」

 

 一刀を中心として左右には恋と高順が寄り添い、犬のセキトは寝息を立てる恋の膝の上に陣取り主人と同じように夢の中のようだ。ねねは空いた恋の隣にしっかりと陣取っている。火によって照らされた恋の寝顔を横目で眺め、幸せのため息をついた。

 本来こういったことはあり得ない。董卓軍の将である恋と高順、軍師であるねねには簡素ながらも天幕がきちんと用意されている。民間人でかつ金魚のふんようにくっついてきただけの一刀とは身分が違うのだ。しかし三人は何故か今日も自分たちの天幕を抜け出しここにいる。

 

 

 

 始まりは高順の職権乱用であった。

 洛陽に向かう軍についていくのは予定通り、一刀の他にも商人などもこの部隊に付き従うようについてきている。もちろんそれは珍しいことでもない。旅は道ずれではないが野盗などの危険を考えれば護衛を雇うよりも軍についていくほうがはるかに安全でかつ安上がりで済むからだ。付け加えて言えば行き先は洛陽、戦争のための行軍でないのであればむしろ単独で行くメリットの方が少なすぎる。

 ということで本来ならば普通に商人たちに紛れて行こうと思っていたのだが、そこに高順の待ったが入った。

 

「目を離すと何をしでかすかわかりません」

 

「俺は子供か!」

 

「なるほど。あれは大人のやることだ、そう言いたいのですね」

 

「・・・」

 

「顔を背けたからって事態は好転しませんよ?」

 

 あれとは、リハビリがてら野盗を更生させたことを指している。あれは他人から聞けば自分でもかなり酷い話だと思う。ランニング途中で野盗数人に襲われた俺はつい先日まで床に伏せていたにも関わらずひとり残らずたたきつぶした挙句、愚かにも正座させて説教をしていたのだ。そして騒ぎを聞きつけて急ぎ駆けつけた高順に今度は俺が正座させられ散々絞られたのである。

 

「本当に呆れてものも言えません」

 

 その日以降、時間があれば事あるごとに一刀の傍に付きまとう高順の姿は、特に彼女のことを知る親しいものたちにとある疑問を抱かせた。

 あの堅物に春が訪れた、と。

 そんな話を時々尋ねられる一刀は実際はそんな甘い関係というなく、子離れできない母親と反抗期の息子、みたいなものと笑って返事した。高順は頬を赤らめ否定した。

 

 そして出発当日、高順の部下に呼ばれホイホイついていくと、あれよあれよという間に手荷物を奪われいつのまにか高順と共に馬の背にいた。もっと詳細を語るならば、高順の細い腰に手を回し、背後からギュッと抱きしめ馬から落ちないように懸命に縋り付いていたのである。

 

「ほら一刀殿、行きますよ」

 

 周囲からは嫉妬半分憧れ半分という視線を浴びせられ、羞恥プレイを余儀なくされた。鐙もなく不安定な足場を歩く馬は、例え遅くともかなりバランスが悪い。乗り慣れていない一刀は必然的にしがみつくもの、高順に頼らざる負えずこれまであった精神的優位性というものが失われた瞬間である。

 

「ほら一刀殿、もっとギュッとしがみつかないと落ちますよ?恥ずかしがらなくてもいいんですよ、落ちて怪我するよりはマシでしょう。落馬して怪我をして笑われるか、私にしがみついて情けない男として笑われるか、好きな方を選んでください」

 

「ちきしょー。こーちゃん絶対に許さん」

 

「何か言いましたか?」

 

普段一刀と接する時とは異なり、部下の前だと強気に出るところがなんとも憎らしい。

 

「私が傍にいますから、安心してください」

 

 だが高順の根本が優しさであることがわかっている分拒むことができず、一刀は返事の代わりに高順の腰に回した手を先程よりも強くするのであった。

 

 そして朝に出た行軍も太陽が頂点に差し掛かったあたりで休憩もとい昼食と相成った。そこで出された食事に一刀は難色を示した。行軍中の食事だ、普段食べられるものが出る訳もなく手早く調理でき、かつ保存できるものが出される。高順が皆と同じものを食べることも別にいい。だがその食事は明らかに味を落としていたのだ。

 水の分量、火加減、蒸し時間、ご飯を炊くのにこれだけの行程を要するが、正しい調理法を行うだけで味も栄養も全く違ったものになってくる。炊事は持ち回り制で得手不得手もあるだろうが、今だされた食事はそのレベルをはるかに超えている。

 ついでに付け加えて言えば、はっきりいって一刀がまずいと思った食事を何の不満を漏らすことなく淡々と食している高順が気に障った。

 

 そして行軍後の夕食、一刀は高順に直談判をした。俺に炊事班の指揮をさせろと。高順は権限を使い二つ返事で了承する。もちろん一刀の料理の腕前を知っているし、以前の大宴会での件もしっかりと見ている。例え失敗してもこれ以上にまずい食事が出されるようなこともまず有り得ないだろう、そう判断した高順は自分の権限の範囲内、高順隊分を任せることにした。

 

 既に周囲に自分の存在が知れ渡っていた一刀は高順の口添えもあり、すんなりと炊事班に受け入れられた。たまたま持ち回りが女性陣ばかりだったこともその要因としてあげられた。料理の最中手を止めざる負えないほどの質問を浴びせられたのは全くの予想外であったが。

 そしてここでさらなる予想外が起きた。調理際に発生する美味そうな匂いは高順隊の範囲に留まらずほかの部隊まで行き届いていた。その匂いにつられ、奴が来た。

 

「一刀、恋の分も」

 

 包丁を握っていた一刀の背後から抱きついたのは恋であった。類まれなる嗅覚でうまそうな匂いを嗅ぎつけた恋はその中心で一刀を発見するやいなや喜びのあまり行動を抑えきれなかった、否抑えるつもりなど毛頭なかっただろうが。

 突然現れ一刀に抱きついた呂布将軍に周囲の兵たちも動揺を隠せない。一部は黄色い声を上げ急ぎ走り去ったのを横目で確認した一刀は、噂話がどれほどのものになるかを想像し涙が出そうになった。

 

「恋、いま包丁持ってるからまた後で」

 

「嫌」

 

「ああもう、料理が終わったらちゃんと相手してやるから」

 

「ん、約束」

 

「約束」

 

 包丁を起き恋引き剥がし約束を交わす。親しげに、しかも真名でやりとりをする一刀と恋を見て何故か巻き起こる拍手。例え全力で否定したとしても時すでに遅し、今日にも高順隊だけでなくこの行軍に参加している部隊中に噂が広がってしまうだろう。

 

「恋殿~ようやくみつけ・・・何やってるのですか?!」

 

 そして恋を探しに陳宮まで現れさらに周囲がヒートアップ、こちらを見ながらひそひそとやり取りしている様子を見て、本当に大丈夫なのかこの軍は心配にならざるおえない。

 

「ねね、あとで一緒に一刀のご飯を食べる」

 

「うう、確かに行軍中の食事はまずいですし、一刀が作る料理ならば間違いなく美味しいでしょうが・・・ぐぬぬぬぬっ」

 

「うん、一刀のごはん、いつも美味しい」

 

 いつも?!あまつ陳宮様まで?!と盛り上がるギャラリーはもう手がつけられない。完全に諦めた一刀はぐぬぬと唸っている陳宮の耳元でそっと囁いた。

 

「呂布さんにも美味しい食事を食べさせてあげたいだろう? 洛陽までは俺が作るよ。もちろん陳宮さんの分も、ね」

 

「ねねだけ除け者は許さないのですぞ」

 

 意味をしっかりと理解したのか陳宮は大人しく引いてくれた。そしてこちらをじっと見つめる恋の手を引きこの場を立ち去る。その様子はまるで親子のようだ。体格でいえばは逆なのが。

 

「呼ばれて急いできたのですが、これは何事ですか?」

 

「残念ながら手遅れでした」

 

 入れ違うようにやってきた高順にそう告げ料理を再開させる。これ以上は何も言うまい、俺も高順も当事者としてとっくの昔に手遅れなのだから。

 配られた食事はもちろん大好評であった。ともに食事をした恋、陳宮、高順も大満足だった。しかし残念ながら一刀が食べようと思ってもってきたストック食材の半分を食い散らかされた。泣きたい。

 

 

 

 

 

 

 食事も終わり、見張りを残し天幕に続々と人が入っていく。もちろん今更だが部外者である一刀が天幕に入れてもらうなんてことはさすがに気が引け、誘いがあったものの固辞した。それに野宿も慣れている。取り返した荷物から人が三人くらいかぶれる大きさの毛布を取り出し頭から覆うように纏う。寝袋があればいいがそんなものあるわけがなく、いざという時にすぐ動けない。見張りがいるから安全ではあるが、野宿といえば座って毛布をかぶって寝るというのがよくやるスタイルだった。

 目の前の火に暖かさを感じながらウトウトしていると近づいて来る足音。顔を上げると本来ならば自分の天幕にいるはずの高順であった。

 

「何か用?」

 

「一刀殿は何してるかなって思いまして」

 

「ははっ、火を見ながらうとうとしてた。火ってね怖いものだけど落ち着くんだよね」

 

 薪が燃えている映像にはヒーリング効果があるらしい。見ていて退屈なものかもしれないが、心を落ち着かせるという意味ではかなりの効果があるとの検証結果が出ているようだ。普段から見慣れている彼女たちにはわからない感覚かもしれないが、こちらに来てから考え事をする際にはよく焚き火の前で行ったものだ。

 

「私は火はあまり好きではありませんね。嫌なもの、いっぱい見ましたから」

 

 そう言って高順は隣に腰を下ろした。戦争ともなれば火は恐ろしいものだろう。敵の放った火が家を、森を、人を焼き尽くす。もちろん逆もありえるが共通するのは結局は何も残らないということだけだ。

 

「でも、一刀殿とこうやって並んで見る火は、あまり嫌じゃありません」

 

 一刀は無言で羽織っていた毛布を解き、強引に高順を巻き込んで包まった。二人で包まったことによって身体が密着し、体温が伝わる。火とは違った暖かさをもたらす。

 

「俺は料理人だから、火が怖いだけじゃないって知ってる。それに怖いからって避けられないものだし、大切なのはちゃんと理解することだよ」

 

 要は使い方、使う人次第。包丁だって使い方を間違えれば人を殺す道具となる。北郷亭、北郷一刀の持つ未来の知識も使い方、使う人によっては薬にも毒にもなる。だからこそ安易に教える気はないし、誰かに仕え広める気もない。間違った使い方が広まった時の責任を、俺は負うことはできないのだから。

 

「一刀、殿は・・・」

 

 高順が何か言いたげに一刀の顔を見つめた。だがどうにも言葉が思い浮かばないのか無意識に出た名前以降が続かない。高順はそんな自分にもどかしさを感じていると別の足音、それも二つ近づいて来ることに気づいた。ここは展開している野営地の中央より、ここまで気づくことなく敵が来るとは思わないが警戒を怠る理由にはならない。歩哨かどうか確かめるために振り返ると思いもよらぬ人物が近づいていた。

 

「ようやく、見つけた」

 

「まったく、せっかく恋殿が会いに来たのですからちゃんと自分の天幕にいろなのです」

 

 呂布将軍と陳宮軍師殿、そして犬のセキトであった。

 

「どうしたのですか、呂布将軍に陳宮殿」

 

「こーじゅん、恋でいい。一刀、こっちの子はセキト」

 

「ねねもねねでいいです。一刀も恋殿から真名を許されているならば、ねねに配慮して呂布さん他人行儀辞めるのです。恋殿が悲しがってたのですぞ」

 

「え、え?!」

 

「わかった。恋、ねね、セキトよろしく」

 

 突然のことに混乱している高順をよそに、恋は緩んでいた毛布を広げ一刀の隣へ滑り込む。ねねとセキトも遅れることなく入り込んだ。4人と一匹が入り込んだ毛布は流石にきつく、ぎゅうぎゅう詰めになってしまう。だが恋はそれが嫌でないらしく、あどけなく微笑んだ。

 

 

「で、では私のことも円と、お呼び下さい」

 

 高順が真名を告げた。『円』それが彼女の真名。

 

「一刀殿も、今後は円と呼んでください」

 

「えっと、いいの?」

 

「はい、こーちゃんと呼ばれるよりもそっちのほうが嬉しいですから」

 

 はたしてそれはこーちゃんと呼ばれるのがよっぽど嫌だったのか、それとも真名で呼んでもらえることが嬉しいのか。実際のところは円しかわからない。

 

「じゃあ俺もいちいち殿なんていつけずに一刀って呼んでよ」

 

「かっ、一刀、ど、の」

 

「早く慣れるといいね」

 

 少し照れというか恥ずかしさが残るらしい。小声で一刀と練習している円をよそに先程から無言の恋を見るといつのまにかゆっくりと寝息を立てていた。

 

「あ、と」

 

「恋殿はお腹がいっぱいだったのです。だから眠気が来たのでしょう。行軍中でこれほど食べたのは恐らく初めてなのです」

 

 ねねいわく、日常で見せたあの食事量は行軍中は半分以下になるらしい。それでも多いことは多いが、恋も食料のことを考え抑えているようだ。元々心優しい恋は補給がなくなった際には自分の食事よりも味方を優先したりしているらしい。もしかしたら普段の量はその反動なのかもしれない。

 

「恋殿も行軍中に美味しい食事ができて嬉しかったのでしょう。お世辞にも美味しいとは言えませんし、周りの兵たちもたいそう喜んでいましたから、一刀さまさまです」

 

 円が付け足すように言う。確かに恋があまり味に対して感想を言うことは少ないが、だからといって何も感じずに食べているわけではない。うまい食事ならば箸が進むのは当たり前のこと、お腹がいっぱいになって眠くなるのも当たり前のこと。

 

「でもここで寝かすのは流石に無用心だよな。いくら野営地の中心部とはいえ護衛に来てもらうのも悪いし」

 

「ああ、恋殿には護衛は必要ないのです。天幕に立ててる歩哨もほとんど形式的なものですぞ。恋殿は人一倍悪意とかそういったものに敏感なので、間者や不埒者が近づこうものなら寝ていても一発でわかるのです」

 

「なにそれ怖い」

 

「さすが恋殿ですね」

 

「恋殿に好かれて悪い人間のはずはないのです。まぁ華雄みたいに悪気なしの天然はいるでしょうが」

 

 恋の寝顔を見つつ小声で三人で話を咲かせる。そして夜が更けていくに連れ、一人また一人と眠りに落ちてゆく。

 太陽が昇り徐々に明るくなりはじめ、火がなくとも周囲が見えるほどの光が差し込んだ頃、恋と一刀のセンサーに引っかかるギリギリでちょうど巡回していた歩兵が見たもの。それは一枚の大きな毛布に包まり、互いに温め合うように身を寄せ合う四人と一匹の寝顔であった。

 

 

 

 

 

 

「一刀も私たちの天幕に来れば良かったのですが」

 

「さすがにそれはどうかと思う。この状況もどうかと思うけど」

 

「ねねは恋殿がここにいたいというから仕方なくいるのですぞ。まぁたまにはこういうのも悪くないですが」

 

「ねね殿は丸くなりましたね。以前なら烈火のごとく怒ったと思うのですが」

 

「ふんっ、ねねは大人になったのです。恋殿が幸せそうであればねねはそれほど文句はないのです。もちろん恋殿にとってねねが1番ですからな!」

 

 自信満々に無い胸を逸らすねね、その微笑ましさに思わず笑みがこぼれる。和解、というか元々喧嘩なんていうものはしていないのだが一刀が恋にそういった感情を持っていないことを知っているねねは焦る必要などない。確かに一刀、一刀と親しげに連呼することには嫉妬することもあるが、短いながらも一刀という人間を理解したねねは、一刀がねねから恋を奪い取るような略奪者ではないと断定してた。

 むしろねねはこの四人でいることに、普段恋と一緒にいるときとはまた違った安らぎを感じていた。こんなことなら引き剥がすようなことをせずに最初から四人でいても良かった、なんて過去の自分が見たら笑ってしまうようなこと考え、恥ずかしくなって熱くなった顔を伏せた。今が夜で良かったと心底思う。

 

「ねね、いい子いい子」

 

「わ、あぁ」

 

 いつのまに起きていたのか、眠気まなこの恋がねねを抱きしめ頭を撫でる。それを微笑ましそうに見る一刀と円。

 最もバランスのとれた状態とはこういうことを言うのだろうか、まるで家族といるのような温もりを感じる。その温もりを感じながら、今日も夜が更ける。

 

 

 

 

 

 

 

 後発の呂布、高順隊は順調に、むしろ順調すぎた。一刀率いる炊事班は兵たちに活力を与え、本来かかる予定時間よりも遥かに速いペースで洛陽までの道のりを進むことができたがそれにより、まさかの先行組に追いつくという現象が起きてしまう。

 確かに後発組が予想だにしないペースを維持できたということもあるが、むしろ今回は先行組である董卓たちのスピードが遅すぎた。

 

「はぁ、全く予想外だわ」

 

「ごめんね、詠ちゃん。私が不甲斐ないばっかりに・・・」

 

「私にも責任があるわ。でもねねたちもすごいわね。よくこんなに早くここまでこれたものよ」

 

「すでに詠たちが進んだ道をなぞってきだけですぞ。うまく野営の跡地などを利用すれば当然の結果なのです」

 

 久々に見た月も詠も少し痩せ、顔色も悪く感じられた。ねね聞かれるであろうこと予測し、決めていた返事、一刀の功績を口に出さなかった。もちろんそれは一刀によって口止めされたからだ。もし知れば詠ならば無理矢理にでも召し抱えようとするだろう。だがねねも恋も円も一緒にいたいという気持ちはあっても、一般人である一刀を無理矢理軍に巻き込むようなことはしたくなかった。

 確かに味方が通った道を進むのであれば手探りよりもかなり楽ができる、ねねの説明に詠は納得した。だからといってこれほどの速さはだせないであろうが、詠は気に止めなかった。

 

「それよりも月殿も詠も体調が優れないとか。ねねが料理を持ってきたのでこれでも食べてさっさと治すのです」

 

 そういって布にくるまれた何かを渡す。受け取った詠はその何かから発せられるじんわりとした暖かさが一体なんなのかさっぱりわからなかった。

 

「布を解いてみればわかるのです。では冷めないうちに食べるとよいのです。ねねは戻えいますぞ」

 

 そういってねねが立ち去ったあとに残されたなにかの布を取り除くと出てきたのは鍋、そういわゆる土鍋というやつだ。土鍋は保温効果に優れ、布でくるめばかなりの長時間温かいままの状態を保つことができる。

 

「へぇ、鍋ね」

 

「ねねちゃんには悪いけど、ちょっと食欲がわかない、かな」

 

 机に置いて座り込んだ二人はため息をついた。ねねの気遣いは嬉しいが、正直言って食べられる気がしない。悪いけど下げてもらおうと考えていると、月が呟いた。

 

「詠ちゃん、食べられるだけ、食べよう?せっかくねねちゃんが持っててくれたんだから」

 

「そうね、食べられるだけ食べましょうか」

 

 食べられるだけ、と食べられない言い訳を連呼する二人は鍋の蓋を開けた瞬間息を飲んだ。

ふんわりと立ち上る湯気、白く輝く粥に、ほんのり漂う梅の香り。無意識に唾を飲み込んだ。

 

「ちょ、ちょっとくらいなら食べれそう、かな」

 

「う、うん。詠ちゃん、食べれるだけ食べよう?」

 

 小皿によそうとさらに嗅いだ事のない優しい甘い香り、ペースト状になった梅をかき混ぜると一層梅独特のにおいが広がり本能が食べたいと叫んだ。

 一口、本能を刺激していた梅の香りは予想を裏切り口の中で優しくとけてゆく。適度な酸っぱさが胃を刺激し次へ、次へと催促を行う。粥自体も抜群に美味しい。柔らかく煮込まれた米はあれほど食べ物を拒絶していた喉をすんなりととおり、胃に入ると胃から全身を暖かくさせる。三口くらいしか食べていないのに額からじんわりと汗がにじんだ。

 ちょうど食べやすい温度となった梅がゆは次々と二人のお腹の中へと吸い込まれてゆく。体調が悪いのも忘れ最後の一口を食べきった二人は、梅がゆの熱で赤くなった顔を見合わせ恥ずかしくなって、くすくすと笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渡してきましたぞ。しかし食べれるかどうかはわかりませんぞ」

 

「大丈夫、だと思う。あれが食べれないのなら相当な重症だ」

 

 一刀特製の梅ペーストを用いた梅がゆ、匂いを嗅いだだけでも相当やばいはずだ。ペースト自体ならまだしも鍋系と合わせると爆発的に威力を増す、まさに一種に切り札といってもいいだろう。

 

「一刀、恋の分も」

 

「わ、私も食べたいです」

 

「はいはい、お昼にね」

 

 そしてその匂いを嗅いだ恋と円も例外ではなかった。

 

 翌日董卓、賈ク両名は体調が整い、再び進軍を開始する。いつのまにか先行組にもうまい調理法が広まり食に関しての不満を募らせるものがたいそう減った。

 

 その間一刀はようやく慣れた馬場で円の腰にしがみつきながら、器用に寝息を立てていたのだった。

 




ここまで読んでいただきありがとうございます

元々真名に関してどうするか悩んでいたのですが、高順は付けることになりました
読み方は『円』と書いて『マドカ』です
そう付けた理由はあるのですがいずれ機会があればということで

真名の大安売りと言われないといいなぁ

次回は一応洛陽入りになると思います
複雑な政治事情なりなんなりは無視してバッサリ行きたいと思います それでわ~

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